可愛い(?)あの子をつかまえて
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■ショートシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月12日〜12月17日
リプレイ公開日:2007年12月17日
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●オープニング
「これはアル様、よくぞいらっしゃいました」
「顔が笑ってないぞ。受付ならもうちょっと愛想良くしたらどうだ?」
「愛想が悪いのはあんたにだけですよ」
がらりと口調を変えて、老人が無愛想な顔で言った。
冒険ギルドの建物は今日も実に賑やかだ。どの受付のカウンターも、いつものように依頼をしに来た人々で溢れかえっている。その中のカウンターの一つに、受付係りである老人と一人の青年の姿が見えた。老人は顔も上げずにペンを走らせている。老人がこのギルドに勤めてもう随分になる。この中でも一番の古株とも言っていいほどだ。今はこのような態度だが、普通の客には礼儀正しく接しているため、むしろ評判は良いほうだ。
「早く用件を言って下さいよ。後ろがつかえてるでしょう」
面倒くさそうに老人が言うと、客である青年は眼鏡をかけなおしながら口を開く。
「‥‥ふんっ、まぁよかろう。今日の私は機嫌が良いからな。特別に許してやろう」
青年の名はアル。年は18。金髪に眼鏡をかけ、体の線は細く、抱きしめれば粉々になりそうなほどの優男だ。ウィルのとある領主の息子であり、この辺りで彼の名を知る者も多い。有名人である。
‥‥悪名であるが。
「今日はギルドに頼みたいことがあって来たのだ」
「そんなこと言われなくてもわかりますよ」
「実はな‥‥」
「ちょっと早くしてよ! いつまでしてるのよ!」
さっさと受付を済ませないアルの後ろで、待ちかねた女性が叫んだ。それにアルは輝くような笑みで振り返る。
もっとも輝いていると思っているのは本人だけで、他人から見ればまぬけっぽいだけであるが。
「いやこれは失礼した。いま少し待っていただけますかな?今私は生涯で最も大切なことを決めようとしているのです」
「何をわけわかんないこと言ってんのよ!」
「‥‥すみませんねぇ。すぐに片付けますんでもう少し待っていて下さいな」
老人の言葉に、あなたがそこまで言うなら、と女性が口を閉じた。女性はよくこのギルドに足を運んでおり、老人とは結構な付き合いになっている。老人を信頼してのことだろう。
「片付けるとは失礼な言い方だな。もう少し言い方というものがあるだろう」
「はいはい‥‥で、用件は?」
「おお、そうだったな」
やれやれと老人は頬杖を付いてため息をついた。今日は一体どんな依頼をするのだろうか。
このアルという青年もよくギルドに来るのだが、その内容というがまたトンデモないものだった。例えば、世界中を回りたいからどんな海も越える船を作って欲しい、天界人のいる異世界に行きたいから連れて行って欲しい、ドラゴンが見たいから捕獲してほしいなど無茶難題のものばかりだ。その全てが失敗に終わっているが、青年の父である領主が大量の報酬を払ってくれるので、こうしてギルド側もその依頼を受け続け、またそれを引き受ける冒険者たちも後をたたない。
決して悪い若者ではない。父親は民に重税をかけ、罪なき人々を罰している悪党だが、母親の血を受けついたのか、根は優しい青年だ。甘やかされて育ってきたせいか、少々世間知らず、もっというなら阿呆な面があることが問題であった。
「この前の盗賊団討伐は知っているだろう? 父上のご命令により領地の騎士団が行ったものだ。人生経験の一環としてあれに私も参加していてな」
「へぇ、それで?」
老人が顔を上げた。どこがどう人生経験になるかは知らないが、騎士や農民たちばかりに戦いをやらせ、自分たちは安全なところでふんぞり返っている領主たちがほとんどの中で率先して戦いに赴いたことは賞賛に値することだ。まぁ、この青年がそこまで考えてやっているとは思えないが。
「激しい戦闘だった。村に押し寄せてくる盗賊どもをなぎ払うべく、我々も怯むことなく立ち向かった。私の 指揮の下、騎士たちは陣形を組み、時に我慢強く攻撃を耐え、時に勇敢に立ち向かっていった」
へぇ〜と老人は再び視線を下げ、帳簿に向けた。
指揮‥‥ね、要するに後ろで震えてたんだな。
「この私も勇敢に戦ったのだが、多勢に無勢、盗賊たちを追い払うことには成功したものやつらを捕らえることはできなかった。村人たちを盗賊の手から守ることができただけでも良かったというべきだろうがな」
熱弁をふるう青年の言葉に老人は耳だけを傾けていた。おおかたその盗賊団は最近よく聞く義賊『鷹の爪』だろう。領主の圧政に苦しむ人々を助けるために、無償で村人たちを脅かすモンスターを退治したり、悪徳商人たちを襲い、奪ったものを苦しむ人々に配るなどしているらしく、アルの父親の領地がある地域の者たちからは絶大な人気を得ている。なんでも頭領は女性らしく、2メートルほどある巨大な大剣を振るう熊みたいな体格の大女で、一人で5体のオーガを倒したという噂を聞いたことがある。
「だが、そんなことはどうでも良いのだ。その戦いの中で私はある衝撃的な、そうまるで雷に打たれたような、これこそ運命と感じる出来事に遭遇したのだ!」
「前置きはいいからさっさと要件を言ってくれませんかねぇ。後ろの方たちがそろそろ我慢の限界みたいですよ」
「‥‥そ、それでだな」
後ろから発せられる殺気ともいうべきものに身の危険を感じたアルが老人に向き直る。
「その盗賊団の頭領である女性と話がしたい。捕らえてきてもらえないだろうか」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」
その言葉に老人が自分の耳を疑った。
「‥‥‥‥あんた、まさかその女に惚れたとか言うんじゃ」
「おお、よくわかったな。その通りだ!」
公衆面前で恥じることなくきっぱりとアルは言う。
「‥‥そんなに話がしたいならご自分で行ってくればいいでしょう」
「それができたら苦労はせん。私はこの前の戦闘で顔を見られていた可能性がある。もし手下どもに顔を覚えられていたら女性と会う前に殺されてしまうかもしれん。それは避けたいのでな」
老人が頭を眉間の皺に指を当て、目を瞑る。
「‥‥正気ですか?」
「もちろんだ」
「‥‥会って何を話すつもりです?」
「それはまだ考えていない。しかし、わかるか!? この胸の高鳴りが!? 彼女のことを思うともういてもたってもいられないのだ!」
身悶える青年の姿に老人が目を覆った。
だめだこれは‥‥どうやら本気のようだ。
「不毛な恋だとおもいますけどねぇ」
「そんなことは関係ない。私が彼女と会って話がしたのだ」
これが報酬金だ、とアルが布袋をカウンターに置いた。中には金貨がどっさり入っている。
「成功のあかつきには一人につき報酬として20G払うつもりだ」
しかし!とアルが人差し指を老人へと向けた。
「もし彼女に傷ひとつでもつけたら、報酬は1Cも払うつもりはない! それだけ肝に命じておけ!!」
そういうとアルは人々が見つめる中、さっそうと建物を出て行った。
その後姿を見つめ、大量の金貨が入った袋を傍らに老人はため息混じりに呟いた。
「……どうなることやら」
●リプレイ本文
義賊、鷹の爪は苦戦を強いられていた。村を襲ってきたものたちを返り討ち、森の奥へと逃げていくオークたちを追い、森の中に入ったのだが、それを予想していたように数十匹のオークが待ち伏せていた。次々とわいて出てくるその数に鷹の爪は次第に分断され、別々にそれを迎え撃っているが、体力の限界も近い。
鷹の爪の一味である二人の男が額を流れる汗を拭うことなく、手の得物を握った。
自分たちがいる場所が一番後方にあたる。森の奥に進んでいった仲間が心配だ。早く追いつかなくてはいけないが、周囲を取り囲む5匹のオーガがその行く手を阻んでいる。
突然、大きな爆発音が鳴った。それは一発で終わることなく、森のあちこちから聞こえてくる。
後方の茂みが揺れた。音に気をとられていた二人の前に現れたのは白鳥麗華(eb1592)とセオドラフ・ラングルス(eb4139)だった。
「白鳥 麗華、助太刀に入ります」
「同じくセオドラフ・ラングルス、義と依頼人の意向によって助太刀いたします」
二人はそれぞれ、鷹の爪の二人を守るように前に出ると、戦闘を開始した。白鳥は戦槌を振り回してくるオークの攻撃を避け、ダンサーズショートソードとダークを持つ両手を軽快な動作で振るい、傷をつけていく。ダブルアタックを使い行われる攻撃は致命傷にはならないが、その動きを鈍らせるには十分だった。作り出された隙を狙い、セオドラフのレイピアがオークたちを仕留めていく。
突然の助太刀に茫然とする男たちの背後に一匹のオークが現れ、戦槌を振り上げた。しかし、それを振り下ろそうとするオークの胸をサンショートソードが貫いた。倒れたオークの背後に立っていたのはオークの血に濡れた加藤瑠璃(eb4288)であった。
「皆さん、無事ですか?」
「例の頭領は見つかったか?」
頭上から降りてきたのは、サイレントグライダーに乗ったシャルロット・プラン(eb4219)とグリフィンの鳳華に身を乗せた陸奥勇人(ea3329)だった。先ほどまで、森の奥を偵察していた瑠璃がそれに答える。
「私たちは無事よ。頭領は数人の仲間と一緒に森の奥にいるみたい」
「ここは私たちに任せて下さい、お二人は先に森の奥へ」
「わたくしたちもすぐに追いつきます。頭領である方が死んでしまっては意味がありません」
瑠璃、白鳥、セオドラフの言葉を受け、二人は再び上空へと舞い上げる。
(私も早くゴーレム乗りこなしたいな‥‥といけないいけない)
森の奥を目指して空を駆けていく2人の姿を少し羨望な気分で見つめ、気を取り直した白鳥を初め、3人は鷹の爪の男たちと共に森の奥を目指し、奥へと足を進めていった。
あらかじめ偵察を行った封魔大次郎(ea0417)と瑠璃からの情報によって敵の数と配置を把握していた一行は陸奥とセオドラフの作戦の元、敵の手薄なところから瑠璃、白鳥、セオドラフが地上から突入し、同時にオークたちが固まっていたところにはシャルロットの砲丸投擲、陸奥の急降下による鷹の爪の援護を行い、すでにオークたちの大半は仕留めていた。
残るはモンスターの親玉を倒すのみだ。
「あそこですね。私が煙幕を張り、敵を混乱させます。陸奥殿はこのまま降下して、敵の親玉を頼みます」
「‥‥砲丸を当てるのだけは勘弁してくれよ」
無言で、それににっこりとシャルロットは微笑むと、加速し、陸奥の前を駆けていく。グライダーから白い石灰がばらまかられ、白い粉塵が森の一角を包み込んだ。その中へと陸奥は迷わず突入する。急降下する視界に、他のものたちよりもひとまわり大きいオークの姿がわずかに映り、それに目掛けて陸奥は鳳華を走らせる。魔槍「ピラム」を正面に構え、猛スピードで地面へと急降下した陸奥の体が鳳華から離れ、空を走る。オークにそれを避ける術はなく、陸奥の槍が深々とその胸を貫いた。勢いはそれでも止まることはなく、オークの体を押し進みながら陸奥の体は一本の大木に当たり、そこでようやく止まる。オークの身体を盾にしていたため、大した手傷を負うこともなく、よっこらせと陸奥が立ち上がる。周りを見ると武器を携えた男たちがこちらを訝しげな目で見つめていた。
「お疲れさんだな。余計な手出しだったか?」
霧のような白い粉塵に包まれた視界の中で、何かが動いた。殺気を感じ、とっさに横へと跳んだ。
鈍い風切り音がなり、少しして先ほどまで自分が背にしていた大木が半ばから切断され、ゆっくりと音をたてながら、陸奥の隣に崩れ落ちた。
地面に腰をつけ、隣に崩れた大木を見つめる陸奥ののど元に大剣の切っ先が突きつけられる。
「人の獲物を横取りするとはいい度胸じゃないか。えぇ?」
白い視界の中から現れたのは2メートルくらいの身の丈に赤い髪をした女性だった。体格はがっしりとしており、巨大な大剣を片手で軽々と扱うところから見ると、相当の使い手だということがわかる。この女性が例の鷹の爪の頭領に違いない。
「ちょっとまった!俺たちはギルドの一環として手助けしただけだ! 怪しいやつじゃない、剣を収めてくれ!」
その後、残りのオークたちを討伐し、合流した一行は鷹の爪のものたちに自分たちは領主に雇われたものではないことを説明した。最初は疑念を抱いていた鷹の爪たちだったが一行の懸命な説得により、なんとか納得、村へ帰還した。オークたちの討伐がなされたことを聞かされた村人たちは大いに喜び、夜になると鷹の爪と一行の労を労うため宴会が開かれたのだった。
「いやぁ悪かったねぇ。あたしゃ、てっきりあのくそ領主に雇われてあたしたちを捕まえにきたやつらかを思ってさ」
「突然割りこんだ俺たちにも非はあるからな。気はしてねぇよ。ほら、俺の故郷の酒だ、今日はぱぁ〜と派手にいこうぜ」
「こりゃすまないねぇ」
頭領である女性がそういって勢いよく酒を口に運んだ。つい先ほどまで殺されかけたのが嘘のように女性は豪快に笑いながら陸奥に酒を勧めてくる。
酒宴は村の酒場で開かれた。随分時間も経過し、テーブルに群がるように人々が集まり酒を片手に、話に花を咲かせている。そこまで広くない建物に鷹の爪と一行だけでなく、村の人々もこぞって集まり、しきりに酒を進め、ついでまわっていた。その様子は鷹の爪がどれほど人々に慕われているかを表している。鷹の爪たちは酒がまわり、顔を赤くしており、頭領である女性も同様ですっかり出来上がっていた。
「なるほど、この辺で人気者って噂も頷けるぜ」
陸奥とは別のテーブルで、瑠璃と白鳥が鷹の爪である男たちを相手に酒を注がれ、談笑していた。打ち解けると鷹の爪の男たちは気のいいものたちばかりで、話は弾んでいた。
瑠璃の顔は真っ赤で、呂律もまわっていない。もともと酒に弱く、いつもなら断るのだが、依頼の関係上、場の雰囲気を悪くするわけにもいかず、勧められるままに酒を飲んでいたのだった。
「わらひたちは‥‥ひっく、冒険者で依頼で来たの。あなたたちもなかなか、やるじゃ、ないぃ」
「だ、大丈夫ですか、瑠璃さん」
「だ〜いじょうぶ‥‥よ」
白鳥の隣でふらふらと振り子のように頭を揺らしながらも、瑠璃は注がれる酒をさらに口に運び、飲み干していく。その度に周りからは歓声があがり、店内は盛り上がっていく。瑠璃たちのおかげでこの和気藹々とした雰囲気ができているといっても過言ではない。
それからしばらくして、酔いつぶれるものが出始めたころになって、陸奥は頭領である女性に話を切り出した。
「実は折り入って頼みがある。まずは聞いてくれるか」
ここでは話し辛いということで外に促す。
この女性に今、恋人らしき人物がいないことはわかっていた。というものオークたちを倒し、鷹の爪たちと村に帰る途中、
『現在、貴殿に付き合っている男性、または想い人はいるか』
と突然、シャルロットが真顔で質問を発したのだった。そのまさかのど真ん中ストレートな質問に、シャルロットを除くすべてのものたちが動きを止めた。確かにいつかは聞かなければいけない内容だ。しかし、先ほど和解したばかりでたいして時間も経ってない今、そんなストレートな言い方をしなくても、と一行の内、当の本人以外は心の中で叫んだ。その中以外にもあっさりといないということを頭領である女性は告白。その後、そうか紙一重でつながったな、とシャルロットは言い、それで己の仕事は済んだとばかりに手をひらひら振り後続の者に話を任せ、自分は村の長の家に向かっていった。何事もなく、残された者達はほっと息をついたが、心臓に悪い出来事であったことは確かだ。
「それで、話ってのはなんだい?」
「‥‥ああ、それなんだが」
どこから話すべきか、相手の気を逆撫でしないよう言葉を選ぶ必要がある。
「あ〜‥‥アルっていう青年を知ってるか?」
ぴくっと女性の眉が動いた。急速に空気が張り詰めていくのがわかる。
‥‥まずい。へたに話を逸らすより、率直に話を切り出したほうがいいかと思ったのだが、逆効果になってしまったようだ。
「動かないでください」
考えあぐねている陸奥が後ろを振り返ると鷹の爪の一人である男が剣を片手にこちらに近づいていた。おそらく陸奥を襲う気だったのだろう。そして、その背後には瑠璃がサンショートソードを男の首筋に押し当てていた。
「貴女様と話がしたいのです。剣をしまうよう言っていただけませんか?」
セオドラフが瑠璃の後ろから現れ、それに白鳥とシャルロットも続く。
真っ向からセオドラフが女性を見つめ、それに女性もにらみ返した。しばらくしてセオドラフの言葉に嘘がないと判断した女性が男に剣を手放すよう指示する。男が剣を手放すと同時に、瑠璃も武器を収める。
空気が和らいだのを確認して、セオドラフが口を開いた。
「実は‥‥わたくしどもの依頼人が貴女様の姿を見て恋に落ちた、と。是非お会いしたいと言っているのです」
依頼人の名はアル‥‥かの悪徳領主の息子です、とセオドラフは淡々と口にする。
「アル青年はその‥‥考えは足りないかもしれませんが、父と違い悪い人間ではありません。いきなり惚れられて迷惑かもしれませぬが、恋愛云々は別にしても会って話してみる価値はあるのではありませんか。‥‥あれでも次期領主候補の一人なのですから」
「ごめんだね、この私があのバカ息子の嫁になる? 冗談もほどほどにしときな。それにお前たちについていって無事に帰れる保障がどこにあるっていうんだい?」
荒い口調でいう女性に、白鳥が一歩、歩み出る。
「あの、私も女性ですから貴女の気持ちはわかります。嫌いな方から好意を寄せられてもただの迷惑だと思います。でも、折角の好意を寄せられたのですから、一度でいいからお会いになっていただけませんか?」
「貴女様の安全はわたくし達が確保いたします」
白鳥、セオドラフが説得を続けるが、女性が了承してくれる気配はない。少しして、セオドラフが再び口を開いた。
「先ほどの酒宴の席で村の方々からあなた方の話をお聞きしました。無償で苦しむ人々を助け、人々を苦しめる悪党を成敗する義の集団であると。皆、あなたがたのことを慕っております」
「なにが言いたいんだい?」
「そのような方々が、自らの命も省みずあなた方の手助けをしたわたくし達の頼みに応えないのは、あなた方の信念に反するのではありませんか?」
「‥‥押し付けた恩であたしたちに従えってのかい?」
女性の声に、怒気が含まれているのがありありとわかった。今にもその怒りは爆発しそうな雰囲気だ。
心配なまなざしを仲間たちが向けてくる中、セオドラフはあえて涼しげな顔で口を開く。
ここまではセオドラフの予定通りだ。リスクも高い、やや強引な駆け引きだが、そうでもしなければこの女性は頼みを受けてくれないだろう。
「押し付けたつもりはございません。わたくし達が手を助太刀したのはあなた方が自らの信念に従い、人々を助けているように、わたしたちも自分の信念に従ったまでのこと。それをどうとらえるか決めるのは貴女様の自由です。しかし、どんな形であれ、ともに戦った者たちに信を持って応えるのが義や人情というもの」
女性が言葉を詰まらせる。そこでセオドラフは口元を綻ばせた。
「誤解していただきたくないのは、わたくし達の受けた依頼は貴女様にアル青年に会っていいただくこと、それだけです」
「‥‥どういうことだい?」
シャルロットが前に出て、穏やかな表情で口を開く。
「我々の受けた依頼は『彼の元まで彼女を連れて来ること』つまりそういうことです」
簡単に言うなら、と相変わらずの表情で言葉を続ける。
「ぶん殴って帰って来ても良しと」
その言葉に、女性の顔があっけにとられ、にっと笑った。
「なるほどねぇ、あのバカ息子のところに行くだけで、他は好きにしていいってことかい」
「少々こらしめる程度にしてくれよ。さすがに命をとろうとするなら、俺たちも黙っちゃいられねぇからな」
「‥‥さぁ、それはどうかねぇ」
それから女性は豪快に笑い、何か思いついたように一行に目をむけた。
「行ってやってもいいが、ひとつ条件がある」
都市にて。
「おらぁぁぁぁぁ!!」
雄たけびとともに突き出された右ストレート。それと同時に一人の青年が悲鳴を上げる間も無く、地面に倒れた。
「アル様!!」
「お気を確かに!」
鼻血を出し、地面に仰向けに倒れるアルの体をその側近たちが抱えあげる。
「あ〜すっきりした。これで気が済んだよ」
「そ、そうですか」
白目をむいたままのアルの姿を見て、白鳥が上ずった声をだした。出会いがしらに、一言も話すことなく、女性はアルへと渾身の右ストレートをその顔面に叩き込んだのだ。なんでも、前に自分たちを討伐しようとした恨みを晴らしたかったらしい。
大丈夫かな‥‥死んでなきゃいいけど。
「それじゃあ。あたしは帰らせてもらうよ」
「ああ、あんまり無茶すんなよ。またな」
「あんたもね、なかなか楽しかったよ」
そういって言葉を交わす陸奥と女性の体には重傷とまではいかないが、無数の傷跡がついていた。女性が出した条件、それは一騎打ちをして女性に勝ったら言うことを聞いてやるというものだった。一行を代表して陸奥がその相手をすることになったのだが、さすがにこの女性に傷を負わせることなく、敗北を認めさせることは難しかった。陸奥に限らず、他の者でもそれは不可能だったろう。
女性が安全に帰れるよう瑠璃が地図を作っておいた。問題はなく、都市を抜けられるだろう。
遠ざかっていく女性の後ろ姿を見送り、陸奥が口を開いた。
「さて‥‥」
「ええ」
「そうね」
「はい」
「了解よ」
「――――――逃げるか」
依然倒れたままのアル。それを取り巻く側近たちがいつ自分たちを責めてくるかわからない。
一行は急ぎ、ダッシュでその場を後にした。
かくして依頼は予想通り(?)の結末を迎え、終了したのだった。