【カオスの地偵察】古の森

■ショートシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月11日〜08月16日

リプレイ公開日:2008年08月16日

●オープニング

 カオスの地に入る手段は、大きく三つある。一つはフロートシップか船によってアスタリア山脈を越えるか、海上から侵入すること。これが最も安全な方法であり、その成功度を考慮しても唯一現実可能な方法でもある。
 残る二つの手段を達成した者は現在のところ確認されていない。可能性はないわけではないのだが、少なくとも公式の記録に残された者は全くのゼロ。試みた全ての者たちが行方不明、つまり未生還という記録のみが残っている。
 その無謀かつ自殺行為とも取れる手段とは以下の二つ。

『アスタリア山脈の中央部、標高2000m以上の『竜の巣(ドラゴン・ネスト)』と呼ばれる危険地帯にあるだろう抜け道の通過』

『スコット領最南端リュクルゴス砦から西に数十キロ、カオスの地への玄関口として知られる『太古の森』を抜けること』

 フロートシップが発明されるまでカオスの地は全くの未知の領域であり、それは今もほとんど変わっていない。今後侵入手段は増えていくものと予想されるが、調査における費用と人材、何よりも数十メートルもの巨体を持つ恐獣たちを代表に凶悪な魔物が蔓延る彼の地の危険性は大陸の中でも群を抜いている。ゴーレム増産計画がバの侵攻に対する対策であったことからもわかるように、アプト大陸を両断するアスタリア山脈がメイとカオスの地を隔てている以上、彼の地から実質的莫大な被害が齎されることはほとんどなく、国は目下バへの対応のみを重視してきた。
 しかし、状況は一変した。今回のバの侵攻に伴って今まで実害が無かった恐獣や魔物たちが山脈や森を越えてスコット領に襲来してきている。カオスの地で何らかの異変が生じていることに間違いはなく、これ以上カオスの地からの攻撃がバの侵攻に重ねられてはスコット領だけではなく、メイの国が崩壊してしまう。今のところカオスの穴に異変は見られないが、今後何かしら変化が起きるとも限らない。


 このような切迫した状況下、とある報告がスコット領南部、中央都市レディンに齎された。
 カオスの地の定期的偵察を任務とし、今朝出発したフロートシップが一隻、未だ帰還していないというものだった。
 バの侵攻が始まって早一ヶ月。それを境にカオスの地でもバと思しき艦影が何度か発見されていた。高高度から行方不明となったと予想されるポイントを偵察したところ、二隻のフロートシップらしきものの残骸が太古の森のど真ん中で発見された。恐らくバの戦艦と偶然遭遇した偵察艦が戦闘、共に墜落したものと見られる。
 この事態を前にして、レディンでは5回にも及ぶ臨時会議が開かれた。
 救出と調査を行うことに異論はなかったが、肝心なのはその方法であった。
 太古の森といえば、無数の魔物が蔓延る大陸の中でも最凶最悪の森林地帯。メイの国が誕生するより遥か前から存在したと伝承されるその森を、人々は太古の森と呼び忌避すべき地として恐れ敬ってきた。新種の魔物や未知の亜人種も多数確認されており、外縁の調査のみが幾分行われているだけで未だ奥地から生還したものはいない。事実、以前超高度からの偵察によって森の中心部付近に人工建築物と思しき遺跡が発見された。現在でこそ巨大な樹海が広がっているが、伝承によればその地に嘗て巨大な王国が存在し栄華を極めたとのことだが、ある頃を境に突如文献から姿を消しており、その存在すら伝説のものとされてきた。このような事情もあって伝説とされてきた歴史の謎を解こうと大陸中から選びぬかれた精鋭たちが集結、調査隊として派遣されたのだが、その以後一切の消息を絶っている。もう半年も前のことだ。そのような危険地帯のど真ん中に生身の者を派遣するなどもってのほか(仮に作戦が決定されたとしても、それを行う者はいないだろう)。比喩するならば、そのような行為は腹をすかした魔獣群のど真ん中に、裸の身一つで飛び込むようなものだ。
 会議は結局、ほとんどの者たちが予想していた結果で幕を下ろすことになる。生身の者たちでの活動が不可能ならば、生身でなければいいだけの話。
 こうして、西方都市メラートに配備されているゴーレム第二小隊に命が下った。
 任務の内容は『太古の森、フロートシップ墜落場所に赴いて生存者を救出。並びにバのものと思われる謎の戦艦の調査』である。



任務に関する注意事項
・任務の主な内容‥‥1、謎の艦の所属国調査
          2、生存者の保護(敵味方問わず。事情聴取を行う)
          3、謎の艦の積荷確認(有益と思われるものは回収してもよい)

・『太古の森』には大型小型に関係なく無数の恐獣が生息しており、同時に兇暴な魔物も多数確認されている。新種の他に通常の魔物と異なる『亜種(一代のみの突然変異型)』も発見されており、空陸共に魔物で溢れていると考えて結構。救出作業時は細心の注意を払うこと。

・フロートシップ二隻の墜落ポイントはほぼ同じ座標。

・馬車などは一切ないので、生存者と積荷の運搬方法は話し合って決めるべし。

・フロートシップはゴーレム隊と救護班、調査班を降下後、高高度に上昇して任務終了を待つ。低空で待機していると飛行可能な魔物たちの攻撃を受けるためである。

・任務が完了次第、グライダー隊がフロートシップのいる高高度まで来て報告すべし。任務完了の報を受けた後、地上班回収ポイントまで降下する。合わせて地上班も回収ポイント(人間の足で凡そ30分の場所)まで速やかに移動すること(太古の森は広大な森林地帯ゆえ、フロートシップは着陸が不可。墜落場所から少し離れた場所に着陸可能な場所があるため、そこで地上班の回収を行う)

●今回の参加者

 eb4077 伊藤 登志樹(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4637 門見 雨霧(35歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb8174 シルビア・オルテーンシア(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec4322 シファ・ジェンマ(38歳・♀・鎧騎士・パラ・メイの国)

●サポート参加者

ファム・イーリー(ea5684

●リプレイ本文

●着陸
 調査が開始されたのは丁度日差しが強くなり始めた頃だった。
 フロートシップから地上までグライダー班を介した調査班と医療班は移動を終えている。巨大なフロートシップの出現に魔物たちが圧倒されている間に行動出来たため、上空での攻撃はほとんど受けていない。これらはリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)、シルビア・オルテーンシア(eb8174)のおかげであろう。グライダーを迅速かつ的確に操作可能な腕前、彼女たちがいなければこの予期せぬ幸運はなかった。
 メイの偵察艦から救助出来たのは僅か3名。格納庫には大きな穴が開いており、そこから魔獣たちが侵入したのだろう、内部には牙や爪の跡が幾つも残り、食い千切られた肉片が散乱しているばかりで喉から昇ってきた保存食を堪えるのに精一杯だった。回収するには死体が多すぎ、せめて遺族への手向けとなる最低限の品物のみを回収するに止めざるを得なかった。
 だがそれももう一隻の惨劇に比べれば、可愛いものだった。
 ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が負傷者たちの治療を行う一方で、伊藤登志樹(eb4077)、門見雨霧(eb4637)の二人は調査班と共にもう一隻の所属不明艦の調査に当たったのだが、そこに広がっていた光景はある意味で予想を超えたものだった。
 艦後方、格納庫の一角が内部から吹き飛ばされており、そこから侵入した二人だったが、まず目に入ったのは文字通りの血の海だった。格納庫らしき場所には積荷が散乱しているが、その全ての表面を覆いつくす真っ赤な血の絵の具。墜落後に魔獣が侵入したとしたとはいえ、余りに酷過ぎる光景だ。
『今のところ問題はありませんね。シファさん、そちらはどうです?』
 調査班が入っていくのを認めたベアトリーセ・メーベルト(ec1201)。地面に横たえる二隻を魔物たちから守るように布陣したゴーレム班の姿に、魔物たちもおいそれと攻撃は仕掛けないようだ。
『大丈夫です。ですが、急いだ方がいいと思います。いつ魔物たちが襲ってきてもおかしくない状況のようですから』
『‥‥同感です』
 同じ班のシファ・ジェンマ(ec4322)に同意して、ベアトリーセが改めて自分たちを囲む森を見回した。
 今は何も起こっていないが、それは決して魔物がいないからではない。やつらは確実にいる。それもすぐそこに。未知の存在を警戒しているに過ぎないのだ。もしゴーレムが無かったら、今頃ここは人間という餌を取り合う魔獣たちで溢れかえっていただろう。
「‥‥出来るだけ急いで下さいね」



●傷跡
 調査が開始されて数分が経過した。
 内部の奥には別の調査班が進み、冒険者の二人は格納庫付近で何か手掛かりがないかと手探りで調べていた。
「‥‥全員仏さんになっちまったみたいだな」
 インフラビジョンの熱感知に引っかかるものはない。どれもこれもが腐臭を放つ遺体ばかり。魔獣に食われた後ということで、そこら中に内臓剥き出しの死体が転がっており、口元を歪めるのも仕方がない。
「‥‥それにしても大きい船だよね〜」 
 所属不明艦の全長は偵察艦の約2、3倍。メイ国内で製造された最大級の大型艦にも劣らない。これほどの大きさなら10騎ものゴーレムを搭載することも出来るに違いない。
「うーん‥‥」
「どうした、何か変なところでもあんのか?」
「ここって格納庫だよね?」
 右に左に、視線を巡らして伊藤が改めて頷いた。
「そりゃそうだろ」
「‥‥壁がね、異常に厚いだよね。普通船って木造なんだけど、この辺りだけ鉄で出来てるし、壁も普通の倍くらいある」
「まどろっこしいな、つまりどういうことだ?」
 苛立つ伊藤にも、門見は相変わらずのペースで奥に進むと在る物を拾い上げた。
「‥‥これ、何だと思う?」
「こりゃあ‥‥檻か?」
 伊藤の腕の太さほどもある鉄の棒。よく見れば、床には鎖やら異常に大きい手錠やらが転がっている。
 胸騒ぎを覚えた伊藤が口元を押さえながら床の遺体に近づいた。内臓を引っ張り出したのは牙や爪としても、首や肩に付いているのは明らかに剣や斧のような刃の跡だ。壁の表面にも、刀剣の刃らしき跡がくっきりと残っている。
「ちょっとまて、わけわかんなくなってきた。ここに檻があったってことは何かを捕獲して運んでたってことだろう。けどこいつら、誰かに殺された後に魔獣に食われたったぽいぞ」
「うーん、反乱でも起きたのかな。でも、それより問題なのは‥‥」
「問題なのは‥‥?」
 真剣な眼差しの伊藤とは反対に、門見の表情はどこか軽い。
 しばらくの間を取って、相変わらずの猫背のまま彼は言った。
「‥‥檻の中に入ってた何かの死体が、ないんだよね〜」
 やや青ざめた顔の伊藤が、無理に笑みを作って腰に手を当てた時だった。
「お、おいおい、怖いこと言う‥‥」





『オオオオオアアアアアアアアアアアアア!!!!』





 言葉を遮ったのは、空気を押し潰す巨大な咆哮。
 分厚い艦の壁を貫通した空気の波は広大な樹海中に広がったことだろう。
「‥‥マジかよ」



●異世界の魔物
『地上班急いで下さい!』
『何てしつこいの‥‥シファさん!』
『了解です!』
 それを最初に発見したのは上空から周囲を警戒していたシルビア騎だった。
 地平線まで続く樹海。墜落で削り取られた土肌。天空に鳴り響いた怒号にそれらの全てが揺れた瞬間、それは姿を現した。
 冒険者たちの中にモンスターに対する詳しい知識を持っている者はいなかったが、それでも目の前の魔物が普通のものではないことは本能的に理解していた。どんなに攻撃を与えようとすぐに再生してしまう能力と巨体、大まかな風貌はトロル。だが、これをトロルと呼ぶにはあまりに抵抗感を拭えない。亜種という変異型がいると聞いていたが、これはそんな生易しいレベルではない。
 左の比べ不釣合いに肥大化した右腕。その肘や肩から飛び出しているのは槍や剣の刃のように尖った白みを帯びた物質、骨だ。右腕自体が巨大な武器であり、その威力は大木すら一撃で粉砕する。同様に身体のあちこちからは異常発達した骨が突き出て膨張し過ぎた筋肉が皮膚を突き破って神経と共に外気にさらされ本体に激痛を生んでいた。加えて顔の右半分に咲いているのは大きな口。外縁を覆う無数の牙は花びらのように涎と共に白色で顔を飾り、まるで大きな花が咲いているかのようだ。
 当然だが、こんな魔物はこの世界のどこを探しても生息しない。するはずが無い。少なくともそれを発見したものは確認されていない。もっと別の、アトランティスという世界の理から外れた異世界の存在、存在することの許されない異物。それが今冒険者たちに迫っていた。
『くううっ!?』
 ゴーレムと同等の体格を持つ化物だ。その一撃に、組み合ったベアトリーセ騎が投げ飛ばされた。
『‥‥だめ!!』
 思わず駆け出したシファだったが、僅かに遅かった。化物の足が資料を積んだ木箱を踏み潰し中身が周囲に散らばった。所属不明艦内で見つけた重要と思しき資料を積めていたのだが、このような状況では最早回収不可能だ。
「皆さん急いで下さい! 騒ぎを気付いた魔物たちが集まってきています!!」
 上空から何とか敵を牽制しようとしていたシルビアが叫んだ。あちこちで木々が揺れ、その波が徐々にこちらへと近づいてきている。
『!? ゾーラクさん、ストップ!』
 零した斧を掴み取って、ベアトリーセの強烈な一撃が地上班の側面の木々に打ち込まれた。人喰樹と呼ばれる魔物が潜んでおり、無害の樹との僅かな違いに彼女は気付いたのだ。
「‥‥助かりました」
『お礼は後で受け取りますわ。今は急いで後退を』
 木々の魔物がいるのではと、予め予想していた彼女だからこそ出来たこと。余程の知識がなければ上空からでは気付けない魔物だ。彼女の活躍が無ければ、犠牲が出たことだろう。
 変質した化物の右腕を敢えて身体を受け止めたシファ。巧みなフェイントを交えて攻撃を仕掛けるが、再生能力を持つ敵ではきりが無い。
『急げ! 直に離脱するぞぉ!』
 回収ポイントは既に視界に入っていた。先行した伊藤が回収ポイントを確保しており、フロートシップも着陸、地上班の回収をほぼ終えている。後はゴーレム、グライダー班を残すのみ。空に逃げればさすがの化物も追っては来られない。
 トロルの弱点は火だが、この樹海にそんな都合のいいものがあるはずがなく、ゴーレム班は退くタイミングを掴むことが出来ないでいた。
「二人とも!」
 隙を見出すことが出来ず、手をこまねいていたリュドミラ、シルビアにロニアの乗ったグライダーが接近すると、彼は腕を横に振り上げた。それは出撃前にグライダー班で決めていたとある合図。
 それを見るやリュドミラが一気に加速、逆にシルビア、ロニアはゴーレム班より化物に接近した。
 間合いに入ったグライダーに化物が容赦なく攻撃を加え、隙が生まれる。その隙を、リュドミラがランスによる横撃を叩き込んだ。一方が囮となって引き付け側面に一撃を叩き込む『機織り戦法』。本来はグライダーの空中専用技だが、熟練の三人だからこそ為し得た技だ。
 どんなに優れた再生能力があろうと、回復するまでには時間がかかる。動きが封じられている間にゴーレム班は急いで後退、フロートシップに乗り込んだ。
 その後、高高度でグライダー班を回収、無事に古の森から脱出したフロートシップはメラートへと帰還するのだった。






●報告会(?)
 命からがら帰還した一行が向かったのはメラート兵舎に設けられた会議室‥‥ではなく、なぜか第二小隊行き着けの酒場であった。
 獲得した情報をメラート側に報告することになったのだが、門見の提案により酒場で報告会という名目の宴会が開かれることになったのだった。
 勿論堅物ロニアは反対した。だが、以前の活躍によってギルから酒を驕ってもらう約束を取り付けていた門見は工房長ギル・バッカートを仲間に引き入れギルに頭が上がらないロニアに選択の余地はなかった。
 尤も、奢りというのはただの建前でギル自身も酒に溺れたい心境だったようで‥‥。
「なんでじゃああ!! なんで、なんでワシの可愛いフロートシップが壊されなきゃいかんのじゃあ―――――!!!」
 いい年こいて号泣するギル工房長50才。正確に言うとギルではなく国のものなのだが、今は言及しても無駄、それ程に彼の悲しみと怒りは大きかった。
 自棄酒気味に次から次へとギルは酒をかっ食らっていく。反対にロニアはというと机の端っこで小動物のように身を縮めていた。
「ロニアさんもそんな端っこにいないでこっちに来て飲みましょうよ」
 ニコニコと満面の笑みで手招きする門見を見て、伊藤が据えた目で酒を置いた。
「‥‥お前、楽しんでるだろ?」
「そんなことはないよ〜」
 そう言うわりにはすっごくいい顔なのだが、気のせいではないだろう。
「ロニアさ〜ん、なぁにしてるんですか、ほら、こっちに来て」
 前回同様既に結構出来上がったベアトリーセがロニアの腕を掴むと、その瞬間ロニアの顔が真っ赤なものへと一変した。
「‥‥ちょ、まっ、やめ‥‥!?」
「はいはい、隊長さんも抵抗しない」
 片言の主張が通じるわけもなく、門見にも促されて女性陣の真ん中に投げ入れられたロニアが、アイスコフィンでも食らったように固まった。
「どうしました? お顔が真っ赤ですが」
「‥‥っ!!??」
「えっ、あの‥‥」
 自分の手から逃れるように後方に跳んだロニアを、シルビアは不思議そうに見つめ、門見とベアトリーセは更にその後ろでお腹を抱えて漏れ出しそうになる笑い声を堪えていた。さすがの伊藤もこれには吹き出す寸前だ。
「‥‥ロニアさんは女性が苦手なのです。悪気はありませんので、その、お気になさらずに」
 前回同じ反応を受けたシファが、シルビアの心境を察して素早くフォローした。今回の参加者は7人中5人が女性、女性嫌いのロニアがよく気を失うこともなく無事に達成出来たと感心する。
 騒がしいこちらとは反対に、隣のテーブルでのんびりと飲んでいるリュドミラとゾーラク。
 救助出来たのは4名。偵察艦から救助した船員三名のうち、一名が重傷を負っていたが、ゾーラクの的確な治療のおかけで回復に向かっている。リシーブメモリーで負傷者たちを確認してみたが、大した情報は手に入っていない。判ったことといえば、メイ側が予想していた通り偵察艦が敵艦と偶然遭遇して戦闘、その結果墜落したことくらいだ。
「あの女の子からわかったことはないのですか?」
 もう一人は調査班が所属不明艦の中心で発見した少女。ゾーラクが治療に当たっていたが、あのような状況だったため彼女以外は詳細を聞かされていない。
「オーダとリーゼル」
「‥‥え?」
「リシーブメモリーであの子から手に入った情報よ。精神的ショックが大きいせいかしらね、心が空っぽになっているの。記憶喪失に似た状況と言っていいわ。念のためメンタルリカバーも掛けてもらったけどほとんど効果はなかった」
「誰かの‥‥名前でしょうか?」
「さぁ、自分の名前も判らない上に、言葉まで忘れちゃってるの」
「言葉って‥‥」
「全然喋れないの。あそこまで酷い症状は私も初めてよ」
「‥‥」
「ゾーラクさん、少しいいですか!?」
 シファの声に振り返ってみれば、そこにはテーブルの上でうつ伏せになって墜落しているロニアの姿があった。
「その、お酒を飲まれたんですけど一口で倒れてしまって‥‥」
 簡単に診断してみるが、見事なまでに酔いつぶれている。
(たった一口でこうも酷い症状になる人も初めてね‥‥)
「ったくだらしないのぉ。門見、依頼がある度にこいつを酒場で鍛えてやってくれ。こいつは腕はいいが、頭が固すぎる。酒で解してやるくらいが丁度いい」
「了解〜♪」
「そういえば、調査はどうじゃった? 何か資料とか持ってきておらんのか?」
「それが‥‥途中である魔物の襲撃を受けた際に失ってしまって‥‥」
 申し訳なさそうにシルビアが言うと、
「んっふっふ〜♪」
 不気味、もとい意味ありげな笑みをベアトリーセが見せた。
「じゃ〜ん♪ こういうこともあろうかと携帯に撮っておいたんです。ほらほら、ギルさん」
 地図全体は映されていないものの、携帯の画面には幾つかの座標、そして施設らしき記号がはっきりと示されていた。
「んん? こりゃあ何かの地図じゃな。ロニア!‥‥とそうか、やつは潰れとったの。後でやつに見せておけ」
 結局真面目に報告した内容はこれ一つ。ほかはロニア本人から聞くということになり冒険者たちは遅くまで酒と話を肴に楽しい夜を過ごしていった。





 そんな彼らだから、想像すらしなかっただろう。
 唯一手に入った地図の欠片。そこに刻まれた座標の示すものが、始まりの地『カオスの穴』であるなど‥‥。