のるまん百物語〜怪の章?

■ショートシナリオ


担当:九ヶ谷志保

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月25日〜07月28日

リプレイ公開日:2006年07月31日

●オープニング

「う〜〜〜〜‥‥」
 冒険者ギルドの前で、侍の格好をしたジャパン人の若い娘がうろうろしていた。

 歳の頃は16〜17といったところか。
 ちょっとうねった黒髪を両お下げにまとめているせいもあり、何となく子供っぽく見えるが、一応、腰には立派な刀を差している。
 ノルマンの風俗の影響を受けたのか、足下はやや短めの袴に、ブーツという出で立ちだ。

「もう、これしか思い付かない〜‥‥でも、こんな馬鹿な依頼なんて〜‥‥」

 若い女侍は、道端で一人呻いた。
 彼女の頭にあるのは、冒険者ギルドというのは、やれモンスター退治だ、やれ貴重品の護送だ、といった事柄を扱う場所、という概念だ。よりにもよって、こんな依頼など。
『ジャパン人の中には、凄いアホウがいるもんだって、思われてしまうんじゃ‥‥でも‥‥』
 仕事で必要がある時以外、冒険者ギルドに寄り付いた事も無い彼女は、なかなか足が進まない。
 
「ねぇ、アンタ。さっきから何してんのさ?」
 はっと顔を上げると、金属で補強した革鎧と大きな剣で武装した女性ファイターが、怪訝そうに彼女を見ていた。
「何か、依頼あんの? だったら、さっさと入りなよ。おーい、受付さーん!」
「あ、ひや、その、あの‥‥」
 彼女はその親切な(?)女戦士に引っ張られ、ズルズルと冒険者ギルドの中へ。


<ノルマン、又はそれぞれの故郷などに伝わる、不思議なお話、または奇怪なお話を教えて下さる方を募集いたします。
 幽霊や魔物、悪魔に関する事、または、それ以外でも、合理的な説明の出来ない不思議な経験をされた方。
 どんな事でも結構ですので、是非依頼人に語って下さい。
 二泊三日で依頼人宅に泊まりこんでいただき、夜間に怪談語りをする、という形式で行います。
 その期間中の寝食のお世話は、こちらでさせていただきます。お待ちしております>
―――依頼人 チトセ・カガミ

「‥‥このチトセさんってお嬢さんの、ジャパンの江戸にいる伯父さんって人が、あちこちの『怪談』を集めるのが趣味なんですって」
 依頼書を覗き込んで、一体何事かと首をひねる冒険者に、気だるい雰囲気の受付係が説明した。
「最初はジャパンの怪談を集めていたみたいなんだけど、姪がノルマンに渡ったんで、折角だからノルマンの怪談も集めて来てくれって、彼女に頼んだみたいなのね」
 ナンギな伯父さんだなぁ、と誰かが呟く。

「こういう、夜間に何人も集まって怖い話をするっていうのは、ジャパンでは『百物語』って言うみたいね」
 受付係は、依頼人に聞いたジャパンの風習(?)を説明する。
「一晩の内に、キッチリ百話話すと、幽霊が本当に出るとか、そういう風に言われてるらしいわ。江戸の好事家の間で行われてるんですって」
 ジャパン人ってのは、変な事考えるんだな、と誰かが呟く。
「依頼人の伯父さん、よくその百物語の集まりに出かけるみたいだけどね。今年は、趣向を変えて、姪から聞いた『ノルマンの怪談』を披露したいって事らしいの」


 ‥‥なるほど。
 自分たちが語った怪談が、異国の地で語り継がれ、顔も知らぬ人々の肝を冷やす。

 結構‥‥面白いかも知れない。

●今回の参加者

 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea4238 カミーユ・ド・シェンバッハ(28歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5338 シャーリーン・オゥコナー(37歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

「皆さん、ようこそおいで下さいました。どうかよろしくお願いいたします〜」
 チトセ・カガミが、どこかほっとしたように冒険者たちを出迎えた。

 チトセの暮らす家は、表向きは町並みとの調和を考えてか他のパリの建造物と大差ない。
 が、室内には和室がしつらえられ、庭が一部日本風の庭園になっていたり、そこに面した部分に縁側があったりと、何かとジャパンの雰囲気が漂う。

「わたくし、ジャパン人の友人も沢山おりますの」
 一通りチトセの家を見て、にっこり微笑んだのはカミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)。
「ですから、こういった建物にお招きいただいて感謝しておりますわ」

「久々の故郷を思わせる佇まいは良いものですね」
 チトセと同様、ジャパンの出身である十野間 空(eb2456)は、滞在期間中の自室として提供された和室の縁側に出て寛いでいる。遠い地で思いがけず懐かしいものに出会うのは嬉しいものだ。

「でも、夏の夜に集まって怖い話をするなんて、ジャパンには面白い風習があるんですね」
 応接間で出された茶を啜りながら、シクル・ザーン(ea2350)は、ふと呟いた。
 ノルマン人向けの客間で和室では無いが、壁に額ではなく掛け軸が掛かっていたりしている。

「元は、ジャパンの蒸し暑い夏を涼しく過ごすための知恵の一つとして始まったようですね」
 チトセが何と説明しようかと迷っている間に、さり気なく空が助け船を出す。
「そうですね‥‥蒸し風呂の中の、汗が止め処も無く流れる、じめっとしたあんな感じでしょうか?」
 うわあ、たまりませんね、とシクル。

 なるほど、と頷いたのはシャーリーン・オゥコナー(eb5338)だった。
「人は心底怖がっている間は、暑い寒い、などという事は忘れますもの。上手い暑さしのぎですよね」
 そういう事なんです、と言いながら、チトセは空の助けに目顔で感謝を表した。
 どういたしまして、と空が微笑んだ。


 まだ日が高い内はそれぞれのんびり過ごし、夕食の後、家に灯火が必要になる時間になると、冒険者たちは庭に面した広間に集められた。
 部屋そのものは和室ではないが、壁には掛け軸、窓辺に小さな生け花と、やはりジャパン風の雰囲気だ。
 流石に本格的な百物語ではないので、一話話し終わるごとに蝋燭の火を吹き消しに行く、という訳ではない。
 だが、行灯が控えめに灯され、全体的に薄暗く抑えられた室内は雰囲気たっぷりだ。

「では、百物語を始めさせていただきます」
 それっぽい雰囲気を設定したものの、自分まで怖くなってきてしまったのか、チトセの声がいささか震えている。
「お話は、向こう側の端の席から順繰りにお願いします‥‥では、シャーリーンさん、よろしくお願いいたします」


 シャーリーンは姿勢を正し、話し始めた。
「これは陸ではなく、海の上での話‥‥北国の猛者たちと共に、探索へ出た時の話ですの」
 ゆら、と灯火が揺れる。
「急に、霧が立ち込め、風は凪いでしまいましたの。おまけに海草まで絡まって、櫂で漕いでもびくともしません。北の猛者たち自慢の快速船も、これではお手上げでしたわ」
 場所としてはここより南、大分西の沖合いに出たところ。
 普段通るような航路ではなく、無論助けてくれるような船も無い。
 ‥‥いや。

「沖合いから、別の船が近付いて来たのが見えました。大急ぎで助けをもとめたのですけれど‥‥」
「け‥‥けれど?」
 チトセが唾を飲み込む。
「それは、普通の船ではありませんでした。ぼうっと陽炎のように光る‥‥所謂『船幽霊』でしたの」
 相手が幽霊では、普通の武器では太刀打ち出来ない。
 しかし‥‥逃げられない。
「相手はどんどん近付いて来ます。私、思わず水と風の精霊に祈りましたの。そうしたら、確かにその時聞こえたのです。精霊の声が」
 突如起こった波が、海草を断ち切ると同時に船幽霊との間を遮り、向こうを押し戻した。
 同時に強風が帆を孕ませ、高速船は凄い勢いで海上を滑り出した。
「こうして我々は助かったのですわ。あの時、精霊の手助けがなくば‥‥今頃私も船幽霊の一員‥‥でしたね」


「ノ、ノルマンに相応しい怪談を、ありがとうございました‥‥。で、では次はお隣の、空さん、お願いいたします」


「死霊よりも鬼よりも‥‥もっと戦慄すべき存在の話をしましょうか」
 柔らかいその語り口が、この場では逆に恐ろしい。
「その者は、楽師でした。そう、酒場などで英雄譚を語っている者のように見えました。‥‥しかし。最大の違いは、その者が邪悪な悪魔そのものであった事です」
 流石ジャパン出身だけあって、空は「怪談を語る口調」が板に着いている。
 室内の気温が何だか下がったような気がする、チトセであった。
「その者は、己が語るに相応しい物語を得ようと‥‥ただそれだけのために‥‥」

 言葉を操り、周到に状況を整え。
 一国の領主、敬虔な司祭、そして罪無き民草、あらゆる者たちを駒として操り。
 あまつさえ冒険者たちさえ手玉に取り。
 その挙句、大量の惨劇をその地にもたらした。

「その者は、決して自分の手を直接汚す事はありません。この惨劇も、とある姉妹を操って成し遂げた事なのです‥‥」
 怖い。
 所謂幽霊譚とは違って、何だか身につまされる恐怖がある。
「空さん。その吟遊詩人のお話ですが‥‥どのくらい前のお話‥‥なんですか?」
 きっと、百年とか二百年とか。
 そのくらい昔の話だろうと思い込んでいたチトセだったが。
「いいえ。歴史上の話などではありませんよ‥‥かの吟遊詩人は死んでなどいないのです。聞いたところによると‥‥ジャパンに渡った、そうですよ」
 ひぃ、とチトセが息を呑む。
 恐らく、当分ジャパンに帰りたくなくなった事だろう。


「あ、あっ、ありがとう、ございました‥‥。え、ええと、ではそのお向かいの‥‥カミーユさん、お願いいたします」


「わたくしのお話は、今から百五十年前のお話ですわ」
 最初の一言で、チトセはいささかほっとしたようだ。
 実は百五十年前程度では、エルフなどにとって寿命にも満たないのだが‥‥この際、チトセの頭からは放り出されている。
「それは、フランクでのお話です。地図から消え去った、リベレツという町がありました」
 その町を襲った厄災とは――即ち、ドラゴンの来襲。
 数多の英雄がドラゴンに立ち向かった。
 しかし。
 とある巨龍の一撃により、リベレツは、それを守ろうと戦った英雄たちもろとも灰燼に帰した‥‥。

「それから時が流れ‥‥ある吟遊詩人のシフールは、リベレツの悲劇を歌にして、多くの人々に語り継いでいたそうですわ。そして、実際その悲劇の舞台となった、リベレツの街の跡地近くに滞在することになりましたの」
 彼が滞在し始めて間も無く。
 とある古い城に、彼は招かれた。立派な騎士が、彼を宿まで迎えに来て、自分の主君のため「リベレツの悲劇」の歌を歌って欲しい、と頼み込んだのだ。
 現地にも近く、その辺りの高貴な人物に招かれるのは何らおかしな事ではないと、吟遊詩人は気軽に応じた‥‥のだが。
「古城に集まった聴衆は、何だか古めかしい鎧を着た、まさに今戦場から帰って来たような方々ばかり。おかしいな、と思いながらも、吟遊詩人は請われるまま、リベレツの悲劇を歌ったのです。その方々は、その歌を涙ながらに聞いていたそうですわ――何度も、繰り返し」
 しかし、その「騎士」たちの正体を見破った者がいた。
 偶然その地に立ち寄った、ジャパン出身の高僧が、その吟遊詩人が死霊に魅入られていると見破った。かの者たちは、まさにリベレツの死せる英霊たちだったのだ。
「その高僧は、彼の出身国の伝説にある通り、聖なる言葉‥‥お経を、そのシフールの全身にビッシリ書き込んだのです。シフールを、死霊の目から隠すために」

 しかし。
 高僧は間違いを犯した。
 ただ一箇所だけ、お経を書き忘れてしまったのだ。

「シフールの吟遊詩人は、高僧に教えられた通り、宿屋で隠れておりました。しかし‥‥英霊たちの目には見えたのです。お経を書き忘れた、その翅が‥‥!」
 いや、いや、と首を振るチトセに構わず、カミーユは続けた。
「英霊たちは、シフールの翅に手を掛けて‥‥!」


「あっ、ありがとうございましたぁっ!」
 段々悲鳴じみてくる、チトセの礼の言葉。
「さっ、最後の方‥‥シ、シクルさん、お、お願いいたしま、す‥‥」


「‥‥私がお話するのは、つい先ごろ、実際に起こった出来事‥‥この私が遭遇した中で、最も凄惨な事件の一つです」
 ごくっ、とチトセが生唾を飲む音が聞こえた。
「悪魔信者たちが、恐るべき儀式を執り行おうとしていたのです。私と仲間たちは、その儀式を止めるべく、儀式のための魔法陣が仕掛けられているとされる場に向かいました」
「魔法陣、ですか‥‥」
 異国ならではの言葉と概念に、チトセはジャパンとは質の違う恐怖の断片を嗅ぎ取ったようだ。
「その儀式用の魔法陣というものは、一旦発動してしまうと、周辺地域の人間の魂までをも奪い、死に至らしめる、という恐ろしいものでした」
 チトセは目を見開く。
「その魔法陣を止めるためには、魔法陣に捧げられている『生け贄』を、魔法陣から切り離さねばなりません」
 当時、一般的な「生け贄」は、純粋な人間の魂を宝珠に封じたもの。
 シクルは、この場合も同様だと考えていた。
 大変に困難だが、もし生け贄の魂を取り戻せれば、本来の持ち主に魂を返す事も出来る、と。
「それに必要なのが、この聖遺物箱です。この中に生け贄を収めれば、魔法陣と完全に切り離す事が出来るのです」
 豪奢な装飾に彩られた、美しい箱をシクルは示した。実物であるらしい。
 チトセばかりか周囲の冒険者たちも、物珍しそうに覗き込む。
 しかし。
 実際に、彼が魔法陣で見たものは。
「魔法陣の中心に、捧げられていたものは‥‥沢山の、抉り出された心臓でした」
 チトセがひぃっと声を上げた。
「私は、涙と吐き気をこらえながら、その心臓をこの聖遺物箱に収めました」
 ゆっくりと、彼の手がその箱を開く。
「中身は丁重に供養しましたが‥‥中にまだ、血の跡が見えませんか?」


「やっ‥‥ひゃぁああああああああっ!」
 弾かれたようにチトセが立ち上がり、後退りした。
 その拍子に足がもつれ、すてんと転がる。

「あ、大丈夫ですか?」
 カミーユが駆け寄って助け起こした。
「大丈夫ですよ。供養したって申し上げたでしょう?」
 とシクル。
「う‥‥ううっ、皆さんありがとうございましたぁ‥‥」
 どうにか立ち上がったチトセは涙目になりながらも礼を述べるのを忘れない。

「あ、そうそう」
 空がにっこりと付け加える。
「私、もう一つ怪談を持って来たんです。明日、お話しますね」
 まだ怖い話がッ!? と叫びたいチトセであったが、依頼人は自分。
 よろしくお願いします、と頭を下げながら、内心えぐえぐ泣いていた。


 翌日。

「では、本日は、空さんの二番目の怪談を‥‥。お願いいたします」
 昨日と同じ部屋で、チトセが促す。


「‥‥一族に連なる者から、聞いた話です。とある町で、選りにも選って妊婦が殺害され、その胎内の赤子が奪われる、というおぞましい事件が多発しました」
 恐怖と言うより、生理的嫌悪感に近いものを感じて、チトセは顔を歪めた。他の三人も似たようなものだ。
「早速、調査に乗り出した者たちが探し出した、犯人なのですが‥‥それが」
「そ‥‥それが?」
 チトセは青褪めつつ訊かずにいられない。
「‥‥その町の、医者、だったのです」
 一体、どういう具合に捻じ曲がってしまったのか。
 街の住人たちの信頼も厚かったであろうその医者は、母胎より生まれ出る前の命を欲するようになっていた。
 どうやら、彼にとっては、何がしかの理想のための行為‥‥であったらしいが。
「げに恐ろしきは‥‥狂った理想に燃える人間‥‥なのかも知れません‥‥」


「あ、ありがとうございました‥‥!」
 お陰様で、これからしばらく、妊婦さんやお医者さんを見るたびに、思い出してしまいます‥‥と、チトセは内心泣きべそだ。


「この二日間に渡ってお聞かせいただいたお話は、ジャパン語に翻訳しまして、伯父の元に送らせていただきます」
 これ、少ないですけど‥‥と言ってチトセは、冒険者たちに金一封を手渡す。

「多分、あと少ししたら‥‥江戸のどこかで、伯父の口から皆様のお話は語られるはずです」
 あと何年も。
 いやもしかしたら何十年も。
「皆様のお話は、ジャパンのどこかで語り継がれているかも‥‥知れません‥‥」