接吻は極楽のお味?!

■ショートシナリオ


担当:幸護

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月18日〜06月24日

リプレイ公開日:2004年06月28日

●オープニング

 美し国ジャパン――。

 江戸城からほど近く、軒を連ねる町並みにその建物はある。

 冒険者ギルド。

 故国も生い立ちも様々で、その志も一死報国なり腕試しなり、賞金稼ぎであったりとまた交々(こもごも)。
 国を揺るがす大事件から小さな村の珍騒動まで、お役に立ててみせよう吾等が力。
 馴染みの酒場でいつまでも茶ばかり啜っている訳にゃあいかない。
 冒険者ならば腕を磨いていっちょド派手に‥‥せめて蕎麦ぐらいは思う存分食べたいじゃないか!
 宵越しの銭は持たぬと見栄を切っても懐を吹き抜ける風のなんと侘しき事か。
 冒険者達の行く手に立ちはだかる敵は差し当たっては“貧しさ”かも知れぬ。
 ――貧乏暇無しとはよく言ったもの。
 そんな訳で今日も多くの冒険者がギルドを訪れる。

「おや、見掛けない顔だねえ。ちょいとご覧よ、情の厚そうなおまいさんにお誂え向きの依頼だよ」
 美人じゃないが気風の好い女の手元には鳥の子色の雁皮紙。乗せられた松煙墨が僅かに香る。

□■

 江戸から少し離れた村で、年頃の娘が次々に攫われる事件が起きているそうな。
「へぇ、そりゃもう大事な娘を勾引(かどわ)かされちゃならん言うて村の男衆らで見張りを立てよったんじゃが、あっという間に攫われちまうんじゃ」
 涙ながらに語る老人は三日前に孫娘を攫われたばかりだと言う。
 攫って行くのは全身を茶の毛皮で覆った大きな熊。然し、熊とは言っても頭部は猪だと言う。
 熊鬼――熊の体格に猪の頭を持つ鬼である。
「それでギルドに依頼した訳か」
 確かに一般人――特に年寄りの多い村人だけで解決するのは難しいであろう。
「そこでじゃ! あんた達に村の娘の身代わりになって攫われて欲しいんじゃ」
「何でそうなる?!」
「攫いに来た熊鬼を倒しても今まで攫われた娘らを取り返さん事にはならんじゃろうて」
 真剣な表情の老人は口髭を撫で、更に続ける。
「その役目は孫娘らのようなオナゴに頼むのも気が引けるでのう、男衆がええのう。何せ熊鬼は唇を奪いよるでのう」
「な、何だとっ?!」
 しっかり三歩後ろに引いた冒険者達をよそに老人は箪笥から衣装を見繕う。心なしか浮かれて見えるのは気のせいだろうか。
「着飾ればオナゴに見える御仁も多そうじゃて」
 熊鬼は一度娘だと思い攫ってしまえば、もし男だと気付いてもあんなことやこんな事までしかねない。
 とは言え、娘らの捕らわれている場所が分かるまでは下手な事も出来ない。
 覚悟が必要だ。
 あれもこれも人生色々経験さ☆

●今回の参加者

 ea0404 手塚 十威(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0912 栄神 望霄(30歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea0984 平島 仁風(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1151 御藤 美衣(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2081 範魔 馬斗流(41歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2233 不破 恭華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2319 貴藤 緋狩(29歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3445 笠倉 榧(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●花、または徒花
「今回は女の子は囮になれないんだよね。あたいが囮役やれれば良かったんだけどね〜。ほんと残念、残念〜」
 言葉とは裏腹に微塵も残念そうに見えやしない御藤美衣(ea1151)は猫のような瞳を悪戯っぽくくりんと動かす。
「あたい化粧やったげるね! あ、もちろん意味はあるんだよ? 化粧の匂いで男の匂いを消すって意味が‥‥ね」
 にんまりと口角を上げて細腕に袖捲り。気分は工芸細工か人形遊びか。
 どちらにせよ存分に楽しむべし! 全身からそんな意気込みが隠しようもなく滲み出ている。そちも悪よのぅ。
「へぇ‥‥驚いたね」
 同じく人身御供‥‥じゃなく囮達の女装の手伝いをしていた笠倉榧(ea3445)がその出来栄えに思わず声を漏らした。
 囮役其の一、手塚十威(ea0404)は下ろし髪に花簪を挿して秘色のだらり帯に薄紅色の大振袖。白く細い首の上の花のような顔(かんばせ)を傾げる。
「やっぱり‥‥変‥‥でしょうか?」
 伏目がちな睫毛はほっそりと白い貌にけぶるように濃い影を落とし、美衣と榧でさえ心の臓がドキリと飛び跳ねそうだった。

 ぶんぶんぶんっっ。

 二人揃って言葉も出せぬまま力の限り首を横に振って否定を表す。
「上出来、上出来♪」
 十威の肩を叩いて艶やかに笑んだ囮役其の二、栄神望霄(ea0912)は紫陽花柄をあしらった翡翠の着物。黒地に金の蝶が舞う帯を前で結んで長く垂らしている。
 豊かで艶やかな黒髪が華奢な肩を滑り降りて広がっている。
「これは何とも愛らしいな。二人は別に女装しなくても充分美人だったが‥‥いや、眼福眼福」
 部屋に入ってきて二人をひたと見据えた貴藤緋狩(ea2319)は感心頻りに頷く。
 緋狩の言葉に驚いたように黒の瞳を見開いた十威は戸惑いか、或いは羞恥か、その頬に僅かに赤味が差す。
 望霄はと言えば、深淵な瑠璃の双眸を甘美に細めて蠱惑の眼差しを向けている。この状況を楽しむかのように。
 男だとわかっている緋狩でさえも、魅了するその視線に思わず息を呑んだ。
(「‥‥しっかし栄神さんや手塚君ははまりすぎだよねぇ。‥‥女として自信なくなっちゃうよ、あたいは」)
 美衣が密かに心で呟き苦笑してしまった程であるからして致し方なかろう。
「これなら熊鬼どころか村の男達も放っておかないんじゃないか?」
 榧も満足気に頷いた。何せ、囮役の良し悪しは今回の仕事において最も重要だと思われる。
「問題は‥‥最後の一人だが‥‥」
 緋狩の言葉に一斉に『囮役其の三』に視線を向けた仲間は揃って遥か遠い目をした。
「何だよ? あ、おい! いくら俺が別嬪に変身したからって間違っても惚れんじゃねぇぞ!」
 突き刺さる視線に身じろいだ平島仁風(ea0984)が村で借りた白無垢姿で吠えた。黄泉の国へとでも嫁ぐ心構えであろうか。
 身の丈はそれ程高くはないが“勝ち色”に通じ、漢としては誉れの褐色の肌、筋骨隆々たる体躯、どっしりと強堅な肩は広く、ご丁寧に無精髭のおまけ付きである。
 こんな姿でなかったら煌々然とした実に頼もしい益荒男だ。
「まあ、熊鬼界ではこれも美人かも知れないし‥‥兎に角、全身の無駄毛処理は手伝ってやろう」
 咲き誇る徒花に嘆息を漏らした緋狩が仁風を連れ立って奥の座敷へと消える。

「ぎゃぁぁぁ〜!!」
 どたんばたん、ぽろりん(←?)
 さも楽しげに響く仁風の叫び声と騒音。
 別に全身の無駄毛処理は必要ないと思うが‥‥まぁ、いいか。

●忍び寄る宵
 藍鉄色の雲のかかった白い月が昏れた天つ空を薄ぼんやりと照らす頃、囮役は散り散りに村を緩歩する。
「グゥゥゥ‥‥」
 背後に獣の気配を感じて足を止めた仁風が振り向くよりも早く、後ろから抱きすくめられ黒い影が頭上から降りてきた。

 ぶっちゅぅぅぅぅぅ!!

「っ!」
 毛むくじゃらの厳つい手で顎を引き上げられて唇‥‥というより顔全体を覆われた感じ。
 もがこうにも片手で顎を掴まれただけで、もう首を振ることさえ出来ない。
 口を容赦なく分け入ってくる舌はザラザラと這いしだき、ふがふが、と吹きかけられる生臭い鼻嵐に仁風は思わず眉を顰めたが、足を踏ん張って気丈に耐えた。
 実は涙目であったのは見逃してやるのが武士の情けというもの。
 そうこうする間に熊鬼の手は仁風の前の重ねから懐に押し入ってくる。
 丁度その時、雲が流れすっかり姿を現した月からの照射で仁風の姿がはっきりと宵の村郊に浮かび上がった。
「‥‥‥‥」

 ペイッ!

 その姿を見るや、突き飛ばした熊鬼はその場に仁風を捨て置き去っていった。
「おいっ! 待て、待てぇい! いやお待ちになって! 娘を連れて行くなら、この俺を‥‥いや私を連れて行け‥‥いやお連れになってぇっ!」
 路上に崩れた仁風の野太い声が侘しくこだまする。
 一抹の期待虚しく、どうやら熊鬼界でも美人の規定から逸れていたらしい。
 家陰で見守っていた範魔馬斗流(ea2081)と不破恭華(ea2233)は幸か不幸か、夜目が利くお陰で事の顛末を漏れず見届けてしまい溜息を吐いた。
 取り分け視感の良い馬斗流には相当な衝撃があったようで、えもいわれぬ虚脱感に襲われているようだ。‥‥負けるな。
 そんな中、熊鬼はまんまと十威と望霄を見つけ出し両脇に抱えると満足した様子で村を後にした。
 まさしく両手に花と言った所であろうか。
 極上の娘を手に入れて、逸(はや)り隠れ家へと向かう足取りは軽く、飛び跳ねるように消えてゆく。
「‥‥まあ当然の結果だな」
 緋狩の呟きは他の皆も同意見。

 十威が帯紐に結わえ付けた小袋には小さな穴が開いており、そこから村人に貰った豆がぽろぽろと落ちて追跡の目印になったのだが、浮かれた熊鬼はまったく気付いていなかった。
 その豆を頼りに仲間達は熊鬼には気付かれぬよう少し距離を取って後を追った。

●隠れ家
 蛇行する細道を駆ける事、半里。
 熊鬼は岩山の洞窟の前に置かれた大岩を持ち上げて横にずらすと戦利品を伴って中へと姿を消した。
「入り口を塞いでやがったのか‥‥あれでは攫われた娘達も熊鬼が居ない隙にも逃げだせないな」
 真っ先に追ってきた馬斗流が木陰から様子を伺う。
 彼は、後に続く仲間達の為に枝を手折ったり、草を引き抜いたりと目印を残してきた。
 それを頼りに、榧、緋狩、恭華、美衣の順に無事隠れ家まで辿り着いた。
 
 一方、洞窟内。
 抱き寄せようと伸ばした熊鬼の手を払いのけた望霄は艶やかに言い放つ。
「俺と遊びたいなら、それなりの手順を踏んでくださいね」
 熊鬼に言葉は通じない。ただ拒絶されたのだという事だけは感じ取る事が出来ただろう。
「グゥゥゥ‥‥」
 低く喉奥を鳴らすと乱暴に望霄を地面へと転がした。
 まずは大人しい十威から可愛がる事にしたらしい。
 冒険者などを襲って略奪を繰り返している熊鬼は、駆け出しの彼等にとってはかなりの強敵である。
 無防備で無抵抗な弱者を相手にしている下卑た小鬼らとは違い、不用意に刺激を与え逆上させるのはとても危険な事。
 ましてや、ここには捕らわれた村娘達もいる。狭い洞窟内で戦闘が起こり巻き込む事になったらそれこそ惨事である。
 熊鬼がこの上なく助平だった事が幸いして今回は救われた。
 十威にとって幸いだったかどうかは別として――。
 熊鬼は今まで攫ってきた四人の娘を侍らせ望霄を傍らに置き、十威を膝に乗せてご機嫌で酒を呷っている。
(「人生初めての接吻の相手が熊鬼だなんて‥‥絶対嫌だ」)
 標的になってしまった十威は心で号泣する。そりゃそうであろう。きっと初めてじゃなくても嫌だ。
 娘達を助けるまでは我慢だと何とか自分に言い聞かせ健気に酌をするが、引きつった笑顔が痛々しい。
(「我慢‥‥我慢‥‥」)
 その頬を熊鬼がべろりと舐め上げた。異質な感触に十威は総毛立つ。
(「我ま‥‥ごめんなさい。無理無理無理。俺には絶対無理!」)
 熊鬼を何とか外へ連れ出そうと様々思考を巡らせたが、言葉が通じないのでは難しい。
 今にも泣き出しそうな十威を見て、逆にそそられたのであろうか、熊鬼は鼻息も荒く首筋に口を寄せてきた。
 その口が十威の唇に強引に重なる。手は既に着物の裾を左右に押し開き、中へと滑り込んできている。
(「ひぃ〜!!」)
 絶体絶命の十威を横目に望霄はしれっと酒を呑んでいる。差し当たって自分に害がなけりゃいいや、といった所。
 その時――。
「やいっ、豚熊っ! 出てきやがれっ!!」
 洞窟の前で息も荒々と叫んだのは、白無垢の裾を腿まで捲し上げ蟹股を露にした仁風だった。
 その騒音に熊鬼が外へと出た。
 どうでもいいが豚じゃない。

「てめぇこの豚熊野郎、俺と言うものがありながらー! キズモノにして捨てやがって!」
 黄泉の花嫁ご立腹である。だから豚じゃないってば。
 右手に日本刀、左手に短刀を握りダブルアタック!
 俗に言う『あんたを殺してあたいも死んでやる攻撃』である。それが戦闘の合図になった。
 
●血戦の時
 木陰から飛び出した榧は真っ先に洞窟へと入っていき娘達の護衛にあたる。
 何よりも娘らの安否を確認しなくてはならなかったし万が一にも怪我をしては大変だ。
「助けに来た。もう大丈夫だ。四人全員居るか?」
 奥で肩を寄せ合い恐怖に震える娘達にそっと声を掛け、安心させてやる。
「もうあんた達には指一本触れさせないから安心しろ」
「良かった! 笠倉さぁん」
 榧の足下で泣き崩れたのは娘達ではなく十威だった。

「若い娘を攫ってイイ事しようとは羨まし‥‥いや許せん。この俺の刀の錆びにしてくれるわ」
 ほんのちょっぴり本音も交えつつ、印を結びオーラパワーを発動した馬斗流の身体を淡い桃色の光が包む。
「この女の敵がっ! あたいが天誅喰らわせてやるよ!」
 走り込んだ美衣は日本刀と短刀でダブルアタック。闇に弧を描き煌く二筋の閃光。両手利きの彼女お得意の攻撃である。
 熊鬼に隙を与えず、冒険者達は次々と攻撃を加えていく。
 どれだけ時が流れたであろうか。
 熊鬼も冒険者達も肩で大きく息をする。疲労した腕に剣が重く感じられた。
 緋狩は右で握った日本刀を熊鬼の首目掛け薙ぎ払い、咄嗟に避けて体勢を崩した所へ左の短刀を腿へ突き立てた。
 そこへ恭華が刃渡りおよそ二尺の日本刀を振り上げスタンアタックを仕掛けた。
「夜も更けた、ゆっくり休むといい」
  
 ドーン!


 地面を振動させて熊鬼が倒れる。
「熊なら熊、猪なら猪らしく大人しくしてやがれ」
 いっそ穏やかに紡がれた緋狩の言葉の後、熊鬼の首を同時に五本の剣が貫いた。
 それが戦いの終着を告げた。
「この豚熊が侮辱しやがって!」
 一度引き抜いた剣を再び突き刺した仁風はまだ怒りに打ち震えた様子だ。血染めの白無垢が怖い。

 教訓――花嫁は怒らせちゃいけない。
 
「こんな夜道じゃ帰れないし、飲み明かそうや」
 馬斗流が言い、洞窟内で祝勝の宴となった。もし暗い夜道でなかったとしても疲れた身体を休めたいのが本音だった。
 幸い、洞窟内には熊鬼の溜め込んだ酒やら食料がどっさり。
「おお、あんた別嬪さんだなぁ。よかったら嫁にこないか?」
 早速、娘を口説いた馬斗流が内心「本当にきたらどうしようか」などと、ちらと心配したが、案ずるな、そんな心配はいらないようだ。
「よぅ、オネェちゃん達、この後俺と遊びに‥‥何だよ、その変なもの見る様な目は?」
 怒りが静まった仁風は血染め白無垢のまま口説きにかかり「きゃ〜!!」と平手打ちを喰らう。
「冒険者って大変ですね‥‥」
 洞窟の隅角で膝を抱えた十威がぼそりと呟いた。