十番隊日誌−入隊考試−

■ショートシナリオ


担当:幸護

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 13 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:03月20日〜03月25日

リプレイ公開日:2006年03月29日

●オープニング

 黄泉の使者轟かせし破の跫音を発端に騒乱絶ゆる事なき京に於いて、繰り返される日々は恰も濁流に呑まれた木の葉の如し。
 浮きつ沈みつ、それでも京の町に日輪は昇る。
 ここ暫く思案の素振りを覗かせていた新撰組十番隊組長・原田左之助が局長・近藤勇の自室を訪ねたのは雛月も半ばを過ぎての未の刻。
 妖異惹き起こす洪繊の事変。血で血を洗う剣戟の音。
 それぞれの思惑、思想、志を、佩いた剣に仄白くとも仄暗くとも映して王城の春は然らぬ体で過ぎようとしていた。

 十番隊は夏過ぎから横行する人斬りの被害相次ぎ、人手不足に困窮のまっさなか。
 誰からともなく“闇烏”と呼ぶようになった件の人斬りが隊士を襲うのは決まって非番の夜である。
 白昼堂々新撰組の一隊と対峙しようなどと思う暗向はおらぬとは言え、どうにも解せぬ事。左之助は喉元に些々なる違和を感じていたが――。
 それはさて置き。
 火急の要事は、日々の更なる鍛練により隊士一人一人の剣槍向上には他ならないが、最大の問題は――
「隊士募集ですかぁ‥‥」
「局長に話をつけてな。市中見廻りも儘ならねぇんじゃ話にならねぇ」
「そうですよねぇ、今の状態では隊士達も非番どころじゃありませんしねぇ」
 常と変わらず間延びした口調で伍長並・森寅吉が頷く。
「一次考試は剣槍の腕前をみる。寅、お前ぇが立ち合え。‥‥『入隊しました死にました』じゃ役に立たねぇからな、余計な斟酌はいらねぇぞ」
「はぁ‥‥命あっての物種と言いますし、むざむざ骸を増やす事もないですよねぇ」
 実力の伴わぬ者が新撰組に席を置く事、それ即ち“死”あるのみである。無論この世の中、誰のもとにも違わず死は訪れるのではあるが。
 のほほん茶を口に含む寅吉、こう見えて剣の腕は伍長・片山九良太を凌ぎ、十番隊でも屈指の使い手である。
「一次考試という事は二次もあるのですね?」
「あぁ、そっちは俺と九良が直接話を聞く」
 身命を賭して戦う同志なれば“やっとう”の腕以上にその志、人となりこそ意義深し――と死損ねの異名持つ緋髪の漢は口端を上げた。

●今回の参加者

 ea0404 手塚 十威(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1057 氷雨 鳳(37歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4329 李 明華(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5564 セイロム・デイバック(33歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5838 レテ・ルーヴェンス(25歳・♀・ファイター・エルフ・イギリス王国)
 ea6476 神田 雄司(24歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8167 多嘉村 華宵(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1067 哉生 孤丈(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

朱鷺宮 朱緋(ea4530)/ 香 辰沙(ea6967)/ 四神 朱雀(eb0201)/ 乃木坂 雷電(eb2704

●リプレイ本文

●手塚十威
 慣れぬ雰囲気に呑まれた手塚十威(ea0404)の面に緊張の色が滲む。
「とって食おうってんじゃねぇんだからもっと気楽にな」
「俺にとっての誠は‥‥己に誠実である事、でしょうか。目に見えるもの、見えないもの。どれが真実で、またそうでないのか‥とても見え難い今のような世ですから‥‥せめて自分の心には正直でありたいと思っています。でも‥組織に属する事でそれは時に難しくなるのだろうという事は理解しているつもりです。今はただ‥少しでも哀しむ人が減るのなら微力を尽くしたい、と思います」
「なるほど。んじゃ、お前にとって剣とは何だ?」
 問われ、十威は一度唇を噛む。
「俺にとって剣は『剣』――それ以上でも以下でもありません。武士らしくないと思われるかもしれませんが‥俺は武士の魂であるとか、剣に命を賭けるとかそういう風には考えられないんです。剣は剣。結局はそれを振るう人間の心次第‥‥本当はいつだって剣を抜く瞬間は怖いです。自分が死ぬかもしれない事より他者の命を奪うという事がとても怖いです。慣れませんし、慣れたいとも思いません。勿論、冒険者の道を選び剣を手にした時から、先にあるのは血途である事は覚悟はしています。それはこれからも同じです」
 頷いた左之助は横に座する九良太に視線を向けた。
「迷いがあるな」
「同感だ。だが、こいつ自身は真っ直ぐだ」
 新撰組ってのは己を曲げられねぇ連中の集まりでな、そんな意味じゃ向いてるかもしんねぇ――
「迷いについてはまだ年若いし‥‥仮採用ってコトでどうだ九良?」
「異存ない」
「手塚十威、仮採用だ」
「あ、有難う御座います」
 深々と頭を下げた十威に左之助は呵々を歯を見せる。
「一つ教えてやるよ。志ってのは決して折れたり曲がったりしねぇ強い想いだ。志を持て、志を持った人間に迷いはねぇ。世間ってのはいつひっくり返るか分かりゃしねぇもんだ。何が正しいか正しくないかなんざ本来誰にも分からねぇんだ。だったら自分に正直に生きるしかねぇじゃねぇか。剣ってのは極楽の鍵でもあり地獄の鍵でもある‥‥開けるのは己だ。剣ってのはやたらと振り回すもんじゃねぇ“死すべき場にて死し、討つべき場にて討つ”これが侍の、新撰組の義と勇だ。忘れるな」

●氷雨鳳
「まずはお前の誠を聞かせてくれ」
「私にとって誠とは生きてゆくための必要なものそのものです‥‥私は昔、女性であることを悔いていました。若い頃は来る日も来る日も鍛錬に明け暮れ、男どもと喧嘩をしたこともあります。しかし、江戸、京都の地を踏んだとき私は大切な者を見つけていたのです。そして分りました‥‥それが今の私の誠であり、女としての道、信念であると。私は新撰組という形で、そのものを守りたい、絶対譲れないものなのです。私自身、まだ未熟さ故これからも精進して行く所存です」
 凛と眼差し向けて語る氷雨鳳(ea1057)の話を聞き終えて、左之助無言のままに頷く。
「おい、寅」
「はい、原田先生。氷雨さんの剣の腕に問題はないなのです」
「そうか‥‥じゃ次、お前にとって剣とは何だ?」
「私にとって剣とは大切なものを守るための鋭き牙です。誠を貫くにはなくてはならないもの‥‥しかし、その牙の妖しき魅力に取り憑かれれば我が身をも滅ぼしかねないもの、どれだけ強靭な精神を保つかが剣と一心同体になる第一歩だと考えています。そして、私が私であるため必要なものであります」
「‥‥ん」
 一言発し茶を一口含んだ左之助が腕を組む。
「九良、何か聞きてぇ事はあるか?」
「いや、十分だ」
 苛烈な瞳を眼前に据える伍長をちらり見やった左之助が納得したように大きく頷いた。
「氷雨鳳、採用だ」
「宜しくお願いします」
「これからは同志だ、堅ッ苦しいのは抜きでいこうじゃねぇか。ヨロシクな!」

●李明華
「はじめまして。音に聞こえし新撰組の入隊考試の話を聞きましたので‥‥あたし李明華。よろしくお願いします」
 くすり笑む李明華(ea4329)の出で立ちに左之助は目を眇めた。新撰組の入隊考試に巫女装束とは些か疑問である。
「イギリスでは『明舞の天使』と呼ばれていたのです。天使の銘ですしこの国の神人が着るという衣装で来ました」
「なるほど。そんじゃお前の誠を聞こうか」
「あたしは力を笠にきて弱い者や周囲に被害を出す者が嫌い。あたしの誠は主と認めた者を中心に争いを収める事、そして心弱い者は守ること、信じた者と共に生きる世界――それがあたしの誠です」
「うーん‥‥‥‥次、お前にとって剣とは?」
 低く唸った左之助は幾許かの間合いを取って問いを重ねた。
「信じた事に迷わず進む心‥‥でしょうか。武器だというなら足と体術、身につけた武術は刀剣の切れ味はなくても信じられるあたしの剣です」
 再び唸った左之助はかりかりと頭を掻く。
「んー‥‥どうにも俺達が聞きてぇ事とは違うんだよな。ジャパン語にゃ不慣れみてぇだな‥‥悪ぃが今回は見送らせて貰おう。なに、お前の腕が足りねぇ訳じゃねぇ――だろ、寅?」
「ええ、ええ、原田先生。腕前は十分でしたなのです」
 強い女は好きなんだがな――左之助は心底残念そうに呟いた。

●セイロム・デイバック
「侍と騎士では大分違いますけれども、今回は宜しくお願いします」
「えげれすのもののふ、か。んじゃ、聞かせて貰おう」
 セイロム・デイバック(ea5564)の一礼に応え左之助は興味ありといった風情で先を促す。
「私の誠とは『目の前の悪事を見捨てて置けぬ心』‥‥でしょうか。この場合の悪事というのは、どうしても私の判断になってしまいます。‥‥私がそう判断する場合は怒りを覚えた時、ですね。それも心の底から。私は、私の中での正義を信じて戦っています。この心は曲げる事は出来ませんし、それ故に私の信じるものが悪と判断され、討たれる事も常に覚悟しています」
 ――とはいえ自分でも少し、過激だとは思うのですがね。
「いや『義を見てせざるは勇なきなり』だろ。要は“大勇”と“匹夫の勇”の違いを理解ってるかどうかじゃねぇか?」
「大勇と匹夫の勇‥‥ですか。‥ジャパン語は難しいですね」
 まだ馴染んでいないので‥‥セイロムは頭を掻いた。
「流石はえげれすのもののふってトコだな。お前なら言われなくても大丈夫だと思うぜ? それじゃ次は剣について聞かせてくれ」
「そうですね‥‥剣とは『私にとっての誇り、そして人の為に脅威や悪意に立ち向かう為の物』‥‥と言いたい所なのですが、奥底では『相手を傷付けたり、殺してしまう為の物』‥‥と思っていますね。冒険者になり、色々な場面を見て来て‥‥使う方の心構えは違えど、結局これはそういう為の物なのだ‥‥と思う様になりましたね」
 そうか――呟いて左之助は目を閉じた。
「‥‥残念だが今回は不採用だな」

●レテ・ルーヴェンス
「誠‥‥――Truth――ね。私は駆引きや取り繕うのが苦手だから、正直に答えるわ。答えは『分からない』よ」
 薄青の眸子を直向きに据えてレテ・ルーヴェンス(ea5838)は言葉を紡いだ。
「私達エルフ族は長き生を持つ‥それゆえに悩み惑う事も多いわ。これで私も六十八年生きているし、その中で絶対的な誠を見つけられたか、己が持ちえるのかは分からない。でも、だからこそ探し続けているの。一つだけ揺ぎ無いものがあるとすれば、それは私が『此処に生きている』ということでしょうね。そうね‥‥それだけは誠だと言えるのかもしれない。生きて自分の目で世界を見て、そして『誠』を探したいわ。勘でしかないけれど、此処なら見つけられる気がするの。女の勘ではなく剣士の勘よ」
「分からない‥‥か」
 差し向かうレテの瞳は澄んだ水面の如く凪いでいる。
「お前にとって剣とは何だ?」
「剣‥‥そうね。有れば便利だけど、無くても困らない物かしら。その気になれば代用品なんて幾らでも見つかる。ただの『得物』と考えるなら。剣に限った事ではないけれど、どういう役割を持つかは使い手次第‥‥殺めるも護るもね。そう言った意味では『己を映す鏡』とも言えるのではないかしら」
「んー‥‥九良、どうだ?」
「どちらも今ひとつ薄い、が‥‥」
 表情の読み辛い(常の事だが)明眸またたく事なく淡々と口を開いた九良太を再び左之助が遮る。
「不可じゃねぇんだろ?」
「ああ」
「剣士の勘と言われちゃな‥‥よし、レテ・ルーヴェンス、仮採用だ」

●神田雄司
「どうぞ宜しくお願いします」
 恭しく頭を下げた神田雄司(ea6476)に左之助と九良太が応えて返す。
「宜しく」
「ああ、ヨロシクな。まずお前の誠を聞こう」
「私は用心棒と冒険ギルドの依頼を受けることでしか人に尽くせません。職人のような技術もなく学問の才もなく‥‥剣でしか人に尽くせないのです。私は弱き者、無念を持つ者に少しでも救いの手を差し伸べたい。それが私と手助けする方の人間の尊厳を保つことと思っております。よき環境を作り、人として生きること。それが私の誠でございましょうか」
 雄司の焼けた褐色の肌を見、左之助はうむと頷いた。
「んじゃお前にとって剣とは?」
「剣とは‥‥希望でしょうかねえ。本来、剣を持つ者は民に信用されていなければならないのです。剣を持つことを民に許されなければならない‥‥なら悪から民を護る為に剣があるはず。悪を絶つ希望の象徴だと考えております」
 なるほど――呟いて左之助は伍長並・寅吉とまながる。
「‥‥神田さんは本日立合った中では使い手でしたなのです」
「だろうな‥‥んーでもなぁ‥‥お前の誠、その上で新撰組で何がやりてぇのか‥‥ちと見えてこねぇんだよな。悪ぃが今回は見送らせてくれ」
 腕は惜しいんだがな――左之助はぽんと雄司の肩を叩いた。

●多嘉村華宵
「誠は『真言』とも言いますか。私、虚言や口車が得意なので、真言が似合わない人間かもしれませんね」
 多嘉村華宵(ea8167)はにこりと笑んだ。
「強いて言えば『己の目で見、己の耳で聞き、己の心で判断したこと』‥‥それが私にとっての誠です。それで今此処に居る訳ですけど。気乗りしなければ途中で帰るつもりでした」
 変わらず面に柔らかな笑みをのせたまま華宵は次う言葉を継ぐ。
「あ、予め言っておきますが、私は会った事もない源徳公に忠誠なぞ誓えませんので。己の目で確かめた者‥‥原田さんなら信頼に値するかと思いますけど。それと忍びである点はご心配なく。一族離れした容姿の為に里では厄介者扱いですし、私も里に愛着は皆無ですから。諜報活動には底々自信も」
 暫くの沈黙の後、左之助が口を開く。
「一応、お前にとっての剣とは何か‥‥も聞いておく」
「剣は剣、唯それだけです。如何な名匠の作も無銘の品も、誰かが手にしなければ何の意味もありません。そして持つ者により屠る手段にも護る手段にも。お侍には刀は命だそうですが、私は刀の為に自分の命を落とすのは御免ですから執着もありません。その時手にした剣がその時の『私を表すもの』‥‥こういう答で良いですか?」
 九良太は腕を組み瞳を閉じたまま微動だにしない。
「他でもねぇ俺達は新撰組だ。その頭である大樹公に忠義を尽くせねぇってなると採用出来ねぇな‥‥それから、俺達サムライも死に値しないコトのために死ぬこたぁ『犬死』だと思ってる」
 サムライにとっては、いたずらに死に急ぐ事は卑怯とされる。武士道の教えは、あらゆる困苦、逆境にも忍耐と高潔な心を持って立ち向かう事である。真の名誉とは、天の命ずるところを全うするに在り、その為に死訪れるのは不名誉ではない。天に与えられた使命――文字通り『命を使い』全うするのが名誉なのである。
「死を軽蔑すんのは武士道でも勇なんだがな‥‥新撰組はいわば烏合の衆だからよ、足元が揺らぐようじゃ太い柱も倒れちまわぁな」
 それじゃダメなんだ――。
「誰にだって死に場所ってのががあって、サムライにとっちゃそれを見極めるのが“義”と“勇”だ。新撰組はサムライ集団なんでな」

●哉生孤丈
「宜しくお願いします」
 左之助の九良太の前、哉生孤丈(eb1067)は軽く頭を下げた後、淡い瞳を真っ直ぐ据えた。
「よし、お前の誠を聞かせてくれ」
「俺にとっての誠とは、奇麗事や絵空事ではない、無様でも良いから自分に出来る事を精一杯やると言う心。そこに真実があると俺は思う。擦れば正義や信念などは向こうから付いてくるだろう。建前や理屈は要らない、紛う事無き熱い思い、それが俺の誠です」
 にやり、左之助が口端を引き上げる。
「それじゃお前にとって剣とは何だ?」
「剣は凶器です。何をどう繕ってもこれは曲げられない事実です。ですが、使い方次第では如何様にもなると思います。俺にとって剣とは、自分の誠を生す為の手段の一つです。勿論、刀剣自体への愛着などと言う話は抜きにしての事です。自分の思いを具現化する為の物‥‥凶器と化すか、またそれ故に人を生かすか、それこそ己の誠の志にかかって来ると思っています。志無き正義はただの暴力に過ぎませんから」
 立ち上がった左之助は孤丈の手に誠の鉢金を握らせた。
「哉生孤丈、お前の志しかと受け取った。採用だ」
 振り返った左之助に九良太が頷いて応える。
「そうだな、孤丈お前には新しく採用になった隊士、仮隊士の世話役をやって貰いてぇ。分からねぇ事は伍長並の森に聞け。ヨロシクな」
「はぁ〜緊張したんだねぃ」
 相貌一気に緩んだ孤丈の様子に十番隊幹部の笑い声が響いた。