休息の梢

■ショートシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:易しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月04日〜09月09日

リプレイ公開日:2008年09月12日

●オープニング

 知らない間に季節は中盤に差し掛かっていた。アトランティスに太陽はないが、陽の精霊が活動を強めるこの時期は正午を過ぎればあっという間に暑くなる。
 この地は荒れているから、緑はあまりに見掛けることはない。だが、それでも若葉は恵みを求めて顔を出す。
 新しい時間が、予想よりもずっと早く迫ろうとしていた。



 スコット領はメイの国の中で最も新しい領地である。カオスの地の偵察という目的でリザベ分国から独立したが、領内は様々な問題を抱えており、特にスコット領南部はバの侵攻軍と戦の真っ最中で内部の派閥争いがその解決を悪化させている。
 この地を理解するためには地形を把握する必要があるが、その方法は大きく二つある。
 ほぼ中央に位置するオクシアナ山岳地帯を境にスコット領は以北と以南の二つに分ける方法。以北はバの侵攻を受けたことはほとんどなく、それ故土地は肥えて人々も安定した生活を送っている。逆に何度も戦を経験してきた以南ではまともに生活することすら難しく、戦の度に食料を徴収される領民たちから不満の声が絶えない。
 二つ目として、スコット領南部を南北東西、そして中央部の大きく5つに分割する見方だ。



 政治の中枢であるスコット領南部の中央部。統治者はスコット領総責任者グレンゲン・キュレ侯爵。中心は中央都市レディン。
 
 肥沃な穀倉地帯を持つスコット領南部の北方。統治者はマリク・コラン。グレンゲン侯爵の補佐でもある。
 
 ルラの海に面し水産業で莫大な富を築くと共に強力な海軍を誇るスコット領南部の東方。統治者はルーム・ラーツィオ。中心は海港テーバイ。
 
 アスタリア山脈に隣接し屈強な騎馬隊を有するスコット領南部の西方。統治者はアナトリア・ベグルベキ。中心は都市メラート。
 
 度重なる戦で荒廃し現在もバの侵攻軍と戦闘中のスコット領南部の南方。統治者はベイレル・アガ。防衛都市ラケダイモンが存在する。



 上に挙げた南北東西の地域を治める四貴族たちは互いに良好な関係を築いているとは言い難い。特にアナトリアとベイレルは犬猿の仲と言えるほど最悪な状態で、ルームに至っては北方地域を除く他地域にはほぼ無干渉の姿勢。最高責任者グレンゲン侯爵も対外政策は四貴族たちに任せきりでその優柔不断な性格が四貴族の争いを許す要因となっている。侯爵補佐のマリクが関係改善に努めているが、解決の糸口は一向に見えてきていない。
 オクシアナ山岳地帯の以南に存在するのは5つの地域の内、南方地域のみであり、山岳を境に南北で格差が生じているのも重要な問題の一つである。







「武器の手配は完了しております。残すは兵糧のみで御座いますが、こちらも明日には届くとのことです」
「騎馬の方はどうだ?」
「出撃前には整う予定です。それよりも問題は負傷兵が間に合うかどうかですな」
「補充を頼むことは?」
「アナトリア様も会戦の準備に大変なご様子。数を割けるほどの余裕があるかどうか‥‥」
「新兵を募集しては如何で御座いますか?」
「会戦を二週間後に控えているんだ。訓練しようにも時間が足らないだろう。下手に戦場に出せば、かえって混乱を招く可能性もある」
 南方遠征の終わりから数日。数週間ぶりに西方都市メラートに与えられた、自分の館に帰ってきたベルトラーゼ。久しぶりにゆっくりと休息を取り、羽を伸ばす‥‥ということはなく、相変わらず戦のために時間を費やす日々を送っていた。何でも膠着状態にあった南方戦線で変化が生じ始めており、近い内、スコット領の命運を分ける大規模な会戦が起きると予想されている。以北の地域はその準備に明け暮れ、援軍として参戦するベルトラーゼもその準備に追われているというわけだ。特に今回は、マリク・コランの誇る魔術師隊やアナトリア率いる西方騎馬大隊も出陣し、ゴーレム第二小隊にも出撃の命が下ったと聞いている。かなりの大規模な戦となることは確かだ。
 難しい顔をして屋敷の廊下を進む三人。ある角を曲がったところでその進路を、一人の女性が遮った。
「お久しゅうございます。若様」
「ルチル、いつの間に来ていたんだ!?」
 現れたのは白と黒の清楚な服を身に着けた30代の女性。ベルトラーゼがスコット領に招聘される以前から仕えている使用人の一人で、その長でもある。
「若様が遠征にお発ちになった翌日に。危険な任を任されたと聞いて心配しておりましたが、お元気そうで何よりでございます」
 書類を持っているのも忘れて、ベルトラーゼがルチルの手を取った。その様子は喜びに満ちており、彼女に対するベルトラーゼの素直な気持ちが現れている。アルドバとルシーナの次に一番長く仕える人物であり、頑なに使用人を拒んでいたベルトラーゼにその重要さを教えたのも彼女だ。ベルトラーゼにとっては姉のような存在であり、絶大な信頼を寄せている一人でもある。
「ところで若様、お顔が優れませんが、お休みはしっかりとお取りになっているのですか?」
「え、あ、ああ。そういえばそうだな」
「そういえば、とは?」
「い、いや、このところ準備が大変だったから、あまり寝てない、かな」
「あまり?」
「必要最低限の休息は取っているから大丈夫、のはずだ。安心してくれ」
 真顔のルチルを前に、言葉を選び選び表面を繕っていくが、元々嘘は得意な方ではないし、狼狽した様子や目の下に広がった隈を見れば、それが嘘だということは一目瞭然だ。
「‥‥アルドバ様、ルシーナ様」
 ため息一つを吐き出した後、あくまで真顔のままギロリッと鋭い眼光が、自称両親の瞳を貫いた。
「お二人が側にいながら、どうしてここまで放っておいたのです。忠臣であるならば、主君の身体を気遣うことも重要な役目のはず」
「うぐっ」
「も、申し訳ない」
「若様はまだお若いのです。お二人がしっかりと健康の管理を促しませんと、いつか取り返しのつかないことになると散々申し上げてきたこと、お忘れですか?」
 蛇に睨まれた蛙のように、身を竦める二人。本来なら雇う側の二人が立場的には上のはずなのだが、上下関係が完全に逆転している。そしてそれはベルトラーゼにも通じるところだ。
「若様、これを」
「‥‥避難民地区の視察?」
「若様が救出為さった南方の民たちが中央都市レディンに設けられた避難地区で生活しているのですが、戦の終結も見えぬ日々の中で心の病を患う者も出てきているそうです。若様が行けば、きっと彼らも励まされることでしょう。羽を伸ばすついでにいってらっしゃいませ。戦の準備は私たちがしておきましょう」
 そうですよね、と同意を求められた両脇の二人がこくこくと人形のように頷く。
「でも今は大事な時期で‥‥」
「行ってらっしゃいませ」
「いや、だから」
「行って、らっしゃいませ」
「‥‥‥‥‥‥‥は、はい」
 有無を言わさぬ物言いに、ベルトラーゼもあっけなく従った。
 荷物を纏めて、とぼとぼと屋敷を後にする息子の姿を目に、アルドバが口を開く。
「‥‥ルシーナ、なぜ坊ちゃんはルチルの言うことには従うのだろうな?」
 この前の戦からも分かるように、基本的に自分の思ったように動くベルトラーゼがどうしてもこうも素直に従うのだろうか。
「人徳か?」
「いいえ」
 ルシーナの問いに、メイド長は茶目っ気と一縷の真剣さを交えた顔できっぱりと答えた。
「威厳の差ですわ」
 
 ‥‥成程。

 二人の両親は不本意ながらも、その答えに妙に納得するのだった。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1856 美芳野 ひなた(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●鷹の梢
「‥‥むむむ、この人からは凄いメイド力を感じます!」
 挨拶を終えて、難しい顔をしていた美芳野ひなた(ea1856)がそう叫んだ。
 疑問符を頭に浮かべるルチル。
「ご、ごめんなさい! つい貴方からすごい力が出ているのを感じてしまって!」
 自分で言った言葉とはいえ、不安に駆られたひなたに、ルチルはぱふりと手を置いて笑う。
「あらあら、それはありがとうございます」
 その穏やかに笑みに、ひなたの顔が真っ赤になった。
「若様、こちらへ」
 口にしたルチルが美しい手際でベルトラーゼを近くに招いた。慎ましく、しなやかに、優しいその手つきは神聖な儀式のように感じられる。
「ルチル?」
「動いてはいけません」
「我輩もお手伝いしよう」
 シャルグ・ザーン(ea0827)のずいっとベルトラーゼの身体を捕まえると、ルチルがそれに呼応する。顔に塗りたくられる化粧の粉がくすぐったい。二人の冷静な手つきとは対照的に、ベルトラーゼの顔は真っ赤に染まっていく。
「い、いいよ。そんなことしなくても」
「否。避難区画の巡視となれば、民たちもベルトラーゼ殿を直に目にすることとなる。貴殿がそのようなお顔をなされていては、彼らも不安がるかもしれませぬ」
 巨体に似合わずシャルグの手際はルチルにも劣らない。数分もしない内に顔は綺麗なお色で染まり、ベルトラーゼは終わるなり振り解くように逃げていった。
(人から施される経験がないのであろうか?)
 騎士であれば、下々の者から世話を受けるのは当然のことである。だが、幼いころに領地を失い、一般庶民の中で生きてきたベルトラーゼは異色の騎士なのだろう。聞けば、未だに召使いも少なく、戦の準備もほとんど自分たちでやっていると聞いた。
「‥‥こういう時こそ文官の出番と思うのであるが、ベルトラーゼ殿の部下に文官はおられぬのであろうか?  領主となったからには武官だけでなく文官もしっかりそろえた方が良いのではなかろうか」
「私もそう考えておりますが、こちらに来てすぐに遠征を行い、今まで領地も無かったため、人を雇うだけの財も無かったのです。今までは親しかった騎士の方々が手伝ってくれていたのですが、グランドラで皆殉職為さいましたので‥‥。若様が無理を為さるのも、仕方ないといえば仕方ないのかもしれません」
「‥‥そういうことだったんですね」
 慰問途中、独りで行うものではないと釘をさすつもりだったが、これでは出来そうにもない。クリシュナ・パラハ(ea1850)が一人顔を伏せた。バ侵攻の中でも、激戦として謡われるグランドラ。ベルトラーゼの胸の中にも、あの悲劇は刻まれているに違いない。
「若様のこと、宜しくお願い致します」
「へっ、任しときな」
 深々と頭を垂れるルチル。
 巴渓(ea0167)が腕を組んだまま、豪快に笑って返事をした。



●避難地区
 ペガサスの体温が、衣服越しに伝わってくる。自然と感じられる温かさ。頬を凪ぐ心地よい風。己の持つ清閑によって、意識を奮い立たせようと響く、眼下の街並み。そして勝手に高ぶる心。
 客観的に見ても、それほどにレディンという都市は甘美さを秘めている。都市特有の絶対的な壮観が遺憾なく発揮されている。
「問題ないようね」
 上空から警戒していたルエラ・ファールヴァルト(eb4199)が上空から真下へと視線を向けた。
「ベルトラーゼ様!」
「ベク様!」
 ざわめく避難区画。
 海岸に乗り出す白波のように、なり続ける歓声は途絶えない。すっかり慣れてしまった音調は今の平和さと人々の喜びを伝えてくれる。
「すごい人気だな」
「区画のいる全員が集まってきてるみたいですね」
 レインフォルス・フォルナード(ea7641)の声も歓声に掻き消されてしまう。イリア・アドミナル(ea2564)の声音も同じだ。
 馬上から見渡す景色を、人という人が埋め尽くしている。
 これ以上にないくらいの青空。
 渦巻く歓声の中心を、馬上のベルトラーゼたちが進む。イリアが特別に調合した治療薬でベルトラーゼの顔色も大分良くなっている。
(何だか英雄の気分です)
 任務中に不謹慎と思うが、イリアはそう感じずにいられない。
「皮肉なものであるな。危険に瀕する前に民たちを逃がすのが義務だというに、そのような状況に招いてしまった我々がこうも慕われるとは」
「僕たちは軍人じゃありません。それに今回のことはベルトラーゼさんに責任はないですし、シャルグさんがそう気に病むことじゃありませんよ」
 今更ながらに思い起こしたシャルグをイリアが宥めた。生真面目な性格から出た言葉だろうが、民を守るという強い信念を秘めた彼にとってはそれも仕方ない。
「避難民の中で心身に傷を負ったり病を患った方々は私が治療しますのですみませんが傷病人の発見に協力して頂けませんか?」
 導蛍石(eb9949)が声をかけた。ルエラが運んできた保存食百個はこの地区の者たちに配られた後で、人々は感謝の言葉と共に受け取っていった。
「けが人や心に傷を負った方はいらっしゃいませんか」
 治療を行っていった導がひらりっと馬から降りた。
「導さん?」
「イリアさん、シャルグさん、手伝ってもらえますか?」
 ここで待つようにと、ペガサスの頭を撫でてから導は駆け出した。
 避難テントの脇で蹲る中年の女性。胸には赤ん坊の姿もある。
 どこに行くんだと問いかける仲間たちの声を振り切って駆け寄ると、すぐに治療を開始した。
「怪我人でしょうか?」
「みたいですねぇ」
「そうだ、ベル。三日目の夜は暇か?」
「? ええ、何もありませんが」
「そうかそうか」
 満足そうに頷く巴。
「何か?」
「いやいや、何でもねぇよ」
「渓お姉ちゃん! 駄目だよ。ばれちゃうよ!」
「ばれちゃう?」
 あっ、と思わず素の声を出してしまうひなた。
「何でもないですよ。何でも! ささっ、続きをしましょう!」
 慌ててクリシュナが巡回の先を促す。そんなベルトラーゼと三人のやりとりを見守っていたレインフォルスが、ため息混じりに空気を吐き出した。

●宴会準備
「食材の方を買ってきたぞ〜」
「ご苦労様です。そっちに置いて下さい」
 ひなたに促されるまま、巴が食材を運ぶ。
「宿の方はどうでした?」
「ああ、ばっちり押さえてきたぜ。ベルが用意したところじゃ狭すぎるからなぁ」
 ルエラの手に握られているのは包丁。前においてあるのはヒラメやカレイ、イールと大量の魚類。
「えーと、ベルトラーゼ・ベク領地拝命 記念祝賀会‥‥っと」
 巡回も終えて、自由時間を与えられたベルトラーゼは市場を歩き回っている。普段から働き尽くめのベルトラーゼに少しでも休んでもらおうと考えた冒険者たち。そして出た結論は彼のために宴会を開くというものであった。
 宴会場として巴の選んだ宿には、クリシュナ主導の下華やかな飾り付けが成されている。特に大きな垂れ幕には『ベルトラーゼ・ベク領地拝命 記念祝賀会』という達筆な文字が描かれている。
「いやぁ、上手い酒が飲めそうで嬉しいぜ」
「お姉ちゃん! あくまでベルトラーゼさんのお祝いですよ」
「わ、分かってるよ。折角のお祝いなんだ。酒くらいいいじゃねぇか」
「いいだろ、酒くらい。酒に会うツマミでも作ってやるよ」
「おぉ、楽しみにしてるぜ!」
 ルエラの計らいに、にっと笑う巴。
 それを見たひなたがぐっと包丁を握り締める。彼女の表情にあったのは、いつもの優しいものではなく、戦場に赴く戦士の如きもの。
「よーし唸れ、ひなたの万能包丁! 小町流花嫁修業目録、美芳野 ひなた…行きます!!」


●受け継ぎし者たち
 何も知らされていなかったベルトラーゼはいきなりの祝いに喜びよりも、驚きが表面に噴出し、声も出なかった。巴に急かされるままに席に着き、クリシュナの司会進行の下、ベルトラーゼの乾杯の音頭を合図に宴会が始まる。
 気付けば、催された宴会は終盤に近づいていた。
「ぷは〜、このお酒おいし〜♪ いやあ〜あついっちゅれ〜‥‥ぬいじゃお」
「ちょっ、クリシュナさん!?」
「おお、やれやれ〜!!」
 盛り上がるクリシュナ、巴にからかわれ、絡まれるベルトラーゼ。時折遠慮がちに進められるひなたとルエラの手料理が、唯一の救いだ。新鮮な食材で作られた料理はどれも店に劣らないもの。野菜や魚、肉などを綺麗に仕立てスパイスやハーブを使って絶品の料理に仕上げていく。酒を片手に次々に飲み干していく巴の胃袋にも負けないほどの量だ。ちなみに、巴の提案として風呂に皆で風呂に入浴というものがあったが、ここアトランティスではそう簡単に出来ることではなく、今回は退かれた。貴族のような上流階級ならば、皆で嗜めるほどの風呂もあるだろうから、ベルトラーゼが出世してからのお楽しみであろう。
「ベルトラーゼさん、領地拝命おめでとうございます」
「助かります」
 イリアから酒を勧められ、ほっと胸を撫で下ろすベルトラーゼ。ありがとうではなく、助かります、という何気に出た言葉は彼の本音かもしれない。
 強いというわけではないが、それなりに酒を飲むことが出来る。酒を運ぶ姿を見ながら、微笑む氷帝。
(こんな理由でも無ければ、贅沢な食事は取られないのでしょう。お祝いとして、今日は力をつけて貰います)
「おら、ベル。飲め飲め!!」
「あ、ありがとうございます」
「なぁに、いいってことよ。イリアもどうだ?」
「ええ、頂きます」
 盛り上がっていく会場。
 ベルトラーゼを初め、酔いつぶれる者が出始める中、宴会場の端にシャルグ、導、イリアの三人が杯を交わしている。
 宵闇に沈む、街の赴きが窓越しに見受けられる。レディンは旧街と新街の二つで構成され、中心部の旧街を母体に発展していった。スコット領の中央にある地理も関係してここレディンには特に大きな市場が形成されている。外縁には住宅地が集中し、中央部には市場を主に、酒場や飲食店が幾つも開かれ、この酒場もその一つだ。中々の商品が集まっていると噂されるだけのことがあり、市場には様々な品物があった。レインフォルスはポーションを購入し、シャルグはギガントソードというゴーレム用の巨剣を購入した。ヒュージクレイモアという武器を探したのだが、店主の話ではまだ出回っていない品物だという。とはいえ、目的の武器にも全く劣らないものということもあり、半ば強引に購入させられていた。
 置く場所が無いということから、会場の端に立てかけられたギガントソード。その大きさは巨人族であるシャルグを上回る。
「あんなに大きいものを振り回せるなんて、正直信じられませんね」
「そうであるか?」
「そうですよ。僕たちからすれば、びっくりすぎです」
 導に続き、イリアが苦笑する。
 ベルトラーゼの隣では巴が豪快ないびきを立てている。決して巴は酒に弱いほうではない、寧ろ強いほうだろう。このままで酔い潰されると危険を感じたイリアは、しきりに酌を進めてくる巴へ逆に酒を勧めることで危機を回避していたのだった。実に策略(陰謀)に長けた彼女らしい行動といえるだろう。
「‥‥良い夜である」
 通りにぽつぽつと灯る光、酒場内部にもそれは届かない。
 降り注ぐ月の光だけが、三人の心身を照らしている。
 導は避難地区でのことを思い出していた。衰弱していた女性を治療したのだが、その折に三人はベルトラーゼに纏わる話を聞いた。
「レオニ・ベク、でしたか?」
 現在ベイレル・アガが治めている南方地域の領主だった人物でベク家の党首。そしてベルトラーゼの実父にあたる。『暁の鷹(トゥグリル・ラカブ)』と呼ばれる種族、身分に問わず構成された強力な騎馬隊を率いてスコット領南部でその名を轟かせていた。南方の民たちからは絶大な人気と信頼を誇り、メイの国の中でも有数の騎馬軍であったと聞いた。
「ベルトラーゼさんが昔言っていた言葉が漸く分かりましたね」
 名誉ではなく、この国住む民たちのために。
 ベルトラーゼの口癖だが、本来騎士は名誉を重んじる。名誉無くして騎士は務まらない。
「僕も疑問に思っていました。あんなに異質な人はそうはいませんから」
 ほろ酔い程度に、ほんのり赤く染まった頬をイリアが小さく撫でた。
 ベルトラーゼの父である男性も同じだったのだろうか、導の心の問いに返答はない。
 女性の話では、今より昔、スコット領のあちこちでバらしき攻撃がゲリラ的に展開され、新規に独立したばかりのスコット領は常に兵力が不足していたため、『暁の鷹(トゥグリル・ラカブ)』の半数以上が北方で転戦していた。そんな時、スコット領南部にバの一軍が攻め寄せ、レオニ・ベクはこれを迎え撃とうとしたが、中央部は貴重な戦力を失うわけにはいかないとして、レオニに中央部へ退却せよとの命令を下した。それは南方の民たちを見捨てろ、という意味でもあった。義に篤いレオニ・ベクはそれを良しとはせず、民たちを逃がすために5倍以上の兵力を相手に勇敢に応戦。彼の活躍で民たちは無事に逃げ遂せることが出来たが、レオニ・ベクは戦死、追従した『暁の鷹(トゥグリル・ラカブ)』本隊も全滅。命令に反したとの罪で、レオニ・ベクは不名誉の烙印を押され、ベク家の領地は一つ残らず国に没収された。
 騎士として、彼の行動は不名誉の何ものでもない。メイのほとんどの民たちが彼を罵声しているが、その事実を知る南方の民たちは今でもレオニ・ベクのことを英雄視している。そして彼らは、先の遠征で同じような行動を取ったベルトラーゼにその姿を重ね、絶大な期待を寄せているのだ。
「‥‥死なせるわけにはいかないな」
 話を聞いていたレインフォルスが、不意に体を上げた。寝ていたと思っていたのだが、どうやら起きていたらしい。
 どかっと隣に座った彼に、シャルグが目を瞑る。
「左様であるな‥‥」
 導とイリアは無言でそれを見つめている。
 言葉は必要ない。それがなくても、通じ合えるほどの時間を、四人はベルトラーゼの元で過ごしてきた。今は亡き『鷹』と呼ばれた勇士の元に集った者たちがそうであったように。
 同じ思い、願い、心を秘めた仲間たち。それは例えるならベク家というに相応しい『一家』。
 イリアが後ろを振り返る。青年のたてる安らかな寝息が闇夜に混じって聞こえてくる。父の名を受け継いだかの人物が、どのような軌跡を刻んでいくのかは分からない。だが、それを見ていきたいと思う。声が掛けられるほどの、すぐ側で。
 ゴーレムをも粉砕する巨大な剣が部屋の端に立てかけられている。
 差し込んできた月の光に、刃が荘厳に輝く。
 それはまるで、決意を固める彼らに呼応しているように見えた。