はぐれ剣士純情派

■ショートシナリオ


担当:幸護

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月25日〜10月30日

リプレイ公開日:2004年11月03日

●オープニング

「‥‥?」
 一度振り返った男は、再び向き直ると運ぶ足の速度をあげた。
 よく焼けた褐色の肌に惜しみなく身に纏った筋肉。
 どっしりと荒々しい風貌で、武骨な田舎者と言ってしまえばそれまでだが、飾り気がなく好漢の印象を与える。
 彼の名は碓氷・数馬(うすい・かずま)、浪々の剣士だが江戸にふらりとやって来てから半年は経つだろうか。
 その彼の後を一人の女がつけている。
「もぅ、数馬ったら照れなくても良いのに。‥‥冒険者ギルド? 何かしら?」
 数馬の姿が建物に消えると女――遊(ゆう)は首を傾げて思案する。
「冒険者ギルドって事は、つまり何でも屋よね‥‥あ! 数馬ってば急に長屋を出てしまったと思ったら、遊との新居を探してるのね!」
 それなら二人で探したかったのに‥‥などと呟いて、遊は入り口からギルドの様子を窺う。
「きっと遊に内緒で引っ越して驚かせたいんだわ。ほんとに数馬ってば可愛いんだからv」

□■

「何者かに狙われている?」
「あぁ、近頃常に視線や気配を感じるのだ。殺気とは違うのだが鋭く、熱く‥‥何より怖気の走る感じだ」
 ギルドの女に訊き返されて頷いた数馬の表情は硬い。
 常に感じるその気配に耐え切れず、ついには長屋を引き払ってしまった程だと言う。
「身を狙われる心当たりは?」
「いや、皆目見当がつかん。拙者、江戸に参って半年になるが揉め事に関わった記憶はない。見ての通り貧乏浪人でござれば金品目的でもないだろう」
「‥‥そうですか。手掛かりは無いのですね」
 溜息を吐いたギルドの女は、入り口から様子を窺う一人の女に気付き数馬の顔を見上げた。
「‥‥あの、一つ訊ねても善いかしら? あなた恋仲の娘さんはいらっしゃる?」
「なっ、何を訊かれる! 拙者は‥‥っ。女子と話すのは苦手ゆえ今でさえ、貴殿にこうして顔を見られるのも息苦しく感じておるのに」
 慌てた数馬は視線を外し、耳まで赤く染めて声を張り上げた。恐らく照れ隠しであろう。
「‥‥‥‥枯れ尾花わかっちゃったかも‥‥」
 苦笑したギルドの女は肩を竦めてから数馬の手を取った。
「優秀な冒険者をまわしますのでご安心くださいな」
「は? 枯れ尾花? な、なななっ、何を致す。手を離っ!!」
 大袈裟に女の手を振り解いた数馬はきっかり三歩後ろに下がって肩で大きく息をした。
 そんな様子にギルドの女はくすりと笑みを漏らし、入り口の遊に視線を向ける。

「あの女、遊の数馬に色目使うなんて許せない!」

 案の定、遊は全身をわなわなと震わせ、暗黒の重苦しい気を発していた。

□■

「――という訳でね、事情は今話した通り。彼を狙っている人物は判ったんだけど、彼に彼女を追い払うのは無理でしょうね。そこで貴方達にお願いしたいの。彼にはとりあえず普段通りの生活をするように伝えてあるわ」
 まぁ、害がないと言えば無いでしょうし、あると言えば大有りなんだけど。とギルドの女は最後に付け加えて苦笑した。

●今回の参加者

 ea0380 リゼル・メイアー(18歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0404 手塚 十威(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2727 鳳 夜来(33歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4063 霧生 壱加(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4376 サラード・エルヴァージュ(38歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ea4378 フィアーラ・ルナドルミール(21歳・♀・ジプシー・シフール・イスパニア王国)
 ea7055 小都 葵(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7666 郭 培徳(53歳・♂・ファイター・ドワーフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●数馬の受難
「短い間ですが‥‥気の弱い弟だと思って下さいまし。数兄さんと呼ばせてくださいね」
 小都葵(ea7055)が折り目正しく頭を下げ、若竹色の双眸を緩めて微笑んだ。
 葵の後ろでは朝日を柔らかに照り返す金の巻き毛の少女、リゼル・メイアー(ea0380)が同じくにこりと笑んでいる。
「助けてと云われたら助けましょう☆ 任せてね♪」
 
 バシャ――

 朝稽古を終えて汗を流していた数馬の手から井戸桶が滑り落ち、零れた水が土の色を濃く染めて広がる。そのまま彼は眼を見開き硬直してしまった。
 一言で表すなら『青天の霹靂』――読んで字の如く、晴れた青空に轟く雷鳴。思いもしない出来事、不測の大事件ってな所か。
 彼でなくとも突如現れた少女から、先のような台詞を頂戴すれば驚くのは当然であろう。ましてその内の一人は、江戸でも珍しい異国の少女だ。
 数馬の心情、押して知るべし。
 こんな事で驚いてちゃ今日という日を乗り越えるのは非常に困難ではあるが、それはまだ彼が知る由もない事である。
 何しろ彼がうっかり縋ってしまった相手は天下御免の快刀乱麻、愉快な冒険者達だったのだから。



 江戸の外れにある小さな剣術道場『誠武館』。ここが現在数馬が身を寄せている場所だ。
 
 その誠武館の井戸端。微笑む少女らと硬直する男。
 そこへ新たに、数馬を驚愕させる人物が登場した。
「お早うございますなのぢゃ。いや、実に爽やかな朝ぢゃな♪」
「だ、誰ですか貴殿はっ」
 先程までは確かに爽やかだったが、それを禍々しく塗り変えた張本人は破顔一笑で袖を振ってみせる。
 数馬の顎がダーンと地に落ちる勢いで開かれ、葵も思わず息を呑んだが、こちらは即座に目を伏せ何とか平静を保っていた。
 リゼルは大きな瞳を更に丸く見開き、小首を傾げてみせて「ジャパンって不思議だね‥‥」何やら一人納得した様子だ。
「わしゃー“ばいとく”と云うのぢゃ。数馬殿が困っておると聞き及んだ故、力になりたく思うて参ったのぢゃ」
 名乗った郭培徳(ea7666)が口元を引き締めて数馬にズイと顔を近付ける。
 瞳の色を知るのも儘ならぬ細い糸のような目。顔の半分は立派に蓄えられた髭に埋もれており、表情から彼の懐裡を読むのは難儀である。
「拙者を? それは有難いが、それならば何故そのような姿かっ?!」
 華仙教大国出身、ドワーフ。この世に生を受けて九十と少し。
 見た目こそ、四十路を過ぎて五十路よりは手前程ではあるが、老か若か、と問われれば、間違いなく老。要するに分類すれば御老体である。
 話を戻して、そのような姿とは――。
 女物の着物に、あろう事か白粉を目一杯叩き込み、ご丁寧に紅まで引いているのだ。いわゆる一つの女装である。
 筋肉質で髭もじゃな御老体が、だ。要するに“華麗なるひげもじゃ”――ごめん。どう言葉を選んでも同じだったよ。
「折角じゃしわしゃー、数馬殿には女子に慣れて頂こうと思うてな♪ わし相手なら、そこいらの女子相手と違うて、然程緊張する事もあるまい? ん、どうぢゃ? 数馬殿?」
「心遣いは誠に痛み入るが‥‥どう申して良いやら‥‥」
 笑顔で肩を抱き、顔を覗き込んでくる培徳に率直な意見を述べられようもなく、数馬はただ脂汗を浮かべる。
 女子に対するのとは別の緊張で胸が一杯だ。
「ジャパンでは、こうやって恋愛に慣れていくの? ええと、何だっけ? 習わし?」
「いえ‥‥決してそうでは‥‥ないと‥‥培徳さんはジャパン人ではないですし‥‥」
 耳元で訊ねたリゼルに、葵は考え考えゆっくりと紡いで、おずおずと培徳へ視線を向ける。しかし即座に目を伏せて細い息を吐いた。
 残念ながら夢でも何でもなく――。
 この面子で『女性に慣れる』修練を余儀なくされた数馬には最早、不憫としか言葉が出ない。

●遊と冒険者
 一方こちらは問題の女、遊。
「数馬ったら、またきっと道場ね。遊との新居はまだ見付からないのかしら」
 なんてな事を呟きながら慣れた足取りで道場へと向かっている。
「発見〜! あれが遊さんね!」
 ギルドの女に聞いた特徴と照らし合わせ、頷いたじゃじゃ馬くノ一、霧生壱加(ea4063)はその後姿を追う。
「とりあえず、遊さんが暴走して無関係な人に被害を与えるのを防がなきゃいけないし、普段の人となりを探るっていう重大な仕事よこれは。つか、面白そうだし!」
 取って付けた様に最後に加えられたのが壱加の全ての原動力である事は言うまでもない。いわゆる好奇心。
 普段からまったく忍んじゃいない忍びだが、腐っても忍びな訳で、とりあえず尾行開始。腐った忍びが使い物になるかどうかは謎だ。
「付け回し‥‥感心は出来ないが、だからといって、依頼主の為に女性を傷つけるのも躊躇われるな。いや、傷つかないかもしれんが‥‥やっかいな」
 サラード・エルヴァージュ(ea4376)は道端で頭を抱え苦悩していた。女性を傷つける事は彼の騎士道に反する。
「ご主人様〜。遊様を見失っちゃうわよぉ」
 手を振るフィアーラ・ルナドルミール(ea4378)の羽音に気付き、サラードも慌ててその後を追う。
 ここに、遊←壱加←フィアーラ←サラードという世にも怪しい隊列が完成。
 フィアーラは薄手の布をひらひらと纏ってはいるが露出した衣装、サラードは全身黒装束だ。幸運な事に遊は妄想に夢中で気付いていない様だが、忍ばない忍びを含めて相当目立つ。
 ウキウキと駆け抜けた髭もじゃな女装が記憶に新しいお江戸の人々は悪しき病にでも罹り、幻影を見ているのだとでも思ったかもしれない。哀れだ。

「そこの小娘、名は何と言うのだ」
 遊を呼び止め、声を掛けたのは鳳夜来(ea2727)だ。
 彼は物陰から見守る程一途なジャパン女性の奥ゆかしさに感心すら覚えたようで、遊の話を聞きたいと思い、道場の手前で待ち構えていたのである。
 色々間違っちゃいるが、まだジャパン語にも不慣れな異国人である。大目に見てやって頂きたい。
「私は鳳という。小娘も物陰から鳥のように羽ばたいて男の元へ飛び込んでいけば良い‥‥頑張れ」
 いや、いきなり羽ばたけとか頑張れとか言われてもまったく話が通じませんが。
「なあに? あ。わかった、あなた遊に一目惚れしたのね? 困っちゃうわね遊には数馬がいるのに」
 ――違う方向で通じたようである。
「は? よく分からんが‥‥まぁ、座れ」
「遊の事が知りたいのね? 積極的なのね。いいわ、何を聞きたいの?」
 どうでもいいが道端に座り込んで話す男女はとても奇異だ。
「小娘には意中の男が居るようだな。その男のどこが良いのだ? 出会いについてなど聞かせてくれ」
「数馬より早く遊と出会いたかったって言いたいのね。妬いてるの? 今は遊の身も心も全て数馬のものだけど、この先どうかは誰にもわからないわ。あなたにも遊の心を手に入れる可能性はあるわよ」
 噛み合っちゃいねぇ。
「いや、私は別に小娘の心はいらん」
「拗ねなくてもいいわよ。愛する人と愛してくれる人の狭間で遊も辛いけど、耐えてみせるから心配しないで」
 やはり彼女には微塵も通じていないようだ。「真摯に向かい合えば意味は通じずとも会話になる」という夜来の考え通り、一応会話(?)にはなっているが。
「私のジャパン語はわからんか? 男との出会いを聞かせてくれ」
 今度は語気を強めて訊ねた夜来に、遊は上目遣いで肩を竦めた。
「強引な人ね。数馬と遊が運命的な出会いをしたのかどうかが気になるのでしょう? 確かにあれは運命だったわ」



 あの日、遊は愛し合っていた人から突然「俺の前から消えてくれ。これ以上付き纏うな」そんな酷い言葉を突きつけられて打ちひしがれていたの。
 目の前が真っ暗になって、何処をどう歩いているのかすら分からなかったわ。
 何かに躓いて、気付くと一匹の野良猫が毛を逆立てて遊に飛び掛ってきたの。あわやという所を助けてくれたのが数馬だったの。
 数馬は素早く猫を抱き上げて「可哀相に怪我はないか? もう大丈夫だ」って一言だけ残して背を向けて去っていったわ。



「運命的でしょう? だから、遊は数馬との愛を貫くわ。あなたの愛は嬉しいけれど‥‥今はごめんなさいっ」
「あ? いや、まっ‥‥」
 涙を流し去ってゆく遊の背を夜来はただ見送った。道端に座ったまま。

「目と目があったその日から恋の花咲く事もあるって言うし! 素敵だよね! でも今の話って運命的だったのかな?」
 身を隠しじっと様子を窺っていた壱加が首を傾げつつ夜来の横に立つ。
 表情に然程変化はないが、展開に取り残され困惑しているらしい夜来の横顔をちらりと眺め、しゃがみ込むと笑顔で肩を叩く。
「夜来さん、元気出して。まだ失恋と決まったわけじゃないよ!」
 何だか彼女も誤解してるし。
 
 この頃、残る冒険者、手塚十威(ea0404)は数馬が数日前まで住んでいた長屋付近にて遊についての聞き込みを行っている。
 調査が終了すれば道場へと来る手筈だ。

●純情剣士と占い
 リゼルと培徳は縁側に座り茶を啜りながら、庭で木刀を振る数馬と談笑をしていた。
 並んで会話しようにも数馬が硬直してしまいまともに会話が出来ないのだ。身体を動かしていれば平気だと本人が言うのでこんな形である。
 女子との接触に慣れていない数馬にしてみればリゼルや葵もそうなのではあるが、培徳を直視しながら会話をするというのはもっと違う意味で鍛練が必要であろう。
 因みに、これに限っては数馬だけが技能不足なのではない。そもそも、そんな技能は身に付けたくもない。
 葵は部屋の片付けに手を動かしつつ、時折三人に視線を投げては穏やかな笑みを浮かべ、会話に聞き入っていた。

「数馬様〜あたしぃ依頼を受けて来た冒険者兼占い師よろしくねぇ〜。ねぇ、困った事があるでしょぉ?」
 和やかな空気をぶった斬って嵐のように現れたぴらぴら衣装のフィアーラが周囲を飛び回ったので、数馬は驚いて木刀を取り落とし尻餅をついた。
「なっ?! だっ?! あっ‥‥」
 言葉にもならないようだ。
「数馬さん大丈夫?」
 慌てて駆け寄ったリゼルに手を握られ、数馬はそのまま倒れ込む。何だか踏んだり蹴ったり。
「まず原因を知らないとね。あたしがぁ〜特別に無料でぇ占ってあげるぅ♪」
 相手の返答なんざ聞く気はさらさら無い訳で、にっこり笑うと、リゼルに支え起こされた数馬の肩へと腰を下ろし呪文を唱え始める。
「ヲトメゴコロニィキヅカナイナンテェコマッタヒトネェン‥‥」
 ってか、それ呪文じゃないです。
「女難の相が出てるわねぇ‥‥気をつけてって感じぃ♪」
 にこにこと屈託なく告げたフィアーラは数馬の耳に息を吹きかけてウインク。
「だぁぁぁぁぁっ!」
 つか、今まさに女難な感じなのは間違いなくアンタのせいですが。
「女難か。女性というのは情熱的なものだ‥‥何者かだと? 気にするな。通りすがりの占い師其の二だ」
 ふらりと現れた黒尽くめのサラードが淡々とした口調で述べたが、反するように射抜くような視線を数馬に向ける。
 先程までフィアーラの乗っていた肩に何度も張り手を喰らわせ、彼女が息を吹きかけた数馬の耳へと口を寄せて囁く様に言葉を続けた。
「俺の生まれた国、情熱のイスパニアではだな‥‥」
 よく分からないサラードのイスパニア情報は延々と続く。耳元で囁かれ続けている数馬の意識は既に遠い彼方だ。
「‥‥という訳でだ。赤い布に向かって突進してくる猛牛をかわすが如くの洗練された振る舞いが要求されているのだ数馬殿よ。それも今すぐにだ」
 何が『‥‥という訳』なのかサッパリ分からない。どちらかと言えば現時点でかわしたいのは猛牛ではなく怪しげな占い師二名である。
「貴方を好きだと言う相手がいるわねぇ。彼女に気付いてあげれば、困った事もたちまち解消するかも? ってカンジぃ‥‥えいっ♪」
 フィアーラは特攻・体当たり攻撃で、次から次へと災難に見舞われている哀れな数馬の胸元に飛び込んでピッタリペッタリ☆
 実はこれには仕掛けがあって、とある術を発動させての行動なのではあるが、んな事は数馬もご主人様も妄想様もご存知無い訳で‥‥。

「信じられないっ! 数馬っこれはどういう事なの?!」
 仁王立ちの妄想様――遊は、リヴィールエネミーを使用したフィアーラだけでなく、誰もが分かる程の青白い炎を燃え上がらせ、ゆらりと身体を揺らす。
 その横で同じようにサラードも瘴気のようなモノを発し、数馬の前に滑り込むとバリッとフィアーラを引き離した。
「遊という者がありながら‥‥酷いっ! ねぇ、数馬が愛しているのは遊だけでしょ?」
「はっ? 拙者、貴殿を存じぬのだが‥‥何処かで会っただろうか?」
 詰め寄った遊の顔を見上げた数馬は暫し思案して目をしばたたかせた。
「数馬‥‥何でそんな嘘を‥‥分かったわ。私を愛している人が居る事を知ってしまったのね? それで身を引くつもりなんでしょう?」
 この喜劇‥‥じゃなく修羅場――と呼べるかどうかは謎だが、男女の言い合いを冒険者達は葵の淹れた茶を飲みながら静かに見守っていた。
 会話が成り立っていないので口の挟みようがないし、数馬には悪いが傍から見る分には実に面白い。
「思い出した! 貴殿、いつぞや猫を踏んだ女子ではないか? 猫が哀れゆえ、気を付けて歩かれよ」
 数馬の言葉を受けて、遊の瞳はこれ以上無いほど大きく見開かれた。
「そう‥‥分かったわ。浪人だという事を気にしているのね。私は数馬がどんな身分・職業だろうと関係なく愛してたのに。もういいわ! 意気地なし! 遊は新しい愛に走るんだから‥‥後悔したって知らないから」
 走り去る遊と門ですれ違った十威は振り返り、その後姿を目で追って首を傾げた。
「お待たせしました。調べてみましたが、遊さんは‥‥どうやら四六時中、数馬さんを監視していたようで‥‥俺は、出来ればお二人がお付き合いできればと思っていましたが、どうもお薦め出来ないですね‥‥皆さんどうしました?」
 他の仲間から事の顛末を聞いた十威は、苦笑して遊の去って行った方角に視線を送った。
「恋をすると周りが見えなくなるって聞きますけど‥‥遊さんだけが特別なのではなく皆、恋をするとそうなっちゃうのかな? 俺もいつか‥‥?」
 何とも言えぬ表情で立ちすくむ十威の肩を掴んだ培徳は静かに首を振る。
「恋と妄想は別のものぢゃ」
「‥‥そう言えば『妄』という字は“女を亡くす”と書くのですね」
 男を亡くした場合はどうなのであろうか、などとは培徳を眼前にして聞ける筈も無く。
 道場で冒険者達が大きな溜息を吐いている頃、戻ってきた遊に抱きつかれ、夜来は絶叫を上げていた。
 妄想様の暴走は終わりそうにない。