続・グランドラ城塞都市攻防戦 独立部隊

■ショートシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月24日〜07月29日

リプレイ公開日:2008年07月31日

●オープニング

 バの進軍は止まるところを知らなかった。
 突如ロウエル港に出現したバの侵攻軍はフロートシップ3隻からのゴーレム降下作戦で瞬く間に港を制圧。その後、襲来の報が広がるよりも早く内陸部へと侵攻を開始、侵略の手は天を焦がす炎の如く、止まることなく広がっていった。
 式典出席による領主不在の状態では各領は組織立った抵抗をすることも叶わず、領民たちは土地を捨てて逃げるしかなかった。現在までに制圧された領地の数は9つ、陥落した砦は13にも及ぶ。
 ベルトラーゼ・ベクもカオスの勢力との激闘を経てトールキンから脱出、反撃の機会窺いつつもグランドラ領までの撤退を強いられた。城主を失い、カオスの攻撃によって半壊したトールキンで敵軍を防ぐことは困難であり、彼にとってそれは苦渋の選択だった。
 侵攻軍を率いるのは猛将と謳われるドスロワ・グランカッツァ。その戦法は強引かつ単純と取れるが、それ故に僅かな期間での9つの領地制圧を可能とし、メイ側もグランドラ内陸部にまで引くことを余儀なくされたのだった。
 グランドラは他の領地と違い、一つの役割を持つ。城塞都市という名の通り、そこは正しく敵軍の侵攻を押し止める役割を持つのであり、簡潔に言い換えるならば、後方に控える無数の領地の盾なのである。ここを失うことは他の領地を制圧されることとほぼ同意義と言っても差し支えない。
 グランドラに、今再び戦乱の火が迫ろうとしていた。




 グランドラに集結した兵力は大きく6つに編成された。
 各領から集まった兵士たちで構成された歩兵大隊。
 都市防衛を目的とする都市防衛隊。
 都市制空権を守る航空隊。
 西と東門を守る、スコット領南部西方責任者『アナトリア・ベグルベキ』率いる城壁防衛隊。
 崩壊した南門を守る、グランドラの鎧騎士『ワーズ・アンドラス』を隊長とするモナルコス隊と歩兵中隊。
 そして、敵将『ドスロワ・グアンカッツァ』が搭乗するカオスゴーレム『カルマ』の破壊を目的とした独立部隊。
 
 これに対して敵の部隊は大きく3つ。
 都市外部に迫る歩兵中隊と恐獣部隊。
 都市上空から内部に降下してくる、カオスゴーレムを中心としたゴーレム一個中隊。
 都市上空を制圧し、上空から降下部隊の援護するであろう敵航空隊。


 アナトリア隊とワーズ隊が城壁に迫る歩兵中隊と恐獣部隊を防ぎ、
 都市内部に降下してくるだろう敵ゴーレム一個中隊を冒険者で構成した都市防衛隊が、
 上空の敵フロートシップ隊を航空隊が叩く。
 その間に、ベルトラーゼ率いる独立部隊が敵将の乗るカオスゴーレム『カルマ』を破壊する。
 歩兵大隊が各城壁と都市内部に散らばって各自に応戦、援護のみ。

 以上が今回の作戦である。





「敵はリアド砦より更に東方のゴード領に駐屯しており、兵馬を休めている様子。早ければ明朝にも攻めて来るものと思われます」
 城下に設けられた兵舎、その施設の一つを指令部して使用している。本来なら城内に設けられるべきなのだろうが、中は避難民で一杯であり、それどころではない。
 空の火は段々と薄まり始め、じきに夜が来ることを教えている。それも終われば、遂に戦は開始される。
 城内同様、城下もまた戦の準備に明け暮れる兵士たちで溢れかえっていた。領民の避難、城壁の修繕、廃屋への大弩弓の運搬と設置、精霊砲の調整、指揮系統、配置場所の確認と修正などなど、すべきことは無くならない。兵力が集結し終わったのは昨晩のこと。何の繋がりも持たない初対面の者たちが集まり、一つの軍を形成しているのだ。バの侵略によって隊長格を失った者たちも多く、指揮系統が複雑になり過ぎ、組織立った行動は不可能に近い。しかも先の内乱によって城壁は半壊、南門は城門としての機能を失っており、既に城塞都市と言えるのかも疑わしい。
「領民の避難が完了したぞ。後は大弩弓の設置と兵の配置のみだが、こちらもどうにか間に合うだろう」
 入り口に現れたのは一人の鎧騎士。ワーズ・アンドラスというグランドラのゴーレム乗りだ。
 エルフ族の老騎士ルシーナが机の上に広がった地図の一点を指差した。
「東と西の城門にはアナトリア卿の兵を配置しております。数こそ少ないですが、壁の損傷度の低さから見ても十分護りきれるでしょう。問題は南門ですが‥‥ワーズ殿、任せてよいのだな?」
「ああ、モナルコス2騎で十分だ。歩兵中隊と合わせれば、恐獣部隊とはいえそう簡単には通さんさ。ベルトラーゼ卿の役目に比べれば、可愛いものだ」
「若‥‥本当によいのですか?」
 ルシーナの重い言葉にベルトラーゼが無言で頷く。
「降下してくるゴーレム一個中隊には、こちらもゴーレム隊で応戦する。数においては互角。城が落とされることはないだろう」
「そうではありませぬ! 正気なのですか?」
 苛立った声が部屋の中に木霊する。
 隙間から入り込んだ外の雑音がやけに大きかった。
「新型ゴーレム、名称は『カルマ』でしたな。生き残った兵たちの話によれば、そのたった一騎のゴーレムによって30分も掛からない内に、13つの砦が陥落したと聞きます。上空までの運搬時間を差し引けば、降下から僅か10分以内に外壁か城門が破壊されたということになりましょう。ゴーレムは一騎残らず破壊され、守備隊も全滅。跡形も残らないほどに粉砕された砦まであります。弱点といえば稼動時間とのことですが、搭乗者は生粋のゴーレム乗りである猛将ドスロワ。これまでのデータから計算すれば、その稼働時間は最低でも20分。防衛隊の殲滅と城門の破壊、十分なお釣りが来ます。たった10か20、それもほとんどが生身の者たちで当たるなど、正気の沙汰とは思えませぬ」
 ベルトラーゼが提示した作戦、それはゴーレム隊が降下してくる敵を食い止めている間に、少数の精鋭部隊によって敵の大将が乗る新型ゴーレムを破壊するというものだ。
「かき集めたここの兵たちで勝つことは不可能だ。ましてや敵は正規軍。形だけとはいえ城壁に守られたここならば、暫くは持つだろうが、それも所詮付け焼刃に過ぎない。かといって量産騎であるモナルコスでは歯がたたない。隊長騎のゴーレムを揃える余裕もない。ならば、腕のたつ精鋭部隊で破壊するしかないだろう」
「しかし‥‥!」
「坊ちゃん、私も反対でございます。せめて私かルシーナをお付け下さい」
「その怪我では無理だ。それにお前では騎馬の高速戦闘についてこられないだろう」
 トールキンでのカオス掃討戦でアルドバは深手を負っていた。指摘された通り、ゆうに100キロ、武具を装備すれば200キロ近くまでなるこの巨体を乗せられる騎馬は世界中捜してもそうはいないだろう。
「ルシーナには城壁の指揮を任せたい。‥‥大丈夫だ、私たちは騎馬で敵を撹乱するだけ。主な攻撃は冒険者たちが行うことになる」
 ベルトラーゼと共に新型ゴーレムに当たるのは、領内から追従した戦士たち。身分こそ低いが、命を惜しまぬ猛者たちだ。彼らの技量に騎馬の機動力を合わせれば、強大なゴーレムにもダメージを与えることが出来るだろう。
「大弩弓の設置が完了次第、全軍配置につくよう伝令しろ。やつらの進軍、ここで何としても食い止める」
 部屋を後にする青年の足取りには、焦りとも違う何かを感じられた。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1919 トール・ウッド(35歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb0884 グレイ・ドレイク(40歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb8174 シルビア・オルテーンシア(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●戦の前に
 闇を終えつつある薄明かりが雲一つない広大な空に顔を出している。夜明けまでにはまだまだ時間があるが、都市内部では最終調整が行われている最中だ。
 グランドラ防衛作戦に参加した者たちが兵舎に集結していたのもそれに起因する。
 総勢24名。呼掛けに応えた勇士たちが囲むテーブルでベルトラーゼが作戦概要を確認していた。
 独立部隊の任務はカオスゴーレム『カルマ』の撃破。広場に降下してきたカルマをファング・ダイモス(ea7482)、グレイ・ドレイク(eb0884)と共に、ベルトラーゼ率いる騎馬隊が誘導し南門の西に広がる廃墟群まで誘き寄せる。上空からはペガサスに乗った導蛍石(eb9949)も援護として加わる予定だ。そこでシルバーゴーレム『ヴァルキュリア』に搭乗したフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)が応戦、アルメリアに乗ったシルビア・オルテーンシア(eb8174)と弓騎士スニア・ロランド(ea5929)が後方から援護、巴渓(ea0167)の後方支援の元、トール・ウッド(ea1919)も加わって翼、脚部を粉砕する。機動性を失ったカルマに満足な行動は取れないと思われ、そこに大弩弓隊と精霊砲の集中砲火で破壊する。以上が冒険者たちの練った作戦だ。
「カルマ、カオスゴーレムか、敵がカオスゴーレムを実戦配備可能にしても負けられない、メイの底力を見せてやる」
「おおよ、さぁ祭りだ祭り、喧嘩祭りよ! 行くぜテメェら!!」
 気合全開のファングと巴が共に大きく息を吐くと、スニアが不安な点を告げた。
「一騎討ちを持ち掛けられる危険性がありますが、避けるのが良いでしょう。カオスの魔物の行動に合わせたような敵の進軍から判断しても、それが順当。兵士たちの士気を削がないためにもです」
「‥‥確かに、今回のことは私も疑問を抱いています。カオスとバの国、どこかで繋がっていると見て差し支えありません」
 問題は‥‥。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません」
 スニアの言葉に、ベルトラーゼが頭を振った。
 騎馬隊が廃墟群まで誘導するということだが、そう簡単な話ではない。南門さえ破壊してしまえば、敵は都市に侵入出来るのだ。誰とも知れない騎馬隊をしつこく追撃するとは考えにくく、そんなことに気を取られている暇があったら、さっさと南門を狙った方がメリットがある。
 だが誘導を任された以上、少々のリスクを負ってでも果たさねばならない。
「ファングさんとグレイさんは騎馬隊と共に広場へ、他の方々は廃墟群にて準備をお願いします」
 覚悟を決めたベルトラーゼが席を立ったのを合図として、作戦会議は終了となった。




●命がけの誘導
 未だ明けきれぬ夜の残滓を残した天空が、頭上を覆っていた。それはジ・アースで言う『霞』という現象に酷似しているかもしれない。
「敵艦隊接近!! 航空隊も上空にて戦闘を開始、小型艦がこちらへ向かっております!」
「南門経路の歩兵大隊に連絡、カルマの姿を確認次第一斉射、その後すぐに戦域から離脱して都市防衛隊の支援に回るよう」
「はっ」
 指示を受けた一兵が南門の方へと駆けていく。その後ろ姿を眺めながら、ベルトラーゼの隣でファングが呟いた。
「いよいよですね、トールさんも言っていましたが、敵の隙を衝かない限り有効打を望めないでしょう」
「戦場を駆けることこそ騎兵の本分。命を捨てる気はないが、全力を出し切る」
「お二人とも、お話があります‥‥」
 グレイが大刀を構えると、後方に布陣する騎馬隊の視線を受けながらベルトラーゼが一案を皆に伝えた。
「‥‥正気ですか?」
「これならば、いえこれでなければ、敵を廃墟群まで誘導することは出来ないでしょう。ですが、廃墟群まで誘き寄せられれば、皆さんの作戦でカルマを撃破できます」
 客観的に見て、冒険者たちの作戦ならば強力な敵ゴーレムを破壊出来るだろう。問題は廃墟エリアまでの誘導だった。
「皆さんも命を賭けています。私もそれ相応の覚悟でこの戦に望まねば。お二人は作戦に必要な方ですので我々から距離を取って行動して下さい。誘導は我々が」
「‥‥そんなことを聞かされたら、余計に離れるわけにはいかなくなったな」
 命を賭けるのはグレイも同じ。ベルトラーゼが行うであろう最も危険な役目を代わりにやるつもりでいる。
「俺も全力を尽くします。気弱なことを仰らないで下さい」
 一層熱を帯びたファングの目が上空に向けられる。フロートシップ独特の機関音を耳に、得物をしっかりと握り締めた。
「反応出ました! 来ます!」
 デティクトアンデッドでカオスゴーレムの気配を感じ取った導が叫び、空から一騎の巨大な影が降りてきた。大弩弓は廃墟群に配置され広場までは距離もあるため迎撃はない。
 騎馬隊の前に進み出たベルトラーゼ。
 カルマの着地直後、彼は高らかに叫んだ。
「我が名はベルトラーゼ・ベク! グランドラ防衛作戦における総指揮を任されている者だ! 貴公の名を教えていただこう!」
『‥‥ベルトラーゼ‥‥? 貴様が?』
 異質な姿をしたゴーレムから敵将ドスロワの声が響き渡る。
『は、はははっ!! 総指揮官たる者がこんな前線に出るとは、馬鹿か貴様は?』
 ベルトラーゼが提案した案。それは総指揮官である彼自身が名乗りを上げることで敵の注意を完全に引きつけ、誘導しようというものだった。そうでもしなければ敵は南門に直行する。冒険者たちの作戦の穴を埋めるには、それしか手はなかった。だが、それは冒険者たちの作戦がカルマを倒すことが出来ると確信していた証でもある。
『はっはぁー!! 俺の名はドスロワ・グランカッツァ。ベルトラーゼ・ベク、その首もらったぁ!!』
 カルマが上空へと飛来する。同じくベルトラーゼも踵を返した。
 グランドラの命運をかけた、独立部隊の戦いが開始された。









●イレギュラー
 カルマが広場に降下して数分が経過した。
 南門の西に広がる廃墟エリアでは巴、トール、スニア、シルビア、フィオレンティナの5人がカルマの到着を待ち構えていた。周囲には廃墟を利用して配置された大弩弓も見える。
 カオスゴーレムという強大な敵を前に、口を開く者はいない。ゴーレムをも一撃で粉砕するカルマの大爪を受ければ、生身の者たちはひとたまりも無いないだろう。
 カルマを撃破するために練った作戦は完成度の高いものである。フィオレンティナの乗るヴァルキュリアが盾としての役割を保つことが出来れば、作戦の成功は間違いない。後ろからのスニアやシルビアによる援護射撃も考えれば、成功する可能性は更に上昇するだろう。
 上空では高速艦ヤーンが敵艦メリーランド級と戦闘を開始し、互いに撃ち放つ精霊砲の爆音が響いてくる。都市内でそれが届かない場所はないだろう。
 その音に益々危機感と緊張感を高める冒険者の元に突然、歩兵大隊の偵察隊が駆けつけてきた。
「どうした?」
 瓦礫に待機していたトールがその前を遮った。
「おい、どうしたんだ、早く言えよ」
 巴に急かされて、偵察隊が大きく息を飲んで顔を上げた。
「き、緊急事態です」
 偵察隊の告げた言葉に、冒険者たちは耳を疑った。
「都市南西に降下したゴーレム小隊が、西門ではなく南門を目指して進行中。もうすぐ、ここまでやってきます!!」
「な‥‥っ」
「んだと!!??」
 敵部隊も狙ったわけではなかった。全ての重要拠点に攻撃を仕掛けるだろうとメイ側が予想することを、バも見越していた。半壊した南門、そこを狙うことは敵にとっては当り前だった。だからこそ、敢えて西門には攻撃を仕掛けず、その分の戦力をカルマと共に南門に集中しようと考えたのだ。しかし、ゴーレム小隊バグナ三騎が降下したのは都市南西、そこから南門を目指すわけだが、その途中には図らずも独立部隊が潜み鉢合わせになったのだった。 
 敵はカルマだけと想定していた独立部隊は完全に虚を突かれ混乱した。
「都市防衛隊の連中は!?」
「東と西、それと城に兵力を配置しており、ここに来るまでにはまだ時間が掛かります。先ほど防衛隊の陰陽師の方が西門へ伝令に向かいましたが、ここへ部隊が到着するまでには相当の時間がかかるかと」
 廃墟と布でカモフラージュしていたヴァルキュリアの中でフィオレンティナが呻いた。
 ここで姿を見せればカルマが罠と気付いて進路を変える可能性がある。そうなればベルトラーゼたちの苦労が無駄になる。しかし、このままではバグナ隊が南門を破壊してしまう。
 後数分もすればカルマがここに到着するだろう。
 残された時間を少ない。その場にいた冒険者たちは否応なしに決断を迫られ、その結果、バグナ隊を迎え撃つことが決定する。敵が近づいているのに、それを見過ごすようなことは常識的に出来ない。
「悪いが、お前たちに任せる。俺ではどうにもならないからな」
 近接戦闘がメインのトールが突貫するわけにはいかない。あれだけの矢を避けながら敵に懐に潜り込むなど不可能だ。それこそ飛んで火にいる夏の虫というものである。
 廃墟を盾に射程範囲ぎりぎりから放たれる矢の雨。通常の弓矢よりも射程が長いため、スニアは反撃出来ず、シルビアの乗るアルメリアともう一騎が応戦するが、廃墟の影にいる敵騎に当てることは困難であった。
アルメリアではシルビアの能力に対応しきれていない。敵の矢も下手すれば命中してしまいそうだが、 廃墟を利用した彼女はそれを巧みに回避、敵の接近を許さなかった。
 こちらが押せば退き、退けば押してくる。カルマの到着を待っているのだ。
 焦りと苛立ちだけが募り、時間が経過していき‥‥
 やがて敵将ドスロワの乗るカオスゴーレム『カルマ』が冒険者たちの背後に現れた。
「最悪のタイミングだぜ。逆に挟撃されちまうなんてよ‥‥!」
 後ろにバグナ三騎、前にはカルマ。
「これ‥‥は、一体?」
 騎馬同様、荒い息をつくベルトラーゼも目を疑った。
 ここに来るまでに騎馬隊の2名が犠牲になっていた。ベルトラーゼを集中的に狙うカルマから少しでも注意を逸らすべく、二人の騎士が命を使って数秒を稼いだのだ。
『はっはぁー!! 何か罠があるかと楽しみに来てみれば、こうもマヌケな連中だったとはな』
 完全に想定外の事態に、焦り戸惑う一行をドスロワの高笑いが包み込んだ。
 血で染まった両手の爪がぎらりっと鈍い光を放つ。
『さぁ‥‥皆殺しだぁ!!!』
 体勢を屈め、足の裏に溜めた力を一気に解放、廃墟を踏み砕くカルマの巨体が接近する。
 唯一正面から対抗し得るのはシルバーゴーレム『ヴァルキュリア』。フィオレンティナが仲間を守るべくカルマの正面へと躍り出た。
 技術は互角。共に達人級の操縦技術を持つ者同士、互いの力を最大限に引き出す騎体に搭乗した両者の攻防は今までのゴーレム戦の中でも群を抜いていた。
 雷のように飛び込んできた敵の爪が装甲の表面を抉り取る。咄嗟に距離を取ったフィオレンティナのハルバートが突き出されるも、敵も間一髪でそれを回避、後ろに跳んだ。
『やるじゃねぇか、今までのポンコツどもは最初の一撃で壊れちまったが、なかなか楽しめそうだな』
『此処から先には行かせないよ!』
『はっはぁ! やってみなぁ!!!』
 ヴァルキュリアが跳び、カルマが飛ぶ。
 5mを越す二つの騎体がまるで人間のような動きを見せながら舞い踊る。爪と槍、互いを破壊しようとする殺気を乗せて相反する二つの騎体は戦闘の規模を増していく。
 言葉で表すなら、ヴァルキュリアの動きは秀麗。逆にカルマは粗暴。
 暴力や憤怒、人の持つ負の感情の化身と紛う混沌の人型兵器は地上に散乱するあらゆる人工物を破壊し尽くしていった。
 一方、後方のバグナ隊も近接戦闘の武器に持ち替え、突撃を開始する。
 都市防衛隊は南門を除く各重要拠点に部隊を配置、南門は独立部隊に任せていた。それはカルマを除く敵ゴーレム隊が南門以外を攻撃すると予想していたからに違いない。だが、先の内乱で南門は半壊し機能を失っていた。それを敵側が知らないはずはなく、弱点である南門に敵の戦力が集中することも当然である。敵がカオスゴーレム『カルマ』だけと認識していた独立部隊は、全くの予想外の敵の出現に混乱、組織的な反撃を失ってしまった。
 南門における齟齬がこの戦の最大のミスであった。
 弓隊の攻撃が幾つかのダメージを与えるものの、腕の盾や廃墟を利用する敵に致命傷を与えることは叶わない。
「く、ぁああっ!!」
 廃墟を盾に後退しようとしていたスニアの体がバグナの槍で弾き飛ばされ、瓦礫の中に突っ込んだ。
 二騎を相手に持ちこたえるシルビア騎だが、遠距離用の弓矢では攻撃できず、性能限界も低いアルメリアではシルビアの能力にほとんど付いてきていなかった。
「スニアさん!」
「無事か!?」
 重傷の傷を甘露で回復してどうにか起き上がったスニアが苦しそうに息を吐く。三人の元にベルトラーゼが騎馬を走らせてきた。
「どうする、大将?」
「‥‥このままでは全滅します。フィオレンティナさんが応戦していますが、段々と押され始めています。長くは持ちません」
「だからどうすんだよ!?」
「巴さん、落ち着いて!」
「どう為さるおつもりです?」
 導が巴を止め、スニアの冷静な言葉にベルトラーゼが静かに目を伏せた。
 都市防衛隊がここに駆けつけるまでにはまだ時間が掛かるだろう。このまま一方に挟撃され続ければ戦線は崩壊する。‥‥こちらから仕掛けるしかないのだ。
 カルマのみを相手と想定して作戦を立てていた冒険者たち。臨機応変に対処するためには、総指揮官のベルトラーゼがその場で即興の作戦練るしかなかった。
「スニアさんは周囲の大弩弓を指揮してバグナ隊を、導さんと巴さんは予定通り支援をお願いします。私は騎馬隊を率いてカルマを牽制します。隙が出来次第、ファングさん、グレイさんにも協力してもらい、敵の機動力を削ぎます。トールさんには予定通り上空から攻撃してもらいます」
「あ、おい!」
 巴の静止も聞かず、ベルトラーゼは騎馬隊と共に駆け出していた。
 瓦礫を踏み砕く騎馬隊の蹄の音があまりに虚しく聞こえてくる。
「あのやろう‥‥死ぬ気じゃねぇだろうな。んなことしたら張り倒すぞ」
「‥‥急ぎましょう。指示通り、私は大弩弓班の所に。お二人も気をつけて」
「ああ」「了解です」




●作戦崩壊
 長きに渡るゴーレム同士の戦いに決着がついた。
『きゃぁぁっ!!』
 敗れたのはフィオレンティナ。回避行動に全力を尽くしていたが、かなりの技量を持ったドスロワの全ての攻撃を防ぐことは不可能だった。決め手となったのは、カルマのダブルアタック。突き出したハルバートの槍を敢えて受け止め、威力を減らしたドスロワは、無防備になったヴァルキュリアの懐に強烈な二つの爪を突き刺したのだった。
 彼女が耐えた時間は約四分。当初作戦で予定されていた、後方の援護射撃による敵翼の破壊を為すには十分過ぎる時間といえる。圧倒的な攻撃力の前に敗れはしたが、課せられた役目は見事に果たせていただろう。
『てめえらも‥‥』
 隙を狙って突撃(チャージ)を仕掛けていたベルトラーゼ率いる騎馬隊。グレイも追従し、彼女を助けるべく突貫した騎馬隊の真ん中にカルマの巨体が舞い降りる。
『さっきからうぜーんだよっ!!』
 地面ごとごっそり抉り取った混沌の爪が騎馬隊全体を薙ぎ払い、廃墟へと叩きつけた。
「グレイさん!」
「大将!」
 都市防衛隊の一部が到着しており、バグナ三騎の背後に攻撃を仕掛けていた。既に何騎かが破壊され、戦は優勢に運んでいるように見える。廃墟を盾に近接攻撃に何とか耐えていたシルビア騎が防衛隊と協力して応戦。重力魔法によって動きが鈍ったところに狙いをつけ、バグナの胴体へと矢を打ち込み的確に敵を排除していた。
 だが突如、その中心へと巨大な翼を持つ化物が舞い降りた。
「こいつ、は‥‥!?」
 一分も掛からぬうちにモナスコスが大破した。隊長らしきオルトロスでさえその猛攻の前にあっという間に追い詰められていった。
 攻め方は大雑把、無駄に突進してくるだけだが、ダブルアタック、バーストアタックを用いた猛攻、敢えて受けることで威力を最小限に減らしている。スキルや騎体の性能に依存した愚行とも取れるが、実際の戦闘能力は半端ではない。
「照準! 急ぎなさい!!」
 バグナ隊へ向いていた大弩弓の矛先を大急ぎでスニアが修正させる。奇跡的に攻撃を凌ぎ、戦線に止まっていたシルビア騎が廃墟の影へ移動、カルマへと狙いを定める。
『はっはぁ!!!』
 高笑いと同時に、カルマが地上から消えさった。
 目標を失った弓隊が困惑し、数秒後大地が震えた。
 上空に舞い上がったドスロワは一気に地面へと降下、瞬く間に大弩弓を破壊したのだった。
「第一、第二大弩弓消滅!!」
「そん‥‥退避! 逃げなさい!!」
 大弩弓が大爪によって木っ端微塵に粉砕された。その場にいたスニアも攻撃の余波を受けて瓦礫の中を転がっていく。
 それから数秒も掛かることなく、血に染まった混沌の爪がシルビアとは反対側に配置していたアルメリアの装甲板を貫通、制御胞にいた鎧騎士諸共、一騎のゴーレムを消滅させた。
「‥‥何‥‥あれは‥‥」
 圧倒的な力の存在を前に、シルビアが眼前の光景に目を奪われた。
 完全に明けきれぬ空を背中に、瓦礫の頂上に君臨した邪悪な翼が光を遮る。
 ジ・アースではかのような存在を間違いなくこう呼ぶだろう。






 悪魔、と。






●騎士として
「‥‥無事な、ものは‥‥いますか‥‥?」
 起き上がったのはグレイとベルトラーゼに追従した騎士3名。
「‥‥へ、へへっ、どうやら生き残ったはわしらだけみたいですな」
 胸に大きな血の一文字を抱えた騎士サイラスが重たい体を起こした。
 瓦礫の上に血だらけで伏している骸の数が6つ。ある者は愛馬と共に、ある者は胸辺りから、ある者は腰辺りから両断され、上半身しか残っていない。容易に人間の体を真っ二つにするほどの威力を、カルマの爪は秘めていた。
「‥‥運が、よかったな。普通なら、一発で彼の世行きだ」
 グレイが生きていたのは愛馬『ストームガルド』が咄嗟に庇ってくれたおかげだ。
 瀕死のベルトラーゼたちの元にペガサスに乗った導がすぐさま駆けつけ、騎馬を含め治療を行っていく。
 そこへファングも駆けつけた。
「‥‥もう一度、突撃します。導さん、トールさんに伝令を。私たちが囮になりますのでその一瞬を狙って下さいと。ファングさんは地上からお願いします」
「危険過ぎる! 勇敢と無謀は違います!」
「ヴァルキュリアが倒れた今、カルマを止めるものがいません。このままでは本当に全滅します」
「しかし‥‥!」
「スニアさんとシルビアさんにも伝令を。敵の動きが止まった一瞬を狙って一斉射を頼むと」
「ベルトラーゼさん!」
「誰かがやらなければなりません。それとも、他に策がありますか?」
「それは‥‥」
 ファングは否応なしに口を閉じさせられた。数々の戦闘を経験したファングだからこそ判る。あれだけの機動力を持つカルマを足止めするには誰かが懐に入る必要がある。だがそれは命を賭けた危険な任務であり、それが為しえるのは唯一同等の機動力を持つ騎馬隊しかない。下手に密集し突撃しても死傷者が増大するだけだ。
 フィオレンティナの戦いぶりから見ても、練っていた作戦でカルマは撃退出来たはず。予定外の敵の出現がこうも作戦を狂わせた。今更ながらにそれが悔やまれる。
「‥‥グレイさん」
「お供しましょう。無茶は承知。ここに来た時から命を賭ける覚悟は出来ている」
 傷ついた者たちへ導が治療を行っていく。バグナ隊との戦闘でゴーレム搭乗者を除く全ての冒険者が負傷しかなりの回復アイテムを使ってしまった。上空を移動中、導も敵ゴーレムの矢を受けて負傷していた。リカバーを使った回数も数え切れない。
「サイラスさん? 早くこちらに‥‥」
「‥‥へへっ」
 治療しようとした導を振り切って、サイラスはベルトラーゼに追従し瓦礫の頂上へと駆け上った。
 駆けつけた防衛隊所属のゴーレム小隊と戦闘しているカルマが見える。砕かれ引き裂かれ虫でも潰すように残りのモナルコスが破壊されていく。圧倒的な力の前にゴーレム隊は壊滅寸前だ。
 グリフォンに乗り上空から様子を見るトール。これほどまでに無力さを嘆いたことはない。人間の力を遥かに超えたカルマを前に、隙も探し出すことが出来ず、攻撃を行えずにいた。一撃で即死する可能性があったため、ヴァルキュリアとの戦闘中に隙を衝こうとしたのだが、味方騎が劣勢の状態では相手に隙が生まれるはずもなかった。アルメリアとの連携があれば隙も生まれただろうが、バグナ隊が現れたためそんな余裕はシルビアにもなく、仕方なかった。
「我らはこれより、一陣の風となる!!」
 欠けた刃を頭上に、横一列に並ぶ騎馬隊がベルトラーゼの声に呼応した。
「狙うは敵ゴーレム『カルマ』! 我らは風!! 我らは敵陣を貫く一本の槍!! 止まることなく、臆することなく、ただ前へと前進あるのみ!!」
 何の因果か。オーガの軍勢が襲来時、グレイは同じ檄を受けた経験があった。それを今また、こんなところで聞くことになろうとは。
「‥‥行くぜ、ストームガルド。戦場を駆け抜ける」
 大破したヴァルキュリアの制御胞からフィオレンティナが外へと出ていた。
 遠く離れた彼女の場所からは戦場が一望でき、ベルトラーゼ率いる騎馬隊が今まさに突撃しようとしているのが判った。

「どうか‥‥死なないで」

 今の彼女に出来た事は祈ること。

「死ぬんじゃねーぜ、ベル」

 巴を初めあちこちに配置する冒険者たちもまた騎馬隊を見つめていた。
 彼らが願うのもまた、フィオレンティナと同じ思い。
 幾つもの願いを受けながら、鷹の咆哮が戦場へと鳴り響いた。


「続けぇ―――――――――!!!!」


 五騎の蹄が石や木片を踏み砕き、前へと押し出された騎馬たちは速度を加速させる。
 砕けた鎧、欠けた刃、悲鳴を上げる肉体を振り払い、騎馬の精鋭たちはカルマ目掛けて突撃していく。
 ゴーレム隊の相手をしていたカルマだったが、残り50mを切った時点でこちらの動きを察知、側にいたモナルコスを軽く吹き飛ばすと深く重心を落とし身構えた。正面から迎え撃つ気だ。
 残り数秒、敵の攻撃範囲に入るまでのわずかな距離、先頭に出ようとベルトラーゼが手綱を引いた時だった。

「―――――ベク様」

 先に前へ出たのは、騎士サイラス。

「―――――――――息子を‥‥頼みまさぁ」

 気付けば、サイラスと同じく他の騎士たちもベルトラーゼを守るように前へと突出している。
 サイラスの懐は真っ赤な鮮血で滲んでいた。心臓にまで達していた傷はどんな魔法、アイテムでも助からないほどの致死の傷。同じ死ならば、主の盾となって死ぬことを選んだのだ。
 
 戦慄の爪が薙ぎ払われ、


「――――まっ‥‥」


 血風が空に散った。

 両断された騎士たちの影で、一本の刃が煌いた。手にしていたのはグレイ。彼もまた騎士たちより数瞬遅れて後ろについていたのだ。
 残されたもう一本の腕がグレイを切り裂こうと振るわれる。高い騎馬能力によって紙一重で何とか回避、頬から大量の鮮血が飛び出す中で渾身の力を乗せた大剣がカルマの足に叩きつけられる。
 グレイに気をとられた僅かな時間を掻い潜って、ベルトラーゼは突撃する。
 旋風のように舞ったベルトラーゼの刃がカルマの右足を粉砕した。


「今です、一斉射!!」
 スニアの号令に合わせて大弩弓が矢を一斉に発射、カルマの体に叩きつけられる。
 僅かに遅れてシルビアとスニアの矢がカルマを直撃、右の翼を貫通した。
『くぅ、貴様らぁ!!』
 体勢を崩され、激昂するドスロワ。
 その隙を狙って更に二つの影が上空と地上から襲い掛かった。
「くたばりやがれ!!!」
「『石の王』の一撃、受けられるか!!」
 トールとファングが狙ったのは左足。数々のスキルを内包した二つの剛撃は見事にカルマの足を破壊した。
 両足を失い、地面に手をついたカルマの顔が心なしか悔しげに冒険者たちへと向けられる。
 さすがは金属ゴーレム。未だ健在する翼を破壊すべく弓隊の攻撃が重ねられ、他の者たちもとどめを指そうと接近してくる。
『ぐああっ!!』
 それに脅威を感じ取ったドスロワは、本能的に撤退という選択肢を選び取っていた。
 強烈な風圧に全ての者が一瞬目を覆う。飛翔しようとしていることに気付いた弓隊が矢を放ったが、破壊された大弩弓隊は多く、残った戦力では止めることは出来なかった。
『この俺に傷をつけたやつらの顔、しっかりとこの目に焼き付けたぞ。
‥‥必ず、殺す! お前らがどこにいようと、必ず一人残らず見つけだし、この手がぐちゃぐちゃに引き裂いてやる!』 
 上空へと飛び上がったカルマが大型艦の背にしがみついた。
『撤退だ! 体勢を立て直す。残ったやつらは捨てていく。急げ!!』
 冒険者たちの中に、追おうとするものはいなかった。かなりの高度にまで到達した敵艦に有効な攻撃方法はない。何よりも漸く激戦を終えた今の彼らに、これ以上の戦闘は不可能だった。
「‥‥‥‥‥っ」
 糸が切れた人形のように、ベルトラーゼの身体が騎馬から落下した。
「おい、大将! しっかりしろ!」
「すぐに手当てを!」
 駆け寄った巴と導が手当てをしていく傍らで、他の者たちもまた地面へと座り込んだ。
「‥‥逃がしたか」
「ええ‥‥また新たな敵を作ってしまった。無念です」
 はき捨てるトールの隣で、スニアが苦々しく唇を噛んだ。少し前にやっと一つの敵を倒したというのに、これでは何も変わらない。
「シルビアさん、負傷者の回収を。俺も手伝います」
『了解‥‥しました』
 漸くゴーレムから降りることを許されたシルビアがハッチを開放した。
 最初に彼女が感じたのは、異常なまでに周囲に満ちた血の臭いだった。
「どうしました?」
「‥‥いえ」
 何気ないファングに、言葉を詰まらせる。
 ゴーレムの中だからこそ判らなかった戦場の臭い。それが何を意味するのか、口にする必要はない。
 敢えて黙したまま、彼女は戦死者の遺体を丁寧に包み上げていく。
 全てが終わるまでには、まだ多くの時間が必要になるだろう。それだけの時が掛かるほど、この戦は大きく、そして悲惨なものだった。






●悲しき終わり、新しき風
 かくしてグランドラの戦は終結した。
 航空隊の働きによって敵艦メリーランド級は撃沈。敵航空隊も消滅した。大型、小型艦は取り逃がしたものの、十分過ぎる戦果といえよう。救急班の働きは目覚しいものがあり、リーダー的存在を務めた天界人の女性は実に30人以上の兵を助け、彼女がグランドラを去る際には高速艦ヤーン搭乗員が総出で駆けつけ、感謝の意を込めて見送ったという。不具合があり上層部は高く評価はしなかったが、実質依頼は大成功であった。
 都市防衛隊も各重要拠点を見事に死守。南門における被害は大きく、独立部隊に甚大な被害が出たものの、都市防衛という任務自体は果たせたといっても過言ではない。
 独立部隊は今兵舎で治療を受けている。想定外の事態に襲われた部隊の被害は凄まじく、無事な者は一人もいなかった。ベルトラーゼに追従した騎士たち全員が死亡。シルバーゴーレム『ヴァルキュリア』は善戦するも大破、大弩弓隊もほぼ壊滅状態。アイテムを併用した導迅速な回復のおかげで、グレイを除く全員が結果的に無傷で済んだが、彼がいなければ冒険者たちの半数が死亡していた。敵将ドスロワ・グランカッツァの搭乗するカオスゴーレム『カルマ』にも手傷を負わせることには成功したものの、今一歩のところで仕留めそこなった。ベルトラーゼの元に再び来る日も、そう遠くはないだろう。
 グランドラ城砦都市防衛作戦は成功。
 その後大きな被害を受けたバの軍はグランドラ領から後退、追撃を恐れたドスロワ軍はロウエル港を通じて本国へと撤退する。
 ‥‥しかし、その犠牲はあまりに大きいものだった。




 柔らかな暖気が、頬を撫でていく。
 どこまで青い空の真ん中で一人の青年が膝を付いていた。黙するその後ろに控える二つの影。彼らもまた、散っていた同志たちに黙祷を捧げていた。
 領地に帰還したベルトラーゼは仲間たちを連れてその家族の元へと足を運んだ。冒険者の中にアイスコフィンを使える者がいたため、両断された身体を丁寧に縫合、縫い合わせた後で彼女に頼み冷凍保存してもらった。そのおかげで彼らは満足な状態で、愛する家族たちと対面することが出来た。さぞ嬉しかったことだろう。
 そして彼らは今、土の下で眠っている。この丘はオーガの軍勢が攻めて来た折、騎馬隊が突撃を仕掛けた場所だ。死しても尚、思いは共にあるというベルトラーゼの計らいだった。
 やがて、青年は立ち上がった。
 後ろに控える養母がゆっくりと目を開ける。
「‥‥もう、よろしいのですか?」
 青年は何も答えない。肯定とも否定とも言えない、なだらかな気持ちが胸の中に広がっていた。
 助けきれた命。
 失った約束。
 受け継いだ遺志。
 果たせなかった思い。
 迷っているわけではない。
 仲間たちが望むことも判っている。ただ、‥‥。



 不意に、風が吹きぬけた。



 背中から流れ込んだその風は、偶然か必然か、ベルトラーゼの故郷の方角を指し示していた。
 目を瞑れば、温かい土の下に眠る永久(とこしえ)の仲間たちの、あの豪快な歌声が聞こえてくる。



 答えは、もう決まっていた。



「――――――行こう。私たちの故郷、スコット領へ」



 歩き出すと、また新しい風が生まれた。
 羽ばたいた翼は逞しくも繊細で、乗せた者の心を青空へと連れて行く。



 こうして序章は終わり、

 鷹の物語はその舞台を新しき地へと移すことになった。