十番隊日誌−夏には夏物語−

■ショートシナリオ


担当:幸護

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月02日〜08月07日

リプレイ公開日:2005年08月15日

●オープニング

 東からの夏照りは容赦なく京の町を睨んでいる。
 通りに面したお店(たな)の前では姉さん被りで水を打つ奉公人の姿。その脇を疎らに往来する人々の額にはじっとりと汗が滲んでいた。
 町が賑わいを見せるには幾許か時が早いが、足早に通り過ぎてゆく足音に陽気な声が雑じりだせば都の長い一日が動き出す。
 ギルドに現れた若い男は首の後ろに手拭いを宛てがって、まるで溜まった熱気を追い出す如く蟻通の刺に似た息を吐き出した。
「毎日暑いですよねぇ」 
 へらりと笑む。
 中肉中背、年の頃は十八、九だろうか。腰に差した大小だけが彼が武家である事を知らしめている。
 人の好さそうな、親しみのある風貌である。
 毒にも薬にもならぬ――と言ってしまえば身も蓋も無いが、何れ印象の深い人物ではない。平々凡々とは彼の為にある言葉じゃないかとすら思ってしまう程だ。
「申し遅れましたなのです。新撰組十番隊・伍長並の森寅吉と言いますなのです」
 僅かに眉を上げたギルドの手代は、名乗った平々凡々の顔を注視して暫し呼吸をするのを忘れる。
「し、新撰組のお方どすか」
 思い出したように息を吐き、それと同時に言葉が飛び出した。
「はい。ご覧の通り、新撰組のお方なのです」
 平々凡々は、相変わらず表情も口調ものほほん。
「それはそれは」
 そうは見えぬから驚いたのだが、手代は言葉を胸に留め感情を消した笑みだけを返す。
「暑いと言えば、僕の郷も暑くて難儀したなのです。冬は伊吹おろしがこれまた厳しくて、だま雪が容赦なく顔に吹き込んでくるです。あまり強いと息も出来ないくらいで、老刀自なんかは節が痛むと常々‥‥」
「あのぅ、すんまへん‥‥新撰組の伍長はんがどないなご用向きどっしゃろ?」
 このままでは何時まで経っても本題に入れそうもない。手代は長くなりそうな寅吉の話を遮った。
「あれ? いつの間に僕の郷の話になったですかねぇ‥‥」
 おかしいなぁ――眉を八字にした寅吉は口中で呟いて首を捻る。その仕草すら緩慢で、見ているこちらまで調子が狂いそうである。
(「ほんまに壬生狼なんかいな」)
 伍長と言えば、組長補佐という事であろう。とてもそうは見えない、と手代は呆れた眼差しを投げた。



「夏は夜と言いますなのです。夏の夜は良いものですよねぇ」
 夏の夜空は星々も賑やかで美しい。なるほど、冴ゆる月も夜虫の調べも情致深沈である。
「ただ、どうにも夏は暑いなのです。これには辟易してしまいます」
 本人曰く十番隊伍長並は肩を竦め愛嬌のある笑顔を作る。
「いえ、僕は夏が好きですよぅ。もう少し涼しくて作物なんかも沢山とれれば言う事なしなのです」
 それは最早『夏』ではなく『秋』と言うのではないだろうか。
 どうにもこの男の話は回り道が多い。
「‥‥はぁ、そうどすなぁ」
 先を促すべきかどうか悩んだ手代はとりあえず相槌を打つ。
「ですから、気分だけでも涼しく、と思うのが人情というものなのです」
「つまり何でっしゃろ?」
「胆試し、ですよぅ」
 胆試し――そのたった五文字の為にこれだけの時間を浪費したのかと思うと遣る瀬無い。
「お世話になっている原田先生への味な贈り物、という訳なのです」
 夏初からこちら、新撰組も黄泉人騒動などで激務を極めていた。仮初めではあるが一先ずの手締めが付き、近々、十番隊揃っての慰労の酒宴が開かれるのだと言う。
 どうやらその宴で日頃世話になっている組長に“涼しい体験”をして貰おうというのが趣旨らしい。
 胆試しと言ってはいるが要は“ひやり”として貰えば良いようで“どっきり”と果てしなく同義に思われる。
 好意なのであろうが、迷惑な話ではないか――と言うのは手代の胸の内。
「僕や片山さん‥‥あ、片山さんというのは僕と同じく伍長なのですが、隊士がこそこそと準備をしては原田先生に怪しまれてしまいます」
 巡察やその他諸々の隊務に忙しく酒宴の準備に手が回らないのも事実。
「冒険者の皆さんには黄泉人討伐でもお世話になりましたし、馴染みもありますからねぇ。酒宴の準備を手伝って頂いて、宴に参加して頂くのも原田先生の許可を取ってありますなのです」
「へぇ、しかし驚かせてしもて原田はん怒らしまへんやろか?」
「大丈夫ですよぅ。後で僕からきちんと説明しますし、片山さんもいますから」
 平々凡々はやはり、のほほんと笑んでいた。

●今回の参加者

 ea3880 藤城 伊織(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5027 天鳥 都(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6419 マコト・ヴァンフェート(32歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea6963 逢須 瑠璃(36歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8968 堀田 小鉄(26歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9032 菊川 旭(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0993 サラ・ヴォルケイトス(31歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb1529 御厨 雪乃(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

御影 涼(ea0352

●リプレイ本文

●朝
「寅さ、寅さっ」
 御厨雪乃(eb1529)に手招きされた森寅吉は周囲に視線を配してから袖塀の陰に向かった。
「皆さん、どうしたです? くれぐれも原田先生には気付かれないように慎重にお願いしますですよぅ」
「わかってるべさ。驚かすんだけ気ぃ付かれんかったらいいんだべ? んなら堂々としてた方が却って安心だと思うだよ」
「御厨サンの仰る通りね。‥‥犬吉サン‥‥一つご忠告良いかしら?」
「ご忠告ですか? 構いませんなのです。でも、その前に僕は寅吉ですよぅ。僕の名前はですね、老刀自が大陸の故事に準えて‥‥」
「犬吉サン、ストーップ! お名前の話はまた今度」
 長くなりそうな寅吉の話を遮ってマコト・ヴァンフェート(ea6419)が一つ息を吐き出して続けようとしたその時――
「森、お前何のつもりだ?」
「うひゃあ! かっ片山さん! 驚かさないでくださいよぅ」
 背後からの低い声に一同が振り返ると睥睨する片山九良太の姿があった。飛び上がった寅吉は胸を押さえて口を突き出す。
「あー、びっくりしたなのです。何のつもりって‥‥原田先生に気付かれないように、僕はこうしてですね‥‥」
「いや、森さん。あんたの心意気は分かるけどねぇ、その手拭いは逆に目立つと思うけど、どうよ?」
 つか、胡散臭いだろ、普通に。
 藤城伊織(ea3880)は片目を眇めた。
 頭からすっぽり覆った手拭いで顔を隠していた寅吉は一人瞳を瞬いた。
「へ? これなら怪しまれないと思ったなのですが‥‥駄目ですかねぇ?」
「ダメ、です」
 にっこり微笑んだマコトに手拭いを取られ、寅吉は眉を八字に下げる。
「寅吉さんは隠し事が苦手なようですね。悪い事ではないと思いますよ」
「はぁ、どうもこういうのは‥‥忝いなのです」
 天鳥都(ea5027)がくすりと笑み、寅吉は照れたように頭を掻いたが、九良太の鋭利な視線を感じて再び情けない表情に戻る。
 
 雪乃は寅吉から隊士達の料理の好みを聞くと大きな瞳をくりんと回した。
「成る程、分かっただべ♪ ちまちましたもんより食い応えのあるもんがいいだべな」
「京の料理は見た目が美しいのは素晴らしいなのですが、どうにも食べた気がしないのが寂しいなのです。特に原田先生は健啖家でいらっしゃいますし。東国出身の隊士も多いので味もしっかりしている方が喜ぶ人が多いなのです」
 雪乃は既に献立の思案に入った模様である。
「お酒も沢山用意した方が良いですね」
「酒なら任せとくんな♪ 料理が出来るワケじゃねぇし、荷物運びにでもお供させて貰うとするかね」
「頼もしいですね」
 伊織が口端を引き上げた横で都は目見を緩める。
「あ、そうだべ。左之さの事なんじゃけんど九良さに確認しておくべさ」
 口元に指を宛がった雪乃がそっと目を細めた。
「なんだ?」

一、突っ込める
二、軽く心に傷をこさえる
三、それなりに心に傷をこさえる
四、それなりに深く抉るように心に傷をこさえる
五、暫く再起不能になる

「何処までじゃったらえぇ? 四は縁起が悪いしお奨めは五番じゃろか」
「六番」
「先生は切腹しても死なない人ですからねぇ」
 うむうむ、と頷く寅吉。
「冗談だ」
「あら、冗談を言うなんて片山サンも中々お茶目サンなのね♪」
 楽しい事は大好きよ♪ マコトが悪戯っぽい表情を浮かべる。
「さらりと五番超えが容認されただべな」
「大丈夫なのです。原田先生は強いなのですっ」
 寅吉の絶大なる信頼を得ているらしい、その名も『死損ね左之』の命運や如何に。
「そうね、並大抵の事じゃ原田サンは驚かないでしょ‥‥という事で片山サンにご相談」
 片目を瞑ってみせたマコトが九良太の手を引いた。折り入っての相談はこっそり、ひっそり。

●朝と昼の間
 伍長二名との打ち合わせを終えた雪乃、都、伊織、マコトの四名は買出しに向かう。
 食材(特に野菜)の目利きには自信のあるマコトが最も得意とする分野は毒草だったりするが、それはさて置き。
 次々と追加される酒に目を丸めた都が、今まさに新たな酒を手にした伊織を窘める。上目遣いに睨まれても愛らしさの方が勝っているのだから効果は期待できず。
「もう、藤城さんたら」
「夏の涼と言えば冷えた酒をキューッっといくのが一番だぜ。まさか天下の新撰組がケチくせぇ事言やしねぇって」
 そう、それもこれも想定範囲内――って何処からの声だ。
 そんな訳で調達された食材(主に酒)を抱えて仲間の待つ場所へ。

●昼
「やるからには完璧を目指せ。頑張れよ」
 御影涼にぽむぽむと頭を叩かれた堀田小鉄(ea8968)はこれでもかって程に固く拳を握った。目には滾る血潮の炎が揺れる。
「御影のあにさん、有難うです。立派に成し遂げてみせますよー。やりますよー、僕! 身も心もお化けになるですよー」
 涼から借りたお化け装束一式を胸に抱えて闘志を燃やす。小鉄の決意は鴨川の流れよりも清く、そして真っ直ぐだった。
 夏の恥はかき捨て――って聞いたような聞かないような。そんな紅染月の昼下がり。暑苦しさなら都一かもしれない、本来は幾分か涼しい筈の鴨川河川敷。
「その前に一仕事です。獲物を調達してきますー」
「小鉄さ、宜しく頼むだよ」
 狩猟の腕には自信のある小鉄は、雪乃に見送られて元気よく駆け出した。陽光を受けた背が小さくなってゆく。
 狙うは本日の目玉素材。あまり遠くまで足を伸ばせないとなると鳥だろうか。日本の夏、禽鳥の夏←言いたかっただけ。
「俺は今のうちに石を組み、火を熾しておくか。藤城さんも手伝って頂けると有り難い」
「あぁ、勿論。幾つか穴を掘りたいんだが、こっちも頼めるか?」
 少ない男手である菊川旭(ea9032)と伊織は力仕事に精を出す。まずは大きな石を組み火を熾した。陽が落ちれば篝も必要だろう。その準備も今のうちにしておかなければ。
 足の膝の辺りまで掘られた穴には酒が並べられた。
「天鳥さん、ちょっといいか?」
「はい、何でしょう?」
 額に浮かんだ玉のような汗を拭った伊織は、足元に集められた木っ端を指差してにっこり。
「分かりました。凍らせれば宜しいのですね? 今日のような暑さではあまり長時間は持ちませんけれど‥‥」
「なるほど、酒を冷やすのだな」
 一仕事終えて、木陰に腰を下ろし煙管を燻らせる伊織の横に、同じく腰を据えた旭は軽く伸びをしてから手拭いで顔を拭く。思っていたよりも重労働だった。
 冷えた酒は疲れた身体に沁み込んで、殊更美味いに違いない。

「ごめんねー。あたし料理は得意じゃないっていうか‥‥出来ないんだよね」
 サラ・ヴォルケイトス(eb0993)がちらりと舌を覗かせ苦笑した。
「ジャパン料理ってよく分からないし‥‥あ、でも手伝える事は手伝うからね! 味見とか!」
 それは手伝いなのだろうか‥‥とりあえず気合いだけは十分のようである。
「大丈夫よ、私も料理は出来ないわ」
「私は配膳を頑張りマス。お料理は舌だけでなく目でも楽しむものでしょう? 葛や桔梗、季節の花を器に添えたり、氷漬の花の箸置き等涼しげで風流かも」
 艶やかに笑んだ逢須瑠璃(ea6963)と小首を傾げるマコト、両者も料理は‥‥食べ専のようだ。
 それでも綺麗な花が添えられ、感性豊かに盛り付けられれば、化粧う女子のように料理だって更に一化けも二化けもするもの。
「最後の花の用意はこれからね」
 瑠璃は持参した浴衣を広げた。
「小鉄にも着付け頼まれてたんだよね。一緒にやっちゃお♪」
 てな訳で、最後の一化け、二化け、お化けも完了☆ 
 橙に染まり始める空は悠然と彼方まで続く。隊士到着まであと僅か。

●夕
「堅ッ苦しい事ぁ抜きだ。今日は日頃の事は忘れてぱーッと騒いで楽しんでくれ」
 左之助の短い挨拶の後、すぐに賑やかな声があちこちから響いた。
「原田さん、片山さん、寅吉さん、本日はお招き頂きまして有難うございます」
「いや、こっちこそ世話ンなったな。遠慮しねぇで飲んでってくれよ?」
 白地の桔梗の染められた涼やかな浴衣に身を包んだ都に注がれた酒を左之助は上機嫌で呷る。
「原田さーん、ごちそうになりにきたよー♪ 江戸からまた舞い戻ってきちゃった♪」
 サラが突撃とばかりに飛びつくと左之助は一瞬目を丸める。
「あれ? サラじゃねぇか。お前ぇ江戸に‥‥へぇ、そっか戻ってきたのか。約束は忘れてねぇぜ。じゃんじゃん食え」
「もっちろーん♪ あ、ねぇ、また原田さんの肩に乗せてね。見晴らし良くて気持ちいいんだ」
「‥‥凝りねぇヤツだな」
 黄褐色に煌く目で見据えられてもサラは相変わらずの笑顔のままだった。
 ――冗談じゃねぇ。
 呟いた左之助の首に絡みついたサラはニシシと笑う。泣く子も黙る十番隊組長、死損ねの左之の威厳とやらは無いらしい。
「はい、片山サンもどうぞ♪」
 マコトの水浅葱色の浴衣は瞳の色ともよく合っていて、九良太は目を細めた。
「逢須サンが用意してくれたのよ。着慣れないからちょっと心配なんだケド‥‥どうかしら?」
「‥‥悪くない」
「あら、それは褒め言葉なのかしら?」
 くすくすと笑うマコトの横、「ひゃあ、驚いた! それは片山さん流の最大限の褒め言葉ですよぅ」口を挟んだ寅吉は九良太に一睨みされて首を窄める。
 女性陣の浴衣姿に隊士達は顔の筋肉が緩みっ放しである。料理も好評だった。
 雪乃は以前世話になった礼を、と一人一人の隊士を回って言葉を掛けている。
「あ! 黄泉人に突っ込んでった御侠じゃないか。ねえちゃん威勢がいいねえ」
「そりゃ忘れて欲しいだべ」
 其処彼処で笑い声が上がり、宴は夜が深まるのと共に酣となる。そうなれば動き出すのは冒険者達だ。

●暮
「皆サンに楽しんで頂くために余興を考えてきマシタ♪ 原田サン、お手伝いしてね」
 にっこり。乙女の笑顔に逆らえる筈も無く、マコトに指名された左之助は、用意されていた衝立の前に座らせられる。
 魔法を用いたのか、氷で包まれた衝立から届く冷気が背に感じられた。
「こんなトコで一体何を‥‥」
「柄投げならぬ、雷撃当てv さぁ逝ってみよー!」
「ちょっ、待っ」
「雷撃は急に止まれません」
 そんな格言あったっけ? マコトの掌から一直線に伸びる稲妻が墨染めの帳に鮮やかな線を描いた。
「新撰組の組長サンがまさか怖いなんて言わないわよね?」
「ぐっ」
 手元が狂ってもご愛嬌――って、んな訳あるかい! 可能な限り撃ち放たれる雷撃が終了した頃には左之助の顔色も涼しげだった。
「次はあたしだよ! 原田さんの頭に乗せた果物にナイフで当てるよー!」
 サラは大きく息を吸って目前の左之助目掛けてナイフを投げた。
「って! お前ぇ、おもっきし外してんだろーが!」
「あれ? おかしいなぁ‥‥まぁ、初めてだから許してよ。次は大丈夫!」
 飛び退いて避けた左之助が叫ぶとサラは舌を出して、次の一投を放つ。
「だから全然外してんだろっつーの!」
 真っ直ぐ眉間に飛翔するナイフをかわして二度目の怒号が響き渡った。
「もう少し練習すれば大丈夫だと思うよー」
 いや、その前に命がいくつあっても足りないから。
 危険が危ない余興を終えて、左之助の体温は上がったんだか、下がったんだか‥‥。
 
「?」
 奇跡の生還を果たし、席に戻った左之助は杯を口の端に寄せたまま後ろを振り返る。背後にあるのは柳の木のみだった。
「どうした?」
「いや、何か濡れたもんが首を‥‥」
「あぁ、そういやぁ此処は川だよな‥‥川なんかは亡くなる人もいるだろうし。ほら、季節も季節だろ?」
 意味ありげに笑む伊織の言葉に左之助は身を強張らせた。
「けっ、上等じゃねぇか‥‥うっ」
 精一杯の虚勢を張ってみたものの、ひたりひたりと首筋に触れる感触に怖気が走る。恐る恐る振り返っても、そこにあるのは矢張り柳の木。
「う〜ら〜め〜し〜や〜」
「ぎゃー!」
 突如聞こえた声に思わず叫ぶと、柳の陰から覗いた顔がにこり。
「原田くみちょー、涼しくなりましたですかー?」
 白装束に三角頭巾、それっぽく化粧までした小鉄がぱちぱちと瞳をしばたたいた。
「○△×■○▼◎☆×!」
 涼しくなったかどうか、とりあえず喜び(?)の余り言葉にはならない様子。
 その後の小鉄は大型犬に絡まれるが如く、目一杯左之助に可愛がられる羽目になったが、初めて飲んだ酒に酔いこちらも負けじと応戦した。
 笑い上戸の上に絡み酒らしい。

「左之さ、ちょっといいべか? 世話んなった御礼に贈り物さ持ってきただよ」
 頬を染めた雪乃が視線を斜めに落として下を向いた。
「あん? 改まってなんだよ?」
 小鉄の首根っこを抱えて、ついでにサラに巻き付かれた左之助が顎を上げる。
「‥‥身につけるもんなんだけど貰ってくれるべ?」
「あ‥‥あぁ。そりゃ‥‥別に‥‥」
 何度か躊躇いつつ。最後には角度もばっちりの上目遣いの雪乃に、緋色の髪を掻いた男も思わず口篭る。
「ほんとけ? んじゃ、これ受け取って欲しいべさ♪」
 満面の笑顔で渡された布を開いてみれば中から出てきたのは清々しいまでに純白な漢の褌。
「‥‥」
「そげん、目ん前で開けられたら恥ずかしいべさ〜」
 照れる雪乃を前に、複雑な心境の左之助は無言のまま、とりあえず小鉄の頭を小突く。小鉄、完全なるとばっちり。
「ちょっと待ったーなのです! 御厨さん、僕は負けませんよぅ。原田先生! 僕は原田先生をお慕いしてますなのですっ」
「は?!」
 今日はもう、何が何だか。寅吉の突然の告白に流石の左之助も凍りついた。
「さあ、先生! 僕か菊川さんか、御厨さんか、選んでくださいですっ」
「待ってくれ。そこに何故俺が入ってる」
「菊川さんは黙っててくださいなのです」
 いや、だから話が違うだろう。そもそも何か本気っぽいのが嫌だ。つーか、酔ってるだろ、酔ってるよな絶対。当初の目的忘れてるし。
 ぐるぐるまわる旭の思考。だかしかし、寅吉は止まらない。ついでに、ここには酔っ払いがいっぱい。
「はーい! 僕もなのでーす! 原田くみちょー!」
「あたし! あたしも! 分かんないけど立候補♪」
 左之助の肩や背中に張り付くお子ちゃまズ(精神)は訳も分からず参戦。
「だーーー! 何なんだっ」
「原田さん、逃がしませんよ」
 都さん渾身の氷封発動。ぴきききき。って凍っちゃったよ。いいの? いいよね、だって涼しいもん。
 可愛い部下達からの素敵な贈り物がお気に召したかどうかを確認できるのは一時程先になるだろう。

●後の宴
「そんじゃ、そろそろ俺もゆっくり‥‥って、何で俺の酒だけ凍るんだ?」
 顔には出さず酔うらしい都、次々と酒を凍らせるが、被害者は伊織一名。――彼女が本当に酔ってるか否かはお星様のみぞ知る。

「残念。片山サンの笑顔見れなかったわ」
「そんなもの見て楽しいか?」
「楽しいデス」
「‥‥そうか」
 本人無自覚の微笑みを目撃したのはマコト、そして天に御座す月読だけだった。