●リプレイ本文
●序章とか女難とか
「感謝するだよ。これで多くの人が救われるべさ。出せるもんつーても名誉しかねぇけんど、無理のねぇ範囲で構わねぇから暫くは食糧支援の継続をお願げぇしたいだよ」
「雪乃、お前ェイイ事言うじゃねェか! 名誉なァ‥‥『愛の桃色応援団』ッて認定してやるッつーのはどうだ? すッげェ名誉だろッ?!」
ごすっ――
鈍い音を立てて御厨雪乃(eb1529)の肘鉄が桃色頭巾の脇腹に喰い込む。
視線すらくれず、相対する農夫に爽やかな笑顔を向けたままの一撃は実に見事なもの。
まぁ、話をややこしくする輩は黙らせておくに限る――ってのは賢明な判断である。
「うっとこも、そない余裕があるわけやないどすが、明日は我が身。世の中何が起こるやわからしまへん‥‥出来る限りはさして貰いまひょ」
蹲る桃を辛うじて視線の内に留めた農夫は深い溜息を落とし遠く空を見上げた。
災殃はその足音を京へと押し進めている。
言い知れぬ不安――翳りを落とす闇は未だ晴れぬまま。
成長の早い葉菜と腹持ちの良い根菜や豆などを近隣の農家から少しづつ分けてもらい荷車に積み込む。
「よしッと! こりゃァ思ったより集まったなァ‥‥」
額に浮かんだ汗を拭った桃は腕を組み、感心したように何度も頷く。その横で雪乃は猫のような目をくりん、と動かして口元に笑みを乗せた。
「有り難い事だべな。想いの込もったこれらの野菜食べたらきっと元気出るべさ。そんじゃ小屋に向かうだべ。桃さ、後は頼んだだよ♪」
「へ?! ぃや、ちょッ、待ッ‥‥」
軽やかに去ってゆく雪乃の背に侘しく手を伸ばす。
「‥‥お前ェの方がどう見たッて腕力あンだろーがよォォォ〜!」
=序その後=
「途中で桃クンに会ってよかったわ♪」
マコト・ヴァンフェート(ea6419)が手を打ち鳴らして笑顔を向ける。
「んぐぐぐッ‥‥」
「困った時はお互いサマというのは万国共通だもの。人の心の癒しは難しいコトだけど、心を賭して接するコトが大事。‥‥要は自分に出来るコトを一生懸命頑張って、相手を信じれば良いのだと思うわ」
「ふんぐぐぐッ」
「ジャパンで活気の出る行事は餅つきだと聞いたの。お餅って縁起がよくて保存にも耐える食べ物なんですって?」
そんな訳で、ギルドで餅搗きの臼と杵を借り、寺社、御店、酒場を回り餅米や義捐を募ったマコトとおまけ一号。
やけに立派な臼、山と積まれた野菜と餅米は容赦のない重さになっていた。
「桃クン聞いてる?」
「ぐぐぐ‥‥ッ」
軋む荷車を必死に引くおまけ一号はそれどころじゃない様子。
「桃クン働き者ね♪」
(「くっ、冒険者ッてェのは皆こうかッ?!」)
――そうなんデス。
●お救い小屋
「お天気が良いですし、戸を開けて陽射しと風を取り入れましょうね」
綾都紗雪(ea4687)が穏やかな笑みで戸を開ければ薄暗かった小屋に新しい風が流れる。夏風は野の香りを連れていた。
横たわる人々に温かい陽光が射す。
混乱に巻かれた京では各組織が任に追われて人手が足りていない。お救い小屋の方まで手が回っていないのが現状であった。
傷付いた人々を前に、ともすれば込み上げる愁情を寸での所で堪えて、紗雪は笑顔で接する。
一人一人に声を掛けながら、瞳を合わせ手を握る。握り返してくる手は時に弱々しく、時に強く、雄弁に語りかけてくる。
「やはり所々に傷みがありますね」
「おーおー、こりゃ遣り甲斐があるな♪」
まずはぐるりと小屋を見回った結城冴(eb1838)とキラリ爽やか笑顔の狩野琥珀(ea9805)は瞳に決意の色を滲ませて腕まくり。
「では私は小屋の修繕を致しましょう。これからの季節雨も多くなりますから雨漏りなどしては大変ですしね」
集めた木っ端を抱えて冴が移動すれば子供らがぞろぞろとついてくる。
「おじちゃん、何しはんねん?」
「おじちゃーん、どっから来はったん?」
群がる好奇の瞳は無垢ゆえに。
「私はおじちゃんではありませんよ。おじちゃんは、あちらの琥珀殿です」
「なにーぃ!? 俺は確かに、こう見えても十六の息子が居る父。おじちゃんでも構わんが、結城さんも年の頃は変わらないだろ」
指を差し、しれっと擦り付けた冴に怪我人の包帯を取り替えていた琥珀が吠える。
「いえ私は子供を産んでおりませんので」
「俺だって産んでねえんだよ!」
「おじちゃんら喧嘩はあかんで」
なんか大きな子供が二人? それでも子供らの顔が笑みに染まれば寂寞の小屋が明るくなる。
「始めまして! 僕、由月。今日は『みかん』と一緒に来たんだよ」
「うわぁ、可愛い♪」
まだ小さな柴犬を抱いた浅葉由月(eb2216)の傍に子供らが集まる。
みかんはクゥンと鼻を鳴らして短い尾をふるふる。その愛らしさに子供らの顔に花が咲いた。
「私も『八咫』と『夜摩』を連れて参ったのじゃ」
「わぁ、変わったはる‥‥犬さん?」
「異国の犬じゃ、怖がらずとも良いぞ。噛み付いたりせぬからこの子達と一緒に遊んでくれるかの?」
「おッ?! なんだお前ェら楽しそうじゃねェか」
紅麗華(eb2477)の連れたボーダーコリーを物珍しそうに取り囲んだ小さな群れの上から声が降ってきた。
見上げれば、遅ればせの登場を果たした褌少年の姿。
「桃お兄ちゃんお疲れ様」
やっぱ犬っころは可愛いなァ――お、こいつァ雄だな。
ふくふくと丸い子犬を由月から受け取った桃は、両の足をびろーんと伸ばす子犬の下腹部を眺め、ふむふむと頷いている。
「桃ちゃん。初対面でいきなりそれは無かろうに。子らの躾に善くないじゃろう」
「ん? 躾なァ‥‥つーかさ、お前ェの犬、俺の褌取っていきやがったんだがよォ‥‥」
「なんと? これ、夜摩。殿方の一張羅を悪戯してはいかんよ。ほれ、丸出しになってしもうとるではないか」
麗華さんそんな冷静にズバッと言っちゃいますか。仮にも乙女――は見た目だけで実年齢は五十一だったりするけど‥‥心は乙女、ですよね?
「‥‥桃お兄ちゃんも風病にならない様、気をつけてね?」
空色の瞳で見上げる由月は心配顔だが、心配される場所っていうか箇所が激しく違うと思う。うん。
「風病? けッ、俺ァそんな軟弱にゃ出来てねェからよ、ンなモン一度だって罹ったこたァねェぞ! だから心配すンじゃねェよ」
それは●●だから――
周囲で作業に精を出す冒険者達は心の奥底で呟いていたとか、いないとか。
「桃ちゃん。とりあえず、仕舞っといた方がいいよ?」
ブルー・サヴァン(eb2508)のツッコミは実にご尤も。
「ん? や、一仕事してきて暑かったから丁度いいかと思ってよォ」
本人は意に介さず笑っているが、
「うーん、だけどその場合、脱ぐなら褌じゃなくて頭巾の方だよね?」
やっぱりブルーの意見は正しいと思う訳で。
「さて、私はこれから料理の支度に入らねばならんのじゃ」
「ボクも準備があるんだった! また後で遊ぼうね♪」
手を振る麗華とブルーを残して由月と子供等は野に駆け出す。
「じゃあ、追いかけっこしようよ。始めの鬼はみかんだよ、みんな逃げてね」
「きゃあ〜」
「鬼さんこちらや〜」
由月の銀の髪が陽に照らされて弾ければ、いくつもの賑やかな声が辺りに響いた。
●野摘み
「御餅に添える野草を探しに行って見ましょう」
「行くー!」
小屋の掃除や、動ける者を支えての散歩を終えて紗雪が声を掛けると元気な子供らがぴょこんと跳ねる。
「そうね、食料に出来るものを覚えておくと良いと思うわ」
「ボクも! ボクも一緒に行くよ〜♪」
マコトとブルーも加わって、小さな探検が始った。
「湧き水が沸いているね〜。ほら、触ってみて、冷たいよ♪」
「ほんまや、ひやこい♪」
水はとっても大切だから覚えてね――ブルーの笑む先で子供等は冷たい水に手を浸し歓声を上げている。
紗雪はそんな子供等の様子にくすりと鈴の音を転がした。
「その葉は触ると気触れてしまうから気をつけてね。あ、それは根に毒があるの。その植物は食べたらお腹を壊してしまうわ」
マコトの植物指南は、どちらかと言えば毒草に関しての方が多かったが、それはそれ。とりあえず危険な物を知るのも大切な事。
「自然には生活に必要な物が沢山あるんだよ♪ 葉っぱで服だって出来ちゃうよ!」
どんなもんだい♪ ブルーは胸を張るが、葉っぱな服の知恵は要らない。きっと。
「綺麗な花が咲いてるわ。一輪だけ根ごと持ち帰って小屋に植えましょう」
花は心を和ますものね――マコトの手に小さな白い花が揺れる。
「あら? 御厨サン、それは?」
持ち帰った花を植えようと途中で汲んだ水を手にマコトが首を傾げる。
「菜っ葉の種も分けて貰っただよ。成長すんの見たら嬉しいもんじゃねぇかと思って子等と一緒に植えてんだべ」
「それは良いですね。ではマコト様のお花も一緒に植えましょう」
「ええ、そうね♪」
●炊き出しだったり闇だったり
「さ〜息子を男手一つで育て上げた家事万能父ちゃんの腕の見せ所だ!」
ヤル気満々の琥珀を筆頭に、雪乃、麗華、ブルーが顔を合わせる。
「わしは野菜を切るだよ。見よ必殺の空中切りー! だべ」
雪乃が徐に具材を宙へと投げてスッパスッパと短刀を閃かせる。
料理なのかどうかは甚だ怪しいが、子供等は瞳を輝かせ大いに喜んでいる。
「家で何べんも練習してきただよ♪ あ。短刀は今までいっぺんも使ったことねぇから衛生面でも安全だべ」
いや待てよ そこじゃないのよ 問題は(川柳)
「やっぱり料理は豪快なのが良いよね〜♪ うーん、これもこれもこれも全部鍋にぶち込め〜♪」
「何やら雑多な物が雑じっていた様な気も致すが‥‥まぁ、良いじゃろ」
手当たり次第どんどこ鍋に放り込むブルーを横目に瞳を瞬いた麗華だったが、然程気にした様子もない。
しろよ。して下さい、本当に。
「私はほれ、こうしてじゃな‥‥蝶じゃ。どうじゃ?」
「ほんまに蝶や! かわいい♪」
評判は上々。子供等の注文に応えて花や猫、犬などが麗華の手によって作り出される。勢い付いて仕舞いには寺院などの超大作を製作していたのは何というか‥‥職人魂? いえ、職人じゃないけど。
「って、だからそれを勝手に入れるな! あぁっ! 煮立つ前に入れちゃダメだぞ!」
一人大変なのは家事万能ってよりは既に鍋奉行となった琥珀だ。
無論、琥珀の必死の言葉もブルーには届かず、鍋は立派に闇になりつつあった。
「だー!!!」
叫び声と笑い声。倭音が草茅姫を優しく撫で付ける。
●餅は搗いても憑かれるな
「さあ、元気よくお餅を搗きましょ♪ 掛け声なら任せてね」
マコトさん二十二歳、ノルマン王国出身。掛け声には自信有り。って、掛け声だけかい。
「では挑戦いたします」
「おゥ、ガッツリ頼むぜェ」
きりりと襷をかけた紗雪が清冽な瞳をあげる。静かに呼吸を整え、杵を振り上げた――。
「きゃぁっ」
腰を浮かし安定しない姿勢のまま、よろりと態勢を崩す。人はこれを“及び腰”と呼ぶ。
「危ッ?! わー、何でこっち来ンだよォ」
「わ、分かりません。杵が何故か桃様の方へ‥‥」
紗雪の言葉をそのまま受け取れば、餅ではなく桃に襲い掛かったのは杵の意思。んな訳あるかい。
「何や姉ちゃんアカンなぁ。餅はこない搗くねん」
見かねた男衆がひょいっと杵を掴み、重みを失って再び態勢を崩した紗雪の肩を支えた冴が「お疲れ様です」と耳元で囁く。
冒険者達はそれぞれ顔を見合わせ微笑んでいた。
威勢のよい餅搗き歌に合いの手が入る。
よいこら よいこら
わっしょい わっしょい
よいとこらの ヨ イヤ サ
その歌声は小屋に寝たままの重傷者の耳にも届き、きっと勇気を与えたに違いない。
「じゃあ僕達はお餅を丸めようか?」
由月と子供等の手で丸められてゆく餅は温かく白く柔らかく。
「あも(餅)ほっこりやし、やらこいね♪」
「みぃちゃん、そないよーけ取ってすこいわ」
「ほれ、餅は沢山あるのじゃ。仲良うな」
大切なのは楽しむという心を忘れぬこと――麗華の唐紅の目見が緩む。
●笑う門には服着ろよ
「桃ちゃん、一口目どうぞ〜」
笑顔で差し出すブルーの闇な物体から逃げ惑う桃は置いておいて、仮初の宴安が始った。
雪乃を始め、女性陣は動けぬ者へと食事を運ぶ。小屋中に温かな匂いが広がった。
「困った時はお互いさんだべ、今度誰かが困ってたら助けてな♪ 」
想いはきっと繋がってゆくから。
「取り出だしたるは筆! つ〜ことで桃色の、来い」
琥珀に手招きされた桃はブルーを警戒しつつ近寄る。
「ッ?! ははッ‥‥くくくッ、くすぐッ‥‥な、なにしやがンだよッ」
頭と股間は素敵風味だが腹が寂しいじゃねえか。琥珀の優しさであろうか。俗に“大きなお世話”って言われるものだけど。
「隣りの屋敷に囲いが出来たって? 塀〜」
「寒ッ!!」
「何て事! 抱きつくぞこの野郎♪」
夏だってのに周囲の温度を下げまくる琥珀の駄洒落連発に、そっと息子の苦労を忍ぶお救い小屋の面々。
「折角ですので余興を致しましょうか。道具はこの石だけ、簡単ですので桃ちゃんと‥‥琥珀殿も如何でしょうか?」
冴の説明によれば、石は表が丸く、裏が平らになっている。裏表を賭けて負けた方が脱衣するというものだ。
「俺様に挑戦しようたァ、冴っちんもイイ根性してやがんぜ!」
「勝負を挑まれて逃げちゃ男じゃないよな♪」
燃える大和男に視線を送ってブルーがぼそりと呟く。
「桃ちゃん頭巾は取らないんだよね? 着てるもの一枚だけど勝負になるのかな?」
それにジャパンの服って一回負けたら致命的な気がするよ?
ええ、そんな事周囲は百も承知。知らぬは燃え上がる大和男ばかりなり。
少しの時を経て、ぶらぶらが三つ。
身をもって笑いを取った三人に拍手。
因みに笑いの元がぶらぶらだったかどうかは――股間‥‥じゃなかった沽券に関わるのでナイショ☆
日が落ちて星の瞬く頃――
冴は子供を抱いて星を指差す。
「すぼし、あみぼし、ともぼし、そひぼし、なかごぼし、あしたれぼし、最後が一番下にある、みぼし」
「あないよーけあるのに、みんな名前ついたはるん?」
大きく目を瞠った子供は不思議そうな声を上げる。
「ええ、皆にも一人一人名前がついているでしょう? 星もそうです。同じに見えても一つ一つ違います。沢山あるからと言って埋もれてしまったりはしません‥‥あなた方一人一人の生命が大切であるのと同じですね」
「そうか、お星さんもみぃんなべっこや。いっこいっこ大事やねんな」
「ええ」
「最後は私からの贈り物♪」
星々の間を縫って、マコトの手から雷が放たれる。
「あのね、『稲妻は豊年の兆し』という諺があるんですって。そして八卦では雷は東を示す。東‥‥夜明けの方角ね」
撃てる限りの雷光を。真っ直ぐ天へと伸びる稲光に紗雪の笛の音が重ねられた。
――どうかこの光が闇を払う手伝いの一つとなりますよう
祈りはただ天高く。