十番隊日誌−佐久矢己乃波奈−
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■ショートシナリオ
担当:幸護
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:02月06日〜02月11日
リプレイ公開日:2006年02月16日
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●オープニング
うち靡く春さり来らし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば――
日の本に佐久矢己乃波奈(サクヤコノハナ)甘縒りの時はうつろふ。
「松本さん郷里にお帰りになるそうですねぇ」
湯気の立ち上る茶碗を盆に乗せた新撰組十番隊伍長並・森寅吉が、珍しく文机に向かう上役の背に声を掛けると厳い背は左に傾いて揺れ、長い息が漏れた。
「腕をやられちまってはな‥‥もう剣は振れねぇ」
豪放磊落などと評されるこの人物――十番隊組長・原田左之助が消沈の気を滲ませるのは実に珍しい。
それと言うのも夏過ぎから人斬りが横行する京に於て左之助率いる十番隊の隊士も立て続けに被害に遭っているからである。
「三男坊が郷に帰ったって厄介者でしかねぇだろうが」
部下の身の振りを思えば、溜息も吐きたくなるというもの。
「またしても賊は黒装束だったそうですねぇ」
「闇烏、か」
「やみがらす?」
「ああ、隊の奴等がそう呼んでるみてぇだな」
白昼堂々人斬りをしようなどと思う輩はまず居ない。夜に融け込み事を為す――言わば隠蔽的擬態法が其れ黒装束なのであろう。そこに一切の疑問や不審は見出せない。
――のではあるが。
「闇烏‥‥成る程なのです。然し、烏っていうのは賢いですよねぇ。いえね、老刀自の足腰が痛む前なのですがね、僕と老刀自が山へ、あ、山っていうのはですね稲葉山の‥‥」
例の如くひとたび湧き出せばとどまる事知らぬ川の流れのような寅吉の昔語り(その内容は要約すれば「カラスすげぇ」のようだ)は聞いちゃいなかったが、左之助はチッと舌を打ち、くしゃり丸めた紙を放り投げた。
「誰も彼も一人歩きのトコを狙われてやがる」
肩に掛けた羽織を耳朶まで引き上げた益荒男、渋面のまま向き直り火鉢を引き寄せてそれを抱え込んだ。季節は春に移ろいでも肌を食む冷気は未だ厳しい。
「新撰組を斬ったとなれば名をあげられる、とは言っても複数を相手にするには分が悪いといった所でしょうか‥‥烏は一羽ですかねぇ?」
「知るか。その辺のこたぁ監察方に‥‥」
「それより原田先生ぇ、お茶が冷めてしまうなのです。干菓子も美味いですよぅ」
差し出された盆の茶についと視線を落とした左之助の心の内は「どうせなら酒を持ってきやがれ」だったりしたのだが。
「ああ、そうなのです。原田先生ご存知です? 一日程歩いた先の村外れの女の話」
「女ぁ?」
「ええ、ええ。荒ら屋に一人で住んでいるようなのですが、これが滅法別嬪だと噂なのです。そんな訳で通う者も幾人か居るとか、居ないとか。酒場の一毛の噂ですけどねぇ」
「へぇ、独り身の別嬪たぁ豪儀じゃねぇか。後家か? 噂になるくれぇの別嬪だってんなら一度拝んでみてぇもんだな」
「近時は人手不足で非番もないですからねぇ。妓遊びも無沙汰だと大部屋隊士達も嘆いているなのです」
気付けばすっかり茶呑み話な訳で。あれもそれもこれも、十番隊の日常である。
カラリ障子の開く音。ひんやりと冷たい風が部屋へ流れ込んだ。
「その話はそれで終いじゃない」
新たな来訪者、十番隊伍長・片山九良太は障子を開け放ったまま、呑気に快談する二人を睥睨した。
「なんだ九良、お前ぇも別嬪に興味があんのか?」
「‥‥組長と伍長が雁首揃えて暗愚な」
さもありなん。
暗愚の括りに属さない人、眉間を詰めるが今に始った事ではない。して、残る暗愚二名は相も変わらず。火鉢を挟み安逸をむさぼる。暗愚の暗愚たる所以。
「んで、話の続きってのは何だ?」
「私も酒の座で耳に入っただけだが‥‥その女、どうやら足がない」
「おい。寅ッ、聞いたか」
「ええ、原田先生! 驚いたなのです。片山さんもお酒飲みながら噂話なんて聞いたりするのですねぇ」
寅吉の隣りに腰を沈めた九良太は(一切無視を決め込み)一呼吸置いて続けた。
「女の噂を聞いて、一目見ようと出向いて行ったと言う男の話では――」
こっそり、ひっそり。
噂はまこと真実なのか、その女を値踏みしてやろうと格子戸の隙間から窺見してみたならば。
その女には有る筈の足が無かった。その代わり、有る筈のないものが女の胴の下には有ったという。
本来足の付いている筈の下半身には斑の紋様のついたくねくねと波打つもの。
それは正しく蛇のような――。
「実際、女の噂を耳にする様になってから行方知れずになった者も複数あるようだ」
「うひゃあ、蛇女ですかぁ。いくら別嬪でもそれは嫌なのです」
「‥‥捨て置けねぇな」
*
「ってな経緯で、局長の許しも得て出動が決まったのはイイんだがなぁ親仁。人斬り騒動やら何やらで十番隊も人手不足ってワケでよ‥‥二進も三進もって塩梅だ」
「新撰組も難儀どすなぁ。ほな、原田はんらのお手伝いさしてもろたらええんどすな?」
●リプレイ本文
御事納めを近々に迎えて尚、佐保姫の足取りはゆるら、ゆるら緩やかなりて――雪消月とは申しても、ときおり天霧らす雲の、身を削り降る欠片が浮世を二水で包む。
天照は未だ低く下土を降鑒しているが反して夜になれば月読高く、皓々たる光の衣を打ち延えて遥か。
春まだ浅し都の浅葱幕。
「日輪が近いというに寒いのは何故でござろうなあ?」
仰ぎみて呟く守崎堅護(eb3043)素朴な疑問投げしパラなもののふ、残寒屹々に足手震わし「王城の底冷え、いと侮り難し」と思い做す傍から阿吽の漏らす白き糸織。
「俺は共には行けんが、せめて蛇女郎について調べておく」
明王院浄炎、焔を懐に颯爽と。
「ほな、うちは商人仲間から話聞いてみますわ。後で鷹村はんに伝えるよって」
将門雅が足取り軽やかに町へ溶け込めば、その背を見送った者達の面に苛烈の色が走る。
「わしは先に村さ入るべ。見慣れん顔が大勢うろうろ聞き込んだら目立ちそうじゃしな」
一足先に村入りする御厨雪乃(eb1529)が愛馬・梅月の口取り縄を引けば首を振ってぶるると嘶いた馬は決りを残し都を離りゆく。川を越えて陽昇り染めし震への一途。
「そんじゃ、ま、算段通り各々情報収集ってことで」
剛力怪僧の異名をとる竜造寺大樹(ea9659)の快活な声音を掛かり太鼓に冒険者達はそれぞれに踵を廻らせた。
「どうも解せん」
酒場に向かう高遠紗弓(ea5194)の呟きに、並び歩く鷹村裕美(eb3936)は眉宇を上げる。
「解せん‥‥とは?」
「件の女の噂‥‥酒場が発祥らしいが、それにしても好奇が過ぎる」
「人の口に戸は立てられぬと言う。浮言はまた恰好の酒の肴だからな‥‥っぎゃぼっ」
「た、鷹村さん?」
「ちっ、違う。その‥‥そう、これ! 形良い石が落ちていた故、家宝にしようと気が逸ったのだ。決して転んだ訳ではないのだ。断じて違うぞ」
頭から倒れ込み、明らかに奇声を上げて地面と昵懇になった裕美は頬を上気させつつ頑なに主張した。
「‥‥大事無いならよいが」
これ以上は突っ込んではならぬと悟った紗弓は再び歩を進め、その後に未だ赤面のままの裕美も続く。
して、噂の根源。酒の興は河岸違えど変わらぬもの。
「その話がいつ頃から広まったかやて? んー‥‥あれは半年‥‥いや、もっと前やったか?」
「黄泉人が攻めてきよるて騒ぎになった頃やなかったか?」
そうやそうや、と店の常連らしき男衆が口々に。彼らに酒を振る舞いつつ、阿須賀十郎左衛門暁光(eb2688)が更に問うた。
「実は拙者の倅‥‥のこれまた倅が行方知れずで探しておるのだ。近頃、この界隈で行方不明になった者ありと聞き及んだのだが‥‥失踪した時期など何か分からぬであろうか? 何でも良いのだ、手掛かりになればと思うてな」
「爺さんの孫も居ーひんようなったんか? そりゃあえろう心配やな。‥‥そういやぁ、例の女の噂が広まった頃からやないか? 一人また一人と姿が見えんようなったんは」
「居んようなった連中もここの客やったさかい、来やらへんようなって病にでも罹ったんとちゃうかて言うとったんや」
「成る程。女の噂はこの店から出たのか?」
紗弓に問われ一人の客が首を捻る。
「さあ、噂の出所までは‥‥ん? でぼちんに創のある男が言い出したんやったか」
「ああ! せやせや。夏頃からあいさ顔出すようなった‥‥」
「それで、その額に創のある男の身元は?」
淡い柿茶の眸子を細める裕美の横で紗弓と十郎左の瞳も剣呑に煌いた。しかし客は皆首を横に振るばかり。
「都の人間やないんは確かやで。それしか分からんわ」
「色々話を聞かせて貰って忝い。今日のところは拙者が馳走させて頂こう」
気前良く言い、席を立った十郎左だが店主に「請求は新撰組十番隊にまわすように」と言っている辺り伊達に年は召していない。
洛中の西の端。
“京に田舎あり”指すところの田舎に属する場所(響きよく稲敷と言った所で同じ事)、ここに屯所を構えているのが新撰組である。
「薬も過ぎれば毒となり、花も過ぎれば散る宿命――さて、蛇女郎サンは過ぎてないといいんだケド」
マコト・ヴァンフェート(ea6419)そんな事を呟きながら小路をゆく。角を曲がれば門が見えるという場所まで来ると足を止めた。
「髪、よし。紅、よし!」
銅鏡を手に入念に身形の確認を済ませ――いざ出陣。勝負には心意気と同じくらい形というものも重要である。この場合、マコトにとっての勝負が何であるかは――聞くに及ばず。
同じく新撰組屯所を訪れた白峰虎太郎(ea9771)と御影涼は先に門衛へと十番隊組長への目通りを願い出ていた。二人が門衛に案内されて屯所に入って行くのと同時に、中から十番隊伍長・片山九良太が姿を現す。
挨拶もそこそこにマコトは質問を繰り出し、女を目撃したという男の特徴と出入りしていた店を確認した。
「四条通の十三屋。それと色白の優男、呉服問屋の道楽息子‥‥ネ」
マコトここまで聞き終えると一つ息をついて。
「片山サンのこと九良太サンとお呼びしていいかしら?」
「別に構わん」
「では、九良太サン。九良太さんは独身?」
「そうだが‥‥何か関係あるのか?」
怪訝に眉根を寄せた九良太を前に、マコトひらり翻り指先を唇頭にあて笑む。
「大いに関係ありマス♪」
蛇女事件とは明らかに無関係と思われるが、彼女の言うのも強ち嘘ではない――何せ後ろ二つの答えはマコトの士気に関わる。
一方、屯所内。
虎太郎と涼、何れも大小を右脇に揃え火鉢を挟んで左之助の前に胡坐む。
「‥‥‥‥(とにかく長い)‥‥(も一つ長い)‥‥如何か?」
いや、何が。
生来の口下手ゆえ会話を不得手とする虎太郎、ここに至るまでに様々胸に溜めた言葉のほとんどを呑み込み、やっと口を吐いたのは言葉尻のみであったから話が見えない。
「えーっと、つまり白峰は、『行方不明者が出ている状況は不穏であり新撰組としても捨て置けないというのは理解できた』そして『今他の者達がその女と行方不明者との因果関係を洗い出している最中である』そんな訳で『その結果、黒という結果が出た時は組長より討伐の指示を貰いたい。因果関係の分からぬまま徒に踏み込めば新撰組の風聞を貶める事になる。故に組長判断の元動きたいと思うので指示を仰ぎたい』と、こう申しております」
涼が淀みなく紡ぐ言葉に、虎太郎こくりと顎門を引く。以心伝心。
虎太郎発した言霊たったの四文字であった筈だが――あの長い沈黙には、これ程の意味合いが内包されていたらしい。
「さっきのアレがマジで?」
左之助思わず問うも道理と言えば道理であろう。
「ああ、分かった。お前ぇらの調査の結果を受けて指示を出す」
「行方不明になった連中の身元を洗ってみたが共通点もねーし、特に気になる事もなかったな。そっちの首尾はどうだ?」
「蛇女を調べてみたでござるが、どうにも要領を得ない話ばかりで‥‥ただ、噂自体は一帯にかなり広まっているようでござる」
「どうにもスッキリしねぇな」
正体のわからぬまま口承され無尽に手足を伸ばす噂それ自体がすでに化け物染みていると堅護は眉間を詰め、大樹は項をたなごころで打ち据えて思案する。
「ただの噂にしちゃあ、妙なのは確かだ。とにかく他の連中と合流しよう」
道々。
「蛇女、消えた男達に額に創のある男‥‥か」
先頭をとる左之助は冒険者らの報告を受け頤を撫でた。並べてみた所で繋がる糸口すら掴めぬまま、足はただ先を急ぐ。
「守崎さんの話では噂は故意に流された節も感じるとの事‥‥都の悸々に乗じて出たのも気に掛かる」
紗弓の焔の瞳、一層苛烈に輝いて空を駆る。
「繋がるかどうかは兎も角、臭うのだけは確かだぜ。原田の組長さんよ」
「踏み込んでみるしかねぇ、か‥‥」
曖昧模糊を前につわものの勘――大樹の場合、本能(もしくは野生)の勘とも言えるかもしれないが。
「新撰組も色々あった様だけんど左之さも虎さも無事みてぇで安心したべさ♪ ‥‥じゃが、知っとる顔居らんなっとるんは寂しいもんだべなぁ」
普段は猫のそれのようにきりり涼しい目元を曇らせた雪乃、ひょいと九良太の顔を覗き込んだ。
「九良さも、無事だべな?」
「この通りだ。あんたの侠も相変わらずのようだな」
そりゃ褒め言葉だべか――雪乃笑い、すぐに声を潜めた。
「村人に話を聞いてみたんじゃけど、この村若い衆がおらんようだべ。蛇女の棲家は聞き出したけぇ、昨日の晩様子を見とったんじゃが今ん所動きはなしだべさ。そっちの塩梅はどげん?」
其々の成果を引き換え、暫し策を練る。その間、行方不明者を目撃した者が居ないか聞き込みに赴いていた十郎左が戻った。
「定かではないが、それらしき若者を見たという者がおる。そして‥‥額に創のある男、こちらは幾人かが見咎めておる。頻繁に出入りしておるようだの」
「それで嫌疑は十分だ」
口端を引き上げた左之助は手筈通りの配置に付く様指示を出す。
「銅鏡は御厨サンに。こっちの太鼓は犬吉サンに預けるわ。蛇女郎が逃亡した時はコレ叩いて御厨サン達に合図してネ♪」
「マコトさん、僕は寅吉ですよぅ」
お決まりの文句を聞きながら、マコトは意識を集中させ術で荒ら屋周辺の呼吸を探る。
「呼吸は一つ‥‥うん、一つみたい。蛇女郎サンの他は誰も居ないのかしら」
銅鏡を受け取った雪乃は袂へそれを仕舞い、臓物から全て追い払うように息を吐き出す。次ぐ阿吽で張り詰めた気を霧散させ裂いた眦をほぐすと歩む。
戸口叩き。
荒ら屋の中から差木を外す音が聞こえ女が顔を覗かせた。
「わしは都から来たんだども、最近行方不明者が多発しよって此処らでの目撃情報が多くてな。あんさん家ん中に入る所、見た人もおってん。何ぞ知らん?」
「ふゥん、都からねェ。悪いけどあたしゃ何にも知りゃしないよ」
「何ぞ手掛かりはないかと思ったんじゃけんど残念だべ。仕方ない‥‥もう少し此処らを探してみっかね。邪魔して悪かっただな」
女の剣呑に光る瞳を眼界ぎりぎりに捉え、雪乃はそのまま仲間の待機する場所へと誘導すべく足取りを矩に向ける。
――しかし。
青雲を裂いて稲魂走り。鼓の音、響いて木々にこだまする。
「合図にござる」
「ちっ、逃げるか」
逃がすかと堅護と大樹飛び出し、他の者も一斉に追跡の途をゆく。
「何処にいくのかしら?」
マコト発した背後からの声に振り返りしな女は本性に立ち戻った。胴は長く蛇のそれ。斑の文様がぬらぬらと艶りくねる。
「邪魔をするなッ」
「待って、お話をしましょう。貴女が生きる為、吸血行為が必要なコトは知ってる。それを責めるつもりはないの。でも加減は出来るハズよね?」
「五月蝿いねェ、あんた達には関係ないだろう」
「そうはいかない。行方不明になった男達が何処に居るのか、お前は知っているな?」
裕美、距離を保ったまま柄に手を掛けた。
「額に創のある男はお前の仲間か?」
紗弓が問う間に新撰組、そして冒険者がすっかり包囲を固め、じりじりと間合いを詰める。窮寇は顎門をひらき突進した。
得物に闘気込めし堅護、切っ先下がりの構えでひらり跳躍し胴脇に突き立てる。引き抜くと同時に体液が飛散した。
「おのれッ」
長く伸びた尾、地面に叩き付けその先を裕美に向ける。それ流るる星の如き速度で裕美の身体を巻き取ろうとすると同時、裕美の抜き放った刃が得物に喰らいつく牙となり裂帛を響かせた。
「もうちっと大人しくして貰えんと話も出来んべさ。悪ぃけんどぶん殴らせてもらうべ」
「お話が通じないんじゃ戦うしかないわ、ね」
雪乃、青眼から飛び掛り、マコトの雷撃真直に伸びゆく。炎を纏った紗弓の銀の短刀が、大樹の綾なす穢れ払いし威儀の物が、そして新撰組の斬撃が次々と蛇女郎の皮膚を、肉を、攻める。
翻筋斗打った蛇女郎の巻き上げる粉塵が俄かに視界を阻み、裕美と堅護が尾に払われ地面に叩きつけられた。
「戦わず済めばと思うておったが‥‥こうなっては致し方あるまい」
「組長ッ」
水晶の剣翳し十郎左の走ると同じく、隊士より闘気受けし左之助の槍も空を斬り蛇女郎の腹を貫いた。
「ぐおぉぉぉぉぉ」
動擾。耳朶を劈く声は悲鳴というより恰も咆哮の如し。
「うぬゥ、よくも」
傷を癒した胴しゅるしゅると迫りきて紗弓がそれに捕まる。ぎちぎちと音をたて一気に締め上げようと力込めるその先を虎太郎の霊刀が切断した。
溢泌夥しく地表を蔽う。
「お主には聞きたき事ござるゆえ命まではとらんでござる」
堅護のたうつ先に放ちて、淡き光を見、咄嗟に後退るが既に遅し。刹那、視界が闇に染まった。
「ちっ、何も見えやしねぇ」
前後左右、包む空間全てが漆黒に姿を変えて、為す術もなく。
暫しの時が流れて後、その場から蛇女郎の姿は消えていた――。
「‥‥‥‥消えた」
「逃げたか」
隊士に踪跡を命じた左之助、舌を打ち拳を握った。
「しくじったな」
「そんなこたねぇさ。確かに蛇女は逃がしちまったが、ただの酒場の噂からお前ぇらの働きで手掛かりを手にした訳だ。悪い事ばかりじゃねぇ」
この件は、思ったより根が深いかもしれねぇな――。