エチゴヤで昼食を
 |
■ショートシナリオ担当：幸護 対応レベル：2〜6ｌｖ 難易度：普通 成功報酬：2 G 3 C 参加人数：8人 サポート参加人数：-人 冒険期間：11月10日〜11月15日 リプレイ公開日：2004年11月18日 |
|
●オープニング
「テーヘンダ、テーヘンダ！ これはモウ、天地がひっくり返るような大事件でゴザール。キサマ達、分かってらっしゃいマースカー？ 落ち着き払って座ってる場合じゃナイでゴザール！」相当な狼狽振りでギルドに乱入してきた異国の老人に、苦笑した手代は筆の竹軸で鼻を掻く。
町を揺るがす大事件から愉快な珍騒動、果ては小さな恋のお悩みまで、お江戸の案じ事解決を一手に引き受ける冒険者ギルドでは、このように取り乱した客が飛び込んでくるのも然程珍しい事ではない。
――のではあるが。
相手が異国人となれば少々話は違ってくる。
数年前に月道が開かれ、月が満ちて闇夜の色を薄めた後ともなれば、ここ江戸の町でもちらほら見掛けるのではあるが、やはり異国人は珍しい。
そんな訳で、洋装に身を包む老人が銀髪を乱して駆け込んできたのを視界に捉えたギルドの者達は、一瞬息を止めて瞠目した。
‥‥その異国人の言動が滅法怪しかったという理由もあったのではあるが。
「ま、ま。話を伺いますから、まずは落ち着いてくださいまし」
通訳をつけなくとも十分に会話が可能だと判断した手代は一つ咳を払い、息を荒げる眼前の老人に穏やかな笑みを向ける。
こんな時、こちらもつられて動揺してしまっては話にならない。慣れたものだ。
「コレが落ち着いていられるワケないでゴザール！ ‥‥おや、コレは何ですカナ？ 草の絞り汁デースカ？ ジャパン人は粗食だと聞いていましたガ‥‥草の汁まで食すとは興味深いデスナ」
「いえ、これは茶と言いましてね、草の汁ではないですよ。ピンキリですがね‥‥私共では手の出ない高価なものもあります。これは紛れも無く粗茶ですがね」
「ホゥ、粗茶というジャパンでは高価な飲み物デースカ。またワタクシ、ジャパンについて詳しくなったでゴザール。お嬢様に教えて差し上げる事が増えマーシタ。ジャパンフリークとして鼻ターカダッカーでゴザール」
どうぞ、と勧められた茶を喉へ流し込み、老人はのほほんと息を吐いて瑠璃色の瞳を細める。
暫くそうして静寂な時が流れていたが、ハッと我に返り、血相を変えた老人は怒号をはりあげた。
「キサマ、ワタクシを騙しましたネ？！ こんなコトしてる場合じゃナイでゴザ〜ル！ 大事件なのでゴザール！！」
「騙してなんかいませんよ‥‥では話を伺いますので、落ち着いて順番にお話くださいまし。まずはあなたのお名前から‥‥」
墨汁の入った硯に筆の穂先を沈めて濡らし、鳥の子紙を広げた手代が促すように深く頷く。
＊
ワタクシの名はライナス。イギリスから月道を渡りジャパンに来たでゴザール。
ジャパンはワタクシの大好きな国――実に興味深いデースネ。
ジャパンに住んでいるのはブシドー。
ブシドーはスゥシーという生の魚を丸ごと食べるデースネ。実に豪快でゴザール。
食事の時は箸というものを使い、そしてその箸はチョンマゲという頭に付けた小物入れに入れて、いつも持ち歩いてるデース。
敵と出くわした時は、チョンマゲを取り外し敵に投げるデース。
チョンマゲはファッションでもアリ、武器でも生活品でもアル。とっても合理的でカシコイでゴザール。
そしてブシドーは芸達者でハラキリという芸をするでゴザール。
ジャパン人、みんな芸人ネ。素晴らしい国デースネ。ワタクシもブシドーなりたいデース。
キサマ！ ワタクシ騙したデースネ！ こんな話どうでもいいでゴザール！
ワタクシ、ジャパンに遊びに来たワケじゃないでゴザール。ワタクシはさるお屋敷の執事デース。
お屋敷には、それはそれは愛らしいアンジェリーナお嬢様がいるでゴザール。
そのアンジェリーナお嬢様が手紙を残し家出したでゴザール！ ジャパン流に言うなら『危機イッパツ』――え？ 違うでゴザール？
‥‥キサマ、ツッコミ厳しいデース。年寄りは甘やかすものでゴザール。
まぁ、イイでゴザール。これがその手紙デース。
『ブシドーのハラキリ芸を見に行ってきます。
――ハラキリ刀をお土産に買ってくるから楽しみにしててね』
アンジェリーナお嬢様はきっと一人でジャパンに来たでゴザール。
お嬢様は13歳デース。まだ幼いお嬢様にもしもの事があったらワタクシどうすれば良いか‥‥。
お嬢様の特徴デースカ？ お人形のように愛らしいデース。キサマにその愛らしさを伝えるにはワタクシが口付けをするしかアリマセーン。
ナゼ逃げるでゴザール。ジャパン人ウブでゴザールネ。冗談デース。
またキサマに騙されるトコだったデース！ そんな話してる場合じゃないデース！
一緒にアンジェリーナお嬢様を探して欲しいでゴザール。
お嬢様はジャパンをよく知らないでゴザール。早く見付け出さなくては危険デース。
勘違いしたブシドーにチョンマゲを投げられる前にお嬢様を探し出して欲しいでゴザール！
お嬢様は買い物が好きデース。イギリスでもエチゴヤでたんまり買い物するでゴザール。
エチゴヤに行ったらまずは保存食を食べろと、ツウの間では有名でゴザール。キサマ、知ってたデースカ？
まだまだダメでゴザールな。
お嬢様を発見したらワタクシもお嬢様の為に足袋というモノを買って差し上げるデース。
ジャパンでは『可愛い子には足袋を履かせろ』と言うでゴザール。麗しのアンジェリーナお嬢様に足袋は必要デースネ。
●今回の参加者
ea0260 藤浦 沙羅（28歳・♀・志士・人間・ジャパン）ea0380 リゼル・メイアー（18歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国）
ea1628 三笠 明信（28歳・♂・パラディン・ジャイアント・ジャパン）
ea2001 佐上 瑞紀（36歳・♀・浪人・人間・ジャパン）
ea2454 御堂 鼎（38歳・♀・武道家・人間・ジャパン）
ea2727 鳳 夜来（33歳・♂・武道家・人間・華仙教大国）
ea2775 ニライ・カナイ（22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ロシア王国）
ea7666 郭 培徳（53歳・♂・ファイター・ドワーフ・華仙教大国）
●リプレイ本文
●お江戸の休日「お嬢殿を探しつつ、ジャパン文化を共に学ぼう」
ライナスの肩を叩いた鳳夜来（ea2727）は穏やかな印象の好青年である。
が。何故だろうか、背後にとんでもないモノを依り憑かせているような――そんな悪寒にお棺にオカン（誰）がひしひしと。
「キサマ達チョンマゲが無いでゴザール。ワタクシの目は節穴でゴザールから騙されナイでゴザール！」
「あー、あれよ、間が悪かったわ。チョンマゲは洗濯中なのよ。今日は休みね」
口端を引き上げた佐上瑞紀（ea2001）がさらりと言ってのける。
無駄に元気な老人に懇切丁寧に付き合ってちゃ身が持ちそうに無い。主に心の方だが。
そんな訳で、瑞紀の対処は恐らく正しい。
“己が楽しめる分にはとことん付き合う。それ以外は知ったこっちゃナイ”ホラ、間違ってない。
「まずはアンジェリーナ殿の姿とお人柄を教えて頂かねば探しようがないのぢゃ」
抜きん出て年長者の郭培徳（ea7666）が自慢の髭を撫でて促した。
亀の甲より年の劫。“華麗なるひげもじゃ”なんて胡散臭いったらありゃしない呼び名を持っていようとも。
「そうだな。ただ可愛いだけでは埒が明かぬ、顔や髪型等もっと詳しく教えてくれ」
夜来も同意して頷く。華国人は肝が太いようだ。単に怖いもの知らずという説も花丸急上昇中。
「お嬢様の愛らしさを知りたいデースネ？！ では、口付けで伝えるデース。ワカゾー覚悟はよいでゴザールか？」
「‥‥依頼成功の為だ、仕方あるまい」
夜来は顔を強張らせ気丈に頷く。皺寄った老人の手が若者の肩を掴んだ瞬間――。
ぶっぢゅうぅぅ☆
「瞳が二つに鼻と口が一つづつ、耳が二つ‥‥伝わったデースカ？」
ライナスは満面の笑顔であるが、夜来はそのまま真後ろに倒れ込んで意識不明。
相当に熱烈だったらしい。
兎に角、情報は得た。瞳が二つ、鼻と口がそれぞれ一つに耳は二つ。
夜来、君の犠牲は無駄にはしない‥‥聞くまでも無かったけれど。
「ならば恒例の似顔絵を描くとするか。人に尋ねる際、言葉のみで説明するより分かり易いはず」
昏倒する夜来へ短く祈りを捧げたニライ・カナイ（ea2775）は、袂から白布と筆記用具を取り出して広げた。
「まだ情報が足りんようぢゃな。接吻なぞわしゃー気にせぬぞ？ 髪の色と目の色について詳しく聞くのぢゃ。どれ、濃厚なのを一つ頼むとするかの」
培徳が気にしなくても周囲は地獄絵を眺めるような心持ちだ。むしろ逃げ出したい。
「お嬢様を深ーく、知りたいでゴザールネ？ わかりましたデース。ワタクシの持てる限りのテクニックをもって伝えマース！」
向かい合う老人の身体が一つに重なり、あんなトコやこんなトコを撫で回し熱い抱擁を‥‥これ以上書くのは非常に差し障りが有りますので記録係として黙殺させて頂きます。
父上、母上――郷里に帰りたい‥‥などと記録係が郷心ついてる間にも培徳とライナスの“愛の伝道−スペシャルテクニックヴァージョン−”という名の接吻は続く。
ふいに培徳の身体が稲魂に打たれたかのように揺れた。そして――。
――開眼。
普段は決して窺い知れない神秘の奥処。細い糸のような培徳の眼（まなこ）が力の限り見開かれたのだ。
その数値およそ一厘（０．３ｍｍ）恐らくこれが最大限。奇跡のご開帳。とりあえず拝んどけ。
「伝わったデースカ？」
「ライナス殿‥‥梅干を食べたのぢゃな！」
ビシリと得意気に指差す培徳を見据えたライナスは物々しく首肯する。
「完璧でゴザール。もうワタクシがキサマに伝える事は何もナイでゴザール！」
「ライナス殿っ」
漢泣きし再び抱き合う暑苦しい二人の足元でニライはせっせと筆を進めていた。
「梅干‥‥よし完成だ。こんな感じか？」
墨筆がのたうち回った布を広げて見せた彼女と視線を合わせる者は居ない。
歪んだ丸や豪快に波打った線が書き込まれ、『うめぼし』と書かれたものにどう意見を言えというのだ。生物であるかすら判別出来ない。
「ふむ‥‥布だと墨が滲んで分かり難いか？」
そんな問題じゃあない。
「あんた達、お馬鹿ばっかりやってんじゃないよ‥‥ちったぁ刺激与えた方が目ぇ覚めるんじゃないかねぇ？」
流石にぷちっとキレた御堂鼎（ea2454）姐御に尻を蹴り上げられる羽目になった。
「ったく、いつまで経っても事が進みゃしないよ」
ちらりとライナス達を一瞥して息を吐く姐さんではあるが、
『ライナスのお馬鹿っぷりが、あまりにも面白いじゃないさ。火（ライナス）に油（誤ったジャパン知識）を注いで愉しむしかないさね』
などと言っていたのは遠い過去の記憶。
厭だねぇ、昔は振り返らない主義なんだよ。‥‥そんな大人の事情により歴史はいとも容易く闇に葬り去られるのだ。
最終的に瑞紀と鼎が眼光に物言わせてライナスから無理やり聞き出したアンジェリーナの容姿は、金色雑じりの愛らしい赤毛に愛らしい緑の瞳、愛らしい桜色の唇の上の筋の通った愛らしい鼻にはこれまた愛らしい雀斑が散っている‥‥らしい。
説明が致命的に鬱陶しいのは爺バカなので聞き流した方がよかろう。
これも夜来と培徳、二人の生贄の功績である。と言ってやらなきゃ彼らは報われない。
否、培徳は気に掛けないだろうが。
●昼下がりの情事
「私個人としましても、アンジェリーナさんには是非一度お会いしてみたいです。捜索については‥‥たった一人でジャパンにやってきた根性がある娘さんですし、江戸は治安も悪くはないですからそれ程心配はないと思いますが‥‥」
三笠明信（ea1628）の言葉に藤浦沙羅（ea0260）は大きな榛色の眸を空へと彷徨わせて小首を傾ける。
「そうだよね。一人で遠い異国まで来ちゃうのって、すごい勇気だよね！ でも、女の子一人じゃ心配かな‥‥やっぱり早く見付けてあげた方がいいよね」
「えっと、お嬢様は買い物好きなのね。だったら、いろいろな場所を観光しながら探してみたらどうかな？ お嬢様の気持ちになって探すと見つかるかも☆」
リゼル・メイアー（ea0380）がぽんと手を打つと明信は視線を下に滑らせて思案する。
「彼女が興味のありそうな情報を流して越後屋に来るように仕向ければ確実でしょうか」
アンジェリーナが越後屋を訪れるであろう事はほぼ間違いない。ならば‥‥捕獲網を仕掛けるのはそこだ、と。
「日がな一日、越後屋で待つ訳にもゆかぬしの。ちと根回しが必要ぢゃな」
華麗なお髭の老翁がぐるりと視線を巡らせれば、一同は静かに頷く。
立ってる者は親でも使え。まして他人ならこき使え。これ冒険者の常識（嘘）
そんな訳で、彼らが真っ先に向かったのは越後屋だった。
『十四日に特上のハラキリ刀が入荷する』
異国の娘を見掛けたら、そう耳に入れて欲しいと鼎が頼むと手代は露骨に眉を顰めた。
「この似顔絵そっくりの娘だ」
渡された布には童の手習いの書き損じとしか思えぬ大胆な筆致。こんな奇妙なモノが江戸の町を闊歩すれば間違いなく大騒動だ。
それとも異国にはこんな種族がいるのだろうか？ いよいよ手代は首を捻るが対するニライは無表情で頷いている。相当な自信作のようだ。
苦笑した沙羅が手代を手招いて耳打ちしなければ、お嬢様は危うく妖怪の類だと思われたままだったに違いない。
斯くして、お嬢様の容姿も正しく伝え、
「その娘に商品を次々に見せて引き止めて欲しいのぢゃ。何しろ払いの良い上客ぢゃ、悪い話ではないぢゃろう？」
培徳が半ば強引に話を結ぶ。
辟易し、首を縦に振るしかなかった手代を後に残して、冒険者達は嵐のように去っていった。
「あとは、みんなでわいわい楽しく江戸巡りだよね！ ニライさんにも、もっと江戸を案内してあげたかったしちょうどいいかな♪」
そう言えば――。
ふと気付いて沙羅が視線を流せば、仲間のうち半数は異国人である。
「うーん、せっかくだからお嬢さんの行きそうな所を廻りながら観光もしちゃおうね」
「わぁ〜い♪」
リゼルが黄色い声を上げた。
「んー、まあ何処に行くかは皆に任せるわ。そっちの方が面白そうだし」
抑揚なく告げる瑞紀は黒曜の瞳をちらり、とだけ向けて口元を笑みの形に引き上げる。彼女がこんな表情をする時は往々にしてアレだかソレだか、そんな所だ。
「では私は警護をしましょう。ライナスさんに何かがあっても困りますし、一人でもそれらしい者が居れば下手な者も近寄らないでしょう」
明信の申し出は非常に有り難かった。
何しろ連れ立っている仲間は異人が多い。こちらもジャパンに不慣れならば、お江戸の人々にしてみても物珍しいのは同じ事。
ぞろぞろと漫ろ歩けば人目を引くのは当然で、善からぬ胡乱な輩に絡まれないとも限らない。どちらが胡乱かはこの際考えるな。
身の丈も高く、どっしりと頑健な明信が常に眼を光らせていれば易々と絡まれる事は無いだろう。
って事で準備万端、いざ出陣☆
「ライナスさんジャパンに詳しいんだね〜♪ いっぱい教えて欲しいでゴザール☆ 一緒に学ぶでゴザール☆」
リゼルがぴょこぴょこと跳ねればライナスは得意気にジャパン知識を披露する。
そのほとんどが大きな勘違いなのであるが、沙羅は笑顔で頷き、瑞紀や鼎も訂正してやる気は皆無らしい。明信に至っては笑いを噛み殺して素知らぬ振りだ。
となれば異人の暴走は止まらない。
「んとね〜私が知ってるのはね、ジャパンの男の子は桃から生まれて、女の子は竹から生まれるんだよ〜すごいよね〜♪」
「するとジャパン人は植物デースカ！ それで木の箱で暮らしてるデースネ！」
ライナスは眼窩を開く。
「あとね、黄色い袴を着けた人はとっても偉いみたいだよ〜」
「それは聞いたことがあるでゴザール！ 冠位十二階というデースネ」
「ちっがーーう！」
ズバシッ☆
瑞紀のツッコミがライナスを沈める。
因みに、今まで野放しにしていたのになぜ今更ツッ込むかと言えば「面白くないのは却下よ」という事らしい。
「そう言えば、お寿司だけど‥‥間違って覚えてるわよ？ お寿司はね、生の魚を丸ごとじゃなくて、開いたものなの。それを踊りながら食べるのよ。踊り食いって言ってこれはお寿司でも高級よ。覚えて帰るといいわ」
だから自分はこんな事を吹き込んでみたり。
「ジャパンにはブシドーの他にシュードーとやらも居るそうだ。何者かは知らんが強敵らしい、心しておくことだ」
ニライが言えば鼎が大仰に首肯する。
「そうだよ。見目麗しく生まれた男は陰間って場所で特別な訓練を受けて立派なシュードーになるのさ‥‥それくらい知っとかなくっちゃいけねぇよ」
「シュードーでゴザールか！ ぜひ一度お相手して欲しいデースネ」
ライナスが真剣に唸ると鼎は腹を抱えて大笑いする。明信の肩も小刻みに震えてはいたが、そこは本物のモノノフ、表情には出さない。
「ブシドーと言う者には出会ったことはないが、他国にまで響き渡る名だ。さぞや強いに違いない。その者と並ぶとはシュードーとやらもツワモノだな」
夜来までも険しい表情を浮かべている。もう取り返しがつかない。
それぞれのお気に入りの場所を順に巡りながら楽しい会話は続き、どんどん愉快なジャパン知識が植え込まれていく。
「次は‥‥女の子といえば甘味屋さんかな？ って実は単に沙羅が寄りたいだけなんだけどね」
えへへ、と舌を覗かせる沙羅に、少々疲労を感じ始めていた仲間も淡く微笑む。
「私が食べたい訳ではないが、疲れた時は善哉など良いな‥‥」
海を臨む茶店からは甘い香りが漂って、鼻腔と腹を刺激する。ニライも思わずうっとりと双眸を緩めた。
他の仲間も頭の中は既に団子や汁粉、大福なんかで一杯で無意識のうちに足を急き店内へと入っていく。
どうやら丁度団体が店を出るようで、皆で座れそうだと明信が思考を巡らせた時――。
「この匂い！ お嬢様の香りデース！ お嬢様の気配デース！」
ライナスが慌しく小鼻を動かし、店を出ようとしていた男に指を突きつけた。
怪しい異国人に詰め寄られた男が「違う」と叫ぶもライナスは聞く耳持たず。
「ワタクシお嬢様の匂いを間違えたりしないデース！ 変わり果てたお姿に‥‥呪いを解くのは口付けと決まってるでゴサール！」
ズバコーーン☆
「あんた、目離した隙に何やってるのよ？ ほら、行くわよ。そういう相手は夜来さんか培徳さんにしときなさいよ迷惑でしょ」
手加減なしで後頭部をぶん殴られたライナスは瑞紀に引き摺られて店内へ。
時すでに遅し。ジジイに唇を奪われた男は意識を失くして倒れており、やり逃げ感が漂うが。男の子だもん、大丈夫だよね☆
●江戸で二人で
「アンジェリーナお嬢様ぁぁぁ！！」
「まぁ、爺や‥‥」
取り乱し放題で越後屋へ駆け込んだライナスとは対照的に少女はあどけない笑顔を向けた。
「見付かって良かったじゃないさ。そうだ、あんたに土産をやるよ。これがハラキリ刀だよ。上方では訛ってハリセンって言うけどな。腹がよじ切れるほど笑っちまう、って所からハラキリ刀って言うんだよ」
鼎はライナスに手製のハリセンを渡す。
「型も教えてやるよ。ハラキリ芸をする時は『なんでやねん！』という掛け声と共に、ハラキリ刀で勢いよく自分の頭を叩くんだ」
やってみな。と熱心に指導までして。
「そうそう。上手いじゃないか‥‥っく、うちの腹がこみ上げる笑いでよじきれそうだよ。あはははは！」
最後の最後まで良い玩具だったようだ。
「そうぢゃ、ライナス殿知っておるかの？ これはジャパンでも知る人ぞ知る情報なのぢゃが‥‥」
きょろきょろと首を振って、周囲の様子を窺った培徳はひそひそとライナスに耳打つ。
「ジャパンではの、年寄りは大事にせんといかんのぢゃ。特に大事にされるのぢゃ。ぢゃから女子には触り放題なのぢゃよ♪ 最後にわしからの餞別ぢゃ」
「素晴らしいデース！ では早速やってみるでゴザール！」
さわさわさわ。
「覚悟できてるでしょうね？」
尻を触られた瑞紀が振り向くと同時にライナスは吹っ飛んでいた。
「わしゃジャパン人じゃないしの。どうやら騙されておったようぢゃ。すまぬ、ライナス殿。わしゃ、これでも九十超えておるで、物覚えの方がどうものう‥‥」
「余計な事吹き込んだのはあんたね？」
黒くゆらりと揺れた瑞紀が瞳を光らせるのを見るなり培徳は、うひょひょひょひょひょ、と軽やかに逃げ去る。
怪しげな笑い声だけがいつまでも響いた――時折むせながら。年を考えろ、年を。
仲良く並んで歩き出したライナスとアンジェリーナを見送りつつ、帰国した彼らからジャパンの土産話を聞くであろうイギリスの人々へと思いを馳せた明信は、笑いを堪えて同情するのでありました。
