教会の幽霊?〜ちっちゃい者、求む

■ショートシナリオ


担当:九ヶ谷志保

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月11日〜07月14日

リプレイ公開日:2006年07月17日

●オープニング

「神父様。いちばん上の部屋に、どなたか、お客様ですよ」
 教会で保護されているジャイアントの青年、オルド・イガエスがそんな事を言い出したのは、とある朝の事。

「上? 最上階の部屋の事かね?」
 この古い教会の神父、初老の人間ドニ・セリデは、彼らが寝泊りする建物の最上階に続く階段に目をやった。
「あの部屋には誰もおらんよ、オルド。ずっと前から入口が塞がれて使えないようになっているんだ」
 神父や神父見習いが寝泊りする為のその建物は、最上階の一室が、石と漆喰で入口を塞がれており、出入りが出来ないようになっていた。下の方に、盆が入るくらいの小さな四角い穴が開いているきりだ。
 教会に伝わる言い伝えによれば、古い時代に、大罪を犯した高貴な身分の人物が死ぬまで閉じ込められていたそうだが、本当のところは誰も知らない。
「でも‥‥」
 オルドが言いかけた途端。

「ドニ神父! 大変です。朝食のパンが」
 駆け込んで来た見習い神父、若い人間のトマ・デュレーが、ほぼ空になったパン籠を持って来た。
「誰か、昨日の夜、聖堂に入ったか?」
 速足でやって来たのは、エルフの見習い神父、アドリアン・ビヨール・デルフュだ。
「今、朝の礼拝の準備をしようとしましたら、祭壇の上の香炉や燭台が倒されていて‥‥。昨夜、私が聖堂の鍵を閉める時までは確かにきちんと揃っておりましたのに」
 
 全員が、顔を見合わせた。

「‥‥上の部屋の、お客様ではないのですか? お腹が減っていたのでパンを食べて、礼拝しようとして香炉を引っ掛けてしまったのでしょう?」
 何か不思議な事が? と言わんばかりに、オルドが目をぱちぱちさせている。
「オルド。上の部屋のお客様って、どういう事なんだ?」
 アドリアンがオルドを見上げる。
 彼を始めとして、誰一人、オルドが犯人ではないか、などと疑う者はいない。元・戦闘奴隷という立場にあり、良くも悪しくも内面が子供である彼に、巧妙な嘘などつけないからだ。そもそも、嘘をつくとか、人を騙すとか、そういった概念自体の持ち合わせが、彼には無い。
「昨日の夜、寝ようとして部屋に戻ったら、誰かが上の廊下を横切りました。追いかけたのですが、もう誰もいませんでした」
 ひっ、とトマが小さな悲鳴を上げる。
「ま、まさか、幽霊‥‥?」
 クレリック見習いなのに、幽霊の類が怖くて仕方ないトマが青褪める。
「馬鹿な! この聖なる母の家に、幽霊だと!?」
 アドリアンが、目を吊り上げる。ドニ神父が割って入り、二人を諌めた。

「オルドや。その、お客様は、どういう方なのか分かるかね?」
「ちらっとしか見ませんでした。けど、小さな方でした。このくらいで」
 オルドが大きな手で、猫くらいの大きさを示した。
「? 人間じゃない‥‥?」
 聖職者たちは、きょとんとした。
 よく考えれば、幽霊ならパンを盗み食いしたりはすまい。
「さっき、上の部屋の穴に、手を突っ込んでみました。そしたら、お客様に手が触れて『いにゃん、えっちぃ』と言われました」
 オルドは生真面目に口調を再現してみせる。
 
 彼は、手指を一同に見せた。浅黒い指先に、青いキラキラした粉みたいなものが付着している。
「これは?」
「蝶の‥‥鱗粉ですね。翅をキラキラさせている、あの粉ですよ」
「でも、喋った、という事は‥‥」

「「「‥‥シフール?」」」


 その日の内に、こんな依頼書が冒険者ギルドに張り出された。

<体格の小さな方を求めます。シフール、もしくはパラ、または彼らと同等に小柄な方。
当教会の、入口が塞がれて小さな隙間からしか出入り出来ない部屋に入り込んだ、シフールと思しい方と面会し、出てくるように説得をお願いいたします。
何かあった時のために、それ以外の種族の方もご一緒くださって結構です。お待ちしております。>
―――神父 ドニ・セリデ


「あの教会にいるのは、人間が二人にエルフが一人。それと、ジャイアント。いずれもほぼ成人男性。その塞がれた部屋ってのが、お盆をあてたくらいの穴しか開いていないんだって」
「なるほど。お盆くらいの穴に入れる人は、いないよねぇ‥‥」
 受付係の気だるげな女性の説明と、両手で作った人の肩幅にも足りない四角形に、誰かがそう言った。
 そのくらいの穴なら、シフールなら楽々、パラならどうにか潜れるくらいか。
「最悪、その塞いである石壁を壊すって手も考えたみたいだけど、乱暴な事は極力避けたいようね。直接部屋に入って説得してもらいたいんだって」
 教会なら、普通そう考えるであろう。

 依頼書の前には、比較的体格の小さな冒険者たちが集まっている。
 自分は‥‥
「どっしよっかなー♪」

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1860 ミーファ・リリム(20歳・♀・ジプシー・シフール・イスパニア王国)
 ea2816 オイフェミア・シルバーブルーメ(42歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea8086 アリーン・アグラム(19歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea8111 ミヤ・ラスカリア(22歳・♀・ナイト・パラ・フランク王国)
 ea9480 ジュネイ・ラングフォルド(24歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

鳳 飛牙(ea1544)/ チェムザ・オルムガ(ea8568

●リプレイ本文

「ラーテーリーカーァ!」
 巨躯のオルド・イガエスが、がしぃっ!としがみ付いた小柄な少女は、ラテリカ・ラートベル(ea1641)だった。
「オルドさん、お元気だったですか? またお会い出来て嬉しいですよー♪」
 ラテリカも抱き返す。しばらく前、親友を殺した心の傷から立ち直れずにいた彼を救ってくれた、八人の冒険者の内の一人が彼女だ。

「んー、確かに古っぽい教会なのら〜〜〜」
 と、思わず正直な感想を口にしてしまったのは、シフールのミーファ・リリム(ea1860)。
「いっちばん上の部屋に隠れてるんだ? 何してるんだろね?」
 ミヤ・ラスカリア(ea8111)も、首を伸ばすようにして、その古い教会を上から下まで見る。
「でも、その部屋って、何で塞がれているのかしらね? ちょっとだけ気になるわ‥‥」
 と首を傾げたのはアリーン・アグラム(ea8086)。

 聖堂などは一部新しいのだが、そのシフールらしき侵入者が隠れている生活棟は、古い時代の建物をそのまま流用しているようで、壁の石材は明らかに磨耗している。
「ふぅん。丁度いい具合に、真横に大木があるわね‥‥教会の中にも、鉢植えか何かあると良いのだけど」
 教会の建物と言うより、庭や内部の窓辺に視線を走らせたのは、オイフェミア・シルバーブルーメ(ea2816)だった。
 神父の方針なのか、この教会は緑豊かだ。庭の菜園の野菜の他に、薔薇の茂み、大きな樫らしき古木、小さな泉の側にアイリスらしき花。
「初めまして、神父殿。俺は神聖騎士、ジュネイ・ラングフォルドと申します」
 驚く程整った顔立ちの、色白の青年ジュネイ・ラングフォルド(ea9480)が、優雅に一礼する。ゆったりしたフード状の被り物が垂れ下がった。実は耳を隠しているのだが――それは出迎えた聖職者たちの知るところでは無い。

「ようこそおいで下さいました、皆様」
 この教会を預かるドニ・セリデが、丁寧に彼らを案内する。人間とエルフの見習い神父、そして保護されているジャイアントの青年オルドも付いてきた。
 オルドは小さい愛らしいものに目が無いらしく、アリーンとミーファのシフールコンビ、そしてパラであるミヤなどを見てニコニコしている。
 
「ここです」
 神父が一行を連れてきたのは、長い事人の出入りのなさそうな、最上階の一角。
 示した先にあるのは、確かに盆くらいの直径の四角い穴だ。
「確かに、食事などを差し入れるために開けた、という感じだな‥‥」
 ジュネイは軽く腰を屈めて覗き込んだ。
「これって、どのくらい前から塞がれているのかしら?」
 オイフェミアは、埃っぽいその壁に目を凝らす。
「それが、詳しくは分からないのです。私がこの教会に来て、かれこれ二十年以上にもなりますが、来た時には、既にこの状態でした」

「じゃあ中には閉じ込められた人の死体がそのまんま?」
 ミヤが死体、という言葉を口にすると、もう一人の見習い神父トマがビクッとした。
「この中の人って、死体と一緒に寝起きしてるのかしら?」
 もしそうなら、余程身を隠したい深刻な理由でもあるのか? アリーンはそれが気になった。
「お〜い、中の人〜。ミーちゃんが来たのら〜。入っていいのらか〜?」
 地面に下りたミーファがちょこちょことその穴に近付くと。

「く、来るな、にょ〜っ!」

 という、危機感が漂っているんだかいないんだか分からない口調の拒絶が、その穴から投げ付けられた。
「おお、返事したのら〜」
 ちょっとした驚きと共に、ミーファが呟く。
「中の方、こんにちはです〜♪ 出てきてラテリカたちと、お話しないですか?」
 ラテリカが呼びかけると、中で「にょ〜〜〜っ」という奇声が放たれた。
「こ、断る、にょっ! しふーるには、隠れねばならぬ時もある、にょだッ!」
 よく分からない理屈と共に、中のシフールはそう言い張った。

「‥‥この調子でして」
 と溜息をつくドニ神父。
「神父様。お願いがあるです」
 ラテリカが、つっと前に進み出た。
「中のシフールさんを、怒らないであげて欲しいです。きっと、何か訳があるです。ここに来る前に、怖い思いしているかも知れないです。‥‥オルドさんみたいに」
 ふ、とオルドを振り仰ぎ、その大きな手を取る。はっと、オルドが ラテリカを見る。
「あたしからもお願いするわ。無理に問い詰めたりしないで、神父様。これだけ頑なになるからには、絶対に訳があると思うもの」
 即座にアリーンが同意する。

「我々は、聖なる母のしもべ。道に迷う者を、責める事は出来ませんね」
 仕方ないな、という笑みと共に、ドニはそう約束した。
 シフールの免罪を主張した者たちが歓声を上げる。
 関心無いふりしながらも、側の者たちは、微かな笑みを口元に刻んだ。

「さて‥‥話を聞くには、あの部屋から出てきてもらうか、それとも、こっちから入るかだが」
 そう言って、周囲を見回したのは、ジュネイだ。
 話し合いの場となったのは、あの部屋のすぐ下にあるオルドの部屋。
 冒険者たちの手伝いとして、オルドも残されている。
「とにかく、中の人を怖がらせないよしないといけないですね?」
 ラテリカの一言に、考え込む一同。ミーファやアリーン、ミヤ、そしてちょっと無理すればラテリカ自身だって、あの壁の穴から突入出来るだろう。
 が、しかし。
 そうなれば、相手は恐れてしまうかも知れない。

「そうだ! 宴会しましょ、宴会っ!」
 アリーンが言い出し、目を輝かせた。
「あんなトコに一人でずっといるんだもの。お腹空いてるし寂しいハズよ!」

 一瞬、面食らった表情の冒険者たち。
 オルドは「宴会」の意味が分からず首を傾げていた‥‥が。

「いいね! でも、お酒は駄目っ☆」
 反対の可能性をほぼ排除した勢いで、ミヤが賛成する。
「だったらラテリカ、賑やかな音楽で盛り上げるですよ〜」
 バードのラテリカがにっこり微笑む。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。お前たち、本当に教会で宴会するつもり?」
 流石にそれは‥‥と突っ込んだのはオイフェミアだった。
「いや、破目を外しすぎなければ大丈夫だろう」
 ジュネイはあっさり賛成した。
「そですね〜。騒いでもいい時間帯とか、伺ってみると良いと思うですよ〜」
 とラテリカ。

「んじゃ、決まりね」
 アリーンは、そう言うと、くるっとオルドを振り向いた。
「お願い☆ 美味しいお料理を用意して欲しいのっ☆」
 可愛さ全開のアリーンに一も二もなく頷いたオルドだったが、ふと。
「あ、でも‥‥おれ、料理、出来ない‥‥」
 オルドにそんなスキルは無い。ましてここは「清貧」を美徳とする白の教会。

「神父様に相談してみてはどうかな? 教会なら、出資してくれている誰かとかいるんじゃないのか?」
 そのツテを辿れば、料理人やご馳走を調達するくらいは、とジュネイは提案した。
 オルドは、感心したようにじーっと彼を見ている。流石、神聖騎士は違うのだ、とでも思っているのかも知れない。

 ジュネイ、ラテリカ、そしてオルドは、階下に下り、ドニ神父に宴会案を持ちかけた。
 ドニ神父は、流石に渋っていたが、筋道を立てて説明すると、そういう事なら、と頷いた。
 ただし、昼間の内は、信者たちが出入りするので、陽が落ちてから、という条件付きだ。

 最近出資してくれるようになった貴族を紹介され、見習い神父アドリアンと共に屋敷に向かったのだが。
 その貴族は、現在屋敷を空けていたが、贔屓の料理人の店に対する紹介状を、使用人頭に書いてもらう。それなりの値段となったのは、仕方ない部分であろう。
 
 オルドの巨大な肩に担がれて、八人分の料理が教会にやってきた。

「ごっ、ご馳走なのら〜〜〜!」
 ミーファが目をらんらんと輝かせる。
 味見、と言ってかぶりつこうとする彼女を止めつつ、神父に頼んで、会食用のテーブルと椅子を貸し出してもらった。例の部屋の廊下の前に、オルドと見習い神父たちの手で運び込もうとしたのだが。

 実は、料理が運ばれて来る間に、トマがミヤに幽霊ネタでからかわれたりしていたのだが‥‥
 それは、本筋と関係無い話である。
 

 ラテリカの竪琴による伴奏に合わせて、ジプシーのアリーンが歌い、踊る。
 本当は、ミーファも踊る予定‥‥だったのだが。

「もぐもぐ‥‥このお肉、すっごい上等なのら〜」
 到底シフールサイズとは思えないミーファの食欲に、周囲は目が点だ。
「ほっとこう。それより、オイフェミアは?」
 優雅なマナーで食事を楽しみ、オルドと「神聖騎士とは」というテーマで話し込んでいたジュネイは、ふとメンバーが一人足りない事に気付いた。
「何か、さっき外に出て行ったけど‥‥」
 何故か一人姿を見せない仲間を気にしつつ、宴は進む。

 ふと。

「耐え難きこの香りッ、そして賑わいッ! 拷問、にょッ!」

 間抜けな声と共に、影が動いた。
「あら、あなた。一緒にどう?」
 アリーンが踊りを止めると、例の部屋の穴からちらっと覗いていた小さな影が、ささっと引っ込んだ。が、すぐに顔を出す。

 確かに、シフールの少女だ。
 青い羽と青い髪。口元に、でーっとよだれを垂らして、冒険者たちの口元を見ている。

「シフールさんの分もあるですよ〜。このチョウザメのソテー、すっごく美味しいです♪」
 ラテリカが、手元の料理を口に放り込むと、シフールは耐えられなくなったようにふいーっと宙に浮かび上がり、ちょんとテーブルの上に乗った。
「あっ、らめっ! このパイは、ミーちゃんのなのら!」
「にゅぬを〜、早い者勝ち、にょっ!」
 先を争って、パイを口に詰め込み出したミーファとその青いシフール。これなら大丈夫と思い始めた、その矢先。

「‥‥って、はにゅっ!? な、何をやらせる、にょっ!?」
 はた、とシフールは我に返り、手元のチキンを引っ掴んで、流星のように部屋に撤退した。

「‥‥あっ! 逃げられた!」
 反射的に伸ばしたミヤの手を、シフールはすり抜けた。
 
 その姿が再度塞がれた部屋内部に飲み込まれた、その次の瞬間。
 まるで冥府の悪魔がの如き不気味な笑いが、部屋の中から轟いた。


「うっ‥‥にぅううううううーーーーー!」
 悲鳴らしきシフールの絶叫が尾を引く。


 何が起こったか分からない冒険者たちの前に、部屋の壁から染み出すように、オイフェミアが現れた。
「‥‥オ、オイフェミアさん!?」
 アリーンが目をパチパチさせる。こういう術があるのは、一応知識としては知っている、が。
 何時の間に、この部屋に入っていたのだろう?

「中が見たい人は入って来たら? 生憎、骨は無いけど」
 というオイフェミアの勧めに従って、アリーン、ミーファ、そしてミヤが部屋に入ってみた。
 ただ、ミヤが途中で引っ掛かってしまい。
「あれ? お、お尻つっかえちゃった!」
 じたばた。小さな足がもがいている。
「ジュネ〜、押し上げてー‥‥って、ドコ触ってんのー!」
 神聖騎士ジュネイの顎に、見事な蹴りが決まった。


「ん? 確かに骨は無いね〜」
 ようやく穴を抜けたミヤは、つまらなそうに部屋を見回した。
 オイフェミアが灯してくれたらしいランタンのお陰で、部屋はうっすら照らされていて、視界は何とかなっている。
 大きな衣装箱と、ボロボロに崩れた椅子の残骸その他。

「ねえ、大丈夫?」
 部屋の床の一角に、布を敷いて横たえられているさっきのシフールを見付け、アリーンが軽くつつく。
「どーやってここに入ったのら〜?」
 よく見ると、窓も石が詰まれ、かなり狭められている。シフールなら何とかすり抜けられる、程度だろう。

「この外にある大木と、教会内部の鉢植えに聞き込んで、シフールの正体は大体見当付けてあったわ」
 オイフェミアが説明を始める。
 彼女は、レビテーションで浮かび上がって、外の大木の枝の上で隠れていたと言う。仲間たちの宴会とタイミングを合わせて、アースダイブで石壁をすり抜け、シフールを脅した。
「何日か前に、窓からここに入り込んで住み着いたらしいわね。それ以上の詳しい話は、本人に聞かないと」
 オイフェミアが、まだピクピクしているシフールに目を落とした。


 翌日。

「堪忍にょ〜。誰も使ってないみたいだから、使わせてもらってたにょ〜」

 ドニ神父の部屋で、彼と見習い神父たちを前に、そのシフールはもじもじと言った。オルドが手の上に庇うように座らせてやっている。
 冒険者も、彼らを取り巻いていた。
「何か、お困りの事があって、この聖なる母の家にいらしたのでしょう?」
 ドニ神父は、穏やかにそう言った。

 シフールは、もにもにと話し出した。
 彼女の名前は‥‥ニョニョ。本当は「モモ」らしいが、本人は「ニョニョ」としか発音出来ないようだ。
 ちなみに、姓は「ヴァッキャール」。

 どうも、パンを盗んだのは空腹からだが、香炉を倒したのは、ミサに使うワインがあるのではないか、と探し回ったから‥‥らしい。

「兄が悪いにょッ! いっつもいっつも、うるさいにょ〜!」
 どうも、兄妹喧嘩が元で、家を飛び出した、という事らしい。
 自分から出て来たものだから、帰り辛いようだ。

 冒険者たちは、冒険者街に程近い場所にある、ヴァッキャール兄妹の家へ向かった‥‥のだが。

「ああ、あの林の中の家? 一昨日くらいから、留守らしいがねぇ」
 という近隣住人の言葉で途方に暮れた。
 ニョニョの言葉によると、兄ニャレール(本当は『ナレール』らしい)はレンジャーだと言う。
 もしや、妹が家出したと思い、遠くまで探しに行ってしまったのだろうか。

「にょ〜。仕方ないにょ〜。家を空っぽにも出来ないにょ。明日帰るから、もう一日置いて欲しいにょ‥‥」
 ちょっとションボリしている、ニョニョ。

 冒険者たちが、何だか可哀想になってきた、その時。

「こにゃー! 妹よッ!」
 いきなり、赤い翅と髪を持った小さな影が、窓辺に迫力無く仁王立ちしていた。
「この、バッキャモノー! 僕がどれだけ心配したと思ってるんにゃー!」
 ぺちぺち。
 威力の無さそうな「愛の鞭」が振るわれる。
「黙りゃー! うるさい自分が悪いにょッ!」
 と、ニョニョも負けずにぺちぺち返し。

 実に気の抜ける応酬があった後。
「ぢゃ、そーゆ事でっ! お騒がせしました、にゃー!」
 言うなり、ニャレールがニョニョを引っ掴んで、窓辺から去って行った。


「ねえ」
 オイフェミアが呻いた。
「ひょっとして‥‥これだけ?」
「‥‥皆まで言うな‥‥」
 と、ジュネイ。

 他のメンバーは、言葉を発する気力も無いようだった。
 ただ一人。
 状況が全く理解出来ていないオルドだけが、窓辺で手を振っていた。