【黄泉の兵】禍つ天に焔立ちて
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■ショートシナリオ
担当:幸護
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月12日〜04月17日
リプレイ公開日:2005年04月20日
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●オープニング
陰陽寮にある、書庫の一室。高価な灯火のか細い明かりの元、陰陽寮の長官、陰陽頭・安倍晴明は、山のような竹簡の中から一つを手に取り、視線を走らせて小さくつぶやいた。
「ふむ、陰陽村、か‥‥」
「一体、どのような村で?」
「過去、我々の先達が作った村だと記されているな」
目を細めて竹簡に書かれた文字をたどりながら、晴明は部下の問いに答える。
「面白きことにその村は、飛鳥の宮の在りし、南に作られたとされている‥‥何か、におわぬか?」
「‥‥此度の亡者どもに、何か関係あるとでも?」
その問いかけに薄く笑みを浮かべて応えると、晴明と供の者は廊下に足音を響かせた。
京の都の南より現れる亡者たち。それはただその数に任せて押してくるだけのものもいれば、強力な力を誇り、ただ一体で村を滅ぼしたものもあった。
冒険者ギルドを通じて市井の冒険者の力を借り、いくつかの亡者たちには対処を始めてはいるものの、なぜ亡者が迷い出たのかの理由は、いまだ分かってはいない。
なんにせよ、南よりの災禍はまだ尽きる様子はなく、被害も、それを抑えるための依頼も数多くある。
そんな中、陰陽寮からの新たな依頼があげられた。
その内容は南に向かい、奈良にある陰陽村を探ること‥‥。
□■
「俺‥‥私は、弓削・周(ゆげのあまね)と申します。この正月に元服致しまして、ふた月程前より陰陽寮に入寮したばかりの若輩です」
殊勝に頭を下げた少年は、へなりと折れた烏帽子を慌てて手で押さえた。
「っと‥‥その‥‥まだ慣れないもので‥‥失礼しました」
頬を朱に染めてはにかむ姿は元服を済ませたとは言ってもまだまだ幼い。
「陰陽寮言わはったら、また何ぞ難儀な事でもあったんどすか? こないだから、うっとこもせんぐり相談にいらさる人らで‥‥これ見とおくりゃす、この束どすわ」
ギルドの手代は溜息を吐いて、番台に山と積まれた雁皮紙に視線を落とす。
「いえ、陰陽寮からではなくて‥‥。俺‥‥私はまだ一日中墨すりをするだけの雑用ですので。今回は私個人の依頼なのです」
「へぇ、あんたはんの?」
瞬きをして首を傾けた手代に見据えられ、周の貌に剣呑な影が過ぎった。
「都の南より無数の雑鬼、妖が押し寄せ跳梁跋扈しているのはご存知でしょうが‥‥」
不測の事態に、今や都は混乱に陥っていた。
この禍乱に冒険者をはじめ、京都守護や検非違使、新撰組なども出動しそれぞれの任にあたっている。
「何でも、せーだいさがったとこの村を調べるらしおすな」
頤に手を当てて寸考する手代の横で、陰陽師・周は眉根を寄せた。
「陰陽村‥‥」
「そうそう、そないな名前の村どしたなあ」
聞けば周はその陰陽村の出身だと言う。
現在は、加冠役を引き受けてくれた父の知己の屋敷で世話になっているとの事だ。
故郷を離れて数ヶ月、慣れぬ出仕に疲憊し、文などを送る余裕もないまま今回の災禍となったのだそうだ。
村は一体どうなってしまったのか、父は、母は、兄達は――不安だけが募る。
「何か分かりはしないかと式盤で占ってみるのですが、未熟な腕前では‥‥」
口を噤み俯いた周は暫くの沈黙の後、清冽な眼差しを上げた。
「私はお役目がありますので都を離れる訳には参りません。‥‥俺の村がどうなっているのか、一体何が起こったのか‥‥父上や母上、兄上達はどうしているのか調べて欲しいのです」
●リプレイ本文
●郷邑馳する
「まあ、なんて可愛い陰陽師さんなんでしょう♪」
ノンジャ・ムカリ(ea5273)に抱き竦められた見習い陰陽師・周は、身を固まらせたまま目を白黒させ、口だけをぱくぱくと動かしている。
初対面の女性に思いきり抱き締められたのだから至極真っ当な反応と云えよう。
「あ‥‥あのっ、離っ‥‥」
当然と云うか、お約束と云うか、身丈差のある二人であるからして周の眼界を遮っている柔らかなるものは、肉であり脂肪であり‥‥平たく言えば胸である。
「あら、アマネ顔が赤いですが大丈夫ですか?」
そもそも大丈夫じゃなくしているのはノンジャなのではあるが。
「確かめに行きたい‥‥それでも行く訳にはいかない、か」
一人呟いた渡部夕凪(ea9450)が憂いを帯びた眼差しを少年の横顔へと向ける。
家族を江戸へ残し、単身上洛した彼女には複雑な想いがあるようだ。或いは大切な弟達の顔が頭を過ぎったのであろうか。
(「‥‥多少なりとも彼の目となる事が出来れば良いんだが」)
ようやくノンジャの腕より解放され、息を吐く周から視線を落とした夕凪は静かに瞑目した。
「あまり悠長な事してる時間はなさそうだから手短に話を聞かせてもらうよ」
何しろ情報が少なくて――とレナード・グレグスン(ea8837)が紙を広げて促す。
「まず一番に村についてだね。できるだけ詳しく教えてもらえると助かるけど‥‥見取り図は描けるかな?」
「大雑把なもので良ければ‥‥描けると思います」
「村の入り口から周君の家までは特に詳しくお願いしたいわ。目印になるような名前、壁や塀の色‥‥他にも幾つか質問したいのだけど‥‥」
筆を取った周の手元を覗き込んでクラウディア・ブレスコット(eb1161)が言い淀む。
「矢継ぎ早に質問してしまっては周さんも私達も混乱してしまいますので、見取り図を描いて頂いている間に質問を纏めましょうか」
鷺宮吹雪(eb1530)の提案に「そうね」とクラウディアは頷いた。
「俺は周くんの話を聞きながら見取り図を見ておくね。質問はクラウ女史や他の人に任せるよ」
レナードが愛想の好い笑みを浮かべて胸元に上げた手をひらひらと振る。
「ええ、わかったわ。そっちはお願いするわね」
その後、家族の特徴を聞き、伝言や渡す物がないか等を聞いた冒険者達は件の村へと出立した。
●道行き
「南から来る厄災、その渦中の南に存在する『陰陽村』‥‥何やら気になる符合だな」
眼前を見晴るかす夕凪が彼方を睨む。
「村の状況が最悪でないことを祈りたいね」
レナードは徒歩の速度を保ったまま空を仰いだ。曳いている馬はクラウディアの愛馬である。
「‥‥今はただ急ぐ事しか出来ませんが、幸い天候は崩れぬようです」
水神観月(eb1825)が風を読んで伝えると冒険者達は無言のままに頷いて歩を進める。
「南ねぇ‥‥言っちゃ悪いが、手遅れなんじゃねーの? 音信不通なんだしさ」
重苦しい沈黙を破った千々岩達馬(eb1618)が口端を引き上げ目を眇める。
「よっしゃ! 俺は『村は全滅しちまってる』に今回の報酬全額賭けるぜ!」
「千々岩殿、我が国は神代より言霊の幸う国です。そのようなお言葉は控えるべきと存じます」
あっけらかんと言い放ち、悪びれず笑った達馬の背に射るような視線を向けて観月は眉根を寄せた。
「けっ、別に俺が言おうが言うまいが結果が変わるもんじゃねぇし。いーじゃねぇか」
「あなた‥‥悪意がないのは分かるけれど、もう少し冒険者として自覚した方が善いようね」
クラウディアに窘められ、達馬は肩を竦める。
「あたいも今回が初仕事さ。けどね、一旦引き受けたからには若いとか未熟だとか‥‥言い訳は通用しないと思うんだよ。楽観しろってんじゃなくて、あたいら位は最後まで信じようじゃないさ。ね?」
「俺だって思ったまま言っただけで、そう望んでるわけじゃねーんだぜ」
花風院時雨(eb1945)が肩を叩くと達馬は所在無く頭を掻いた。
「最悪の場合を想定しておくのは悪い事じゃないだろうさ。予想外の事には対応が遅れる可能性があるしね。しかし、依頼人の気持ちを考えれば今の発言はやはり軽率だな」
まぁ、出来得る限りやるってのは変わりないけどさ――夕凪が手綱を持つ手に力を込める。
「なるべく先を急ぎたいですが、暗くなる前に野営の準備をした方が良いですね」
西天を見据えたノンジャに首肯し、一日目は陽が落ちる前に野陣を張った。
「結界を張った方が良いかしら?」
馬に積んだ荷物を解きながらクラウディアが問う。
「その方が安心でしょうが‥‥効果時間には限りがありますし、油断は出来ませんが交代で見張りをして少しでも疲れを癒しましょう」
「‥‥そうだね。馬は臆病で敏感だしね、何かあったらすぐ反応するから分かると思うよ。明日も一日歩くわけだから女性は特にゆっくり休んだ方がいいね」
吹雪とレナードが同じく荷物を広げながら答える。
有明の月が徐々に融けてゆく中、冒険者達は再び村を目指して歩き出した。
「あまり眠れなかったですか?」
疲労を滲ませる吹雪の横顔を視認したノンジャが声を掛ける。
「うつらうつらとはしましたけれど‥‥」
一足毎に重く纏わりついてくる空気を肌で感じ、注意深く周囲に気を張り巡らせながら吹雪は首を振った。
●遺骸の村
陰陽村に近付くにつれ、妙な違和感が胸を衝く。
「やけに静かだね」
この静けさは異常だ。草木が風に揺れる音はすれど、鳥や人の気配が一切ないなんて――。
好くない想像を断ち切るように時雨は唇を噛んだ。
他の仲間もまた、挑むような視線を向けたまま運ぶ足の速度をあげる。
「‥‥臭いますね」
少しづつ強くなる腐臭に吹雪の貌が険しくなる。
回り道をして周の家が近い東からの村の入り口を鼻の先にして、叢に身を潜めた冒険者達は一帯に漂う屍臭に顔を顰めた。
「思ってた以上に尋常じゃない事態になってるみたいだね」
「そうは言っても周君の家族の安否を確認する前に退く訳にはいかないわ」
低く唸ったレナードの横でクラウディアが頤に指をあてて思案する。
駆け出しの冒険者には少々荷が重いかもしれない――けれど途中で投げ出すわけにはいかない。
「アマネから預かったものもあります。戦闘は出来るだけ回避で‥‥行くしかないです、ね」
それぞれの得物を手に、視線を交わしたノンジャ達は一斉に駆け出した。
此れが『絶望』と云うものだろうか。
希望の底にありありと姿を見せた現実に誰もがただ息を呑んだ。
禍つ天は漠々と緋色の四肢を伸ばし、瘴気を纏った影が斑に地を這う。
大地に滲みた血塊は夕暮れから闇色へ――黒く空虚な異(あだ)しモノへと成り果てていた。
終焉を迎え、積み重なるように倒れた骸が濁った眼で天を凝視(み)ている。
一面に転がる遺骸の隙間はぬっとりと艶の無い血池が今も尚、全てを呑み込もうと触手を伸ばしている。
ともすれば足を取られ、ぬるりと滑る。村の奥へ進む程その数は増し、鼻を衝く異臭も酷くなる。
「全員死んでる‥‥」
「このような‥‥痛ましい‥‥」
時雨と観月は言葉を失い立ち竦んだ。
「ほーれ見ろ。無駄な期待するから余計にへこむんだよ」
「どんな状況かて焦って判断したらあきまへんえ!」
達馬を睨めつけた吹雪は苛烈な瞳を上げた。
「‥‥そうね。逃げた村人もいるはずよ。まずは周君の家を確認しましょう。その前に断定してしまうのは危険だわ」
それは万に一つ、否、億に一つの望みではあったがクラウディアが言葉を紡ぎ終える前に、冒険者達は駆け出した。
「皆さんっ、これを‥‥」
ノンジャの声が耳朶を打ち、足を止めた夕凪が訝しげに覗き込んだ。
「お守り? ‥‥これがどうかしたのか?」
死骸が握り締めている守り袋は手作りらしく、褐布で拵えられていた。
「アマネから預かったものと同じ‥‥です」
「っそれでは‥‥っ」
ギルドで見た少年の、不安げに揺れる瞳を思い起こす。
冒険者達は言葉を出せぬまま折り重なって倒れている骸を見下ろしていた。
「ミツケタァァァァァッ!!」
「危ないっ!」
いつの間にか周囲を無数の死人憑きが取り囲んでいる。その後方に乾涸びた木乃伊(ミイラ)のような妖が眼球のない昏い眼窩でこちらを見据えている。
「なに‥‥あれっ」
「後ろっ!」
大きな顎門を開けて腕を振り下ろす瞬間、クラウディアと死人憑きの間に滑り込んだレナードがロングソードで受ける。
キィン
甲高い音が響いた。
猛る亡者の骨骸は無機質な音をたてて尚、迫り来る――
「早くっ」
夕凪が梓弓に矢をつがえる。
「ちっ、ここは退くしかなさそうだね」
薙刀を上段に構えた時雨は右足に力を込めるとそのまま薙ぎ払った。鈍い音がして柄を握る手に衝撃が走る。
吹雪の鳴らす鳴弦の音が死人憑きの動きを僅かに緩慢にさせるが、死人憑きは首を落としても腕を落としても再び立ち上がって襲ってくる。
「ここは下がりますえっ!」
吹雪の怒号と共に、仲間達は北へと走った。
「‥‥あのミイラ喋った、よな」
「一体何が起こってるって云うんだい」
「こうなっては一刻も早く状況を伝えねばなりません」
達馬の瞳が剣呑に煌き、時雨が目見を細める。一度振り返った観月は祈るように両の手を合わせた。
苦い思いを胸に、冒険者達は京への道を急ぐ。
ノンジャの手には血塗れた守り袋が二つ、握られていた。