【決戦・瘴気】作戦準備開始!
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■ショートシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月16日〜03月21日
リプレイ公開日:2009年03月24日
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●オープニング
『カオスの地を横断する謎の瘴気が有り。強い毒性と侵食力を持つそれは数ヵ月後にはアスタリア山脈の麓に到着すると予想される。至急対応を行うべし』
口調の強さこそ違えど、数分前に報告してきた内容は以上のような感じだ。
何度来てもこの空気には慣れることが出来ない。面々たる顔ぶれは、本来なら一騎士であるロニアなど拝見することが出来ないような人物ばかり。とはいえ、スコット領南部の有力者たちが揃いも揃ってこうも無駄な議論を繰り返しているなど誰が予想するだろう。こんな醜態がもし領民たちに漏れようものなら、スコット領の権威に地に落ちるだろう。議論の内容はアスタリア山脈問題に関して。出兵の命令に従わない山岳民『リュブリャナ』に軍事行動を取るべきだと主張する強硬派と、山脈の上位竜ガリュナの暴走に危惧して様子見るべきだとする穏健派が真っ向から衝突していた。
どっち付かずのグレンゲン侯爵に代わり、議長であるマリク・コランによって議会は半ば強引に閉会となる。
ロニアも別段驚くことはない。マリクの執務室に通されてからが、本当の『話し合い』の始まりだ。
「恥ずかしいところを見せてしまいましたね」
「いえ、そのようなことはございません」
ゴーレム小隊の隊長という立場上、中央議会には何度も出席しているのだ。今回のことも大体予想していただけに驚きなどない。むしろ、こんな状況にも関わらず竜の巣内部の利権争いをしている余裕がよくあるものだと感心したほどだ。
話はすぐ瘴気へと移った。前回の報告書は既にマリクにも目を通しているが、それは少なくともスコット領にとって吉報とは言いがたい。ブラン合金の侵食、本体と思しきヒト型の脅威、瘴気の持つ猛毒性とその規模。報告書によれば、ヒト型らしき魔物にダメージを与えた瞬間、瘴気全体が蠢く現象を起こしたことが確認されており、確証はないが、おそらくあのヒト型が瘴気の核だと考えられる。それを破壊することが出来れば、あるいは瘴気は霧散するのかもしれない。だが、それを実行する具体的手段がない。
「定期偵察艦の報告によれば、瘴気は徐々にその規模を拡大しております。ヒト型なる本体を除く気体も猛毒を含んでいるため、生身での戦闘は不可能です。かといってゴーレムで接近戦を行おうにも騎体が足りず、有効な武器も数少なく‥‥」
あくまで冷静な態度で臨むロニアだったが、自分の口にしている内容は死刑宣告にも近いものだ。
両肘を付いたまま、黙するマリク。
机に広げられているのは、スコット領からカオスの地が描かれた地図。
「瘴気はスコット領に向けてほぼ直進的に進行している。今後も進路が大きくそれることはないでしょう。幸運にも、瘴気の進路上には『隔ての門』がある」
隔ての門とはアスタリア山脈とカオスの地の国境線上にある、巨大な絶壁のことを指す。数百メートルに達する壁を登ることは魔物にも不可能であり、それこそ翼でも無ければ越えることはできない。絶壁を越えたとしても深い木々に覆われた急斜面が数キロに渡って続き、広大なアスタリア山脈の中でも一、二を争う過酷な場所だ。
「ブラン合金すら侵食してしまう瘴気ですが、その瘴気にも侵食できないものがある。土と岩。瘴気の通り道にあった土や岩だけは何の影響も受けずに残されています」
瘴気はヒト型を除けば全てが気体だ。巨大な絶壁に進路をふさがれれば、自然と麓で集結することになる。
「隔ての門の麓に集まった瘴気に攻撃を仕掛け、本体と思われるヒト型をいぶり出して殲滅‥‥。果たしてそう上手くいくのでしょうか?」
「地形を考えれば、ここが唯一瘴気と渡り合える場所なのです。それ以外では無限に飛散するあれを殲滅することは難しい‥‥。フロートシップからの精霊砲によって絶壁を破壊して土砂によって瘴気を埋める、中腹の水流を変えてその水を利用する。地の利を最大限に使うことが可能です。それだけではない。中央の魔術師中隊、北方の天空騎士団、東方の航空艦隊、西方のゴーレム小隊、他にもグライダー、ゴーレム、フロートシップなど国から貸与出来るゴーレム兵器の全てを借り受け、スコット領の全戦力を投入して瘴気を迎え撃つ。それが私たちに出来る最良の策。中央議会には私が話しを通しておきましょう」
何事も和を重んじてきたマリク。こんなにも強い口調は初めてみる。それほどの決意を固めているということだ。
「アスタリア山脈の麓に到着するまであと二ヶ月か三ヶ月。そこから山脈を越えてくるには更に半月は掛かると予想していますが、山脈を越えられれば、私たちに打つ手はありません。残された時間内に準備を行います。貴方には至急冒険者を集め、瘴気に対する具体的な対応策を練ってもらいたい。頼みましたよ」
「はっ!!」
騎士の模範というべき姿勢と返答。外見の容姿と相成ってその姿は一枚の絵にもなってしまうほどだ。
一礼の後、部屋を後にしようとしたロニアだったが、不意にその背中が呼び止められた。
差し出されたのは、一枚の資料。
「先日、南方地域に駐屯しているクシャル・ゲリボル将軍から正式な停戦条約締結の申し出がありました。まだ決定ではありませんが、中央議会はこれを承諾するつもりでいます。それに際し、貴方が懇意にしている女の子のことも調べてもらいました。これはその報告書ですよ」
恐る恐る受け取ったロニアが、わずかな迷いを通り抜けてそっと表紙を開く。
「‥‥該当者なし、ですか」
「嘗て貴方の率いる第二小隊が定期偵察艦墜落の報を受けて救助に向かったことがありましたね。その時に同じ場所で墜落していたバの艦ですが、クシャル将軍の命令で動いていた艦ではない。数週間前にベルトラーゼ卿率いる鷹の氏族に討伐された敵将フェルナンデスの命令で極秘に動いていた艦だということがわかっています。それに乗っていたということは、その女の子もフェルナンデスの関係者なのかもしれません」
フェルナンデスの亡き後、血飛沫の鋼鎧の中核だった人物及び魔術師イスクールの率いていた魔術師隊はクシャル将軍の手によって悉く粛清されたと聞く。もしその話が本当ならば、フェルナンデスが亡き今、彼女の身元を捜す手立ては無くなったということになってしまう。
「まだ希望が無くなったわけではありません。クシャル将軍の傘下には、フェルナンデスの副将を務めていたユリパルス卿以下多数の投降兵がいます。彼らからその子のことがわかる可能性もあるでしょう。元気をお出しなさい」
「‥‥‥‥」
「ロニア卿、どうしました?」
「あ、い、いえ。‥‥し、失礼致します」
逃げるように部屋から飛び出したロニアは、そのまま廊下をすたすたと歩き出していた。
『該当者なし』。
その文字を見た瞬間、心の中に生まれたのは期待が外れたことに対する落胆と、少しの安堵。
騎士としてはあるまじき感情だ。他国の子と共にいたいなど、思ってはいけないこと。ましてやあの子は人間とは違う異種族の子。
(‥‥長く接しすぎたのかもしれないな)
一度止まってしまった足は、簡単には動いてくれない。
昔無くしてしまった大切なものを、別の存在で埋めようとしている己の行為は、高潔とはかけ離れたもの。
それでも求めてしまうのは、心の中に潜む傷が未だに深く残っているからか。
手の中で握りつぶされた羊皮紙は、自分の醜さを示しているようだった。
●リプレイ本文
●実地調査
隔ての門と呼ばれる壁は壮観であったという他ない。
長く、視界の果てまで伸び続ける絶壁。カオスの地からメイを守るように存在するそれは、まさに双方を隔てる門であった。
首都メイディアからスコット領南部の中央都市レディンへ。ロニアの案内の下、マリクとの簡単な面会を済ませた冒険者たちはゴーレム第二小隊を連れて隔ての門へと向かっていた。目的は現地調査と詳細な地図を作成することである。
グライダーに乗って一人空を翔るのはベアトリーセ・メーベルト(ec1201)。門見からソーラー式腕時計の使い方やら文字やらを教わって、隔ての門を端から端まで飛ぶのにどれだけの時間が掛かるのかを計測中だ。
本当に門のようだと、ベアトリーセは思う。
混沌の地を阻む天然の城壁。平坦な荒野から、突如盛り上がった大量の土と岩石が天を突くほどの壁となっている。まるで大地が混沌から人々を護ろうとしている、おかしな言い方になるが、大地の門とでもいうのか。
場所は変わって、こちらは地上班。
空から周辺の警戒を行うフロートシップの影を視野に入れつつ、あれこれと思案しているのは門見雨霧(eb4637)。
「‥‥‥‥うっわ〜」
勇気を振り絞って絶壁のぎりぎりまで行ってみるものの、とてもではないが下は見られない。地球の観光場所と違って手すりなどないのだ。足を滑らせれば、即死に繋がる。
手から一枚の葉を解放すれば、それは風に乗って勢いよく荒野の空へと流れていった。突風に押された身体がぐらりっと揺らぎ、危うく落ちそうになって手に汗を握ってしまう。
「怖いっすねぇ‥‥いやはや、こんなところで作戦を実行するなんて、随分と思い切ったことを考えましたねぇ」
安全な場所で生暖かい汗をぬぐうのはクリシュナ・パラハ(ea1850)。隔ての門の前後2、300mでは、ほとんどが岩肌を晒していた。大型フロートシップが着艦できるほどの荒野といえるような広大な平地もある。今後森林を伐採して稼げる場所も計算すれば、ゴーレム兵器を設置することも可能だろう。
「風向きは‥‥東から西‥‥ってところでしょうか?」
「みたいだね。瘴気は風の影響も受けるらしいから、俺たちにとっては追い風になるのかな」
二人が再びの突風に身体をかがませた。それほどに強い風が何度も吹いてくる。火の扱いには細心の注意が必要だろう。
更に場所は変わって、ここは二人のいる場所から東に500mほど先の地点。生い茂る森林の緑から黄土色が見えている。その上で動く人影は4つ。第二小隊の鎧騎士たちとクライフ・デニーロ(ea2606)だ。
「‥‥っとと」
見渡す限り森ばかり。視界の下部に映るのは、急斜面の下り坂を覆う樹海に近い森林地帯。絶壁の二人が豆粒のようだ。坂の傾度は酷いところで30度近く。足元は樹の根でしっかりと固められているものの、突き出た岩と相成って森林内部を動き回ることはそう簡単なことではなく、事前に伐採しておかなければ、兵士たちが行動することは困難を極めるだろう。
クライフがグライダーに乗せてもらって二人の元に来れば、ベアトリーセが戻っていた。
「北の方には滝が幾つかあったわね。滝つぼと池もあったし、ゴーレムで行動することは難しいかもしれないけど、瘴気には有効かしら」
「クリシュナさんが仰っていた観測小屋ですが、盛り上がった地形が幾つかありましたから、そこに建てるのがよろしいでしょう」
「了解っす! んー、絶壁の上に作ったほうがいいんですかね?」
「簡単なものならいいんじゃないかな。どうせ伐採とか工事を行うときには、ここに陣を張るんだろうし。資材とか持ってきてないから、実際に小屋を建てるのは次回になるだろうけど」
自然の要塞。冒険者たちの印象はそれが的確だろう。
カオスの地の方角である西から、この壁を乗り越えてくることは人にはまず不可能。それこそ鳥か、瘴気のような得体の知れない存在でない限り。
●対策会議
現地調査を終えて、レディンに帰還した冒険者たちは息をつく間もなくマリクの私室に通され、早速調査報告がなされた。
どこからどこまでを隔ての門と特定するかで違いは出るが、壁の長さは大体20km。北端から南端までグライダーで15分から20分。500m越えするところだけでも10km近く続いていた。瘴気の到達地点は丁度その真ん中。この絶壁を乗り越えるには相当の時間が掛かるだろう。
滝に関しては、最も大きいものの幅が約400m。目算だが、高低も100m前後。ただ残念なことに、滝は瘴気到達地点から北に約5kmの地点にあった。もし大量の水をぶつけたいならば、滝を形成している川の上流から調整する必要がある。幸い分流が到達予想地点の側を流れているから、分離点で本流を堰き止めて適当な場所で水を貯めれば、鉄砲水のような形で瘴気に当てることは可能だ。事前に流して壁の下部に池を作ることも難しくはないだろう。
「‥‥とは申しますが、これほど大規模な工事を行った例は類を見ません。ましてや山脈という複雑な地形での行動です。スコット領に配備しているゴーレムのほとんどを回す必要があります。完成するまでに掛かる時間はおそらく一ヶ月半」
隔ての門から東に広がる上り坂は十数キロに及んでいる。その全てを伐採するわけにはいかないから、ある程度の範囲を調整し、ゴーレムや歩兵たちも十分な行動が出来るようにしなければならない。
調査報告が終われば、話題は瘴気の対策案に移る。
マリクの険しい顔はこの事態の深刻さを示していた。隔ての門で瘴気を迎え撃つとして、どのように対抗すればよいか、スコット領の中核であるマリクには見当がつかなかった。だからこそ、冒険者たちに具体的提案を求めたのだ。それだけに期待も高い。
最初に述べたのはベアトリーセ。
「土嚢や岩で上空から見て、△の形にして瘴気を集めて濃くしていくのです。△の頂点が滝だとベストでしょう、無理なら導水工事を行います」
通常の瘴気の高さは、場所で差はあるものの大体10m〜20m。隔ての門が受け止めるには十分すぎる高さだ。
「高低差から考えれば、瘴気が登るには人型をとるしかない、いえ、手が必要と考えました。その人型を水の皮膜を形成して瘴気への拡散を出来なくし、人型のまま保ちます。その登っているときが決戦です」
次に述べたのは門見。
「僕の案は前方を『隔ての門』で、両サイドを導水して造った滝で瘴気の拡散を阻害した状態で、後方および『隔ての門』上部より飽和攻撃を行うっていうもの。捻りがないけど、瘴気の拡散できない状態でないと、攻撃しても拡散した状態で攻撃を受け流されてしまうだろうし、拡散できない状態であれば最終手段として『隔ての門』を破壊し、その土砂で埋められるだろうしね」
「瘴気の進路をある程度誘導できるように複数の土塁を作成したく存じます。隔ての門と垂直方向に5m程度の円錐型の土塁を50m程度離して4基以上構築し、最終的に滝と池部分に追い込みます」
クライフの案を図で表せば、おおよそ以下のような形だ。
●
△ △ △ △
●
△ △ △ △
「2列準備して貰い円錐毎にストーンで固定。可能であれば●の様に土壁を延長し繋げます。当日迄に水を移動させ●部分を補う形でWコントロールで被膜を展開。可能であるならば、魔術師中隊の使い手を確認しておいて貰い補助を願いたいです。それともう一点。フロートシップに艦載可能な地精霊砲・水精霊砲を最低1門ずつ建造していただけないでしょうか。これまで資料から推測するに、瘴気に対して有効な手段となるはずです」
クライフが案を述べ終えると、マリクの視線が机の真ん中に向けられた。そこにあったのは、実地調査を基にして作られた隔ての門周辺の全体模型だ。クリシュナから本物とほぼ同じ模型を作成し、それを使って水の流れなどの実験を行ったらどうかという案が挙がっていたが、さすがにそこまでの緻密なものを作るには時間がなさ過ぎた。
模型は正方形の泥を地盤として、あちこちに目印となるものが乗っている。正方形のど真ん中に立っている小さな旗が瘴気到達地点。真上から見れば正方形を真っ二つに両断している線、泥で作られた見事な高低差は、他でもない隔ての門だ。壁の上である東側には上り坂が永遠と続き、それを流れ落ちる川がいくつかと、森林を表す枝がその上り坂を余すことなく覆っている。逆に壁下の西側といえば、ほとんどがまっさらな平野だ。目ぼしいものといえば、すでに廃棄された砦が一つあるくらい。以前の大戦で作られたものらしい。話は戻って北方向に目をやれば、壁の高度が下がって幾つかの滝があるが、南はほとんど高度が落ちない分、滝は一つもない。
東の坂のほぼ頂上に、滝を構成する川の源流があった。坂を下りつつ北に進路をとった水流は、夥しい水量を含んだまま、土と樹を削って滝に繋がっている。網の目状に広がることなく、南に流れる数本の分流を除けばほぼ一本の巨大な本流。坂の傾度も加わって、ゴーレムさえ流しかねないほどの勢いを保っていた。
それぞれの案を受け取ったマリクが、ロニアとともに吟味を開始する。問題点と有効性、その二つを明確にし、どれを採用するべきかと考えていく。
「まずベアトリーセさんの案ですが、滝を流し込むことは可能です。しかしあの巨大な瘴気を内部に閉じ込められるだけの土砂を構築できるがポイントになります。現状では瘴気が到達するまでにまだ時間がありますので、十分な構築ができるでしょうが、瘴気の全てが全て収まるかは本番まで分かりません。また到達地点に構築してしまえば、瘴気が勝手に流れ込んでくれる可能性もありますが、瘴気が回避することも考えられます。どう誘導するかも考慮すべきでしょう」
瘴気を閉じ込めるためには、かなりの規模のものを作ることになる。それこそフロートシップ20隻がすっぽり納まってしまうほどの巨大なものだ。
「門見さんの案はほぼ問題ありませんが、精霊砲がどこまで通用するかです。ヒト型が壁を登っている時に狙い撃つのが上策ですが、果たして精霊砲が通用するのか、ヒト型が登りきるまでに隔ての門を破壊できるかが鍵になるでしょう」
精霊砲の属性のほとんどが、瘴気には通用しない火だ。クライフから提案された属性のものは、作れる者でが少数なのだ。一応メラートの工房に作成可能か訪ねてみるとのことだが、期待できるかは難しい。
「クライフさんの案も、ベアトリーセさんと同じことがいえます。瘴気の大体の到達ポイントは予想できますが、どう動くかを正確に導くことは困難です。ヒト型が意思を持って行動しているように、あの瘴気が何かを見て進路を変更する可能性もある。地形で誘導するよりは‥‥これは少々酷な作戦になりますが、グライダーなどを餌として誘導する方が確実でしょう」
『犠牲は避けられないでしょうが‥‥』と苦言を呈したマリクの表情は暗い。
「水の魔法に長けた者ならば、中隊の中にも20人近くいたはずです。貴方ほどの力量はありませんが、結集すればそれなりの規模の水を操ることが出来るでしょう。自由にお使いなさい」
「方々は岩壁を登る途中の瘴気との戦いを考えているでしょうが、そう簡単なことではないことを肝に銘じておいてください」
述べたのは熟練の鎧騎士ロニア。崖の麓から頂上まではグライダーで20秒から30秒、高度が激しいところでは一分近くも掛かってしまう。それほどに巨大な空域での空中戦闘を経験したことのある者は、メイにはほとんどいない。グライダー、グリフォン、ペガサス、飛行可能な手段は幾つもあるが、あの巨大な瘴気を相手にそう簡単にいくと考えるのは夢想。瘴気に通用するだろう魔法の武器はマリクが集めるとのことだが、期限までにどれだけの量が集まるのかも分からない。
「これは私の予想に過ぎませんが、瘴気到達時にはカオスの魔物たちがわれわれの邪魔をしようと出現することでしょう。多くの兵たちは、それを撃退するためのもの。瘴気を撃退できるかは主にゴーレム小隊に掛かっている。そのことを心にとどめて置いてください」
●国と人
「いやぁ、やっと終わったね〜」
「そうっすねぇ〜」
やっと堅苦しい会議が終了し、緊張感から開放された門見とクリシュナがぐ〜っと背を伸ばした。
部屋を後にした四人は、ロニアと共に城の外へと向かっていた。あれからも会議は続き、終わった時には夕方近くになっていた。
ベアトリーセとクライフの案は共に規模が大きいことと作戦内容が被っているため、同時に行うことは出来ないと伝えられている。門見の案は確定であり、それに加えてベアトリーセの案かクライフの案か、二つの内どちらかを選んで欲しいとのこと。もしくは今回の会議を参考に、新しい作戦を考えるという選択肢もある。
「あ、そうだそうだ、ロニアさん」
「どうか致しましたか?」
「ミリアムさんのことなんだけど、あの子の病室の警護って誰かしてるのかな? 極秘に動いていた船に乗っていた子でしょ。考えすぎかもしれないけど、拉致とか殺害の危険性もあるわけだから、念のため付けておいたほうがいいと思うんだけど」
「そう、‥‥ですね。現状では警護はついてませんから、考えておきましょう」
「‥‥あの、ロニアさん」
ロニアの一瞬落とした翳に気づいたのは、ベアトリーセだった。
「昔あったことを聞かせてもらっても構いませんか?」
止まったのは、ロニアの足。
「あの子、ミリアムちゃんとゴーレム工房の仲間たちがロニアさんの拠り所に見えるのですよ、とても楽しそうで嬉しそうで、私が一番好きな顔です。もし私で何かできるなら協力します。だから‥‥」
「私は昔、自分のせいで多くの人々を死なせてしまった。ただ、それだけのことです」
そうじゃないと、ごまかさないでほしいと、ロニアに詰め寄ろうとしたベアトリーセが、その一歩前で動きを止めた。
ロニアは笑っていた。けどそれは笑みではない。貼り付けられていたのは悲しみと、それを癒すには遅すぎるほどの時間が経ったことを表す乾いた傷跡。
「私は、国こそが人が生きていく上でもっとも尊ぶべきものだと考えています。そしてそれを生かすためには」
続いた言葉に、迷いはない。
「‥‥‥‥誰かが犠牲になることも厭いません。それが例え私であってもです。私の命で、この国が助かるのであれば、私は喜んでこの命を差し出しましょう」
廊下の先に消えていくロニアの足音は冷たかった。
残された冒険者たちはその場に佇んだまま。ロニアをよく知る門見でさえ、ベアトリーセ同様何も語ることは出来なかった。