真夜中の馬車

■ショートシナリオ


担当:九ヶ谷志保

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月16日〜07月21日

リプレイ公開日:2006年07月23日

●オープニング

 暗がりの中で、シンマラの目がぱちり、と開いた。
 つい先日の誕生日、両親からのプレゼントとしてもらったペットの狼の子供が、床で身じろぎした。
 
 そうっとベッドを降り、窓に向かう。
 時刻は夜明けの三時間ばかり前、闇が最も深い頃。この別邸の住人は勿論、宵っ張りなパリの街も静まり返っている。窓の隙間から見下ろすと、セーヌの川面がつやつやした黒い鱗のように光っているのが見えた。

 と。

 馬の蹄が石畳を叩く硬い音、そして、車輪が軋む音が彼女の耳に入った。
 取り付けられたランタンらしい光の輪と、そこに浮かび上がる大きな影が近付いて来る。
 灯りが大きく広がり‥‥その中に、不意に浮かび上がった、大きな馬車の影。二頭立てで、豪奢な造りだ。

 大きな馬車が、眼下の通りを通り過ぎる一瞬。
 少女の目は、確かに座席に座る見知った顔を捉えた。

「‥‥おじさま?」 

 彼女の誕生日にも顔を見せてくれた、彼女の両親と親しい、歴史学者の老人。シンマラが「おじさま」と呼び、懐いているその老人は、虚ろな様子でぐったりと座席に寄りかかっている。
 幼い少女が恐怖に凍り付いている内に、真夜中の馬車はあっという間に通り過ぎた。

 彼女の菫色の瞳に、一瞬だけ見えたもの。
 まるで乳母に聞かされた、恐ろしい伝説の中に出てくるような‥‥暗い色の帽子とマントを纏った、不気味な御者の姿。

 翌朝、ムートスペル家に届けられたのは、「おじさま」ジャコブ・ロイジニーが、セーヌ川岸の草叢で、変わり果てた姿で発見されたという一報だった。


<我が友、ジャコブ・ロイジニーの命を奪った『死神』の正体を暴き、身柄を確保して下さる冒険者を求む。
その際、生死は問わず。全ての経費は当家持ち。
特徴は、二頭立ての馬車の御者、暗い色の帽子とマント着用。
出現場所は、主にセーヌ北岸の通り。出現時刻は夜明け前の未明>
―――依頼人 ビューレイスト・ヴィイ・ムートスペル伯爵


「‥‥なぁ。どういう事だ、『死神』って?」
 誰かが問うた。

「つまり、言い伝えに出てくる死神の格好をした相手が、このロイジニーさんを殺した犯人らしいの。夜中、たまたま目が覚めた、ムートスペル伯爵家の一人娘が目撃したんですって」
 受付係は気だるげに答える。

「ちょっと待て? 確か、そこのお嬢ちゃんって、まだ子供だろ?」
 確か、少し前に誕生日がどうのという依頼が出ていたような。
「ええ。そうよ。九歳になったばかり」
 受付係がさらりと答えると、ちょっと待って、と誰かが割り込んだ。
「九歳のチビちゃんが、一瞬見ただけなんでしょ? アテになんの? その話って?」

 子供が悪夢を見ただけ。
 普通は、そう思うだろう。

「子供の作り話にしては、出来すぎているわ。実際、そのロイジニーさんは殺されてるのよ」
 そう言われると、確かに返す言葉が無い‥‥。

 死神。
 ノルマンの一部地域の言い伝えにある、死者を迎えに来る死人専用の馬車の御者。

 本物か。それともそういう扮装の殺人者に過ぎないのか。
 どちらにせよ、人一人、殺されているのは事実。

「受けるつもりがあるなら、まっすぐ伯爵家別邸に行くといいわ。ロイジニーさんの未亡人が身を寄せているから、話も聞けるでしょうし、目撃者のシンマラちゃんにも会えるはずよ」

 不気味な事件だ。
 だが。
「放っておく訳にも、行かないか‥‥」

●今回の参加者

 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb0862 リノルディア・カインハーツ(20歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 eb2021 ユーリ・ブランフォード(32歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb2237 リチャード・ジョナサン(39歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3338 フェノセリア・ローアリノス(30歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb3500 フィアレーヌ・クライアント(26歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 eb5338 シャーリーン・オゥコナー(37歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb5528 パトゥーシャ・ジルフィアード(33歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

アンジェット・デリカ(ea1763)/ フィリッパ・オーギュスト(eb1004)/ 天津風 美沙樹(eb5363

●リプレイ本文

「俺ぁ今、機嫌が悪い。ムカつくとこがあったとしても、流してくれや」
 と、ムートスペル伯爵ビューレイストは言った。
 何か苦言を言おうとして、奥方のアスカが口を開き――結局、冒険者たちに目顔で非礼を詫びた。

「この度は、本当に‥‥お悔やみ申し上げます」
 と挨拶したのは、パトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528)。社交辞令ではなく、その沈痛さを前に、自然と出た言葉だった。
 彼女の目の前にいるのは、ムートスペル伯爵夫妻、そしてロイジニー夫人バルバラ、そして事件の目撃者となってしまった、九歳の伯爵令嬢シンマラだ。

「‥‥お水の魔法のお姉ちゃん」
 シンマラは、シャーリーン・オゥコナー(eb5338)の姿を見ると、駆け寄ってしがみついた。
 以前の楽しげな様子とは打って変わった伯爵家の人々に、彼女の瞳が翳る。
「私達が何とかするから‥‥安心してね?」
 そう言って、可愛らしい色の布に包まれたクッキーをシンマラに手渡したのは、ユリゼ・ファルアート(ea3502)。
「アンジェットおばあちゃんから、クッキー預かっているの。食べて元気出して」
 木漏れ日に照らされたかのように、強張っていたシンマラの表情が、ようやく緩んだ。
「大好きな『おじさま』が安心してお休みできるようにしないとね」
 パトゥーシャがそっと頭を撫でると、彼女はこく、と頷いた。

「まず、詳しい事情をお伺いしたいのだが」
 と冷静に切り出したのは、ユーリ・ブランフォード(eb2021)。彼もまた、ロイジニー氏と分野は異なれど、学者だ。

「何が起こったのか、今でも分かりません‥‥」
 声を詰まらせながら応じたのは、いかにも上品な老婦人という感じの、ロイジニー夫人。
 彼女によると、事件当日の夜は、被害者ジャコブ・ロイジニー氏は、離れになった書斎で、一人原稿を書いていたのだという。
「夫がいないと気付いたのは、朝になってからです。夫の死を知ったのは、ビューレイストがこちらに呼んでくれてからですわ」
 声を上げて泣きたいのを必死に抑えている未亡人の手を、神聖騎士フィアレーヌ・クライアント(eb3500)がそっと取った。
「夜中に、娘が部屋に飛び込んで来た。凄い泣き方で、落ち着かせるのに大分かかった‥‥」
 膝に乗せた娘を撫でながら、アスカが説明した。
「聞けば、ロイジニー殿が、気味の悪い馬車に乗せられて連れて行かれたのを見たという。悪い夢でも見たのだろうと、最初は思ったのだが‥‥」
「胸騒ぎがした。で、明るくなってから、俺が馬で確かめに行った。その馬車が向かったという方向へ」
 とビューレイスト。
「‥‥死んでたよ。俺をガキの頃から知っている、ロイジニーのジイさんがな」

「令嬢にお訊きします」
 リチャード・ジョナサン(eb2237)が、優しく問う。
「その馬車は、どのような馬車であったのか。なるべく詳しく聞かせてはいただけないでしょうか?」
 シンマラの表情が強張る。
「お嬢様。お気持ちは分かります。しかし、全てはあなたの証言にかかっているのです」
 そう言ったのは、リノルディア・カインハーツ(eb0862)。シンマラの目の前にふわりと舞い降り、まっすぐ目を覗き込む。
「ここには、あなたの味方しかいません。何の心配もいらないのですよ」
 たおやかな手が、少女を撫でる。フェノセリア・ローアリノス(eb3338)は、じっと彼女を見た。

「‥‥暗い、色。お馬さんが、二頭で引っ張ってたの」
 シンマラは、つっかえつつも、はっきり言った。
 胸に抱いた狼の子供が、勇気付けるように彼女の頬を舐めた。
「横に、何か模様みたいなでこぼこが、あって‥‥でも、よく分からなかった」
 ロイジニーさんの他には? 誰が乗っていた? という問いになると、少女の目は恐怖で萎縮した。

「‥‥大きな帽子と、マントを着た‥‥真っ白な顔の、人‥‥」

「‥‥なるほど。それが『死神』なのか」
 と、ユーリ。様々なモンスターに関する知識を持つ彼だが、まるで心当たりが無い。

 シンマラの話によると、その「死神の馬車」は、セーヌ沿いの通りを、セーヌ下流側から上流側に向かって、一気に駆け抜けて行ったそうだ。
 ロイジニー氏の亡骸が捨てられていたのは、確かにセーヌ上流の、川岸の草叢。
 時刻は、闇が最も濃い時間帯――夜明けの三時間ほど前。

「この辺りじゃ、馬車で連れて行かれんのか。俺の地元じゃ『お迎え』は船だがね」
 ふと、ビューレイストが呟く。

 噂になっているという「死神」について尋ねると、ビューレイストの書斎に案内された。
 歴史学者であったロイジニーの著作と共に、教会関係者や作家がパリの街に流布する噂や、大きな事件などを書き留めたものも並んでいる。
 手分けして調べると、何冊かに、パリ近郊で流布している噂として、馬車を駆る死神の話が取り上げられていた。
 が、しかし。
 ロイジニー本人の著作には、それらしいものはまるで無い。

「伯爵様、奥様。お嬢様の身の安全の為にも、事件が解決するまで、夜はご一緒に眠られてはいかがでしょう?」
 と、ユリゼが提案する。
 アスカが頷き、
「ああ、事件のあった日よりそうしている。あれ以来怖がってしまって、一人で眠れんのだ」
 と、彼女の腰にぶら下がっているような格好のシンマラを撫でた。

「友人の天津風美沙樹より、こちらを預かって参りました。どこかに仕掛けておけないでしょうか?」
 シャーリーンの差し出した、縄に幾つもの小さな木の板を取り付けたものを見て、アスカがおお、と声を上げた。
「これは‥‥鳴子? 懐かしい‥‥と言うておる場合ではないか」

 アスカは冒険者たちと一緒にあれこれ思案し、結局それをシンマラの寝室に仕掛ける事にした。窓から覗き込んだだけでは見えない絶妙な配置で張り巡らせる。
 ユリゼは、使用人に頼み、余っている寝具を持って来させた。ベッドの上で、あたかも子供が寝ているような形に細工する。

 果たして、その夜。

 ガラガラいう激しい音が、夜のしじまを破った。
 駆けつけた冒険者たちが見たものは、侵入者に引っ掛けられた名残にまだ揺れている、部屋中に張り巡らされた鳴子。
 窓は開け放たれ、誰かが泥靴でよじ登った跡が、くっきりと残っていた‥‥。


 翌日。

 冒険者たちは、シンマラを守る護衛組と、実際の調査を担当する調査組に分かれて活動する事になった。
 護衛担当は、ユリゼ、フェノセリア、シャーリーンの三名。
 そして調査担当は、リノルディア、ユーリ、リチャード、フィアレーヌ、パトゥーシャの五名だ。
 
 護衛組は、表向きあくまでシンマラの「遊び相手」として過ごす。
 が、フェノセリアはさり気なく屋敷の構造を把握して襲撃に備え、ユリゼ、シャーリーンも警戒を怠らない。

 庭に備え付けられている古い時代の噴水の水を、ユリゼがウォーターコントロールで動かしてやる。
 ようやくシンマラは笑い声を聞かせた。
 が、ふと。
「‥‥おじさまが、ここにいてくれたら良かったのに」
 シンマラがぽつりと言った。頭を撫でてやるのが、シャーリーンの今してやれる最大の事。

「大丈夫ですよ。人であろうと魔物であろうと、神はこのような不正義をお許しになりません」
 フェノセリアの言葉に、シンマラはぷるぷると首を振った。
「違うの」
「?」
「分かっているの。お化けなんかじゃないって」
 三人は、顔を見合わせる。
「でも‥‥だから、怖いの‥‥」
 微かに震える幼い少女を、ユリゼがぎゅっと抱き締めた。


 一方、調査担当は「死神」と被害者ロイジニーの行動を追跡・調査する二手に分かれた、のだが。

 リチャードの踏み込みと共に、大気が炎に炙られ、唸りを上げた。
 炎の軌跡を描くクレイモアが、カウンターで賊の体を吹っ飛ばす。血が噴き出し、剣を取り落とした賊が悲鳴を上げてよろめいた。

 ユーリの放った火弾が炸裂し、火傷を負ったもう一人が全身をよじる。もがくようにして、衣類に付いた火の粉を払う。
 先程同じように火傷させてやったもう一人は、とっくの昔に逃げ出していた。

「くっそ‥‥!」
 何やら合図を送ると、半ば顔を覆った賊たちは脱兎の勢いで逃げて行った。

「ユーリさん! リチャードさん!」
 蹄の音を響かせて、フィアレーヌの馬が駆け寄る。
「こちらの賊も追い払いました。今、リノルディアさんがが上空から追跡してくれています。パトゥーシャさんは、お屋敷に知らせに」

「‥‥これは、死神の仕業なんかじゃない。死神が何で賊なんかを使う?」
 ユーリの呟きに、リチャードもリノルディアも頷く。
「リノルディアさんの報告を待ちましょう。必ず、雇い主の下へ戻るはず」
 とリチャード。
「そう言えば、逃げた方向は‥‥」
 フィアレーヌが、通り沿いに視線を巡らせる。

「馬車が来た方角‥‥?」


 翌日、朝食後の席で、昨日の調査についての報告を聞いていたビューレイストは、頷いた後こう言った。

「黙っていてすまねえ。実は予断を与えないように、まだあんたらに話してねえ事がある」

 はっとした冒険者たちに、小さく謝ったのは、ロイジニー夫人バルバラ。
「夫は、友人であるとある貴族の方の、遺言の執行人に指名されていたのです」
「遺言?」
 夫人は頷く。
「遺産を受け取る資格があるのは、現在二人。どちらも、その貴族の孫に当たる人物ですわ。一人はまだ十六歳ですが、もう一人はとっくに大人です」
「問題は、後のヤツだ」
 ビューレイストが後を受けた。
「はっきり言って、どうしようもなく素行が悪い。名前はマティアス・ラベラ・デュ=ボア。本来の順位なら、こいつに全財産渡るはずだが、その貴族のジイさんてのは、もう一人のまっとうな孫娘の方を遺言で指名したんだ」

「では、その遺言を執行させないために?」
 ユーリの言葉に、伯爵は頷いた。
「普通に考えりゃ、そうだ。だが、問題が一つ」
「?」
「ヤツは馬鹿だ。死神に扮装するなんて込み入った事を、考え付くとは思えねぇ」
「入れ知恵している奴が、確実にいるはずだ。馬車が出た方向には、マティアスの別荘があったはず」
 と、アスカ。

 結局、調査担当は、別荘に。
 そして、護衛は引き続きシンマラに付いた。

 異変があったのは、まだ日も高いうち。

 ひゅっ、と何かが空を切って飛来した。
 庭の外から、突如打ち込まれた矢に射られたのは。
「!!」
 シンマラを庇うべく抱え込んだ、シャーリーンの目前で倒れた人物は、少女の母親。

 咄嗟に取り出したユリゼのスクロールが効果を発揮し、動き出した庭木の枝が、逃げようとしていた賊を絡め取る。
 駆け付けた使用人たちが、賊を取り押さえた。

 アスカの異様な様子に、冒険者たちがはっとする。
「これ、毒矢だわ!」
 ユリゼが叫ぶ。
 アスカの顔は蒼白となり、全身ガタガタと震えている。袖を裂き、毒を吸い出したが、彼女の震えは収まらない。
「解毒剤!」
 シャーリーンの脳裏に閃いたのは、バックパックに所持していた解毒剤の存在だった。
 どうにか、アスカに飲み下させる。震えが収まって来た。
 フェノセリアのリカバーが唱えられる。
 アスカの顔色が、目に見えて回復してきた。
 泣くじゃくるシンマラを、ユリゼは強く抱き締め、大丈夫、助かるわ、と告げた。


「‥‥私は、ただの雇われ魔術師です。主のあまりプライベートな事柄は、分かりかねますので‥‥」
 馬車が出たと思しい、薄暗い木立に囲われた別荘で、冒険者たちの応対をしているのは、異様に真っ白な顔色が妙に印象に残る、ウィザードらしき男だった。
 フードのように垂れ下がる、変わった被り物のせいで、顔立ちが不明だ。本人は、顔に傷があるので、と言っているが。
「そうですか。では、馬車の噂についても?」
 リチャードは相手の表情を見逃すまいと、慎重に質問する。
「ええ。お役に立てず申し訳ありません」
 魔術師がにやりとしたような気がした。
 だが、彼は知らない。
 リノルディアとパトゥーシャが、密かに別行動を取っている事を。


「おめーら。多少怪我させてもいいから、マティアスを連れて来い」
 別荘でマティアス、魔術師との面会を成功させた調査担当が戻って来るなり、ビューレイストはそう言った。

 冒険者たちは、目を見交わし。
「‥‥行こう、みんな。もう時間は無いかも」
 緊張を滲ませつつ、しかし、パトゥーシャはきっぱり言った。

 反論は無い。
 護衛担当を除き、冒険者たちは装備を固めようとした――の、だが。
「フェノセリア。悪いが、護衛から戦闘に回ってくれないか?」
 ユーリにそう言われ、彼女は、え? という顔をした。
「‥‥考えがある。一応貴族だ。命に関わる傷はまずいからな‥‥」


「あの魔術師め! どこへ逃げた!?」
 上等の衣服を纏っているが、山賊のような粗暴さを臭わせる大柄な男が、件の屋敷からズカズカと出て来た。
「マティアス様!」
 屋敷の門前で、凛然と呼びかけたのは、神聖騎士フィアレーヌ。
 彼女に並ぶように、六人の冒険者たちが待ち受けていた。
「ムートスペル伯爵家の令嬢が毒矢で射られ、庇った奥方が倒れられました。ご存知であられましょうな?」
 リチャードが声を張り上げる。

「ああん? 何の事だ?」
「今、この裏に馬車が隠してあるのを確認しました」
 マティアスの言葉を遮るように、リノルディアが冷然と告げた。
「神は全てを照覧されておられます。あなた様も貴族に名を連ねる方なら、罪を認めなさいませ」
 ロザリオを見せ付けるかのように、フェノセリアは前に進み出た。
「手下にも裏切られたみたいだな。最早、あんたに逃げ道は無い」
 冷ややかに、ユーリはその男を見下す。
「貴族か何だか知らないけど、罪は罪。償わなければいけないよ」
 欠片ほどの甘さも見せず、パトゥーシャは呟いた。その手には既に弓が構えられている。

 一瞬顔を歪め――だがマティアスは、いきなり剣を抜き放った。

 次の瞬間。
 獣のような悲鳴が迸り、マティアスが地面に転がった。その脚に突き刺さっているのは、パトゥーシャの矢だ。
 吠えるマティアスを、フェノセリアの聖なる呪縛をもたらす呪文が押さえる。

 冒険者は罵り声を上げる男を、容赦なく縛り上げた。



「俺が、遺言の実行人を急遽代行する事になった。しばらく領地にゃ帰れそうにねぇなあ‥‥」
 
 翌日。
 ビューレイストは、仕事を終えた冒険者を前に、そうぼやいた。
「申し訳ありません。魔術師の方は、逃がしてしまいまして‥‥」
「いや。それはまた別の話だ。マティアスを捕まえただけでも成功だ」
 伯爵はそう宣言する。

「ありがとうございます。これで、主人も浮かばれますわ」
 バルバラ・ロイジニーは、寂しげだが、微かな安堵を表情に滲ませていた。

「あのね、お兄ちゃんとお姉ちゃんたち」
 シンマラがちょこちょこ近付いて来て言った。
「お母様がね、『起きて来られないけど、ありがとう』って。私もね、ありがとう、なの」

 少女は、微かに、微笑んだ。