●リプレイ本文
●ヘソゴマ異聞
――出発前。
「‥‥ごめんね。私、荷物が多くて動けないみたい‥‥」
「我輩が持って進ぜよう。少しばかり荷物が増えても我輩は平気なのである! ふははははー!」
「そしたら〜、これと、これと‥‥これもね! よっ、男前ッ☆」
細腕に大荷物を抱えて申し訳なさそうなエンジュ・ファレス(ea3913)の前で胸を叩いたユウキ・タカムラ(ea4763)にフィール・ヴァンスレット(ea4162)が次々とエンジュの荷物を渡す。
「はっはっはっ! って重すぎるであるっ!」
「‥‥荷物が多いと仕事にも支障を来す、という事ですね。注意しませんとね」
橘由良(ea1883)が苦笑して呟いた。
村に到着した一行。
「我輩、情熱の国イスパニアの地と風の魔術師、ユウキ・タカムラなのであるっ!」
先頭を切って名乗ったユウキに村人達は少々不安げな表情を浮かべはしたものの快く彼らを迎え入れた。
こんなんでも、あんなんでも、そんなんでも藁にも縋りたい、そんな心境なのであろうか。
「変な天邪鬼もいるもんだよね。よーし、蛸殴りするからどんとこい!」
「うんうん、面白い天邪鬼さんだよね。ヘソゴマ団子‥‥どんな味なのかなぁ」
エンジュがぐぐっと拳を握ると、クリクリの眼で彼女を見上げた泉水勇我(ea4425)が大袈裟な動作で首肯する。
「ヘソゴマ‥‥集めて一体どうなさるんでしょう? 世には理解出来ない事が多くありますね‥‥」
朱鷺宮朱緋(ea4530)がけぶるように濃く、白の肌理細かい肌に影を落とす長い睫毛を伏せてそっと息を漏らした。
被害はヘソゴマだけなので仄聞した分には重且つ大の害とも思えないのだが村人が不快を抱き、怯えているとなればやはり放ってはおけない。
その為に彼女ら冒険者が呼ばれたのだから。
「天邪鬼にはお引取り願わねばなりません。‥‥必要とあらば御仏の御力を行使する事になりましょう」
天を仰いだ朱緋は穏やかに言の葉を紡いだ。榛(はしばみ)色の双眸は静やかな声音に反して意志の強い光を宿し高天原を捉えている。
その横でぴょんぴょんと軽く飛び跳ね「ヘッソヘッソゴマゴマヘッソゴマ団子〜♪ 食べたいな〜♪」と調子をつけて口遊ぶ勇我の姿を視界の下の端に捉えたマグナ・アドミラル(ea4868)が己の腰辺りを跳ねる勇我の頭を大きな手でわしゃわしゃと掻き撫でた。
「そんなもの食べたら腹を壊すと思うが‥‥」
そういう問題でもないと思う。
因みに勇我はマグナの半分程の身の丈で、年齢などはまるで祖父と孫の差である。
「本当にヘソゴマ食べないといいですけど‥‥」
カイン・ミナエフ(ea4185)が肩を竦めた。
「天邪鬼ってどんなのなの〜? 鬼っていうぐらいだから大きいの〜?」
「ちょうどあの坊より小せぇくれぇだべか。見た目は怖くねぇですだ」
「んだんだ、普通の童のような姿をしてるだべ。ただ頭んとこさ角が一本生えてるだ。角がねぇならその辺の童と変わりねぇですだ」
「悪戯好きで人を困らせては喜んでるんだべ」
天邪鬼について訊ねたフィールに村人達は勇我を指差し答えた。
皆の視線が勇我に注がれる。彼より小さいとなると身の丈は四尺ほどであろうか。
「ねぇねぇ、じゃ、ヘソゴマ取られてどんな感じだった?」
興味津々といった様子で身を乗り出した勇我に村人は苦笑して答える。
「寝床にやってきて楽しそうに笑いながらヘソゴマを集めるですだ」
「よう分からん言葉をブツブツ唱えるようにしてヘソゴマ取るだべ。それを聞いてると段々苛々してくるですだ」
「んだ。ヘソを掃除されるのはこそばゆくて気持ちいいだども妙に気分が悪くなるですだ」
「ふぅん? じゃあ、じゃあ、ヘソゴマ団子の味ッ! 美味しい?」
「‥‥ヘソゴマ団子は食うたことないだべ」
「えー!? 食べた事ないの?」
勇我はガックリと肩を落としたが――そりゃそうだろう。
ヘソゴマ団子とは言ったものの要するにヘソ垢の塊である訳で、口にしようなどと思う人がいようはずもない。
只一人、勇我はどうやら食べる気満々のようだが。
「退治の為、今晩一時隣村に避難をお願いしてもいいでしょうか?」
村人はエンジュの申し出を快諾した。彼らにとっても願っても無い事である。
「皆が避難すると天邪鬼が怪しむので何人かの方に残っていただき協力をお願いしいのですが‥‥残る方にはもし狙われた時には私が側で身をていして守ります」
継がれた言葉に顔を見合わせた村人は暫し言葉を交わした末に一人の若者を残して村を後にした。
「私が隣の布団で寝て守りますから安心して下さいね」
微笑んだエンジュに勇敢にも村の為に残った若者は耳まで真っ赤に染めて勢いよく頭を下げた。
「こんな別嬪さんと寝れるとは夢のようですだ。よ、よろしくお願いしますだっ」
勇敢にも村の為に残った若者‥‥のハズである。恐らく。‥‥とっても嬉しそうだが。
●癖ある天邪鬼に能あり?
「囮は村の若者とエンジュ殿、フィール殿、ユウキ殿か‥‥」
床下に身を隠そうとしたマグナだったが大きな体躯では収まらず、由良と共に囮のいる家の隣の家に待機した。
「穏やかに解決出来れば良いのですが‥‥。マグナさん、できるだけ天邪鬼を殺さないようにお願いできますか?」
「確かに被害を最小限にするのが最善。戦闘は極力回避した方が良いだろうな」
「ええ」
肯諾の言葉を返したマグナに眦を下げにっこりと笑んだ由良が再び視線を囮の家に向けた。
腹には幾重にもサラシを巻いて防御準備は怠り無い。天邪鬼のヘソゴマ採集に一番懸念を抱いているのは由良かもしれない。
とは言え、好んでヘソを穿(ほじく)られようなどという物好きはどう考えてみても奇特である。
夜も更けてそんな奇特な面々に忍び寄る小さな影。
「ちょっとやだな‥‥心細い‥‥」
村人に着物を借りて布団に入っていたフィールが小さくぼやく。今更ながら強い不安が押し寄せる。
「だ、だってさ僕、乙女だしね‥‥あれ? なんかもぞもぞするよ?」
暗闇に視線を凝らすと小さな影が足元から布団を剥いでいるのが見えた。
「やーん、まだ心の準備が〜っ! 待って〜」
天邪鬼はそんなもの待っちゃくれない。
腰紐に手を伸ばし慣れた手付きで解くと小袖のあわせを左右に押し開き肌を露にする。
「うわわっ、ちょっ! これはちょっと待ってーっ!?」
いや、だから天邪鬼は待っちゃくれないってば。
「やっ、あっ‥‥ダメだってばあぁぁっ!」
「ひゃぁっ! んっ‥‥くすぐった‥‥い。やぁぁん」
静寂な夜天に立ち上るフィールの声。破廉恥というか卑猥というか‥‥甘美というか。
男性陣はほんのちょっぴり天邪鬼に感謝したとかしないとか。
気の済むまでヘソを掃除し次の獲物目指して飛び出して行った天邪鬼の去った場所にフィールが枕を投げつけた。
「乙女のヘソゴマ奪って逃げるなんて卑怯者〜っ!」
“乙女の”と言われれば良い物のように聞こえるから不思議だ。
次に天邪鬼が現れたのはユウキの寝所。
「来たであるな? 貴様は幸運である。我輩の黒々と豊かに茂った沈黙の森の奥地にある神秘の秘宝の周りの不毛な大地の一片を、穿らせてやるのであ〜る! 心して穿るが良い!」
要するにドワーフの豊かな体毛の奥に眠るヘソ‥‥にあるヘソゴマという事らしい。
当然ながらユウキのそんな言葉はまったく聞きもしないで天邪鬼は既に穿っているのだが。
そもそも天邪鬼に言葉は通じない。否、彼らには彼らの鬼の言葉があるのだが少なくともジャパン語やスペイン語は通じないのだ。
「うぬっ、これは中々の腕前っ! やるであるな天邪鬼! しかし我輩は決して屈しないのである!」
数分後――。
「おっ、おぉぉぉぉぉ!!!!」
ユウキの雄叫びが夜気を切り裂いた。
昇天。
「ヘソゴマ取ってるんですよ‥‥ね?」
天邪鬼の目的を探るために監視を続ける由良がマグナに問う。
「‥‥‥‥」
マグナはそっと視線を逸らす。そして哀しい事に返答は無かった。
‥‥え? ヘソゴマですヨ?(汗)
●ヘソゴマ団子
エンジュと布団を並べた村の若者は朱緋に言い含められた言葉を口の中で何度も繰り返していた。
「強い仲間がいますから信じて大丈夫ですよ」
若者の不安を少しでも拭おうとエンジュが小さく声を掛ける。
と、戸口から細く月の光が射して小さな影が若者の布団に近付いて来た。
「まっ、待ってただよ! あんたのヘソ掃除の腕はてぇしたもんだべ!! は、早く掃除して欲しいだべ!」
緊張は隠せなかったが出来るだけ明るく、嬉しそうに演じてみせた若者に天邪鬼は瞳をしばたたかせ暫し動きを止めた。
言葉は通じないが若者の様子から普段とは違い好意的であると感じたのであろう。明らかに戸惑っているのが見て取れる。
暫く臆していたが、そろりと若者に近付き着物をはだけてヘソに手を伸ばすとブツブツと唱えるように呟きながらヘソゴマを取る。
『□×▼○●■◎×△‥‥』
「いやぁ、嬉しいだべ! きっ、気持ちいいだべ! あんた本当に上手いだべなぁ」
村人が嫌がるのを喜びヘソゴマを取っているとしたら逆に褒めそやせば改まるかも知れないという朱緋の意見で若者は必死に喜ぶ素振りを見せて天邪鬼を褒める。
天邪鬼は確かに戸惑い躊躇うようではあったのだが、しかし、徐々に若者の様子が変貌した。
「や、やめるだべっ!」
若者はすっかり不快を露にして叫んでいる。
隣で眠ったふりをして様子を窺っていたエンジュが訝しげに眉根を寄せた。
(「天邪鬼のあの言葉に何かあるのかしら?」)
天邪鬼の発している言葉らしきものが若者を不快にさせたような気がする‥‥。天邪鬼にはそんな能力があるのかもしれない。
エンジュは、ふと思考を巡らせてみたが、こうなってしまえば早く若者を助け出さなくてはならない。
「そんなにへそ掃除が得意なら私にも一つ教えてくださいな」
突如起き上がり、そのまま天邪鬼を呪縛しようとしたが術は発動できなかった。
驚いて逃げ出した天邪鬼の後を待機していた仲間が追う。
「ヘソゴマ返せ〜!!」
叫んだ勇我も飛び出して追った。目的はヘソゴマらしい。
村の裏手の山へ逃げ込んだ天邪鬼を追い詰めてぐるりと囲んだ冒険者達。
「‥‥どうします?」
しゃがみ込んで小さく震える天邪鬼を見下ろしたままカインが溜息を吐いた。
そもそもがヘソゴマを採集しているだけで、大して村人に害を及ぼしていない上にこう震えられてしまえば攻撃しようにも出来ないではないか。
ましてや村人から聞いていたように、角があるのを除けば人間の子供と差異がない外見である。
「もう悪戯をしないなら無益に傷付ける事もないですよね」
「私もそう思いますが意思疎通が叶わないのでは困りましたね」
朱緋が由良に同意して頷き天邪鬼に視線を向ける。
「悪戯好きと言ってましたし村人が嫌がるので面白がってヘソゴマを採集していたのでしょうか‥‥」
カインの言葉に「恐らく」と首肯したマグナが天邪鬼に短刀を突き付け威圧する。
「もし再び村人を恐れさせるような事があれば次はその首無いと思え」
低く重々しい言葉に竦み上がった天邪鬼は今にも泣き出しそうである。天邪鬼が泣くものかどうかは分からないが。
言葉は通じなくとも大凡の感情は読み取れるであろうから状況を理解できてはいると思われる。
――しかし怒りの鎮まらない者、約二名。
「乙女の服を卑猥に脱がした報いだけは受けて貰うからね〜! 乙女の純情を返せ〜☆」
乙女の純情ってヘソゴマ?
すこーん。
とにかく回し蹴り。『乙女の純情回し蹴り』名付けるならそんな所。そのまんまだけど。
「我輩の神秘の秘宝の周りを散々弄くり廻した愚物よ! うっかり気持ちよかっ‥‥いや、違うである! 我輩の力で存分に神秘を味あわせてやるである! 発射ぁぁぁ!!」
どーん!
発射したのはユウキ自身。飛びあがり天邪鬼の上にどどーんと圧し掛かった。
潰れた天邪鬼が目を回している。
「迂闊に神秘に触れる者の末路である! ザマァ見たか! はっはー!」
勝ち誇り高笑いするユウキにいつの間にか山の端を染めていた朝日が射していた。
「‥‥お仕置きとしては十分でしょうね」
寧ろお釣りが出るくらい。ええ。
恐らくもう二度とヘソゴマを取って村人を怯えさせる事はないだろうと朱緋が言うと「えーっ!?」と勇我が残念な声を上げた。
「ヘソゴマ団子欲しかったの! ヘソゴマ団子食べたかったのにぃぃぃ。無念なり」
いや、そんなの君だけだから。
めでたし、めでたし☆