【スコット領侵略】オクシアナ山岳地帯
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■ショートシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月30日〜07月05日
リプレイ公開日:2008年07月05日
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●オープニング
停戦から約3ヶ月、遂にバの再侵攻が開始された。
バの軍勢は、メイの国を包囲するかの如くアプト大陸の各地へ兵を進め、その侵略の手を強めている。
アプト大陸最南端、大陸中央の最も南に位置するスコット領も例外ではなかった。ここは『カオスの地の監視』という目的でリザベ分国から独立、形成された。しかしルラの海峡を挟んでヒスタ大陸、そしてバの国を目前に控えるこの領地はメイのとってもバにとって戦略的に重要な拠点であり、先の大戦を含め苛烈な戦闘を何度も経験している。
今回バの軍を率いるのは『金色の魔笛』の異名を持つバの十将軍『クシャル・ゲリボル』と、幾度と無くこの土地に激戦を齎したバの重臣の一人『血染めの紅将軍』と呼ばれる『フェルナンデス・リッケンバッカー』。赤子さえも好んで槍で串刺しにすることから『串刺し将軍』とも呼ばれている。
圧倒的な物量を誇る奇襲によりスコット領南部の最南端に設けられていたリュクルゴス砦は呆気なく陥落。勢いに乗ったフェルナンデス将軍率いるゴーレム大隊はモルピュイ平野を越えてスコット領南部の南方拠点ラケダイモンにまで迫った。これに対してスコット領南部総指揮官『グレンゲン・キュレ』侯爵はオクシアナ山岳地帯北部に防衛線を設置。並びに南方拠点指揮官『ベイレル・アガ』に敵軍への攻撃命令を下す。
これにより、フェルナンデス将軍率いるゴーレム大隊とベイレル・アガ率いる傭兵師団との戦闘が開始された。
戦闘は5日経った現在も進行中であり、決着の兆しは見えない。そんな中、オクシアナ山岳地帯に敵ゴーレム小隊が侵入したとの報が中心都市レディンに齎された。
スコット領はオクシアナ山岳地帯を挟んで大きく南北に分かれており、山岳地帯の南部にある都市はラケダイモンのみである。度重なる戦によって荒れ果てた南部の土地は疲弊しており、それ故北部から南部へと大量の物資がオクシアナ山岳地帯を越えて輸送されている。言い換えれば、オクシアナ山岳地帯を敵に占領されるということは南部戦線の崩壊を意味していた。敵ゴーレム小隊は味方輸送部隊を次々と襲撃しており、この状態が続けば南部が飢えることは必至。山岳北部には防衛線が形成されているために、中心都市レディンへの侵攻はないと思われるが、このままでは南部は飢えと戦わなければならなくなる。武器や食料なしではどんな強兵であろうと戦に勝利することは叶わない。
この事態を危惧した侯爵補佐『マリク・コラン』は未だ戻らぬスコット領南部の西方責任者『アナトリア・ベグルベキ』の所有するゴーレム第二小隊の出撃を要請。任務の目的は『オクシアナ山岳地帯に潜む敵ゴーレム小隊の撃破』である。
スコット領南部の西方都市メラート。
兵舎の奥の奥、高さ10mにも至る鉄板の天井に守られるゴーレム工房の存在を外部にまで響く金属音が知らせてくれる。
「よ〜し、止まれ〜。待機姿勢を整えたら、もう出てきてよいぞ〜」
工房内に響く張りのある老人の声の下、ストーンゴーレム『モナルコス』が6騎、カッパーゴーレム『オルトロス』が2騎、両脇の壁に沿うように並んで片膝をついた。国の中央から輸送されたゴーレム兵器が今しがた到着したのだ。
「‥‥ふむ、来る前に恐獣部隊とやり合ったと聞いておったから、どこか破損しているものと思っていたが、さすがはロニア隊長と言ったところかの?」
「いえ、皆の力があってこその勝利です。私は止めを刺したに過ぎません」
謙遜の言葉を返す美貌の騎士ロニア・ナザック。オルトロスの肩の上で彼を見下ろすのはメラートゴーレム工房の工房長、鎧鍛冶屋歴35年、ゴーレムに携わることメイでも最古参の一人になる熟練技師ギル・バッカートだ。
「かっかっかっ、なぁに、ワシもお前さんのゴーレム乗りとしての腕は信用しとるよ。じゃが、どうせならそういう褒め言葉は女性に言ってやれ。騎士の条件とやらは女性への献身も含まれておるのじゃろう?」
「じょ、女性の事は仰らないで下さい。そ、その、わた、私はまだ妻を娶るつもりはございません!」
‥‥誰も結婚しろと言うたわけではないじゃろうが。
「‥‥お前さんはもう少し柔らかくなるべきじゃな。酒と女性、この二つに慣れ親しんでこそ、世の中というものが見えてくるのだとういうのに。聞いた所によれば、ここに配属されて2ヶ月経つというのに、まだ酒場にも顔を出しておらんそうじゃないか。上に立つ者、戦いを共にした部下に酒ぐらいおごってやらぬと愛想をつかされるぞ。無論、女性にもな」
既に既婚のギルから見ても、この青年が女性からモテるのは容易に想像が付く。だがそれと同時に、今まで女性とろくに交流もしていなかったことも容易に察する事が出来る。女性を目の前にしたわけでもないのに、口にしただけでこうも動揺するとは。ウブであるとかそういうレベルではない。ここまで来ると条件反射やすり込みに近い。
(やれやれ、この調子だと、カミさんを迎えるまでには10年以上は掛かりそうじゃのぅ)
「オホンッ。それよりも、なぜ我々が出撃せねばならないのですか。我らの任務はカオスの監視のはず。バの軍勢が攻めて来たとはいえ、カオスの地の危険性を中央の方々はご存知ないのでしょうか‥‥」
国内で暗躍の影を強めるカオスの魔物たち。それに呼応してカオスの地でも魔物たちの動きが活発化している。現に、ここはスコット領南部の西方地域には週に2度のペースでアスタリア山脈を越えた魔物や恐獣どもが襲来してきている。土地を失う人々が後を絶たず、難民として都市に集まった領民たちで食料不足の問題が浮上し始めている。これらの状況を憂慮して作られたがこの西方都市メラートに配備されているゴーレム小隊なのだ。
「そう言うな。マリク卿には食料の面であれこれと世話になっておる。ここで首を横に振れば、恩を仇で返したと見られることになるじゃろうて」
「‥‥政治、というやつですか。ですが、だからといってアナトリア様のご許可もなしに‥‥」
「わしらが出ねば、バの軍勢はその内ここまでやってくる。そうなれば、責任を被るのはアナトリア卿になってしまうからのぅ。仕方がなかろう。オクシアナは大樹に覆われた山岳地帯。アスタリア山脈とは違って岩肌でなく、起伏の激しい山が複雑な地形を生み出しおる。敵の目から逃れるには絶好の場所じゃな。とはいっても敵はゴーレム一個小隊。ろくな補給もないため既に疲れきっておろう。油断さえしなければ、楽に勝てるはずじゃ」
「まぁ、そうじゃな」
目を伏せたロニアの表情に、力は感じられない。
「‥‥不服か?」
「いえ、マリク様の命令とあらは、従わないわけには参りません。騎士として己の任を全うするのみです」
独立したばかりのスコット領の中でも新設されたばかりゴーレム小隊に与えられている権限は少ない。隊長であるロニアも同様である。生真面目な彼にとっては己の道を信じることよりも、騎士としての忠節が優先事項だ。だが、頭では判っていても簡単に割り切れる程柔軟な性格を持ってはいないことも事実。
ギルドに向かい、工房を出て行く騎士ロニア・ナザック。
その後ろ姿は、どこか小さかった。
●リプレイ本文
● 顔合わせ
「‥‥では、索敵で敵を発見次第、皆さんが第二小隊と交代してゴーレムに搭乗。龍堂さんとシファさんはフロートシップの甲板に着艦後、艦内のゴーレムに乗り換えるということでよいですね?」
冒険者たちの間でこちらから追い込みをかけるか、待ち伏せをするかで二つの意見が出ていたが、ロニアが総合的に勘案した結果、追い込みを仕掛けることになった。
「発見後はそのまま殲滅戦を行います。戻っている間に敵が場所を変えてしまってはまた逆戻りですから」
「今回のような視界不良地帯なら、変にゴーレムを出すよりもレンジャー部隊を派遣したほうが色々と良かった気もするのですが」
「あ〜、確かにそうだな。補給路もまともに確保出来てないわけだし」
龍堂光太(eb4257)の意見に、伊藤登志樹(eb4077)が同意した。
「この山岳地帯には、兇暴な魔物や山賊たちが多数存在しているのです。輸送経路付近の敵は大体一掃していますが、その他の場所はまだ敵も多い。ゴーレムの姿を見ただけで大抵の魔物や山賊たちは近づきませんから、今回我々が派遣されたというわけです」
「敵兵は補給もなしに任務を行っているとのことだが、手負いの獣ほど怖いものはない。捨て身で臨む敵ならば尚更だ」
作戦室の椅子に深く腰掛けているのはクーフス・クディグレフ(eb7992)。それとは反対に猫背の状態で前のテーブルに寄りかかっているのは門見雨霧(eb4637)だ。
「だね〜。ゴーレムの点検をしておいたけど、特に問題なかったよ。皆、安心して機体に命を任せてね」
「助かります。アスタリア山脈から襲来する魔物も多々いると噂で聞いています。輸送やカオスの地など大変な任務が続くかもしれませんが、何かありましたら私たちをお呼び下さい。いつでも力になります」
そう言ってベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が笑うと、ロニアの顔にぼっと火が付いた。
「あのぉ、どうか為さいました?」
「ひっ、い、いえ!!」
心配して近づいたシファ・ジェンマ(ec4322)から、ロニアが大きく遠ざかる。席から飛び上がるほどの様子に、事情を知らない者たちは首を傾げるばかりだ。
「‥‥す、すみません。その、条件反射というか。貴方が嫌いというわけでは決してないのです。ただ、その‥‥」
「ただ‥‥?」
「‥‥じょ‥‥」
「じょ?」
訝しげな目で見つめる門見の正面で、ぽつりっと蚊が鳴くような声を漏らした。
「‥‥‥‥‥‥じょ、女性が、その、に、苦手‥‥でして‥‥‥‥‥‥」
「‥‥」
冗談か? と最初は思ったものの、女性二人の方を見ないよう一切俯いてしどろもどろの口調は、これでもかというくらいに女性に対する免疫の無さが現れている。頬を赤らめて時折見せる上目遣い。並みの女性なら一瞬で撃沈出来る威力を秘めている。ある意味でゴーレムをも超える兵器だ。
「な、成程‥‥」
釣られて男である龍堂までもが真っ赤に成ってしまった。実に恐ろしい。
「‥‥おい、こんなやつが隊長で大丈夫なのか?」
「んー‥‥」
伊藤の声に、門見が相変わらずの猫背でちらりっと垣間見て、
「大丈夫じゃない?」
「‥‥根拠は?」
「ないよ。強いていうなら、面白そうだからかな〜」
にっと断言する門見。
最初から暗雲立ち込めてきたこの状況に、伊藤は軽く目眩がするのだった。
● 索敵
「確かこの辺だよな」
これまでの襲撃情報と敵ゴーレムらしき足跡から大よその目星を付けた伊藤、龍堂、シファの偵察班がグライダーを減速させた。左右になだらかな、正面にはそれらの2倍はある緑の山が生えている。右と正面の間は狭く、隠れるには絶好の場所だ。
「危険そうですね」
「高度を上げて行くから大丈夫だろ」
フロートシップよりも高度を取れるグライダーだ。弓の射程外にまで昇ることなど造作もない。
伊藤がインフラビジョンを発動させて真下に顔を覗かせる。
「‥‥どうやらビンゴみたいだな」
「そのようです」
優良視力を持つ二人も肉眼で敵のキャンプ地を発見した。読みは正しかったようだ。
「僕とシファさんはフロートシップでモナルコスに乗り換えてきます」
「急いでくれよ、どうやら敵もこっちに気付いたみたいだ」
● 陣取り
敵は正面と右の山間にゴーレム『バグナ』を布陣させていた。山間は狭く、加えて絶え間なく続く弓の遠距離攻撃で迂闊に近づくことが出来ない。
『2騎はここで応戦。クロド、共に正面の山をおさえる。お二人は敵後方に周りこんで下さい』
『了解しました』『了解だ』
正面の山を外輪に沿ってクーフスとベアトリーセが進む。その上空を一本の矢が突き破った。敵にも分隊が存在し、こちらの背後を付く作戦だったようだ。
『左からもう一騎!』
『新手は俺が請け負う。貴殿は正面の敵騎を頼む』
ドンッ!!
『う、うあああっ!!?』
『はぁっ!!』
一気に距離を詰めたベアトリーセの剣が敵バグナを叩き伏せた。
戦は進み、ロニア騎が正面の山を制圧する。陣取っていた敵バグナは破壊され、周囲にいた敵歩兵たちも我先にと逃げている。その時、攻撃型高速巡洋艦ヤーンの船長の声が風信器から発せられた。
『ロニア、状況は?』
龍堂、シファのグライダーを収容して二人が艦内のモナルコスに搭乗、及びカタパルトに騎体を設置するのに予想以上時間が掛かってしまった。
『山間に陣取る敵ゴーレム小隊と現在戦闘中。数は不明。矢の数から考えて最低でも3騎はいる模様です』
『偵察班、確認しろ!』
『多分ゴーレム3騎に、歩兵のやつらが10程度。インフラビジョンで判るのはそれくらいだ』
『ベアトリーセ騎が山を迂回して後方を付こうと移動中。我々だけでここを突破するのは困難です』
『クーフス騎、状況を知らせろ!』
『現在バグナ一騎と交戦中。腕前を見るに恐らく隊長騎だ。ちっ‥‥はぁ!! 援護は不要。だがこちらも援護に行けそうにない』
『了解した。格納庫、準備は!?』
『龍堂騎、設置完了!』
『シファ騎、固定完了。いつでもいけます!』
『よし、降下班、覚悟はいいな!?』
船長の声に、龍堂がややため息混じりの返事を返した。
『はい‥‥ですが、こんな森林地帯に降下だなんて少々無謀ではありませんか?』
この艦にはカタパルト状斜行台が船胴中央部に装備されている。射出は出来ないが、それでも通常の降下より戦地での迅速な展開を可能にする装置だ。勿論、速度と比例して着地難易度も上がるわけだが。
『私もそう思いますけど‥‥きゃっ!?』
操縦席に座るシファの体が大きく揺れた。船体が何かを受けたのだ。
『右山、敵の大弩弓です!』
『船底被弾!』
『矢の一つや二つで落ちる船ではないわ! 右大弩弓班、目にもの見せてやれ!』
『りょ〜かい♪ こいつで敵の場所を教えるから、皆、攻撃宜しくね〜』
席から立ち上がり、門見が手に取ったのは魔弓レッドコメット。艦の隙間から放たれた矢は流星となって敵の地点へと着弾、それを目印に続いた大弩弓が目標を破壊した。
『主砲をぶっぱなしたらすぐに降下させる。山間の向こう側で放り出すから、ベアトリーセ騎と合流次第敵の背後を付け。山の木にぶつからないよう気をつけろよ』
「「え、ええ!?」」
『大弩弓班! 主砲発射後、数秒遅れて一斉射! 装填して威嚇射撃を5秒間。モナルコス班を援護しろ』
『はいは〜い、二人とも気をつけてね〜』
軽い調子の門見の声が伝令官から聞こえてくるが、混乱する龍堂とシファには届かない。
「あの、ちょっとまっ‥‥」
『精霊砲、撃てぇ―――――――ぃ!!』
ドオォォォォン!!!
大地を覆う木々の根っこごと、山の一部を吹っ飛ばした爆音が船内にまで響き渡る。
ドンッ、ドンッドンッドンッ、ドンッ!!!
続け様に大弩弓が放たれて、いよいよ自分たちの番。
「船長! カタパルトじゃなくて、このまま降下してもらっても‥‥!」
『ああ、そうそう。予備の武器なら格納庫にたんまりあったから、安心してね〜』
「いや、だから‥‥」
そうじゃなくてね。
『そういえばお前ら、カタパルトの経験は?』
そうそう、それだ。
「こんな危険な降下、したことありませんよ」
『わ、私もです』
『‥‥そうか』
一瞬の沈黙。
ガタンッ、と騎体に震動を感じた時は既に遅かった。
『気をつけろよ』
それだけですか!?
『降下!!!』
普段から何かと苦労が耐えない龍堂。それはここでも同じのようです。
強力な重力を体に感じながら、格納庫から弾き出された騎体は文字通り空中を滑っていった。幸運だったのは二人が熟練のゴーレム乗りだったことだろう。
何とか無事な着地に成功。
それを認めたロニア率いるモナルコス3騎も突撃を開始。前後から挟まれた敵部隊に勝機はなかった。
『もういいだろう。貴殿は見事に戦った。少数兵力で背後を付く、危険な役を自ら買って出、諦めることなく戦った勇姿には敬意を表しよう。山間の戦線は既に崩壊し、上空には我が艦が待機している。最早逃げられん。貴殿ほどの者ならば、俺に勝てないことももう判っているはずだ』
クーフスの巧みな攻撃に、敵隊長騎はほとんど戦闘不能に陥っていた。
『このような馬鹿げた任務で命を落とすことが騎士の姿か。捨て駒にされてそれで本当に誇りある死を迎えられると思うのか。真の騎士ならば、一時の恥を受け入れることが出来よう。降れ』
『降れ‥‥か。それは許されぬのだ』
『何‥‥?』
『これ以上の問答は不要!! 貴公も騎士ならば、言いたいことはその剣で言え!』
『‥‥いいだろう』
『ドンッ』と敵の武器を払い落として、その拳がバグナに止めを刺した。
完全に停止した敵を前にクーフスが息を付く。手足は破壊したが、操縦席は全くの無傷。今後に役立つ情報を手に入れるためにも、捕虜にすることに越したことはない。
● お酒と女性と居眠りと
メラートに戻った一行はロニアたちを連れて酒場に足を運んでいた。
提案したのはベアトリーセ。今後も付き合っていくかもしれない第二小隊と交流を深めると共に、ついでに隊長ロニアの女性に対する苦手意識を少しでも治そうと言い出したのに端を発する。
「さあ、ロニアさん、ぐいっといきましょう♪」
ベアトリーセとシファがロニアの両脇をがっちりと固めてお酒を注いでいく。普通なら美人どころに誰もが喜ぶところだろうが、彼にとってはアスタリア山脈を登る以上の苦行でしかないようだ。
「クーフスさんも一杯どーですか?」
「かたじけない」
「いえいえ〜♪」
既に結構飲んでいるようでベアトリーセはとても楽しげだ。
「ロニア殿、私もどちらかといえば女性は苦手な方故、貴殿の気持ちはよく判る。が、今後のためを思えば、努力しておいて損はないだろう」
「その割には、ベアトリーセさんや私と普通に話していませんか?」
シファの問いにクーフスがぐいっと酒を煽った。
「女性としての妖艶さがあからさまに出ている女性は苦手だが、貴殿たちならまだ大丈夫だ」
「妖艶さ‥‥つまり色気、ですか」
「まぁ‥‥そんなところだ」
「あ〜っ、それってもしかして、私たちに魅力がないってことですか? 酷いですよぉ」
「あ、い、いや決してそういうわけでなくてだな‥‥」
「冗談です♪」
泣き顔から一変、小悪魔的な笑みを浮かべてきっぱりと。
「ひゅ〜♪ やるね〜」
門見に大きくVサインで応えるベアトリーセ。既にお酒が回っているようでいつもよりも陽気、いやこれが本来の性格なのか。
「と、いててっ」
「何だ、まだ痛むのか?」
「伊藤さんも一回くらってみればわかると思うよ」
門見は任務中ゴーレムの世話をあれこれとしていたことから、工房長であるギルから感謝の言葉をもらっていた。
ギル曰く『暇があったら、工房に顔を出せ。息子を治してもらった礼じゃ。酒を驕ってやる』
その言葉自体はありがたいのだが、笑い声と一緒に叩きつけられたあの張り手を思い出すだけで、無意識に猫背がぴんっと張ってしまう。感謝の意を示したつもりだろうが、もう少しで背骨が折れる所だった。
「そういや栄養ドリンクと富士の名水を飲んだけど、あれって効果あったのか?」
「さあ。効果がないわけじゃないと思うけど、正確なデータを取ったことないらしいから」
段々と盛り上がっていく中、ロニアだけがぽつんっと場に取り残されていた。酒場に来るのは初めてらしく、真面目すぎる性格も相成って冒険者たちがここまで連れて来るだけでもかなり大変だった。
「ロニア隊長、一献いかがですか?」
「は、はひ!?」
‥‥はひって、そんな幽霊に声をかけられたわけじゃないんだから。
軽くショックを受けるシファ。余談だが、彼女が提案した、二騎の軌道を縦糸と横糸に見立てて攻撃する『機織り(ウィープ)』戦法は現在編成中のグライダー小隊での使用が検討されることになった。提出した案件が通れば、後日正式な依頼としてその威力が試されることも決定している。
ともかく緊張を解そうと、龍堂が真面目な話題を振ってみる。
「ロニア隊長。捕えた捕虜ですが、一部気になる言動がありました。今後のためにも厳密な尋問を行うことをお勧めします」
「‥‥」
「あの‥‥ロニア隊長?」
「あ、ええ、はい! の、飲んでますよ、はい」
「‥‥」
‥‥駄目だこりゃ。
その一部始終を隣で見ていたベアトリーセの顔がぱっと輝いた。
「ロニアさん、私のことを異性ではなく、戦友と思えませんか?」
「戦友、ですか?」
「はい。そうすれば、少しは苦手意識も変わるように思うのですけど」
「成程‥‥」
差し出された手を前にして、ロニアが己を奮い立たせるべく、ぐっと一息に酒を飲み干すと「よしっ」と拳を握り締める。
「ベアトリーセさん!」
「はい♪」
「今後もよろ、よろし‥‥」
「ロニアさん?」
「よろ‥‥しく‥‥」
「隊長さん?」
「おい、隊長?」
「きゅ‥‥」
胃の中で何かが爆発したみたいに、体中を真っ赤に染めて、
「‥‥きゅぅ〜〜〜〜〜」
ロニアの体がテーブルの上に崩れ落ちた。
「‥‥あ〜、もしかして隊長のやつ、こんなにお酒飲むの初めてだったんじゃないか。ほら、酒場に初めて来るっていってたし」
「あ‥‥」
そういえばそんなことを言っていた。
だとすると、緊張のあまりに倒れたので無く、酔いつぶれたということか。
「‥‥難儀な方です」
「まっ、いいんじゃないの。この人らしくて、ね」
「取り敢えず戦勝祝いだ。お代は隊長に任せてぱ〜っと飲むか!」
「賛成〜♪」
「いいね〜」
「‥‥いいんでしょうか」
「いいのいいの、龍堂さんは気にし過ぎだって。ほら、シファさんも杯取って」
「あっ、はい!」
全員に酒が行き渡ったのを確認して門見が音頭を取る。
「えーそれでは改めまして、皆さんの無事の戦勝を祝って〜〜〜」
約一名撃沈してるのは置いといて。
乾杯〜♪、と一つの杯が大きく掲げられ、
テーブル頭上で6つの杯が楽しげな笑い声を打ち鳴らした。
「「「「「「 かんぱ〜い!!! 」」」」」」