【妄想天女】一男去ってまた一男
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■ショートシナリオ
担当:幸護
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:11月28日〜12月03日
リプレイ公開日:2006年12月08日
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●オープニング
「遊ね、紅葉を観に行きたいの」
「‥‥は?」
御所より丑寅の方角。平時より賑々しい通りを今は紅い喧騒が満たしている。
軽やかに足を踏み入れた訪客に、ギルドの手代は二の句を継げぬまま瞠目した。
年の頃は十七、八だろうか、艶やかな黒髪が印象的な少女である。
妙齢という事もあり、上目遣いに見上げてくる仕草は愛らしくもある。
――のだが。
「やだ‥‥そんなに見詰めて。遊に一目惚れしたのね! ‥‥困っちゃうわv」
「‥‥‥‥」
ギルドの親仁は日々の忙事に紛れ――己の意思が働いたのも多分にあると思われるが――片隅の、そのまた僻地へ追いやっていた記憶を手繰る。
そう。眼前の少女には見覚えがあった。
「この時期に紅葉を観ないなんて勿体無いわ。京には名所も沢山あるって聞くし、絶対観に行きたいの」
「へぇ“この時期”に‥‥“わざわざこの時期”に紅葉どすか‥‥」
親仁が殊更に強調して言うのも無理からぬ事。何しろ王城の都は長州の決起により乱擾の真っ只中である。
その混乱は市中にも及び、市井の民とて袖手傍観などと嘯いてはいられぬ現状なのだ。
然すれば、京都の禍災解決の先鋒である冒険者ギルドの現況は推して知るべしである。
――が、そんな事を鑑みてくれるような者であれば、今、まさに“この時期”にギルドを訪れてはいないだろう。
もっと言うならば、常識ある人物がこの非常時に「紅葉を観に行きたいの」などと宣うわきゃあない。
しかして、親仁が記憶の片隅の僻地から引っ張り出した人物も、紛う事無き非常識人であるからして致し方ないのか。
要するに『遊(ゆう)』とはそういった少女である。
「何だか最近、町が騒がしいようだけど‥‥みんな遊を見かけて色めき立ってるのかしら? 岡惚れ? 遊ってば罪な女だわ」
うん。違う意味でね。
何れにせよ、町を揺るがす大事件から愉快な珍騒動、果ては小さな恋のお悩みまで、種々様々の案じ事解決を一手に引き受けるのが冒険者ギルドである。
そんな訳で、まさか追い返す事も出来ず。
「紅葉見物の護衛いう事でええんどっしゃろか?」
「ええ。護衛も兼ねて一緒に廻ってくれる“男の人”をお願いしたくてv だって遊ってば天女のように愛らしいでしょ? だから一人歩きなんて危ないと思うの。貴方も思うでしょ? 思うわよね、やっぱり」
「は? ‥‥はぁ、そうどすなぁ‥‥せやけど女性にも腕利きの冒険者はようさん居てはりますが」
「いいの。遊は“男の人”がいいの。絶対男の人! 女の人と廻ったってつまらないもの」
みんなで下賀茂神社に行くの。えーっと‥‥『糺の森』だったかしら?
きっと燃えるように綺麗に色付いてるでしょうね。でも、「遊、君の方が綺麗だよ――なんて言われちゃったり‥‥きゃv」あぁ、みんなで遊を取り合って喧嘩しなければ良いけれど。
恥ずかしいわ、困っちゃうわ――と妄想に耽る遊に、最早かける言葉もなく、手代は筆を墨壺に沈めた。
*
一男(いちなん)去ってまた一男。
冒険者と遊の紅葉見物や如何に?!
●リプレイ本文
竹箒で掃いたような雲が、細く棚引いて空の色を薄めている。秋空と女心――などと言うが、暫くは晴天が続きそうな京洛の秋日。
まさに紅葉狩り日和‥‥なのではあるが、皆の心中が晴れやかなるかは――まぁ、あれだ。深く考えちゃイケナイ。
●野に花咲く天女咲く(咲いちゃいました)
「藤の季節にしか思い出してくれぬ、つれない天女殿は私を覚えておいでかな?」
艶やかに笑んだ久世沙紅良の漆黒の髪がさらりと風を孕んで靡く先で、瞳を輝かせた遊がその胸に飛び込んだ。
「沙紅良っ、そんな意地悪を言って遊を困らせないで。遊の心にはいつも藤が咲いているのよ。沙紅良が遊を想ってくれている時、遊も沙紅良を想っていたわv」
「‥‥(ひじょーに微妙な間)‥‥あぁ、それなら私達は常に共にあったのだね。嬉しいね」
つーか、絶対に想ってないしアンタ。
「本当に沙紅良なのね。遊を抱き締めてくれるこの腕‥‥溢れる愛を感じるわ」
「おや、忍びきれぬ想い(むしろ違うモノ)が溢れ出てしまったようだね。緋緒君から話を聞いてね、花の顔(と奇行とか奇行とか奇行)を愛でに来たのだよ」
遊の髪をそっと手で梳く沙紅良の悠然たる面持ちが崩れる事は無く、遊は潤んだ瞳で彼を見詰める。
なんか桃色。朝っぱらから桃色。
「天下の往来で何をしてるんですか‥‥」
「花を愛でるのに場所など瑣末な事を気にする必要などありはしないよ。そも、こちらに御座すのは天女殿だからね」
佐紀野緋緒(eb2245)、げんなり渋った顔をもう一段げんなりに染め上げるのを沙紅良はひらりとかわす。
「天女‥‥どちらかと言えば天災のような‥‥字面も似ていますし‥‥」
見るからに危険な悪寒がひしひしと――思わず本音を呟く緋緒さん、日頃の苦労が滲み出ちゃった。
疲れたり憑かれたりそんな日常が垣間見えて痛々しいやら笑えるやら(笑っちゃったよ)
「‥‥遊と出会った事は天が定めた運命だと、そして燃え上がる恋心が緋緒の心をまるで嵐のように掻き乱してしまったとそう言うのね?」
「言ってません」
間髪入れず否定する緋緒の言葉は当然ながら天女には届かない。
『愛してる』
こう訳されました。
天女の脳内翻訳機は正常に活動中。がんばれ緋緒、負けるな緋緒、寄せ付けてるぞ緋緒、やったぜ緋緒!
(この時期に紅葉見物とは、きっと女性の黒髪に清めの塩をふりまいて結ったような荒縄のごとき神経なのだろう)
無双空(ea4968)並々ならぬ覚悟を持って参戦(←間違ってない)したものの、その覚悟も虚しく、隣りのそのまた裏の五件隣りの向かいの鈴木さん(誰)宅の知られざる情事を覗いてしまった心持ちである。
知らなければ遠く他人事だったのに――そんな感じ。もう遅いやい。
「心の上に刃と書いて忍び‥‥心に刃をあてる、私心はいかなる場合も滅却せねば。これも修行と思えば耐えられん事はない」
職種的に遊との相性バッチリだという事は非常に愉快なお知らせである。
忍者ッテ、タイヘンナンダナァ。
「うひょひょひょひょひょ♪ 遊殿、お久しぶりぢゃのう」
背後からにょっきと顔を突き出したのは『華麗なるひげもじゃ』の異名も高らかな郭培徳(ea7666)さん、この世に生をなして九十と八年の素敵な爺さま。
「!!!!!!!」
(「忍びの忍は忍耐の忍‥‥忍びの忍は忍耐の忍、忍びの忍はにんじんの忍‥‥忍びの忍はにんにくの忍‥‥」)
空が錯乱するのも無理は無い。
華麗なるひげもじゃは本日も華麗だったのである。
あれ? 華麗ってどんな事を言うんだっけ?
という日本在住の移民のみなさまと一緒に日本語のお勉強。
<華麗=はなやかで美しいこと>
決して香辛料の効いた食べ物ではありません。食べるな危険!
そんな訳で、培徳さんは褐色の肌に目一杯の白粉を叩き込み、紅を引いて女性の着物を身に纏っております。お髭だってお手入れは完璧!
‥‥美ってものは人それぞれの価値観ですから。はい。
「今日は御主のために装ってきたのぢゃ♪」
初対面の時に同じく女装姿だった培徳は、遊の記憶を手繰る意図があるのだそうだが、限りなく面白がってるだけに違いない。
腰に手を当て、力の限りふんぞり返り、華麗なる面相でにこやかに笑んでいる。何これ‥‥胆試しデスカ?
――が
「培徳‥‥ちゃん? あら、可愛らしいv」
その容貌をつぶさに観察した遊はお気に召したようである――培徳の破壊的な姿は彼女の心を寛容にさせたようだ。
もし女装姿が板に付いていれば“敵”として認識されていただろうが。
どちらにせよ周囲に与える衝撃が変わる事は無い。
「遊殿もお気に召したようぢゃ、このまま参ろうかの」
(「忍べ、血を吐くまで忍ぶんだ。大丈夫、俺はまだやれる!」)
知らず拳を握る空の顔を覗き込んだ遊は、何度かしばたたかせた瞳を大きく見開いた。
「空どうしたの? わかったわ! 照れているのね‥‥恥ずかしがり屋さんなんだ・か・らv」
「ああ、そう‥‥かな‥‥」
(「何をどう見たらそんな思考になるんだッ」)
空が血を吐くのはそんなに遠くないかもしれない。
「遊殿、空殿はウブゆえ遊殿が手を引いてやっては如何ぢゃな?」
「培徳ちゃんの言う通りね! はい、空‥‥遊の手をずっと放さないでね。五回握ったら“あ・い・し・て・る”の合図よv」
「‥‥‥‥(もはや言葉もなく)」
「うひょひょひょ♪ 空殿は感激のあまり言葉もないようぢゃ」
アレに加えてコレも一緒に紅葉見物‥‥皆様のご心中お察し申し上げます。
「都の惨状たるや筆舌に尽くし難し、だな」
「局地的ダケドネ」
華宮紅之(eb1788)と相棒のあかふん君しみじみと。
「然し、自然は人の都合を待ってはくれん」
その意味では確かに、この紅葉狩りも間違ってはいないのだろう。そもそも間違っているのは紅葉狩りそのものではない‥‥って事は皆も十分気付いてるワケ。
まだ黄泉人の方が可愛気があるとかうっかり思ったとしても、誰が責められようか。
「ウン、ソウダヨネ」
こくりこくり頷くあかふん君の本日の出で立ちは紅白褌である。お出掛けともなればオメカシしたいお年頃だ。たぶん。
例え、身代わり人形に褌を締めた姿であろうと、それがあかふん君の心意気である。
陽気に誘われてしぜん紅之との会話も弾む――声はまるごと紅之のものだけど、弾んでるんだからいいんデス――って事にしとけ。
「‥‥何て言うのかしら、本当に過酷な日々になりそうね‥‥っと、なりそうだな」
十文字優夜(eb2602)の呟きはご尤も。
「優夜様‥‥私は一日しか同行できませんが、どうか‥‥その、ご無事で」
リオーレ・アズィーズ、まるで戦に送り出すかのような心境なのも無理はない。それでも、紅葉狩りを楽しめたらとの希望は淡く淡く、溶けかけそうではあるがまだ残っている。
「ねぇ、優夜‥‥なぜお面をつけているの?」
胸にさらしを巻き、大きめの防寒着で体型を隠した優夜の顔を覆う般若面をじっと見詰め、遊は小首を傾げる。
「それは‥‥」
「いいの! 言わなくて良いのよ、優夜。聞いた遊がいけなかったわ‥‥そうよね、優夜が遊を想ってくれる気持ちだけは本当なんだもの、遊はそれを信じるわ」
「‥‥はい?」
いつの間にそんな事になっていたのだろうか。
「思っていた以上にアレだな」
「ええ、アレですね」
狛犬銀之介(eb8539)と御厨鷹臣(eb5455)、褌を締め直した方が良い。色んな意味で。
●出掛ける前は忘れずに
緋緒 「まさか“アレ”をそのまま連れて歩く訳にはいかないでしょう」
優夜 「そうね、これ以上都に混乱を招いてはいけないわよね。“アレ”だもの」
銀之介 「あの調子で“アレ”が新撰組や黒虎部隊、見廻組と遭遇したら厄介だな」
鷹臣 「えーっと‥‥遊さんの護衛‥‥ですよね?」
空 「正しくは“アレ”からの護衛だろう」
紅之 「他に目を向けさせなければ良いと思うが?」
あかふん君「コー言ウノハ、言イ出シッペガヤルンダヨネ? 緋緒サン、オメデトウ!」
優夜 「‥‥そうね。異議ないわ(押し付けた)」
銀之介 「俺もそれで(同じく)」
空 「ああ、その役は譲ろう(脱兎)」
緋緒 「貴方達‥‥」
鷹臣 「佐紀野さんお一人では大変でしょうし私もお役に立てば‥‥」
あかふん君「骨ハ拾ッテアゲルヨ」
優夜 「幸い、培徳さんがいらっしゃるから町の人達も避けてくれると思うわ」
あかふん君「ソレッテ幸イナノカナ?」
そんな彼らの背後で
「何をしておるんぢゃ、早く参ろうぞ♪」
華麗なるひげもじゃは軽やかに跳ねていた。
●とにかく逝け逝け紅葉狩り
一行の先頭を行く培徳は、腰に手を当て意気揚々と進む。ザッザッと人が退いて道が開ける分には有難いと言えよう。何事も前向きに前向きに。涙で前が見えなくても前向きに。
そんな訳で――うひょひょ声に先導されて、いざ、糺の森。
「貴女を衆人の目に晒すことは罪でしょうから‥‥色々な意味で」←声に出ちゃってます
既に疲労を色濃く滲ませる緋緒が遊に市女笠を被せて微かに笑んだ。
「あん、こんなものを被ってしまっては景色も緋緒の顔もよく見えないわ」
「‥‥遊殿の姿を他の者に見せたくないんですよ。私の気持ちを察してください。ついでに私の顔は見なくて結構です」←出てるってば
「緋緒ったら‥‥心配しなくても遊は緋緒の愛を片時も忘れたりしないわ。ほら、こうしていつも傍にv」
ぎゅむっ★
(ぞわぞわぞわぞわ)
「緋緒なあに?」
「遊殿はお可愛いらしいと申したのですよ。で、良いのですよね‥‥」
「緋緒ったら遊を独り占めしたいのね? でも今は我慢してね、それは帰ってからよv」
「はいはい、そーです。それで良いですから前を向いて歩いてください。あまりくっついてると蹴り上げますよ(本気)」
まだまだ先は長いが、緋緒の悪寒はずっと続くだろう。何しろ憑いてるし。
「あっ、失礼しました」
もう一人の犠牲者・鷹臣は、緋緒とは反対側で遊を挟んで歩いていた。心ならず遊と手が触れてしまい、咄嗟に詫びる。
「鷹臣ってば本当は遊と手を繋ぎたかったのね?」
「いえ、そ、そそそそういう訳では‥‥って、遊さん手が冷えてらっしゃるじゃありませんかっ」
慌てた鷹臣は自身の両の手で遊の手を包む。
「女性はいずれ子を産み育てる仕事があります。体を冷やしてはいけません」
もし宜しければ此方をお使い下さい、と己の外套を遊の肩から掛けてやって、鷹臣はふうわり柔らかい笑みを乗せた。
「‥‥鷹臣の子を産んで欲しい‥‥そうなのね? 遊のすべてを欲しいなんて‥‥あぁ、だけどそんなに熱い眼差しで求められたら遊困ってしまうわ」
「子を産むという事は素晴らしく貴い事です」
微妙に会話になっていないのは遊の仕様であるからして普段通りなのだが、鷹臣も独特の天然さを醸し出している。
故に、本人の与り知らぬ所でガッツリ憑かれちゃいました。
残念ながらこの分だと産まれてしまいそうです。何がかは聞いちゃイケナイ。
一人奇妙な行動をとる般若面‥‥じゃなかった、優夜は得意の忍び歩きで極力気配を断ち、遊の視界から逃れている。
「優夜ったら遊の気を惹こうとして‥‥可愛いんだから」
きゅぴーん★
何故か優夜の行動を先回りして遊の視線が追ってくる。逃げても逃げても追ってくる。
(「な、なんで彼女、どこに動いてもこっちを見てくるのよー!」)
ひたすら怖い。
そんなこんなで下賀茂神社は糺の森。
疲労感もありありと到着。徒歩の所為ではない――そんな事は全員が気付いてた(培徳ちゃん除く)
「折角だ、案内でもするか」
「オ兄サン、ウマク今マデ逃ゲテタヨネ」
だってね、あかふん君との会話が弾んでたんだもの。何ですかその珍道中。
華麗な人を筆頭に、そぞろ歩いた奇奇怪怪を思えば、昨今の王城の都は混乱続きでまだ良かったのかもしれない。きっと免疫ついてるし。
「糺の森の名の由来は‥‥どうでも良さそうなので重要点を二つ。試験に出る」
何の試験だよ。
あれだ、きっと。京ツウ一次――強引でしたゴメンナサイ。とりあえず、あかふん君謝っとけ。
「ゴメンナサイ」
「この場を治める祭神は男神だ」
「気ニ入ラレタラ神隠シー?」
「やだぁ、遊ぜったい気に入られちゃうわ、怖い! 紅之助けてっ」
「こら。私語は禁止だ」
禁止らしいよ?
「境内に連理の賢木という神木があるが、主な効用は縁結びだな」
「効用ッテ薬ジャナインダカラ!?」
言いたい事だけ言い終えて、紅之しごく満足な面持ちでぐるりを見回した。むしろ言い逃げ上等である。
例年であれば、賑わっているのだろうが閑寂とした様もまた好いものである。とにかく被害が増えないし。
「さ、お遊さん。疲れただろう? 茣蓙を敷いたから休んでくれ」
寧ろ疲労困憊なのはその他の者だったりするけれど、目に染まる赤や黄を暫く楽しめば柔に心に染み入って疲れも癒えた気さえするのだ。憑かれの方までは無理だったけど。
「このお弁当とっても美味しいわ。遊の為にありがとう。ほら、銀之介も食べて、あーん」
「‥‥おや? あの木は何の木かな、気になりますね、名前も知らない木ですから〜」
「銀之介、あーん!」
薄らとぼけた銀之介サッと立ち上がり、いっそこのまま韋駄天のご加護でぶっちぎろうかとすらかなり真剣に思ったのだが、遊に上目遣いに睨まれて断念。そして観念。
「‥‥あーん」
「次は遊も食べてね、きゃっ、恥ずかしいわ」
空の用意した有名料亭の弁当なのにまるで砂を噛むような味。しゃりしゃりしゃり。
こんなに美しい景色が広がっているというのに、それでも補いきれないこのモヤモヤは――
「それは恋ぢゃな」
培徳、細い糸のような目をカッと見開き、うひょひょと笑う。
「違うっ」
「飽く迄も違うと言い張るなら、わしと接吻ぢゃ♪」
ぶっちゅう。
「ひっどーい! 銀之介の浮気者ッ!」
ばっちーん!
「あ、紅葉‥‥」
「なるほど、こうして色付くんですね」
緋緒と優夜、心の底から同情はすれど、やっぱり我が身が可愛い。
つーことで、接吻事件と共に封印→精神衛生上すっぱり廃棄。そして弁当。もぎゅもぎゅ。美味い。
「うわぁぁぁぁぁぁん、お婿にいけなーい!」
銀之介、今回ばかりは韋駄天となる。もう遅いけど。
「うひょひょひょひょ♪ 元気になって良かったのぢゃ。遊殿の縛からも逃れられたしの」
――どっちが良かったかは、判断が難しいところである。
「糺の森‥‥か。字義は異なるが、遊の自分の都合良い思いこみの激しさも正してくれればよいものを」
天を見上げた空がぽつりと呟く。
――なんか他にも色々正した方が良いと思うけれど。
それでも秋風の揺らす紅葉は美しく、それなりに有意義に過ごせた気がしないでもない。銀之介くん以外は。
もぎゅもぎゅもぎゅ。