【カオスの地偵察】 運命の天秤

■ショートシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月21日〜02月26日

リプレイ公開日:2009年02月28日

●オープニング

 扉が開くと廊下から冷たい空気が流れ込んでくる。それに乗って近づいてくる足音は一礼すると、直立不動の姿勢を取った。
「鎧騎士ロニア・ナザック、参上致しました。」
「ご苦労様です。貴方を呼び出したのは他でもありません。前回の報告書に関して、貴方から直にお話しを聞かせて頂きたい。宜しいですね?」
「はっ‥‥」
 部屋に嗜好品などは見受けられず、あるのは壁際に並ぶ本棚と事務用の机のみ。主の性格がそのまま部屋に現れている。
 なぜ自分が呼び出されたのか、ロニアには大体予想がついていた。予想外なことといえば、中央議会の議室ではなく、マリクの私室に招かれたことだ。
「カオスの穴から瘴気が漏れ出し、現在東へと進路を取り、スコット領に進んできております」
「瘴気に関して、判明していることはありますか?」
「猛毒性と麻痺性を持っていることくらいしか‥‥。瘴気に晒された動植物は悉く死に絶えており、メラート工房で手に入れたサンプルを参考に対応策を練っておりますが、瘴気を防ぐ手立てはまだわかっておりません」
 カオスの勢力の出現に誘発されたかの如く、混沌の穴でも一つの異変が起きていた。前回4名の冒険者が瘴気に呑み込まれた砦へと救助に向かったが、時既に遅く失敗に終わっている。その際、瘴気の中で『ヒトらしき』ものに襲撃されたゴーレムが腐食に似た攻撃に晒されて破損してしまった。
「腐食に似た現象に関してですが、攻撃を受けたゴーレムの状態はどのようになっています?」
「金属性の武装は粘土のように変質し、既に使い物になりません。更に素体表面も侵食されており、修復は不可能という判断が下されています」
「エレメンタルフィールドは?」
「正常に発動したようですが、あまりの侵食率に対抗しきれず、完全に破壊されているとのことです」
 暫くの沈黙の後、マリクがそうですか、とだけ声を漏らした。諦めと絶望、それに近い感情がその中に含まれているようだった。
 天に祈るように瞼を閉じたマリクの顔が少しだけ上へと向けられる。この世界を守護する竜と精霊に対し、救いを求めるかのような仕草は、信仰の薄いロニアにも共感できるところがあった。
「‥‥ロニア卿」
「はっ!」
「この土地は今多くの困難に直面しています。南方地域におけるバの侵攻、アスタリア山脈の信仰竜、東部海岸線の海賊団、各地に出没するカオスの魔物、そしてカオスの穴から漏れ出した瘴気最近では戦乱収まらぬ状況に見かねたのか、南方地域でカオス信仰者たちが一揆を起こすという事態まで発生しています。スコット領は歴史浅い新興の土地。カオスの地を監視することを目的に起こされましたが、最早それどころではない、というのが正直な感想です。スコット領の頭たる中央議会は権力闘争の場と化し、満足に動きが取れない。唯一の頼みであるステライド領もカオスの勢力の対応に追われ、期待はできません」
 現状確認、としても目を逸らしたくなる。平穏だったオクシアナ以北の地域にも、徐々に騒乱の手は伸び始めている。独立地域として保たれているのが、不思議なくらいだ。
「‥‥気落ちしているところ申し訳ありませんが、悪い知らせがもう一つあります」
 諦めを超えて、悟ったような表情でマリクの視線が真っ直ぐに向けられる。
「貴方を呼び出したのは、報告書の詳細を聞かせてもらうだけではないのですよ」
「‥‥と、申しますと?」
「デッド・ポイント。貴方なら、わかりますね?」
 応答するロニアの指に、小さな力が入った。
 デッド・ポイント。それは古の森の中心部にある異質地帯のことである。まるで火山の噴火口のように陥没した巨大なクレーターの地形を有し、木の上に更に木が生える現象で巨大な樹海が形成されている。空には大型の恐獣が住み着ついていたが、カオスの勢力の襲来に合わせて消失してしまっているため、現在は上空から偵察のみが行われている。
「それが、何か?」
 化物どもが巣食う古の森の中心部である。それが話題に上がったこと、そして自分の任務地を照らし合わせることで嫌な予感が一気に加速していく。
「結論を申し上げるなら、デッド・ポイントに無数の魔物が集結しています」
 冷徹とも感じられる言葉に、ロニアは一瞬眩暈がした。
「定期偵察艦の話を総合してみたところ、瘴気の移動によって住処を失った魔物たちが西へ西へと移動し、その結果、魔物の大移動とも呼べる現象が起こっています。小型の恐獣だけならば問題ありませんが、大型の恐獣や魔物が動くことで更に住処を失った魔物の群れが西へと逃げる。その連鎖が何十にも続くことで瘴気の進路上にある地帯で、今まで保たれていた魔物の勢力図が大きく変貌しているのです」
「‥‥で、ですが、デッド・ポイントに魔物たちが集結しているということは互いに争い勢力は削られるはずでは」
「ええ、ですが、最も重要視すべきは魔物の集結ではなく、その次の段階にあります。こちらを御覧なさい」
 差し出された資料の束をゆっくりと閲覧していくロニア。その表情から、赤みが失われるのに、それ程の時間は掛からなかった。
「‥‥‥‥共食い」
「‥‥そうです。瘴気によるものかは不明ですが、混沌の力によって狂わされた魔物たちが互いを食し、それにより新たな種へと進化を遂げようとしている、ソウコ・アンティリットという考古学者からはそのような見解を頂きました」
「そんな馬鹿なことが」
「‥‥起こらないと言えますか?」
 言葉に窮したロニアには、何も答えられなかった。異界からの侵略、そのような途方もない事態に直面して起こりえないものなど何もない。
「各地で確認されている異界の門、カオス界とこの世界を繋ぐゲートが出現している可能性もあるでしょう。もっと別の、私たちが検討も付かない事態が発生していることも捨て切れませんが」
 現在メラートには7騎のゴーレムしか配備されていない。元々は10騎ものゴーレムがあったのだが、度重なる任務での騎体損傷に製造が追いついていないのだ。突発的に出現する精霊や恐獣に対処するためには、最低でも5騎のゴーレムを残しておく必要がある。それを考えれば、瘴気とデッド・ポイント、その両方に対処することは不可能だ。
「瘴気への対抗手段を探す任務に当たるか、それともデッド・ポイントに向かうか。バとの戦で消耗した私たちに、両方に臨むだけの力はない。どちらも見逃してよい案件ではありませんが‥‥判断は、貴方に任せます。ロニア・ナザック」
 下がるようにとの命を受けて、ロニアは静かに廊下へと出た。
 与えられた任務は二つ。
 瘴気とデッド・ポイント。
 どちらかを選び、任務に当たらなければならない。
 だが、どちらの道を進もうとも、困難な道であることに違いはない。
 スコット領の未来を大きく左右する選択。
 どちらかに傾いた天秤はいずれ大きく倒れてしまう。
 それでも、どちらかを選ばなければならない。
 私たちに残された選択肢は、それしかないのだから‥‥。

●今回の参加者

 ea2606 クライフ・デニーロ(30歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 eb4637 門見 雨霧(35歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●作戦会議
 大型フロートシップ、その艦内。
 ブリーフィングルームに集まったのは、鎧騎士ロニア・ナザックと冒険者4名。
 彼らが向かうのは混沌の大地、カオスの地。そこをゆっくりと横断している瘴気だ。
「魔物の集結も見逃せないけど、移動の有無を考えれば、瘴気を優先すべきだろうね。あれが都市部に流れ込めば、間違いなく手遅れになるだろうし」
 クライフ・デニーロ(ea2606)が語るように、冒険者たちが下した選択は瘴気に向かうことだった。デッド・ポイントの異常事態も見逃すことは出来ないが、現状ではそれが妥当な判断だろう。
「デッド・ポイントに誘導できたら、一石二鳥なんだけどね〜。共倒れじゃないけどさ、そうなってくれれば、こっちも楽なのに」
 冗談半分、本気半分でいうのは門見雨霧(eb4637)。デッド・ポイントに集結している魔物を瘴気が片付けてくれるのならば、これほどありがたい話はない。ただでさえ、戦力が不足しているのだから、一つでも問題が減ってくれれば僥倖というものだ。
 今回彼が使うのは、ゴーレム生成を付与した真鉄の矢。ゴーレム生成は魔法力を注入する効果を持つ。ならば、ゴーレム生成を付与した武器ならば、瘴気にも効果があるのでは考えたのだ。残念なことに、これまでの実験データによれば、ゴーレム生成は魔力を注入するものの、その魔力は魔法効果を持つ通常の武器とは異なるものらしい。簡単にいえば、魔法力を持つ通常の武器とは同等にならないのだ。ゴーレム生成はあくまでゴーレム製造に関連する魔力の注入である。しかし、それが瘴気に有効の可能性も捨てきれない。取り敢えず自分が使用するだろう真鉄の矢のみにゴーレム生成を掛けてもらうにとどまった。また門見からメラート工房にギガントソードなどの贈呈があったが、立場上それは出来ないと言葉を受けている。
「俺は地上で瘴気を迎え撃たせてもらうぜ。こんな機会は滅多にないからな」
 オラース・カノーヴァ(ea3486)が自信満々で腕を組んでいれば、門見。
「生身で対峙って、危険じゃないかな?」
「何も瘴気の中に入ろうってわけじゃないんだ。遠くから攻撃するだけだよ。いざとなったら、こいつで逃げるしな」
 そういってオラースが自慢げにフライングブルームを持ち上げる。他にあれこれ反論は出たが、念のためロニアがグライダーで待機するということで決着した。
「それより、攻撃するタイミングはどうするんだ? まずは精霊砲をぶちかまして効果を見るとして、接近しようにも真正面からじゃ、さすがの俺もどうしようもないぜ」
「人型が現れた時、しかないでしょうね」
 瘴気がデビルとカオス、二つの力の源であるならば、それら二つと同様に対処すべきだとベアトリーセ・メーベルト(ec1201)は考える。集合体である人型の時、それこそが最大の好機。
「でもそれは、同時に危険な時でもあります。以前と同じ攻撃をくらってしまえば、ゴーレムも無事ではすみませんからね」
 前回の作戦で使用されたモナルコスは、人型の攻撃を喰らってぼろぼろになってしまった。しかし、今回使用するのはゴーレム『オルトロス』。モナルコスよりも上位騎体。この騎体でどこまで通用するか‥‥。



●津波
 フライングブルームで降下したのは、オラース。
「‥‥さぁて、どうするかねぇ」
 間近で見れば、改めてこの瘴気の大きさがわかった。巨大という表現では物足りない。街をも飲み込む凄まじい津波が大地を飲み込んでいく、そんなことを想起させてくれる。ひたすら東へ東へと進む瘴気の触手。円状に拡散するのではなく、綱のように細長く伸びた瘴気の触手とも表現できるこれは、スコット領に向けて真っ直ぐに向かってきている。
 石の蝶を見るが、反応はない。カオスの魔物とはまた別の存在ということか。
 こんな巨大なものと対峙するのはおそらく自分くらいだろうと思う。それほどにこの瘴気と生身で対峙するのは無謀で、命が幾つあっても足りないくらいの行動だ。
「風向き西、風の強さ弱ってところかな」
 風向きをチェックしながらも瘴気への警戒を一層強める門見。
 はたしてこれが、文字通り追い風となるかどうか。
 グライダーで捕まれば、命はない。後部座席に乗るクライフごと骨も残らず塵となってしまうだろう。
 ベアトリーセ騎がフロートシップのハッチから降りてくるのを確認して、門見が瘴気へとグライダーを向かわせる。
 精霊砲の発射音が鳴り響き、作戦が開始された。

●根源の恐怖
 クライフの行った実験はほぼ成功していた。クリエイトウォーターによって生み出された水は削るとまでいかないが、瘴気の進行方向を妨害し、続いて皮膜状に包囲された瘴気は一切の動きを封じられるに至っている。
 瘴気の動きは実にゆっくりとしたものだった。人間の歩行速度は上回るが、全力疾走すれば何とか振り切れる。騎馬やペガサスなどに騎乗しているものならば、逃げることなど容易い。フライングブルームを持ち、卓越した身体能力を持つオラースならば、距離を保つことはさほど難しいことではなかった。
 今のところ、人型は現れていない。精霊砲が希薄な薄紫な瘴気へと発射されていくが、効果はないように見える。虚しくも地面を破壊するだけの、爆裂音が響いていくだけだ。挑発混じりにオラースが矢を放っても、全く変化はない。
「これじゃ埒があかないな」
『私が内部に入ってみましょう。オラースさんはここに待機していてください』
 一瞬反論しかけたが、無駄に命を投げ出すほど愚かでもない。それが最善と悟ったオラースが頷くと、ベアトリーセはオルトロスを瘴気の中へと向かわせた。


 ベアトリーセが瘴気の中に入ってから、数分後のこと。地上に降り立っていたクライフのペット『ライケス』の耳がぴくりっと何か反応した。動物の直感とでもいうのか。人間よりも優れる野性、危機察知能力が訴えたのかもしれない。鋭敏な嗅覚と視覚と聴覚、持てる全ての五感を解放したライケスが瘴気の方を凝視し、それにつられてクライフとオラースも目を向ける。
 ライケスの反応から数秒後、これまでの攻撃に一切の沈黙を保っていた瘴気が突如脈動の如くうねり始めたかと思うと一気に凝縮し、人型を形成した。
「クライフさん、捕まって!!」
 急降下してきた門見のグライダーに急ぎ乗り込んでクライフが安堵の息を漏らした。まさに九死に一生。凝縮後、その反動で勢い良く拡散した瘴気はこれまでからはとても想定出来ない速度で大地に広がると、二人のいた地面を飲み込んだ。
 オラースも瘴気に飲み込まれるぎりぎりのところでグライダーに乗り換えていたロニアにより救出された。乗り込む際に、精霊『リン』のファイアーコントロールで操った松明を投げ込むが、規模が小さすぎたのか、飲み込まれた瞬間消滅してしまう。
「効果がない‥‥いや、炎と反発し合ったのか?」
 急上昇していく中、オラースが懐の石の蝶に目を向ければ、それは確かな反応を見せていた。
「降下しろ! 弓を試す!!」
「なっ、正気ですか!?」
 最早地上で活動を行うことは不可能だった。人型の出現と同時に、地表に拡散した瘴気は猛毒と麻痺性を持つ。生身の接近戦は即ち死を意味する。
「このまま引き下がったら、意味ねぇだろうが!」
「‥‥承知しました!」
 無謀にも近いオラースの勇気に一喝されて、ロニアがグライダーの頭を翻した。
 それに並ぶように門見もグライダーを走らせた。後部座席に乗るクライフがファイアーボムを発動させ、瘴気の中に撃ち込むものの、精霊砲同様効果が見られない。
 上空で仲間たちが行動を開始する中、ベアトリーセは一人自分の判断の誤りを自覚していた。
 瘴気が凝縮すると同時に現れた人型の瘴気。圧倒的な恐怖感に耐えながらも、敵の巨大な手を避けつつ、ブラン合金の剣を振るった彼女だったが、それは一度も命中していなかった。懐に潜り込むことに成功し、スマッシュを乗せた一撃を放ったが、命中の寸前人型は霧のように霧散、正確には分裂したのだ。
 微細な塵に分散した瘴気に、ベアトリーセが抗う手段はなかった。剣を振るおうとも砂のように微細なそれに当たるはずがない。ましてやここは拡散した瘴気の中。生身である他の者たちの援護も入らない。
 騎体は削られ、次第に侵食されていく感覚が直接彼女の身体に伝わってくる。隊長騎と謳われるオルトロスでさえ、瘴気の侵食に耐えることはできなかった。
 騎体の膝は折れ、絶望に打ちひしがれる中、不意に周辺の瘴気が吹き飛んだ。巻き起こるのは爆発と火炎。クライフのファイアーボムだった。
 薄い瘴気が吹き飛んだことで、人型の姿が上空班にもしっかりと視認できるようになった。その隙を狙い、クライフが再び火球を発動させる。
 それは効果があったのかもしれない。拡散する瘴気には全くの意味を成さなかったが、人型の胸目掛けて放たれた火球は命中の直前で爆発してしまう。人型の周囲をもう一つの瘴気、渦とでもいうのか。それが人型の周辺を渦巻き、まるで結界のような役割を果たしていた。精霊砲同様どんなに撃ち込もうと、渦は破れない。石が砕けるように飛散しても薄い瘴気が凝縮してそれを補い、修復する。アイスコフィンなど瘴気を取り囲むことも出来ず、全く効果がなかった。
「くぅっ‥‥‥‥!!」
 うるさい蝿を叩き落そうと、薄い瘴気の層から二つの腕が伸びた。たちまち上空への避難を余儀なくされた間に、人型の姿が薄い瘴気の中に消えてしまう。
「オラースさん!!」
 ロニアは一度腕を振り切ったところで、再びグライダーを旋回させた。人の手のように伸びてくる瘴気の腕を紙一重で回避し、拡散する瘴気の層ぎりぎりまで接近する。名弓を手に取ったオラースは、瘴気の中で蠢く影を捉えた。二つの巨大な人影、それは瘴気とベアトリーセ騎。
(いちかばちか!!)
 薄紫の色彩が邪魔して、外からでは内部の状況がつかめない。必然的にオラースからはどちらが瘴気なのかが把握出来なかった。それでもオラースは矢を放った。自分の勘を信じて。

――――――――――――――っ!!!!

 制御胞内で死を覚悟していたベアトリーセの耳に、耳鳴りが響いた。
 頭が割れそうな響き。鼓膜が震え、凄まじい頭痛ががんがんと響くが、それが瘴気の苦しみだと理解出来たのは人間としての直感であろう。人型を守っていた渦も、矢を遮ることは出来なかった。渦を貫通したオラースの矢はそのまま人型の胸に命中したのだ。
 手ごたえを感じたオラースが再び矢を放つも、この視界の悪さではそう何度も当たらない。それを察知したベアトリーセもすぐに瘴気から脱出、瘴気が停滞しているうちにフロートシップに乗り込み、その場から脱出するのだった。




●報告
 メラートに帰還した冒険者たちは、ロニア、ギルと共に報告書を吟味していた。
 オラースの矢は一定のダメージを与えたと判断できるが、門見の矢は人型に効果はなかった。視界が不十分で一度しか当たらなかったというのもあるが、それでもやはりオラースのような有効は認められなかった。ゴーレム生成では魔力付与の効果は持たないのか、それとも別の要因があるのか。
「ただ風の影響はある程度受けるみたいだね。ファイアーボムの爆風で薄い瘴気が大きく拡散するのが確認できたから」
「水の影響を受けるということから考えても、進行を遅らせる手段は十分にあるようですね」
 クライフが扱った水の魔法は十分な成果を上げた。水は瘴気を遮断し、形状を変化させれば、瘴気を封じ込めることも可能だ。問題点は瘴気の規模があまりに巨大なため、一人では対処できないことと、人型にそれを使おうにも、常に薄い瘴気の中にいる人型を魔法の効果範囲に入れるためには、それ相応の対策が必要ということだろう。
「『遅らせる』方法は、な」
 腕を組んだまま、鼻を鳴らすのはオラース。彼の言う通り、遅らせる方法はある。しかし瘴気を完全に消滅させる方法は未だ謎のままだ。人型を倒せばどうかなったのかもしれないが、現状の戦力では不可能に近い。
 新たに判明した事実もある。クライフが希望していた樹木のサンプルは、余裕がなかったので残念ながら回収できていないが、その代わりにある意味では興味深い、そしてある意味では希望を削ぐ事実が判明した。
ベアトリーセが使用していたブラン合金の剣。ブランとは魔法金属で、その強度、貴重性から国が直接管理するほどの超希少鉱物である。その表面が腐食しているのだ。
「ブランを凌ぐ素材はこの国には、いやこの世界にはほとんどない。それを侵食出来るということは、事実上あの瘴気に破壊できんものはないということになるのぅ」
「‥‥厄介な相手ですね」
 ギルからもたらされた報告に、ベアトリーセが悔しげに拳を握った。
 瘴気には未だ多くの疑問点が多い。瘴気に晒された動植物は死に絶えてしまう。突然変異型のトロール、カオスの力を得たカオスゴーレム、天使と精霊。瘴気が生物をアンデッドやカオスの魔物に変えてしまうのではないか、瘴気を付与されたものがカオスゴーレムになるのではないかという説もあるが、それどれもが確認の仕様がない、推論に過ぎない。
 瘴気が向かうのは東。それ即ち、スコット領の方角。
 今回の作戦で手に入れたデータ、瘴気の速度から計算して、瘴気がアスタリア山脈の麓に現れるのは二ヵ月から三ヶ月後。
 その間に対応策を考える必要がある。
 それが出来なければ、スコット領は滅びる。
 戦いは、まだ始まったばかりだ。