【神器争奪戦】炎の扉

■イベントシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:17人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月19日〜02月19日

リプレイ公開日:2009年02月27日

●オープニング

 思わず漏れたのは、ため息。
 緊迫していた空気が急速に和らいでいくのが肌に伝わってくる。これまでの経験から、頭痛の程度で自分がどれくらいの間集中していたのか把握できるようになっている。今回は凡そ6時間といったところか。
 王宮の一室を与えられて早一月。神器捜索任務における解読係に選任されたソウコは入手した資料や文献等、そのすべてを王宮に提出するよう義務付けられている。その代わりにこの部屋を与えられ、任務が完了するまでは自由に使用して構わないとの言葉を頂いているが、どうにもこの王宮の雰囲気には馴染めそうになく、解読や研究時のみ利用するに止めていた。
 窓を開ければ、暁の空が広がっていた。
「‥‥四つの楔を砕きし時、道は拓かれん‥‥」
 祭壇の間から入手した古代文字は、遺跡に関する重要な情報を示していた。
 5つの神器のうち、4つは首都廃墟の地下にあり、それぞれの神器には守護者と呼ばれる存在がいること。前回ドヴェルグの目前にいた巨大な魔物もその一匹だろう。
 そして地下にある4つの神器を守る守護者全員を倒したとき、最後の神器への道が開けるということ。
 祭壇の間で判明した内容は以上の二つだけ。
 前回発見された硝子片や建築物の残骸、魔法を無効化する障壁、地下に仕掛けられたトラップなど、それらのほとんどはメイで作ることは難しいものばかり。神器が存在するとされる地下遺跡には、前回以上のトラップや魔物が配置されていると考えて差し支えないだろう。
 そしてカオスの勢力。神器を破壊しようとしているカオスの存在がいることが、前回の任務で明らかになった。自分の前にも下級の魔物が現れたが、神器を破壊するほどだ。中級か上級、生半可な魔物でないことは確かだ。
 悩みの種は尽きないが、気になることがもう一つ。
 それは、護衛の冒険者たちと共に必死に書き写した、祭壇の間で得た情報。
 解読できない文字が多数あるため、正確には意味が把握できないが、それは以下のような文章になる。

『―――我らの血脈を――――継ぎ―――王より―――――深淵の民―――――天上の力―――神々の―――願わくは空の世――――――――血と闇より生まれし―――――』

 羊皮紙に綴られた自筆の文面を見るたびに、ため息が漏れる。
 意味がわからない事がため息の原因ではない。頭痛の原因は、文章の中にある二つの単語。
 『神』と『空』。
 アトランティスに、神という概念は存在しない。もっとも解読の際に多少の意味の誤差は生じるから、必ずともそうとはいえないが、少なくともこの文章には神々かそれに近い超越的な存在が確かに刻まれている。神ではないとしたら、精霊か竜か、ジ・アースでいう神に近い存在がこの王国に関係していることは間違いがない。
 そして一番厄介な単語は、この空というキーワード。これまでカオスの地に関して様々な研究をしてきたが、この空という単語は初めて見る。血と闇が指すのは地底。アトランティスに現存する文明のほとんどが大地を掘ることを禁忌としているが、この王国はそれが薄かったらしい。地下遺跡がその良い証拠だ。
「‥‥なら、空とは?」
 鳥でもない限り、空を飛ぶことはできない。血と闇が地底を指し、深淵の民が今で言うカオスの勢力だとしたならば、空とは何を指すのか。
 大きく開けられた窓から、答えを探すように、ソウコの視線が空へと登っていく。
 雲を越え、暁の空を越え、その先にあるのは‥‥。







 神とは何か。
 その問いに対して絶対的な答えを持つものはいない。
 ジ・アースにおいて神とは超越的な至高の存在を示し、アトランティスにおいては高位の精霊やレインボードラゴンをはじめとする竜たちがその定義に当てはまる。一定の知識と意思を兼ね備えた生命体によって信仰され、その意義を確立、独自の意識形成に成功した存在こそが、神と呼ばれるのかもしれない。
 もしそうならば、この存在もまたその内の一つと呼べるであろう。
 深い闇の底に設けられた静寂の宮殿。
 その存在が眠りについた時、宮殿からは一切の音が消滅する。眠りを妨げることは許されないのではなく、仕える下々の者たちが主に示す絶対的な忠誠の証なのである。
 青白い炎だけが照らす、小さな空間。
 長椅子に横たえられた細い体は、混沌の世界を統べる存在としてはあまりに心もとない。
 望むのは、安定と沈黙。
 肉体の欲する渇きが満たされている今、この存在が動くことは決してない。
「‥‥‥‥‥‥‥‥綺麗な服を着ているね。どこかで買ってきたのかい?」
『人間たちに挨拶する折、見繕いましてございます』
 気付かぬ程度に揺れた炎の波動が、来訪者の存在を主へと告げていた。この炎さえも、主に服従する配下の一人に他ならない。
「もう少し人の形に慣れたほうがいいみたいだね。四肢が歪んでいるよ」
『ありがたきお言葉、光栄の極みにございます』
 跪き、俯いたまま。その姿勢から現れた魔物は一度も顔を上げることはない。自ら口を開くことは不忠。発言の許可が下りるまで、この人型は決して顔を上げることも声を出すこともないだろう。事実、主より許可が下りたのは、これから数時間後のこと。
「‥‥遺跡の方はどうなっているんだい?」
『邪魔が入っておりますが、今のところは問題ございません』
「邪魔というと、彼らのことかな?」
『然り』
 背中を向けたまま、横になっていた存在が姿勢を変え、魔物の方へと向き直った。
 嘲笑とも取れない小さな笑いは、そこにいる魔物へではない。
「相変わらずだね。僕らを相手にしても、本気で勝てると思っているところが素敵だ」
『お言葉ですが、私にはあのような下劣の存在は理解できません』
「そこが良いんじゃないか。勝てないとわかっていても、向かって来る。誰も相手にしてくれない僕にとって、彼らは大事な存在だよ」
 残忍さを含んだ笑い声が宮殿に響いていく。主の目覚めに気付いた者たちが一斉に仕事を開始するのを感じ、その存在は更に愉快そうに頬を緩めた。
『―――――様はいかが致します?』
「もう少し寝ておくよ。人間たちが攻めてきて以来、彼が五月蝿くってね」
『承知致しました。遺跡の者どもの始末は私にお任せ下さい』
「‥‥いや」
 否定した瞬間、あらゆるモノが停止した。
 提案を否定されたからではなく、言葉の中に生まれた僅かな苛立ちと異質の顕在。
 時間すらも停止した空間の中で、空気が小さく震動する。

「ブラズニル」

『‥‥はっ』
 身体が押し潰されそうな威圧感。直接心臓を握りつぶされそうな重圧と恐怖に耐えながら、すべての精力を振り絞って何とか応答の声を口に出来た。

「―――私は他の皆様とは違う存在です。相違ありませんか?」

『‥‥然り』

「もしそうであるならば、私が王であり続けなければならない理由は、どこにあるのでしょうか?」

 答えを必要としているのでも、明確な答えを求めているのではなく、ただその質問をすることに意義があり、答えがある。
 一方的に押し付けられた質問という名の拷問に、ブラズニルという名を与えられた混沌の存在は、折檻を受ける子供のようにただじっと身を竦ませる。
 頭を垂れる魔物の肩に添えられるのは、小さく冷たい手。


「いっておいで、ブラズニル。僕ももう少ししたら、この子と一緒に挨拶に行くから」



●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ アリオス・エルスリード(ea0439)/ シャルグ・ザーン(ea0827)/ 風 烈(ea1587)/ アマツ・オオトリ(ea1842)/ ルイス・マリスカル(ea3063)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ グラン・バク(ea5229)/ ファング・ダイモス(ea7482)/ レインフォルス・フォルナード(ea7641)/ 門見 雨霧(eb4637)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)/ セイル・ファースト(eb8642)/ ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)/ メリル・スカルラッティ(ec2869)/ アルトリア・ペンドラゴン(ec4205

●リプレイ本文

●亡霊
 死んだらどこに行くのだろう。ジ・アースとアトランティスでは死後に対する概念に如実な違いが出ている。ジ・アースではご存知の通り、一方この世界では精霊界に向かうのだと人は説く。
 風化寸前の残骸を押しのけ、城下北地区に屹立する礼拝堂を訪れたのは、メリル・スカルラッティ(ec2869)、ルイス・マリスカル(ea3063)、風烈(ea1587)、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)。以前聞いたとされる声の源の再調査に訪れたのだ。
「間違いないようです」
 ルイスが魔剣山羊殺を腰に収めると、地面には胴体を真っ二つにされた数匹の蠅が最後のもがきを見せていた。ルイスが不思議な水瓶を試したところ、蠅からは害意に近いものが感じられた。その後聖なる釘で結界を張り、弾かれるかも試したところ、蠅見事なまでに結界にはじき出されたのだ。これ即ち、この蠅がカオスの魔物であること証拠に他ならない。
「木片で叩いてみましたが、やはり効果はなく、魔力の剣でのみ蠅を切断することが可能でした。以上の結果を鑑みますに、この遺跡に現れている蠅は紛れもないカオスの魔物、もしくはその眷属と見て良いでしょう」
 メリルが蠅をウインドレスで落としてその様子をまじまじと観察したが、どう見ても普通の蠅ではない。10cmはある体に、髑髏の紋様の羽。ただでさえ小柄なメリルにとって、その巨大な蠅は嫌悪感を抱く存在以外の何者でもなかった。
 最近一部の冒険者の間でこの蠅のことが噂になっていた。メイのあちこちで目撃される大型の蠅。何でもその蠅が出没した村落では決まって疫病が発生し、大惨事になっているのだと聞く。蠅との因果関係は未だ確立されていないが、何らかの関連性があることは否定できないだろう。
 胴体を切断されても尚、ぴくぴくと動き続ける蝿を気味悪そうに一瞥してルイスが顔を上げた。
 蝿も居なくなり、数分の捜索が行われた後のこと。
「メリルさん、どうしました?」
「‥‥‥‥」
「何だ、どうかしたのか?」
「‥‥‥‥‥‥あれ」
 メリルの指さした方向を見るが、何もない。空虚な祭壇があるのみだ。
「ふ、二人とも見えないの?」
 震える声に、ただ事ではないことを悟ったルイスと風が改めて見るが、やはりそこには何もいない。
 だが、メリルには確かに見えていた。質素な白色の衣に、ウェーブの掛かった長い金髪の女性が。まだ若い、種族こそ定かではないが、美しい女性だ。
「なに? 何を言いたいの?」
 陽炎のように、ゆらゆらと霞ながらも女性は何かを伝えようと口を動かしている。だが、肝心の声が耳に届かない。
「その方は何と仰っているのですか?」
「‥‥駄目、消えちゃった」
 突如現れ、祭壇の上で消えた女性。その姿を追うように、メリルが祭壇に駆け寄った。
「誰かはわからないが、何かメッセージを伝えたかったかもしれないな」
 風が念入りに祭壇を調べるものの、別段紋様も仕掛けも施されていない。触れれば崩れてしまいそうな脆さのみが目に映るのみだ。
 ルイスが水鏡の指輪でミラーオブトルースを使用したが、やはり反応はない。
「失礼ですが、メリルさんの見間違いだったということはありませんよね?」
 小柄な体で否定の意思を伝えるために、大きく首を振った。
 もう一度調べてみるが、やはり何もない。
 一先ず出直そうかと風が立ち上がって、あることに気がついた。底が抜けた木製の床に手を突っ込むとそれは確信に変わる。
 戸惑う二人を他所に、風がオーラを練ると木目の床に地面の拳を叩きつけた。
「い、一体何を!?」
「ルイスさん、祭壇周辺の床を全部壊してくれ。この下に、多分入り口がある」
 オルトロスに搭乗したまま、外で待機していたベアトリーセも協力して礼拝堂を破壊する勢いで床を片っ端から這い出いったところ、現れたのは鋼鉄の床。
「どうやら正解のようですね」
 ルイスがミラーオブトルースを発動させれば、鋼鉄の床はぽつぽつとあちこちから斑点のような淡い光を放っている。間違いなく、そこは神器を保管する遺跡への入り口だった。








●罠(?)
「成程な。ただの木床かと思えば、本当は入り口を隠すカモフラージュ。どんなに傷んでも魔力を遮断する効果は持続しているから、余計に見破れなくなっているというわけだ」
 依頼二日目。昨日の礼拝堂での報告を受けて、城内等を捜索していたメンバーがそこに集結した。
 アシュレー・ウォルサム(ea0244)、アリオス・エルスリード(ea0439)、シャルグ・ザーン(ea0827)、アマツ・オオトリ(ea1842)、ファング・ダイモス(ea7482)、レインフォルス・フォルナード(ea7641)、門見雨霧(eb4637)、サクラ・フリューゲル(eb8317)、フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)、セイル・ファースト(eb8642)、この10名に加えて先の礼拝堂捜索班4名が地下遺跡に突入、アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)は地上部で別の遺跡入り口がないか捜索することになっている。
 罠に詳しいだけにアリオスもこの二段構えには感心してしまっていた。
「それで、その幽霊さんはどこにいったんだ?」
「わかんない。さっきからずっと探してるんだけど、あれっきり少しも出てきてくれないの」
「ふむ、メリル殿だけに見えるとは何とも不可思議な」
 アマツが嘆息を吐きながら、床の金属に手を当てた。冷たい感触は外敵の侵入を阻もうとする壁の意思だろうか。
 にょきっと地面から突然顔を出したのはアシュレー。アースダイブで地面の場所から壁の向こう側に行けないかと試みたが、用意周到にも地下にまで金属が広がっていた。
「ううーん、リヴィールマジックに反応するのとしない部分があるから、魔法は全体に掛かってるってわけじゃないのかな?」
『けど強度は相当の物ですよ。あまりの硬さにゴーレムの武器が壊れちゃうくらいですもの』
 ベアトリーセがオルトロスを使い、文字通りの鉄拳を叩きつけたが、金属の床はびくともしなかった。手持ちのギガントソードで多少の傷は入るものの、あまりの頑強さに剣の方が逆に壊れ始めたほどだ。
 罠対策班があれこれと対策を練る一方で、手持ち無沙汰な者たちはそれぞれに時間を過ごしていた。
「白の神聖騎士、サクラ・フリューゲルですわ。どうぞよしなに‥‥」
「こちらこそ、お力添え感謝致します」
 丁寧な礼に、ソウコが同じように応えた。今回初参加となる騎士サクラ。何でもアシュレーの知己とのこと。魔法が乏しいこのメンバーの中で、彼女のような存在は非常に貴重だ。
「ナイトのセイル・ファーストだ。よろしくな」
 こっちも忘れてもらっちゃ困ると言わんばかりに、差し出された右手。模範的な礼節を取ってから、ソウコが手を差し出した。
「ところで前回大物っぽい魔物に会ったって聞いたんだが」
「はいは〜い! それに関しては私が説明しま〜す!」
 元気に飛び込んできたフィオレンティナに、一瞬呆気に取られるセイル。
「神器はあと3個‥‥魔物よりも先に見つけなくっちゃ! だから、一緒に頑張ろうね!」
 前回、ブラズニルと名乗った魔物におちょくられただけに、そのやる気は身体から溢れんばかり。心なしか背中に炎が見えるような気がするほどだ。
 事情を説明してもらい、セイル。
「へぇ、中々面白いやつがいるもんだ。カオスの魔物ってのはデビルよりも個性的なのか?」
「全然面白くないよ! こっちは大変だったんだから!」
「ああ、悪い。こっちも悪気はないんだ。許してくれ」
「まっ、今度会ったらただじゃおかないさ。今度こそ一緒に倒してあげないとね」
 にょきっと足元から顔だけ出して現れたのは何とアシュレー。驚き飛び跳ねる二人の姿に、実に満足げな様子だ。
「な、何でわざわざアースダイブで下から出てくるの!」
「ちょっとしたお遊びってやつだよ。演出ともいうけど。それより壁の突破方法が決まったよ。シャルグさんとファング、風烈さん、それとセイルさん、ちょっと手伝ってくれる?」
「一体どうするのですか?」
「ゴーレムでも破れぬのだ。それ相応の力が必要となろう。いかがする?」
 大柄のファングとシャルグが詰め寄れば、単純明快な答えでアリオスが返答してくれた。



●地下遺跡侵入〜遺跡の臭い〜
 『押してもだめなら引いてみろ』とよく聞くが、ではそれでも駄目だった場合はどうするか。
 答えはアリオスがこれ以上にないくらい簡単に且つ適切に答えてくれた。
 ずばり、ぶち壊す。
 集まった冒険者のうち、かなりの攻撃力を誇る面子、恐らくアトランティス中を探してもトップクラスの攻撃力を誇るメンバーが祭壇跡に集結。
『じゃあ、いきますよ。せ〜のっ!!!』
 オルトロスに乗ったベアトリーセの掛け声を合図に、各々が持てる最高の力を床の一点に叩きつけた。金属どころか金属ゴーレムすらも粉微塵に破壊できそうな一点集中攻撃は見事に鋼鉄の壁を打ち破り、

「‥‥‥ん?」

 ‥‥落ちた。


「ジ・アースの遺跡とどう違うのか楽しみにしていたのですが‥‥」
 ややため息混じりに言うのは隊列中央を歩くサクラ。アリオスの照らすランタンも、この暗闇と隊列の長さではここまでは届きにくい。
 総勢十数名。石畳の地下道を歩くのは地下遺跡侵入に成功した者たちだ。
 誰もかれも、多少の擦り傷などを負っているのが見える。
「それにしてもびっくりしたねぇ」
「うむ。我が輩もさすがに心を乱したのである」
 一撃を放った直後だっただけに、反応が遅れてしまったシャルグが大仰にため息をついた。
 少し時間を遡ろう。一点集中攻撃によって鋼鉄の床を破壊した冒険者たち。そんな彼らを待っていたのは、落とし穴という罠だった。ソウコとその護衛として礼拝堂の外に控えていたオラース・カノーヴァ(ea3486)、そして城下探索に出ていたアナトリアを除く者たちは遺跡に侵入するために礼拝堂の敷地内で待機していた。攻撃によって床にひびが入ったかと思うとそれは一気に拡大、そして硝子の如く、周辺の床ごと一気に崩れ去った。しかも鋼鉄の床の下には何もない空洞だったため、当然足場を失った冒険者たちはそのまま数十メートル下に落下したというわけだ。超人的な反応を見えたファングや風たちが後衛の者たちを庇ったおかげで大怪我した者は出ていないが、それでも全員多少の傷を負う破目になった。今後のことを踏まえてサクラもリカバーを控えた代わり、咄嗟のことに反応出来なかった数名には門見が応急キットで対応してくれた。
 改めてサクラがため息を漏らした。まさかこんな古典的な罠が仕掛けられていようとは。勿論落とし穴とて馬鹿にはならないものだ。下に槍でも仕掛けられていれば、全員ここで串刺しになって息絶えていただろう。
 ‥‥なんだけど、折角の高度な文明なんだから、言い方は変だが、もうちょっと最先端的な罠でもいいと思うのは、彼女だけではないだろう。
「どんな勇者も罠の一つで死ぬこともある。カオスの魔物との争奪戦とはいえ、焦りは禁物だ」
 カオスの勢力が神器を狙っている以上、焦りは禁物。気を取り直して徐々に遺跡の先へと進んでいく。
 炎の噴出やガーゴイルなど、前回の罠が相当応えたのだろう。先頭のアシュレー、アリオスが注意せずとも各自足元や壁には細心の注意を払っていたため、罠らしき罠に掛かることはなかった。それに石の蝶を頻繁に確認しているものの、不気味なほどに反応がない。
 先に進んだ冒険者たちを阻んだのは、ゴーレム系のモンスターたちだった。マーブル、ブロンズ、アイアン、シルバー、多種のゴーレム系が行く手を阻んだが、十分な対策を練っていた彼らの敵ではなく、難敵であるはずのシルバーゴーレムさえも撃退には数分と掛からなかった。
「神器だけでなくゴーレム系の魔物か。あるいは、この遺跡はアトランティス以外の世界から持ち込まれた物かも知れぬな」
「ジ・アースのゴーレムと微妙に違う点もあるみたいだが」
 風が地面に散乱したゴーレムの破片をゆっくりと掴むと、握りつぶしてみた。ブロンズだった金属は粉砕された瞬間さらさらと粉末に変わり、再び地面に零れ落ちる。
「特殊な素材が混じっているようだな」
『そ、そういえば、体中に変な、文様が描いて、ありましたね』
 狭い地下坑道を何とかオルトロスで進むベアトリーセが、荒い息をついていた。ゴーレム系の魔物のいることから、オルトロスも何とか行動可能な地下道だが、十分なスペースがあるとは程遠い。頭と天井はスレスレで下手に腕を振り上げれば、ぶつかってしまう。
 後ろの会話を聞きながら、先頭を歩くアシュレーが罠への注意を促した。その口調は感情を捉えさせない軽いものだが、心の中に浮かぶのは遺跡に対する疑問と、あのブラズニルという魔物への、ある疑念。
 ブラズニルと対峙したのは彼とフィオレンティナのみ。セイルが言う通り、カオスの魔物とデビルの違いとは実に興味深いものだ。現在のところ両者に目的の相違があると判明しているが、それ以上のことはほとんどわかっていない。
(それよりも気になるのは‥‥)
 それは直感に近いもの。長いことアトランティスで生活してきたが、あの魔物と対峙した時、何か異質なものを感じたのだ。それが何なのか言葉にすることが出来ない。でもこの世界で遭遇した魔物たちと何かが違っていた。
 地下坑道の壁に手を当てると、ゴツゴツとした石の感触が掌に伝わってくる。
 やはりそうだ、とアシュレーは自身の抱いていた疑問が間違いでなかったことを悟った。この遺跡は何かが違う。例えるなら、臭いというでもいうのだろうか。廃墟に残っている建築物はアトランティスとはどこか違う趣を含んでいる。かといって、ジ・アースとも違うのだ。本当に異質な、表現することが難しい、何か‥‥。
 進軍は順調に進み、然したる脅威に出会うこともなく、彼らは遂に神器の眠る大門をその視界に捉えたのだった。



●精霊と人
 こちらはベースキャンプ。前の依頼で作成されたものが、ほとんど同じ状態で残されていたのでそのまま使用している。前回同様ルイスが用意してくれた水吟刀で水を調達しているのだが、近寄ってくる蠅が邪魔なここの上ない。オラースがその度に叩ききってやるが、断続的に現れるそれは厄介なことこの上なかった。
 いつもは当番制だが、遺跡探索組みがいない今、お留守番のソウコを守ってやれるのは護衛であるオラースのみ。遺跡に向かうか迷ったが、結局は個人的理由もあって否応にも気合が入るというものだ。
「何か新しいことはわかったか?」
「いえ、今のところは」
 最低限だけの受け答えだけをして、すぐさま視線を机に落とすソウコ。食事をするのと寝る時以外、ずっとこんな風に机の上の膨大な資料とにらめっこをしている。差し入れとしてオラースが差し出したケーキも全く手付かずのまま。予想はしていたが、ここまでのめりこんでいると体を壊すんじゃないかと心配してしまう。
「前回攻略した遺跡から推察しますに、一つ一つの規模はさほど広大ではございません。参加してくださいました皆様ほど力の量があれば、神器の場所まで辿り着くには一日もあれば十分かと存じます」
 同時にそれはソウコの疑問の一つ。この文明の技術力に対して、地下遺跡はあまりに小さすぎる。彼らにも現代人同様、地面を掘ることに抵抗があったということも考えられるが、神器を保管する場所としてはあまりにお粗末ともいえる。
 そういえば、昨日ベアトリーセがこんなことを話していた。この遺跡は一つではなく、多くの種族が共生していたように見える。そしてここは精霊が集まるような場所ではないのかと。
「ソウコはそれと同意見なのか?」
「さて。まだ私には分かりかねます。ですが、この世界において精霊は人の守護者。そして恩恵と加護を齎す存在」
 柔らかな笑みが向けられたのは、オラースの隣で好き勝手に資料をあさくっている炎の精霊『リン』。オラースが止めるよう言うものの、好奇心旺盛なリンは主の言うことなどお構いなしだ。
「悪いな‥‥。邪魔をしちまったみたいで」
「構いませんよ。先ほども申しました通り、精霊は私たちにとって掛替えのない存在。敬いこそすれ、嫌うことなどありましょうか」
 屈託のない笑顔はまるで少女のようだと思う。ただでさえ色彩の薄い髪は雪のよう。膝の上に乗ってきたリンをあやすソウコの姿は、まるで精霊の母親のようにさえ見えた。
 その様子に何となく居た堪れなくなったオラースは『蝿を退治してくると』と言い放つと慌ててテントの外に出ていった。
 その後姿を見送るソウコの口元には、小さな笑み。
 オラースが再びテントに戻って来たとき、机の上に置かれていた手作りケーキは綺麗になくなっていたのだった。



●炎の守護者
 目的の大門を前にして、冒険者は足止めをくっていた。その原因は、門前の広間に陣取る炎の守護者、ダンディドッグに他ならない。
 門に近づくにつれて地下坑道は複雑化し、網の目状の小道のようなそれは一種の迷路を作り出していた。そして神器の眠る大門と広間に繋がる小道は3つのみ。広間の魔法陣に陣取る守護者からすれば、これほど狙い易い的はない。頭を出そうものなら、ファイアーボムが飛んでくる。
「ぃよっと!」
 門見が矢を放つも、肝心の矢は守護者の突き刺さるより前にあっという間に燃え尽きてしまった。
「あっちゃー、こりゃ接近戦でしとめるしかなかったりするのかな」
「かといってあの火の中に突っ込んだら、数秒で炭屑になるぞ」
 アリオスの矢が颯爽と大気を駆けるも、広間に燃え広がる炎の壁が生きているかの如くそれを飲み込んでしまう。
 広間は前回の遺跡とほぼ同じだが、唯一異なる点は炎の妖犬の腰を下ろす巨大な魔法陣。そこから吹き出す炎が守護者を守り、同時に広間に侵入する外敵を払いのける役割も持っている。妖犬の意思に従って自由自在に動く炎の熱は生半可なものではない。
『門見さん、どうです?』
「右腕は素体までやられてる。制御胞も一部熔解してるけど、内部は大丈夫?」
「ええ、何とか‥‥」
 ゴーレムのエレメンタルフィールドならばと突撃を敢行したベアトリーセだったが、巨大な熱量に足止めを受けた瞬間、地面から吹き出したマグナブローによって右腕を失っていた。あんなものを人間が喰らえば、一瞬で灰になってしまう。
「我らは神器を混沌から守り、受け継ぎたい! 如何か!?」
 シャルグを初め、説得試みるが、守護者は聞く耳なしとばかりに攻撃を仕掛けてくる。
 広間の膨大な熱が周辺の空気を乾燥させ、その影響がこちらにまで及んでいた。全身から汗が噴出し、前線に出ていた弓手たちは喉の焼けるような痛みに苦しんでいる。
 どこから現れるのか、門の向こう側からエシュロン、サラマンダー等の下級精霊が津波のようにこちらへと向かって来る。接近戦を得意とする者たちが迎撃するも、敵の数は一向に減る気配がない。このままでじりじりと体力を削られていき、いつかは全滅する。
「メリル殿、何とかならぬか!?」
「ウインドレスも効果がないの。ここからじゃ、ウインドスラッシュも届かないし‥‥」
 氷か水の魔法を操れるものがいれば、何とかなったのだろうが、生憎メンバーの中にはいなかった。
「大変! 後ろからゴーレムたちが来てるよ!」
 サクラのホーリーフィールドに近づこうとしていたサラマンダーを両断し、フィオレンティナが後方へとの注意を促した。セイル、アマツが道を逆走してみれば、20体近いゴーレムがゆっくりとこちらに接近してきている。
 前回の教訓を活かして足元には細心の注意を払っていたが、魔法陣らしきものはなかった。ということは、このゴーレムは別の要因によって起動したということになる。注意深く状況を観察すれば、守護者の獰猛な咆哮が鳴り響くごとに、ゴーレムの数が増えている。やつを倒さなければ、戦いは永遠に終わらない。
「こうなったら、道は一つしかないかなぁ」
「ああ、入り口と同じく、強硬突破させてもらおう。ファング、シャルグ、頼んだぞ」
 アシュレーとアリオスが弓を構え直すと、他の者たちも覚悟を決めたように一斉に頷いた。
 門見が囮として一瞬だけ姿を見せると、そちらへとファイアーボムが炸裂、土砂の壁が吹き飛ばされ、凄まじい爆風と土煙が空間を濁した。
 それに紛れて冒険者たちがスタートし、守護者へと距離をつめようと滑走する。
『―――――――――――――――ッ!!!』
 妖犬の雄叫びに従って、外敵を飲み込むべく脈動した炎の渦が前方から波の如く押し寄せるが、サクラのホーリーフィールドがそれを遮断した。結界を保てたのは数秒間。だがその間にシャルグ、ファング、アマツ、レインフォルスが弓の援護に後押しされながら魔法陣の中へと踏み込んだ。
「うせやがれ、鉄くずども!!」
『まだまだ負けてられません!!』
 後方から迫っていたブロンズゴーレムをセイルのソードボンバーが吹き飛ばし、鉄をも砕く風の拳が粉砕した。片腕を失った騎体を強引に操縦し、狭い道でまさしく壁となったベアトリーセが弓手たちの背後を守り抜く。
「やらせるわけにはゆかぬ!!」
「シャルグ、ファング!」
「承知!」「了解です!」
 魔法陣に侵入した四人へと精霊群が押し寄せるも、アマツ、レインフォルスが強引に道を抉じ開け、二人の道を作り出した。
 二人の攻撃が届くよる数秒早く、守護者のマグナブローが完成しようとする。しかし、その詠唱を妨げるかのように飛んできたのはメリルのウインドスラッシュだった。
 大きくよろめきつつも、怒りに燃えた守護者がその矛先をメリルへと向けた。
 瞬間、蛇の如く形状を変化させた無数の炎が彼女の頭上に降り注いだ。慌ててサクラの結界の中に飛び込むものの、炎の圧力は結界の強度をはるかに上回っており、突破するのも時間の問題と思われた。
「お前の相手はこの俺だ!」
 守護者の注意を引き付けるように、突撃したファング。炎のブレスを盾で凌ぐと、一気に懐へと潜り込み、一撃を放つ。ダメージを受けた守護者が大きく後退するが、それを読んでいたかのようにレインフォルスが周りに集まり始めていた炎を断ち切って道を抉じ開けた。
「ぬぇいっ!!」
 巨大な槌で地面ごと粉砕するかの如きシャルグの轟撃。
 文字通り押し潰されてもがき苦しむところにシャルグ・ファング両名の渾身の一撃が炸裂。
 悲痛とも憤怒とも取れる咆哮の後、守護者たるダンディドッグは霧のように大気へと霧散したのだった。





●神器の意味
 見事守護者を撃退した冒険者たちは、門の中に保管されていた神器を手に入れ、ベースキャンプへと引き上げた。神器の名はスルト。炎を纏ったかの如き真紅の柄と矛を携える、まさに炎槍と呼ぶべき一品であった。
 しかし、ベースキャンプに戻った彼らの顔は、どこか暗い。

『四つの神器を手に入れし者たちよ。祭壇の間へと赴くべし。道はすでに開かれた』

 神器の眼前に臨んだ冒険者たちが与えられた言葉。神器を手に取るや否や、その中からふわりっと浮き出たのは、金髪の女性。メリルが礼拝堂で目撃したあの女性に他ならなかった。
「ねぇ、他の神器はどこにあるの? 貴方誰? この遺跡はどうして滅んだの?」
 ベースキャンプに戻ってからもメリルが質問を行ったが、返答は先ほどのものと全く同じだ。
『四つの神器を手に入れし者たちよ。祭壇の間へと赴くべし。道はすでに開かれた』
 何を聞こうとも、この返答が帰って来る。礼拝堂の時と違い、メリル以外にもはっきりと見えるものの、まともな返事が返ってこないだけに、何の情報も得られていないというのが現状だ。
「どういうことだ? お前らこの姉ちゃんを怒らせるようなことでもしたんじゃねぇだろうな?」
「それならまだ良いのであるが‥‥」
 オラースの嘆息に、シャルグが同じくため息を吐く。
「四つの神器を手に入れし者たちって‥‥どういうことでしょう?」
「既に見つけちゃってるとか、そういうオチはないよな」
「それは無かろう。第一の神器ドヴェルグは既に破壊されておる。残骸を確保しているが、何の役にも立たぬものであるとも確認されている」
 シャルグの指摘に頷くサクラとセイル。
「‥‥‥‥これは憶測に過ぎませんが」
 相変わらずの丁寧な、しっかりと前置きをおいた言い方はソウコ。
「遺跡のあちこちで皆様が発見した紋様等を解読した結果、判明したことなのですが‥‥」
「前置きはいいから。手短に、分かりやすく説明してくれ」
 オラースのやや強引な口調に、ソウコはしっかりと頷く。
「どうやら神器には順序があるようなのです」
「じゅ、順番?」
「神器の名は遺跡にあちこちに刻まれ登場しているのでございますが、そのどれもがこの金属板と同じ順序で名が綴られているのでございます」
 金属板とは、この遺跡を発見する手掛かりとなったもののことを指す。古王国の首都であるこの遺跡の場所、神器の存在等が刻まれていたが、その金属板にはこうも書かれていた。

 巨斧『ドヴェルグ』

 宝剣『イーヴァルディ』

 光弓『ヘイムダム』

 炎槍『スルト』」

「最後の神器のみ擦れて読むことは叶いませんでしたが、もしこの順番に意味があるならば、このスルトは四番目の神器。そしてこちらの女性は四つの神器を集めし者とも仰いました。つまり‥‥」
 そこで一端言葉を切って、厳しく眉を顰めた。
「祭壇の間に赴くべし。これは五番目の神器の在り処に違いありません。神器とは『神が降臨するためのヨリシロ』。神とは王とその血族。これら5つの神器は王族たちの意志が込められている。そしてその意志たちが、次なる神器の場所への道筋を指し示す」
 門見が机の上に広げたのは、自分お手製の、攻略したばかりの地下遺跡の地図だ。首都である遺跡全体図と重ねた結果、先ほどの地下遺跡は北地区の領域下に広がっていることが判明した。
「これを見る限り、北地区にはもう地下遺跡はないだろうねぇ」
「その可能性は高いでしょう。そして、恐らく残る神器は‥‥二つ」
 神器が強力な武器であると同時に、次の神器の在り処を示す役割をも持つのなら、厄介な事態になっていることになる。第一の神器ドヴェルグは既に破壊されてしまったが、ブラズニルと呼ばれる魔物がドヴェルグに込められていた意志から次なる神器の在り処を聞き出していた可能性は非常に高い。もしそうだった場合、冒険者たちが四番目の神器『スルト』を手に入れている間に、ブラズニルは二番目の神器『イーヴァルディ』の元へ向かったと考えるのが妥当だろう。
「本来なら、第一の神器『ドヴェルグ』を確保してイーヴァルディ、ヘイムダム、スルトと順番に手に入れるべきだったのですね」
「しかし、ドヴェルグを失った私たちは偶然にもスルトへの道を発見して第二、第三の神器を飛び越えてしまった。そういうわけか」
 ファング、アマツの視線が地図へと落とされる。地下遺跡に侵入する前に城内を隈なく調べてみたが、それらしき所は見つかっていない。城内にないとすれば、残る城下の南東西、この三つの地区に他の地下遺跡に通じる入り口があるに違いない。
 その後、地上部を探索していたアルトリアによって南地区の某巨大な建築物跡地から、地下への道が発見されたとの報告が齎された。それは地下坑道を通じて遺跡からやや外れた離宮に繋がっており、その内部には地下遺跡への道も確認できた。しかし、ソウコの予想通り入り口には既に何者かが侵入した形跡が残っており、メリルのステインエアーワードによれば、昨日黒い服を着た男、ブラズニルと思しき存在が入っていったとの情報が得られた。中にある神器が何であるのか不明だが、既に破壊されてしまっていると考えても差し支えないだろう。
 結局依頼期間が終了したことから、冒険者たちは一時撤収となる。
 回収した神器『スルト』はソウコが一時的に預かり、国が管理するとのことだが、今後の遺跡探索に使用して構わないと許可も出ている。
 残る神器は‥‥おそらく二つ。
 次なる神器は光弓『ヘイムダム』。