十番隊日誌−更待月−

■ショートシナリオ


担当:幸護

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:02月19日〜02月24日

リプレイ公開日:2006年02月26日

●オープニング

 天には金の月、銀の月、紅の月。
 月は日毎に姿を変えるけれど色までも移ろう。
 古より言うではないか、こんな蒼い月の嗤う夜には何かが起こる――と。



「総司がっ?! ‥‥そりゃホントか?」
 膝を立て身を乗り出した原田左之助は無言のまま手で制した局長・近藤勇の神妙な面持ちに、一つ息を吐くと部屋の奥へと躙り寄った。
 一番隊組長・沖田総司失踪。俄かには信じ難い事である。
「うむ」
 そう言ったきり腕を組み唸る近藤の傍らで副長・土方歳三が口を開く。
「沖田の事だ、滅多な事はあるまいとは思うが」
「そりゃあそうだ。総司とやっとうで闘って勝てるのなんざ閻魔くらいのもんだろうよ。アイツはああ見えて敵に斬られてやる程やさしかねぇぜ」
 何しろ、あんなナリで新撰組内でも一番荒い稽古をつけるのが一番隊組長である。はじめて沖田の稽古を受ける隊士などは普段の柔和な表情との違いに戸惑う者も多い。
「で、一体ぇ何があったんだ?」
「‥‥それが皆目分からん」
 土方は細い息を吐き出し静かに目を拉いだ。
 その辺りの事は、沖田と行動を共にする事の多かった一番隊が何らかの鍵を掴んでいるかもしれぬ。
「沖田の姿が見えぬ事は様々な憶測と共に隊士達の口の端にも掛かっておる‥‥このままでは士気に関わる」
 沖田の存在はそれ程までに新撰組にとっても、また、近藤、土方両名にとっても大きい。
「芹沢に痛くも無い腹を探られるのは御免だ。後々の面倒も避けたい。‥‥表立つ前に手を打つ必要がある」
「原田君、やってくれるか?」



 今回は事情があって極秘任務だ。こっから先、見聞きした事の一切を関係者以外、他言無用願いたい。
 ギルドの親仁にゃ、口堅い奴をと頼んでおいたし心配はしてねぇけどな。
 で、遣って貰うこたぁ総司‥‥沖田を探すコトだ。手掛かりは無いに等しい。
 公には出来ねぇから、ちっと遣り辛れぇが心得てくれ。
 それからな、十番隊は出動できねぇんだ。表向きは通常通りの巡察をしなきゃならねぇんでな。
 隊は伍長の片山と伍長並の森に預ける。お前ぇ達は俺と一緒に動いてくれ。
 新撰組の名を冠してちゃ踏み込めねぇ場所もあるからよ、その方が捜索もし易いってなもんだ。
 あ? そら、あれだ。各藩邸やら見廻組周辺やら‥‥俺ぁ政にゃ明るくねぇんで難しいこた分からねぇが、上が色々厄介でな。
 巡察中に沖田を見たってぇ話も聞かねぇし、俺らの見廻り径路に姿を現す可能性は低いだろーな。
 兎に角、早く総司を探し出さなきゃならねぇ。
 で、だ。何でもいい、気になるコトや意見があったらどんどん言ってくれ。

●今回の参加者

 ea0728 サクラ・クランシィ(20歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea5194 高遠 紗弓(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9460 狩野 柘榴(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9659 竜造寺 大樹(36歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 eb1241 来須 玄之丞(38歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1529 御厨 雪乃(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 eb2941 パレット・テラ・ハーネット(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

藤野 羽月(ea0348)/ 白峰 虎太郎(ea9771)/ ネフィリム・フィルス(eb3503)/ フィーネ・オレアリス(eb3529

●リプレイ本文

●風去り辻
 一番隊よりの使者が訪れたのは木末の衽席にきらめく露の玉が微睡む麗月の下午。
 焔の如き髫髪を一房だけ長くしなやかに揺らした長身の女丈夫は左之助の前に扣えてこれまでの経緯を語る。事情を知るサクラ・クランシィ(ea0728)も並び口を添えた。
「今回の件、簡単な人探しじゃない」
 沖田失踪時の状況、疑惑を深める剣の存在、そして『ジェロニモ』と名乗る男の残した言葉――順を追って語られるいみじき事態に次第に皆の表情が剣呑なものへと転じてゆく。
「虎長殿暗殺‥‥?」
 ‥‥――まさか。
 火の志士・高遠紗弓(ea5194)は冷熱の眸子を畳縁へと落とし、継ぐ言葉を失う。傍らの藤野羽月も目を眇めたまま次う台辞を待っていた。
「‥‥しかし、それに関してはジェロニモがそう述べただけの事。真実は分かりません」
 取るに足らぬ妄言であれば良いと切に願いはすれど――。
 一番隊の使者は眉相を詰めて決したように面を上げた。
「信じたくなくとも事実は事実として、我々一番隊士も目にした事は受け止めております。沖田組長の真意は未だ分かりませんが‥‥常軌で通じるとお考えにならぬ方が宜しいかと」
「下手をすれば、自身の命に危険が及ぶ事も十分考えられるってことだ‥‥厄介な事だけど」
 眦裂いたサクラの言葉に、ただ重い沈黙だけが続く。
「確かに‥‥こりゃ厄介だな」
 話を聞く間、ぼんやりと梁に視線縫いとめていた左之助がわしわしと頭を掻く。然しもの快男児にも差し出でるのは困惑の色だ。
 槍術使いの左之助と沖田は同門でこそ無いが上洛前より寝起きを共にする間柄である。新撰組が組織される以前からであるその付き合いはそれなりに長い。
 だからこそ信じ難くも有り、また気掛かりが無いとも言えぬ。沖田を信じぬ訳ではない。むしろその逆――。
「悩んでたってしょうがね、思いつくとっから攻めっべさ。行動あるのみだべ?」
 御厨雪乃(eb1529)に肩口を叩かれた左之助「違いねぇや」と首肯して立ち上がる。
「事の次第は理解った。尽力は惜しまねぇ」
 一番隊の他の連中にもそう伝えてやってくれ――付け加え、眼きらめかせる。
「みんな、いっぱい心配してるからすこしでも手掛りを見つけたいの。ジャパンにはまだ慣れない事もいっぱいあるけど‥‥でもでもあたしも頑張るねっ!」
「あたしはパラっ子を手伝うよ」
 四尺と少しの小さな身の丈のパラーリア・ゲラー(eb2257)は円らな瞳を緩めて微笑む。
 背後に悠然と控えるネフィリム・フィルスとの丈の差ゆうに二尺以上となれば、視覚的には完全なる大人と子供――。
「ええ、本当に。一番隊の皆さんもさぞご心配でしょうし‥‥何より事が事ですから‥‥」
 憂いに眸を伏せるパレット・テラ・ハーネット(eb2941)の声音は常のそれより低く響く。
「俺はこちらと一番隊の情報をそれぞれ伝える役を引き受けようか」
「そうか‥‥お前ぇなら一番隊も知らねぇ仲じゃねぇようだし適任だな。よし、任せたぜ」
 サクラの申し出を肯った左之助は残りの者達に行動開始を令した。
 王城の都に暖かい風が吹くには僅かばかり早い春の黄昏は墨色に移ろうのもまた早く、小路の隙間から闇が侵食を始めていた。

●沖田と云ふ男
「‥‥ったく、沖田って野郎は一体何考えて動いてやがるんだ」
 竜造寺大樹(ea9659)渋面を作り吐き捨てるように。
「分からねぇ事もねぇんだが‥‥」
 いや、しかし――天空を睨む左之助はそれきり黙りこくる。
「局長達にも黙って失踪ってのは、新撰組の皆に迷惑が掛かる訳だよね。組長を担う人が敢えてやるんだから、どうしても一人で解決したい深い理由か‥‥」
 正気や判断を失う状況にあるか――後の言葉を呑み込んだ狩野柘榴(ea9460)、どちらにしろ余り宜しくない状況であるのは確かである。
「なあ、原田の組長さんよ。沖田ってぇのはどんな奴なんだ?」
「そうは見えねぇが実の所、気難しさなら副長以上、その上気の短けぇのは鴨以上なんて説もある。まぁ、短気なら俺も負けてねぇけどな。そうだな‥‥柘榴の背中の“それ”」
「背中? あ、刀?」
 突如指され首を傾けた伊賀忍が目を丸める。
 それ即ち、もののふの魂(柘榴鍛うるは忍者刀であるが)。鞘に納まっていれば決して本身は拝めない。しかし一度鞘走れば――煌めくその身には血煙が降る。
 ――というのは実は土方の受け売りだったりするのだが。
「問題は‥‥刀はてめぇから鞘を抜けたりしねぇってコトだ」

 ――あいつは‥‥総司は根からの“サムライ”だ。

 もちろん其れが指す意は『身分』では無い。
「余計分からなくなったな」
「安心しろ大樹。言ってて俺も分かんねぇんだからよ」
 おいおい、頼むぜ原田の組長よ――大樹は苦笑する。
 そもそも平素の左之助の他者への評などは『好意』と『嫌悪』の二種類しかないのだ。それも理屈ではなく“なんとなく(要するに勘)”という本能に任せた状態である。
「成る程。沖田サンは私利私欲の為に剣を抜くお人じゃあ無いようだ。となれば‥‥彼の目的が真実、平織虎長暗殺であれば自ずと見えてくるものもあるな」
「えーっと、お前ぇは‥‥」
 深い眼差し据える来須玄之丞(eb1241)に一瞥を投げた左之助の言葉を遮って白峰虎太郎が口を開いた。
「同門の来須玄之丞‥‥‥‥(やっぱり長い)‥‥宜しく頼む」
「‥‥こりゃまた豪勢に端折られちまったね」
 弁を弄する男でない事は元より承知しているものの玄之丞やや苦みの色浮かべるが、存外に左之助の反応は明るい。
「虎太の旦那の同門か、そりゃ間違いねぇや」
 訥朴ゆえに却って信頼が置ける、これもまた理屈ではない左之助の勘によるもの。

●影追い小路
「一番隊は半数が大和へ向かうそうだ」
「そういえば‥‥黄泉大神を倒したの沖田さんだったよね」
 サクラからの報に柘榴は記憶を手繰るように視線を上方に彷徨わせて頷いた。
「残りの人達は其々聞き込みなど情報収集、夜は沖田さんの別宅にて情報の集約って感じかな。一番隊の捜索範囲はこの辺り」
 広げた地図を指し示す。
「御所‥‥守護職邸辺りか」
 応じた紗弓、羽月とまながって再び双眸を地図に戻す。
「見廻役・相模守さの浅尾藩邸、あとはちっと離れてっけど尾張藩邸は外せねぇべな」
 虎長暗殺がジェロニモの妄言虚言であったとしても不安因子は残しておけぬ。
「見廻組の巡邏経路も確認したい。原田サン分かるだろうか?」
 雪乃と玄之丞、共に紙面に視線を投じたままの眼差しは険しい。
「ああ、見廻組の経路は御所を中心に大宮通から杉原通、油小路、んで五条橋渡って宮川筋、祇園‥‥ぐるっと廻って二条、新町、三条‥‥大宮通に戻るってトコだな」
「承知した。新撰組と見廻組、黒虎部隊との一触即発な状況はこれまでにも見てきたんでね。何が起きてるのか判らないなら起こる被害は最小に止めるが吉、だろ?」
「待って、原田さん。この地図に新撰組の巡察経路も書いて貰っていいかな?」
「よしきた。俺達は屯所を出て島原から花屋町通に入って‥‥」
 ×の印を墨書きする左之助の手元覗き込み、抜け道や裏道がないかと目を瞠る柘榴は「うーん」と一唸り。
「沖田さんが、誰かを狙うとして新撰組の人や見廻組の人の目は避けると思うの。でも、京都で誰にも目撃されないなんてありえないから、目撃者はいると思うの」
「それとも昼間は完全に身を潜めている‥‥のでしょうか? 新撰組、見廻組の巡邏経路を知り得る沖田さんでしたら夜陰に紛れて見咎められずに行動するのも可能ですよね」
 パラーリアとパレットの視線食い入るように地図に注がれる中、大樹すっくと立ち上がる。
「比較的身を隠し易いってーと花街か? 居続けで妓と部屋に篭もっちまえば‥‥まぁ、ここでグダグダ考えてても埒があかねぇ。オレは見廻組周辺を当たるとするか」
「あたしも竜造寺サンと共に参ろう」
 玄之丞と虎太郎も頷いて席を立つ。
「それなら私と羽月は花街をまわってみるとしよう」
 女子が一人歩きするには合わぬ場所あでる。
「島原では新撰組屯所に近い‥‥立地面を考えても祇園の方が行動を起こし易いと思う」
 辞する二人の志士の漆黒の後頭見送って、他の仲間もそれぞれサクラに探索場所を告げ町へと散った。
「俺の特技は隠密位のもんだし‥‥各藩邸の調査をするよ。怪しい痕跡は見逃さないつもり‥‥忍びの目で、ね」
「わしは藩邸付近の店屋覗いてみんべ。近くに小料理屋でもありゃ沖田さの目撃情報聞きだすべさ」
 飲まず食わず動いたら体が先にいかれちまいそうじゃし、どっかで飲み食いしとるとえぇんじゃが――雪乃、最後は呟くように。
「原田さんに京都を案内して貰いながら聞き込みをしようと思いますが宜しいでしょうか?」
「ん? 別に構わねぇが‥‥都は線香くせぇ場所が多いぞ。‥‥あぁ、丁度いい。祇園近辺の神社仏閣でもまわってみるか」 
 お願いします、とフィーネ・オレアリスが笑む。

●京洛の月
 神聖の力により蝙蝠に身を変じたサクラが京洛に大翼を広げる。眼下に見ゆるは尾張藩邸。この付近は雪乃が張り込んでいる筈である。
 此処より少し下った祇園には紗弓が、三条辺りには大樹と玄之丞が、またその付近、各藩邸の密集する場所には柘榴、他の者達も然程遠くはない。
 ――と。
 闇の中に更に濃く、落とした染みのような斑点。しじまに、けれど駆け抜ける風の如く辻を移動する。
 サクラは左之助、そして一番隊士に報せるべく身を翻し両翼ひらめかせる。その後は仲間等に報せる予定である。

「ちょいと其処のお兄さん、顔色が優れんようじゃけどどうかしたべ?」
「‥‥‥‥」
 視認した雪乃がひょいと近寄り「腹減ってんじゃねぇべか?」保存食と水筒を差し出そうと手を伸ばすが、
「それ以上僕に近寄らないで下さい‥‥」
 月光を受けた青白い貌に拒絶の相が広がる。
「お兄さん、そんな警戒せんでも心配ねぇべさ。なんも悪いようにゃ‥‥」
「あなた‥‥僕が誰だかわかってますね? 間合いに入ったら‥‥斬り捨てます」
「‥‥沖田さだべな?」
 沖田の翳す剣がぎらりと月光に映じて呼応するかのように切っ先を下げる。雪乃の胸に氷塊が滑り落ちた。

「邪魔をするなら‥‥死ぬよ」

「ま、待って待って沖田さんっ!」
 報せを受け疾走の術で駆け付けた柘榴が息を切らし制する。
「俺、難しい事はわかんないけど‥‥この国も国の未来も俺達皆のものだし一人で背負って解決する事はないんじゃないのかなぁ」
 ――その為の新撰組や仲間達なんだよね?
 夜陰に包まれる京洛に柘榴の問いがこだまする。
「皆を巻き込むつもりはないよ‥‥これは僕の仕事だから」
「総司っ! お前ぇ一体ぇ何やってやがるっ」
「原田さん‥‥あなたが動いてたのか‥‥では局長も副長もご存知なんですね。止めても無駄だよ。‥‥近藤先生を頼みます」
 言い募る儕輩に向かい沖田は淡く笑う。その笑みに僅かに苦渋が滲む。
「伺いたい。今、やるべき事があり、それが次にまわせない理由は何なのか」
「そう‥‥この剣を手にした今だから‥‥僕がやらなきゃいけない仕事なんです」
 正眼に構えた剣が脈動するかのように煌く。
「あんたの仕事ってぇのはこんな風に陽の当たらねぇ闇に紛れてする事なのか?」
 剛力怪僧は苛々し気に言葉を繰った。
「大樹は陽を受けて枝葉を更に伸ばし、根を張り広げる‥‥人には其々相応しい場所というものがあるんです」
 
「大樹‥‥大樹公か?!」
 大樹公こと摂政・源徳家康――新撰組を組織する東国の武将は今やこの国の要である。
 月光に照らされる沖田の黝い足元を視、左之助が叫んだ。
「平織虎長暗殺が沖田サン、あなたの為すべき事だと?」
 玄之丞の面に苛烈が走る。
「僕は武士です。主の盾になり剣となる‥‥それが使命」

 大樹に翳る影は斬り払うまで――。
 源徳家康の為、そして新撰組の為に。

「悪いけど、ここで君達と長話をしてる時間はないんです。どうしてもと言うなら‥‥」
 半身を引いた沖田の踏む土がじりと音を立て、手にした刀身が魔物の牙のように冒険者達に向けられる。
 彼らは息を継ぐことも瞬くことすら出来ずただその場に立ち竦んだ。
「総司ッ! お前ぇとは木刀でだって仕合いたくはねぇが‥‥こいつらを斬らせる訳にゃいかねぇ」
 ぶん。
 左之助振り回した槍の鉾が風を切って唸り上段に据えられた。
「‥‥‥‥」
 ひらり跳躍した沖田の姿はそのまま、まるで魍魎が顎門開き待ち受けるているかのような昏い京の町に掻き消えた。

「オレ達に出来るのは此処まで‥‥だな」
「一番隊の皆の思いが沖田さんに伝わると良いんだけど」
 今宵京洛を物言わず瞰視する月は更待月。天より降り注ぐ銀の帯は何を思うか――。