【黄泉の兵】腐蝕の叢雲

■ショートシナリオ


担当:幸護

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月28日〜06月02日

リプレイ公開日:2005年06月05日

●オープニング

 微温(ぬるま)な風が洛外から吹き寄せる。 
 腐りたる土塊は乾いて、顫える音は遠近(をちこち)に這う。
 倦ましげに広がる薄暮の死の色。
 折り伏せる骸の聲なき呻き。

 からら、からら――

 空虚な欷歔。

 からら、からら――

 重く湿った瘴気は禍を帯び、紅い震慄を地に広げていた。



「邪魔すんぜ」
 ギルドに張り声が響く。
「あ、あんたはんは‥‥」
 長身の男がずかずかと大股に歩み寄ると手代は咽喉の奥に声を絡めた。
「悪りぃな親仁、茶貰えるか? 一っ走りしてきたら喉が渇いちまった。夏ってのは何だってこう無駄に暑ぃんだろうな」
「へっ、へぇ」
 腰の大小を抜いて、番台の横にどっかと尻を据えたのは新撰組・十番隊組長の原田左之助その人だった。

「摂政様も守護職様も正式に亡者の撃退に動かはるそうどすな。見回組やらぎょうさんの兵が信貴山城に向かわはるゆうて聞いとります」
「ったりめーだ! あんなふざけた化けモンいつまでものさばらせておけるか!」
 ってのは単に左之助の心情である。思ったままを口にするのがこの男だ。
「ほな、新撰組のみなはんも? はばかりさんどすなあ」
「おうよ! 見回組や他の連中ばっかに手柄くれてやる気はねぇからよ。‥‥大和は大変らしいぜ。しっかし、自ら来たってんだから久秀様も剛毅だよな」
 大和国藩主、松永久秀。
 公用で摂津に赴いており、大和に戻ってみれば居城、信貴山城が亡者の群れに包囲されていたのだそうだ。それを何とか撃退し自ら都まで救援を求めてやって来たという。
 彼の半生は不明であり、“成り上がり者”と蔑む者も少なくはないのだが左之助の印象は悪くないようだ。
「で、原田はんの御用は何どっしゃろ」
「あぁ、そうだった俺ァ別に茶ぁ飲みに来たんじゃねぇや」
 残りの茶を一気に呷った左之助は「ありがとよ」と湯呑みを置くと立ち上がり、右の掌に左の拳を打ち当てた。
「そんな訳でよ、化けモン退治に繰り出す訳だが‥‥京の治安を守るのが俺達新撰組の役目だ。それを疎かにゃ出来ねぇから隊を二つに分ける」
 伍長に残りの隊士と都の警護を任せ、自身は大和へ向かうのだ、と緋色の髪の男は苛烈な瞳を煌かせた。
「ところが、だ。情けねぇ話だが、ここんところの戦闘続きでうちの隊も怪我人が多くてな‥‥人手が足りねぇ」
「かにここどすか‥‥ほな冒険者のみなはんには原田はんと一緒に大和向かってもろたらええんどすな?」
「そういうこった」

 原田の説明によれば、源徳、平織の集めた兵は、諸藩の応援や義勇兵なども含めて約二千。
 そのうち見回組など平織軍が本隊として松永久秀を案内役に摂津河内を迂回、西側の信貴山城を目指し、未だそこで決死の奮闘をしているであろう大和侍と合流する予定だと言う。

「俺らは本隊の動きを出来るだけ気取られねぇように攪乱する‥‥まぁ陽動だ。矢面に出てくんだ、覚悟しろよ!」

●今回の参加者

 ea4128 秀真 傳(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4687 綾都 紗雪(23歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6963 逢須 瑠璃(36歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7139 巽 源十郎(68歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea8904 藍 月花(26歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9032 菊川 旭(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2427 桐生 蒼花(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

エリシア・リーブス(ea7187

●リプレイ本文

●禍の道
「新撰組の原田さんですか。お噂はかねがね‥‥宜しくお願いします」
「別嬪のネェちゃんに名を覚えられてんのは嬉しいこったけど、いってぇどんな噂だろーな」
 藍月花(ea8904)に深々と頭を下げられ『死損ね左之』の異名を持つ、身の丈六尺五寸はあろう益荒男は頭を掻いて苦笑する。
「それは兎も角、だ。これを見てくれ。平織軍本隊は河内に入ってこっちの西から、俺達は正面から突っ込む。派手に暴れる事になるが‥‥如何せん敵の情報が少ねぇ」
 袂から取り出した地図を広げ、経路を指し示しながら左之助が飴色の瞳を上げる。
 首をめぐらせ無潮な瞬きをひとつ。
「過去の報告を見る限り、彼らは魔法を使うようですね」
「黄泉人は知力が高いとも聞いたな」
 原田を見上げる月花の金襴の髪が揺れ、菊川旭(ea9032)は思考に耽り、指で頤を覆う。
「あぁ。他にも何かと“きな臭ぇ”‥‥上手く言えねぇが厭な感じだ」
 歴戦の勘か、或いは本能の掻き鳴らす警鐘か。目角を立てた新撰組十番隊組長は喉を湿らすように一拍口を閉ざす。
 
 覚悟、が必要だ――

 黄泉から吹き寄せる重く澱んだ瘴気は天地を蹂躙し、瞬く間に雑多の色を、そして生を呑み込んだ。
 黒影は今も尚、無機質な足音を伴って破壊(はえ)の韻律を押し進めている。
 なぜ黄泉の扉が開いたのか――このままでは日の本すべてが天も地もないままに冥い闇に堕ちてしまう。
 依然として情報は少ない。灰暗く広がるもやくやの先に待つものの正体は未だ掴めぬままである。

「大和を覆う亡者の群れ‥‥見過ごせぬ事態です。私も微力ながら御手伝い致しましょう」
 稜威の表情が崩れる事は無かったが神木祥風(eb1630)の声音は憂いを帯びて重く沈む。
「彼岸にも旅立てず彷徨わねばならぬとは、允哀れよのう‥‥屍は土へと還るが世の理。此れ以上生者を蹂躙させはせぬ」
「命は全て、まことなる花。徒に操るなど‥‥」
 秀真傳(ea4128)と綾都紗雪(ea4687)は死臭を孕む微温な風を追って天つ空を見据えた。
 ただ寞々と広がる狭雲月の浅縹の色。隆起と沈降を繰り返す負の闇を思い言葉が翳る。
「これ以上好き勝手はさせねぇさ。皆、準備はいいだろうな?」
 長柄の槍を持つ手に力を込めて、炎にも似た髪の男は口端を引き上げ嗤った。
「相済まぬ、食料の用意が不十分だったようだ」
 巽源十郎(ea7139)が背嚢を手に渋面を作る。
「武士は食わねど、たぁ言っても腹が減っては戦は出来ねぇよ。旦那には先鋒を任せてぇんだ‥‥参ったな」
 手の平を首筋にあてがい左右に首を折った左之助が苦笑を落とす。
 分けてやろうと言いたい所だが、体格に見合っただけの食欲を誇る己自身ぎりぎりの状態である。
「食料なら余分に用意があります。私ので良ければお譲りしましょう」
「それは有り難い」
 申し出に謝辞を述べた源十郎は固辞する月花を押し留め、「それでは俺の気が済まない」と食料代として金一枚を渡した。
「んじゃ、行くぜ!」
 冒険者達は黙したまま血塗れの地へと足を踏み出した。

●蝕の業魔
 細路の脇、暖翠を深めた草叢の奥で葉擦れの音がした。
 冒険者の貌に緊張が走る。
 瞬時に身構え、鯉口を切った逢須瑠璃(ea6963)の袖を引いて紗雪が無言のままに制する。静寂の糸の上、二人の視線が交錯し、鍔を押し上げはばきに指を当てていた瑠璃はじりと一歩下がった。
 漂う沈黙(しじま)の波。
 胸の前で手を合わせ祈りを捧げた祥風の身体が淡く輝き、そして眼差しを上げた彼は頭(かぶり)を二度振る。墨染めの髪がそよと風に揺れた。
 十間には届かぬが、祥風の探知出来る範囲内に死人の気配は無い――悟った仲間等は安堵の息を吐く。
 大和より逃げ延びた者であろうか。或いは野兎か何かか。
「私達は亡者の撃退に大和へ向かう者です。危害を加えたりは致しませんので安心して下さい」
 紗雪が声を掛けると再び草陰が揺れ、黒い影がのそりと這い出してきた。
「子供‥‥?」
 桐生蒼花(eb2427)の瞳に驚きの色が浮かんだ。

「村の東の方が騒がしなってん。火ぃでも上がったんやろか思たら‥‥」
「妖異だった‥‥のね?」
 少年の着物に付着した濃錆の血痕を認め、蒼花は目を細めた。少年の鉢が肯定を表して微動する。
「坊主、腹減ってないか? 糒くらいしか無いが」
 旭から渡された食料入りの嚢を受け取った少年は、うつむいたまま嚢を握り締める。
「何があった?」
 一瞬の躊躇いの後、旭が口を開いた。
「恐ろしなって、よう動かんなってしもて‥‥ほいたら父ちゃんが‥‥父ちゃんが‥‥」
 隠れていろと子供を納戸へ押し込んだ。
 叫び声、泣き声、嵐みたいに色んな音が聞こえてきて、ただ恐ろしくて目を瞑ってじっと堪えてた。かたかたと震える手足や咽喉を通る液、抑えても消えぬ息が外界の芥騒音とは混和せずに耳底に響いて胸がいつまでも引き攣れていた。
 ずっと真っ暗だったから、どれ程そうしていたのかは分からない。朝が来て夜が来てまた朝が来たのか、それさえも分からぬまま恐る恐る納戸を出て父の姿を探した。
 家の前で父は無残な姿となり伏していた。
 言葉を失い、見晴るかした村は紅く死んでいた。

 途中で転んだものか擦り傷を沢山こさえた少年にそっと手を伸ばした紗雪の目が見開き動きが止まる。
「その傷は‥‥」
 乱れた胸元から覗いた爪痕は浅かったが紅く確かに刻まれている。
「父ちゃんが‥‥化け物になってしもてん」
 どうして良いのか分からぬまま幾日、父の骸の傍らに居た少年が目にしたのは腐乱しかけた屍がのろのろと起き上がる姿だった。
 死人憑きと成り果てた父の穿かれた孔――暗い眼窩はもう二度と生前の何をも映さない。研がれたように鋭い爪が少年に振り下ろされた――。
「まさかそんな」
 月花は二の句を失い地に視線を落とす。
 身体の傷は癒せても、深く心に刻まれた傷までは――。
 そっと抱き締めた紗雪の腕の中で少年は虚ろな瞳を閉じた。肌を伝う温もりはただ遠く、ただ懐かしい。
「坊、一人で近くの救護班の屯営に行けるか? 化けモンは必ず倒す。父ちゃんを浄土に送ってやろうな」
 険しい顔で空を睨みつけた左之助の瞳に炎が宿る。
 それぞれの思いを胸に冒険者達は先へと足を進める。
 
●黄泉の風
 死人は生者の生気を求め、喰らい尽くす。そして黄泉の瘴気は――
「屠った者を眷属、いや隷属にしていようとは‥‥」
 低く唸った源十郎の表情は硬い。
 進む先を見据える傳の貌もまた剣呑に色取られていた。
「そろそろ、か?」
 振り返る左之助が祥風に問う。
「‥‥範囲内には感じません‥‥ですが‥‥」
「ええ、臭うわね」
 蒼花が眉根を寄せた。
「祥風殿、道返の石を」
「はい、秀真様宜しくお願い致します」
 傳が祈りを捧げる横で左之助は槍の鞘を抜いた。他の者もすらりと得物を抜く。
 徐々に増す腐臭がどろどろと周囲を包んでゆく。

「来たな」
「菊川様、お待ちください。あれを」
「人、か?」
「逃げていらした方でしょうか、お怪我をなさってるやもしれません‥‥」
「綾都様っ」
 人影に歩み寄った紗雪の背後に投げかけた祥風の声と同時、彼女に振り下ろされる腕を左之助の槍が巻き上げた。
 人の姿を模ったそれは、みるみる干乾びた木乃伊へと変貌する。
「随分舐めくさった真似してくれるじゃねぇか」
「グハハハ、喉笛掻ッ切ッテヤロウト思ッタノニ残念ダ」
 不死者はくつくつと嗤う。
「人に姿を変えようとはのう‥‥」
 祈りを終えた傳が視線だけをぐるりと回す。穏やかな口調で、涼やかな声で、佇まいすら崩さず、どこまでも静かに傳は激昂している。
 いつしか周囲は死人に囲まれていた。
 のろのろと不気味な静けさで生無き者が歩み寄る。
 振り下ろされた鋭利な爪を右の短刀で受け、左の大刀で胴を薙ぎ払った傳の足元に死人が崩落つる。しかし、それは再び緩慢な動きで立ち上がってくる。
「っ‥‥」
 肩を噛まれた月花が前のめりに屈み込む。肩口に熱く紅いものが滲んだ。
 漂う血と死の臭い。
 旭、祥風、蒼花もまた手傷を負い膝を折った。
 辛うじて受けた瑠璃と源十郎が亡者を払い、再び構える。
「紗雪、祥風、まずは敵の数を減らしたい。回復薬を持ってるヤツも多い、仲間の回復より死人の浄化を優先しろっ」 
「「承知しました」」
 猛然と刀を翳した源十郎が一歩踏み出した。
「刀の錆になりたい奴からかかってこい!」
 銀の短刀が黄泉人の萎びた褐色の皮を掠め僅かに傷を付ける。木乃伊は再びくつくつと嗤う。
「救えるものなら救いたい所だけど、なにしろ数多いわ。ならばいっそ苦しまずに安らかに送ってあげる‥‥覚悟はいい?」
 瑠璃は死人に刀を振り下ろす。湿った音を立てて腕が落ちた。が、尚も死人はゆらりと揺れながら向かってくる。
「きりがないな」
 旭は唇を噛んだ。

「祟り神‥‥じゃったかのう。然し理を乱すは愚かなる事。在るべき地に還るがよい」
 傳の手から雷が放たれた。一直線に突き進む雷撃に焼かれ死人が地に沈む。傷を負った黄泉人の怒気が死臭を一層強めた。
「ヨクモ‥‥死ネェェェェ」
「わしは欲深での、誰かを守る為に命を捨てるなぞ御免被る。生きて生き抜いて何処までも共に歩むが希じゃ。わしが死んでも何も変わらぬ、じゃが、わしが生きて変わる事は例え多くは無くともある筈じゃ」
 だから、わしは此処で死ぬ気など無い――傳の淡青の瞳に光が宿る。
「女になら艶っぽく殺されてみるのも乙なもんだが化けモンじゃあなぁ、第一色気がねぇや」
 木乃伊の胆を目掛けて穂先を突き刺した左之助がにやり、と笑う。
「そんな問題ですか」
 闘気を纏わせた月花の拳が黄泉人の腹に喰い込む。
「ちっ、この槍じゃ手応えがねぇな‥‥月花、俺の槍にも頼む」
 黄泉人にはただの槍じゃ効かねぇ――と苛々しげに吐き捨てた左之助が肩で息をした。
 体力の消耗は著しい。長引けば命取りだ。

 魔法により作り出した水晶剣で死人を斬り刻む旭は汗を拭った。
 蒼花、瑠璃、旭の援護の元、紗雪と祥風の浄化で少しづつ数を減らしているとは言えまだまだ敵は多い。
 術者が二人いるが回復が間に合わない状況だ。もし回復薬が切れたら――その前に何としても黄泉人を討ち取らなくては。
「傳殿、ここに」
 二本目の水晶剣を作製し、地に刺す。
 襲い来る死人に再び攻撃を仕掛ける。水晶の剣が皓々と煌いた。
 

「悪いが、これ以上現世に止まれるとは思うなよ」
 銀の切っ先を喉元に付きつけ、大刀で黄泉人の腕を押さえ込んだ源十郎の脇から月花の闘気を受けた槍の穂先が突き立てられる。
 右腹を傳の水晶剣が払った。間髪置かず月花の拳がめり込む。
「グァァァァァァッッ、積年ノ怨ミハ必ズ我ラガ眷属ガ‥‥ッ」
 干乾びた木乃伊の音が風に掻き消えた。
 主を失っても躊躇も動揺もない。ただ一つ刻まれた非理性的な衝動と欲求により立ち向かってくる死人の群れ。
 感情も無く、痛みも疲労もない、あるのは生者の生気を欲する事のみ。
 満身創痍の冒険者とその群れを交互に見据え、『死損ね』と呼ばれる男は舌を打った。

 ――確かに寄せ集めの烏合の衆に過ぎなかった。が、事前の打ち合わせが上手くいかなかったのも原因か。
「撤退っ!」
 

●蠢く影 
「何故このような悲しい事態になったのでしょうか‥‥。原因を知らずして討ち取っても、大和にかかる雲と同じく心の暗雲も立ち込めたまま‥‥亡くなられた方の魂の憂いを晴らせるよう、迷いなく天へ導けるよう祈る為にも、最後まで見極めなければなりません」
 紗雪の清冽な眼差しが大和を覆う叢雲を捉える。
「積年の怨みだと言っていたけれど‥‥」
「黄泉人、か。はやり何かあるな」
 よろめく蒼花に肩を貸す源十郎は背後に一瞥を送った。

●ピンナップ

秀真 傳(ea4128


PCシングルピンナップ
Illusted by argent