狼なんか怖くない

■ショートシナリオ


担当:幸護

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月11日〜09月16日

リプレイ公開日:2004年09月21日

●オープニング

「‥‥運命の出会いだったね。毛並みが良くて真っ白でさ‥‥尻尾なんかもふさふさで、大きくてとにかく滅茶苦茶強そうでさ。きっとあの山の主に違いないんだっ」
 うっとりと“運命の邂逅”とやらを語って聞かせる少年は天井へ向けた視線を元へ戻した。
 この少年、さるご貴族の三の御子(三男)で名を明麻呂(あけまろ)と言う。現在、数えで九つ。まだまだ腕白盛りである。
 そうでなくとも優秀な兄二人を持つ彼は、順当にいけば跡目を継ぐでもなく、其の点では兄達よりのびのびと自由奔放に育てられた節がある。
 つまり、簡単に言ってしまえば良くも悪くも子供らしく、ちょっぴり我侭な御子だ。
 先日、兎狩りに出掛けた兄達へ弁当を届ける際に山へと分け入って、件の白い狼を見掛けたのだとか。
 それ以来、寝ても醒めても白狼の事が頭から離れず、最早これは“片恋”に近い。
 それと言うのも彼には少々変わった収集癖があり――。
「あれを僕の宝として所望する。共に参ってくれるな?」
「いやいや、明麻呂様。そのような危険な事はなりませんぞ」
 慌てて口を挟む初老の男を手で制して、意味ありげに目を眇めてみせる。
「だからギルドに依頼して人を集めたんじゃないか。それとも何? 冒険者ってのは狼一匹何とか出来ない役立たずなわけ?」
「そうではありません。ですが、明麻呂様も参られるとなりますと彼らの仕事にも差し障りが出ましょう」
「僕が総大将だよ。総大将が指揮を取らずにどうするって言うの? 僕を‥‥大将を守れないような遣えない腕前なわけ? 困るな、八雲。人選はちゃんとしてくれないと」
 大仰に溜息をついてみせた明麻呂に、八雲と呼ばれた男が畏まった。
「そうだ! 良い名が浮かんだぞ。あの白狼の名は“ましろ丸”だ。良い名だろ? ましろ丸の肉球‥‥」
 再びうっとりと表情を緩めた明麻呂の様子をまんじりと眺めていた八雲が大きく肩を落とした。
 部屋には明麻呂がこれまでに収集した動物の肉球形(手形のようなもの)を押した紙が沢山広げられている。

「そういう訳で御座いまして、明麻呂様のお供をお願いしたいのですが‥‥明麻呂様はその‥‥犬や猫の肉球がお好きなので御座います。恐らく此度のましろ丸も肉球形を手に入れたいのだと思います」
 野生の狼が人に慣れようはずもなく、犬や猫とはまるで勝手が違う。
 しかし、今は何を言っても聞く耳を持たない明麻呂である。
 表向きの依頼主は明麻呂であるが、何とか彼を危険な目に遭わす事無く納得させるのが真の依頼人、八雲からの頼みであった。

●今回の参加者

 ea0005 レリア・ランドスケープ(16歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea0260 藤浦 沙羅(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1112 ファルク・イールン(26歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1664 椿姫 妃子(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4128 秀真 傳(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4458 七杜 風雅(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4687 綾都 紗雪(23歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea5088 アルファネス・ファーレンハイム(39歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●旅立ち
「それでは皆様、明麻呂様を宜しくお願い致します」
 腰を折り、深々と頭を下げた八雲に見送られて意気揚々と徒歩(かち)を進める明麻呂は、出立したばかりとあって頗る付きに元気な足取りで先を急ぐ。
 やんちゃ盛りの貴族の子息を預かり、しかも野生狼を求めて山入りするとなれば、殊に気が張るというものだ。
 八雲にしても心配で気が揉めるのを押し止めてこうして見送ってくれているのだろう。
 冒険者達はその心中を慮り、斟酌した面持ちで頷いて返した。再び八雲が深く頭を垂れる。
 七杜風雅(ea4458)は皆の姿が見えなくなるまで門前に佇んで見送る老翁を一度だけ振り返り、その後姿を消した。
 身軽な忍びである彼は、明麻呂を伴っている為に時間を要する他の仲間等より先に情報収集を行うつもりのようだ。

「さあ! 待ってろよ、ましろ丸!」
「なぁ。おまえ、本当にわかってんのか? 狼ってぇのはその辺の野良犬とはワケが違うんだぞ。おまえみたいなチビなんかアッという間に食い千切られちまうぞ」
 頭の後ろで手を組んで明麻呂と並んで歩いているファルク・イールン(ea1112)が、青の双眸を向ける。
 そんなファルクもまだ幼さの残る顔立ちではあるが、よく焼けた肌と引き締まった筋肉質の身躯で、明麻呂と並ぶと逞しく見える。
 年齢も倍くらいはファルクの方が上なのだが、境遇の違いは歴然としたもので、何の苦労も知らぬ、所謂『箱入り息子』の明麻呂などは世途については無知な赤ん坊と言っても良い。
「おっ、脅しても駄目だぞ! 僕はそんな事で恐れをなす腑抜けじゃないからなっ。途中で志を違える事なんかないぞ。それに総大将の僕を守るのがお前達の役目だろ」
「その志が真の道であれば尊き事でしょう。踏み誤れば真しの幸は得られません。総大将‥‥上に立つは守られる者ではなく部下を守る者です。頼りにしておりますので、どうぞ我々をお守り下さいね」
「ぐっ、わかってるよ!」
 綾都紗雪(ea4687)にこう微笑まれてしまっては、ぐうの音も出ない。
 一度、頭(かぶり)を振った明麻呂は振り切るように更に足の運びを速めた。
「御子殿。総大将を称すからには何ぞ策あっての事であろう? よもや闇雲に探せなど愚かな事は言われますまい?」
 脚の尺の違いで、悠々と隣に並んだ秀真傳(ea4128)の声が頭上から降ると聞こえぬ振りをして黙したまま足を捌く。その表情には明らかな焦りの色が滲んでいた。
 当然ながら、見下ろす童に何の策もない事などは百も承知の傳は、ふむ、と頤(おとがい)を撫でて、さも思い当たったように口を開いた。
「‥‥さすれば先ずは地に明るい猟師に話を聞くは如何かと‥‥白狼は珍しき故、誰ぞ見掛けておるかもしれぬしの」
「そ、そうだっ! 僕も今そう言おうとしてたんだっ」
「ああ、賢明な御子殿もそうお考えじゃったか」
 色素の薄い目見(まみ)を緩めて、大きな掌(たなごころ)で小さな頭を包んでやると童は胸を張り満足したように笑んでみせた。
 ころころ――面白いように手の平で転がされている御子は、数えで九つ。
 通例どおり四年前に着袴を済ませ『七歳までは神の内』も過ぎ、少々負けん気が強いのと我を通す部分を除けばごく普通の子供である。
 少し立ててやり、中心に据えているように扱えば操(あやど)るのは造作もない事である。
「お前を軍師に任命してやるぞ。今回の事は軍師のお前に全て任す。信頼しての事だからな、有難く思うんだぞ」
「わしが軍師と? それはそれは‥‥然様な大役を仰せつかるとは恐悦至極じゃ」
 傳は大仰に畏まって式礼した。
 明麻呂に勝手な行動をされるよりは、こちらとしても都合が良かった。
 
●麓の村落
 暮秋を迎えて温色を帯びた山は高い天を遮り、漸(ようよ)う冷たくなった風を吹き降ろしている。
 もう少し暦が薄くなれば山へ分け入るのも困難だったろう。その麓に、ひっそりと小さな村落が見えた。
「真っ白で大きな狼さんを見かけませんでしたか? 何か知ってる情報があれば教えていただきたいのですが‥‥」
 藤浦沙羅(ea0260)が訊ねると、村人は一様に口を揃えて返す。
「知ってるも何も、ここいらで知らない奴なんていやしないさね」
「あんた方、下手な事考えちゃいやしないだろうね? あれは山神様だって皆言ってるよ。莫迦な事おしでないよ」
「山神様‥‥?」
 青の柔らかい髪を風に揺らし、レリア・ランドスケープ(ea0005)が頭上を羽撃いた。
 沙羅は大きな瞳をしばたたかせて何やら考え込んでしまったようだ。
 山神――白く気高い姿が人々にそう思わせるのであろうか。
 それは畏怖とも尊崇とも憧憬とも言えるような不思議な感覚のように思えた。
「さすが僕のましろ丸だ!」
 話を聞いても諦めるどころか逆に俄然ヤル気を燃やす明麻呂にちらりと視線を落としたレリアは思案投げ首の体でふよふよと空に浮かぶ。
(「うーん、やっぱり諦める気はないみたいだなぁ。どっちの域も荒さず済めば良いんだけどなー」)
「どちらにせよ、素人に易々とどうこう出来るもんじゃないさね」
「そうですか‥‥お話有難うございました」
 丁重に礼を述べて背を向けた沙羅達に、それまでしじまに煙管から紫煙をのぼらせていた猟師がぽつり、ぽつり、と口を開いた。
「‥‥どうしても行くってんなら、これだけは覚えておくんじゃな。相対した時は決して身を低くしてはいかん」
 猟師の話によると、狼は自分より丈の低い獲物しか狙わず、山道で出会った時は手をついたり倒れなければ危険は少ないのだと言う。
 しかし、そのため獲物が倒れるまでしつこく後をつける事が多く、その習性から『送り狼』などという言葉が生まれた、と‥‥これは余談だが。
 更に、長時間走っても速度が衰えない持久力を持っているので、逃げる際にうっかり足を滑らせて転ぶような事があれば一溜まりもない。
 やはり子供の明麻呂などには相当に危険な状況である。
「狼は誇り高い。そんで情の深い動物だ。しかし、わしらとは相容れん存在じゃ‥‥」
 冒険者達の耳に、年老いた猟師の言葉がいつまでも残った。
(「野の獣と人は異なる所にて生きるもの。全てが相容れぬとは申さぬが、越えられぬ‥‥越えてはならぬ壁有るも確か。其の旨御身で感じて頂かねばなるまい」)
 遥か山頂に視線を据えた傳は、そのまま視線を滑らせ空を仰いだ。
 此度は明麻呂を納得させねばならず、それにはただ言葉で言い含めるのでは足りない。
 野の花を手折り愛でたいと思う気持ちは、少なからず誰しもが抱く思いであり、情緒ではあるのだが‥‥乱してはならない世の理というものがある。
 雨風に晒された厳しい野に力強く咲き誇る真の姿こそ本当の意味での花の美しさではないだろうか。
 幼い頃から欲すれば大抵の物は手に入れられたであろうこの童に教えねばならぬ事は、恐らく世で一番尊く大切なもの――。
 紗雪は心を巡らせてそっと目を瞑(ひし)いだ。
 村を出ると、今まで何処にいたものか風雅が合流した。互いの仕入れた情報を確認して山へと向かう。
 
●上昇気流
「それにしてもせっかく沙羅と一緒なのに、野生の狼を探すために山登りだなんて。お弁当を持っての遊山なら楽しかったんでしょうけどねぇ‥‥」
「干し飯もお味噌もあるし、梅干だってあるし、これも楽しいと思えばたのし‥‥っきゃあぁっ!」
 大きな溜息を吐いた椿姫妃子(ea1664)に向かい笑って答えていた沙羅が木の根に足を掛けて均衡を崩した。
「沙羅様っ!」
 咄嗟に支えたアルファネス・ファーレンハイム(ea5088)が安堵の息をつく。
「私ってばドジ‥‥。アルさん、ありがとう」
「お嬢様も暗いですので足元にお気をつけ下さい」
「大丈夫よ、アル。そんな風に歩いていてはもしもの場合に遅れを取るわ」
 妃子はアルファネスの差し伸べた手を取らず、周囲を窺う仕草をした。
「そうですか? しかし‥‥」
 彼女の言うのは尤もではあるが心配で仕方のないアルファネスは、気が気でないようだ。
「心配性だなぁ‥‥」
 ふわふわと空を漂うレリアがその様子に苦笑して肩を竦める。
 明麻呂と変わらない年端に見える羽根妖精の彼女ではあるが、世に生を受けてから過ごした時間はこの中でも長い方だ。
「魔法でましろ丸の居場所がわからないか調べてみようと思ったんだけど、こんな山の中じゃ使えないんだよね」
 レリアの言う魔法とは太陽と会話をするというものだ。その為、太陽が出ていなければ使用できないのは勿論、求める情報の対象も日陰にあっては答えが得られる事はない。
「‥‥このままでは旨くないな」
 傳に借りた小柄で木の表皮に浅い傷を付けながら歩いていた風雅がさやさやと音を立てて揺れる葉を見上げ、目を眇めた。
「あまり消耗したくはないのじゃが、そうも言ってられぬようじゃ」
 傳も視界を覆う樹木の群生を見はるかして眉根を寄せる。
「どういう事だ?」
「さっきからずっと、俺達の歩いているのは風上だ」
 聞き返したファルクに風雅が低く答えた。
「山の風は頂上から下に吹くのではないのですか?」
「いや、山に吹き込んだ風は、行く手を阻まれて上に昇っていく」
 沙羅が少し上がった息を抑えて問うと風雅が頷いて返す。
 狼は鼻が利く。このまま風上にいたのでは、こちらの動きが知れてしまう。
「移動を早めねばなるまいの」
「えー! 僕疲れたよ。足だってもう一歩も動かないよ」
 その場にへたり込んでしまった明麻呂が情けない声を上げる。
「あなたの目的を達成するためにこうして山に来ているのですよ。疲れているのは皆同じです。わがままを言わずましろ丸を探しましょうね」
「このようなところは、御子様みたいな子供には辛いのでしょうけど‥‥男の子なら、もう少し頑張って頂きたいわね?」
 沙羅と妃子にやんわりと窘められたが、明麻呂は口を尖らせて足を放り出してしまった。
「じゃあ、少しだけ休憩しよ? 少し休んだらまた頑張れるよね?」
 顔の前でひらひらと舞うレリアの言葉に明麻呂は一瞬顔を顰めてから小さく頷いた。その瞳にはもう先程までの挫けた色はみられない。

●白狼の爪痕
 随分歩いた。いや、距離にすればそれ程ではないのかもしれないが、疲労は相当なものだった。
 足場の悪さもだが、周囲を警戒しながらであれば肉体的には勿論の事、精神的にも痛手は深い。
 辺りはすっかり真っ暗闇だ。葉音と時折、鳥の鳴き声だけが木霊する。
 焚き火を焚いて、交代で番をしながら今夜は野営を張ることになった。風雅は木の上で先に仮眠を取っている。
 明麻呂にとってはこんな体験は初めてであろう。
 普段はあまり口にしないような食事も楽しそうにたいらげ、はしゃいで色々な話をした。
「本当に真っ白で毛なんかまるで光ってるようでさ。大きくて‥‥見た事もないくらい美しかったんだ」
「御子様と同じ高貴なる狼なのですね。けれど貴方には敵わぬ事がございます。それは野生種の孤高、命の誇りです」
「命?」
 ましろ丸について語る明麻呂に耳を傾けていた紗雪が真摯な瞳を向けた。彼女の頬を揺れる焚き火の炎が赤く照らしている。
「そうです。己の足で地を踏み、野の中で生き抜く。その強さが美しさなのでしょう。‥‥動物にとって手足は誇りそのものでしょう」
「強さが美しさ? 強さと美しさは同じなの?」
「誇りは自身で培うもの。周囲から与えられるものではありません。御子様もご自身で誇りをお持ちになれば強く、美しく、ましろ丸のようになれましょう」
「僕も‥‥ましろ丸のようになれるのか?」
「ええ。きっと誰でもなれます。命とは一つ一つとても大切で美しいものですから」
 疲れていたのだろう、いつしか眠ってしまった明麻呂に微笑を落とした紗雪は葉の隙間に覗く星空を仰いだ。

 朝になり、視界が開けると揃って移動を開始した。途中で微かに水音がして、そちらへ足を向ける。
「あっ!」
「しぃーっ」
 思わず声を上げた明麻呂の口をレリアが慌てて塞いだ。
 浅い水際に前足を浸した白狼が木漏れ日の中、水を飲んでいた。光が射す純白の体毛が輝いて見える。
「何と美しい‥‥野の獣は何れも強く、また美しく御座いますね。ましろ丸が斯様に素晴らしく見えますのは、野に生きるがゆえなのでしょう」
 アルファネスが細く息を吐いた。
「ほら、あんなにのびのびと」
 沙羅の双眸がきらきらと輝く。
「うん‥‥やっぱり、ましろ丸は綺麗だ」
「その美しさはきっと姿ではないと思うわ。見事な衣を身に纏っていても中身が美しくなければ意味がないのと同じね」
 白狼から視線を放せぬまま、半ば無意識で呟いた明麻呂の肩に妃子が手を置いた。
「今の御子様は美しいわ。少なくとも初めて会った時よりもずっと」
「そう‥‥かな?」
 土でどろどろに汚れてしまった狩衣と狩袴を小さな手で払って童は首を傾げた。
 妃子とアルファネスがそっと視線を合わせて目を細める。
「まるで、雪のよう‥‥ましろ丸は冬の到来を告げる使者なのかもしれませんね。冬は決して冷たく凍えるばかりではございません。春に草木を芽吹かせ眠る動物達に再び命を与えるまでの大切な季節。冬なくして春は来ないのです」
 自然は時に厳しいが、決して辛いだけではないのだ。必ずそれを乗り越える強さがあるのだから、と紗雪が静かに紡いだ。
「村人が山神と呼ぶのも言い得て妙じゃ。狼は大神‥‥古は真神とも呼ぶ貴き獣。其の吼え風の音の如く‥‥人の手に染まらぬが美しいと思うのじゃ。ましろ丸の姿を尊しとするか、生き様を尊しとするかは御子様が選ぶ事じゃが」
「‥‥僕、本当にましろ丸みたいになれるかな?」
「冬のように凛々しく、命を尊ぶお方になられましたらその時はきっと、貴方自身が『ましろ丸』となり、誇りを手に入れることができましょう」





「明麻呂様、よくぞ御無事で。肉球形は手に入りましたや?」
「八雲、僕は肉球形はもういらない。でも、今すぐ紙と硯を用意してくれる?」
「何をなさります?」
「僕はね、ましろ丸になるんだ。‥‥その誓いの証しに冒険者の手形を貰うんだ」
「ほぅほぅ、それはよぅ御座いますな。すぐに用意致しましょう」
 明麻呂の頼みを快く聞いた八名の冒険者は、それぞれ名と言葉を書き添えて、小さな御子に手形を渡して帰っていった。

 ――天降りくる 月の光に冴ゆる音 白し真神の 奏でし風籟

 いつか、野を駆ける風のようになれるだろうか。
 並べた手形に一つづつ目を通していた明麻呂は、その中に狼の肉球形を発見し息を詰めた。
『今の貴方様にならましろ丸も之を持っていて欲しいと思ってくれることでしょう』
 椿の花と少々不恰好な書き文字が綴られたその紙を、明麻呂は生涯大切にする事であろう。

●ピンナップ

綾都 紗雪(ea4687


PCツインピンナップ
Illusted by 真田魚