新人ゴーレム乗り育成計画(?)砦編
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■ショートシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月24日〜10月29日
リプレイ公開日:2008年10月31日
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●オープニング
気がつけば、森が広がっていた。
吹き付けてくる風に目を細めながら、資料が飛ばないように押さえつける。紙束が手元でばたばたっと暴れて居る。ちらりと前に目を向ければ、操縦している男性が心配そうにこちらを見ていた。速度を落とそうとか、と目が語っていたので、ぺこりっと頭を下げた。
「落し物はないですかな?」
「な、何とか根性で凌ぎきりました」
冗談めかすにしては随分と神妙な顔をしているから、真剣にいっているのだろう。グライダーの操縦をしていた騎士が笑いを隠すように前に向き直る。ギルド職員、ビアンカ・フレーデルにそんな心情を慮る余裕はない。ギルドから引っ張り出してきた資料を確保するので精一杯だ。
二人が飛行している場所は、メイディアから西に位置する小規模の山岳地帯。鬱蒼と茂る木々は上空からの視線をほとんど遮っている。
やがてグライダーは山岳地帯上部に着陸した。やや開けた着陸地点のすぐ近くに、もう随分前に廃棄された砦がこちらに姿を晒している。
「うわぁ、ここが訓練で使う砦ですかぁ」
「数十年前に廃棄されたものですが、修繕はほとんど完了しています。城壁や城門の強度はさすがに時間がかかりますので難しいですが、精霊砲や大弩弓を設置するまでにはなっていますよ」
初めて目にする砦というものに、ただ目を丸くするビアンカの後ろで、教官役の騎士が説明を続けていく。
「ほぼ頂上に設けられた砦ゆえ、接近してきた敵部隊は大弩弓などの攻撃に晒されることになります。森林が目標を身の内に隠してしまいますが、砦周辺は伐採しているため接近時は必ず姿を見せねばなりません。無策で突撃してくれば、格好の的になるでしょう」
「……はぁ〜」
理解半分でため息にも似た吐息を吐き出すビアンカ。へ〜、そうなんですか、と口にしているものの、勿論そんな戦術ちっくなものが判断できようはずがない。とりあえず、立派な砦ということなんだろう。
今から遡ること二日前、相変わらず職場の自席でゴロゴロしていたビアンカに、数人の鎧騎士たちがやってきた。最近は新人ゴーレム乗り育成計画の懸案がやってくることもなく、まったりと過ごしていただけに、これには彼女もびっくり仰天だった。
『ご同行願います』と詰め寄る騎士たちを前にして、ビアンカの頭は完全に困惑していた。何だ、私が何か罪になることをしただろうか。時々職場の紅茶をくすねたりしていることがばれたのか、それとも許可なく閲覧不可と書いてあった資料を盗み見たことがばれたのか、中にはお偉いさんの浮気状況がこと細かに書かれていて理由もなく暗記してしまったくらいだが。それともあれか、紅茶先輩が使っていたペンを断りもなく使って壊してしまったのがばれたとか、いやもしかしたら‥‥。
過去にしてきた悪行の数々を走馬灯のように巡らせていると、連れてこられたのはこの山岳地帯。何でも今回の訓練はこの砦を使用した模擬戦らしい。
(‥‥よかったぁ、口にしないで。ばれてたらクビどころじゃ済みそうにないもんねぇ)
「‥‥聞いておられますか?」
「え、あぁ、はいはい。あれですよね、やっぱり浮気とか隠し事っていけませんよね」
「???」
おもいっきり頭を傾げる、すっかり顔なじみになった騎士に、ビアンカが慌てて弁明して先を促す。
「‥‥オホンッ、我々が砦を防衛する側、参加者が砦を落とす側になります。城門を破壊、もしくは城壁を破壊した時点で参加者側の勝利、砦が陥落する前に参加者が全員戦闘不能になれば我々の勝ちとなります」
「戦闘不能?」
ゴーレムの一撃は凄まじい。岩石をも粉砕する一撃は並みの魔物など目ではない。訓練とはいえ、そんなゴーレム同士が実戦方式で戦闘すれば、怪我人が出るだろう。
「武器は通常の鉄製ではなく、木製の武器を使用します。木製といっても、中には鉄芯が仕込んでありますのでそう簡単に壊れることはありません。頭部や制御胞のある胴体部分に一撃でも攻撃が当たる、もしくは相手の攻撃を受けて地面に腰を付けてしまった時点でその騎体は重度のダメージを受けたと判断して失格となります」
「‥‥つまり、頭か身体に敵側の攻撃を受けるか、転ばされて腰かお尻を地面についちゃったら失格で即退場ってことですか?」
「左様です」
「ん、あれって?」
砦にはフロートシップから色んなものが運搬されているのだが、その中に何だか非常に危険そうな代物が見える。
「大弩弓ですね。ほかにも、精霊砲を城壁に設置する予定です」
「‥‥‥‥‥‥」
大弩弓? 詳しくは知らないが、あんなもの食らったら死ぬと思うのは私だけですか?
「あの〜、死にません?」
主語と目的語がないのだが、それでも通じるのはこの二人が長い付き合いにある‥‥からではなく、誰しも同じことを考えるからであろう。
「ご安心下さい。矢も尖端を崩したものを使用しますし、精霊砲も威力を落として発射します。ゴーレムの装甲を粉砕するほどの威力はありませんよ。‥‥‥‥‥‥当たり所が悪ければわかりませんけど」
最後に怖いこと言ったよ、この人!?
「ビアンカ殿には上空からグライダーにて訓練を直に目にして頂き、報告書作成に務めて頂きます」
「え!?」
「そのような顔を為さらずとも大丈夫ですよ。今回の戦闘に弓は使用致しませんので、上空に何かが飛んでくるということはありません。それ故、貴方に危害が及ぶことは皆無です」
「そ、そうですか‥‥」
よかったぁ〜、と胸を撫で下ろすビアンカ。
‥‥だったが、
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥多分」
と笑顔で濁した教官騎士。
「え、何か言いましたか?」
「いえ、今日は良い天気と思いまして」
「?? はぁ」
「ささ、訓練開始まで砦にてゆっくりとお過ごし下さい。美味しい食事も用意しておりますので、どうぞごゆるりと」
ご馳走という単語に食いつたビアンカ。スキップしながら歩いていくその表情には、純粋な楽しみに溢れていた。
『新人ゴーレム乗り育成計画』の内容
募集対象
・訓練受講者(誰でも可)
(ゴーレム乗り以外は参加不可)
訓練場所
メイディアの西に広がる山岳地帯
訓練内容
1、フロートシップ内でゴーレムに関する質問応答
2、砦攻防模擬戦
■チーム
・砦防衛側 教官チーム
モナルコス 5騎(教官搭乗)
グライダー 2騎(偵察用)
・砦攻略側 訓練受講者チーム
モナルコス 6騎
■場所
山岳地帯
・山岳中央部の頂に砦が配置
・周辺部は深く高い木々に包まれており、遠方からではゴーレムの姿を捉えることも難しい
・砦周辺は急斜面の上り坂になっているので注意。
■ルール
●勝利条件‥‥砦の城門もしくは城壁破壊
●敗北条件‥‥参加者全騎の失格、もしくは制限時間内に砦を落とせなかった場合
●失格条件
1、胴体もしくは頭部に相手の武器が直撃した場合(素手による攻撃、かすった場合は無効)
2、相手の攻撃が当たって、腰(もしくは尻)を地面についた場合(投げ技、素手、足による攻撃も有効。掠った場合も有効と判断する。ただし相手の攻撃が当たっていない、スリップした場合は無効とする)
3、砦に設置された大弩弓、精霊砲が騎体のどこかに直撃した場合(頭部、胴体に限らない。ただし、盾や武器など防いだ場合は無効とする)
※体当たりして両者が横転した場合は無効。
●リプレイ本文
●挨拶
「もあっ、もぉあうもああうもうもっ!!」
ゴーレム乗りの不足を補うために開始されたこの訓練もはや4回目(5回目だっけ?)。
フロートシップで約半日も費やして漸く訓練所たる砦にやって来た参加者4名。艦内では到着まで自由行動が許されているものの、あんな娯楽ゼロの船の中で何ともできるはずがなく、退屈な空の旅でもうくたくたという本音である。
そんな彼らを待っていたのは、他でもないギルド派遣員、訓練担当者ビアンカによる謎の言葉。
「‥‥‥‥何してんだ、お前?」
雑草蔓延る城壁を代表に殺風景ここに極まりの砦内部に、こんな光景が待っていたなど誰が想像できただろうか。伊藤登志樹(eb4077)のつっこみを最初で最後に、厨房奥から聞こえてくる包丁の音以外、食道は静寂の空気が漂った。
もぐもぐっと、訓練生が来たにも関わらず、ハムスターのように両頬を膨らませたまま、教官の作る美食を堪能するビアンカ。テーブルの上一杯に敷き詰められた料理の数は、とてもではないが一人では食べきれないほどだ。
「もあ?」
「取り敢えず食ってるのを飲み込め」
「口の周りも拭きましょうね」
呆れとは違う微笑を浮かべ、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)がビアンカの正面の椅子に腰を下ろす。それに習って他の三人も適当な椅子に腰掛けた。
「もぐもぐもぐ‥‥ぷはっ! あ〜美味しかった〜〜〜」
「美味しかった、じゃねぇよ。何一人だけ美味そうなもん食ってんだよ」
「あ、伊藤さんも食べます?」
すっかり顔馴染みの伊藤に、ビアンカが促した。勿論食べるのを続けながら。
「お、いいのか? それじゃありがたく」
「あの、伊藤さん‥‥食べるのもいいですけどまず訓練内容の確認を行うのが先と思うのですけど‥‥」
あくまで冷静且つ真面目なシファ・ジェンマ(ec4322)が遠慮がちに伊藤を制した。
「ベアトリーセさんもそうおも‥‥」
「ん〜、これ美味しい〜♪ あ、教官さ〜ん、これもう一皿お願いしま〜す」
同意を求めたシファが振り返れば、さも当たり前かのように料理を口に運んでいるベアトリーセの姿が‥‥。
「なかなかの味付けですね。どれ、私も少々お手伝いさせて頂きましょうか」
一口味見し、きらりとアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)の目が光った。料理好きという彼女の性格が、覚醒した瞬間だった。
「アルトリア〜、これもう一丁よろしく頼む〜」
「も、われひも‥‥んぐ、んぐっぐっ!!」
「あ〜あ〜、慌てて食べるからですよ。はい、お水」
「ングング、ふぅ〜どうも〜。いやぁつい美味しいから止まらなくって」
「お、こら、ベアトリーセ、それ俺が目をつけてたやつだ。このやろ返せ」
「早い者勝ちですよ〜だ♪」
誰が予想しただろう。ゴーレム乗りを育成するという国家直属の訓練を前に、このようなユルイな世界があるなどと。
「‥‥‥‥」
諦めから悟りの極地へ。観念したシファも雑談混じりの食事に参戦。
結局、ビアンカによる説明が始まったのは、これから30分後のことだった。
●森林戦
訓練開始から‥‥4日目の昼。ジ・アースならば太陽が真上に昇る、もうすぐ正午の時間となる。
『それでは、参りましょうか』
『おうよ!』『了解♪』『了解です』
シファの声に、三者三様の返事が返ってきた。
シファとアルトリアを前衛に、四騎のモナルコスが麓を出発した。深い木々の中を突き進み、教官側の偵察用グライダーが来れば、シファの指示に従って木々や岩陰に姿を隠してやり過ごし、再び進軍していく。
訓練期間は四日間。その期間を最大限に利用すべく、訓練生たちはその間に地形の把握と教官たちも予想し得なかった兵糧攻めという作戦を取っていた。効果が如何ほどものかはさておき、相当の時間を置くことで教官たちに気の緩みが生じる可能性があることも否定できないことである。
頭上を旋回するグライダーに、注意を払いながら、ベアトリーセが風信器で一言。
『待たせる女、それが私』
な〜んてね♪、とお茶らける。
『じゃあ俺の場合、待たせる男‥‥か?』
『‥‥冴えませんね』
『うっ、やっぱそうか‥‥』
『否定はできないでしょう』
作戦開始から約一時間。グライダーの目を掻い潜りながら進んでいるため、どうしても時間が掛かってしまう。機動性や木々とゴーレムの高さを考慮すると、隠れようにも限度がある。麓から頂上付近の砦までの半ばまで相手に見つからずにここまで接近できたのはシファの土地感と隠密のおかげであった。
制御胞の風信器を介して訓練中とは思えない軽い会話を交わしていく一同。それでもその実、周囲への警戒は一切怠っていないのだから恐れ入る。
『? グライダーが離れていくぞ』
『どうやら見つかったみたいですね』
トーンの低くなったシファが操縦席に座りなおし、神経を張り詰める。風信器越しに伝わってくる緊張感に、他の三人も戦闘態勢に入る。
傾度40度はありそうな上り坂を前にアルトリア騎の頭部が操縦者に従って上を見上げる。
『シファさん、現在位置は?』
『砦まで約500m。ここから斜度が激しくなりますので一気に仕掛けるには分が悪いでしょう』
シファがじっくりと耳をこらす。
『右と左、両側面から一騎ずつ接近中。あと一分もすれば、接触しますが、どうします?』
『ここで返り討ちにして、それから砦を攻略。それでどう?』
『同感だ。一気にやっちまおうぜ』
ベアトリーセと伊藤の好戦的意見に、他の二人も同意。
鬱蒼と茂る森林戦が開始された。
●砦前
『‥‥このままではじゃジリ貧ですね』
急斜面の上り坂で盾を地面に腹ばい、それから頭部だけを覗かせてアルトリア騎が砦の様子を覗き見る。
無事に教官二騎を撃破。木々を盾に、ゴーレムでは動きにくいことこの上ない山の中を器用に動き回っていた教官騎相手に、中々どうして苦戦したが、何とか無事に返り討ちに成功。幸いにも、こちらに失格者はでていない。だが問題はこれから。急な斜面を何度も滑り落ちながら登りきり、漸く砦に攻撃を仕掛けようと上り坂から出た瞬間、精霊砲や大弩弓の洗礼を食らって慌てて退散。砦の周囲は伐採されてさら地となっているので出て行っても良い的になるだけだ。
『城門前に一騎。残りの二騎が見えないけど、どこにいやがんだ?』
『どこかに潜伏して隙を狙ってるんでしょうね』
『騎体から降りるわけにもいかねぇしなぁ〜、どうすんべ』
ぽつりと呟いた伊藤が肩を落とす。ゴーレム内では魔法が一切発動しないため、インフラビジョンが使えない。これが使えれば、ゴーレムも発見しやすくなるのだろうが。
『つーかこのまま速攻で城門破壊すれば、俺たちの勝ちだろ。今のうちにやっちまったほうが早くないか?』
『それはそうですが‥‥。教官側もそれを承知のはず。ということは、あの城門にいる方に余程の信頼を置いているんでしょう』
『信頼?』
眉をひそめた伊藤に、ベアトリーセの瞳が真剣味を帯びる。
『私たち四人相手でも、そう簡単には負けない。そういう自信と周りからの信頼があるのでしょう』
『しかし、このままここで待機していては時間切れで私たちの負けになります』
『ということは、俺たちが取る作戦は一つってか』
声はない。
前衛の二人が飛び出したのを合図に、後ろの二人も続き、四騎のモナルコスが一斉に砦目掛けて突撃する。
精霊砲が前衛の盾を粉砕し、大弩弓の矢が盾の表面に突き刺さる。威力は弱められていると言っていたが、ゴーレムを破壊するには十分の威力だ。
突撃数秒後、四人が飛び出した場所から二騎の教官騎が出現。気配を消して機を窺っていたのだ。同時に城門にいた教官騎も前進してくる。
『挟み撃ちですか。伊藤さんとベアトリーセさんは後ろの二騎を! アルトリアさん、行きます!』
『了解です!』
後衛の二人が教官二騎と戦闘を開始。二人の振り下ろした斧が教官騎の盾に直撃し、
対峙した教官二人は全くの予想外の行動を取った。
『なっ!?』『きゃっ!?』
突撃の勢いがおさまらぬ間に、教官二人は相手の騎体の胴体にしがみ付くと、自分ごと急斜面の坂を転げ落ちていった。先に襲撃した二騎が為すすべもなく倒れたことから、正攻法では叶わないと悟った末の行動である。
虚を衝かれた二人はごろごろと坂道麓まで転落、落下時の衝撃が制御胞内まで響いてくる。
『いっつ〜〜〜!! ‥‥ってやっべっ!』
『女性に馬乗りなんて、失礼にもほどがあります‥‥よっ!』
頭部目掛けて振り下ろされた槍の矛は首をひねって回避、根性で離さなかった手斧で逆に相手の胴体を打ちつけ、吹き飛ばしたのはベアトリーセだ。
伊藤に吹き飛ばされた教官騎が体勢を整えて再び接近、横薙ぎの剣を振るう。それを見越していた伊藤は上体を屈めて回避、人間でいう脛の部分に絶好の一撃を叩きつけ、見事勝利を収めた。
『あっぶね〜。さすがに今のはやばかったぜ。お〜い、そっちは無事か?』
『ええ、本来なら二度と立ち上がれないほどにお仕置きするところですけど、訓練ですから大目に見ておきました』
『?? よくわからんが、無事ならいいや。行こうぜ』
気を取り直した二人が再び、坂道を登り砦周辺へと移動する。とはいえ、これだけの斜面だ。ゴーレムという微細な動きが苦手なものでは、登るのには相当の時間を要する。転落のせいで手足のあちこちの動きが鈍くなっていたため、余計に時間を食うはめになってしまった。
登りきった二人の目に入ったのは、倒れ伏すモナルコス二騎と、その前で悠然と佇む一騎の教官騎。
二人がやられたのは油断でも隙を衝かれたのでもない。精霊砲や大弩弓の攻撃に晒されるため、常に前へと盾を構えていなければならず、側面からの攻撃にどうしても対処しづらくなる。この教官騎はそこを見事についてきたのだ。
制御胞内でシファが力の抜けた体をシートに押し付ける。教官二騎が二人を下に落としたのは、戦力を分断して前衛の二人を始末するのが目的だったのだ。大型の鎖で対応したものの、援護の砲火を利用して動く相手には後一歩及ばなかった。
ベアトリーセが仇である教官騎と戦闘を始め、その隙に伊藤が城門への接近を試みていく。
教官騎の戦いぶりは見事としか言いようがない。それは、熟練のゴーレム乗りとして自他ともに否定するものがいないほどのシファでさえ、素直にそう思ってしまう。手斧の短いリーチを利用して、あくまで遠くから槍の突きや払いで相手を牽制、それらの攻撃を掻い潜って接近してくるベアトリーセ騎には、盾を前に逆に下へと潜り込んで疾風のような突きをお見舞いする。これにはさすがの彼女も引かざるを得なかった。
冷静沈着。
一切の隙を見せない戦いぶりはまるで‥‥。
「‥‥あっ」
あることに気付いたシファががばっとシートから身体を起こした。
それとほぼ同時、突き出された槍を紙一重で胴体をひねってかわし、ベアトリーセが一か八かで特攻する。槍が戻されるよりも早く、相手の足元に一撃を当てようと手斧を水平に薙ぐが、それを読んでいた教官は盾でがっしりと防御、逆に胴体へと柄の逆手突きが叩き込まれ、ベアトリーセ騎が大きく後ろへと吹き飛んだ。
『そこまでっ!!』
上空のグライダーから、訓練終了を告げる声が鳴り響いた。
●終わりに
「お疲れさ〜ん」
訓練も無事終了し、砦倉庫に騎体を搬入した後のこと。
軽快な足取りの伊藤が他の仲間たちに声を掛けた。
伊藤の足取りが軽いのもそのはず。勝敗は訓練生チームの勝利。精霊砲と大弩弓の攻撃に晒されながらも、諦めることのなかった伊藤が見事に城門に一撃を入れたのだった。精霊砲の射撃間隔を計算し、溜めに入った瞬間に盾を投げ捨て前進、容赦なく飛んでくる大弩弓の巨矢をぎりぎりと回避し、城門への接近に成功したのだ。盾役の前衛もなしに、それを為しえたのには運が働いたことも否めないが、無事に成し遂げたのは伊藤の功績に他ならない。
「何だ、お前まだ落ち込んでのか?」
「ベアトリーセさん、もう終わったことですし、私たちは気にしていませんから」
伊藤とアルトリアの言葉に、ベアトリーセは唇を尖らせたまま。どうやら最後に負けてしまったことが少々こたえたようである。
「だって、あと少しで私たちの完全な勝利だったんですよ。悔しいじゃないですかっ」
「まぁ、そりゃそうだけどよ」
そこへやってきたのは最後に騎体の移動を終えたシファ。
「あの‥‥」
「ん、何です?」
「いえ、ベアトリーセさんが負けてしまったのも、ほとんど運みたいなものですから、あまりお気にしないほうがいいように思えます。それに‥‥」
やや困ったように、シファがある方向を見た。それにつられて他の者たちも視線を移動させると、そこにいたのは‥‥。
「お疲れ様でした、皆様」
他でもない、ゴーレム第二小隊の隊長ロニア・ナザック。
「な、何であんたがここにいんだよ!?」
さも当たり前のように現れたロニアに、伊藤が強烈な怒りにも似た声を上げる。
「? 訓練生から私の参加希望要請があったとのことで、駆けつけた次第ですが、違うのですか?」
確かにそうである。参加を希望したベアトリーセであり、切磋琢磨できる相手を求めてロニアの参加を希望したのも事実であるが‥‥。
ビアンカから何の返答もなかったから、てっきり却下されたものと思っていたんですけど。
「丁度良いです。訓練も終わったことですし、帰る前に皆でぱぁ〜とお酒でも飲みましょうか」
ベアトリーセの提案に、周りから賛成の声が上がった。それには当然の如く集まっていた教官たちも含まれている。
「えっ、さ、さすがにそれはまずいので‥‥」
「ささっ、行きましょう」
「行こうぜ、隊長さん」
伊藤とベアトリーセががっちりと両脇を押さえて確保。この流れを待ってましたと言わんばかりのビアンカが全員を食堂の方に案内していく。
「あの‥‥」
「はい?」
口ごもるロニアに、極めてにこやかな笑みを浮かべるベアトリーセ。
気のせいかもしれませんが‥‥、益々口ごもるロニアが伊藤の方に身体を傾けながら、再度口を開く。
「‥‥‥‥怒ってませんか?」
「ぜ〜んぜん♪」
歌うような口調とは反対に、その口元には小悪魔を越えたニヒルな笑みが浮かんでいたことは言うまでもない。
当然、当面の様子を面白がっている伊藤がそれに助け舟を出すはずもなく‥‥。
この先に待ち受けているであろう、ロニアの苦行を想像したシファがただ一人、その後ろ姿に黙祷を送ったのだった。
ちなみに、兵糧攻めと称して待った四日の間に、ギルド派遣員ビアンカが貯蔵庫にあった食料を滅茶苦茶に食いまくったせいで教官側が兵糧不足に陥っていたのが判明するのはこれから数分後のことであり、それによって宴会は中止となってしまう。
訓練生の取った兵糧攻めが、このような形で益を生むとは誰も予想し得なかったことに違いない‥‥。