【神器争奪戦】皇帝
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■イベントシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:14人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月21日〜07月21日
リプレイ公開日:2009年09月30日
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●オープニング
あの日、蝿の王と遺跡で遭遇した日からもう3ヶ月近い時間が流れていた。
遺跡の最深部に植えつけられた死霊樹の種。それは長い時間を掛けて大地の養分を糧として成長し、いまや遺跡全体をその膨大な根で覆いつくすまでに発達していた。遺跡を含む半径1km圏内に生物は存在していない。それがこの地獄の植物による仕業であることは誰の目にも明らかだった。大地の養分をエネルギー源として根を張り巡らせ、命あるものをその末端の根で捕食し、吸収する。捕食された生命体は蛇が行うが如く根の中で消化され、分解される。そして死霊樹のもっとも厄介な点は、捕食した生物の能力を模倣するところにあった。食らった生命体の情報を読み取り、末端の根に具現化する。根という仮の肉体を与えて使役し、更に多くの得物を狙っていく。死霊樹の成長速度は日に日に加速し、フロートシップ20隻による攻撃をもってしても滅することが出来ない段階にまで達していた。
遺跡最深部の闇の中に、静寂とともに潜む影が二つ。一つは台座に腰掛け眠る蝿の王、一つは死霊樹の根元、四方へと伸ばされる根の海に身体のほとんどを沈ませているソウコ・アンティリット。
一切の光届かぬ闇の中では時間感覚も常時とは異なってしまう。呼吸以外のほとんどの行動を奪われ、蝿の王によって生かされているだけの時間。水さえ与えられていないにも関わらず、ただの人間に過ぎないソウコが生き長らえているのは死霊樹から強制的に送られてくる大地の養分のおかげに他ならない。まさしく彼女は、生きているのではなく、生かされているのだ。
本人では自覚できない数日ぶりの目覚めに、ソウコの瞼が押し開かれる。宝石のような青白い炎の中で蝿の王がそれに気づき、後ろを振り返った。
蝿の王は貴婦人のような笑みを浮かべた。それはソウコに対する好意の表れであると同時に嘲りでもある。
『朗報だよ。メイの国が冒険者ギルドに依頼を出したらしい。自分たちの手では手に負えないと、ようやく気づいたみたいだ』
それが最初から目的であったと、血色の瞳が笑っている。
『三度もの討伐隊の失敗。賢い生き物なら、もう少し早い段階で気づけただろうに。人間とは賢いのか、それとも愚物なのか、不思議な生き物だね』
返答も期待せず、独り言のように語っていく蝿の王。言葉を口にすることも出来ず、ひたすら自然と閉じようとする瞼を堪えるだけでソウコは精一杯だった。遺跡に蔓延する邪気が命あるものたちの力を奪い取っているのだろう。
「‥‥‥‥どう‥‥し‥‥‥て‥」
やっと形を成したのは、このたった一言。
蝿の王が握るのは、遺跡最深部に眠る最後の神器。刀とも剣ともとれる形状のそれは蝿の王の手の中で小さな輝きを放っていた。
それを壊せば全てが終わる。カオスたちの目的が神器の破壊であるならば、すでに勝敗は決した。おそらく、『神器』はただの武器ではない。もっと別の意味を持つ、何かである。そしてソウコの推測が正しければ、この最後の神器こそが遺跡の存在意義であり、唯一意味を持つものなのだ。
『戯れだよ』
決死の思いに対して、蝿の王は玩具を愛でる色を表す。
『僕が昔、ここに来た時もそうだった。圧倒的な力の差を見せ付けても、立ち向かってくる人間たち。最後の一人になろうとも、決して諦めず、屈さず、焼き殺された後も、僕に頭を垂れることがなかった。不愉快であると同時に、僕はあれを美しいとも感じたんだよ。‥‥今の君のようにね』
常人ならとっくの昔に精神が崩壊していただろう。それでもソウコが耐えているのは、必ず助けが来るという希望に縋ってのこと。
「神‥‥器とは‥‥偽りの‥‥名前」
『そう、これまでに手に入れた四つの神器に封じられていたのは、嘗て僕と剣を交えた、この王国の戦士たち。ファルゴ、トォール、スラウ、リュッセン』
「‥‥‥‥カオスの‥‥侵攻によって‥‥王国は滅びた。けど、滅びる寸前に、彼らは後世の人々のため、アイテムを作った」
『厄介な武器ともなれば、僕の眷属たちが見過ごすはずがないからね。地下深くにこれほどの遺跡を作ったのは僕たちの目から逃れるため、そして神器という壮大な名前とは逆に、脆弱な力しか持たないのは本来の目的から僕たちの目を逸らすため。‥‥‥‥そうだろう、エナーシュ?』
手にする剣を目の前まで持ち上げ、蝿の王は語りかけた。
『神器とは仮の名前、いや君たちの思うものとは異なる意味を持っているといってもいい。神とは天上の神々を示すのではなく、国の王を指す。滅亡を目前にして、大事な何かを掴んだ人間たちはそれを後世に伝えようと一計を講じた。僕たちの目に止まることなく、壊されることなく、後の人間たちに自分たちの言葉を遺すべく、王と一部の戦士たちは、自らの意思を肉体とは異なる器の中に封じ込めた』
神に等しい王の意思を封じ込めた器、それが神器。
『武器としての力は持たず、それゆえ僕たちの目には止まりにくい。しかしそのうちに秘められた王たちの意思は、後の人間たち、君たちに大切なことを教えてくれる。つまり、神器とは』
武器ではなく、後世に蝿の王の秘密を伝えるため、
「‥‥‥‥‥情報‥‥‥伝達‥‥‥器」
『そういうことだ。よく出来たね。五つが全て同じ場所に揃えば、虚ろであった戦士たちの意思も覚醒したのかもしれないが、ブラズニルが上手くやってくれたおかげでそれは成し得ない。‥‥残念なことに、肝心の情報を教えてくれる最後の器も、こうして僕が手にしてしまっているわけなんだけど』
蝿の王がその気になれば、剣は容易に破壊されてしまうだろう。砂の如く崩れるそれは内部に秘められた王の意思さえもたやすく消滅させてしまうに違いない。それをしないのは、戯れを好むこの王の気質のおかげである、ただそれだけのことだ。
『君を捕らえて結構な時間が経った。そろそろ、僕が動いてもいい頃だ』
一度も地獄に戻ることなく、眠るかの如く遺跡に居座り続けた蝿の王の瞳が憎悪と殺気に満たされる。それはソウコと神器、そしてこの遺跡とはまったく異なる場所を見据えていた。
『‥‥‥‥待ち望んでいた、ようやく‥‥』
蝿の王が立ち上がれば、遺跡を埋め尽くしていた悪魔たちが次々と外へと飛び出していく。残されたのは、増殖し続ける地獄の植物のみ。
一人残された王。
皇帝に成り代わりえる、唯一の王。
それが今、動き出した。
●リプレイ本文
●向かう先
真昼の酒場に、影。
いつもなら、奥でのんびりと暇を潰していたはずの女将も表に出ざるを得ない。それもそのはず。船乗りやら兵士崩れなどの荒れくれ者たちならば扱いはお手のものだが、今目の前に居座る連中は明らかに格が違う。話の内容から察するに、冒険者ギルドを介した国からの依頼を受け、これからの蝿の王の討伐に向かおうとする者たちらしい。
女将の推察通り、作戦会議の場所としてこの酒場に集まった総勢14名はこれからスコット領の西方に位置する太古の森に向かう。目指すは古王国の遺跡、蝿の王に囚われたソウコ・アンティリットを救出することが彼らの目的である。
「ほぼ一本道を我が輩たち、14名で突き進むことになる。となれば、退路の確保は非常に難しかろう」
フロートシップの準備が完了次第、関係者がこちらを呼びに来る手筈となっている。おそらく残り一時間足らず。出発ぎりぎりになっても、未だ暗礁に乗り上げている問題が幾つか残されていた。
「退路なんて考える暇はねぇ。ただ進むだけだぜ!」
シャルグ・ザーン(ea0827)が言えば、巴渓(ea0167)がテーブルを叩き壊すばかりの勢いで拳をうった。
「落ち着け、渓。今回の依頼はあくまでソウコ殿の救出が目的。蝿の王は捨て置く。いや、今は敵わぬと言った方がいい」
ソウコを救出するというのは当然の如く全員一致。
「あの野郎は絶対に許せねぇ。かといって、まずはソウコのやつを助けださねぇとな。核を破壊する、それしかあいつを助け出す方法はねぇ」
「ここで蝿の王を倒しておくのも一つの手でしょう。これはある意味、魔王を倒す好機であるとも考えられます」
だがアマツ・オオトリ(ea1842)とベアトリーセ・メーベルト(ec1201)を初め、蝿の王をどうするかで意見が分かれていた。それは勿論、ソウコの救出と遺跡に潜む死霊樹という魔物など、困難な状況のせいでもあるが、一番の問題は蝿の王自身の強さであろう。
「とすると、現状で魔王の相手をするのは俺と‥‥」
オラース・カノーヴァ(ea3486)が目を向けた先にいたのは、シャルグ、アリオス・エルスリード(ea0439)、セイル・ファースト(eb8642)、ベアトリーセの四人。他は死霊樹に取り込まれたソウコの救出が主な役割になるだろう。勿論、これが絶対ではないし、状況に応じて臨機応変に動く必要がある。オラースが第一にソウコの救出を行う予定なのもその良い例だ。
「さっきもアマツが言ったが、まずはソウコの救出が第一だ。蝿の王をぶっ殺すのはそれからでも遅くはねぇしな」
「蝿の王‥‥『皇帝に代わるもの』とありましたが。カオスの力でルシファーの暴走・自滅を狙うのが境界の王。デビルとカオスの力を合一し、皇帝の座を奪おうとするのが蝿の王なんですかね」
戦う以上、敵に関する情報の収集は不可欠。だが、今回の敵は異界の神とも言える存在である。ルイス・マリスカル(ea3063)にも限界がある。
「だとすると、厄介、だな」
「厄介なんて表現で済めばいいけどねぇ」
「まったくだ」
セイルに同意したのは、その隣の二人。一人はグラン・バク(ea5229)、もう一人はその肩に悠々と腰掛けるティアラ・クライス(ea6147)だった。
「おっと‥‥自己紹介が遅れたな。ナイトのセイル・ファーストだ。よろしくな」
そういってしっかりと握手。シフールのティアラとも、大小異なる手を交わす。
「前回の戦いぶりから見ても、瘴気は限りなく薄いだろうな。それ以前に、ソウコさんと蝿の王、そして死霊樹の核があると思われる最深部に無事到達できるかが問題だ。可能な限り、魔力と体力を温存しておかなければ」
「私がレジストプラントで補助しまくっちゃうから、大丈夫だよ。もっとも、相手が普通の植物の魔物ならの話だけどね」
「死霊樹‥‥ですか。僕も初めて聞く植物です」
植物に深く精通しているイリア・アドミナル(ea2564)でも知らない植物。蝿の王の言葉によれば、死霊樹とは、蝿の王が齎した異界、おそらく地獄の植物。遺跡の深部に植えられたその種は大地の養分を吸って半永久的に成長を続ける。大地に伸ばした蔓によって生命体を捕食し、その姿、能力を模倣してしまう。簡単にいえば、喰らった獲物の能力をそのまま自らの力とするのである。加えてソウコを捕らえた蝿の王は、ほぼ間違いなくただの魔王ではない。ルイスが述べたように、ジ・アースとアトランティス、二つの世界の両方に関わる力を持っているに違いなく、その力は想像を絶する。その証拠が前回の戦いだ。
しかし、今回はこちらも負けては居ない。クロック・ランベリー(eb3776)とレインフォルス・フォルナード(ea7641)、風烈(ea1587)を初め、前衛として文字通り道を切り開いていく力を持つ者は十分いる。最深部までいける可能性は十分ある。
後はソウコの命が尽きる前に、たどり着けるかどうかだけ。
不安要素は尽きず、自然と静まり返る酒場。
果たして‥‥。
そんな中、ごとんっとテーブルの上にごとんっと音が鳴った。全員が思わず、顔を上げれば、そこには数本の麦酒と14の、人数分の杯が置かれていた。
「女将、このような注文をした記憶はないのだが」
「表の連中から、あんたらにだよ」
表の連中? と意味を取りかねたシャルグが扉を押し開けると、そこには街の人々が集まっていた。
各地に名を馳せるこれだけの連中が集まっている。それが魔王の討伐に向かうというのだ。それを聞きつけた人々だった。
期待する眼差し。しかしそれは異界からの侵略に対する恐怖感の顕著な表れ。何気なく日々を過ごす、大衆までもがこれほどの危機感を抱いている証拠であるのだ。
「他力本願とやらは基本嫌いなんだがな」
レインフォルスがそう呟いて目を瞑る。握るのは剣の柄。
「まぁ、やれるだけやってやる。自分のためにな」
どんなに大きな脅威に晒されようと戦う意思を失うことはない人たち。そして一つ一つは小さなものでも、集まれば、大きな力となる。
「参るぞ!」
シャルグの覇気に合わせて、14の杯が鳴らされた。
●突破
フロートシップから降下後、冒険者たちは止まることなく、一気に地下回廊に突入した。
行く手を遮る死霊樹の蔓は特段に何かの姿を形成してはいなかった。そしてそれは冒険者たちにとって僥倖だった。一般的に考えても目的が最深部まである以上、こちらが止まる必要はない。相手が遅々として動かないのならば、なお更だ。無論、罠であるかもしれない等の疑念も拭えない。
事前の情報との食い違いはあったが、概ね冒険者たちの進行は順調に進んでいた。仰々しい、無数の蔓の数を除けばの話であるが。
「も〜きりが無いよ!」
「確かに、な。だが、進むしかないだろう」
実際に測定は行っていないが、この地下回廊は広い。それこそベアトリーセの操るモナルコスが行動出来るほどの大きさである。それは言い換えれば、死霊樹も一度に大量の蔓を操ることが出来るということであり‥‥、
レインフォルス、クロック、ルイスが剣を振るい植物の蔓を切り散らしていくと、回廊の奥に何かの姿が見えた。それは誰もが見たことのある魔物、ゴブリン、そしてオーガ種。更にその奥には、
「おいおい、あんなもんまで複製するとは、少々反則だろう」
珍しく声を荒立てたグランの肩の上では、ティアラもこくこくとしきりに首を振っている。
半ば絶句する冒険者たちの行く手を遮るのは、恐獣たち。アロサウルスなどの大型恐獣はさすがにいないものの、それでも手ごわい、ゴーレムでもなければ太刀打ちできないような種類が、軽く数えても十近くはこちらに迫ってきていた。
警戒した前衛たちの頭を風が通り抜けた。オーガ種の姿をした死霊樹の蔓たちが横一文字に裂け、飛び散る。数人が振り返る先には、鞘から抜刀を終えたま姿勢を崩さぬアマツ。
「ふん、草むしりと参ろうか‥‥!」
「ティアラ!」
「うん! ‥‥この先、この回廊を直進すれば遺跡の最深部に行けるみたい。そんなに遠くないって!」
マグナブローで焼き尽くした死霊樹の残骸に、ティアラがワードを掛けて死霊樹の核の場所を見つけ出す。
「このままではいずれ力尽きる。速度を上げて参ろうぞ!」
燃え上がる炎の槍、スルトがシャルグの手元で赤い火を放っていく。本物とほとんど変わらない力とオリジナル以上の生命力を持つ恐獣たちの攻撃を受け止め、弾き飛ばすとその植物の身体を次々に引火させていけば、ティアラの火柱が蔓だけではなく、地面の根ごと焼き尽くした。
だがそれでも簡単に滅殺することは難しい。元から凄まじい体力を秘めているだけではなく、回廊は死霊樹の蔓で混雑するほど埋め尽くされている。斬っても焼いても吹き飛ばしても、復元、攻撃をしてくるのだから、本当にきりがなかった。
速度を上げて強行突破していく一行。セイルやオラースのソードボンバーを盾としてイリアが最大級のアイスブリザードで襲い来る全ての敵を凍てつかせていく。
(きりが無い‥‥ッ)
幸い複製された魔物たちはオリジナルよりも弱い。火に弱く、氷の魔法で簡単に凍てついてしまう。しかし、生命力は高く、何より数が凄まじい。多勢に無勢。一本道だから、避けるわけにもいかず、どうにもならない。
戦闘中の思慮は思わぬ隙を作り出す。イリアが気づいた時には、他の魔物を盾にして吹雪をやり過ごした蔓が目の前にまで迫っていた。巨大な狼の姿をしたそれは、植物とは思えぬ鋭利な牙を使い、イリアを丸呑みする勢いで上半身をくわえ込んでしまう。
「‥‥っ!?」
「きゃぁああ!?」
僅かな動揺の隙を衝かれて、ティアラの小柄な身体が、巨大な蛇によって丸呑みされた。
「ちっ!!」
神技がかった動きを見せたアリオスが二度弓を引く。一本目の矢はイリアの上半身に噛み付いた狼の頭を吹き飛ばし、続く二本目は満足そうに首を伸ばしていた大蛇の顎を真下から貫き、破壊した。
砕け散った蛇の骸に剣を突き立て、アマツが腹を切り開く。グランが恐る恐る肉塊を掻き分ければ、もそもそと中から這い出たティアラが数秒ぶりの新鮮な空気で肺を満たしていた。
「う〜べとべとする」
「我慢しろ」
「無事で何より‥‥だが、感動の再会は後にして構えてくれ」
一言一言、言葉と同じ数の矢が天井目掛けて放たれた。肉を破壊するアリオスの矢の威力は本物である。しかし、感情などない複製の化け物たちは雨のように頭上から飛来してくる。
何とか周囲の化け物たちをなぎ払い、すぐさま前進の行動へと移行する一行。
「どうします、このままでは‥‥」
「ぬぅ‥‥」
イリアの傷は決して浅くはない。それを担ぐルイスもまた、僅かではあったが傷を負っていたが、そんなものに気を留める余裕はなかった。痛みを忘れるほどの危機感が広がっている。全員一丸となっての強行突破が作戦だったが、さすがは蝿の王がよこした魔物。力押し一辺倒でそう易々と突破できるものではなかった。
「ここまで来たら、やることは一つだけだろ! ぐだぐだ言ってねぇで進むんだよ!」
巴がオーラショットで向こうの魔物たちを吹き飛ばし、前に躍り出る。
「どけっつってんだ、こらぁ!!」
戦闘の興奮と遅々として進まないことに対する焦り。冷静な思考を奪い去る要因としては十分すぎる二つのものが、オラースの焦燥感を加速度的に高めていく。
斬撃によって引き起こされる現象とは程遠い。精霊砲の火球でも炸裂したような爆裂音が前後数十メートルに渡って鳴り響いた。強烈なソードボンバーによって散り散りになった蔓の残骸を見送ることもなく、跨るグリフォンに前進の命令を出し続けていく。
既に百近い数を撃破されても尚、死霊樹は身近な獲物を喰らうべく手下の蔓を蠢かせる。
冒険者たちはひたすらそれを斬り散らしながら、奥へと進んで行くのだった。
●盾と剣
巻き起こされた暴風が鉄臭とは異なる血の香りを乗せて壁にぶち当たる。仮に死霊樹の蔓に思考というものが存在するとして、凄まじい速度を伴う巨大な鉄の刃によって両断されては、回避行動を取ることすら叶わなかっただろう。
ぶじゅっと強烈な風圧で押し潰されたゴブリンの頭らしきものが石壁にへばりつき、ゆっくりと落ちる。原型を辛うじて留めていたそれも、上から降ってきた恐獣の頭に潰され、すり潰されてしまった。
ベアトリーセが大きく息を吸い込み、吐き出す。操縦するモナルコスの拳と剣には、深緑の血が隙間なく張り付いている。長時間の戦闘を経て通常ならば大破していても可笑しくはない騎体は、未だ尚迫り来る魔物たちをなぎ払う。それは奇跡でも偶然でもなく、操縦者の腕によるものだった
一行は気の遠くなるような攻防を経て最深部に到着していた。血色の文様が描かれた重厚な扉を発見し、中に突入を試みたものの、扉の僅かな隙間から餓鬼のように蔓が漏れ出てくる。内と外、扉の内側と来た道から追いかけてくる前後から挟み撃ちされ、前にも後ろに進めず全員は途方に暮れていた。
門番らしき魔物を文字通り根こそぎ引っこ抜いて撃破し、門前を確保したまではいい。止まることのない蔓の出現は、ここが死霊樹の核がある場所、即ち彼らの目的地であることを裏付けている。
扉を破壊する勢いで這い出てこようとしていた魔物を、ゴーレムの拳で容赦なく叩き潰す。情状酌量の余地はない。
このままではいずれ全滅する。それはここにいる全員に予想できた。そしてそれを打破する方法は単純明快なものであり、残酷なもの。即ち、
『‥‥私がここで追ってくる敵を食い止めるわ。皆は中をお願い』
ベアトリーセの声が、ゴーレムを介して周囲に流れ出た。対魔王班に参加する予定だったが、この状況とそれぞれの能力を鑑みた結果、最善を講ずるならば、自分が盾役になることは必然だった。客観的に見ても、自分にソウコを救出する力はない。その代わり、死霊樹を食い止めて万が一の時に退路を確保するという役目は、ゴーレムを操る自分にしか出来ないことだ。
当然納得しない者たちが多く居たが、あくまで冷静に諭す彼女の口調に反論言葉を失っていく。
「僕も残りましょう。これだけの敵を一度に相手するなら、僕の魔法が有効ですから」
イリアが残ることを表明し、前に出ると、それに呼応したクロックとレインフォルスが揃えて剣を抜き放った。
「時間を稼ぐ。早く突入の準備を整えろ」
「そう長くはもたんぞ」
「‥‥‥‥すまぬ」
「悪いな。お前ら」
背中を見せたシャルグと巴が扉に向かって歩き出す。
「すぐに戻ってくる。それまで頼む」
「ええ、また再会しましょう」
ベアトリーセの操るモナルコスが直進し、それを後押しするように吹雪が炸裂した。
●眠るもの、動き出すもの
ルイスが松明を下ろし、盾に持ち替える。腰には輝き石が吊るされ、周囲に光を生んでいた。
覚悟と緊張に揺れるシャルグの掌で、重い石の扉が開かれた。
広がったのは闇ではなく、外界の昼かと勘違いするほどの眩い世界。来る場所を間違ったのかとする疑念が一瞬浮かんで、目の前の光景を視認すると同時に消えてしまった。
数段の階段を越えた先に、古惚けた祭壇らしきものが見て取れる。あくまで予想に過ぎないのは、その全体像がゴーレムすら呑んでしまいそう巨木の蔦によって半分埋まっているからである。四方の外壁と上下の床を隈なく覆いつくしているのは紛うことなき死霊樹の蔓。人間の血管のように脈動する様は、体内に侵入した異物に怒り、同時に歓喜しているかのようである。脳の神経が全力で危険信号を吐き出し、歴戦の猛者たちも背筋の悪寒を感じざるを得ない。
「ソウコ!」
巨木の根元に埋まったソウコの姿を見るや否や、飛び出そうとしたオラースをセイルの腕が止めた。
「落ち着けよ。‥‥もう一つの標的が、罠でも張っていそうだぜ」
『――――――安心して構わないよ。生憎と、そんな姑息な手は好まない性質だからね』
影一つない部屋にも関わらず、いつの間に接近されていたのか分からなかった。冒険者たちから見て右方、弓ならば届く距離で佇む、蝿の王。
「ゲームは俺たちの勝ちのようだ。約束どおりソウコさんは返してもらおうか。」
風はそう言って、相手の出方を見た。
蝿の王の表情は冒険者たちを出迎えた時の、あの不気味な笑みのまま、じっと来客たちを見下ろしている。
数秒の沈黙と牽制を経て、蝿の王は行動に出た。攻撃でも防御でもない。肩の高さにまで上げた手をゆっくりと回転させ、上を向かせると二つの指が楽器のような高音を奏でる。そして言葉無い指示を受けた死霊樹は、体内に取り込んでいたソウコを解放したのだった。
『君たちがここまで来れるとは、驚きだったよ。少々計算違いだったようだ』
「計算違い? 甘いな、そこは男の純情を計算に入れろよ」
攻撃の意思全開で、挑発するかのようにグランが剣の切っ先を水平に突き出す。他方、跨るグリフォンに命令したオラースはソウコの身体を床に叩きつけられる寸前で受け止めていた。
再び蝿の王が指を鳴らすと、大樹がざわざわと蠢き、部屋全体に根を張り巡らしている蔓が震え動き出す。
床に縫い付けられていた蔓がのそりっと起き上がり、言葉の如く四方から迫ってくるのに応戦していく一方、シャルグ、アリオス、セイルが蝿の王の前に進み出ると攻撃態勢を整えた。簡単に倒せるとは思っていない。一先ず牽制できればいいのだ。まずは此の場を切り抜けることが大切だ。
『張り切っているところ申し訳ないんだけどね、君たちと戦うつもりはないんだ。時間は十分稼げた』
「時間?」
それ以後、微笑を湛えたまま、沈黙を守る蝿の王。
一方、オラースの腕の中でぐったりと倒れるソウコの表情は疲労困憊というよりも死相に近い。
「吸収された何千何万の生物たちと意識を共有させていたんだよね。こうやって生きているのが不思議なくらい‥‥」
オラースが赤き愛の石を持たせ、手持ちのアイテムで回復させるものの、反応はない。急速に頭に沸き起こったのは『死』という文字。頭に血がのぼったオラースが蝿の王と対峙する三人の間を抜けて突撃した。呪符を利用して一撃を加える。たとえそれが失敗しても、こいつだけは許すわけにはいかない。
渾身の力を込めて放たれた一撃は、簡単に避けられてしまい、床の中に埋まってしまう。柳のようにひらひらと舞う動きは簡単に捉えられるものではなく、更に攻撃を仕掛けようとするオラースをシャルグの両腕が押さえ込んだ。
「放せ!」
「冷静になられよ! 一人で無闇に突撃したところで、やつには勝てぬ!」
オラースは腹の底から沸き起こる自制と憤怒を受けて、強く、実際に自らの歯が粉砕するほど強く歯を噛み締めた。ここでこいつと戦うべきではない、その理屈は分かる。しかし、理性と感情は異なるものだ。ソウコをこんな風にしたこいつが許せなかった。それと同時に、ここで戦うことは今瀕死にある彼女を危険に晒すことになる。相反する二つの感情を前にして、オラースは仲間たちの押さえを受けつつ、全身に渦巻く衝動を押し殺そうとしていた。
グランとルイスがソウコを間に背中合わせの陣形を作り、襲い繰る蔓を微塵にしていく。マグナブローが大樹の一部を燃やし、動きが鈍った瞬間、風が表面の凹凸に足を掛けながら大樹の上を登っていく。目指すは床と地上の中間の高さに埋まった、怪しく光る光源、死霊樹の核。
その進行を周辺の蔓が防ごうとするものの、風を守るように巻き起こった蔓全体ではなく、半ばを燃やして切断、戦闘能力を一気に削いでしまう。
勝敗は呆気なく、死霊樹の懐にもぐりこんでいた冒険者たちに軍配が上がった。
風の拳が死霊樹の核をぶち抜いたことで、枝葉であった蔓たちは活動を停止しつつある。戦局は一変し、残る敵は一人のみ。
『お見事』
死霊樹を守ることもなく、敵を倒すこともなく、ただ賞賛の拍手のみを送る。圧倒的な力を持ちながら、戦場の片隅で傍観していた蝿の王は、冒険者たちの戦いをまるで他人事のように見つめ、扱っていた。
『‥‥どうやら質問はないようだね。それじゃあ失礼させてもらうよ』
「待っ‥‥!」
アリオスが追撃の矢を放つ隙もなく、その場から蝿の王は消えてしまった。消失する瞬間に、貴婦人のような微笑を浮かべていたのは気のせいではなく、そこに含まれていたのは、彼らに対する感謝であった。
「逃げた‥‥か」
シャルグがスルトの矛先を下げると、それが戦いの終結の合図であるかのように全員が切っ先を地面に向けた。
逃げたという表現も正確ではない。最初から戦うつもりはなかったようだ。
「‥‥神器は見つかったか?」
「ああ‥‥すでに粉々に砕けた後だけどな」
「ちっ‥‥最後の最後にこれかよ。逃げるにしても、やってくれるぜ」
巴が残骸を拾い上げた。これでは壊れる前が何であったのかもわからない。
「ソウコ殿の救出と蝿の王との会戦、それのみを考えて作戦を練ってきたのだ。片方だけとはいえ、目的は果たしのだ。悲しむ必要はあるまい」
未だ動かないソウコを抱えるアマツ。戦いを終えた刀は、死霊樹の深緑の血で染まっていた。
遺跡から無事に生還した冒険者。王都に連れ帰ったソウコを治癒師たちが診たところ、肉体は無事であり、命に別状はないとのことだった。ただし、目を覚ますのがいつかは神のみぞ知るといった状態らしい。
神器を巡る戦はこれにて終結を見る。それがどんな意味を持っているのか、そして今後どう関わってくるのか。それもまた、神のみぞ知るといったところか。
‥‥いや、もしかすると。
神を相手とするこの戦いの結末は、何者にもわからないのかもしれない。