【決戦・瘴気】死地並べ 砦襲撃班
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■ショートシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月15日〜07月20日
リプレイ公開日:2009年09月22日
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●オープニング
灰色の雲がいつもより近く見える。それは決して気のせいではない。隔ての門という巨大な絶壁の上では、空も近くなるというものだ。
高地特有の強い風が赤焦げた髪を大きく揺らすが、若者はそれに動じない。風は抗うものではなく、乗りこなすものだから。
天幕すらない場所での会議は珍しいものである。大概は敵の密偵などの危険に備えるため、天幕の中で行われるものだが、今回の敵は瘴気。そんなものは杞憂に等しく、そしてこれは会議を取り仕切るベルトラーゼの提案でもあった。
「それではこれより、軍議は開始致します」
「ベルトラーゼ卿、その前に一つ宜しいですか?」
柔らかな口調で言葉を挟んだのは、立場的に言えば一番上である侯爵補佐マリク・コラン。今回は自らが率いる魔術師中隊の指揮に徹し、作戦のほとんどをベルトラーゼに一任している。
先を促されて、マリク。
「このような形で会議を行うとは、どのようなわけがおありなのです?」
天幕はなく、時間もいつもと異なる真昼。ジ・アースならば、太陽が中天にかかる時間帯だ。
「特段戦略的な理由はございません」
きっぱりと、悪びれもなく言ってベルトラーゼは続ける。
「強いて言うならば、天気が良かったから、でしょうか」
人によっては予想だにしていなかった言葉に、ぽかんと口を開ける中、ベルトラーゼが空を仰ぐ。それに釣られ、この場に集まっていたマリクが、アナトリアが、ルシーナが、アルドバが、その他の将校たちが顔を上げていく。果てしない青空は、朝や夕暮れや夜では決して見ることの出来ないもの。ましてや、異界の魔物たちに汚された世界では決して望めるものではない。
「皆様にもこの空の色を覚えていただきたかった。それだけのことです」
僅かに自嘲を残して静かに向き直り、少ししてベルトラーゼの表情が引き締まる。漸くの軍議の始まりに自然と一同の視線も研ぎ澄まされた。
「現在、カオスの地を横断していた瘴気はここより数キロ西にある砦で待機しています。その規模は日に日に増大し、これまで拡散していた膨大な瘴気が砦の一点に集結していると考えてよいでしょう」
生唾を飲んだのは一人ではない。カオスの地という広大な大地の一角を覆いつくしていたあの津波の如き瘴気が集結し凝縮している。その危険性は容易に想像がついた。
「砦に潜み、瘴気を操っていると思われる魔物の名はクロイツ。冒険者ギルドの報告書によれば、やつの狙いはこの私とのこと」
「どうするつもりだ?」
アナトリアの表情は硬い。彼の有する騎馬隊はこのような複雑な高地では本領を発揮できず、それどころか騎馬すら輸送が困難なことからほとんどが歩兵として戦うことを強いられている。ベイレルの傭兵師団がこのような場所では一番の真価を発揮するのだろうが、クシャル軍が南部で怪しい動きを見せているとして今回の作戦には参加していなかった。
「軍を大きく三つに分けます。一つは瘴気本体を叩くゴーレム隊。ゴーレム第一、第二小隊、それに冒険者で構成したゴーレム班を加えて隔ての門頂上で待機。瘴気の隔ての門登頂直後を狙って攻撃して頂きます。そしてゴーレム班の援護を行う援護隊。グライダー隊、天空騎士団、フロートシップ隊から構成する空軍と西方騎馬隊、魔術師隊、鷹の氏族をメインとした周辺の魔物を相当する地上班が主になります。地上班は瘴気が登頂後、毒性の霧が接近するぎりぎりまで土塁に築いた精霊砲と大弩弓で一斉射撃。マリク様率いる魔術師隊が水魔法で防御膜を展開してくれますが、それも長くは続かないでしょう。図にすれば、以下の通りになります」
崖■■■□■■
崖■■■■□■
崖★←←←□←
崖■■■■□■
崖■■■□■■
★ 瘴気
■ 地面
□ 地上部隊(精霊砲+大弩弓付きの土塁)
← 堀(水路)
堀の深さは20m、深さは10m以上という巨大なもので、遥か後方の水脈にまで続いている。後方の堰が切られれば、膨大な量の水が水鉄砲となって押し寄せてくるだろう。それこそ、フロートシップさえ押し流すほどの膨大な量だ。
「マリク様が限界を感じ次第、地上班は速やかにフロートシップでその場を撤退。その後は周辺に出現するであろう周辺の魔物掃討に当たってもらいます。雑魚退治と思われるかもしれませんが、これを怠ればゴーレム班が瘴気本体だけでなく魔物まで相手にしなければならなくなります。アナトリア様、どうか宜しくお願い致します」
「‥‥うむ」
これまでの報告によれば、瘴気本体は周辺に攻撃対象を認めたときに出現する。そしてその全身からは毒性を持つ薄紫の気体が絶えず放出されており、必然と生身での戦闘は難しくなってくる。だからこそ、ゴーレムが必要になるのだ。
「堰を切るタイミングは如何するのだ?」
「ゴーレム班に一任するつもりです。風信器で上空のフロートシップに指示を出してもらいましょう」
水が戦場に到着するまでに掛かる時間は5分程度。瘴気が麓にいる時か、瘴気が頂上に到着した時か、どちらで使用するかも冒険者たち次第である。
「最後に砦襲撃班。瘴気を操っているカオスの魔物、クロイツを撃破すべく瘴気の源である砦跡へ攻撃を仕掛けます。隊の規模は10名前後、瘴気が隔ての門麓に到着次第、グライダーで瘴気を大きく迂回しつつ、敵に接近を悟られぬよう砦を目指す。隊長は私が務めます」
「若自らでございますか?」
「それでは、敵の思惑に乗るようなものですぞ」
「だからこそ意味がある。私の隊が砦に到着するのは瘴気本体との戦闘が開始した後のことになるだろう。隔ての門で標的を探している最中に、突然私が砦に現れる。敵は慌てて瘴気を砦に戻そうとするに違いない。そうなれば瘴気を討つ絶好の好機。守勢に出る瘴気をゴーレム班が一気に殲滅すればいい。瘴気を操る源を断てば、瘴気本体の力も幾分か衰えるだろう。逆に瘴気本体が消滅すれば、それを操る魔物の力も低下する。どちらかが成功すれば、もう一方が確実に楽になる。それだけでもこの作戦を行う意味はある」
「理屈は分かりますが‥‥」
「なら問題はないな。マリク様、アナトリア様、何かございませんか?」
「わたくしは何も。貴方が仰るなら、それが最善の策なのでしょう」
「ふんっ、わしが意見したとて簡単に意思を曲げる男ではあるまい」
時間にしては5分もあっただろうか。最後になるかもしれない軍議はあっという間に終了してしまい、指揮官である二人はさっさと退席してしまった。それも、至極満足したような顔で。
「ぼ、坊ちゃん!」
「? どうかしたか、アルドバ」
「い、いえその‥‥」
本当にこれで終わってよいものかと声を掛けたが、実際問題点らしきものは見当たらない。それでも何かないかと半ば意地になって意見する。
「ゴ、ゴーレム隊の指揮は、誰がなさるのですか?」
「ロニア卿に決まっているだろう。それともアルドバがしてくれるのか?」
「そ、そそそそんな滅相もない!!」
顎肉が取れそうなくらいにぶるぶると首を横に振れば、怪訝な顔のルシーナが隣から一歩足を踏み出す。
「やつですか‥‥。若、冒険者たちの中にも十分な指揮をとれるものがおりますが」
「大丈夫だよ。ルシーナ」
戦前とは思えない、まるで自分の屋敷で寛いでいるような、ゆったりとした表情で。
「あの方ならやってくれる。きっとね」
ベルトラーゼはもう一度晴天の空を眺めた。
●リプレイ本文
●出陣の時
乾いた大地の上に、無数の足跡が刻まれている。その数は優に数千を超え、巻き上がる砂埃は渦を巻いて陣中を砂一色に染め上げていた。
一方で地平線の向こうから踏み潰すような圧迫感を放つ存在を、ベルトラーゼは感じざるを得ない。頭上の世界とは異なる次元にあるかのように、向こうの空は暗雲に閉ざされ、本来の色を失ってしまっている。接近する瘴気が精霊たちのバランスを崩しているのだろうか。
クロイツと呼ばれる魔物の制御下に置かれ、瘴気はより一層規模を増していた。魔物の潜む砦に一度集結した瘴気は積乱雲のように盛り上がり、その後隔ての門に向け真っ直ぐに進行してきている。まるで、巨大な手のように。
「偵察隊からの情報です。数分後には瘴気が肉眼で確認できる距離まで到達するとのこと」
空から舞い降りてきたのは導蛍石(eb9949)。愛馬たるペガサスからひらりっと飛び降り、その翼を優しく撫でてやった。グライダーでの電撃作戦となる今回、このペガサスの参戦はやや遅れることとなる。
ベルトラーゼ率いる砦襲撃班の出撃は瘴気が隔ての門の麓に到着してからとなる。出撃はもう間もなく。
承諾の旨を返し、ベルトラーゼはじっと空の向こうを眺め続けていた。目には捉えることが出来ないが、あの雲の下では津波の如き瘴気の波が蠢いているに違いない。そしてその大地からは全ての生物が消滅してしまっているのだろう。もっと正確な表現をするならば、喰われてしまった。これほどに巨大な力を操る存在がいる。そしてその魔物もまた王と称される存在の眷族に過ぎない。
「為すべきことを為す。今できる最善の策を行うことが最も重要であると、俺は考えます」
「左様」
心境を察した導の背後から、アマツ・オオトリ(ea1842)とイリア・アドミナル(ea2564)が進み出てきた。
「闇とは。そう、一つの大きな存在ではない。多くの悪意が重なり合い、光を覆い隠す事で生まれるのだ。我らにはただ、その悪意のヴェールを一つづつ剥ぎ取ってゆく事しか出来ぬ」
「僕たちは勝たなければなりません。ガリュナ様の正気を失わせ、災厄を振りまく黒幕を倒しましょう」
アスタリア山脈に眠る竜、ガリュナ。この竜の暴走はスコット領南部の西方地域に甚大な被害を齎し、都市メラートを全壊寸前にまで追い込んだ。この一件で暗躍していたのが瘴気を操るクロイツと呼ばれる魔物であり、ベルトラーゼからすれば、この魔物とはスコット領に来る以前から繋がっていた。因縁の相手と決着をつける時が来たといえる。
「いや〜元気なお爺ちゃんでしたよね〜…二度と会いたくねーんスが」
クリシュナ・パラハ(ea1850)の口調はあっけらかんと緊張感のないものである。涙を流す振りをする余裕すら伺える。
「作戦は了解、グライダーでの電撃侵攻の後、皆で突入です。天界人曰く「テッポーダマ」っていうらしいですね‥‥嫌な響きだなぁ」
「ただの鉄砲玉じゃねえさ。こんだけの面子が揃ってるんだ。どんな敵も貫く最強の弾丸だ。助っ人ぐらい喜んでやるぜ! つか初めましてだなベルトラーゼさん!!」
「地獄の荒野も三人揃って戦っているのですから、こちらでも三位一体ですわよ」
村雨紫狼(ec5159)が手を伸ばし固い握手が交わされる隣では、シャクティ・シッダールタ(ea5989)が巴渓(ea0167)を初めとする馴染みの面子と士気を高揚させていく。
「うーんスゲー有名人だって言うしな〜俺より年上なのかな?」
「ベルの方が年下だ。おもいっきり逆に見えるけどな」
マジかよ、と愕然とする村雨を一笑して、全員集まったのを確認した巴が声を張り上げた。
「よっしゃ、んじゃやるか!」
一同の二の腕に結ばれたのは祈紐。イリアの提案によって用意されたものだ。
「先ほども言いましたが、僕たちは負けられません。僕たちが負ければ、ここに集結した人々だけではなく、スコット領の全てが飲み込まれます」
提案者であるイリアの言葉に、面々は静かに沈黙。
「敵はクロイツだけではないでしょう。皆さん心して下さい」
「承知している」
クライフ・デニーロ(ea2606)の慎重かつ的確な言を軽んじる者はいない。幾つもの激戦を経験してきたレインフォルス・フォルナード(ea7641)もそれは同じだ。
「必ず勝ちましょう。僕たちならできるはずです」
「おうよ! 今度こそあのやろうをぶっとばしてやる!」
「左様、我が斬奸刀が闇を斬る!」
「わたくしも負けられないッスよ!」
「参りましょう、皆さん」
掲げられたシャクティの右手。それに呼応して9つの腕が掲げられ、一同はグライダーに乗り込むのだった。
●砦到着
魔物たちとの戦闘は砦到着以前より開始された。
グライダーで接近する冒険者たちに対し、砦内部から出現したのは禿鷹の姿をしたカオスの魔物たち。遠距離攻撃を持つアマツ、イリア、クライフなどが臨機応変に空中戦を繰り広げた。幸いなことに敵の数はたった4匹。空中班が食い止めている間にベルトラーゼを初めとする過半数が砦付近に着陸、空と地上の両方から敵の撃破につとめた。
撃破が成った後は入り口に空飛ぶ絨毯を設置して逃走手段を確保、導のペガサスが来るよりも早く、屍を中心とする敵の第二波が容赦なく襲い掛かってくる。
「導、敵の数は!?」
「凡そ30、決して突破できない数ではありません!」
レジストデビルを付与し終えた導が叫べば、アマツ、村雨、レインフォルスの前衛組が揃って動く死体たちへと直走った。
「頭下げてろよお前ら! オーラショット〜〜〜〜〜〜〜!!!」
砦の外壁を形成していたと思われる石の外観を貫き、群を為して前進してくる死体の群の真ん中に穴があけられる。次いでシャクティのマグナブローが火を吹き、倒れた死体を焼き尽くせば、前衛三者が敵を切り刻んで行った。
振り下ろされた腕が腐敗臭を撒き散らす。それに軽い嗚咽を抱きながらもレインフォルスが返す刃で頭を両断した。その背後から攻め寄ろうとしたもう一匹の死体だったが、アマツの斬撃に阻まれ地に落ちる。
「何だよこいつら、しつけぇ!!」
胸元から身体を両断されながらも、未だ足元に噛み付いてきた死体の頭を村雨が日本刀でかち割った。血液とも思えぬ体液が異臭を放ち、無数の石の瓦礫が転がる地面に広がっていく。
「敵自体は大したことはありませんが‥‥」
剣に付着した汚泥のような液を一振りで払い飛ばし、ベルトラーゼが視線を上げた。
前回の偵察任務でほとんどが瓦解してしまった砦、いや砦跡。未だ支柱によって支えられた部位もあるが、それは三分の一にも満たない。恐獣かゴーレムか、巨大な何かに粉砕されたかの如き風貌が、入り口に布陣する冒険者たちの目の前に広がっている。
「この魔物たちの目的は足止めでしょう。援軍が来るまでの時間稼ぎ、ということも考えられます」
最低限の魔法のみで戦闘を行うクライフもまた視界を上げた。あくまで冷静沈着に思考を回転させる。
「ならば、尚のこと先に急ぐべきです」
魔法の発動を告げる発光がイリアの身体を包み込む。
前衛への後退の合図とともに打ち出されたのは、砦の瓦礫ごと魔物たちを粉砕する威力を誇る、超越級ウォーターボムだった。
●死者の頂き
『再びここへ来るとは学ぶことを知らぬと見える。しかも‥‥』
クロイツが言ってベルトラーゼを一瞥する。
瘴気の向こうに霞んだ影、暗雲の向こうでひっそりと光を漏らす月のような、薄暗い人の姿をしたものが、半ばから折れた支柱の頂きに立つのが見えた。
朽ちた人間たちの砦、そこに君臨する死者の王。
そこはまるで人間たちの巨大な墓標であった。
『‥‥賢しきもの。貴様はいつも我が手札を裏返す』
「散開ッス!!!」
それが、最初に感じたもの。
ほとんどの冒険者たちが夜の暗闇のせいで見えていなかった。インフラヴィジョンを行使したクリシュナの叫びに反応して四散すれば、元いた場所が夜の海に飲み込まれた。あまりに濃く、闇の色を得て歓喜に蠢く瘴気だと悟ったのは少ししてからだ。
頑強な砦を形作っていたはずの石の塊が無数の爪で掻き毟られ、削ぎ落とされていく様に近い。瘴気の生むその非現実的な様相が身に潜んでいた恐怖感を一気に彷彿させる。予め決めていた策に従い、イリアが水の霧を発生させるとクロイツを含む全員の視界が黒から一転白魚の如き白に包まれた。しかしそれも数秒。獣が獲物の皮膚を引き裂くように、巨大な瘴気の爪が両者の間に犇いていた霧のほとんどを切り裂いた。
まるで食虫植物の蔓だ。クロイツを源に数十の触手が伸び、岩や地面を抉り取りながら襲い掛かってくる。クライフとイリアが水を生み出し、それで膜を作ることで防御するが、完全に成功しているとはいえない。水膜に打つかって弾かれたかと思えば、飛び散った一滴一滴が羽虫の如く群がってくる。とても防ぎきれるものではなかった。
おそらく、廃墟と呼ぶに相応しい場所である。崩落の際、様々に衝突して押し潰して互いに破壊と粉砕を繰り返した石と木の建物は砦としての機能を完全に失っていた。角と直線では表現しきれない形に身を変えた瓦礫の山、あちこちに突き出ているのは砦を支えていた支柱だろうか。瓦礫の作るじぐざぐの中でまっすぐに天を衝くのはクロイツの乗る柱のみ。高みからこちらを見下すその行為には人間への侮蔑とその動きを確実に追うための二重の意味が込められている。黒衣の上に翻るのは、暗雲の月。
「―――――ウォーターボム!!!」
クライフに水の操作を一任してイリア。強烈な水圧が瘴気に触れられたことで脆くなっていた瓦礫にとどめをさし、押し退けられた瘴気の間、そこに生み出された月への道を前衛の三人が一挙に駆け抜ける。
援護の意味も含めて後衛と共に控える巴がオーラショットを放つものの、瘴気の壁が完全に遮断してしまう。
「くっそが、やっぱ通用しねぇか‥‥っとあぶね!!」
強い攻撃の意思に反応した瘴気が上から迫り、水の膜が勢いを削いだ間に回避した。
ようやく到着したペガサスに跨って導が空からホーリーを放つが、それもまた遮られてしまう。しかしそれは全くの無意味ではなかった。相反する性質のためか、活発に動き回っていた瘴気の動きが鈍りだしたのだ。
防戦一方だった状況が変わり、イリアとクライフが水を操作し、瘴気を押し野けることで前衛の道とクロイツへの遠距離攻撃を通す道とを作り出すことで冒険者たちは一気に前と進みだした。
「いつまでも見下してんじゃねぇよ!!」
柱の上に逃げ場はない。巴のオーラショットが柱を破壊すれば、
「疾風斬!!」
「マグナブロー!」
「ウォーターボム!」
「ホーリー!」
下に降りたクロイツへとアマツ、シャクティ、イリア、導らが一斉に攻撃を積み重ねる。その全てが厚い瘴気の壁に防がれてしまうものの、その勢いを削いでいっていることは確実だった。
ファイアーボムを唱えるクライフが空を見上げた。グライダーが駆けつけるにはまだ時間がかかる。それに瘴気本体を滅したのならば、何をせずとも援軍がこちらに到着するはず。現状では、この流れのまま一気に瘴気の壁をぶち破り、敵を叩くのが最良であり最善の策。
次々と放たれていく攻撃に加わろうとしたクライフが抱いたものは、驚愕。クライフが右手を突き出し、もう一度開く。発光現象の後に打ち込まれた火球の末路に、額を一滴の汗が滑り落ちた。再度の魔法を唱えようとするが、それが無駄であることを悟ってしまう。他の誰もが目前の異常事態に気づき始めた。技を放つ腕を止め、魔法の引き起こす爆裂音が止む。静まっていく音域は、その静寂さとは反対に冒険者たちの言い知れぬ不安と危機感を高めていた。考えられるだけの攻撃を行い、その全てが狙い通り確実に命中したという事実に喜びを覚えるのは間違っていない。
砦そのものを跡形もなく粉砕してしまうような波状攻撃の嵐が巨大な土煙を引き起こし、その中心にいるであろうクロイツの姿も確認できない。
「‥‥‥‥っ!」
だからこそ、その一角から、ぬっと腕でも生えたように瘴気の触手が飛び出してきたことに対して、反応が遅れてしまった。
5m近い巨大な石の塊の隣を盾代わりに構えていたアマツが上半身を後方に逸らした後、代わりに半ばから侵食されて朽ちた大岩が頭に降ってくる。辛うじて危機を脱したものの、その全身からは凄まじい汗が噴き出していた。
「こんのやろう!」
「止まれ村雨!!!」
脈打つ心臓の鼓動が危険信号を鳴らしていることがよくわかる。抉り取られた頬に眉を顰めるアマツ。その手元を見て村雨が信じられないものを目前にした表情を浮かべていた。
アマツのノーマルソードが柄と鍔だけを残して無くなっていた。他でもない、先ほどの回避の際、瘴気に飲み込まれたのだ。
『王より授かったこの力、侮るな』
煙の向こうで燦然と煌く殺意と赤い瞳に、イリアは反射的に行動を取っていた。
巨大な水と瘴気の塊が双方の間で衝突し、弾け飛ぶ。人間というより、生物として発現し得る最大級の力の衝突。その前では人が誇る防塞機能を持つ砦も、大波に飲まれて沈んでいく砂城に等しかった。
一撃、二撃、それでも足りない。規模を膨れ上がらせて球状と化した瘴気の塊は止まらない。イリアの魔法で何とか持ちこたえているが、それも辛うじてといわざるをえない。
「‥‥こうなれば、一か八かです。イリアさん、クライフさん」
前衛は散り散りになり、ベルトラーゼと場を共にしているのは中衛と後衛の6人。
「‥‥随分と危険な選択をなさいますわね」
作戦を伝えたベルトラーゼに、シャクティが苦笑い。
「勝算はあるのですか?」
「わかりません。魔法使いである皆さん次第、といったところでしょう」
特段ベルトラーゼが独自に考えたものではない。冒険者たちが事前に考えていたもの、瘴気を水で押し退け、道を作り出し、技や魔法を通すというものだ。だがそれは、瘴気が触手のように散開していた状態だからこそ成り立つもの、このように一塊となったものは前提とされていない。
「敵もこれだけの規模のものを操るためには自由に行動できないはず。空にいる導さんの情報によれば、それは間違いないでしょう?」
「‥‥確かに今迫っているあれを破ることができれば、絶好の好機といえますが」
障壁を構成していた瘴気もいまやあの球状に含まれてしまっている。あれさえ凌げば、一気に攻撃を通すことができる。
「それでいきましょう」
迷いの晴れない面々に対して、終止符を打ったのは瘴気を凌いでいるイリアだった。
「今の状態では、僕の魔力も次で限界です。迷っている時間はありません」
「‥‥でも」
「大丈夫」
最後の魔法を唱える寸前に、
「僕たちなら、きっとできますよ」
勝つのが当たり前のように、そんな一言だったからだろう。
自然と浮かべていたイリアの笑みに、全員が心を決めたのは。
「‥‥‥‥ウォーター」
「行くぞおらぁ!!!」
「走れ、ひたすら前に!!」
巴が、瘴気の側面に控えていたアマツが檄を飛ばし、剣を手にしたものたちが走り出す。
「―――――――ボム!!!!」
水の塊が瘴気に炸裂し、飛び散った水が雨となって砦の残骸に打ち付ける。
呑まれていく残骸を悠々と眺めながら、冒険者たちの全滅を確信していたクロイツの目が醜く細められた。標的目掛けて放ったはずの瘴気の球が水の膜によって衝突寸前で押し留められている。それどころか、水の膜は球の中心を貫く槍のように変化し、徐々に、しかし確実に瘴気の塊を押し返していた。
信じられない事態にクロイツの思考が一瞬停止する。その僅かな隙を、巴が見逃すはずがなかった。
焦りはなかった。致命的な結果を招いたのは油断でもなく、相手の、人間という存在の力量を見誤っていたことに過ぎない。
オーラの閃光に自身の右腕が吹き飛ばされたのを、悠長に見届けることはない。人間ならばショック死すら有り得る尋常ならざる激痛もこの存在にとってはただの信号に過ぎない。詠唱破棄によるデストロイ。威力こそ落ちるものの、全てを破壊、消滅させる絶対的な闇の魔法がイリアとクライフの水を霧散させる。その全てを粉砕する衝撃は瘴気に辛うじて持ちこたえていた冒険者たちの陣形をも木っ端微塵に粉砕した。
直撃すればゴーレムすら跡形もなく消滅させる一撃にも、冒険者たちは奇跡的に耐えぬいた。それは、紙一重、といわざるを得ないが。
闇の発光に水を操る二人は咄嗟に水の膜を形成して防御壁を展開した。それが彼らの命を繋ぎとめることに一役買ったのだが、状況は最悪の段階に陥っていた。クロイツに手傷を負わせ、やつの切り札らしき瘴気の球も凌いだが、こちらの被害はそれ以上だった。デストロイの威力をほとんどまともに受けた中衛、後衛のダメージは深い。今また瘴気を自らの頭上に集結させ、再度の攻撃に臨もうとしていたクロイツに反撃する力は残されていなかった。
ぎゅるりっと、魔獣の眼球が獲物を捕らえる際に回転するかの如く、クロイツの頭上に集結した瘴気から触手が飛び出していく。狙うは当然‥‥ベルトラーゼ。
『――――――さらばだ』
触手が伸びていく様は長く、標的を呑みこんだのは一瞬。その側にいたクライフとシャクティをも巻き込んで、触手はベルトラーゼを掻き消してしまった。
「おのれぇ!! ‥‥ぐぁっ!?」
愛用の刀を手に取ったアマツが激情とともに立ち上がるも、瘴気の触手に一蹴される。レインフォルス、村雨がそれに示しを合わせて三方向から攻撃を仕掛けたものの、結果は変わらない。
この好機にクロイツが手を休める理由はない。力の拮抗する者たちが相手であるからこそ、そこに寸分の迷いもなかった。
残された左の手首が首を下げれば、吹雪と水で湿った空気が命を食らう瘴気の蔓に引き裂かれた。床に這い蹲り、何とか逃げようとするイリアだが、傷ついた身体では如何ともしがたく、ペガサスを操る導がぎりぎりでその細身を拾い上げたが、戦場が地上から空中に移行するに過ぎなかった。
クロイツが頭を垂れていた左手を持ち上げる。それに応じて触手が無数の空中へと飛び上がる。それぞれが意思を持って無慈悲に獲物を追いかける姿は蛇。数十のヒドラたちが天馬という獲物を巡って争っているかの如く。
外壁の形を残している一部に身を隠した導だが、それも数秒と持たなかった。上下を挟まれ、更には石の壁を容赦なく噛み砕いた瘴気の牙がペガサスの翼に迫る。騎乗能力に長ける導もすでに限界だった。
(やられるっ)
そう覚悟した直後の出来事、三方から迫っていた触手の一角が爆発し、地上へと落下した。
破壊したのはファイアーボムとマグナブロー。その出所にいたのは、先ほど呑みこまれたはずのベルトラーゼ、クライフ、シャクティの三人。
「シャクティさんは導さんの援護を! クライフさん!」
「承知しています。巴さん、クリシュナさん!」
「お、おおよ!」
「りょ、了解ッス!」
瘴気に呑みこまれる寸前に三人が逃げ込んだのは、クライフが火球で予め作っていた床の溝。返ってくる瘴気を前提に作ったものだったが、それを覚えていたベルトラーゼがあの一瞬、二人を抱えて逃げ込んでいたのだ。
二度もの失敗に逆上するクロイツ。その目が、腕が、手が、指が、全てが冒険者たちを抹殺しようと動き出す。
‥‥だが、
砕け散ったのは、クロイツの足元を支えていた岩の瓦礫。
「オ〜〜〜〜〜〜ラショットォォッ!!!」
バランスを崩して落下するその頭上へと、巴の破壊した瓦礫の雨が降り注ぐ。
「皆さんご準備を〜!!!」
瓦礫の中で体勢を立て直すよりも早く、巴がオーラで動きを鈍らせ、更にはとどめとばかりにクリシュナの魔法が発動して瓦礫ごと横転させる。
「ファイアーボム!」
「疾風斬!!」
「オーラショット!!!」
「炎の鎖〜!!!」
「ウォーターボム!!」
「マグナブロー!!」
「ホーリー!!」
そして冒険者各々が放ちうる技と魔法が一挙に姿を見せ、
その一瞬後、クロイツの埋まる瓦礫群が、大爆発に見舞われた。
砦跡の中央に土煙の塔が誕生している。山々に響く竜の咆哮のように、鼓膜と岩々に鳴り響く音響の波が重苦しい空気を一層強めていく気がした。だが仕方ないことだ。当初に行った全員の集中攻撃を凌いだ相手である。体勢を崩したとはいえ、不安は拭えない。
がらがらと外壁の破片が砦残骸の上に当たっては音を立てて転がっていく。これで仕留められなければ‥‥。
「‥‥‥‥っ」
導は反射的に仲間たちの元へとペガサスを走らせていた。逃げるべきか、それとも戦うべきか。どちらを選択するかは些細なこと。今はまず‥‥やつの生存を伝えることが先決だった。
「まだ、やつは生きて‥‥!」
「‥‥ここからでも十分確認できています」
「これでも勝てないって‥‥もうヤバイとかそういうレベルじゃないッスよねぇ〜」
半ば茫然自失の冒険者たちの姿を捉えながら、クロイツは頬を浮き上がらせていた。当然、無傷であるはずがない。瘴気でガードはしたものの、全てを受け止めることは出来ず、肉体にかなりの損傷を受けている。冒険者たち同様、満身創痍といっても過言ではない。だが、最早戦闘力を失った彼らとは違い、クロイツには最強の武器であり盾である瘴気がある。勝利は最早目前‥‥。
『‥‥‥‥‥?』
疑問と違和感を覚えたのは、勝利を確信した少しの後のこと。胸元に異様な何かを感じて、何気なく目をよこした。
『‥‥馬鹿‥‥‥‥な』
クロイツの急所を貫いていたのは、誰もが予想だにしていなかった、村雨のナイフ。先の集中攻撃の際、少しでも力になればと神にもすがる思いで放ったものだった。それが唯一、クロイツの心の臓に命中していたのはまさに偶然、いや奇跡というほか無い。
膝を突き、うなだれるクロイツへととどめをさそうとレインフォルスが静かに歩み寄ってくる。並みの精神力を持つものならば、そこで己の命運尽きたと果てるところであろうが、クロイツは違った。
突如巻き起こる瘴気の渦。主を包み、暴風が吹き荒れる。
全ての風が止んだ後、クロイツの姿は冒険者たちの前から消えていた。
●死地並べ
クロイツは、永遠に続くと思える長い長い階段を這うように登っていた。それが通った後には赤とも黒ともとれる色が階段と壁にべったりと塗りつけられ、血の文様を描いている。
ようやく這い出た屋上という名の地上は、淡い青一色に染められていた。それが王の威光と加護であるように思え、クロイツの喉からは自然と歓喜の声が漏れた。
暗き夜にただ一つ咲き誇る、青き月。それの何と美しいことか。
『‥‥‥‥王よ』
呻き声にも似た極細の声は光の中に消える。これが己の行う最後の所業であることを自覚した腕は、頭上に掲げられる間に幾ばくかの震えを見せた。
『ご期待にこたえることが出来ず‥‥申し訳‥‥ございません。‥‥我が最後の忠誠を、ご覧下さい』
砦を押し潰すほどの、膨大な量の瘴気が頭上に集まり始めていた。最早隔ての門に陣取る人間どもを倒す力はなく、せめてここにいる者たちだけでも、とクロイツは消え行く命を使って王への最後の忠誠を果たそうとしていた。
冒険者たちも異変に気づいたのだろう。こちらに足音が近づいて来る。
だが、もう遅い。
「クロイツ!!!」
『―――死』
痛みなどは微塵もなかった。ただ生じた変化に思考がついてこないだけである。
殺意の言葉とともに、最後の一撃を放ったはずなのに、冒険者たちはそこに立っている。それだけならばまだ納得もいこう。最もおかしな点は、人間たちと対峙しつつ直立する、首のない自分の身体らしきものが見えるということ。
「お疲れ様♪」
『貴‥‥様‥‥』
いくらカオスの魔物とはいえ、首を落とされる程のダメージでは生きてはいられない。すでに霧の如く霧散してしまった首から下の肉体がその証拠だ。
「預けていたものはしっかりと返してもらったよ〜ん♪」
クロイツの肉体が消滅する瞬間、その肉体から小さな白球が飛び出し、金髪の騎士の手元に飛んでいった。それは他でもない、その人間、ボルパールの魂であった。
『‥‥‥‥これが‥‥貴様の狙いか』
「んふっ♪」
頭だけになったクロイツが赤き憎悪の目を向けるが、ボルパールはそれさえも快楽に変換して極上の笑みを浮かべている。一方で、状況が全く掴めない冒険者たちはただの成り行きを見守るだけだった。
『契約を破棄せんがために‥‥我を‥‥王さえも騙すとは‥‥』
「それは勘違いってやつよぉ。ちゃ〜んと許可は頂いてるし、それにぃ、あたしがこうやってここに来たのは、その『新しいご主人様』のご命令だし♪」
死の淵にあるクロイツの瞳に宿ったのは、初めての絶望。
『‥‥‥‥まさか‥‥‥‥王が‥‥貴様如き‥‥‥‥人間を‥‥‥‥‥』
「人間?」
実に可笑しそうに笑い、ボルパールは初めてクロイツへと向き直った。
恐怖も多々存在する。純粋に暴力に起因するものもあれば、忌み嫌うものに対峙した場合もあり、時には魂を惹かれるからこそ生まれるものもある。クロイツが感じたのも無数に存在する恐怖のうちの一つ。言うなれば、嫉妬という感情に根ざす『恐怖』。
頭だけでは目を逸らすことも出来ず、クロイツはただ凝視していた。
血の色へと変色していく瞳。後ろに背負う月がゆっくりと姿を変えていく。青い光を遮っていた遮蔽物の形が人から人成らざる存在へ、翼を持つその姿は‥‥まさしく悪魔。
「お付きの騎士様は死んで、狂ったおサルさんも死んだ」
月を真っ二つに割る剣の影が、一つ。
「次はあんただよ」
ご主人様♪ と頬を浮き上がらせて微笑む表情は、人間の時と変わらず、異様な不気味さを湛えており、
「あなたのおかげであたしは更なる高みにいける。今までありがとう、そして‥‥」
ボルパールはいつものように別れの挨拶を口にした。
「ばいば〜い♪」
「あんのやろぉ!」
暴走しかけた仲間を、制したのはベルトラーゼ。満身創痍の現状で勝ち目は無いと悟り、それに気づいている他の仲間たちもただ構えを取るだけだった。
「さっすがベルトラーゼちゃん、冷静だねぇ。まっ、あんたたちのおかげでこうして大事な魂を取り返せたことだし、ここはあたしも黙って退かせて貰うわよ」
「‥‥魂?」
悪魔とそれに近い存在との契約者は自らの魂を渡して力を得る。契約を解く方法は一つ、主が死ぬ前に魂を取り返すこと。
「更なる主を求めるために、僕たちを利用したということですか?」
後衛の者たちはまだ戦える。勝つことは出来ずとも、負けるとも言い難い。未だ戦意衰えぬイリアがいつでも魔法を唱えられるよう身構え、詰問する。
対して、ボルパールは悪ふざけで両手を挙げて降参の意を示す。
「そーいうこと♪ あたしはこれから王様と契約する。そして人を超える。此の世界の理から解き放たれた、唯一の存在となるのよ」
軽快な口調の中に一瞬だけ灯った光を、イリアは見逃さなかった。憎しみではない、それは何かに対する憤怒の色。
「それじゃ、ばいば〜い♪」と主を殺した時とまったく同じ言葉を残して、人の持ちえぬ翼で浮き上がったボルパールは天へと消えていった。群青色の空はなく、あるのは闇に支配された暗い空と、それを照らす青き光。
実に呆気なく、満足げに去っていたボルパールとは正反対に、冒険者たちは戦いの疲労からぐったりと腰を下ろした。
戦いは終わった。一応の危機は回避された。
これで、スコット領は救われる‥‥そうに違いない。