常磐契り
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■ショートシナリオ
担当:幸護
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:4
参加人数:6人
サポート参加人数:4人
冒険期間:02月15日〜02月18日
リプレイ公開日:2006年02月25日
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●オープニング
それは確かにそこに在ったのに。
もう何年も変わらず在り続けたのに――。
宝を探すのは、いつだって楽しいもの。
けれど、不意に不安になるのだ。
探して、探して、探して――どうしても見付けられない時。
信じて、信じて、信じて――それでも見付けられない時。
『そんなものは最初からこの世の何処にも存在しないのではないか』
湧き上がったほんの小さな疑いはどんどん膨らんで心を蝕み――
そうして、いつしか探すことを諦めた時、宝は本当に跡形も無く消えてしまう。
貴方の探す宝が何なのかわからないけれど、それは必ず在るのです。
貴方が諦めてしまわない限り。
探し物をするコツは「絶対にある」と信じる事。信じて探し続ける事。
諦めない心にはきっと綺羅の光が射しましょう。
■■□□
昔、昔のはなし。
小さな村に一人の若者が居ました。
百姓であるこの男の取柄と言えば、蝮指と言われる通り働き者である事、そして心優しく正直者である事。
彼と恋仲になったのが名主の一人娘でありましたが、身分違いの者が添い遂げる事は出来ないという不文律が二人の想いを引き裂いたのです。
娘は泣く泣く、親の決めた別の男の許へと嫁いでゆきました。
残された男の悲しみはそれはそれは深いもので、彼は生涯一人で過ごしたのでした。
そして何十年も経ったある日、彼は見付けたのです。
嫁ぐ前に娘が残していった、彼女の想いを――。
*
「それでね、すっかりお爺ちゃんになったその男の姿はある日突然消えて、彼の家の前に二本の楓の木があったのよ。その楓はね、枝と枝とが絡み合って寄り添うように立ってるの」
どんぐりの様な眼を大きく開いて誇らしげに語る女の童の頭を一撫でしたギルドの女は目見を緩めた。
「うちの村の言い伝えなのよ。それでね、この話に因んで“常磐契り”っていう行事があるの。あたしお金はないんだけどね、ぎるどではお願い聞いてくれるって聞いたから参加してくれる人を探しに来たのよ」
「タダ働きね‥‥うーん、いいわ。貼ってみましょ。保証はないけれど、お祭りみたいなものだし協力してくれる人もいると思うわ。私はタダ働きなんて嫌だけど」
彰子と名乗ったギルドの女は筆の穂先を墨に沈めるとにっこり笑んだ。
●常磐契り
参加は二人一組。常と磐の役に分かれる。
【常】が相手への贈り物を村のどこかへ隠し、【磐】は期限までにそれを探します。
村の北には山、北西から南へと川が流れており、村の中心には“二つ楓”の木、南西にお宮があります。
●リプレイ本文
●羽月とリラ
「羽月さん、頑張ってくださいね〜☆ 私はたまちゃんと待っていますから」
ふうわりと柔な笑みを向けて、リラ・サファト(ea3900)抱いた猫の頤を白妙の頭指で救うと愛猫の五韻ことこと胸の音に似て初花月の風を揺らす。
リラの細い肩に添って流れる銀の髪を梳くように撫でた藤野羽月(ea0348)は微かに揺れる移し色の眸子見逃さず、片の眉相を詰めた。
「リラ‥‥?」
‥‥――どうか。
「身体を冷やさないよう気を付けて下さいね‥‥傍に居られないので心配です」
「それはリラの方だ。心配なのは私も同じ事――」
冷えた指先をたなごころで包んでやって、己が知り得る限りの言の葉並べても足りない想いがどうか伝わるようにと今でさえ祈るような思いでいるものを。
そんな夫妻の睦まじい様子に目を細め見守る者、はたまた凛乎たる視線貫く者(効果音「ごごご」)、扨も交々。
「まずは此処からだ」
小山だとて山は山。一度その内の重へ踏み入ればまるで大入道の臓腑にでも呑まれた心持ちになる。
陽入れば山中を探すのは無理であろう――焦燥感じ地に伏して只管に掻き探る羽月の耳底に恋妻の声が反さふ。
『夜が明けて雪の融ける場所、です』
途中、涼やかなかんばせ(効果音「ごごご」)で手拭いを投げて寄越す大人気ない茶々を受けつつも一心不乱に土塊、草葉、樹木と昵懇になった後、月読仰ぎ頂いて山を降りる。
次いで川を訪れた頃には震の空が薄朦朧と白み始めていた。
石瀬を返しながら川下へと下り、ふと在りし日を思い手を止める。上洛の折に妻へと贈った石英――「素敵なお話ではありませんか」とくすり笑んだ息までも冴え冴えと胸にあるが、彼女は覚えているだろうか。
「愚問だな」
呟いて大切な思い出を今一度温め、宮へと続く細い路をゆく。
「かくれんぼは得意なんです‥‥か」
リラの目笑浮かび、何の気なく天を仰げば燕窩が眼に入る。
羽月、巣より取り出したリラの文を握り二つ楓へとまろびつ走った。並ぶ楓の脇、見守る小さな木の根元にそれを発見する。
「私」であり「貴方」であるそれは対なるもの。共に遊び、はぐくみ、とこしえを誓った貝覆い。
時を巡り季節を巡り、幾たびの夜明けを、春を、共に過ごせるように――願いは寄り添う楓に色を移して契りと為す。
これからも変わる事無く募る想いがもみじ葉を赤く染める事だろう。其れは厳しい冬を迎える前、凍える時が続いてもどうか忘れないでと焦がす熱情のよう。
●祐衣と陽平
「失せ物探しか‥‥頼まれたからには誠心で当たらねばならぬ。然し、陽平殿もいと無しだな」
都の治安を預かる新撰組隊士が忙しいのはあまり喜ばしい事とも思えぬが、彼らの働きによって案じ事が減るのならばそれは矢張り青眼で受けるべきであろう。
元より剣を佩くもののふの御影祐衣(ea0440)も江戸の町に剣戟を響かせていた女丈夫である。
『いつも二人を見守っている』
朱鳳陽平の残した示唆を口の端に掛けて、冷熱併せ持つ明眸を眇める。
「‥‥『いつも見守っている』とは、そのままの意であろう。不動のもの、か――『二人を』は二つのもの。対になるもの若しくはそれ自身が二つと認識されるもの。この村でそのようなものは何があろうか」
失せ物探しに暗示とは解せぬが――。
「小さな村ながらなかなか賑やかだな」
などと感心しつつ浅々思考巡らし足任せに小路をゆき、通りすがった老翁に声を掛けた。
「そこな御仁。方今失せ物探しをしておるのだが‥‥」
「おやおや。お武家様、常磐契りで御座いますな?」
「常磐契り?」
皺深く目を細めた老翁に村の言い伝えを聞いた祐衣は、二つ楓へと向かう道すがら陽平の言葉を思い起こしていた。
隊務があり自身は時間を割けぬと前置いて、路考茶の瞳は直向かう祐衣を射った。
澄んだあやの奥深くに核をなすのは炎の如き情念。ともすれば頑しき者、武骨者と評されるやもしれぬ根っからの武人であるが、故に信頼に値すると祐衣は思う。
「陽平殿は徒に他人を誂うたりする者ではない」
探して呉れと言うのなら、きっと意味や理由があるのだ。
「成る程、これが二つ楓の木。枝が絡み合い恰も一樹のようだな‥‥ん? 鳥の巣か、古巣のようだが」
傍の梓の木に目を留め、近くの民家で梯子を借りた祐衣はそろりそろり慎重に上った。万が一雛がおり、人の気配が残ればその雛は親鳥に見捨てられる可能性もあるからである。
――が、そこには雛の代わりに小さく円らな何か。手に取り祐衣は深淵の黒曜の瞳しばたたく。
「これは‥‥鈴?」
失せ物とはこれだろうか、と思い做して土を踏めば、ちりんちりんと清涼な音が零れる。
「何か刻まれておるな――『祐衣』――私の名?」
繁々と手掌の鈴に視線を縫いとめて、祐衣は陽平に託されたその意味を探しあぐねる。
鈴の音は魔を払うと言う。梓より作られしゆみづるも鳴弦により邪気を払う――そして梓は歌においては『春』を導く枕詞でもあるのだが、さて二人の春は――。
●葵と紗弓
「樹の中って言われても高遠サン‥‥恐ろしい程樹があるんですけど」
ぼそり呟いて倉梯葵(ea7125)の眸子は遥かどこまでも遠い。そんな彼の現在地は樹木立ち並ぶ小山である。高遠紗弓の残した言葉は、
『樹の中だ。倉梯には明快で良いだろう?』
「何が明快だ、何が。見渡す限り樹ばかりだっつの」
呆然と視線を滑らせて溜息を落とす。
「もっと他に無いのか。樹の名や方角や周囲の様子や‥‥あるだろ普通は‥‥高遠らしいと言えば限りなく高遠らしいが」
――云々。
ぽろぽろと不満こぼしはするが、その実同等に手足も動いている辺り意外にも真面目である。毒つく物言いは葵のお家芸であるから、ついつい漏らす怏々たる言葉の真意は言い訳と同義の照れ隠しかもしれぬ。
一頻り周囲を探ったが当てど掴めず、大木に背を預けて一息つく。
「あの高遠の真っ直ぐな気性からして多分あんまり奥には隠してない」
視界覆う葉越しに天空仰いで思考を再び出発点へと立ち戻らせる。切にそうであって欲しい――との葵の希望も大いに含まれていたのではあるが。
それから葵は山麓付近に移動し探査を再開した。
途中、他の事はまるで目にも耳にも入らぬ様子の義弟を発見するや手拭いを投げたり折れ枝で突付いたりの邪魔をし適度な気分転換(?)も図りつつ。
山道沿いの樹を一つ一つ丁寧に見て廻り、掘り返す。その作業の繰り返しに精根尽きかけた頃、ふと。
「これだけ樹のある所に隠して敢えて『樹の中』って言うのもおかしい気がしてきた」
何かを見落としてはいないか――今一度紗弓の人となりを考えて秀眉に俄かの険。明快だと高遠本人が言ったのではなかったか。
村の言い伝えは当然紗弓も聞いている筈。つまり、
「この木は『そういう謂われ』のある物なんだが‥‥」
二つ楓を前に襟足を掻く。その根元に周囲より濃い黒土を視認し、葵は「成る程」と口端を持ち上げた。
「小柄、ね。樹の中にいたのはコイツもか。‥‥贈り物がコレな辺り、俺らもまだまだってこと?」
でも――ま、守りにはなるかな。
嘯く葵は穏やかな視線を注ぎ、手にした柊の小柄を握り締めた。
さて踵を返せば微笑むリラの姿。瞠目した葵にただ笑んだまま野で摘んだ菫を差し出す。瞬時に義妹の意図する想いを汲み取った葵は、矢張り言葉ないままリラの頭を撫でその場を辞した。
「俺の『お役目』も完全に終わり、か」
幸せに――どうかどうか、いついつまでも。
「ああ、まだ守るものがあったな」
永きに渡り共にあった脇差を抜き、新たに柊の小柄を差して、晴れやかに帰路進む葵の表情はとても穏やかなものであった。
●那智と春珂
「隠し物探しも、修業には良いです‥‥よね」
汗を浮かべつつ天霧那智(eb0468)少々舞い上がったり? 常は冷静沈着な彼(謎の異名は持つものの)が浮き立つのには訳がある。
「な、何と言うかその‥‥同行頂いた春珂さんには、感謝に絶えず感無量で――いえ此方の話ですっ!」
――こんな訳。
「って春珂さん、まだ寒いんですから温かくしないと駄目でしょう」
「ありがとうございます。けれど那智殿は?」
「俺の心配は無用です」
楼春珂にうわがさねを掛けてやり、朱金の目見緩めて笑む。
『私がいつか行きたい場所』
「春珂さんがいつか行ってみたい場所‥‥」
長指を頤にあて暫し視線を下に落とす。長い睫が目元にけぶる影をうつし、そのまま暫し。
「春珂さんは京の出だし海! ‥‥は村にないですし、まずは近場で二つ楓ですかね」
村の中心に位置する二つ楓の幹の周囲をぐるり一巡して那智は細く息を吐き出した。確かにこの場所には手を入れられた様子が残ってはいるが――。
「春珂さんの匂い‥‥(こほんっ)いえ、残る気配は無し」
だって那智サン忍びですから。
「春珂さんの行きたい場所‥‥春珂さんの‥‥春珂さん‥‥春珂さん‥‥はっ!」
ふるふると頭を振って、もう一度。
「行きたい場所‥‥春珂さん(←また)‥‥春? 梅や桜、花が咲く‥‥山?」
呟きながら移動し、次の探査は北に聳える小山。何も発見できぬまま時はただ過ぎてゆき、苔むした岩に腰下ろし那智は頭を抱える。
「はぁ‥‥これは俺には春珂さんからの贈物なぞ百年早いとでも言われているような」
――でも諦めても何も始まらない。
再び立ち上がった那智、ひっひっふー‥‥じゃなかった、深呼吸し気の張りを締める。
「陽の落ちる前に川の方を先に探してみるか」
天空に視線据えて、南方へと下っていく。未だ切るように冷たい流れに沿い遠く彼の地を思う。
「熊野は雪の中かな‥‥あ」
紀国に流れる荘厳の滝。いつか行ってみたいと、那智の滝を一緒に見たいと彼女は言っていたではないか。でも村に滝など――否、南か。
川の中、油紙に包まれたお守りを救い出した那智の背後で音がした。
「春珂さんどうして此処に‥‥その前にこんな大切な物を何故川の中なんかに! それに風邪でもひいたらどうするんですかっ!」
咄嗟に声を荒げた那智に春珂は笑顔でこたえる。
「那智殿に貰って頂きたかったのです」
大切な人へと渡すように言われましたので――俯く彼女の手を取り、那智は黄昏に感謝する。きっと熱を帯びて染まった頬も夕暮れに同化している。
「‥‥先に言うなんてずるいです。俺も春珂さんが大切で――春になったら熊野へ行きましょう、一緒に」
色付く楓の葉のような夕暮れに契る常磐の想いを。
●椋と銀杏
「俺は禿げてないぞ!」
「‥‥椋さん?」
天道椋(eb2313)の袂をぎぅっと掴んだ所所楽銀杏は、おずおずと椋を見上げる。
「いやいや、世の中尾鰭が付くものと相場が決まってるから。噂が禿げで済んでるうちに誤解はといておかないとってね」
じゃあ――天道さんちの椋さん、実はてっぺんに毛が三本だけらしいですわよ奥様――なんてのは広まるだろうか? 試してがってん☆
「へぇ、思ってたより賑やかですね〜。銀杏ちゃん、ほら、あれが二つ楓みたいだよ」
こくり頷いた銀杏は、椋の陰よりそっと瞳だけ覗かせて、暫くただ寄り添う楓を見ていた――が。椋の袂を掴む指いつしか白く色を失い、そんな彼女の変化に椋が気付くより一弾指早く銀杏動いた。
『人名から連想、です‥‥っ』
「なんでこうなったんだっけ?」
韋駄天の力を借りて村中を駆け回りながら、事の顛末を思い返す。
常磐契りの話を耳にし、銀杏と見学に来たまでは予定通り。どこでどう狂ったかと言えば、銀杏の走り去るのに気付いた時、彼女と共に消えた手拭い――これが現況の発端である。
走り去る銀杏が隠し場所の示唆も忘れなかった事を考えれば、これはいわゆる計画的犯行って事で。
さて、どっぷり日も暮れて一旦宿に戻った椋は頭を掻いて思考に耽る。銀杏指す所の『人名』とは彼女、そして椋の事であろうと中りを付け山に入ってみたが、それらしき物は見付け出せず、逆に見てはならぬものを見たばかりであった(=兄の不毛な義弟いじめ)。
琵琶打ちは撥を取り弦を弾く。あぁ〜何処にあるやら手拭いよ〜銀杏ちゃんも何処いった〜べべん♪ っと。
「これはこれは、琵琶打ちさんですか。銀杏の木をお探しで?」
茶を運んできた女将「それならお宮に立派な銀杏がありますよ」と言うが早いか、熱い茶を呷った椋は部屋を飛び出した。彼女の指す名は『椋』ではなく『天道』だったのだ。
「女将さん、お礼に後でたっぷりそれ披露させてもらいますので」
途中で戻り、顔だけ覗かせた椋は琵琶を指差し再び駆けてゆく。
夜の宮。
宿で借りた桃燈の灯りを頼りに銀杏の木を見れば、上枝に白き布が結ばれている。
「あれだな」
椋、ぺっぺと手に唾いて眼前の銀杏に攀じ登った。
「ん? 何か巻いてある」
手拭いを解いてみると鮮やかに着色された独楽が中から出てきた。椋は手馴れた仕草で手拭いを巻き、
「こまつぶりかぁ〜懐かしいな‥‥」
独楽で遊んだ頃を思い出す。つい昨日の事の様にも思えるのだが時が経つのは早いものだとしみじみ思う。
そういえば、銀杏も季節が巡れば黄葉し色付く。その様のなんと艶やかな事よ――それは椋が思うよりも遠くない先の話。