【スコット領侵略】大渦の寄航
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■ショートシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月23日〜08月28日
リプレイ公開日:2008年08月29日
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●オープニング
ベルトラーゼ率いる西方騎馬中隊が南方地域で初陣を果たしてから約1週間。
初戦を勝利で飾ったベルトラーゼはその勢い乗ったまま東沿岸地域に進軍、バの重臣フェルナンデス直属の『血飛沫の鋼鎧』と呼ばれる重装騎馬隊を相手に連戦連勝を重ねていた。破った敵小隊の数は実に10、救助した村人の数は500にも上る。
昨日もある村を急襲していた敵小隊を破ったばかりで、現在その村に陣を敷いて負傷者の治療と軍馬を休めている最中だ。
さすがは勇将アナトリアの元に集った兵たちだけあって、強靭な鎧に身を包む敵騎馬隊にも一歩も臆することなく立ち向かい、ベルトラーゼの指揮に迅速かつ的確に従うところを見ても、南方で1、2を争う精鋭たちと言える。これほどの兵を預けてくれたアナトリアには幾ら感謝してもし切れない。
とはいえ、どんな強兵であろうと限界がある。当初200騎いた兵力は徐々に削られていき、負傷して戦闘不能なものを除外すれば、まともに行動可能なのは150といったところだ。
陣の中央に設けられたテントの中にあるのは大きな木製の作戦卓。囲むのは騎馬隊隊長のベルトラーゼを筆頭に、アルドバ、ルシーナの三人だ。
「南のスルド地方に敵中隊が進攻中であり、南西の廃村にも同等の兵力が集結しているとの情報がミルより入っております」
「敵部隊は西方面から包囲網を形成するように展開し、その枠を徐々に縮めております。このまま行けば、敵軍に捕まるのも時間の問題かと思われます」
「‥‥計算通りだな」
敵兵力はこちらの10倍以上。そんな敵の勢力圏で行動する場合、普通なら姿を隠しつつ奇襲、その後場所を変更して散発的に行動するのが常識だ。だが、ベルトラーゼはあくまで東の沿岸地域にのみ行動範囲を絞っていた。
敵先遣隊は南方全域を制圧するために兵力を分散させる方法を取っており、これによって逃走手段を持たない民たちは多大な被害を受けていたのだが、ベルトラーゼが沿岸地域一箇所で攻撃を開始したために分散していた兵力が徐々にこちらへと集結、その結果、民たちの被害は最小限に抑えられていた。勿論、ベルトラーゼの狙いがそれであったことは言うまでも無い。
「本来ならば、この隙に分隊を潜伏させ、手薄になった地域の奪還を行うのですが、何分兵力が少なすぎる。ベイレルの本隊が動くとも考え難いですしな」
敵包囲網はゆっくりとだが、確実に完成しつつある。このままここで大人しくしていれば、敵の包囲網に封じ込まれ、いつかは数によって殲滅されてしまうだろう。ラケダイモンに戻るには沿岸の港から船で脱出するか、北の包囲網の穴から逃げるしかない。
「一刻も早く北から脱出するべきでしょう。今ならば徒歩でも十分間に合います。港には既に避難勧告を出しておりので敵の侵攻を受ける前に脱出出来るでしょう」
不意に、偵察隊の一人が荒々しく天幕の中に飛び込んできた。
「申し上げます! フェルナンデス率いる本隊によりシュナス港が陥落! そのまま沿岸に沿う形で北上しております!」
「‥‥動いたか」
「厄介なことになりましたな」
避難勧告は本隊の進軍を考慮していない形で出してしまっている。このままでは敵本隊の動きが知らないトリアノン港が敵の攻撃をもろに受けてしまう。
「申し上げます!」
「今度は何だ?」
「ベイレル・アガ様からベルトラーゼ隊長へ書状が届いております」
「何?」
「若、やつは何と?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥読んでみるか?」
投げ渡された書状に目を通し始めたルシーナの顔が酷くゆがめられる。
「『西方騎馬中隊は今すぐにラケダイモンに帰還せよ』とのことだ。ルシーナ、どう考える?」
「若の予想以上の活躍が面白くないのでしょう。南方地域はベイレルの領地。そこで西方に所属する若が名を上げれば、ベイレルの評判が落ちることは目に見えておりますゆえ」
「坊ちゃん、どうなさいます?」
「‥‥」
トリアノン港には400もの住民が生活しているのだが、港にはそれだけの人々を脱出させる船はないため、十分な船があるポイップ港から脱出させる予定だった。今から早馬を出しても到底間に合わない。それにおいそれと援軍に行くわけにもいかない。ここには先ほど救助した村人たち200が脱出の時を待っている。加えて指揮官であるベイレルの命令に背くことは騎士であるベルトラーゼには許されない。犯せば重罪、下手をすれば騎士の位を剥奪されてしまう。
「‥‥仕方ないだろう。ベイレル様の命令に従い我々はラケダイモンへと帰還する」
視線を下げたまま、ルシーナが小さく頷いた。上からの命令は絶対だ。これに背くわけにはいかない。
「‥‥だが、脱出方法を少々変更する」
「はっ?」
大きく広げられた地図を改めて張りなおすと、ベルトラーゼは現在地から南西にあるトリアノン港、そしてその僅か北あるポイップ港に指を当てた。
「偵察隊の情報によると『既に包囲網は完成し北部の逃げ道も塞がれてしまった』。そうだな?」
「あ、えっ??」
膝を付いていた偵察隊の兵士がぽかんと口を開けた。
「これにより我々はトリアノン港かポイップ港から船で脱出するしかなくなった。負傷兵中心の分隊を救助した住民と一緒にポイップ港に向かわせ一足先に北方地域へと脱出させる。我々本隊はトリアノン港に進軍して船が到着するのを待つ」
「お、お待ち下さい、若。船とは?」
「ルシーナ、お前は分隊と共にポイップ港に向かい、余った数隻の船を連れてトリアノンまで南下してきれくれ。船が到着次第、我々もそれで脱出する」
「成程、確かに『包囲された』現状ではそれしか手はありませんな」
鷹揚に頷いたアルドバとは反対に、偵察兵はいまだに訳が分からず大口を開けたままだ。
「ま、待て、アルドバ。敵はフェルナンデス率いる本隊ぞ。それを僅か150騎で相手するなど‥‥」
「お主‥‥もしや臆したのか?」
「何を言うか!!!」
アルドバの挑発にルシーナは怒号で返すと、ぐいっとベルトラーゼの方に詰め寄った。
「若、必ずや私が船を連れて下って参りますので、ほんの少しの辛抱でございます。大船に乗った気で存分にお暴れになってくださいませ」
「ああ、期待しているよ」
初陣の折、冒険者の一人から撃破した敵の騎馬を確保しておくべきだとの進言があったので、邪魔にならない程度に騎馬だけは確保していた。これだけの数あれば、村人たちを迅速に移動させることも可能だろう。
いきり立つルシーナの肩に手を添えて、ベルトラーゼの視線が偵察兵の方に注がれた。
「そういうわけだ、伝令が到着した時には『包囲網は完成寸前』ではなく『既に完成していた』。よって我々は『港から脱出するしか手はなく、偶然トリアノン防衛を行うことになった』。相違ないな?」
柔らかに微笑むベルトラーゼの意図を、漸く理解した偵察兵が大きく返事を返した。そこにあったのは戦場に駆り出される恐怖ではない。無力な民を見殺しにせずに済んだこと、そして国を守る者としてこの上ない戦いの場を与えてくれた青年に対する感謝と尊敬の意が含まれていた。
それを汲み取ったベルトラーゼもまた静かに頷くと、号令を発するべく天幕を後にしたのだった。
●リプレイ本文
●要塞作成
敵軍襲来まで三時間。
トリアノン港では、敵軍に対する防御陣の作成が住民含めた総出の急ピッチで敢行されていた。
「おらぁ、もう時間がねぇぞ! 海の男のド根性、バのやつらに見せてやろうじゃねぇか!」
「お〜よ!」「任せとけ!」
男たちと共に巴渓(ea0167)が海水の入った大きな樽を運んでいく。中身を大通りにぶちまけてすぐさま海水を汲んでまた掛ける、その繰り返し。
「船が到着するまでの時間を稼げなければ、我らも貴殿らも命は無い。この場に池を作れば、敵を足止めし時間を稼ぐ事ができる。皆の命を繋ぐため、どうか協力をお願いしたい」
到着と同時にシャルグ・ザーン(ea0827)を初め皆で住民たちに協力を申し出た。当初は混乱気味だったものの、自分たちの命がかかっていることあって作業は住民総出で迅速に行われていた。瓦礫に土砂や土嚢を織り交ぜて急ごしらえの防壁を大通りに構築していく。土と石の防壁だ。イリアのストーンで脆い箇所は繋ぎ合わせ、より堅固なものに発展させる。
トリアノン港の構成は船の発着口を角としてL字型を構成する縦と横の二つの大通り、そしてそれに挟まれる市街地の三つ。着々と迫ってきているバの兵力はこちらの約10倍。本隊が到着するまでに時間があるといっても、無策のまま戦に望めば敗北は必至だ。
「大丈夫。全員助けます」
導蛍石(eb9949)が船発着口に避難した住民たちの元に近寄って行った。『血飛沫の鋼鎧』の悪逆非道な行為はスコット領中に広まっており、どの者の顔にも恐怖の色がありありと浮かんでいた。重度の者にはメンタルリカバーをかけながら、励ましの言葉を掛けていく。
「敵伏兵が大通りに抜けてこられそうな通路を瓦礫で一部塞いでおいたゆえ、正面の敵に集中するだけでよいと存ずる」
「ご苦労様です」
「こちらも終了しました。あれだけ大通りに水をまいておけば、騎馬の機動力を減らせるでしょう。」
天空から降りてきたのはペガサスに乗ったルエラ・ファールヴァルト(eb4199)と後部のイリア・アドミナル(ea2564)。
「イリアさん、大丈夫ですか?」
住民の避難する船着場以外にはフリーズフィールドが展開されているが、それを行ったイリアの疲労は頂点に達しつつある。魔力を回復しながらの行動だが、疲労までは拭えない。表情は重く暗い。
「は、はい。戦いはこれからですから、休んでなんていられませんよ」
「瓦礫と土嚢の防御壁の前には、落とし穴などのトラップを仕掛けたフリーズフィールド展開地帯があります。各守備隊はそこを通過した直後の敵に攻撃を仕掛けて下さい。こちらの損害を最小限に止められるはずです」
作戦の最終確認をするベルトラーゼの向かい側で、クリシュナ・パラハ(ea1850)が反論する暇も与えない口調で捲し立てた。
「前回の戦い以降、バ軍の配置が見直される事は予測出来ましたが‥‥。まさか、その包囲網すらも利用するとは。それも市民の皆さんを守る為、危険と知りつつですからねぇ。でもベルトラーゼさん、こんな博打じみた戦い方は長続きしませんよ。貴方の命は、貴方が思うほど軽くはないんです。自重してください‥‥貴方は皆の希望なのですから」
「まったく、底抜けのお人よし野郎め‥‥ま、だから誰もお前の事を見捨てやせんさベル。さぁて、派手に行くぜテメェら!」
二人の強い意気込みに、冒険者たちの士気も否応なしに奮い立っていく。
「余程の密集隊形でない限り馬が倒れても後続がそれに巻き込まれることはないでしょうが、道も狭まっていますし倒れた馬をかわすために速度は落ちるはず。騎馬の最大の武器は速度ですから、一時的にであっても敵の攻撃能力は弱まる‥‥といいのですが」
スニア・ロランド(ea5929)が待機するのは船着場付近に設けられ土嚢と瓦礫の混合防壁。そこから達人級の弓の腕で騎馬を射撃する。
「(さすがに重傷をうけたら遮蔽物の影に下がりますけどね。生き残る見込みのない戦いをする趣味はないですから)」
縦の大通りをレインフォルス・フォルナード(ea7641)、ファング・ダイモス(ea7482)、巴が歩兵隊と共に、横の大通りをシャルグ、トール・ウッド(ea1919)、スニアが騎馬隊と連携して守備、市街を守るのはルエラ、導、イリア、クリシュナだ。
本隊には炎を操る強力な魔術師隊がいるとのことだが、対策として全員にイリアのレジストファイアーが付与されている。三時間でやれることはすべてやった。敵も容易に侵攻できないだろう。
準備に抜かりはない。延焼を防ぐため、木造家屋も撤去済みだ。
作業完了の報を受けて、ベルトラーゼが一様に冒険者たちを見つめ直した。
「各員配置に付いて下さい。私はアルドバと共に市街地に布陣します。各隊の指揮は皆さんのお任せします。‥‥どうか、ご無事で」
●小隊、中隊撃破
「水の秘奥、天すら変える氷帝の領域です」
戦闘開始から30分が経過していた。
敵小隊襲来から数十分後、情報どおり敵二個中隊が港に接近、それに伴ってイリアは横の大通りへと移動した。他の地区とは違い、横の大通りの路面は水を溜めるだけに止めていたのだが、これはシャルグの策だった。敵騎馬隊の水溜り侵入と同時にフリーズフィールドが展開され、急激に冷やされた気温は水のみならず敵騎馬隊の体をも氷結させた。その効果は想像を絶するほどで横の大通りに迫っていた騎馬隊のほとんどがそれによって戦闘不能に陥ったほどだ。
同様に作戦は成功し、数に劣るにも関わらず戦況はこちらの優勢に傾いていた。極寒と罠で敵の動きが鈍ったところを迎撃。極寒に疲弊した敵軍は冒険者たち率いる騎馬隊の攻撃に次々と倒れていった。特に、最前線で常に剛撃を放ち続けるファングの勇姿には、騎馬隊も奮い立たされていき、数で劣る劣勢の中でも味方の士気は寸分も低下することはなかった。
●魅入られし者
攻防が繰り広げられる中、重厚な鎧に身を包んだ軍勢が港の周囲を埋め尽くしていた。
軍中央で馬上に跨る影がある。長い白髪が特徴の、壮年の男性だ。
『血飛沫の鋼鎧』を率いるバの重臣、フェルナンデス・リッケンバッカーとはこの男に他ならない。
跪く老年の騎士から報告を受けながら、フェルナンデスの視線はどこか空虚なものへと向けられている。騎馬隊による突撃で一気に敵軍を殲滅する予定だったのだが、問題が発生したと告げている。
「通りに馬や兵たちの屍が散乱しているため、騎馬隊の突撃に支障が出るものと予想されます。作戦を変更し、市街地から歩兵大隊を侵入させて内部から切り崩すのが良策と存じます」
「‥‥イスクール」
視線を変えないまま、フェルナンデスは言う。応えるのは魔術師隊を任されている細身の男だが、その雰囲気はどこか冷たいものを孕んでいる。
「魔術師隊を率いて邪魔な死体を一掃しろ」
「承知致しました」
「お考え直しを。死した者たちとはいえ、彼らは祖国のために戦った勇士たち。作戦ゆえ、軍馬の蹄にて屍を踏みつけるは致し方ないとはいえ、作戦の支障が出るとの理由で存外に扱うのは死した者たちの忠義を裏切る行為! 彼らの死に報いるためにも、作戦の変更を願い申し上げる!」
「人か馬か、形が異なるだけの死体に何の違いがあるのだ」
「‥‥彼の者たちが馬と同列だと、そう仰るのか?」
「いや」
少しも迷うことなく、男は続けた。
「馬肉は食えるが、人間の死体は食料にならないからな。その点では、まだ馬の方が役に立つか」
何が愉快なのか。否、それも判らないのだろう。とってつけたような笑い声を発してから、初めてフェルナンデスの瞳が地面に跪く老年騎士に注がれた。
「ユリパルス、攻撃の合図を出せ。指揮は任せる」
「―――――――御意!!」
老年の騎士は逃げるように早足でその場から離れた。あのままあそこにいたら、怒りで気が狂いそうだったからだ。
「アストラ、ヴェリガン!!!」
「「はっ!」」
「魔術師隊の一斉攻撃後、騎馬一個中隊を率いて二つの大通りを進め! ワシは一度市街地を攻めた後、東西の大通りに参戦して一気に港を制圧する!」
激情に駆られるまま、発せられた怒号が軍内に木霊した。バの若き騎士たちはその怒りに気付きつつも、肯定の言のみで答えていく。
「イスクール率いる魔術師隊に遅れを取ることは一切許さん! 炎が港を焦がす前に、この戦を終わらせる! 重装歩兵隊前へ、騎馬隊突撃準備!! 脆弱なるメイの雑兵どもを、恐怖の内に食らい尽くせ!!!」
老年騎士の檄に、バの軍は一兵卒から上位騎士に至るまで士気盛んな炎の中で燃え上がった。それはこの人物に対する信頼がいかに厚いものであるかを示している。
「全軍、進めぇ――――――――!!!!」
●異国の義
‥‥‥‥‥‥‥長い。
敵本隊の攻撃が開始されてから、まだ10分ほどしか経過していない。敵小隊と中隊の相手をした時間の方が遥かに長いはずなのに、その時間より数倍長く感じられる。それほどまでに敵の攻撃は凄まじく、息をつく暇もないほどだった。
「‥‥きりがないな」
「はぁはぁ‥‥お二人とも、まだいけますか?」
ファングが大きく息を整えた。戦闘が開始から約一時間。どんな者であろうと疲れは溜まっていくもの。ファングも例外ではない。勿論、レインフォルスと巴もだ。
「疲れていると言えば、敵は帰ってくれるのか」
「‥‥だと嬉しいのですが」
片方は皮肉めいて、もう片方は頬を緩めて武器を構えなおす。そんな二人の様子に、にっと大きな笑い見せてから、巴は通りの彼方目掛けて大きく一歩を踏み出すと自慢の拳を炸裂させた。
「出来る限りのことはする。それだけだ」
「へっ、来やがれ‥‥まとめてぶっ殺してやるぜ!!」
レミエラによって直線状に変化したオーラショットの閃光が、敵本隊を貫いた。
市街地のあちらこちらからは敵兵による進軍の雄叫びが上がっている。
イリアの超越アイスブリザードが建物ごと迫り来る兵士たちを飲み込んだ。しかし、敵の進軍は一向に収まる気配がない。
「‥‥‥‥何なの、こいつら」
凍え死んだ味方の屍を踏み越えて、敵兵は進む。
隣で自軍の兵士が死ぬことに動揺することもない。臆することも、止まることもなく、ただ突貫してくる姿はあまりに異常で、氷帝の名を冠するイリアの背中を凍らせる。
そして初めて理解した。
『血飛沫の鋼鎧』ではなく、これが本当の『バの軍』だと。
鬼気迫る迫力に変わりないが、敵兵の目に宿るのは前回感じた機械のような無機質なものではない。己が祖国と使命のために、確固たる信念を携えた憂国の徒のみが持ちえるそれに他ならない。仲間の屍にさえ一瞥せず突き進む行動は非情とも取れるが、勝利のために自分の命を捨て去ることさえ厭わない姿は、メイの勇士たちに共通するところがある。
「‥‥まずいわね」
信じるに値する指揮官を持った時、バの軍は真に屈強な軍となる。少なからず残虐非道と蔑んでいたバの軍の変わりように、スニアの胸には驚きが生じると同時に、途轍もない危機感も生まれた。
障壁のほとんどが突破され、残すは船着場を守る最終ラインのみ。住民の乗り入れが完了するまでにはまだ時間がかかる。
「スニア様!」
通りの向こうに見えるのは膨大な量の土煙。徐々に見えてきたのは通りを埋め尽くすほどの、鎧に身を包んだ重装騎馬隊の姿だ。軽く見積もっても500は下らないだろう。
「前線のシャルグさんとトールさんに伝令なさい。住民の乗り入れが完了するまで何としても防衛ラインを確保して下さいと。弓隊はここに集結、可能な限り敵魔術師隊の攻撃をこちらに引きつけます!」
●脱出
バの攻撃は更に激化していった。
人間とは違って防壁にレジストファイアーはなく、敵魔術師隊の火球によって破壊されていき、屈強な味方の兵達も敵軍の凄まじい攻撃に倒れ、徐々に防衛線を押し込まれている。
ルシーナ率いる船団が到着し、住民の乗り入れは既に始まっている。あと少しの我慢だ。
不意にベルトラーゼの周囲の火が根こそぎ吹き飛んだ。クリシュナのプットアウトだ。
「住民の乗り入れほぼ完了です! 後は戦ってるみんなを乗せて脱出するだけッスよ!」
「ルエラさん、大通りで戦っている方々に後退するよう伝令を! 導さんは負傷兵を船へ!」
「承知しました」「了解です!」
「全員速やかに船まで後退しろ! クリシュナさんも先に後退を、私もすぐに駆けつけます」
「何言ってるッスか!!??」
ファイアーボムの爆音にも劣らないクリシュナの大声が、ベルトラーゼの頬を叩いた。
「すぐっていつですか!? いい加減無茶するのは控えて下さい。貴方は指揮官なんですから、ほら、さっさと行きますよ!!!」
「ちっ、とんだ貧乏くじを引かされたもんだぜ」
「トール殿、早く後ろへ!」
「旦那一人残して行くわけにはいかないだろう‥‥が!!」
炎の中でシャルグ、トールがバリケードの入り口に群がってくる敵騎馬隊を片っ端から薙ぎ払っていくが、きりが無い。この地区の守備隊はほとんどが倒れ、彼ら三人だけで戦線を維持している状態だ。
「(これでもう何本目かしらね)」
スニアの手元にあったはずの矢が気付けば半分になっていた。撃った矢の内数えていたのは30まで。軽く60は超えていると確信する。
回復魔法を持つ導は住民の避難誘導中でいない。回復するアイテムも少なく、長期戦が難しいことは三人全員が承知済みだ。
「かといってここで退くわけにはいきません」
「民を守るための盾となれれば‥‥本望なり!」
「こいつらを片付けたら逃げるぜ、さすがに限界だっ!」
数で押し込まれつつあったトールの目前に、天空から一条の疾風が舞い降りた。ルエラの技『ビートブレイク』だ。
「ありがたい、援軍か!」
「導殿、どうしてここに‥‥」
「住民を乗せた船は一足先に出港しました! 他の部隊も撤退し、後はここにいる皆さんだけです。ルエラさんと私のペガサスに乗って一気に脱出します、早く乗って下さい!」
「旦那!」
「承知!!」
示し合わせて放たれたのは、二人のソードボンバー。周囲の敵を吹き飛ばした一瞬の隙を縫って二頭のペガサスに半ば強引に乗り込んだ三人は一気に戦場から脱出す、水上に待つ船へと降り立つのだった。
かくして冒険者たちは住民たちを連れて、命からがら北部への脱出に成功する。
だが、その胸刻まれたのは刃の傷よりも深い、バの軍に対する脅威の念。戦力で圧倒的に劣っていたとはいえ、僅かな時間の攻防で敵の強大さを実感した。
黒煙に燃える港を見ながら、冒険者たちは思う。汗と血と、泥に塗れたまま。
敵本隊が動き出したということは、クシャル・ゲリボル率いるバの本軍と対決する日もそう遠くはないだろう。そしてその時、自分たちは勝利を掴み取れるのかと。
船は行く。
時の流れなど、知る由もなく。