【スコット領侵略】血飛沫の鋼鎧

■ショートシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月11日〜08月16日

リプレイ公開日:2008年08月16日

●オープニング

 バの侵攻が開始されて約一ヶ月。
 各地で戦線が展開される中、スコット領でも激戦が繰り広げられていた。
 スコット領南部の南方、オクシアナ山岳地帯以南に進軍してバの軍勢はベイレル・アガ率いる傭兵師団と激突、三度にも渡る会戦が為されたが、状況を一変することなく戦線は膠着状態に陥っていた。
 総指揮官たるバの十将軍クシャル・ゲリボルは南方地域全域に軍を展開し、先遣隊であるフェルナンデス軍によって以南の七割近い領土が制圧された。『串刺し将軍』、『血染めの紅将軍』の名に相応しい残虐行為が繰り広げられており、女子供関係なく捕まった人々は容赦なく惨殺され地面に突き立った槍に胸を貫かれた状態で無残に骸を晒している。捕虜となることも許されず、必死に逃げようとする人々にもフェルナンデスは執拗な追撃を仕掛け一人残らず皆殺しにしている。敵が身に付けた鋼の鎧は返り血で真っ赤に染まり、やつらの通った後には飛び散った血と死体だけ残されることから、兵の間では彼の軍のことを『血飛沫の鋼鎧』と呼ぶようになっていた。
 このような状況下でスコット領南部に新規に配属されたベルトラーゼ・ベクは西方責任者アナトリア・ベグルベキの命を受けてベイレル軍の援軍として出陣することになった。
 ベルトラーゼがスコット領に到着して僅か一週間後のことであった。



 


「お疲れ様でございます。如何でしたか?」
「‥‥ああ、何とか無事に済ませてきたよ。歓迎はされなかったけどね」
 ここは南方責任者ベイレル軍の本陣。陣の端に設けられたテントの中にいるのは、ベルトラーゼと彼に追従した『養父』アルドバ、『養母』ルシーナ、そして伝令役シフールのミルだ。
 到着したのはほんの一時間前。ベイレルに到着の挨拶をしようとその元へ参上したのだが、頂いた言葉は侮蔑に満ちていた。
『邪魔にならない程度に勝手にしろ』
 ベルトラーゼが受けたものはその一言に尽きる。
「アナトリア様とベイレル様は犬猿の仲と聞き及んでおります。西方に所属する若を冷遇するのもそれが原因でしょう。気にすることはありません」
 あちこちに立地するテントの間をうろつく兵士たちの柄の悪いこと。山賊のような厳つい面に敵意を載せて、援軍であるこちらにおもいっきり睨みをきかせている。
 彼らは正規軍ではなく傭兵だ。ベイレルは今でこそ貴族の地位を与えられているが、元は傭兵でその軍もほとんど傭兵で構成されている。彼はゴーレムに匹敵すると言われる怪力と卓越した剣の腕で数々の戦功を打ち立て貴族の地位を得た。その実力は傭兵たちに響き渡っており、彼の名声と彼の定めた破格の報酬を慕って各地から傭兵たちが集まっているのだ。
「正規軍である我々のことが面白くない、というような顔をしておりますな」
「仕方あるまい。ここの傭兵どもの報酬は戦場で敵をどれだけ倒したかで決まる。ベイレル様のご方針らしいが、そんなやつらからすれば、我々は手柄を横取りするただの邪魔者。『騎士道』や『国』を尊ぶ我らの言動は、命よりも金が大事な者たちの気をさわる綺麗ごとにしか聞こえないだろうからな」
「おいらたちはこれからどうするんだい? あのおっさん‥‥じゃねぇや、アナトリア様からこいつらを手伝えって言われてきたんだろ」
 確かにそうだが、この様子では手伝うどころか、ここに留まることすら出来そうにない。
「情報では、南方に未だ多くの領民たちが取り残されているようです。このような状況である以上、選択肢は限られてくるでしょう」
「しっかし、残ってるやつらは何考えてんだろうな。さっさと逃げればいいのにさ」
「お前は阿呆か」
「ア、アホって、そこまで言うか!?」
「阿呆に阿呆といって何が悪い」
「ムッキィィィッィ―――――!! 大将、何か言ってやってくれよ!!」
 振り返ったミルの顔が真っ赤な怒りから平静を取り戻した。こういう時、いつもなら真っ先に止めに入るベルトラーゼは机に肘を衝いたまま、真剣な表情を浮かべていた。
「‥‥数年前、この地方を大きな津波が襲ったことがあった。規模は凄まじく、百メートルにも達したと噂される大波によってオクシアナ山岳地帯以南の海岸線では、3000人近い民が溺れ死んだ」
「覚えております。偶然航空偵察隊が津波の発生を予見し、ただちに伝令隊によって海岸線の地域に避難勧告が出されました。災害後にやつらの言った『やつらが逃げていれば、助かったはず』という犠牲者たちを非難した言葉は今も忘れておりません」
「??? 逃げればいいじゃないか。逃げなかったんだったら、そいつらが悪いんじゃないのかよ」
「‥‥ミル、馬を持つ人々がこの国にはどれくらいいると思う?」
「どれくらいって‥‥そりゃあ、あんまり多くはないだろうな」
 馬は決して安価な代物ではない。地域による差はあるだろうが、一般的に結構なものとして取引される。
「フロートシップも馬もない状態で、どうやって津波から逃げろというんだい?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥あっ」
「津波の速度は人間の10倍以上。山を飲み込むほどの巨大な水の壁が、凄まじい速さで木々や家屋を押し潰しながら迫ってくるのだ。平野がほとんどのスコット領では高台に逃げることも叶わぬ。馬を持っていたとして妻や子供など家族全員で逃げる手段を持っていたものは恐らく全体の一割にも満たなかったろう」
「津波襲来を知った領主たちはフロートシップで一足先に脱出していた。見捨てられた人々が取れた行動は一つ。生まれ育った自分の土地で家族たちと死ぬこと。その結果、3000人という人々が波に呑まれて海底に引き摺り込まれたんだ」
 ミルはその光景を想像して背筋が凍った。助けてくれる人々もおらず、愛する家族や恋人を助ける術もない悔しさと国に対する恨みは筆舌に尽くしがたいものだったろう。
 スコット領南部はオクシアナ山岳地帯を境に大きく二つに分けられる。北方、西方、東方が密集する山岳地帯以北と、南方のある以南。バがスコット領を侵略するためには、必ず南方地域を通らなければならず、そのため南方地域では領地の復興ではなく、バを阻む盾として政策、もっと厳密に言うならば、都市ラケダイモン防衛を中心とした政策が優先されてきた。バが山岳地帯以北へ行くにはラケダイモンを落とさなければならず、逆にいうならば、そこさえ押さえていれば以北は無事なのだ。その結果、領民に対する施策は後回しにされ避難場所となる要塞も道路も、港もまともに整備されなかった南方地域の人々は常に飢え、日々を生き抜くのに精一杯の状況。一部では反乱の兆しすら見え始めている。
 バの先遣隊はフロートシップや騎馬を持って南方地域に展開しているため、ラケダイモンまで逃げ延びるにはそれに匹敵する速度が無ければならない。だが、毎日を生きるだけで精一杯の貧困層がそれだけの移動手段を持っているわけがない。それにも関わらず、ベイレル・アガは未だ何の対策も講じずにいる。
 南方の民たちは、今また津波と同様の脅威に晒されているのだ。
「アルドバ、ルシーナ、戦の準備を」
「出撃ですな」
「ベイレル様からは『邪魔にならない程度に勝手にしろ』とのご命令が出ている。我ら西方騎馬中隊はこのまま南下し、各村を襲撃している敵先遣隊を討つ。出陣は明朝、全兵に伝えろ」
「「はっ!!」」

●今回の参加者

 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1919 トール・ウッド(35歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●戦の犠牲
 駆けつけてくれた冒険者7名と合流した後、ベルトラーゼ率いる西方騎馬隊は南方へと出陣した。
 一行は出撃前にベイレルへと挨拶に伺ったのだが、予想通りというべきか見事な門前払い。面会出来たら出来たで何か問題が起きたかもしれないので、結果的に良かったといえるかもしれない。
 今回の敵はバの重臣、フェルナンデス直属の重装騎馬部隊『血飛沫の鋼鎧』。
 話によれば、やつらは残虐無比な冷酷な部隊と聞く。だが正直なところを言えば、話を聞いただけでは実感など湧かない。それは誰にでも共通することである。
 ‥‥だからこそ、実際にその光景を目の当たりにした時の衝撃は大きいものであった。
「『血飛沫の鋼鎧』隊、許せない手合いですわね」
 進軍の途中、もう少しで目的のポイントという道中で冒険者たちは襲撃を受けた後の村に、差し掛かっていた。
 遠くから見てもそれが何なのかは判らず、間近で見て初めてそれが理解出来る。村を囲むように聳え立った無数の槍、それに貫かれたまま、無残に骸を晒す村人たち。腐敗具合から襲撃を受けて1、2日といったところだ。
 串刺しにされた者の中にはまだ幼い子供の姿もある。ルメリア・アドミナル(ea8594)が静かに怒りを漲らせ、隣に佇むイリア・アドミナル(ea2564)も敵への殺意を徐々に膨らませていった。
「話には聞いていたけど、こうも酷いなんて‥‥。やっと実感が湧いてきたよ」
 ペガサスに跨ったルエラ・ファールヴァルト(eb4199)も同様だ。裏表の無い性格ゆえに、こみ上げる激情の現れた方も並みでない。右手に握った剣の柄が軋まんばかりに掌には力が込められていた。
「怒りもよいが、冷静さを失うことはないよう気をつけられよ」
 騎馬を止めて、絶叫するように大口開けて息絶えた村人を見つめるシャルグ・ザーン(ea0827)。諭したものの、彼の胸中もまた穏やかではない。
「‥‥目の前で仲間を喪うのは、もう勘弁ですからね」
 珍しく項垂れるのはクリシュナ・パラハ(ea1850)。先のグランドラ防衛戦でベルトラーゼはかけがえの無い戦友、家族とも言うべき者たちを失った。何でもないように振舞ってはいるが、今でもその傷は残っているに違いない。
「‥‥さっさと行くか。ここにいても何にもならない」
「そうですね、これ以上の悲劇は何としても食い止めなければ」
 トール・ウッド(ea1919)の言葉に、僧兵の導蛍石(eb9949)が少しの黙祷を捧げた後に、同意する。アトランティスという異世界であれ、彼の信仰する存在は死者の魂を安らげてくれる、そう信じたい。





●突撃
 目標地点である村では、既に殺戮が始まっていた。
 なだらかな丘の上に到着した西方騎馬隊はすぐに行動を開始した。分隊は大きく村を迂回して本隊とは反対側から突撃を仕掛けるために移動していった。
 ルメリアの雷を先制攻撃として撃ってもらう予定だったが、この状況では村人まで巻き込んでしまう。敵がこちらに突撃してくればそれも可能だろうが、それを待っていれば村人の被害が増大する。
「すぐに突撃します。シャルグさん」
「承知。横一列! 突撃の陣形を取れ!!」
 ベルトラーゼ率いる本隊は二つに分けられ、左翼にベルトラーゼとシャルグ、右翼にトールが配置されている。ルメリアは導と共に上空から支援を行うことになっていた。
 部隊の士気高めるため騎馬隊の前に出たベルトラーゼが、離陸しようとしていた二人に声をかけた。
「こちらが動けば、敵も陣形も整えて討って出てくるでしょう。難しいかもしれませんが、村から出た瞬間を狙ってみて下さい」
「了解ですわ」
 飛翔していった導たちを認めてから、ベルトラーゼの剣が高々と掲げられた。
 威風堂々。戦を前に一抹の恐怖感も抱くことなく、指揮官として振舞う姿はそれだけで騎馬隊の士気を向上させる。
「右翼は我が輩とベルトラーゼ殿が指揮する。遅れることがなきよう頼むぞ」
「旦那もな」
 二つの部隊を指揮するシャルグとトール。戦いを前に余裕とも取れる言葉を交わす二人。
 やがてベルトラーゼによる突撃の号令が響き、戦は開始された。




●挟撃
「よぉし、行きますよぉ!」
 本隊と敵群が乱戦に突入したのを見て、背後に回りこんでいた分隊がクリシュナの声を合図として大地を駆け出した。
 本隊と敵部隊の力は五分と五分。互いに矢は一切なく、数百による槍や剣による馬上での戦闘が繰り広げられている。敵部隊の鼻先に、ルメリアによる扇状のライトニングサンダーボルトが打ち込まれ、若干数を減らしたものの、ペガサスの高速飛行中に後ろの村が気にかかって思ったような成果はあげられなかった。
 騎馬隊の速度がつく前に、クリシュナが魔法を発動。それと同時に本隊左翼が転進、後退し始めた。
 火の鳥と化したクリシュナが分隊より一足先に先行して敵陣に突入。錯乱を目的にあちこちへと飛び回っていく。
「おらぁ!!」
 敵の槍を身体で受け止め、ランスの代わりに引き抜いた剣でトールが応戦する。敵の攻撃は重装備のため、ほとんど効かないが、トールの攻撃も敵兵の鎧の前にダメージが削減されてしまっていた。
 右翼が一歩も退かない一方で、後退する左翼に釣られた一部の敵騎馬隊が前進するが、左翼の急な後退に僅かな遅れが生じてしまう。
 その時間を衝いて、ルエラと共にペガサスで距離を詰めたイリアが魔法を発動させた。

『氷雪の中、荒ぶる魂よ消えよ、アイスブリザード』

 戦において大きな武器となるのは魔法だが、多くの魔法は威力と規模が比例しており、乱戦状態では味方まで巻き込んでしまいほとんど役に立たない。それを有効とするためには如何に敵と味方を引き離し、絶妙な間合いを確保するかがポイントとなる。それを生み出すために、左翼はわざと後退したのだ。
 地面への離陸のタイミング、アイスブリザードの広過ぎる範囲から地面に降りてからの魔法発動というのは上手くいかなかった。ペガサスに搭乗しているため、印を結ぶことは出来ず、否応なしに威力を下げざるを得なかったが、それでも威力は申し分ない。強烈な吹雪に呑み込まれた敵騎馬が悶えるように地面に倒れていった。
「全騎反転せよ!」
 敵の陣形が崩れたのを認めてシャルグが手綱を引き、彼の号令を境に左翼はすぐに転進、敵中央目掛けて突貫した。
「道を阻むものは容赦せぬ!!」
 先頭に踊り出たシャルグは言うなれば左翼という大きな槍の尖端。吹雪に凍え停止した敵騎兵を易々と突き倒していく。敵陣を突破するには十分過ぎる威力を持っていた。
 突撃によって陣形をずたずたに引き裂かれた敵部隊。その中央付近に倒れている人影を発見した導が、慌てて降下した。
「クリシュナさん、大丈夫ですか!?」
「え、えへへっ、ちょっと‥‥失敗したっス」
 接近戦が不得意なクリシュナ。ファイアーバードを使用したとはいえ、敵陣の真ん中に一人で突撃するのはやや無理があった。魔法発動を合図にするというのは良策だったが、敵の槍を受けた墜落した彼女にも吹雪の一部が降りかかっていたのだ。
 急いで治療を行おうとするが、ここは敵軍のほぼど真ん中。格好の獲物と見て繰り出される敵騎馬隊の攻撃を、ペガサスのホーリーフィールドで受け止めていくが、さすがに数が多すぎた。このままで結界が破られる。
「ビートブレイク!」
 導たちを取り囲んでいた内の一騎が上空からの真空波によって鎧を砕かれ、崩れ落ちた。
 視線を上げたバの兵士の目に飛び込んできたのは、天馬に跨った女性の姿。
「セクティオ!」
 鎧の隙間を的確に狙った一撃が、敵の胸元を貫いた。通常のものと違い、空からの攻撃は如何なる者に対しても優勢となる。
 後部に乗ったイリアのアイスコフィンも加わって導たちを囲んでいた敵部隊は次々と破れていった。
「ふぅ、助かりました。ルエラさん」
「いえ、クリシュナさんこそ、お怪我のほうは?」
「ああ、だいじょぶっスよ。これくら‥‥って、痛ててっ!」
「無理はなさらず、怪我を見せて下さい。治療します」
 背後の分隊の突撃を加わり、完全に包囲された敵軍に勝機はなかった。地面に崩れ落ちていく自軍の姿に眉を顰めていた中年騎士、敵隊長の所に現れたのはトールだ。
「お前が大将だな」
 騎士は命乞いするつもりは微塵もない。同時にトールも仮にされたとしてもそれを許す気はなかった。
「シャルグの旦那みたいに騎士道を振りかざすつもりはないが‥‥それにしてもお前らはやり過ぎだ」
 無抵抗の民ばかりを相手し過ぎたせいだろうか。相手の力量も判らぬ敵隊長は無謀にもトールへと真正面から突撃した。
 振り下ろされた刃を鎧で受け止め、カウンターと同時に強烈なスマッシュの一撃。
 止めには至らずとも重傷を負わせるには十分な一撃であり、同時にこれが戦を終結に向かわせたのだった。


●時代が求めし者
 戦は終わり、負傷した騎馬隊と生き残った村人の治療を行っていた時だ。
 作戦は成功し、こちらの被害は冒険者たちのおかげで最小限に食い止められ、村人の約半数を助け出すことが出来た。村は焼かれ、家族を失ったものも多い。だが、それでも冒険者たちが来なければ道中の村のように村人全員が命を失っていたことは確実だ。
「ベルトラーゼさんは、領主になる事を望みますか」
 不意に、イリアが口を開いた。いつになく真剣な表情を浮かべる彼女の言葉にはある大きな思いが秘められている。
「僕はこの地の民の様に逃げる手段も持たない民、貧しき民を憂います。ゴーレム技術と言う、人は竜に匹敵する力を得ながらも、民の暮らしは大きく変わった様に思えません。力だけ増大し奪う事しか富を得られないなら、この精霊界はしだいに滅びの道やより大きなカオスを呼び込む気がします」
 グランドラ防衛戦で姿を見せたカオスゴーレムはその代表と言える。カオスの地へ偵察に行った部隊も、嘗て無い異様な化物に遭遇したとの報告が出陣前に齎されている。目に見えない世界の陰で何か大きなものが動き出していることは、疑いようがない。
「僕は、民の事を考えるベルトラーゼさんにいつか民を豊かにする領主になって欲しいと思います」
 これから先、戦は更に激化していくだろう。人間には限界がある。一人だけで全ての物事を為し得ると思うのは己の力量を知らないただ無知に過ぎない。人々を束ね、その力を正しく使うことが出来る人物を時代は必要としていた。
「案ずるな。今回の戦で大きな戦功を立てることが出来れば、西方に領地を与えて下さると、アナトリア様が約束して下さった」
「本当ですか!?」
 ルシーナの言葉を聞く否や冒険者たちが一斉にベルトラーゼに歩み寄った。
「良かったっすね〜! いやぁ、めでたいっす!」
「おめでとうございます!」
 冒険者たちに圧倒される中、ベルトラーゼがしどろもどろに返事を返していく。
「い、いえ、まだ拝領の命を承諾していませんので決定事項ではないのです。それに戦功を挙げられれば、の話ですから」
「なに言ってるんですか。そんなもの僕たちが何とかしてみせますよ」
「我が輩も及ばずながら力を尽くす所存でござる」
 ベルトラーゼは結局最後まで、拝領を承諾することはなかった。それが何に起因しているのかは判らない。だがこの南方での戦が、ベルトラーゼにとって大きな一歩になることは確実である。
 未来への期待と不安、幾つもの思いが交錯する中、一行は救出した村人たちを連れて戦場を後にするのだった。