【カオスの地偵察】始まりの地
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■ショートシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月23日〜08月28日
リプレイ公開日:2008年08月29日
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●オープニング
カオスの穴。
それはアトランティスに住む人々にとって最大の禁忌の場所。
メイの陰で暗躍するカオスの勢力。混沌の使徒がこの世界に来るための異界の門。
時を遡っていけば、アトランティスに生まれる闇、その諸悪の根源であり、全ての騒乱が生まれた始まりの地とも言える。
メイであろうとバであろうと違いはない。国ではなく、この世界の者たちにとってそこは忌避すべき最大の地なのである。
数日前のカオスの地偵察任務に出動したゴーレム第二小隊。墜落したフロートシップの調査を行ったのだが、予期せぬ化物との遭遇によって重要な手掛かりはほとんど失われてしまった。
だが、冒険者の一人が手に入れていた唯一の情報。撮影した携帯の画面に映っていたのはある地図の断片。
そこに刻まれていたのは二つの施設の存在と、それらがどこにあるかを示す座標。
座標が示していたのは―――――――
「‥‥では、この地図はカオスの穴近郊のものであると、貴方はそう言うのですね?」
スコット領南部、中央都市レディン。
任務報告内容について話があるとのことで、ゴーレム第二小隊長ロニア・ナザックはその城に招聘されていた。
「はっ、相違ございません」
ロニアの肯定に、女性の目が伏せられた。
会議室にいるのはスコット領南部の総責任者グレンゲン・キュレとその補佐官兼北部責任者マリク・コラン、その他スコット領で大きな権力を握る重臣たちばかり。
ロニアと正面に対峙しているこの女性、ほっそりとした体躯を覆う、余裕のあるローブ。知識に富んだ黒い瞳は偽りを容易に見抜くことだろう。魔術師であると同時に、政治にその手腕を発揮している彼女こそ、スコット領の重臣中の重臣マリク・コランである。
「先の任務の折、とある冒険者が『携帯』なる道具で手に入れた唯一の情報でございます」
「艦の所属国は判明していないのですか?」
「‥‥手掛かりとなる情報を入手致しましたが、未知の魔物との戦闘の折、紛失し明確なことは判っておりません」
自らの過失を苦々しく述べたロニアに対して、一部の重臣たちから失笑が漏れた。
「ゴーレムが5騎もあったのに、倒せなかったというのか? 言い訳ならもう少しまともなことを考えたまえ」
一つの嘲笑がまたそれを呼び、会議室が笑いの渦に包まれた。そうでないのはロニアとマリクの二人くらいだ。
すっとマリクの手が上げられたのを合図に、室内が静寂に訪れる。
「未知の魔物とは?」
「オーガ系の魔物と思われますが、現在確認されているどの魔物とも異なる姿をしておりました。右手が異常なまでに膨れ上がり、顔の半分には巨大な口らしきものが存在。身体の各部からは肥大化し過ぎた筋肉や臓腑が皮膚を破って突出、異常発達した骨格が外気にまで達し、体格自体を変形させておりました。‥‥あれはまるで」
途端に喧騒が巻き起こった。ロニアの言葉を遮るように生まれたそれを、マリクが再び静止させて先を促す。
「まるで、何です?」
「まるで‥‥この世界とは違う、別の世界からやってきた化物のようでした‥‥」
「‥‥異世界の魔物‥‥ですか」
任務における自らの過失を逃れるための言い訳、そう取ってやまない重臣たちはあれやこれやと難癖をつけて罵声を浴びせていく。それに対してロニアは直立不動。雑音に耳を傾けることなく、マリクの視線を正面から受け止めていた。
三度目の合図、静寂が戻った会議室で切り出したのはマリクだった。
「ロニア・ナザック」
「はっ!」
「今後、我々はどのような行動を取るべきと考えますか?」
「速やかに指定座標の偵察を行うことを提案致します。推察しますに、所属不明艦はバのものと私は考えます。仮にそうでないとしても、カオスの地でバの国が何かをしていることは間違いございません。スコット領への魔物の襲来、そして未知の魔物、それらの全てがバの仕業である可能性は高く、示された施設が関連しているとも予想されます」
「ば、馬鹿なことを言うな! 貴様正気か!?」
地図はカオスの穴近郊を示しており、表示された施設の場所もそれに極めて近いポイントに存在している。施設の調査を行うということはカオスの穴にも接近するということだ。アトランティスの人々にとっては、その地に向かうというだけで一大事。半径100km以内に入ることさえ躊躇うほどだから、僅か数十kmの地点で活動するなど持っての外というのが、この世界の常識だ。
「あのような邪悪な地に行くだと!? 気でも触れたか、ロニア・ナザック!?」
周囲の強い罵声にも臆することなく、ロニアは淡々と述べていく。
「私とてカオスの穴の危険性は重々承知しております。本来ならば、口にすることすらも憚れる存在。ですが、今動かねば、この国を揺るがす大惨事にも発展しかねません。そのような危険性があるのに、皆様はただ手をこまねいていろと、そう仰るのですか?」
「ぐっ‥‥し、しかし」
重臣たちの反応も当然であった。カオスの穴、それはこの世界に存在する混沌の源。如何にカオスの穴から距離があるとはいえ、その穴の周辺を調査するなど、普通の者たちからすれば、常軌を逸した行動に他ならない。
「ロニア・ナザック」
澄み切った声が一連の波紋となって、空気の波を静めていった。
「西方都市メラートに帰還後、直ちに入手した地図に従い、座標ポイントに向かいなさい。目的は施設内部の調査。戦闘行為は最小限に止め、危険を察知した場合はすぐに退却すること。よいですね?」
「はっ、承知致しました」
任務における注意事項
・敵施設は大きく二つ。カオスの穴から東に約20kmの地点に存在する中型施設と、穴から約40kmのポイントにある砦らしき大型施設。
・中型施設の周辺は荒野だが、大型施設は樹海に囲まれている。
・大型施設からはグライダーからが定期的に発進しており、かなりの戦力が駐屯している様子。城壁、対空兵器も万全で要塞と同等
・中型施設には最低限の戦力しかない模様。見張り台や歩兵のみと予想される。
・作戦開始は夜(25:00)
作戦順序
1、敵偵察隊の範囲ぎりぎりまでフロートシップで移動。その後、樹海に着陸し徒歩で大型施設近辺まで移動、夜を待つ
2、ゴーレム班が大型施設に夜襲を仕掛ける
3、ゴーレム班は森林に身を隠しつつ後退して敵を引き付ける。その間にグライダー班が発進、任務目的である調査を遂行
4、ゴーレム班がフロートシップの待つ回収地点に到着(26:30)。グライダー班もそれに合わせてフロートシップに戻り、一気に撤退する
『注)・作戦時間のリミットはゴーレム班がフロートシップに乗り込むまでの約1時間半。
・ゴーレム班は敵の攻撃を引き付けつつ、フロートシップの着陸地点まで徐々に移動。回収ポイントであるその場所に到着次第、直に撤退する。
・調査班であるグライダー班もその1時間の間(25:00〜26:30)に調査を終えてゴーレム班と同時にフロートシップに戻ってくること。』
●リプレイ本文
●作戦開始
混迷の地に舞い降りた闇は、いつも感じているものよりも重く感じられる。
モナルコスの中で待機していてもそれは変わらない、シュバルツ・バルト(eb4155)はそう確信する。
『こちらロニア。作戦開始10分前です。各自、準備は宜しいですね?』
『ええ、問題ありません』
『こちらも問題ない』
作戦開始を前に、緊張感を高めていたスレイン・イルーザ(eb7880)が操縦席で頷いた。
『俺もいつでもOKだよ〜。弓矢で後ろから援護するから、前線は宜しくね〜』
それとは逆に相変わらずの口調なのは門見雨霧(eb4637)。この混沌の地で、こんな危険な任務を目前にしながら、この余裕というのは呆れを通り越して賞賛に値する。
ロニアを含めモナルコス4騎による大型施設攻撃を合図として、グライダー班も出撃することになっている。敵戦力が不明であるため、攻撃力に劣るグライダー班に安全な調査を行わせるためにはゴーレム班が主力を引き付け時間を稼がなければならない。それが失敗すれば、全ては水の泡だ。
『‥‥』
『ロニアさ〜ん、考えすぎは良くないよ』
既に二度もロニアと戦を共にした門見が、彼の心境に気付いて陽気な声を掛けた。真面目なのはいいが、度が過ぎるのもよくない。工房長ギルから口酸っぱく言われ、酒場にも連れて行ったものの、どうにも変わる気配はない。もしかしたら一生変わらないかもしれない、と予感してはいるが。
『大丈夫だって。グライダー班はすごい人たちばっかりなんだから。少々危険なやつらが出てきたって、ぼ〜んって吹き飛ばしてくれますよ』
『‥‥その根拠は?』
『あはは〜、ないよ』
自信満々で言っていた割にはきっぱりと、拍子抜けしたロニアががっくりと項垂れた。が、おかげで緊張はすっかり解れた様だ。
「皆さん、時間です」
『了解』
地上で待機していたアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)がゴーレム班に作戦開始の号令を掛けるとスレインがゴーレムを起動させる。
ゴーレム班の行動が開始された。
●偵察開始
「シファさん、地上班を援護するから降下お願い!」
「了解です!」
シファ・ジェンマ(ec4322)が乗るグライダー後部座席に搭乗するのはクライフ・デニーロ(ea2606)。一部の矢が騎体に突き刺さるが、倍返しというばかりに放たれた火球が弓兵たちを吹き飛ばす。中型施設を襲撃している真っ最中だ。
そちらへと敵の注意が逸れている間に、闇に紛れて行動するのはフラガ・ラック(eb4532)、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)の二人。
「俺がこれで、連携の仲立ちをしますね」
四方に設置された見張り台はクライフのファイアーボムとフラガの砲丸によって無力化済み。音無響(eb4482)も戦線に参加するべく上空へと昇っていく。
「ベアトリーセさん、テレパシーで定期的に連絡を入れますから、脱出支援が居る時はいつでも。後、外で何かあった時も緊急連絡をします‥‥みんな、気を付けて」
今のところ敵グライダーの姿はないが、周辺の戦力を無力化しておいて損はない。
二人の後姿を見送って、音無のグライダーが闇空に煌いた。
一方、こちらは大型施設偵察班。
買って出たのは伊藤登志樹(eb4077)。ほとんどのグライダーが中型施設に向かったため、こちらは伊藤一騎のみだ。
「さっそくお出ましか。1、2、3、‥‥」
暗闇のせいで敵グライダーの数が確認出来ず、インフラビジョンを発動させる。
そして一瞬、あまりの光景に目を疑った。
「‥‥‥‥‥おい、冗談じゃねぇぞ」
大型施設上空に展開していた敵騎が一斉に散開、こちらを狙い動き出したのを見て、慌てて回避行動にうつった。
見間違いでなければ、敵騎の数は伊藤の予想を遥かに上回っている。しっかりと確認出来たのは一つの編隊を組んだ5騎のグライダー。
‥‥だが、本当に見間違いでなければ、それに追従するように施設内部から更に数個の編隊が上昇してくるのが見えた。
「5×1が5、5×2が10、5×3が15だから‥‥」
やや自暴自棄に、あくまで冷静に算数の計算をしていく。
同時に頭から血の気がうせていくのを実感しながら、伊藤の命がけの回避行動が始まった。
●真紅の瞳
ベアトリーセとフラガの地上班は中型施設の奥を目指して進行していた。
施設のほとんどは木造建築物で簡易に作られたものばかり。従事しているのはカオスニアンしかいない。カオスの地、特にカオスの穴はバにとっても忌避すべき禁断の地である。その付近で行動することはさすがに気が引けてしまい、彼らカオスニアンが作業員として駆り出されたのだろう。空の音無とシファに注意が逸れているため、潜入は比較的容易に成功している。途中数人のカオスニアンと遭遇したが、難なく撃退していた。
今二人が目指しているのはほぼ中央部にある巨大な建築物だ。周囲の木造を調査してみたが、最低限の生活用品があるだけで、ろくな資料が置かれていない。この施設の謎を解くには、中枢と思しきあの施設に侵入するしかないだろう。
「見張りが二人、中に何人敵がいるかわかりませんが‥‥どうします?」
「虎穴にいらずんば、虎児を得ず。危険を冒すだけの価値はあるはずです」
入り口の見張りを叩きのめし、さっと内部に侵入する。内部は暗闇が広がっており、ほとんど視界が塞がれている状態だ。
「ここは‥‥‥‥‥倉庫、でしょうか」
「こうも暗いと何も見えないわね‥‥」
携帯を取り出したベアトリーセだが、こうも暗くては使いようがない。フラッシュを使うにしても、無闇やたらにしては意味がないだろう。
先行していたフラガの手に、急に冷たい何が触れた。思わず身構えたが、それが鉄だとすぐに理解する。
「フラガさん?」
「‥‥‥‥‥‥檻?」
自分の腕ほどある鉄格子の冷たさを掌に感じながら、フラガが視線を上げていく。
ベアトリーセが息を飲み、フラガが彼女の手を掴み取り走り出す。
檻の中にいたのは、太古の森で遭遇したあの邪悪な化物。
その双眸が二人を捉えると、獲物を目の前に殺戮本能を刺激された魔物の咆哮が大地を震撼させた。
「音無さん、聞こえますか!? これ以上の調査は無理と判断。すぐに脱出します。援護を!」
フラガが呼びかけるも、テレパシーの返答がない。何かあったのか。
「フラガさんでも、さすがにあれは倒せませんよね」
「モナルコス5騎でも倒せなかったと聞きました。それに周囲のカオスニアンから逃げられるか、まずはそれが問題です」
覚醒した魔物は力任せに鎖と檻を引きちぎると咆哮を上げながら二人の後を追ってきていた。当然黙って待つほどお人好しの二人ではない。
ドォオオンッ!!!
魔物の頭に直撃したのはクライフの火球。危険を感じ取ったシファが急いで駆けつけていたのだ。
「シファさん、あれって前見た鬼の魔物と同じやつかな?」
「若干の違いはありますけど、外見はほとんど同じのように見えます!」
「ありがとう、十分だよ。もう一回宜しく」
「了解です!」
再び、クライフの火球が魔物の体に炸裂した。威力こそ十分ではないが、足止めするには申し分ない。
ゴーレムがなくても伊達に鎧騎士を名乗っているわけではない。ベアトリーセとフラガは止まることなく敵の攻撃を必要最低限で回避、切りつけながらとにかく走り回る。自分たちのグライダーに向かおうにも、敵がそれを阻んでいる。連絡が取れない以上、こうするしか手がない。
ふっと、ベアトリーセが懐の妙な違和感に気付いて視線を下ろし、ある物に目を止めた。
石の蝶が羽ばたいている。
「一体どこに‥‥」
カオスの魔物の存在を伝えようと、フラガの方に顔を向けた時、
突然、黒い閃光が闇を引き裂いた。
訳がわからなかった。
明確に知覚出来たのは数回に渡って輝いた暗黒の閃光と、それを浴びたカオスニアンがばらばらに砕け散った光景だけ。大小様々な肉塊がその証拠だろう。
(何が起こったのだ?)
あの閃光を浴びたのだろうか、異様な軋みを立てる身体に耐えながらフラガが心の中でそうつぶやくと、向かいの闇に真紅の瞳が浮かび上がった。
禍々しい悪意に頬が引きつるのをはっきりと意識する。
『ネズミの侵入を許すとは。所詮は蛮族どもか』
「チガウ、オレタチシラナイ。仕事、ハコブだけ!」
同胞が殺されるのを見て怒りを感じたのか、周囲のカオスニアンたちが斧を持ってそれを取り囲んだ。
中心にいるのは老人。ゆったりとしたローブのせいで全貌は判らないが、姿形は紛れもない年老いた人間だ。
襲い掛かる機会を窺っていた間にも、特異の化物が追いついてきてカオスニアンたちが蜘蛛の巣を散らすように逃げていく。理性は最早失われているのか、化物は老人にも容赦なく右腕の大斧を振り下ろす。
だが、この世から消滅したのは老人ではなく、化物の方だった。
老人の全身が漆黒に煌いたと思うと、放たれた闇の閃光が化物に直撃、一瞬にして跡形もなく吹き飛んだ。
『‥‥出来損ないが』
魔物の雨が大地を濡らしていく。一秒か二秒の短い雨が、生命ある者たちの全身に降り注ぎ、その魂を萎縮させていった。
ベアトリーセの額を、魔性の血に滲んだ冷たいものが伝っていく。
「貴方、何者です? こんなところで働いているくらいだから大層元気そうですけど、ただのおじいさんというわけではないんでしょう?」
それどころか人間であるかどうかも疑わしい。真紅の瞳から発せられる殺気は首元をちりちりと焦がすほど、例えるなら千の針。何というか、人間味がまったく感じられない。
問いを一切無視して、老人の右腕がゆっくりと目線の高さまで上がられて漆黒の輝きが体全体を包んでいく。
死。
逃げ場はなく、そう直感したベアトリーゼが目を閉じた時だ。
「(伏せて!!)」
直接頭に飛んできたテレパシー。
二人の周囲で火球が爆発、爆音の少し後に急降下してきたのは音無のグライダーだ。
「飛竜小隊での訓練成果、活かしてみせる!」
地面ぎりぎりまで降下し、大地をほとんど滑走する騎体はランスを前面にカオスニアンの包囲網を突き崩し、二人の退却路を確保した。上空で旋回、再び地上に向かおうとする音無の騎体に闇の閃光が伸びるが、それを間一髪の間合いで回避する。
「(音無さん、離陸完了です。すぐに退却を!)」
「――――――――了解!」
グライダーの出し得る最高速度に体を打ちひしがれながら、音無騎が戦線から急速に離れていった。
何とか危機を脱した彼らだが、中型施設の方向から数騎グライダーが向かって来るのが見える。
「‥‥こうも対応が早いなんて」
施設間には距離があるため、通信手段はないはずだが、こうも対応が早いということはそれ相応の手段が確立しているのだろう。
「音無さん、動けますか?」
「騎体の損傷率自体は大したことはありません。俺よりも二人こそ大丈夫ですか?」
二人の肌には細かな傷が無数に浮かんでいた。あの闇の閃光が直撃しなかったのは僥倖というべきだろう。
問題ないとの旨を伝えて4騎のグライダーが加速する。向かう先はゴーレム班が待つだろうフロートシップだ。
●退却
中型施設の調査を終え、4騎のグライダーが帰還を始めたころ、ゴーレム班は樹海の中で激しい戦闘を繰り広げていた。
『敵は何部隊いるんだ、とても持ちこたえられないぞ』
『少なくても一個大隊はいそうですね‥‥』
ヴェロキラプトルたちを薙ぎ払うのはスレインとシュバルツ。敵の動きが速過ぎるのと騎体の反応が鈍すぎるのが重なって、苦戦の真っ最中だ。
『スレインさん、しばらく頼みます! 門見さん、援護を!』
『りょーかい!』
樹海の木々を踏み潰しながら迫ってくるアロサウルス部隊へと、シュバルツが突貫した。盾で尾の攻撃を無理矢理に押さえつけ、懐目掛けて勢いを乗せた一撃を叩き込む。
『5分後全速力でフロートシップ着陸地点まで退却します! 武器は捨てて構いません! 一人も遅れることのないよう!』
ロニアの声に各々が了解の声を上げる。
大型施設から出撃してきた敵部隊の規模は冒険者たちの予想を遥かに上回っていた。暗闇のため正確には把握出来ないが、樹海のあちらこちらから鳴り響いてくるアロサウルスの鳴き声は、一つや二つではない。空からはグライダーによる砲丸の雨が降り注ぎ、周囲の大木を粉砕していく。暗闇と樹海というベールに守られているから無事で済んでいるが、それらが無ければとっくにやられていただろう。
後方から援護していた門見が、おもむろに空へと視線を上げた。
『‥‥‥‥伊藤さん、大丈夫かなぁ』
門見の心配が的中したのか、伊藤は何騎ものグライダーを相手に大型施設周辺で隙を窺っていた。
「(くっそ、とてもじゃねぇが着陸は無理だ!)」
対空兵器は万全、大型施設の城壁からは大弩弓の矢が凄まじい勢いで飛んでくる。加えて無数のグライダーが巧みに編隊を組んでこちらだけではなく、ゴーレム班にも攻撃を仕掛けている。散開したかと思えば、密集し、かと思えば複雑な編隊を組んで連携してくる。平面ではなく三次元を意識したこの動きは、空での経験を相当積まなければ出来ないものだ。
「‥‥‥‥ここまでだなっ」
伊藤が悔しげに唇を噛むと、騎体の先端を回収ポイントの方へと傾けた。
これ以上の調査は不可能と感じて空域から一気に離脱していく。とても一騎で歯の立つ相手ではない。逃げるだけでも精一杯であり、とてもではないが大型施設に近づくことなど不可能だった。
●任務を終えて
敵の攻撃を振り切った各部隊は、無事に回収ポイントまで到着、同時に急いでフロートシップに乗り込み、作戦空域から離脱した。
損傷のないモナルコスは一騎もなく、どれも重度の傷がついていた。ここまで損傷が激しいともう修復は不可能だろう。
「‥‥‥またギルさんが嘆きそうだなぁ」
また酒場で愚痴を聞いてやらなければいけないのだろうかと門見が頬を掻いた。
調査班が携帯を使って施設の様子を撮影しようとしていたが、敵の抵抗が激しいのもあり、満足な情報は手に入っていない。グライダーの高速飛行中では画像がブレてしまい、暗闇の中では対象が正確に把握出来なかったという要因があった。唯一インフラビジョンを使った伊藤だけが対象把握に成功したが、あの数のグライダー相手に撮影の余裕などあるはずがなかった。
入手した情報は幾つかあるが、最も有力なものは中型施設の倉庫にいたあの化物。前回の任務の折、フロートシップ墜落現場で似たような化物と遭遇したが、あれはあの施設、もしくは同じような施設が別にあり、そこから運ばれたものと考えて間違いないだろう。
カオスの魔物らしき老人や大型施設の存在理由など、解けなかった疑問は多々残ったが、任務の目的はほぼ果たすことができただろう。
かくして依頼は成功し、任務を終えた冒険者たちはメラートを後にするのだった。