その山、アスタリアより高し
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■ショートシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:8〜14lv
難易度:易しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月04日〜09月09日
リプレイ公開日:2008年09月13日
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●オープニング
「何をしとるんじゃ、この下手糞が。増えたのは年の数だけか!」
「お酒の量も増えましたよ。ああ、女性に殴られた数も」
真昼の日差しは決して弱くはない。ハッチから飛び降りた男が蒸れるような暑さに手持ちの荷物を放り投げると、歓迎の言葉を述べてくれた老人へと詰め寄った。着衣は軽装で鎧は一切ない。
新たに運搬されてきた6騎ものゴーレムに、メラートの工房は大忙し。工房員たちがメンテナンスや設備順序の確認に追われていく。
無言の二人。
今にも決闘でも起こりそうな雰囲気は一変し、双方の表情に何の唐突もなしに笑顔が浮かび上がると、無事を祝して互いの拳をぶつけ合った。
「二年ぶりか? 会戦準備を機に新しい隊が来ると聞いておったが、まさかその隊長がお前だったとはのぅ。運命とは面白いものじゃわい」
「はははっ、『鬼工房長』と謳われたギルともあろうお人からそんな可愛い言葉が出るとは。死期が近いのではありませんか?」
「ぬかせっ、少しはマシになったと思ったが、減らず口は相変わらずのようじゃな」
言葉とは反対に、ギルは毛先ほども不快に感じてはいない。こうやって憎まれ口を叩き合うのは長い付き合いの二人にとっては挨拶のようなものだ。
二人が軽口を叩き合っていると、悠然と一人の騎士が現れた。出撃でもないのに鎧一式を着込んだ正装の姿は女性と見紛う美貌と重なって美しさを映えさせる。
「メラート所属、ゴーレム第二小隊隊長ロニア・ナザックと申します。貴方の噂は私も聞き及んでおります。お会いできて光栄です」
嫌味でも皮肉でもない口調と一緒に差し出された手に対して、男も同じように応える。そして心にもない謙遜の後で、名乗りを上げた。
「私は結局何もしちゃいないが、ま、褒め言葉として受け取っておこう。グランドラから来たワーズ・アンドラスだ。本日付でメラート、ゴーレム第一小隊隊長に着任した。宜しくな」
『口の軽い人物』。それがワーズに対するロニアの抱いた第一印象だ。だが、堅い握手を交わした際に正面から目が合ってそれが間違いであったと知る。瞳に込められた強い輝き。カオスゴーレム『カルマ』の襲来したあのグランドラの激戦を生き残っただけはある。
『信頼に値する人物』。それが第二印象。
しかしそれも、僅か十数秒で変わることになってしまう。
「ところで‥‥」
「はっ、如何しました?」
「後ろに置いてある花束は何だ? 生憎、男から花を受け取るような酔狂な趣味はないんだが‥‥もしやギル殿になどと言うわけではあるまいな」
「め、滅相もありません!!」
「ワシはカミさん一筋じゃからな。受け取れんぞ」
「だから違います!」
荒い口調で否定するロニアに対して、工房長であるギルは冗談だと一蹴、ワーズもそんな二人の様子に豪快な笑い声を上げた。
「何だ、さっきからまどろっこしいな。取り敢えず、この場にいる女性を全て集めてみるか?」
「ワーズ隊長! 頼みますから悪ふざけはその程度に‥‥」
「その辺にしておけ。こいつがいることに気付けば、女どもが仕事をせんからな」
普段なら傍観しているのだろうが、今回だけはギルが助け舟を出した。理由は言わずもがな、だ。
「ギルの奥様もですか? 相変わらず尻に敷かれているんだな」
「ふんっ、そんなことよりもロニア。その花束はもしや、いつものあれか?」
状況が不利になるのを恐れたギルが、半ば無理矢理に話題を逸らした。ワーズもその意図に気付いていたものの、そちらの方が面白いかと考えていた間だった。
「ワーズ隊長、質問があるのですが、宜しいでしょうか?」
「む? 何だ?」
どうからかってやろうかと思案していたのだが、逆に仕掛けられるという予想外にワーズもすんなり返事をしてしまう。
もじもじと手先を擦りながら、頬はやや朱に染めて上向き加減。それはまるで恋する乙女のようで、普通の男ならドン引き間違いなしなのだろうだが、なまじ、というかかなり美形のロニアの場合、それさえも絵になってしまうから恐ろしい。
「な、何だ、早く言え」
異様な光景を前に狼狽するワーズだが、やはりロニアがそれに気づく気配はない。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥その、お、女の子というのは、どういうものをもらったら喜ぶのでしょうか?」
「‥‥‥‥‥‥は?」
何の質問かと思えば、ワーズの口から、うっかり間の抜けた声が飛び出した。
「あ、い、いえ、その、ですね。ある少女の見舞いにもう何度も行っているのですが、その、何を持って行ってよいのか判らず、その、とりあえず花ばかりを携えていたのですが、もう病室が花だらけの状態になっておりまして。看護の者から今度は別のものを持ってくるようにと言われていたのです。ですが、あの、何を持っていけば良いのか、見当も付かず、こうしてワーズ隊長にお尋ねしている次第でございまして‥‥その‥‥」
「あ〜わかった。事態は飲み込めたから、まずはその佇まいを正せ。そうでなければろくに話も出来ん」
「は、はぁ」
「‥‥それで、見舞いとして何を持っていくかだったな。その花束を持っていくのではないのか?」
「いえ、実は数日後、先の任務報告を行うため中央都市レディンへと赴くことになっているのですが、気分転換も兼ねてあの少女を連れて行くことになっているのです。幸い食事はしっかりと摂っていますので体力的には問題はありませんし、あちらの街を案内することで彼女の心境に少しでも改善すればと考えておりまして」
「‥‥‥‥‥貴公もしや」
「はっ、何か?」
心底不思議そうな声を上げたロニアとは反対に、神妙な表情を浮かべたワーズの掌がその肩に添えられる。
「私は人の趣味にどうこう口を挟むつもりはない。私は万民の味方だ。だがな、ものには限度というものがある。いかに年相応の女性を好きになれないからといって、そのような少女にはし‥‥」
「違います!! そのような気持ちは断じてありません!!」
「何だ、違うのか」
「当然です!!」
何だつまらん、とワーズは踵を返す。勿論本気で言っていたわけではないが、面白い何かを期待していたのは確かだ。
「レディンといえば、南北東西の四方から物品が集まるスコット領一の都と聞いた。貴公が気に入った物を上げればよいではないか」
「そ、それはそうですが‥‥」
「城下の巡回は治療の一環でもあるのだろう? ならばその子と共に好きな所を歩き回ればよかろう」
「はい。仰る通りです。ですが、その‥‥」
少女が入院して一ヶ月。部屋に篭りきりの少女に少しでも早く良くなってもらおうと、外出許可を取るために半月もの時間を費やしたのだ。この機を逃せば、次はいつになるか判らない。だからこそ、今回の外出で思い出になるような物を上げたかった。
「判った判った。本来ならこのような事に費用を使いたくはないのだが、護衛として冒険者たちを雇って共に考えてみればよかろう。どうだ?」
「あ、な、成程。その手がありましたか!?」
一縷の暁光が差したかのように、ロニアの顔がぱっと輝いた。
「すぐに手配して参ります! あぁ、ワーズ隊長、申し訳ありませんが、花束をお願い致します。すぐに戻って参りますので」
疾風のように立ち去っていくロニア。
その背中を見ながらワーズが一言呟いた。
「じじぃ、もしかしてあいつ、本当に○○○○なんじゃね?」
「誰がじじぃじゃ。それと口に気をつけろ。後ろの女どもが睨んでおるぞ」
●リプレイ本文
●挨拶
スコット領南部、西方都市メラートの兵舎は喧騒で溢れていた。
兵士、ゴーレム工房の整備士、右から左へ流れるように行き行く波は止まることはない。フロートシップから兵舎へと、積荷を運搬する作業が終わることは永遠にないように思えた。
隊長格の騎士たちが的確な指示を出し、中にはゴーレム工房長ギルの姿もある。顔は確認出来ないが、男女問わずとろとろしている者たちに拳骨をお見舞いするのは彼くらいのものだろう。
「ようこそいらっしゃいました。ご助力感謝いたします」
入り口に佇んでいた冒険者たちの元に、ロニアが駆け寄ってきた。その右手には入院患者特有の真っ白な衣服も見えた。
「‥‥お人形さんみたい」
「ただのお人形ってわけでもないみたいだねぇ」
足が進む前に、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)の口から漏れた言葉。前列の仲間たちがロニアの方へと歩いていくのを眺めながら、門見雨霧(eb4637)が目で少女のある部位を見るよう促す。
目や肌の色、華奢な体格、そして特徴的な耳の形。
「どうやら、俺たちと同じじゃないみたいだね」
耳が尖っている。救出した時は分からなかったが、あれはエルフ族の特有のものだ。
「陰陽師の土御門焔と申します。よろしくお願いいたします」
真っ先に駆け寄った土御門焔(ec4427)がロニアと堅い握手を交わす。丁寧なお辞儀をすると、右手に控える少女を見て
「テレパシーによるカウンセリングを後ほど行わせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
と、訊いた。
「はい、それは構いませんが‥‥」
語尾を濁したロニアもまた、手を握る少女へと視線を落とす。
「今までにもその手の治療を行ってきたのですが、この通りの状態なのです。あまり効果は期待出来ないでしょう」
「やってみる価値はあります。何事も諦めないことが大事です」
「私もそう思います」
シファ・ジェンマ(ec4322)の言葉に、アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)も同意する。二人の熱意に押されたロニアは、それではお願いします、と頭を垂れた。
「ところで、さ。ロニアと女の子を見て一つ分かったことがあるんだ」
軽口を叩けるような空気が流れていた。それもそのはず、先ほどから一言も喋らない少女は本当に人形のようで、にこりとも笑わない。心なしかロニアの表情も暗く見える。
重苦しい雰囲気に沈黙が流れていたことだけあって、言葉を発した門見に皆の視線が集中する。
「まさか‥‥」
首の後ろに手を当てていた門見がぽつりっと囁いた。
「ロニアさんがロリコンだったとはね〜」
「ち、違います!!」
「そんな恥ずかしがることはありませんよ♪」
取り乱すロニア。それを煽るベアトリーセの表情は満面の笑みだ。
「いえ、ですから」
「‥‥っと、言うのは冗談で、ロリコンじゃないのは分かってるけどね〜」
「そ、そうですか」
ほっとロニアが胸を撫で下ろす。
「うん。ロリコンでなくて、アリコンなんだよね?」
が、それも束の間、ガクッとうなだれる。
そんな様子に心底満足した門見があっけらかんと笑い声を上げた。
「あははっ、ま、これも冗談だけどね〜」
うん、多分と付け加えたのは彼らしい。
何はともあれ、その日の内に冒険者たちはメラートを出発。
気付けば、当初の暗い雰囲気は遠い彼方へと消えてしまっていた。
●街を歩こう
「絵画、ですか?」
「ええ」
青い空の下、レディンという街の通りを歩きながら、品物の売買に賑わう人々の声が頬にぶち当たる。
「思い出の品としてお二人の姿を絵にしてみるのはいかがかと思いまして」
あまりの人の多さに頭がぼうっとしてしまい、土御門がロニアの隣を歩く少女に笑いかける。反応が無いのはこれまでの行動からも重々承知の上で、だ。メラートからレディンまでの道中、皆で何度も声を掛けてみたが、反応は変わらなかった。
「そうですねぇ‥‥、なかなか振り向いてくれないのでお気持ちはわかりますが、毎日プレゼントするというのもそれが当たり前のことになってしまいますよね」
こちらはベアトリーセ。人ごみの中を歩くのはそこまで苦でないと見える。
「ん〜無いなぁ」
「何をお探しですか?」
「んん、カメラっていうやつなんだけど」
「カメラ?」
「映像を記録する天界のアイテムなんだけどね。ポラロイドカメラはないのかなぁ」
あちこちを見回ってみたがそれらしきものは見当たらない。店主に聞いてみたところ、どうやらポラロイドカメラというのはまだ出回っていないらしい。
「ロニアさんは絵の方はお描きになりますか?」
ベアトリーセの言葉に、嗜み程度ですがとロニアが声を返す。
「良かった。何かテーマを決め、部分部分で描いて合作していくのがいいかなと考えていたんです。それに言葉がわからなくても、絵なので受け取る側にも伝わりやすいんじゃないかな」
「テーマは無難に女の子の人物画かな。ロニアさんと女の子の人物画でも面白そうだけどね」
釈然としない顔でにょきっと会話の端に現れたのは門見。手には小型の機械が握られている。
『それは?』という問いに、『デジタルカメラ。欲しいものがなかったから、これで手を打つことにしたよ』とのこと。
「それにね、下絵を描いてるときに、近接させてロニアさんを慌てさせたり等、ロニアさんで遊べ‥‥ゴホン、皆で楽しく面白い時間を過ごせそうだしね」
●天界の服
「ん〜、遅いねぇ。あ、ロニアさんも食べる?」
「いえ、お構いなく」
「そんな遠慮することないのに、ほら、美味しいよ」
「‥‥それでは、ありがたく頂きます」
渡されたクッキーを口に放り込むと、甘い風味が口全体に広がった。色々と疲れた体を癒すには十分な味だ。
一通りの買い物を終えて、宿に戻った冒険者たち。いよいよ絵画の作成の取り掛かることになったのだが、その直前ロニアは女性陣から酷い説教を受ける破目になった。
ことの原因は少女の服装。街を歩き回っていた時に気付くべきだった。
「女の子なんだから、服くらい準備してあげるべきだったかな」
「すみません」
本気で落ち込むロニアを他所に、腰を下ろした門見がわざとらしく大きな音をたてて缶コーヒーを啜り、テーブルにおいてあるお菓子類にあさり始めた。
いざ絵画作成、となったのだが、少女の服装は病院側から至急された味も素っ気も無い、真っ白な病院服。さすがにそれはないだろうと、女性陣から酷いバッシングを受けたのだ。身だしなみに関しては男の百倍気を使うのが女性の性(さが)。現在急遽市場で買ってきた衣服の試着中だ。扉の向こうからは『これもいいんじゃない♪』とか『こっちもいいですよ!』とか『ロニアさんってほんと気がきかないよねぇ』とか何とか、女性陣の華やかな声が聞こえてくる。何気ない一言が更にロニアの心を抉っているのだが、それに反論出来ないのがまた悲しい。
「まっ、いいじゃない。良い経験になったってことで、ね」
はぁ、と魂が抜けるようなため息なのか返事なのか分からない声を漏らすロニア。先ほど女性たちと普通に会話していたから忘れていたが、この男は大の女性が苦手という性質を持つ。そんな女性4人から詰め寄られ、長々と一時間にも渡る説教を受けたのだ。彼からすれば、人生で最大の難所だったと言えるだろう。
「そういえばさ、前から思っていたんだけど、ロニアさんって何で女性が苦手なの?」
「? 普通は苦手なのでは?」
さも当たり前のように答えられて絶句する門見。
この男にとって女性は一体どういう存在なのだろうか。
「(質問を変えよう) あのさ、ロニアさんはあの女の子を随分構ってるみたいだけど、何かあったの?」
「それは‥‥」
「もしかして、本当にロリ‥‥」
「違います!!!!」
と、ロニアが全力で否定した時だった。
止んでいた女性たちの声。
知らぬ間に開けられていた扉。
四角い入り口の枠に収まるように、佇んでいた人形のような少女。
煌びやかな金髪に、エルフ族特有の華奢な体格が鮮やかな薄紅色のワンピースにおさまっている。雪のように白い肌に、黄金と薄紅色のコントラストが相成って一種のアンティークのような美しさを映え出している。
それはまるで、枠に嵌め込まれた一つの絵画のように見えた。
「じゃ〜ん♪ どうですか、お二人とも!」
「可愛くなりましたよね。天界の洋服があったので、折角ですから買ってきてみたんです!」
ベアトリーセと珍しくシファが興奮気味に、声を上げている。
時間が止まったみたいに凍りつく男性二人。門見なんかはクッキーを口元に運ぼうとする途中の状態で止まっている。
無意識に歓声を上げながら、門見が少女の近くに歩み寄る。
しかしこの時点になってもロニアはまだ凍りついたままだった。
●明日へ
「ロニアさん、もう少し笑ってくれませんか?」
「あ、い、あ、は、はい」
「いやいや緊張し過ぎだからね」
絵の仕上げに取り掛かっているシファ。絵として描かれているということに、何語?的な声を漏らすロニアの緊張を解そうと(同時にからかおうと)する門見が声を飛ばす。
「駄目だよ〜、ほら、こういう時こそクッキーでも食べてリラックスして、ね」
「甘いものは心の動揺を抑える効果があるのです。辛い時や悲しい時に食べると心を落ち着かせてくれます。騙されたと思って、食べてみては如何ですか?」
土御門らしい勧めを受けて、ロニアが切羽詰った顔で言われるままに行動する。
あれから数時間。門見の持ってきたお菓子でちょっとしたお茶会気分を味わいながら、ロニアと少女の絵を描いていった冒険者たちだったが、絵画の完成は目前に迫っていた。
絵画の大きさは人間の胴体に納まる程度。木造の額縁には簡単な装飾品が嵌め込まれ、七種類の宝石屑が散りばめられて光を放っている。アトランティスの希望として崇められている七色の竜にあやかったものだ。
忠実に描いているとはいえ、我ながらどうにも釈然とせず、シファが小さく唸った。描かれている二人は憮然とした表情で、その様は死地に等しい戦を前に、今生の別れを覚悟した兄妹のようにさえ見える。ある意味心に残る思い出になるだろうが、どうせなら笑った顔を描いてみたかった。
描き終えたシファが全員を絵の元に促し、春の香り袋を手渡していく。
「その中身を絵画の飾りにして飾って頂けませんか?」
これでいつでも春の香りを届けることが出来る。季節こそ違うが、この香りの季節のように、少女が笑ってくれればと思う。‥‥勿論ロニアも。
完成した絵画を見て、ロニアがなんとも言えない表情を浮かべた。理由は言わずもがな。
「みんなで共同で作ったプレゼント、気に入って下さるといいですが‥‥」
遠慮するシファを除いた皆で絵画を少女に手渡して、ようやく終了。
最後に、門見の提案で皆の集合写真を撮ることになった。宿の主人に頼んでデジタルカメラで撮影を依頼。女性陣が密着してきたことで、いよいよ死にそうな顔をし始めたロニアだったが、最後くらい頑張れと門見から強い言葉を受けていた。
「ほら、ロニアさん、笑わないと」
「そうですよ、ロニアさんが笑わないとこの子も笑えませんよ!」
「頑張って下さいロニアさん」
とはいえ、そう簡単に笑顔を作れるものではない。仕方ないということで土御門がカウンセリング効果を含んだテレパシーでロニアをフォロー。何とか笑みを浮かべることに成功する。
「そ、それではいきます」
不慣れな天界のアイテムに、主人が戸惑いながらもボタンに手を掛ける。
配置は前列が左からベアトリーセ、女の子、シファとなり、後ろの左から門見、土御門、ロニア、アルトリア。
がっちりと女性陣に両脇を固められた中での撮影に冷や汗をかきながら、ロニアは思う。
結局少女の心に変化が起きることはなかった。市場を歩いている時も、手を握って付いてくるだけ。絵を描いている合間に、門見が独特の雰囲気でお菓子を勧めたり、ベアトリーセが陽気に話しかけたり、シファが筆を走らせながら優しい声をかけたり、土御門が懸命にテレパシーで心のケアに努めたり、アルトリアがこまめに洋服を整えてあげたりしていたものの、結局少女が笑うことはなかった。まるで意思のない人形のように、流されるままに動くだけ。少女から何かをするということはない。
何より、ロニア自身、何もすることが出来なかった。女性への苦手意識から冒険者たちのように接することも叶わなかった。それが一番悔しい。
一瞬の閃光。
フラッシュを伴って、撮影が完了する。
現れた画像を皆で見て、それぞれに歓声を上げる。冒険者たちが笑顔を載せる一方で、やっぱりロニアの表情はどこか堅い。そしてもしかしたら、と希望をかけたのだが、少女は相変わらずの無表情。
子供にでも出来るはずの、笑うということが出来ない。あまりの無力さと情けなさに、不覚にもロニアが椅子へと膝を落とし、顔を伏せた。出発する前、あれほど覚悟を決めて来たはずだったのに。
溢れてしまいそうな涙に、歯を食いしばる。
泣くな。
せめて、最後くらいは泣かずに笑って終わりたい。
そう心を奮いたたせて、顔を上げようとした時だった。
くいっくいっと、服の裾が引っ張られるのを感じて、背後を振り向く。
「むごっ!?」
最初は何が起こったか判らなかった。
突然、口の中に広がった甘い香りと風味。
目の前に迫った端整な顔立ち。
押し込まれた右手。
数秒が経過して、
やっと少女がクッキーを、自分の口の中に押し込んでいるのだと理解した。
少女は相変わらずの無言。そして無表情。
何も語らない。
でも。
それでも、この少女が自分から動いたことは初めてで。
あまりにも突然のことで、驚いてしまって、ロニアは何も口に出来ない。
冒険者たちも突然の出来事に、ただただ目を見張るだけ。
『どうかな?』
少女は首を右に少しだけ傾ける。その動作はそう聞いているような気がした。
だから、ロニアも自然に答えていた。
とてもカッコいい台詞ではなかったけど。
「―――――――――お、おいしいです」
数年ぶりに、涙が零れた。
依頼は終了した。
もう一度取り直した集合写真の画像に、相変わらず少女の笑顔はない。
ただ一つ変わったのは、ロニアの顔に極上の笑顔が有ったこと。
自分のぶきっちょ面が描かれた絵を抱きしめて、ロニアは冒険者たちと別れた。
右手には華やかなワンピースを着込んだ少女。
左手には皆で完成させた一枚の絵画。
その額縁の模様の中にはひっそりと、依頼に参加した皆の名前が書かれてある。
『門見雨霧』
『ベアトリーセ・メーベルト』
『アルトリア・ペンドラゴン』
『シファ・ジェンマ』
『土御門焔』
『ロニア・ナザック』
そして羅列された名前に囲まれるのは、四つの文字で『ミリアム』
ロニアは歩き出す。
『贈り物』という名前の少女と一緒に、手を繋いで。