【決戦・瘴気】七並べ 調査編

■イベントシナリオ


担当:紅白達磨

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 99 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月16日〜06月16日

リプレイ公開日:2009年06月27日

●オープニング

 遡ること半月前。
 カオスの地定期偵察艦より齎された知らせである。
「何‥‥?」
「それは確かなのか」
「定期偵察艦からの知らせだ。誤報の可能性は‥‥」
「メラートに早馬を送れ、大至急だ!」
「先ほど東方艦隊からも同様の連絡が」
 混乱極めるレディンの中央議会を鎮めたのは、理知に富む平静な言葉だった。
「鎮まりなさい、私語は慎むよう。‥‥定期偵察艦のクルーはいずれも国に忠誠を誓う兵たちばかり。疑うわけではありませんが、もう一度確認します。その知らせに偽りはないのですね?」
「はっ、アナトリア様にも直接確認して頂きましたが、間違いないとのことです」
 喜びとも驚きとも取れぬ複雑な表情を浮かべ、マリクは黙する。頭の中で何度も繰り返してみるが、現実は変わらない。
 カオスの地を横断している瘴気に異変有り。スコット領目指して西方に直進していた瘴気が突如進路を変え、ゆっくりとだが確かに南東に向かっているというのだ。
 南東‥‥隔ての門に布陣している我々の軍に気づき、避けたということなのか。
「加えて、もう一つ報告が」
「‥‥何です?」
「変更された瘴気の進路上に廃棄された古砦が存在するのですが、そこに中規模の魔物の一団が確認されました。時折砦から妙な霧が噴出しており、定期偵察艦の推測では砦内部に小規模の瘴気が発生しているのではないかと‥‥」
 ざわっと身動ぎした議場が一瞬後盛大な喧騒に包まれる。
 再び騒ぎ出した議員たちを制することなく、マリクもまた沈黙と混乱に言葉を失っていた。



『‥‥賛同致しかねます』
『そうかな、僕としては最適の人選だと思うんだけどね』
 しんっ、と静まり返った宮殿に並ぶ三つの影。玉座に座し、頬杖をつく姿は悠然と、両脇に控える二人の眷属に目も向けることなく言葉を紡いでいた。
『彼ほど人間らしい人間を見たことがない。この状況でどう動くのか、興味が湧かないかい?』
『またお戯れを‥‥』
 小さくため息を吐く姿に、王が苦笑する。
『王に絶対の忠誠を誓う同族ならば何も申すことはございません。ですが、あのような卑小な種族にそのような大任を任せるなど』
『ヴァジルも同じ意見かい?』
 差し出された問いに対して恭しく頭を下げるのみ。沈黙は肯定と判断して差し支えない。
『‥‥僭越ながら、あれを信用なさるのは危険と存じます。同族を裏切り我らに寝返った行為、死をもってさえ許しがたき大罪。ご命令さえ頂ければ、すぐにでもあの卑しき魂と首を献上致す所存』
『‥‥だ、そうだよ。君も随分と嫌われたね、ボル』
 暗闇の中へと無造作に投げられた言葉に引き寄せられたように、誰も居ないと思っていた場所から影が浮かび上がる。種族は辛うじて人、契約者を名乗る金髪の剣士の名はボルパール。
『貴様、いつからそこに』
『陰からこそこそと盗み聞きとはな』
「なぁに言ってんのよぉ。ずっとここに居たのに気づかなかったあんたたちが悪いんじゃなぁい。そ・れ・に、人が居ないと思って陰口叩いてた人に言われたくないわよぉ〜」
 人間で言うならば、歯噛みしたところなのだろう。主に醜態を晒すことを嫌い、湧き上がった怒りを何とかやり過ごす。
『王の命がすでに下されたにも関わらず、宮殿に未だ残るとは何か用あってのことか?』
「べっつに〜。ただ〜、みんなが〜あたしのことをどう思っているのか〜ちょっと気になって〜。情報収集ってやつ?」
『貴様がそれほど繊細な神経を持ち合わせているとは驚きだ』
 あからさまな嘘は己の存在が自分たちと対等かそれ以上の立場と認識していることから発する。たかが人間風情にそう思われること、この人間の口調、気配、何もかもがヴァジルの癇に障った。
『人間の分際でありながら、玉座の間に足を踏み入れる。それは王を侮辱する事と同義』
 ゆっくりと距離を詰めていきながらヴァジルは静かに剣へと手をかける。王からの命令がない以上、抜くことは許されないにしてもそれがボルパールに対する威圧行為であることは明白だった。
「そんなに怒らなくてもいいじゃな〜い。王様だって許可してくれたんだし、そこまでつんけんしないでもさぁ」
『不快だと、私はそう述べているのだ』
 一縷も臆することなく不気味な笑い顔をするボルパールの頬が異常なほどに浮かび上がる。いつ斬られてもおかしくない間合いにありながらも、その手は女性的に組まれたまま無防備の状態。
『王の眼前にありながら、礼節を重んずることもなく、そうも醜き姿を惜しむこともなく晒す。貴様の所業は醜態という言葉でさえ足らぬ』
「あっはっはっは〜!!」
 わざとらしすぎる笑い声が静寂の間に響き渡いた。これほどの音量と笑いを受けたのは宮殿創設以来のことであった。
「醜態ねぇ‥‥」
 柄に手をかけたヴァジルが横を通り過ぎて、それに無防備な背中を見せたまま。
「神器だっけ? それを取りにこの前王様と遊びに行ったんだよねぇ」
『‥‥っ』
「大切なお友達が一人やられて、しかも王様にまで怪我させちゃって。直臣を気取るなら、『卑小な』存在ぐらい軽〜くぶっとばして王様守ってあげないと駄目じゃな〜い」
 挑発するように両手を肩にまで挙げて、ボルパール。
「自分のこと棚に上げて陰でこそこそ人の悪口。そういうのを、本当の『醜態』っていうんじゃなぁい?」

『き―――――』

 心の奥底で弾けた殺意が柄に当てられた手を動かしたのは一瞬後。

『――――――――ぁっ』

 半ばまで抜かれた剣が鞘とともに床へ落ち、それを追う様に肘から切断された自らの腕がそれに覆いかぶさったのもまたほぼ同じ時。

『あぁぁああぁぁああっ!!!!』

 ボルパールが、刀身についた血を一振りで払い飛ばす。
 ヴァジルには何が起こったかわからなかった。隙だらけの背中に対して剣を抜いた瞬間、気づけば腕が落ちていた。今自分を見下す此の人間が剣に手を掛けた姿どころか、いつ斬られたかすらもわからなかった。
「脅しで人は殺せないよ〜ん♪ 殺意もないのに剣に手を掛けるなんて、相手に殺してくださいって言っているようなもんじゃないの」
 勉強になってよかったねぇ〜とだけ残して、ボルパールが玉座に背を向ける。
「それじゃ王様、行ってきま〜す♪」
 血塗れの部下に一瞥することもなく、王は笑みを浮かべたまま血塗れの剣を携えて消え行く背中を見送っていく。
 種族と魂は異なれど、この両者に共通するものがある。
 それは全ての種族が持ち合わせるものであり、また人間とカオスの魔物という二つの種族は特にその傾向が強く、それゆえに、両者は闘いという生死の交流で結びついているのかもしれない。
 世界という揺篭、種族という器。それらを憎み、否定するのは彼らのみ。
 そしてその大罪を呼び起こすのもこの欠陥であり誉れである感情がゆえ。


 ―――――それ即ち、欲望。

●今回の参加者

巴 渓(ea0167)/ アマツ・オオトリ(ea1842)/ クリシュナ・パラハ(ea1850)/ クライフ・デニーロ(ea2606)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ シャクティ・シッダールタ(ea5989)/ レインフォルス・フォルナード(ea7641)/ 門見 雨霧(eb4637

●リプレイ本文

●作戦会議〜神器・瘴気〜
 果てしない暁の広がりが視界の全てを覆っていた。ブリッジに差し込む光は太陽によるものではないが、瞳の奥を焼くような熱さは天界と呼ばれる故郷と何ら変わりはない。
「門見さん、会議が始まりますよ」
「はいは〜い」
 クライフ・デニーロ(ea2606)に連れられて通路を歩くこと数分。フロートシップ内に設けられたブリーフィングルームには、二人を除く本作戦への参加者たち全員が各々の椅子に腰を下ろしていた。
「周辺の地理はいかがでしたか?」
「な〜んにもないね。荒れた平野のど真ん中に砦がぽつんってある感じ?」
 僧侶にしては大柄すぎる女性シャクティ・シッダールタ(ea5989)に、門見雨霧(eb4637)が小さく肩を竦めた。この地形だと攻撃の障害もないが、どこから接近しても敵に発見されてしまう。
「これが報告にある小規模の瘴気によるものであるかは分かりかねますが‥‥」
「細けぇことはいいじゃねぇか。やることは同じなんだからよ!」
「またそのようなことを‥‥」
「まぁまぁ、ケイの言うことも一理あるんじゃない?」
 巴渓(ea0167)、アマツ・オオトリ(ea1842)、クリシュナ・パラハ(ea1850)。この三人の絡み合いはいつも通りのもの。長い付き合いは過度の緊張感を抑える効果があるらしい。
 事態は切迫していた。カオスの穴より大規模な瘴気が漏れ出したのが数ヶ月前。数千数万の魔物たちを飲み込みつつ、スコット領に向けてカオスの地をまっすぐに横断していた瘴気だったが、隔ての門と呼ばれる天然の要塞を前にしてその進路は突如変更された。それが突発的なものであるか、それとも以前から仕組まれていたことであるのかは一切不明である。しかし、変更された進路上に突如小規模の瘴気が発生した砦があることから考えて、瘴気の進路は何らかの意思によって変えられたと見るのが妥当であろう。そして、今回集まった冒険者たちに与えられた任務はその砦に侵入し、瘴気の発生源を突き止めること。
「滞在は一時間。ラスト15分になったら時計のアラームが鳴る」
「そうなれば、逃げる準備を始めねばなるまいな」
「不測の事態が起こることも考慮すれば、それがベストだろうね」
 カオスの地を横断中の瘴気が砦に到着するまでの時間は2、3時間。それが来るまでに調査を終えなければならない。
「太陽さえありゃあ、ミスラのサンワードである程度場所が特定できるんだがな」
 オラース・カノーヴァ(ea3486)の策は決して悪いものではなかったが、砦内部ではどうにもならない。
「‥‥オラース殿」
「あ、どうした? アマツ」
 出発前に、スコット領南部の侯爵補佐マリク・コランからの言葉を思い出す。太古の森での神器捜索任務、事実上のそのリーダーだったソウコ・アンティリットという考古学者が突然出現した蝿の王に捕らわれ、今もまだ遺跡最深部に幽閉されている。マリクの話では、三度に渡る蝿の王討伐隊が編成され、遺跡への侵入がなされたらしいが、いずれも失敗したとのことだった。ソウコの救出隊ではなく、蝿の王討伐隊という隊の名称から分かる通り、メイはソウコの安否を軽視しているといえるだろう。人一人の命と魔王の討伐、どちらを重視すべきかと問われれば、地獄との戦いが繰り広げられている現状では言うまでもないことである。
「あの遺跡でのこと‥‥私とて忘れはせぬ。此度の依頼とは直接関係ないが、ソウコ殿を深く想うそなたを放ってはおけぬよ」
「あいつが捕まってもう二ヶ月だ。生憎と、そこまで夢想家じゃないでな」
 冷たい物言いは本心かどうか、それは本人にしか分からないことである。
「まっ、今は任務のことに集中しないとね。瘴気の発生源を突き止めれば、対処法も変わってくるだろうし」
 それに、と心の中に引っかかっているものを門見は続ける。
(デッド・ポイントに集結している魔物も気になるし‥‥。それが瘴気と無関係とは思えないしねぇ)
 太古の森最深部で起こっている異常現象も見過ごすことが出来ない。共食いと呼ばれる現象、それに伴う進化、その凶悪な牙がいつこちらに向くか分からないのだ。出来ることなら、永遠に無いことを願いたいのだが。
「よっしゃぁ、時間だ。行くぜやろうども!」
 そんな門見の心配を知ってか知らずか、巴が椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がれば、他の者たちも続いて立ち上がる。
「ソウコさんを助け出す前に、死ぬんじゃねーぞオラース!」
「お前が仕切るじゃねぇよ!」





●機転? 本能?
「おらおらぁ! 雑魚は引っ込んでやがれ!!」
 グライダーとフライングブルームによって降下した砦侵入班は5名。砦に入るなり襲ってきたのは骸骨や動く死体たち、ジ・アースではアンデッドと呼ばれる類の魔物たちであった。その数、凡そ30。
 振り被った異臭の手を払いのけ、強力なオーラを纏った巴の拳が死体の身体を吹き飛ばす。彼女の闘志を具現化したかの如きオーラの力は死体どもに抜群の効果を発揮していた。
 半ば強引と思われる突破も成功し、一行はあらかたの魔物を退治すると砦の奥へと向かっていった。


「オラースさんは大丈夫かなぁ」
「門見は心配しすぎだって。大丈夫、アマツちゃんもいるんだから」
 死体どもを蹴散らした5人は三階に到達していた。今歩いている場所は細い通路。瓦解した壁や天井も多く崩れた無数の石が足元の障害となっていて歩きにくいことこの上ない。
 砦侵入班がこうして比較的無事に砦の中に居られるのは、先発したオラースによるものが大きかった。アマツの援護を受けつつグリフォン『グレコ』に跨り、空の敵を一手に引き受けてくれた彼は今もまだ数匹の禿鷲たちと攻防を繰り広げているのだろう。無茶とも言える行動だが、ずば抜けた戦闘力を誇る彼だからこそ出来ることであり、それがあったからこそこうして調査も出来るのだ。
 大昔に作られた砦ということもあり、かなりの老朽化が進んでいた。積み上げられた石には苔が見られ、恐獣にでも襲われたのだろうか、石の壁や床、天井のあちこちは崩落し、長く雨に晒された石自身も所々崩れてしまっている。こうして六人もの体重を支えているのが信じられないほどだ。
「確証はないけど、やっぱり瘴気の痕跡があるね。ほら、ここを見て」
 屈んだ門見を習うように、全員が腰を下げれば、ランタンの光によって天井が姿を浮かび上がらせる。
「随分と変わった色してんなぁ‥‥」
「それよりもっと言うことあるでしょ」
 巴の天然ボケに、クリシュナががっくりと項垂れた。
「あれは‥‥腐敗色ですか?」
「黄土色だか紫だか表現に困っちゃうけど、瘴気に触れた石は丁度あんな感じになっちゃうだよねぇ。しかも、同じような現象が一階や二階でも確認できたけど、上に上がれば上がるほどにあの腐敗色をよく見られるようになってるし」
 デジカメで撮影した階下の映像と照らし合わせるが、自分の推測が間違い出ないことを確信する。
「それはつまり‥‥」
 シャクティの言おうとしたことに、門見がにへらっと危機感のない笑顔を浮かべるとそれを証明するかのように通路の前後から紫色の靄が噴き出してきた。
「大当たり〜ってやつ?」
「ですね!」「だな!」
 半ばやけくそに呼応したシャクティと巴が構えを取るが、二人に具体的な対策はない。触れれば侵食され、身体を『食われて』しまう。この中で唯一対抗手段を持つクライフがクリエイトウォーターによって水のバリアを展開するが、徐々に勢いを増していく瘴気に押し込まれていく。
「駄目です、もう数分も持ちません!」
「炎で吹き飛ばすしか!?」
「否、火球を使っても一時しのぎに過ぎぬ!」
「門見! 要するに、この上に親玉がいるんだな!?」
 巴のやけに自信満々な表情に、思いっきり不安を感じながらも門見が小さく頷いた。
 外から見るに砦は全四階。屋上を含めれば五階になるが、瘴気の発生源は四階にあると予想して差し支えない。
「ま、まぁそうだけど」
「だったら、話は早いぜ! 全員伏せろ!」
 右手を引き、気合を込めた力がその拳へと集中する。
 その視線の先にあるのは瘴気ではなく、真上の天井。
「巴さん、まっ――――――――」
「オーラァァショット〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」





●死者の頂きに立つ者
「げほっ、げほっ、おぉぉぉ〜〜ぇッ!」
 膨大な土やら埃の煙の中からぬっと現れた手が半壊した石畳を掴んだ。それから少しして煙の中から4つの影が起き上がってくる。
「ふぅ、全員無事みてぇだな」
「‥‥これって無事っていえるのかな?」
 あれ、この台詞この前もいわなかったっけ? と思いつつ門見が頭についた埃を払っていく。
「無事じゃないっての! ケイ、無茶しすぎ!!」
「この身体でよかったと初めて思いましたわ。クライフさん、お手を」
「あ、ありがとう‥‥」
 身体に圧し掛かっていた石の瓦礫を押しのけ、シャクティがクライフを引っ張り上げる。
 機転というべきなのか。巴のオーラショットが通路の天井を破壊したことにより、半ば生き埋めになった五人だったが、そのおかげで瘴気も押しつぶされ、こうして危機を脱することができた。しかも天井を破壊したことでわざわざ階段を探す必要もなく、四階への道を作ることができている。無茶苦茶な手段とはいえ、一時間という短い調査時間を考えれば、これも一手といえるだろう。計算してやったかは甚だ疑問が残るところではあるが。
 瓦礫の山を登り、四階に上がった五人。そこから見下ろせば、丁度オーラショットが炸裂した地点を中心に、大きな穴が出来ているのがよくわかった。
「支柱に当たってないのは幸いだったね」
 先ほどまでの狭い通路とは違い、上がった場所は大きな広場だった。穴を挟んで反対側にある、今にも崩れそうな大きな柱がこの砦を支えているものに違いない。あれが崩れれば、こんなボロ砦など数分で全壊してしまうだろう。それほどまでにこの砦は脆く、ぎりぎりの段階にあるのだ。
 背筋が凍る、異様な感覚が冒険者たちに襲い掛かる。数秒遅れて現れたのは、周辺に満ちる紫色の靄たる瘴気と、瓦礫の頂上からこちらを見下ろす一人の老人だった。
「はっ、見つかっちまったか。さすがは親玉ってだけはあるな」
「‥‥巴さん、それ本気で言っているなら尊敬します」
 真顔で言ったのはクライフ。あれだけ派手にぶっ壊せば、誰だって気づくというものだ。
 一分の風もない中で、黒のローブが大きくはためいた。一瞥後、何の興味もないとばかりに攻撃すらすることなく老人は踵を返したのである。
「おいこらぁ! 会って速攻無視たぁどういう了見だぁ!」
『貴様らなどに用はない。どこぞへと消えうせろ』
「貴方が瘴気の発生源、瘴気を操っている存在と判断して差し支えありませんね?」
『いかにも』
 慇懃無礼なクライフの質問に、何の抵抗もなく返事が返ってきた。
『クロイツ。それが王より授かりし名。死者の頂きに立つ者。蝿の王ベルゼビュート様第一の眷属』
「あっさり肯定してくれた上、ご丁寧に自己紹介までしてくださるなんてありがたい限りです」
『礼など不要だ、人間。虫の如きいと小さき存在に正体を明かしたところで、我の障害とはなりえぬ判断したがゆえ』
「俺たちが虫だぁ? ふざけんじゃねぇ!!」
 大気を焦がすほどの威力を持ったオーラショットが一直線に飛来する。だが、巴と老人の間に入った瘴気がオーラの弾丸を飲み込むと、瞬く間に消化してしまった。
「‥‥マジか」
『王より授かりしこの力を軽んじるにもほどがある。この霧はこの世界に有り得る全てを食い尽くす。魔法、精霊、オーラ、生命、貴様らごときが扱える力で破ることは不可能だと知れ』
 瘴気がゆっくりと浮かび上がり、今にも襲ってくる気配を見せ始める。クライフがいつでも水のバリアを展開できるよう身構えるが、これだけの瘴気に一度に襲い掛かられれば数秒持ちこたえるのが限界だ。
「は〜い、死ぬ前に質問いいですかぁ〜?」
 危機感とはかけ離れた口調で手を上げたのは門見。陽気な様子とは反対に、この状況を何とか乗り切ろうと時間を稼ぎをする魂胆もそこには含まれている。
「色々疑問はあるんだけど、さっき俺たちに用はないって言ってたよね。それって裏を返せば誰かに用があるってことになっちゃうんだけど、それって誰のことなのかなぁ?」
 門見の言葉を聞き、クライフの脳裏にアスタリア山脈での出来事が蘇った。暴走しつつある竜神ガリュナを鎮めるべく、アスタリア山脈奥地に行ったときのこと。もう少しでどうにかなると思った瞬間、邪魔をするかのように出現した瘴気の波。予想外の出来事に、当時の彼らは対応することが出来ず、依頼は失敗に終わってしまった。あの瘴気がこのクロイツという魔物による仕業ならば、アスタリアの異変を黒幕はこいつということになる。鷹の氏族と西方地域の戦力によって竜神の被害は最小限に抑えられた。クロイツの策は結果的に失敗に終わったのだ。ならば、その恨みの矛先が向かうのは‥‥。
「西方地域責任者アナトリア・ベグルベキ。そして‥‥鷹の氏族の首領、ベルトラーゼさん」
「ベルだぁ!?」
『‥‥やつと親交のある者か。丁度いい。やつをおびき出す餌となってもらおうか』
「ふざ」「けんなっスよ!!」
 爆音が広場で反響する。広場の一角に巻き上がったのは火球による煙である。
 目標を失った瘴気が煙の上で停止する。その下から飛び出したのはオーラの閃光。
 瘴気の壁を突き破ってクロイツに届くものの、瘴気によって威力を削られたそれはゴブリンすら仕留めるに至らない。片手で受け止めた老人が無残にあがく五人を冷酷な瞳で見下ろした。
「くそっ!」
『学習せぬ者ほど、救えぬものはない』
 牽制の意味を込めて門見がダガーを投げつける。少しでも相手の動きを制限できればという意図があったが、それは最悪の結果で終わってしまう。
『‥‥愚か』
 易々と掴み取った老人がお返しとばかりにダガーを放つ。外見からは想像も付かない技量と腕力から放たれた小刀の刃は矢の如き速度で門見の眉間へと迫る。辛うじて回避できたものの、体勢を崩されたところへと瘴気の波が飛んでくる。
「水よ、友を守る障壁とならん!」
 危機一髪で門見の身体を包んだクライフの水だったが、瘴気の勢いはまったく衰えなかった。膨大な瘴気の波は突風とも感じるほどの風力と持って門見の身体を吹き飛ばし、その背後に控えていた石壁に巨大な風穴を開けたのだった。
 鉄砲水に打たれたように砦の外へと押し流された門見を助けようと、それぞれが反応するが、瘴気がそれを許さない。
「お前ら出んな! そのまま隠れて‥‥っとぉ!?」
 紙一重で回避に成功する巴だが、それも彼女の身体能力があってこそだ。共に後衛であるクリシュナとシャクティに彼女と同等の回避を行うことは無理というである。
「行くッスよ! シャクティ!」
「了解ですわ!」
 二人がファイアーバードを発動させ、空からの援護を開始する。何とか攻撃を仕掛けようとするが、生物の触手のように宙を縦横無尽に動き回る瘴気から逃げつつ、操る魔物に攻撃を仕掛けることは困難を極めた。
「くっそ、これじゃ逃げる暇も‥‥!」
 オーラショットの構えに入った巴の動きが、意思とは真逆に停止した。彼女に向けて突き出されたのはクロイツのしわがれた右手。カオスの魔法だ。
『抵抗をやめろ。さもなくば、こいつの命はない』
「ふざけっ、おい、こんなやつの言うこと聞く‥‥がぁああ!!」
『喋るな、耳が腐る。貴様は大人しく私の言うことを聞いていればいい』
 空の二人が地面に降りようとすると、闇の中を一筋の閃光が横切った。星のようにも見えたそれは、門見が所持していたダガーに違いなく、
「うぉぉらぁああ!!!」
「借りは返すよ〜! って言いたいけどすぐに脱出するね! クライフさん、乗って!」
「我が斬奸刀に、断てぬ者なし‥‥!!」
 風穴開いた壁から砦の中に飛び込んできたのはグリフォンに乗ったオラースとその後ろに乗るアマツ、そしてグライダーを走らせる門見だった。
「門見さん!? 無事だったんですね」
「強制退場くらった後に、運よくオラースさんに拾ってもらってねぇ〜。ついでだから、グライダーで帰ってきたってわけだよ♪」
 真空の刃がまっすぐに魔物へと向かうが、オーラショット同様瘴気に飲み込まれてしまう。ダメージを与えることが目的ではない。逃げる時間を稼ぐことが肝要なのだ。
「オラース殿、二撃目を放つゆえ距離を!」
「それどころじゃねぇ! 黙ってねぇと舌噛むぞ!」
 オラースが卓越した騎乗能力で瘴気を回避していくが、こうも狭い空間では長くは続かない。空の敵を全滅させたソードボンバーの風圧で吹き飛ばすが、じりじりと追い詰められていく。
 このままでは全滅する。そう悟ったアマツは頭の中で一計を講じ、概要をオラースへと伝えていく。まさしく達人級の軍略を持つ彼女だからこその策。だがそれはこの苦境を乗り切るものとしても紙一重のものだった。
「よいな、暫し耐えられよ!」
「おい、俺はまだ承知してねぇ! っておい、勝手に一人だけ!」
 グリフォンから飛び降りたアマツが床に着地すると、それと同時に頭上から大量の瘴気が滝のごとく降り注いだ。しかしそれを予測していたアマツは矢のように広場を駆け抜け、巴の元に飛び込んでいた。
「渓、それをよこせ!」
「なん、おい、こらっ!」
「オラース!」
 巴の文句を完全に無視し、日本刀を脇に抜刀の形を取ったアマツが空へと合図を送る。それを見たオラースは一度大きく表情をゆがめると、意を決したように瘴気を操る魔物へと一直線に飛び出した。当然それを呑むべく広場中の瘴気がオラースの一点へと集中していく。それと時同じくして放たれたのはアマツの真空の刃。狙うは魔物の少し前に控える大量の瓦礫。刃によってはじけとんだ瓦礫は濛々と土煙を上げて魔物の視界を砂で染め上げた。
 魔物に操られる以上、その視界が塞がれれば瘴気の動きも自然と鈍ってしまう。高い知識からアマツの意図を読み取れたクリシュナの炎のフォローもあり、クロイツの視界は完全と言っていいまでに塞がれていた。
 そこへ飛び込んできたのが、土煙と瘴気を抜いたオラース。渾身の力を込めて振りぬかれたテンペストだが、視界を塞がれていたのは彼もまた同じ。ローブを掠るだけにとどまってしまう。
『人間にしてはよくやった‥‥―――が』
 
 ピピピピッ

 奇妙な機械音が砦に鳴り響く。この世界の者たちにとって異常な、しかし門見にとっては聞きなれた音。
 自分の右から鳴り響く電子音に、クロイツの注意がそちらへと向けられる。その瞬間を狙って逆方向の左から、日本刀を振り上げたアマツが飛び出した。
「はぁ!!」
 裂いたのは黒のローブと枯れた腕の肌のみ。土煙でふさがれた視界の中、オラースと電子音を囮としたアマツの奇策だったが、それもクロイツを仕留めるには至らなかった。
 更に後方に飛び、勝利を確信したクロイツが口の端を吊り上げる。
 だが、それはアマツも同じことだった。
「渓、クリシュナ!」
「おおよ!」「ファイアーボム!!」
 大きく後方に跳んだはずのクロイツだったが、思ったほど冒険者たちと距離を稼ぐことができていなかった。なぜか?

 ドォォォォォン!!

 答えはそのすぐ後ろに、今この瞬間巴のオーラショットとクリシュナの火球を受けて倒壊した、砦全体を支える支柱があったからに他ならない。
 そして支柱を失った砦も崩壊する。
『―――――――――ッ!?』
 ――――――――クロイツが座する、支柱を中心として。








●死地並べ〜終わるモノ、始まるモノ〜
 瓦礫に押しつぶされたクロイツが自由になるまでには十数分の時間が必要であった。全ての瓦礫を押しのけてクロイツが再び地上へ現れた頃には、冒険者たちはとうにフロートシップへ帰還していた。
 決して敗れたわけではない。だが、王より授かったこの力を持ちながら、下等と見なす存在たちに煮え湯を飲まされた屈辱感はぬぐえない。
『‥‥こうもしてやられるとはな』
 慢心があったとは思いたくはないが、こうも失態が続けば自ら省みてしまう。
 トールキン、南方遠征、アスタリア。何れも緻密な策を重ね、気取られぬよう慎重に動いてきた。自分が打つほとんどの策が成功してきた。だが、失敗した全て事例は最後の一手を決められなかったことが原因となっている。圧倒的な、最早挽回不可能と思える状況から、全てを覆す力。今回といい、遺跡で未だもがき続けるあの女といい、これが人間の力とでもいうのか。
『確実に消さねばならぬ。たとえ主の命に背くことになろうとも、この命を失うことになろうとも‥‥!』
 空に浮かぶは大輪の月。
 死者を誘い、夜の世界を支配する王。
 伸ばした手は月には届かず、空を掴む。
 最早再会することはないだろう王に向かい、クロイツは幾千回目の忠誠を誓う。
 ―――――その背後に、嘲笑する影があるとも知らず。