【黄泉人決戦】覇の韻律

■ショートシナリオ


担当:幸護

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:06月24日〜06月29日

リプレイ公開日:2005年07月05日

●オープニング

 夏安居――辯道の露は叢雲に遮られ、いと高きより滴り落つる。
 覇を纏ひしモノ、血肉の道を拓けり。
 古に神と呼ばれし卑汚の御遣ひは、隷属を従へ彼の地へ――。
 汚濁に朽ちなば土は緋に染まり、穿かれた眼窩は闇を映さん。

 ――黄泉還りの地に夏解は未だ遐く。



 大和を襲う覇の群れは屠っても尚、新たな隷下を従えその触手を京へと伸ばす勢いである。
 突如として顕現した口伝の祟り神。
 摂政・源徳家康と京都守護職・平織虎長――それぞれの立場や思惑はあれど、このまま手を拱いて見ていられぬのは同じ事。
 陰陽寮、冒険者ギルドは努めて中立を保っている。
 今、眼を向けるべきは蕭牆の患ではない。
 直ちに総攻撃をと息巻く急進派、今少し様子を窺い策を練るべきとの慎重派。
 決戦か防衛か、畿内は大きく揺れていた。

□■

「あんな、おじちゃん。大ちゃんが居なくなってしもたんよ」
「昨日の夜までは居ってん。な?」
「うん。うち寝る前にちょちょこばってんの見たんや。間違いないで」
「朝起きたら居ぃへんかったんや。大ちゃん、どこ行ってしもたんやろ」
「お救い小屋に来てからも誰とも口きかへんし、家帰りたなったんちゃうか」
「帰ったかて誰もいてへんのに‥‥」
「いてんのは死人ばっかりや」
「そんなん大ちゃんどないなってしまうん?」
「はよ助けに行かな」
「そやし、うちらよう行かれへんねん。おじちゃんら大ちゃん探してんか」



「何だって?! あの坊が?」
「へぇ、原田様の口添えもあってお救い小屋へ落ち着いた思た矢先どすわ」
 思わず声を張り上げた新撰組十番隊組長・原田左之助に茶を差し出そうとした手代は肩を竦める。
「確か、大吾だっけな‥‥」
 先日、黄泉人を討伐すべく大和へと向かった左之助と冒険者の前に現れた傷付いた男童の虚ろな瞳を思い出す。
 その少年――大吾がお救い小屋から姿を消したという。
「ちっ」
「原田様? どうしはったんどす?」
 左に並べて置いた大小を引っ掴み立ち上がった背に土器(かわらけ)声が問う。
「親仁、悪ぃが身のあいてるヤツすぐ集めてくれ。坊を探しに行く」
「へぇ、そやかて原田様‥‥新撰組のお役目もあるんやないどすか?」
 何しろ今は都の一大事や――。
 ぴくりと肩を揺らした益荒男は散切り頭を掻いて、珍しく逡巡の素振りを見せた。
「九良のヤツに睨まれるな‥‥」
「クラ?」
「俺んトコの伍長の一人だ。いっつもこーんな仏頂面でな、何が不満なのか女の前でも笑った事がねぇ。おまけに組長の俺に向かって「阿呆」と、こうきやがる」
 口をへの字に曲げて、その某とやらを真似たものか不機嫌な顔を作った左之助の後方から抑揚のない声が聞こえた。
「阿呆に阿呆と言って何が悪い」
「げっ、九良!」
 斜に構え腕を組む総髪の若者は大仰に溜息を吐いて丈の高い上役を凝眸した。
「まあまあ、クラ様。そない恐ろしい顔しはりませんと‥‥」
「私の名は片山・九良太(かたやま・くらた)だ」
「へぇ、すんまへん片山様」
「ほれ見ろ、親仁もびびってんじゃねぇか。そんなんだから女も寄りつかねぇんだっての。怒っちゃやーよ、くら様v」
 冷々とした眼光を受けて身を小さくした手代の横で左之助がからかえば九良太の眉根が僅かに寄る。
「組長の阿呆は今に始ったことじゃなし。阿呆に本気で付き合ってやる程私は暇じゃない。肝心の組長の為体のお陰で伍長の私が忙しくてな」
「まぁ、そう言うな」
 肩越しにちらりと投じた九良太の視線の先では、暢気な左之助の顔。
 決して気の長い方ではない。むしろ原田左之助という男はせっかちで気が短く、おまけに後先考えずに行動する直情型だ。一度臍を曲げれば制するのに苦労をする。
 得意とするのは剣よりも槍で、大きな体躯でこれを振り回されればたまったものではない。
 が、情に脆いのか、己の懐に入れた者にはかなり寛容でもいられるようだ――というのは九良太の分析である。
 兄貴肌とでもいえばよいだろうか。

「九良、俺ぁ野暮用で大和へ行く。酔狂で言ってんじゃねぇぞ、止めたって‥‥」
「止めはしない」
 虚を衝かれ瞠目した左之助の鼻っ面に紙が広げられた。
「源徳殿から我等にも決戦に向けて準備を整えろとのお達しがあった。出先で子供の一人や二人、逃げ遅れた者達を拾っても問題ないだろう」
「よっしゃ! んじゃすぐに寅と隊士を集めてくれ。俺ぁ局長と副長に報告に行く。‥‥あと、親仁、悪ぃが冒険者も頼む。坊を見つけ出したら護衛も居るだろうし、何より奴等の強さは半端じゃねぇ」
 まだ多くはないが少しづつ輪郭を見せ始めた敵に、今度こそ――。

●今回の参加者

 ea6419 マコト・ヴァンフェート(32歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea6844 二条院 無路渦(41歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea8626 風月 蘭稜(39歳・♀・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 ea9032 菊川 旭(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0059 和泉 琴音(33歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb0993 サラ・ヴォルケイトス(31歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb1529 御厨 雪乃(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2704 乃木坂 雷電(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

天螺月 律吏(ea0085)/ 緋邑 嵐天丸(ea0861)/ マケドニア・マクスウェル(ea1317)/ 香 辰沙(ea6967)/ 小都 葵(ea7055)/ 土川 遮那(eb1870

●リプレイ本文

●篤志
「名は大吾だな」
 再度の確認に耳殻をひらいた天螺月律吏の緋色の髪が迸る。
 瘴気を乗せた黒南風は諸共にと引き摺る如く手足を搦め、鬱々と澱んだ熱を伝う。搦め取らるるは咲く花か、散る花か。しとどの雨は臓物(はらわた)より滴る血の色――降らば大地にあわの声這えり。
 悲歌は波紋と死者の跫音を連れて王城の地を屠らんと散満す。干乾びた大地に累々の骸。それは折り重なる裂帛の成れの果てだ。
 そうはさせん、と短く言い置いて葛の黯然を断ち切り見据えた先で緋邑嵐天丸が褐色の頤を引いた。
「ああ」
 天を映した薄縹色の瞳に凄絶な光が宿った。
 兎に角、情報収集だ――京洛に掻き消える二つの背を見送って、菊川旭(ea9032)の剣呑な眼差しが握った右の拳に注がれる。
 大様に握られた空手の節が白く揺れるのを認め、御厨雪乃(eb1529)は彼の肩を叩いた。
「わしらはわしらの役目果たさねぇと、だべな」
 後悔――きっとそう呼べるものが胸中にあったのだと思う。父親が死人憑きになったと言った少年の、空虚な眸子は何も映していなかった。
 未だ眠れずにいる大吾の父。同じように人であった過去を捨て、生気を求めて彷徨う死人の群れ。
 覇の地に残してきた、あの日の悔いを――今度こそは。
 
「うちは空中から大吾様を探します」
 香辰沙のしなやかな髪が細い項を叩いて風波に揺れた。白帝にさんざめく玉穂を思わせる実りの色がさやさやと祈りに呼応して膨らむ。
 身を包んだ淡い黒光が立ち消えた刹那、具わった両翼を広げ一据の鷹が空を翔る。それは大きく二度旋回して夏空に混和した。
「ちーちゃん、お願いね。‥‥恨みだの何だの私には知った事じゃないのよ。今生きてる『命』の方が何百倍も大切だもの。絶対に見つけ出すわ、大吾クン」
 マコト・ヴァンフェート(ea6419)は友の姿を追って天を見据えた。過日に祈りを向けた天つ空は遠くどこまでも繋がっている。その先に、大吾は居る。
「それじゃ、アタシも行くよ。大吾君が帰るまでにお救い小屋に話つけておかなきゃね。だから安心して帰ってきてよ」
 手を翳し空を仰いでいた土川遮那は胸を叩いた。
「よろしく頼む。大吾坊は必ず連れ帰る」
 決意を口の端に乗せ風月蘭稜(ea8626)が瞳を拉ぐと遮那はニシシと笑って手を振る。
「私は皆さんと同行して大吾さんをお探ししようと思います」
 鈍色を闇の染料で溶いた小都葵の射干玉の髪を天より頂きし綺羅が縁取る。片山九良太は少女の華奢な肩に一瞥を投げて鋭利な視線を南へと走らせた。
 その後方ではマケドニア・マクスウェルが魔法指南と称し竜巻を起こそうとして森寅吉に取り押さえられていた。
「我はただ、隊列を崩され攻撃を受ければどうなるかを身をもって体験してもら‥‥」
「お心は有り難いなのですが往来では危険ですよぅマケさん。ぁれ? マケさんとお呼びすると何だか縁起が悪くっていけないなぁ。名は体を表すって言いますし‥‥あぁ、でもマケさんはマケさんというお名前では無いですよねぇ、良かったですねぇ♪」
「何の話だ、森」
 のほほんと惚けた顔を九良太の視線が射るが、のほほん男は相変わらずのほほんと笑んで「マケさんのお国ではきっと意味が違うなのですよねぇ。うっかりしてたなのです」――ちぐはぐな返答を返す。
「組長はまだか」
「原田先生なら軍議に顔を出してから追うと言っていたなのです。先生も大変なのです」
「軍議だと? 聞いていないが」
「片山さんに言ったら睨むからですよぅ。そう、その目ですよぅ。いけないなぁ、壬生狼は恐ろしいと京の人々に言われちゃうなのです。僕なんかは名は寅でも猫みたいなものですからねぇ、寅吉という名は亡くなった老刀自が名付けてくれたなのですが‥‥」
「お前の話などはいい。経路は確認済みか?」
 寅吉と会話が噛み合わぬ事は九良太には百も承知のようである。横道どころか、すっかり目的地を見失った道を突き進む昔語りを一蹴して地図を広げた。
「抜かりないですよぅ。前回同行した菊川さんもいますし心配ないのです。一本道だから迷わないはず‥‥えぇと、大吾くんの村はここです。でも、恐らく村に入る前に‥‥」
「黄泉人、か」
 眉を寄せた九良太が低く唸る。
「子供の足だ。急げば追いつくだろう」
 大吾がお救い小屋を出たのは昨夜、まだ間に合う――秀眉を崩さぬ乃木坂雷電(eb2704)の横顔に視線を流し、一度目を眇めた九良太が手を掲げた。
「急ぐぞ」
 
●道筋
「原田サン残して来ちゃって良かったのかしら?」
「阿呆を待っている時間はない」
 首を傾げたマコトの独り言ともつかぬ呟きに九良太が徒歩の速度を上げる。
「大丈夫なのです。先生はすぐ追いつくと言ったのです。だからきっとすぐに追いつきますよぅ」
 二人の間に雁首を突っ込んだ寅吉はへらりと笑った。
「寅吉は、猫より犬‥‥」
「な、犬って何ですか?!」
 八字の眉を作り情けない声を上げる寅吉をじっと見詰めた二条院無路渦(ea6844)は愛犬の真黒にお手をさせ、同じく寅吉に手を差し出した。寅吉は頭に沢山の疑問符を並べながらも、無言で出された無路渦の手に己の手を乗せる。
「犬吉」
「ひどいですよぅ、僕の名前は寅吉ですぅ」
 そんな二人の遣り取りにサラ・ヴォルケイトス(eb0993)は「緊張感がないよねー」と笑う。
「少し呑気過ぎるきらいはあるけれど‥‥張り詰め過ぎては三味も琴も絃が切れてしまいます」
「あ、それ分かるよ! 案ずるより産むが易し、だっけ? あたし産んだ事ないけどね」
 ジャパン語って面白いよね――ぴょこぴょこと飛び跳ねるように進んでいたサラは微笑む和泉琴音(eb0059)に向け屈託なく笑み返した。
「んじゃ、産んでみるか?」
「ひゃあぁぁ」
 突然背後から肩を抱かれ、耳元で囁かれたサラが腕を振り上げる。バシッ――小気味良い音が辺りに響いた。
「ッてぇ‥‥元気なネエちゃんだな」
「あー! 原田先生!」
「よぉ、待たせたな」
 一斉に注がれた視線の先には左頬を押さえた原田左之助の姿があった。
「先生、軍議はどうだったなのです?」
 まるで尻尾を振り足元にじゃれつく子犬の如く寅吉が駆け寄る。
「あぁ、何か偉ぇサンがいっぱい居たな。小難しい話なんざちっとも分かんなかったけどよ」
「‥‥あんたが顔を出した意味はあるのか」
「ん? そう言われりゃねぇよな」
「阿呆が」
 苛々しげに吐き捨てた九良太の横で、左之助は巨躯を揺らして笑い、寅吉は「先生に阿呆とは失礼ですよぅ」ときゃんきゃん吠える。
 他の隊士の様子からして、これが十番隊の日常らしかった。
「なぁ、九良さ。ちぃと聞きたいんだけんども、左之さって信用できる阿呆と信用できひん阿呆、どっち?」
 ひそと雪乃に問われ、その横顔を視認した男は再び眼前に視線を滑らせた。
「常識の範疇を超えた信じ難い阿呆である事には違いないが」
「ないが?」
「少なくとも私は信頼に値しない者の配下に下る気はない」
 んー、と口元に指をあてがい思考した雪乃はくりんと丸い瞳を九良太に向ける。
「そりゃ、あれじゃねぇべか? 信用できる、できひんの前に九良さが左之さを信用“したい”‥‥違うけ?」
「‥‥私はそんな物好きではない」
 そうだべか? 十分物好きだと思うけんど――雪乃は肩を竦めてくすりと笑う。

「原田サンも到着して揃った所でご相談なんだケド‥‥冒険者には並外れた視力の人や探索魔術の使用者もいるコトだし、十番隊の前に冒険者という隊列ではどうかしら?」
 マコトの意見を受けて新撰組十番隊組長は首を巡らせ、ふと眉を詰めた。僅か逡巡した後、よく通る声で告げる。
「九良、お前ぇは隊士と後方を固めろ。寅、お前ぇは俺と前だ、いいな?」
 組長の指示を得て隊士は速やかに陣形を整えた。迅速な行動はまさに兵士の尊ぶところ。
「犬吉くんが前なの?」
「犬吉、大丈夫?」
 サラと無路渦の胡乱な眼差しを受けて「僕は寅吉ですぅ!」叫ぶ若者の肩を旭が叩く。ぽむり――物悲しい音がした。
「犬吉さん、宜しくお願い致します」
 邪気のない琴音の微笑みが更に追い撃ちをかける。本名より先に『犬吉』で定着してしまったようだ。後方に下がった雪乃が九良太に問う。
「あの采配も“常識の範疇を超えた信じ難い阿呆”の為せる業だべか?」
「否、ああ見えて森の腕は私より上だ」
「そりゃちぃと楽しみだべな」
 呑気な一行は、幾分呑気過ぎる会話を繰り広げながらも確実に歩を進めていた。

●幕開
「旭、お前ぇ坊の居場所どう思う?」
「父親の遺体の側で幾日か過ごしたと言っていた‥‥そこに居るのではないかと思う」
 やはり村、か。
「黄泉人は京都へ進軍してきている。先日襲われた村に到着するより前に出くわすのは必至だ」
「急がないと危ない、ね」
 雷電、無路渦は短く紡ぎ低天を射る。
 京で律吏と嵐天丸が聞き込んだ情報によれば、大吾は相当弱っているらしい。覚束無い足取りで何度もまろびながら南へ向かう姿が目撃されていた。
「で? 何のつもりだ、こりゃあ?」
 左之助の肩によじ登ったサラがきょろきょろと首を振っている。その腰を片手で支えてやる左之助の黄褐色の目は据わっていた。
「んー? ちゃんと仕事だよ? 高いところから索敵してるんだもん。ぁ、ちょっと! 変なトコ触らないでよねっ」
「手ぇ離したら落ちンだろーが! いっそ振り落とされてぇか? 触られるか落とされるか、どっちか選びやがれ」
「触られずに、落ちないの希望」
「‥‥よーし、分かった。思う存分触ってやらぁ」
「くっくくくっ、くすぐるなんて卑怯だー! あはははっ」
 緊張感がないのは相変わらずで――が。それは望むまいと唐突にやって来るものである。
 幕開けを告げたのは雷電の声。
「近いぞっ」
「坊か?」
「いや、ご一行様だ」
 雷電が腐臭の漂う先を睨み据えた。流れる動作で鯉口を切る。サラは肩馬から軽やかに飛び降り、片膝を付いた姿勢のまま矢を引き抜いて番える。
「先手必勝ー!」
「戦場じゃ顔出した意味がねぇなんて言わせやしねぇ!」
 ぶん、と風を切った左之助の長槍から鞘が飛ぶ。しなった巨躯が脈動し荒地を駆るが、怒気の奔流を止めたのは見えぬ刃だった。
 身に受けた雷電が肩口を押さえ鮮血を吐く。
 淡い蒼翠の光に包まれた樹皮のような身で木乃伊はくつくつと嗤う。
「虫ケラ発見ッッ!」
「わらわらと虫のように湧いてるのは貴様等であろう」
 傲然と言い放った蘭稜の闘気を込めた両腕が干乾びた皮膚を穿つ。皮布を引き裂く音が周囲の喧騒に掻き消えた。横合いからは旭の水晶剣が腐蝕の胸元を貫く。
「クッ、小癪ナァッ!」
 払った諸手に弾き飛ばされ、地の志士は地に足を付いた。再び身を起こし猛然と立ち向かう。
 動きを止めた黄泉の御遣いに雪乃は身体ごと剣を当てる。刀身が肋骨に辺りに刺さるが、柄を握られ身動きがとれない。
「魔法は使わせねぇべさ」
「御厨さんっ、下がってください!」
 闘気を纏った得物の切っ先をひらめかせた寅吉が雪乃の衿を掴み後方へ退かせると研がれた爪の具わった横裂きの腕を撥ね上げた。
 木乃伊の右腕は飛沫を撒き散らす事なく撥ね飛んで、ごとりと大地を転がる。
「詰み、だな」
 射抜く視線を投じ、噛み締めるように旭が発する。
 禍気を薄めた妄執は、追い詰められて尚、残虐な嗤笑を湛えていた。
 再生すらかなわぬ速度での斬撃が何度も繰られる。とひらいた闇穴――昏き眼窩は天へと向けられ、そのまま動かなくなった。 
 漂う死臭の中で嗤笑だけがいつまでも耳についていた。

「御天の術を使うのは久し振り‥‥壊すの楽しい、ね」
 無垢な笑みを浮かべた無路渦の破壊は湧き上がっては途切れる跫音を繰り返す。
 喰い込む鉄肌の響き、くず折れる空虚な器は数多、地に転がる。点々と残骸を散りばめながら冒険者、そして新撰組が死の歩を阻む。
「死人憑きも元は哀れな方々‥‥けれど今は、お退きなさい!」
 刀身に光を宿し、琴音が腕を薙ぐ。
「感じるわ。近くに大吾クンが居る。あなたたちのお相手をしている時間はないのよ」
 マコトの掌から伸びた灼熱の雷撃はひたむきな想いを乗せて一文字に空を切り裂き、禍の影を昇華する。
 
●弔慰
「大吾クン、聞こえる?」
 草叢で昏々と倒る少年に声を掛け、マコトはその小さな身体を抱いた。
「もう大丈夫です」
 垂乳根の柔の声音を降り注ぎ、琴音は海よりも深い眼差しで見詰める。回復薬を飲ませてやると程なくして大吾の体力は戻った。
 弱っていた事が幸いして黄泉人や死人憑きに発見されなかったようである。
「大さ、なんぞ行ってみにゃならん事があるんだべかな?」
「村へ戻るつもりだったのでしょう? 私達にお手伝い出来ないでしょうか?」
 終始俯いたままの少年に雪乃と琴音が呼びかける。暫くの沈黙、その後、途切れ途切れに大吾が口を開いた。
「父ちゃん、天に昇らはった?」
「ああ」
 旭は瞑目して呟くように答えた。解放された魂は天へと還っただろう。
「お墓、こさえよう思て。父ちゃんだけのやない。みんなみんな死んでしもたから‥‥」
 村のみんなのお墓やから、いっぱいこさえなあかんねん――。
「ならば共に参ろう」
 蘭稜の声に大吾はこくりと頷いた。
「九良」
 振り返った益荒男の緋色の髪が夕暮れに重なったのを睥睨して、名を呼ばれた男は不機嫌そうな顔のまま息を吐き出した。
「村の被害状況の確認と調査、だな」
 本人は認めないものの、やはり立派に物好きの部類に入る――と雪乃は思う。

 黒く盛られた土の山を前に無路渦の読経の声が響く。
 来光を受けて手を合わせる少年の傍らに立った旭が先を見据えたまま、細い肩を包んだ。
「父上が大好きだったのだな、楽しい思い出があるか? ‥‥では生きることは嫌いではないよな」
「‥‥大吾クン、お友達が心配してたわ。きっと村には戻れるように約束するから今は京へ戻りましょ‥‥」
 振り返り旭とマコトを見上げた少年は、しとどの涙を拭い頷いた。
 葬送の地に並ぶ土塊は、ただ静かに少年の行く末を見届けるのであろう。

●帰るまでが戦闘だ(?)
「あたしこの件終わったら、江戸に戻るんだ。一期一会ってこっちのことわざあるんだったよね。でも一回だけなんて寂しいじゃない。また酒でも酌み交わそうね!」
「なんだ? 行っちまうのか。覚えといてやっから、いつでも屯所に来いよ。そん時ぁしこたま奢ってやっからよ♪」
 サラの頭をぐりぐりと掻いて左之助が胸を叩く。
「あら、原田サンの奢りで宴会ですって♪」
「左之助、ありがと」
「太っ腹だな」
「美味いもんも食えるだべか?」
「先生が行く所にはこの寅吉どこへでもお供するなのです」
 口々に。
「おい、誰が手前ぇら全員に奢るって言ったよ!」
 やはり緊張感は向こうからやって来ないと無いらしい。