【神器争奪戦】光と闇

■イベントシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:17人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月10日〜03月10日

リプレイ公開日:2009年03月17日

●オープニング

 神器争奪戦の捜索は三度目に突入しようとしていた。
 第四の神器、炎槍スルトの回収には成功した捜索隊であったが、第一の神器ドヴェルグは破壊され、第二の神器、宝剣イーヴァルディも既にカオスの魔物『ブラズニル』によって破壊されたと推測されている。もしそれが事実だった場合、残る神器は僅かに二つ。第三の神器、光弓ヘイムダムと祭壇の間からつながるとされる最後の神器。
 捜索隊の一人であるソウコ・アンティリットはカオスの地に関して右に出るものがいないと称されるほどの考古学者だ。まだ人生の中間地点を過ぎたばかりという若さで蓄えられた知識は膨大で、何よりもその熱意と集中力は本人の無自覚とは反対に、他者からは異常とまで陰口を叩かれるほどだ。天才ではなく、努力家。食事も忘れて熱中する彼女に紐解けない謎はないだろうと、周囲の者たちは考えていた。
 背中を支えてくれる背もたれが、苦しそうに悲鳴を上げる。これで何度目だろう。目の奥に火でも入ったように熱を持って痛みを生んでいる。
 机の上に散乱するのは遺跡で回収した文様や文字を書き写した資料に、王宮から特別に借り受けた文献や地方の家から持ってきた古文書など。一般人から見ればぼろ皮以外のなにものでもないのだが、その道に通じるものからすれば、涎が出るほどの貴重品だ。事実、今ソウコが手にしている文献は本来なら人の目に触れることが許されないものである。国王から特別の許可を頂き、拝見することが叶ったが、もし汚そうものなら、彼女の首が飛びかねない。
 疲れの溜まった頭では注意力は低下してしまう。ぐったりとなった身体から力が抜けた拍子に、ずるりっと文献が手から零れ落ちた。拾わなければと思う意志も極度の疲労の前には、易々と屈してしまう。
 頭の奥で反芻する文字の群が眠りに落ちようとする意識を、さながら波のように上下へと揺り動かしていく。
 金属板に書かれていた『マステア』という単語。現代でいう『神器』に相当する意味を持つ言葉と解釈したのは、自分自身に他ならない。しかしそれが今、崩れようとしていた。
 無造作に拡げられた文献を食い入るように覗き込めば、解答の出ないことに対する苛立ちと焦りが胸中で加速する。同時それには憶測が確信に変わった瞬間でもあった。
(‥‥‥‥ない)
 捜索の原点であり、その対象でもある神器。それを指し示す単語『マステア』という文字が、遺跡には何処にも綴られていない。ドヴェルグ、イーヴァルディ、ヘイムダム、スルト。それぞれの神器の名はあちこちに刻まれているにも関わらず、『神器』という文字は遺跡から一つも確認できない。金属板には、はっきりと刻まれているのに。
 神、空、深淵の民、天上の力、そして‥‥黄昏の闇。
 この世界、アトランティスには、八人の混沌の王が存在すると言われている。ジ・アースに現れる七大魔王とは異なる存在でありながら、それと同等の力を持つとされる八つの王、カオスの魔物たちを統べるそれは神と言ってもいいかもしれない。深淵の民がカオスの魔物たちを指すならば、天上の力とは遺跡の王国が用いた力と考えるのが妥当だ。神が王を示し、黄昏の闇が深淵の魔物たちを統べる存在だとしたら、その闇はカオス八王を指すことになる。
 やはりここで浮かび上がるのは、空という単語。マステアという単語が遺跡に存在しない理由。
 何か大切なことが欠けている、とソウコの直感が告げていた。
 大切な、何か。
 カオスに抵抗するための手段として神器を目指してきた私たちだが、もしかしたらそれ自体が『間違い』だったのではないか。そんな根底を揺るがす問いが頭の中で渦巻いている。
 答えは、すぐ目の前にまで迫っていた。

●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ アリオス・エルスリード(ea0439)/ シャルグ・ザーン(ea0827)/ 風 烈(ea1587)/ アマツ・オオトリ(ea1842)/ ルイス・マリスカル(ea3063)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ グラン・バク(ea5229)/ ファング・ダイモス(ea7482)/ レインフォルス・フォルナード(ea7641)/ 伊藤 登志樹(eb4077)/ 門見 雨霧(eb4637)/ スレイン・イルーザ(eb7880)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)/ ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)/ メリル・スカルラッティ(ec2869

●リプレイ本文

●どこかで見たような?
 凄まじい形相で睨み付ける先には巨大な石が積み重なってできた三角錐の建物がある。
「う〜ん‥‥」
 神器捜索任務もこれで三回目となる。ここ城下東区画にいるのはベアトリーセ・メーベルト(ec1201)、サクラ・フリューゲル(eb8317)、アシュレー・ウォルサム(ea0244)、門見雨霧(eb4637)、ルイス・マリスカル(ea3063)、ファング・ダイモス(ea7482)の六名。
「白の神聖騎士、サクラ・フリューゲルですわ。どうぞよしなに‥」
「そのような挨拶を不要です。最初から参加している者もまだ今回で三度目。貴方のような方に参加して頂いて私も心強く感じます」
 ルイスの握手には友好と信頼の意味が混じっていた。西区画に向かったのはフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)、アリオス・エルスリード(ea0439)、アマツ・オオトリ(ea1842)、グラン・バク(ea5229)、レインフォルス・フォルナード(ea7641)、伊藤登志樹(eb4077)の六人。幸か不幸か当りを引いたのは東側。この三角錐の建物がフェイクという可能性もあるが、その時は引き返すだけのこと。西側も何も発見できなければ、こちらの助けに来てくれるはずだ。
 区画の中心に固い土とは異なる砂の地面があり、怪しいと思ってオルトロス搭乗のベアトリーセが掘り返してみれば、下に続く階段が姿を現した。更に掘り進むと窪んだ底に高さ約8mの、先の建物を発見。その一角に地下への入り口を発見したというわけだ。
「んー‥‥何だっけ、これ」
 門見はずっとこの調子だ。何処かで見た覚えがあるとかないとか。
「北欧神話に関連するものではありませんか?」
「どういうこと?」
「この地は北欧神話の影響を受けていると見ることができるのですよ。天上たるアースガルドとは遺跡地上部、地下部がミッドガルド、更なる下層がカオス界。面白いことにブラズニルという魔物の名も神話の中の「スキールブラズニル」から取ったものかもしれませんね。黄昏の闇とはラグナロク」
「ひゅ〜博学だねえ」
「神器もドワーフ、パラ、ジャイアント、人間、エルフ、で5種族の象徴かもしれません。もしこれが真実なら‥‥」
「ならば?」
「最後はロキでも出て来るのですかね」
「そ、それは勘弁してほしいかも」
 実はこのルイスの推測、一部はあながち間違っておらず、彼の予見に近い形で物語は進んでいくことになるのだが、それが証明されるのは後日のこと。
「光弓かあ‥‥どんなものかは知らないけど弓なら使ってみたいよね。こんなのもあるし尚更」
『何です、それ?』
「昔精霊から貰ったんだよ。ほら」
 はるか昔、カオス界の穴を封じたとされる天界王ロード・ガイ。アシュレーの手に握られるのは、王に追従した光の巫女に関連する紋章だ。
 大事な懐に収めてから、ぐっと背を伸ばした。人数は僅か6人。ゴーレムに囲まれでもすれば全滅しかねない。
「‥‥それじゃ、行こうか」
 五つの声が呼応して遺跡探索が始まった。




●遺跡の正体〜正解は?〜
 祭壇の間には考古学者ソウコとその警護の者たちが集まっていた。メリル・スカルラッティ(ec2869)、スレイン・イルーザ(eb7880)、シャルグ・ザーン(ea0827)、風烈(ea1587)、オラース・カノーヴァ(ea3486)。
「ソウコさん〜、やっぱりマステアっていう文字はないみたいだよ」
「ご足労をお掛けいたしました」
 恭しく頭を下げるソウコを制止するのはメリル。精霊碑文学をかじっているだけあって本格的な解読とまではいかないが、多少手伝いは出来るということでソウコの補助を行っている。
「そんなことないよ。それより、どうして一度調べた場所をもう一回調べるの?」
「‥‥金属板と遺跡の情報が一致していないのでございます」
「どういうこと?」
「例えばでございますが、マステアという文字は金属板には登場致しますが、この遺跡には一つもございません。そして神と空の二つの単語も遺跡で見ることは出来ても、金属板には一切確認出来ない」
 メイの建国以前に栄えた王国なのかもしれない。メリルのパーストで得られる情報には限界があった。
「そういえば、その金属板ってどこからでてきたんだっけ?」
「古の森で最初に発見された小さな遺跡の中でございます。定期偵察艦と教会のお告げを頼りに発見し、内部で見つかったこの金属板に従って私たちはここに到達することができました」
 だが、それに対する疑念は膨れ上がるばかり。
「あらん限りの悪を為すがいい、かぁ。これってやっぱり王国を攻めてきた勢力のことを言ってるのかな?」
「確証はございませんが‥‥」
 今とはなってはこの金属板を信じることは難しい。最後の神器の名が削られていることも、罠ではないのかと思ってしまう。遺跡の碑文とマステア碑文の刻まれた時間が異なるのではないかというグランの説もある。言葉の概念自体が無かったのであれば、それも説明が付く。もしそうなら、王国が滅ぼされた時に身を隠した人々がいたということだろうか。
「遙か昔、神聖王国ムゥと魔法王国アトランティスはジ・アースと繋がっていた。ムゥとアトランティスの戦争で世界は砕かれ、ムゥは天空のかなたへ飛び去り、アトランティスは精霊界の底へ沈んだ。‥‥という伝説がジ・アースに残されておる。もしこれがムゥの遺跡であれば、かつての王国の『外敵』とはむしろアトランティスなのかも知れぬ」
 膨大な量の資料を抱えるシャルグがそれをものともせずに周辺の文様へと視線を走らせていく。
「あるいは祭壇の間の『道』とやらも、ムゥへの月道やもしれぬな」
「それももうすぐ明らかになるでしょう」
「どういうことであるか?」
 一人全く動じないソウコが続ける。
「捜索班の方々が守護者を倒せば、おそらく最後の神器への道が開くでしょう。その入り口はほぼ間違いなくここでございます。入り口が開き次第、中に進入しますので皆様お覚悟を。」
 空気が否応にも引き締まった。とうとう最後の扉が開く。それをカオスの勢力が指をくわえて黙っているはずがない。
「ソウコ、俺も聞きたいことがあるんだが」
 それはオラース。そのあまりの表情に、全員の表情が更に厳しいものに変化した。
「何でございましょう?」
「ああ。その、な‥‥」
 一度大きく咳きをしてから、至極真面目に問う。
「ソウコは結婚したら、家庭に入る気はあるんだろうか。随分と仕事を大切にしているようだが」
 かくんっ、と全員の首から力が抜け傾いた。
 議論から一転。見事なまでに話の流れをぶったぎってくれた。
「オラースさぁ〜ん‥‥」「オラース殿‥‥」「オラースさん‥‥」『オラース‥‥』
「何だその目は。俺は至って真面目だぜ!」
 空気を読めといわんばかりの視線を四方から受けながらもオラースは質問を撤回しない。さすがは悪漢を生業とするだけあるが、ソウコのくすくすという笑い声の前ではたちまち蛸のように真っ赤になってしまった。
「そうですね。考古学ばかりに目を向けてきましたから、そういうことを考えてもよい時期なのかもしれません」
「本当か!?」
「ええ。この捜索任務が終わり、世界から混沌の闇が消えたのならば、自分の幸せを考える時期なのでしょう。私ももう結構な年でございますし」
 じゃあ、とオラースが勢いよく詰め寄ろうとしたのは見事に回避。
「シャルグ様に、風様、スレイン様、探索任務に参加してくださっている皆様は、素敵な方々ばかりでございますから」
「い、いや、我が輩はすでに子がいる故」
「まぁ、それは残念でございます」
 珍しく言いよどむシャルグの隣では、遠まわしに断られたオラースががっくりと。これもまた珍しい。これが年上の巧みというやつか(?)。
 古びた遺跡には似合わない笑い声が響く。普段は表情乏しいソウコもこの時だけ声を上げて笑っていて、それを見られただけでも勇気を出した甲斐があったのかもしれないと、心の中でこっそりとガッツポーズを取るオラースだった。




●思わぬ奇襲
 地下遺跡に侵入した東側探索班は順調に奥へと進んでいた。少人数の方がアシュレーも指示を取りやすく、罠らしき魔法陣や壁のトラップにかかる事はなかった。その結果これまでの大人数よりもペースは上がり、問題の魔物たちもサクラのデティクトアンデッドのおかげで回避できている。
「ベアトリーセさん、進めそう?」
『屈んでいけば何とか‥‥。武器は引きずっていくしかないわね』
「どこか故障したら修理するから。この人数だもん。少しでも戦力は保っておかないと」
 前回の遺跡と違い、道が狭いこと。ゴーレムは匍匐(ほふく)前進の状態。それでも他の者たちについてこられるのはさすがというところだ。
 ストーンゴーレム二体とガーゴイル四体という最低限の敵のみを相手するだけで、捜索隊は突入から数時間後、守護者の待つ大広間に到着した。天井高い空間と向こうに見える巨大な門はこれまでの神器保管場所と同じ。門の前に控えていたのは、氷漬けにされた一体の魔物だった。
 冒険者たちの中には見覚えのある者もいただろう。大広間の中心に置かれた氷の中にいる魔物、それはキマイラだ。
「皆ストップ」
 広間に入ろうとした他の者たちを、アシュレーがとめた。
 ここから門までは目算で200m。カオスの勢力はない。これは絶好の機会だ。
「多分だけど、大広間に足を踏み入れた瞬間、あの氷が壊れて魔物が開放されるはず。打ち合わせ通りファングさん、ルイスさん、ベアトリーセさんが前衛、俺と門見さんが弓援護しながら、可能なら一気に門まで走るね。サクラさんは中堅をお願いね」
 全員が頷いたのを確認し、合図はアシュレーの一歩。
 魔物を封じていた氷が砕け散る甲高い音が響くと同時に、六人は広間へと突入した。


 結論から言えば、キマイラとの戦闘は冒険者たちの有利に進んでいた。
 ライオン、ドラゴン、黒山羊という三つの頭と尻尾で同時に行われる攻撃は凄まじく、さしもの前衛たちも苦戦を強いられたが、弓の援護とサクラのホーリーフィールドが炎の息の狙いを逸らし、攻撃の隙を作り出した。
 次第に弱っていく魔物に対して前衛が三方向から攻撃を仕掛けていく。三人とも卓越した能力の持ち主であり、熟練の冒険者だ。手負いの獣ごときに引けは取らない。
『アシュレーさん、門見さん、今のうちに!』
 オルトロスの鋼鉄の両腕がキマイラの頭を抱えこむ。門への進入を阻もうと動いていた守護者だったが、この強烈な力に抗うこと叶わず、二人の進軍を許してしまう。
(‥‥いける!)
 門につながる階段を駆け上がりながら、アシュレーは弓を握る手に力をこめた。
 石の蝶に反応はない。守護者も後数分も掛からずに倒せるだろう。第三の神器を手に入れることはほぼ確実。
 そう思っていた。
 悲鳴が聞こえたのは、門に入る一歩手前。
 腕から血を流し、蹲っているのはサクラ。
 その後ろで血にぬれた剣を持つのは紛れも無い、フィオレンティナの姿だった。




●不和を歌う
 戦況は一変した。キマイラと対峙するのはルイス。後方から現れた集団の相手をするのはサクラとルイスを除く四人。
 後方から現れた集団は彼らがよく知っている者たち。西側探索班の六人だ。サクラが援軍の到来に安堵したのも束の間、突然背後から斬られたことで完全に動揺していた。
「サクラさん、早く後方に!」
 レインフォルス、グランを同時に相手しているファングが叫んだ。共に達人級の腕を持つ凄腕の剣士。いかにファングといえど苦戦を強いられている。
「あんまり接近戦は得意じゃないんだけど‥‥つっ!」
『門見さん!!』
 アマツの真空刃が門見の肩を切り裂いた。とどめの二撃目はゴーレムの腕で弾き飛ばしたが、連続される攻撃は厄介なことこの上ない。サクラのホーリーフィールドも敵意ありの者たちがいる以上発動しない。後ろに下がりすぎればキマイラの餌食に、かといってこの場にいてもジリ貧だ。
 フィオレンティナの攻撃を紙一重で交わし続けていたアシュレーが、懐の違和感に眉を顰めた。
「うっわぁ〜、災難は続くって本当なんだねぇ」
 石の蝶の羽ばたきから数秒後、門の階段からこちらを見下ろしている姿は忘れようが無い。
「‥‥久しぶりだね。一ヶ月ぶりくらい?」
『はて。どこかでお会いしましたか?』
「うっわ、人の顔忘れるなんて最悪じゃない?」
 紅の文様が黒服の上で小さく揺れる。空っぽの印象を受ける人の姿はカオスの魔物、最初の神器で遭遇したブラズニルと名乗った魔物だ。
 今は問答をしている時ではない。おそらく襲ってきた連中はドッペルゲンガー。決して高位の魔物ではないが、本物と同等の能力を持つ厄介な手合いだ。
『味方を撃つとは非情なお方だ』
「どうせカオスの魔物かドッペルゲンガーでしょ。サクラさんのデティクトアンデッドを使えばすぐにばれるんだし、つまらない嘘をつかないほうがいいよ」
『さて‥‥本当にそうでしょうか?』
 ほくそ笑んだブラズニルの視線の向こう。ファングに動揺が生まれていた。
(‥‥どうすれば!?)
 最初はファングもアシュレーと同じ考えだった。しかし、目の前の二人が時折見せる苦痛のような表情。まるで自分の意思に反する行動をさせられているような、そんな仕草。それらの行動が、彼らはブラズニルに操られているだけの本物ではないかという一つの可能性を生み出していた。
「くっそ、サクラさん、立って!」
 重傷を負ったサクラはブラズニルの魔法によって動きを封じられていた。門見がベアトリーセ騎を盾に何とか逃げようとするものの、前後を挟まれた状況では逃げ場なく、徐々に追い詰められていく。
 再び構える、アシュレー。
『よろしいのですか?』
「‥‥」
『私が彼らを操っているという可能性もありえる。もし彼らが本物だった場合、貴方は味方を撃った者として蔑まれることになる』
 指が止まっていた。ジーザスの祝福を受けたホーリーアローが、狙い所を失って弦の先でゆれている。
 本物である可能性は低い。だが、万が一ということもありえる。これだけの威力を持った弓だ。下手をすれば、一撃で人間を絶命させる。
 悲鳴広がる戦場の中で、数秒間の黙考。
 迷いを断ち切り、答えを出すにはそれで十分だった



●信ずるは
 突撃してくるフィオレンティナ。その斬撃に頬を裂かれながら横に一転、迷い無く放たれた聖なる矢が後方に控えていた伊藤を貫いた。数秒後床に広がったのは、血ではなくゲル状の物体。
 もう一つの矢はグラン、いやグランの偽者に。足を射抜かれ状態を崩したところに、ファングが容赦ない一撃をお見舞いして吹き飛ばした。
 敵の正体がはっきりしたことで一気に攻勢に出る冒険者たち。だが、相手は本物と同等の力を持つ敵だ。体力こそ低いものの、その能力は侮れない。
 ゴーレムの攻撃をかわしたアリオスの影が弓を構えた。狙うは門見とサクラ。二人は負傷して満足に行動できない。反射的に門見がサクラを庇うように背中を向けて目をつぶった。
 背中に来るだろう激痛を待ち構えるが、いつまで経ってもそれはこない。
 恐る恐る目を開けて振り返れば、そこには異様な光景が広がっていた。
 ごしごしと目をこする門見。それもそのはず。アリオスが二人、一人は矢で腕を貫かれて床に伏し、それを狙撃したもう一人が入り口付近で複雑な表情を浮かべている。
「‥‥あれ? これが世にいうダブルビジョンってやつ?」
「何をわけの分からないことを言っているんだ。まったく、悪趣味な真似してくれる」
『みんな、無事!?』
『うおりゃああああああ!!!』
 アリオスの後ろから飛び込んできたのは二騎のゴーレム。
 伊藤がギガントソードを振るえば、巨大な真空刃が大気を切り裂いた。一人奮闘していたルイスの頭を飛び越え、化け物に直撃したそれは今まさにルイスに迫ろうとしていた蛇の尾を両断した。
「私の偽者とは小癪な真似を。我が本物の斬奸刀の切れ味を、我が身を以って知って貰おうか!」
「あわせろ、ファング!」
 形勢を不利と見たブラズニルが、配下の魔物たちに攻撃の命令を下すが、それも時間稼ぎに過ぎない。残る敵はキマイラと下級のカオスの魔物たち。最早勝敗は明らかだった。
「お喋りはほどほどにしないとねぇ」
 階段の下から、見上げながらも強い視線を放つのはアシュレー。
「『些細な嘘で困惑し、疑い、やがて自滅する』。あんたが前に言った言葉だよ。その意味さえ理解してれば、そっちが嘘をついていたことくらいすぐにわかっちゃうんだよね。‥‥モナルコスに搭乗したはずの伊藤さんがゴーレムに乗ってなかったとか、皆の装備が違ったとかもあるんだけど〜」
 駆け寄ってきたのは本物のグラン。初の対面となるブラズニルだが、その表情は聞いていたのとは違い、苦渋に満ちている。
「名を聞こう」
 ぎぎっと鞘と刃が擦りあわされながら抜かれていく。刃はまっすぐに魔物の方へ。
『ブラズニルと申します。貴方とは初対面、でございますかな』
「グラン・バクだ。人間に興味がある割には顔を覚えないのか?」
『私が模倣するのは主のみ。貴方がたのような存在など、石ころと同じ。わき道に転がる無数の石ころを、いちいち覚える者がいるでしょうか?』
 嘲笑う表情はない。空っぽな中身が顕在化したように、無機質な感覚を受ける。
「‥‥ここに貴殿らの興味を引くものがあるとは意外だな。こちらとそちらの目的はもう少し違った方面になるようだが」
『くくくくっ、あんなもの欲しければ差し上げましょう。あの程度のものが、ろくな脅威になるとは思えませんので』
 冒険者たちの知らぬ事実を知っていることからの優越感。それがブラズニルに再び余裕を生み出させた。
「それじゃあ、あんたは何でここに来たのかな?」
『主の命がゆえ。主にとって危険なものと判断すればこそ、こんなところにまでやって参りましたが‥‥』
 一笑の後、ブラズニルの雰囲気が変わった。明らかな戦闘態勢に入ったことを悟り、二人も攻撃の機を窺う。
 無言の対峙、その間にも周辺の戦闘は消化されていく。
「はぁぁっ!!」
 炎の吐息をベアトリーセの盾でやり過ごし、ルイスがその足元に飛び込んで剣を振るう。噴出してくる返り血を浴びることもなく、そのまま後ろに通り過ぎて魔物の注意を引き寄せれば、
『そっちは囮。本命は‥‥こっちだぁ!!!』
 巨大な剣風が大広間で唸りを上げた。一振りは囮、回避行動を見届けて切り返しから放たれた巨大な真空刃がライオンの首を切り落とし、ベアトリーセ、フィオレンティナの二騎が二つの首を押さえ込む。
『は、はやく、とどめを!』
『こ、この。もう少しおとなしく‥‥』
「グゥアアアアアア!!」
 フィオレンティナの注意がそれた瞬間、キマイラがベアトリーセ騎を大きく吹き飛ばした。そして向かったのは門の前で待機していたアシュレーとグラン。守護者としての使命感が瀕死の身体を突き動かしたのか、最後の力を振り絞ってもう何度目かの炎の息が吐き出される。
 大広間中央から飛来した矢はアリオスのもの。的確な射撃はドラゴンの目を突き刺し、吐息の狙いを狂わせた。
 倒れてくるキマイラの身体を回避しようと二人が意識するが、身体が動かない。ブラズニルの魔法だと気づいたときにはすでに遅かった。
 頭上から落ちてくる巨体を、なすすべもなく受けようとして
 衝突の瞬間、守護者は消滅した。





●学校の記憶
 守護者消滅という理解不能の状況から覚めれば、ブラズニルの姿もすでになかった。当面の脅威を退けた冒険者たちはそれぞれに治療を開始し、無事な者たちが神器の回収に向かった。
『アシュレー。守護者が倒れてきたとき、何をしたの?』
「別に何にも。あーだめだこれ、とか思ってたら、いきなり消えちゃったんだよね。こっちがびっくりしちゃった」
『‥‥敵わないと悟って諦めたとか。そんなのかな?』
 冗談半分で言ったフィオレンティナだったが、その言葉は嘘ではない。まるで守護者は自分から消滅したようだった。それとも、何か別の原因があったのだろうか。
「すまぬな。私の影のせいで」
「あははっ、アマツさんが謝ることじゃないよ」
 ポーションを受け取って傷をふさぐが、やはり痛みは残る。立ち上がって周囲を見渡せば、アリオスとグラン、ルイスが光弓『ヘイムダム』を手に階段を下りてくるのが見えた。別のところでは、この遺跡に対する意見が交わされている。
「光弓って言う割には、それっぽい罠もなかったわよね。この遺跡やっぱりいまいち意味がわかんない」
「ベアトリーセのいう通りだな。矛盾している所が多すぎる。アシュレー、これを見てくれ」
「ん? どうしたの?」
「この魔法陣だけど、どう思う?」
「んー、今までのやつと違うっぽいねぇ。‥‥前々から思ってたんだけど、この魔法陣ってジ・アースのやつともアトランティスのやつとも違うよね」
「‥‥まるで太陽だな」
「よく考えたら、俺たちあのプレートが遺された意味もよく分かってないんだよね‥‥」
 門見自作の地図から判断するに、ここの地下遺跡も東城下に納まる程度だ。最後の神器は城の真下、どうやらソウコたちのいる祭壇の間が入り口らしい。
「‥‥守護者にまつられている武器‥‥本当にこの遺跡はなんの為に‥‥?」
「ただカオスの勢力に対抗するための武器を遺した、というわけじゃなさそうだな」
 重傷をリカバーで応急処置したサクラ。結果的に神器の回収には成功したものの、カオスの勢力を滅するに至らなかったことが口惜しい。
 あちこちで意見交換がなされていく中で、ようやくゴーレムから開放された伊藤がどっしりと門見の隣に腰を下ろした。天界人同士、気の休まるところがあるのだろう。
「なぁ、ここの入り口の建物ってさ、何かに似てなかったか?」
「何かって?」
「何かって何かだよ。んー何だっけ?」
「天界、アトランティス、我らジ・アース。異なる世界が交わっておるのだ、今更、異世界の一つや二つなどあっても‥‥」
「ちょっとタンマ」
 すぐ近くで論議を交わしていたアマツの言葉を引き寄せた伊藤。
「今何ていった?」
「??? 異世界の一つや二つ」
「違う、その前」
「天界、アトランティス、我らジ・アース‥‥」
「それだ」
「?? どうしたの、伊藤さん?」
「どこか怪我でもしておるのか? ならば我がポーションを」
「違うっての! 思い出した、あれガキのころ、っつうか小中高の歴史の授業で見たやつにそっくりなんだ!」
「しょうちゅうこう? 何の呪文だ、それは」
「焼酎に‥‥コウ?」
「???」
「学校ってことは地球で? これに似たものってあったっけ?」
 地球外出身の者たちが意味不明の解釈を広げていく一方で、天界人二人が苦しそうに唸っていく。
 絶対見たことがある。学校に通ったことのあるやつなら、誰でも一度は目にするもの。
 三角錐の形に、四角い石で積み上げられた構成。
 そんなものは、一つしかない。
 ほぼ同時。伊藤と門見が勢いよく掌を打った。


「「ピラミッドだ!!」」







●天空の王
 捜索班がキマイラを倒した瞬間、祭壇の間ではソウコが予想した通りの現象が起きた。
 振動と共にゆっくりと床が二つに開いていき、現れたのは巨大な縦穴だった。壁際に作られた螺旋階段をぐるぐるとひたすら下りていくこと三十分以上。縦穴の底についたソウコたちを出迎えたのは、地下とは思えないほどの巨大な回廊とびっしりと描かれた膨大な量の壁画。
「たいまつとか出して大丈夫なのかよ?」
「ブレスセンサーには何の反応もないから、怖い魔物とはいないはずだけど‥‥」
 周囲の声など聞こえていないかのように、ソウコは壁画に見入っていた。それに釣られて冒険者たちの視線も目の前の壁画に向けられる。
 半壊した建築物らしきもの、その中でうごめく人の群れ。
「これは人か」
「なら‥‥こっちは遺跡かな」
「じゃあこっちは?」
「‥‥敵、であるか?」
 空から降り注ぐ雷と炎。それから人々を庇っている青の波は、精霊だろうか。詳細に描かれた建物はやはりジ・アースやアトランティスとは違うもの。シャルグが言っていたように、これはムゥか、それと同等の高度な古代王国の遺跡と考えていいだろう。
 ‥‥だが、重要なものはそこではなかった。
 ソウコは終始無言。壁に沿って進んでいく背中に、黙って付いていくと壁に穴が開いているのが見えた。その中に入った彼らはしばし言葉を失う。そこは大きな球状の空間が広がっていた。あまりの大きさにたいまつの火が端まで届かない。淡い光が足元から溢れ、まるで何かの結界のようにも見える。彼らと同じ目線で描かれているのは、武器を手にした戦士たちの姿。
「メリル殿、読めるか?」
「う、うん。えっと、こっちが世界を守る竜で、上に昇っていく白い線は‥‥何だろ」
 均等な間隔を取って描かれるのは6体の竜。基本は回廊の絵と同じだが、人と人外の何かを率いる人間の姿もある。
「メリル様、マステアという文字は見つかりましたか?」
「‥‥あ、ううん。そういえば無いね」
「む、言われてみれば、神器はどこにあるのであろうか?」
 シャルグの指摘に、全員が壁に張り付いて絵を見ていくが、神器らしき存在が一つもない。神器の数は五つだが、それらしき数や記号はどこにも見当たらない。
「どうなってんだこりゃ。人間が滅ぼされてるところを書いてるだけじゃねぇかよ」
 人々と何かを率いる戦士たちも、一段上では皆倒れている。神器のような、『希望』に値する存在は一切描かれていない。
「メリル殿、何か見えぬか?」
「‥‥だめ。パーストもステインエアーワードも全然だよ。効果がないとかじゃなくて、魔法が発動しないの。この足元の結界のせいなのかな?」
 スルトから出現した女性らしき存在を探してみたが、その姿もない。全くもってこの壁画の意味がわからない。
「オラース様、シャルグ様、たいまつを頭上に照らして頂けますか?」
「あ、ああ」「承知した」
 言葉に従って上げられた松明が闇の中に隠れていた天井を浮き上がらせる。そこに描かれていたのは‥‥。
「‥‥これは」
「こいつが‥‥黄昏の闇ってやつか?」
 巨大な大口を空けた化け物がそこにいた。人のような形をしているが、四肢は不均等で天井の中心から全体を飲み込むような巨大な口が印象深い。そしてその口に吸い込まれるように、無数の白い線が集まっている。
「‥‥何かを食ってやがるな」
「普通に考えれば遺跡の人たちの魂だよね。でも、口の上下に書かれてる丸いのは何?」
 メリルの指摘する文様は、まさしく丸だ。一際光を放つ二つの球体からは、光の筋が伸びて化け物の身体に繋がっている。
「封印を意味しているの?」
「逆やもしれんな。封印が解かれたのか?」
「球体‥‥。円があらわすものは‥‥世界?」
 首が痛くなるほどに見上げるが、やはり神器らしき存在はない。人々は倒れ、崩壊した文明はカオスの魔物らしき存在たちに蹂躙されている。死んだ人間たちは口に飲み込まれ、残されたのは炎と瓦礫。これではこの世の終末を描いただけではないか。
「この文明は、我が輩たちに何を遺したのであろうな?」
 仮にこの遺跡がムゥのものであったとしたならば、それほどの高度な文明が意味もなくこんな大規模な地下遺跡を残すはずがない。マステアや神器がないということは、彼らが遺したのは別のものということになるのか?
「‥‥‥‥‥ん、何だこりゃ?」
「オラース殿、どうか致したか?」
「‥‥‥‥‥‥‥いや、‥‥‥‥あ?」
 足元の高さにまで視線を落としたオラースの表情がゆがんでいき、それを見たほかのものたちが集まってくる。
「‥‥これ、人間‥‥か?」
「いや‥‥これは‥‥」
 息絶えた人間たちから白い線、魂が『黄昏の闇』の口の中に伸びていると思っていた。だが、人間たちの骸の中には別の何かがいる。人に近い姿、背中に生えている翼、凶暴な牙や醜悪な顔は‥‥。
「‥‥デビル‥‥」
「デビルだぁ? じゃあ、黄昏の闇ってやろうは仲間まで食ってることになるぞ。そんなこと有り得んのか?」
「有り得ぬ、とは言えぬであろう。だがそれでは文明を滅ぼしている別の悪魔どもの説明がつかぬぞ」
 息絶えた骸の上で文明を蹂躙していく悪魔たちと、人々と共に倒れる悪魔たち。単に人間たちによって倒されたとも考えられるが、これはそんな単純なことを意味していない。
「‥‥風さん、調査時に話していたことをもう一度言っていただけますか?」
 これからどうするか考えあぐねているところに、頭上を見上げていたソウコの声が響いた。
「? マステアとはカオスの王で、神器は四つでその封印を維持しているものじゃないかという推理だ。マステアと神器はまったくの別物だってことだ」
「‥‥‥‥別の、もの」
 それならば話は繋がる。神器とマステアが同じではなくそれぞれ別の意味、即ち金属板同様マステアという言葉が『偽り』の『意味がない』という意味の単語ならば、全ては繋がる。金属板の役目は手にしたものを遺跡まで導くこと。金属板にのみ刻まれたマステアという単語を見たことで、私たちは神器を『混沌に対抗するための武器』だと思い込んだ。しかしそれが『偽り』ならば‥‥。
 ソウコの視線が足元に移った。知らぬ間に自分の靴が足元の光源を遮っていたことに気づき、そっとどかせば。
 『黄昏の闇』の口の中で倒れることなく、光輝く剣を掲げる一人の男。
「ソウコさん、あれ、何か書いてある!!」
「‥‥王‥‥ド‥‥イ‥‥」
 天井に刻まれた名が、火によって徐々に姿を表していく。
 その文字は、ソウコを、その場にいた全ての者たちの心を揺るがした。





「――――――――――天空王『ロード・ガイ』」