【バレンタイン】乙女大行進

■イベントシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:2人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月18日〜02月18日

リプレイ公開日:2009年02月25日

●オープニング





 バレンタイン。
 それの誕生を語るにはちょっと字数が足りない(面倒臭い)ので省略させて頂く。
 過去がどうであろうと今は今。
 つまるところ、モテる男たちにとってはハッピーな一日。
 モテない男たちにとってはアンハッピーな一日。
 そして、女たちにとっては戦場。
 そう、それが『聖バレンタイン』である。






 ドドドドドッ

「‥‥ん?」
 今日も今日とて呑んだくれたちで溢れる酒場。
 そんなやつらの相手をするのがほとんどだが、周期的にハプニングというものがつきまとう。
 酒場というものが引き付ける魔力とでもいうのか、何であれ、そういう面倒ごとは嫌いではない。

 ドドドドドドドドドドドッ!

 そして今回のやつは今までにないくらい面白そうだ、そう女将の直感が告げていた。
「た、たたたたた、助けて下さい!!」
 ドンッ! と扉に体当たりする勢いでそう口にしながら飛び込んできたのは誰もが羨むほどの美形の男性。この顔を知らないものはこの街、メラートにはいない。
「ロニアじゃないか、ワーズの馬鹿ならともかく、あんたがそんなに慌ててるなんてめずらし‥‥」
「失礼致します!」
「‥‥あんた、頭でも打ったのかい?」
 カウンターを飛び越えたロニアは事もあろうに、(女将も女性なので一定の距離は保ちつつも)女将の足元に身を隠した。丁度入り口からは死角になっている場所だ。
 ドンッ!! とまた扉が開く(破壊される)や否や、数十人の女の子たちが乱入してきた。
 酒場には不似合いすぎる面々の登場に、女将もおもわず目を見張ってしまう。
「何だい、今日は客が多いねぇ」
「女将さん! ここにロニアさんが来ませんでしたか!?」
「もうどこ行っちゃったのよ!」
「探して! 絶対ここにいるはずよ!」
 酔っ払うおっさんたちには目も暮れずに、ついでにいうと店主である女将の許可も取らず、勝手に大捜索を開始する。
「ロニアがどうかしたのかい?」
「いいから! ここにいるんですか、いないんですか!?」
 鬼気迫る顔で迫ってくる一人の女の子。
 ちらっと気付かれないよう下に視線を送れば、これまた鬼気迫る+青ざめた顔で必死に首を振っているロニアが見えた。
「‥‥今日は見てないねぇ。それより、あんたたちこそどうしたんだい?」
「何って、女将さんはもうすぐ何の日か‥‥」
「こっちはいないわよ!」
「こっちもいないわ!」
「トイレにもいないわ! もうどこにいったのかしら!」
 トイレって‥‥。ということは、さっき聞こえた可愛い悲鳴は用を足していたおっさんのものか。
「他に隠れる場所はないみたいね‥‥。いいわ、撤収! 第一班は南口を捜索! 第二班は工房に行くわよ!」
「‥‥‥‥」
 まさに台風一過。
 訓練された軍隊ばりの動きと統率力を見せた女の子たち。彼女たちが帰った後には、沈黙だけが残っていた。
「‥‥‥‥い、行きました?」
「ああ。‥‥それで、どういうことか説明してもらえるかい?」
 荒れ果てた店内を一瞥して、女将が大仰にため息をはいた。こういうことは慣れているが、これまた痛い出費だ。
「女将は、もうすぐ何の日かご存知ですか?」
「何の日って‥‥‥‥あぁ、そういうことか」
 日付を頭の中で確認すれば、もうすぐバレンタイン。それだけで、ロニアが追いかけられている理由も納得がいった。
「あんたも大変だねぇ。毎年こんななのかい?」
 青ざめた顔を見れば、頷く前にだいたい予想がつく。
 メラートに赴任して初めてのバレンタイン。もしかしたらという願いもあったのだが、やはり現実はそう甘くないらしい。
「最近は随分大変だって聞いてるけど、任務とかあるんじゃないかい?」
「それなら大丈夫です。ワーズ隊長が私の抜けた穴を埋めるよう調整してくださいましたので」
「へぇ、あいつも粋なことをするじゃないか」
 これだけモテれば、男からの嫉妬も凄まじいものだろう。それを考えれば、ワーズもただの軟派やろうではなかったということか。
「‥‥その分、後で寝ずに働くよう釘も刺されましたが」
 あ、やっぱ怒ってる(嫉妬してる)んだ。
「顔は悪くないんだけどねぇ、あいつは。どうにも軽すぎるから良くない。この前も女の子たちから追いかけられてたけど、今のあんたみたいってわけじゃないんだろう」
「‥‥面目ない」
 本来なら同じ鎧騎士として庇ってやりたいところである。‥‥であるのだが、すでにロニアが軟派な男で多数の女性から恨みを買っていることは、メラートに住む人なら誰でも知っていることだ。ここまで広がっていれば、フォローのしようがない。
 ばたばたと再び近づいてくる足音に、ロニアが青ざめた顔で裏口へと走り出した。
「女将、十分な礼もせず申し訳ないが、これで失礼させて頂く! くれぐれも私のことは内密に!」
 ばっと飛び出していったロニアの背中が消えた瞬間、乱入してくる年頃の娘たち。
 これだけモテれば、男冥利に尽きるってもんだろう。
 ‥‥本人がどう感じるかは別ものだけど。
「ん、どうしたのかな。お嬢ちゃんみたいなべっぴんさんには、ここはちょっと早すぎるかねぇ」
 いつの間にか、入り口の扉に顔だけ半分出している存在に気付く。金糸のような綺麗な髪に、白磁のような透き通った肌。人形のように整えられた顔立ちはエルフ族特有のものだ。
 相変わらず顔だけ出したまま、部屋の中を観察している女の子。どう扱おうか思いあぐねている女将の代わりに、予期せぬところから声が上がった。
「ミリアムちゃんじゃねぇかい。ウィッく、今日はあの色男と一緒じゃねぇのか?」
「あいつなら今頃ケツを追いかけられて必死だろうよ!」
「違いねぇ、がははっ!」
「まぁいいじゃねぇか。どうだ、おじさんたちと一緒に呑まねぇか?」
 傍から聞いていると危ないおじさんとも捉えられがちな発言には、拳骨を一発。
 酔っ払いたちを店の奥に押し込んだ女将が、太い体をのしのしと歩ませる。それに対する少女の様子は実に静かなものだ。
「なるほどねぇ。あんたが噂のミリアムちゃんか。ここにいるってことは、ロニアを追いかけてきたってところかい?」
「‥‥(コクッ)」
「そうかそうか。それじゃあ、それもあいつへのプレゼントかい?」
 女将が指したのは少女の右手にしっかりと握られている小さな袋。
 指摘されたミリアムは頬を赤らめることもなく、人形のようにこくりと頷いた。
「‥‥どうしたものかねぇ」
 小さく首を傾げる少女に、女将が浮かべるのは苦笑。
 バレンタイン、男たちには分からないだろうが、それは一種の戦場だ。
 良い男を巡り、感情むき出しの乙女たち(注:主観が入ってます)が熾烈な争いを繰り広げる戦いの日。
 先ほどの女の子たちを見れば分かると思うが、そんな中でこんな少女が一人では戦えるとは到底思えない。
(‥‥ここはいっちょ助け舟を出してやるとするか)
 頭をなでてやれば、女の子は不思議そうにこちらを見上げてくる。
 一部の者たちから大層可愛がられていると聞いていたが、それも納得できる。
 こんな無邪気な様子を見せられれば、誰でも構いたくなってしまうというものだ。
「それじゃあ、店でゆっくりしていきな。あたしはちょっくら依頼を出してくるからさ」
「‥‥?」
 相変わらず訳が分からず首を傾げるミリアム。
 その何気ない仕草に、『か〜わ〜い〜い〜〜♪』と年甲斐もなく思わず抱きしめてしまった女将であった。

●今回の参加者

門見 雨霧(eb4637)/ ベアトリーセ・メーベルト(ec1201

●リプレイ本文

●合流〜難易度『難しい』〜
「えーっと、この辺じゃない?」
「こっちじゃないかしら。ほら、目印のお店がこっちにあるもの」
「でもあっちにも同じ様な店があるんだよね〜」
「‥‥」
 古ぼけた店が立ち並ぶ商店街は、それに似つかわしくない人々の数で賑わっている。
 メラートという街は西部の主要都市であるが、メイの中でもカオスの地に非常に近い部類に入る。その被害も小さいものではなく、人が住み着かない、商人がやってこない、そうなれば店も古びていくのも当然のことだった。しかしそれでも故郷を愛する者たちがいるのも事実。西方責任者アナトリア率いる西方騎馬隊、ベルトラーゼが結成した鷹の氏族、カオスの地から人々を守護するゴーレム小隊等、この土地を守ろうと日々戦う者たちも少なくはなかった。それらの勇姿に励まされ、数々の脅威にも屈することなく、西方地域で生きることを決めた人々の多くがこの街を訪れる。それ故、この街はいつも活気に溢れているのだ。
 ‥‥そんな高度な地理的、政治的情勢の話は置いておき、街は活気‥‥というか戦場にも似た熱気に包まれていた。もう何度女の子たちと擦れ違ったか分からない。バレンタインという日を考えれば納得できそうなものだが、それでもこの殺意にも似た熱は異常だ。
 酒場を探して歩き続けること一時間。
 冒険者と言う生業上、ある程度鍛えている二人だが、さすがに足が棒のようになってきた。
 出発の際、ギルドから受けとった地図を二人仲良く覗き込みながら、依頼人の経営している酒場を探す。依頼人である女将が直々に描いてくれた地図らしいから、これに従って歩けばいずれ着くのだろうが‥‥
 結局、二人が酒場に到着したのは、それから更に一時間後のこと。
「こんにちはー、ギルドから依頼を受けてきた者なんですけど〜」
 猫背の男が入り口からひょっこりと顔を出せば、後ろに控えていた茶髪の女性が歓声を上げながら酒場へと入っていった。
「ミリアムちゃん、久しぶり〜〜♪ 元気だった〜?」
「随分遅かったねぇ。待ちくたびれちまったよ」
 カウンターで頬杖をつきながら女将が呆れたように言うと、暢気な雰囲気を醸し出していた門見の表情が一瞬真剣なものへと変化した。
「‥‥ベアトリーセさん」
「きゃ〜もう、相変わらず可愛い〜♪」
「ちょっとちょっと」
「あ、ごめんごめん。‥‥‥‥オホンッ」
 女性が咳払いをすると、抱きしめていたミリアムを一先ず解放する。
 依頼を開始する前に、この女将にどうして言っておかねばならないことがあった。
「な、何だい?」
 言い知れないプレッシャーに言いよどむ女将に対し、猫背の男が突き出したのは天界の小学生でももっと上手く書きそうな、落書きみたいな地図らしきもの。
「今度はもっとちょっと丁寧に地図を書いて下さいね」
「あと練習も宜しくお願いします♪」
 難易度『難しい』も軽く凌駕する地図をクリアした門見雨霧(eb4637)、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)両名の顔は、陽気な声とは反対に真剣そのものだった。




●必見! ミリアム効果!?
 四苦八苦を乗り越えて漸く酒場に二人は、(やや落ち込み気味の)女将から簡単な説明を受けてから、ミリアムをつれて街を出た。二人が向かう先は当然一つ。
「ゴーレムニストと鎧騎士! そしてロニアさんの性格、一番安心できるメンバーがいるところがいるところといえば!?」
 二人の視界には広がるのはゴーレム工房。鉄を打ち鳴らす音の連続は今日もこの工房が元気に動いていることを示している。
「さぁて。果たしてロニアさんは工房にいるのかなぁ」
「可能性としては一番高いと思いますよ。だってあの人が身を隠せる場所って行ったら、ここくらいしかないじゃないですか」
 女嫌い(苦手?)だし、と付け加えられた言葉には、ロニアを知っている者を納得させるだけの効果があった。
「じゃあ早速捜索開始〜ってことで。俺はゴーレムの整備庫に行ってきますから、ベアトリーセさんはミリアムちゃんと一緒にフロートシップの方お願いしますね」
「了解です。それじゃミリアムちゃん、愛しのロニアさんを探しにレッツゴー♪」


「ロニア様か? 今日は見掛けていないな」
「見ていない。街にでも行っているのではないか」
「さぁ‥‥。昨日任務から帰って来るなり、どこかへ行ってしまわれたからな」
「ロニアさんがどこにいるかって? そんなの私が知りたいくらいよ!」
 早速聞き込みを始めたものの、収穫はゼロ。
 ぷんぷんと肩を大きく揺らしながら離れていく女性作業員の後姿に軽いお礼を述べながら、門見が頬をかいた。
 工房内ではモナルコス4騎が修理の真っ最中。ロニアが隊長をしている第二小隊の騎体で、第一小隊は現在、麓に出現した恐獣の討伐に向かっているのだという。
 門見もゴーレム整備に心得があるだけに、こうも真面目にしている作業員たちに声を掛けるのは多少憚られた。
「ん、おーい、ちょっといいかな〜?」
 目に止まったのはこの前の救出任務の際、フロートシップで顔なじみになった作業員の一人。
「門見様、このようなところでどうしました?」
「はい、ストップ。敬語はいいって言ったでしょ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「は、はい。‥‥じゃない、ああ、いいけど」
「ありがと、実はさ‥‥」
「何をだべっとる! さっさと仕事をせんか!!」
「は、はっ! 申し訳ありません!!」
 折角の協力者が遠のいて行くのにがっくりと肩を落とした門見だが、後ろを振り返れば、これまた馴染み深い顔があった。
「ん、何じゃ門見か」
「やっぱりギルさんか。声で大体予想ついてたんだけどね」
「???」
「いやぁ、たった一声で作業員の皆を叱咤できるのはギルさんくらいだからねぇ」
「‥‥相変わらず口の減らんのやつじゃな」
 性分なんで、と崩れた笑みは多少の無礼も許せてしまう。
「まあよいわ。お前がここにいるということは依頼か?」
「そうそう、ロニアさんがどこにいるか知りません?」
「何じゃ、ワーズじゃあるまいし、あの堅物が何かしたのか?」
「したというか何というか。波乱の原因であることは確かなんですけどねぇ」
 いまいち的を射ない内容に、ギルがただでさえ深い眉をより一層深くする。
「お前には色々と世話になっておるからのぅ。協力してやりたいのは山々じゃが、今日中に第二小隊の破損騎の修復を行わなければならん」
 なにしろ依頼の際には整備員としての役割も果たしている門見、冒険者の中でも彼のような存在は貴重である。ゴーレムを息子の如く扱うギルにとってはありがたいことこの上ない。手伝ってやりたいというのも本心からであったが、それはそれだ。
「悪いが他を当たって‥‥」
「門見さ〜ん、ロニアさん見つかりました〜?」
 そんなときやってきたベアトリーセ。
 形の良い眉を顰めている様子から察するにどうやら彼女も収穫はなしらしい。
「あら、ギルさんじゃないですか?」
「そっちはどうでした?」
「もうダメダメです。何処に行っちゃったんでしょうねぇ」
 二人してため息を吐く。
 工房といってもそんなに広くはない。こうなったら、隠れられそうな場所を片っ端から探すしかないか。
「‥‥‥‥ギルさん、どうかしたんですか?」
 と、ベアトリーセ。見れば、腕を深く組んだまま、ギルが苦虫で噛み潰したような、しかめっ面を浮かべている。
「ううーむ‥‥」
 唸るギル。何やら葛藤している。
「うう〜〜〜〜〜〜〜〜む」
「あの、ギルさん?」
「持病の腰痛が発症したとか。もう年なんですから、あまり無茶しないほうがいいですよ」
 軽口を叩く門見にもまったく反応なし。
 顔を見合わせて何事的な顔をしていると、ぽつりっとギルが言葉をもらした。
「‥‥仕方あるまい」
 ばっと後ろを振り返った瞬間、怒声にも似た号令が工房全体に響き渡った。
「全員作業中止! 直ちに整列じゃ!!」
 わけがわからず、のろのろとギルの前に集まってくる工房員たちに次なる指示が飛んだ。
「各班点呼が終了次第、ロニアの捜索を開始しろ! ホシは工房内にいる可能性が高い。ミリーのためじゃ、なんとしても見つけ出せ!」

「「「おおおおおおおお!!!」」」

 ミリアム効果とでも言うべきか。
 先ほどまでだれていた工房員たちだったが、ミリーと言う単語が聞こえるなり表情に力が漲った。
 怒涛の如く散開していった様子に、門見とベアトリーセは唖然。原因であるミリアムは慣れているのか、のほほんとしている。
「ミリーのためとあれば仕方あるまい。ここは一つワシらが力を貸してやるとしよう」
「‥‥破損騎の修復は良いんですか?」
 ベアトリーセの至極全うな質問を、ギルは鼻で一蹴した。
「そんなものは知らん。ミリーは工房の娘。即ちワシにとっても娘! 愛しの愛娘の頼みとあっては聞かぬわけにはいかん。ミリーの前では国の仕事など道端の雑草と同じじゃ」
「それ工房長の台詞じゃないですよね」
「それに、ここにはメラート工房三大原則というものがあってな」
「三大原則??」
 何回もここに出入りしている門見だが、そんなもの初めて聞いたぞ。
「1、挨拶は元気良く
 2、食べ物を粗末にしてはいけません
 3、ミリーのためなら火の中水の中」
「‥‥一つも工房と関係がないんですけど」
「当たり前じゃ。ワシが今作った」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥?」
 どこからつっこむべきか無言でいるベアトリーセの隣では、会話の意味がわからずに首を傾げるミリアム。
 そんな女の子には、門見が一言。
「ミリアムちゃんが皆に可愛がられるってことだよ。良かったね〜」
「‥‥‥‥‥‥(コクッ)」
 暫くの思案。取り敢えず頷いただけのミリアムだったが、その犬猫的な可愛さは確かに工房のアイドルと言われるに値するものだった。





●平和の証
「‥‥平和だね〜」
「平和ですね〜」
 ギルの号令の下、ロニア大捜索が開始されてから数時間。時間とは早いもので、すでに空は暁に染まり始めていた。ロニアは発見されておらず、未だ捜索は続けられている(ギルの職権乱用の可能性もあるが、全員自発的に捜索を行っているから大丈夫だろう。‥‥多分)。二人も先ほど加わっていたのだが、その間待っているように言っておいたミリアムが気になって中断したのだ。工房から出ても、後ろからはギルの指示や工房員の駆け回る足音が耳に届いてくる。女の子一人のために、ここまで必死になれる者たちがいるということは、それだけで幸せなことなのかもしれない。
 工房はなだらかな丘の上に作られているので、少し出ればメラートの街を一望することが出来る。眼下には緩やかな坂が続き、その上には草原とも思える豊かな緑が覆っていた。
 柔らかな風が頬を撫でて通り過ぎていく。あちこちに小さく咲く花々が儚くも瞳に眩しく映った。
「‥‥平和だねぇ」
「‥‥ええ、本当に」
 同じ言葉でも、先ほど言った台詞とは少し違う。混沌の勢力の伸張、世界に訪れている未曾有の危機を前に、戦いに明け暮れていた日々。こんなにものどかな時間を過ごすのは久しぶりだった。
「お、いたいた。ミリアムちゃ〜ん」
「それ‥‥ミリアムちゃんが作ったの?」
 坂の途中で花々を戯れていたミリアム。その足元には花で作られた冠が幾つも散らばっていた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥(コクッ)」
 随分長い時間を置いてから、頷いたミリアムの様子に、二人が思わず見入ってしまう。頬に現れていたのは、僅かな赤み。紅の光で染まっただけにも見えるが、そこには確かに恥ずかしいという感情が秘められていた。
 初めて見えたミリアムの感情の表出。
 それに呆気に取られていると、ミリアムが無言のまま立ち上がった。
 ポンッと、無造作にベアトリーセの頭に乗せられたのは、ミリアムお手製の花の冠。
 相変わらず無言のまま。でも、いつもと違って僅かに落ちた視線は自分のした行動への不安を表していた。
「もらっていいの?」
「‥‥‥‥‥(コクッ)」
 やっぱり視線は下げられたまま。
 そんな恥ずかしがりやの少女の頭優しく撫でて。
「とっても素敵な花飾りをありがとう。大事にするわね」
 笑みを浮かべるベアトリーセに、ミリアムは笑わなかったけど、それでもその表情はどこか嬉しそうに見えた。
「うんうん、とっても似合ってるよ〜。やっぱりブランド物もいいけど、こういうのが女性には一番だよねぇ」
 門見がしきりに頷き、そう褒める。
「ふふっ、ありがとうございます♪」 
「どういたしまして〜、でもベアトリーセさんの場合、相手がいないから意味ないよね〜」
「うふふふふふふふふ、門見さんっていつも一言多いですよねぇ〜」
「あ、あは、はは‥‥」
 満面の笑みにも関わらず、この喉下に突き刺さる殺気は何だ!?
 門見が冷や汗を流していると、その背中に厳しい口調が飛んで来た。
「そこの二人、何をしている?」
 坂の上から見下ろすのは女性。白い髪の毛が幾つか混じっていることから相当の年だと判断できるが、身体全体から溢れ出す迫力と鋭い目は年齢すら一蹴してしまう。
「‥‥ふむ」
 何と返事をするより早く、女性が顎に手を当てて思案する。
 二人の顔とその間にいるミリアムとを交互に見つめた後、刃物のような視線を二人に突きつけた。
「貴様ら、冒険者か?」
「‥‥何処かでお会いしましたっけ?」
「ミリーの懐き方を見ていれば、それくらいは分かる。大方、メラートの依頼を頻繁に受けている連中だろう? 外見から判断するに‥‥門見雨霧とベアトリーセ・メーベルト」
「ありゃ、ばれちゃってる」
「魔法の心得でもお有りなんですか?」
「そんな大それたものじゃないさ。猫背のひょろひょろした背格好、茶髪に物好きそうな顔と聞いていたからな。誰でもわかる」
「あら、中々の辛口ですね」
「ああ、よく言われる」
 悪びれもなく、坂を下りて近くまで来た女性が手を差し出した。
「リンド・バッカートだ。名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
 握手すると凄まじい力で引き上げられた門見が、肩を押さえた。
「イテテ、門見です。ギルさんには色々とお世話になってます」
「ああ、お前のことはよく聞いている。猫背矯正のために、その背中をよく叩いてやっているとな」
「あ、あははは。お手柔らかにお願いします」
 意志とは無関係に、身体が逃げるように後ずさったのは、夫婦共通のものを感じたからに違いない。
「ミリーの握っているものから推察するに、バレンタインで雇われたというところか?」
「お見事、正解です♪」
 こちらはゆっくりと引き上げられたベアトリーセ。握手を交わす姿は友好そのものである。
 それからリンドの視線は坂の上、工房の方に上っていった。全く変わらず聞こえてくる物音はいまだに続いている捜索活動の証だ。
「あの馬鹿どもが。どうせウチの旦那が先導しているんだろう」
「わぁ〜さっすが夫婦ですねぇ」
「それで、もうやつには渡したのか?」
 誰とも言わないでも、ミリアムの相手がわかるところはさすがというべきか。
「いやぁ、それがまだなんですよ」
「何だ、意気地がないな。女は度胸という言葉を知らんのか」
「渡そうとは思っているんですけどね。肝心のロニアさんがいないから困ってるんです」
「‥‥何を言っている?」
 訝しげな表情を浮かべたのは、リンド。
 かなり切れ者であるこの女性が今の言葉を理解できないとは考えにくい。
「いえ、ですから‥‥」
「ロニアなら、さっきそこで会ったぞ」
「‥‥‥‥‥‥はい?」
 次に疑問の声を上げたのは、二人の方。
「新型ゴーレムを製造している奥の倉庫に行った時に偶然な。作りかけの制御胞の中から出てくるのを見かけた。こちらを見るなり、化物にでも会ったような顔で逃げていきやがった。相変わらず無礼な男だ」
『それ何となくわかるなぁ』とは口にしない門見。
「製造途中とはいえ、内側からロックすればまず開かない仕組みになっているからな。大方誰にも見つからないようこっそりと入り込んでいたところを、工房員に連中に無理矢理抉じ開けられそうになって慌てて逃げたと、そういうところだろうよ」
「それで、ロニアさんはどこに行きましたか!?」
「街の方に行っていた。まだやつと会って数分しか経っていないから、今すぐ追いかければすぐに会えるはずだ」
 言うや否や、二人がミリアムを連れて走り出す。
「ロニアを捕まえるなら急ぐことだな」
「どういうことです?」
 笑い顔‥‥にしてはどこか凄みを感じる表情を浮かべるリンドと対峙していると、上空から空気を轟かす断続的なエンジン音が降ってきた。
「そのうちわかる」
 意味ありげなリンドの視線を追いかけて空を見れば、そこにはフロートシップ、第一小隊の帰還を告げる影があった。





●さよならロニア、また明日
 何故こんなことに。
 そんな疑問が何度頭を過ぎっただろうか。
 いや、理由はわかっている。腑に落ちないのは何故こんな騒動に毎年巻き込まれなければならないのか、自分が何をしたのかという点だ。
 街に繋がる街道から工房に全力ダッシュをしているのは、騒動の中心人物ロニア・ナザック。
 リンドが予想した通り、新型ゴーレム用に搬入されていた制御胞に身を隠し、ほとぼりがさめるのを待つつもりだったのだが、無理矢理ロックを抉じ開けられそうになり、一瞬の隙をついて街に逃げ込もうと図ったのだ。
 ‥‥のだが、やはり天、この世界でいうなら精霊は彼を見放した。運悪く街の方からやってきていた乙女の集団と鉢合わせになり、逆走する破目に陥ったのだった。
 騎士としての鍛錬は欠かさず続けているが、こうも逃げ回っていては限界が近い。事実、既に足から力が抜け始めていた。
 いっその事、大人しく観念して捕まるべきか。そう思い、ちらりっと背後の集団に振り返る。
(‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥無理!)
 再び猛ダッシュを敢行する。
 喜々というか鬼気として突っ込んでくるあの乙女たちに飛び込む勇気はロニアにはない。普通の一般男子でも出来るかといえば返答に困るくらいのオーラが見える。
 工房まで逃げ切れれば何とかなると、最後の力を振り絞って走り出した時だ。
『ロォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ニア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!』
 地震が起きたかのような震動。ドンッと地面を叩き鳴らした音と共に、工房から巨大な人影が現れた。
「オルトロス!? それにこの声は‥‥ワーズ隊長ですか!?」
 助かった! と表情を輝かせたのは一瞬。
 ゴーレムとは少々手荒だが、この際助かれば何でもよしと、保護を求めて再び走り出そうとしたロニアは、
「‥‥‥‥‥?」
 アイスコフィンでも受けたように、この場で固まった。
 少しだけ離れた場所で、門見とベアトリーセも同じく固まったように状況理解に努める。
「‥‥‥‥ワーズさん、何で斧を持ってるのかな?」
「‥‥‥‥っていうか、殺気をひしひしと感じるんですけど」
『鎧騎士ロニア・ナザック!! 純真の乙女の心をかどわかしたこと、許しがたし! 騎士としてあるまじき行為、恥と知れ!!! よってこのワーズ・アンドラスが王に代わって裁きを下す!』
「か、かどわかすなんてそんな、誤解です!」
『やかましい! 心当たりがないとは言わせぬぞ。しかもあろうことか‥‥』
 持ち上げられたギガントアックスが震えているのがわかる。操縦者であるワーズのあまりある怒りに同調して、騎体が震えているのだ。
『工房のアイドル、ミリアムちゃんから一人だけプレゼントを貰おうなどと言語道断!! っていうか、何でお前ばっかりモテているのだ!! 私なんて今年もゼロだぞ!!』
「あ、それが本音なんだ」
 何となく同じ男して予想がついていた門見。
 鎧騎士というエリートの中でも、更に選りすぐられたエリートにしか乗ることを許されない隊長騎オルトロス。それがこんな場面で使われることになろうとは。
「それは自業自得‥‥」
『言い訳無用!! これは私の‥‥いや、モテない男たちからの貴様に対する怒りの一撃!! だな、ギル工房長!?』
「お前と一緒にするな!!」
『というわけだ。いざ、心安らかに受け取るがいい!!!』
 本気で突っ込んでくるオルトロス。その動きに本気を感じ取ったロニアは斧を紙一重で避け、その股を潜ると何とか工房内に飛び込んだ。当然それを追ってゴーレムに乗ったまま突っ込んでくるワーズ。しかも何かついでに街からやってきていた乙女の集団まで工房内に乱入しようと突撃してきている。
『逃がさんぞ、ロ〜〜〜ニア〜〜〜〜〜〜〜!!!!』
「全員突撃準備〜! 一気にロニアさんを捕獲するわよ〜〜!!」
「「「お〜〜〜〜〜〜〜!!!」」」
「させるかぁ!! 総員入り口を死守せよ!!」
「「うおおおおおお!!!」
 工房内に突撃を仕掛けるオルトロスと乙女たち、そしてそれから工房を守ろうとするギルと工房員。
 オルトロスと恋する乙女たちのパワーは尋常ではなく、易々と人垣バリケードは突破され、たちまち工房内は阿鼻叫喚の地獄と化した。
「ぬうぅう!! 門見、お前も手伝‥‥!!」
『モナルコス01、出撃しまーす』
「‥‥ってくらぁ!! 何を勝手にゴーレムを起動させとるんじゃぁ!!」
 いつの間にかモナルコスに搭乗していた門見へと、ギルの怒声がはじけ飛ぶ。
『いや〜、ロニアさんにその気がないとして、これってミリアムちゃんからも逃げてるってことになるでしょ。そんな恐れ多いこと許すわけにはいかなし、こっちも全力でいかないと』
「成程、よし、許可する!!」
 普通なら暴走したこの二人組みを止めてくれるのだろうが、戦場と化したここにそんな者はいようはずがない。それどころか‥‥
『ベアトリーセ騎、行っきま〜〜す♪』
 むしろこの流れに意気揚々と乗った女性がいる始末。
 そして丁度奥の部屋へと逃げ込もうとロニアが扉に手をかけた瞬間、
『ふはははっ、ロニア〜〜、成敗〜〜〜〜!!!』
「ロニアさ〜〜ん、受け取って〜〜〜〜〜!!!」
「させるかぁ〜〜〜!!」
『ミリアムちゃんのためだから、ちょっとの怪我は覚悟して下さいね〜』
『さぁ〜って、派手にいきましょ〜〜!』

「―――――――――――!!!」

 不運な男の悲鳴は声とはならず、
 彼の身体は手にかけた木製の扉ごと、勢いよく天上へと昇っていくのだった。






●願い事は何ですか?
「はーっはっはっはっ!!!」
 夜も更けた街中に、豪快な笑い声が響いていく。
 今日も今日とて女将の仕事は変わらない。夜になっては酒を求めてやって来る者たちの愚痴やらを聞きながら時間を過ごしていく。
「はーっはっはっはっ!!!」
 今日の面子はいつもとやや異色。ロニア、ワーズ、バッカート夫妻、そして冒険者二名と工房の娘ことミリアム。メラートの誇る有名人のほとんどが卓を同じくしてどんちゃん騒ぎを行っているのだ。
「はーっはっはっはっ!!!」
「笑いすぎです。ワーズ隊長!!」
「はははははっ!! く、くはっ、はぁはぁ、いやぁすまんすまん、ひ、ひぃひぃ」
 鍛えぬいた腹筋が痛くなるほど笑いまくったワーズが、顔を真っ赤にするロニアに手を合わせた。その表情に反省の色は当然ない。
「まぁそう怒るな。まさしく絶世の美女だぞ。貴族の若頭どもも、これなら簡単に篭絡できるな」
「うんうん、まさかここまで美人とはねぇ。これを機にいっそのこと、女として生きてみたらいいんじゃない?」
「おお、門見が良いことを言った! 貴族の一人でも落とせば残りの人生遊んで暮らせるぞ! 真面目に考えてみたらどうだ!?」
 頭が痛い、と言った風にロニアが文字通り頭を抱えて机にうつ伏せた。
「まぁまぁ。そんなにロニアさんを虐めちゃかわいそうですよ〜。‥‥んふっ♪」
 最後に漏れた含み笑いは絶対わざとだ、と確信する。その証拠に、指に引っ掛けて携帯電話をくるくると回しているベアトリーセの目は、完全に釣りあがっていた。
 笑いの原因は彼女の携帯に映った一枚の画像。
『女の子たちに捕まるか、それで逃げ切るか、二つに一つですよ。僕としてはどっちでもいいんだけど』
 その台詞を言ったのは門見だった。
 いよいよ戦闘も本格化し、本気で命の危険を感じ始めたロニアに対し、門見がこっそりと投げ渡したのは何と禁断の指輪だった。
 知らない人にも分かるように説明すると、この指輪は以下のような効果を持つ。

 禁断の指輪‥‥一時間の間、男から女、女から男に変えることができる。

 想像力豊かな方ならもうお分かりとは思うが、ロニアはこれを使って女性に化けるとミリアムと共に工房から脱出することに成功したのだ。もっともそのために彼が受けた心の傷は実に深く、しかもこんな面白いシーンをベアトリーセが見逃すはずがなく、彼女がどさくさ紛れてしっかりと携帯電話のカメラで激写していたのだ。
 となれば、ここで起こっている笑いの渦も理解できることと思う。
「良いではないか。お前さんの面のことは今に始まったことじゃないしのぅ! がはははっ!」
「飲みすぎだぞ、馬鹿じじぃ。最初に言っておくが、酔いつぶれても背負ってやらんからな」
「ふんっ! この程度で、ウィッく、このワシが酔うわけなかろうて!」
「奥さんの言葉には素直に従っていた方がいいですよ。ただでさえお年なんですから」
「なぁに!? 門見、お前はいつからワシに指図できるほど偉く‥‥ウィッく!」
「はいはい、すみませんすみません」
 相変わらず絡んでくるギルは軽く流す門見。
「そうだ。ロニアさ〜〜ん。はい、これ♪」
 とことことやってくるなりベアトリーセが渡したのは手作りのもの。
「これは‥‥」
「騒動ですっかり忘れていましたけど、私もこれを届けに来たんですよ。もちろん、うけとってくれますよね」
「いえ、その‥‥」
「何です? もしかして受け取らないとか言うつもりじゃないですよね♪」
「そうではなく‥‥ちょっと顔が近‥‥」
 髪同士が触れ合うくらいの距離まで来て、じっと見つめてくるベアトリーセに対し、逃げ場のないロニアはただただ姿勢を下へ下へと落としていくのみ。
「ベアトリーセ殿! 色男はここにも」
「酔っ払いは少し引っ込んでて下さいね♪」
 すぱっと一刀両断されるワーズ。
 軽く凹んでいるワーズに、ギルがかかかっと笑い声を上げていると、店の奥から女将が現れた。
「門見、用意出来たよ」
「ありがと〜女将さん。それで肝心のミリアムちゃんは?」
「ここにいるよ。ミリーおいで」
 少しして、女将の太い体の後ろから現れた少女の姿に一瞬酒場から音がなくなり、そして割れんばかりの歓声が上がった。
 そこに居たのは門見の用意したドレスに身を包んだミリアム。ナイトミストという夜会用のドレスで、黒いレースで作られた柔らかなものだった。ベアトリーセが以前用意した靴下を初め、彼女も準備を手伝ってあげている。それはエルフ族特有の人形のような美しさを見事なまでに引き立て、一つの絵が取り出されたようにさえ感じてしまった。
 おもむろにミリアムが差し出したのは、小さな包み。ロニアへのプレゼントである。
「‥‥‥‥‥‥」
「ロニアさん」
 ベアトリーセに肘を小突かれ、はっと我に返ったロニアが慌ててミリアムへと向き直る。
「あの、ミリアム、えーっと、その‥‥」
 戦場でも感じたことのないくらいの緊張感に、喉の渇きを感じながら、ロニアがやっと声を絞り出した。
「あ、ありがとう‥‥」
「‥‥‥‥(コクッ)」
 受け取るや否や、口笛やら合いの手やらの冷やかしが降り注いだ。当然それを受けても無表情のミリアムとは反対に、ロニアは蛸のように真っ赤になってしまう
「ん? これって、もしかしてプロミスリングかな?」
 感謝の印としてミリアムからハート型のチョコレートを受け取った後のこと。ミリアムがロニアに渡したプレゼントを見て思わず天界のそれを連想した。
「何です、それ?」
 ベアトリーセの疑問に、ああっと声を漏らした。説明を開始する門見とは別に、ロニアといえば、情けないことに彼女のもってきたお酒を一口した瞬間酔いつぶれてしまっていた。
「この世界には無いのかな。プロミスリングっていってね、願い事を掛けて布とかでこういう腕輪を作るんだよ。願い事が叶ったら、紐が切れますようにって願いをかけながらね」
「呪(まじな)いのようなものかしら?」
「願掛けって言った方いいかなぁ」
「んー、でもミリアムちゃんがどうしてそんなのを知ってるのかしら?」
「さぁ、バの国にそういう習慣があるとか。それにそうと決まったわけじゃないからね」
 宴会は進み、それぞれに思い思いの時間を過ごしながら、時は流れていく。
 今年も収穫ゼロだったワーズがやけくそ気味に酒をくらい、それに同調するように酒を飲み干していくギルを門見がため息混じりに付き合って、そんな三人をリンドが傍から冷たい視線で見つめている。一方ではチャンスとばかりにロニアにアプローチを仕掛けるベアトリーセだが、ワーズが割り込んでくる度に一刀両断してあげる。
 泣いたり笑ったり凹んだりと忙しい時間だが、そんな時間の中をミリアムはどこか幸せそうに見つめていて、心の中が温かくなっていく。
 叶うなら、いつの日かこの子のかけた願いを聞くことが出来ればいいと。
 それまで死ぬわけにはいかないと。
 二人は、そう誓うのだった。