セーヌに黒き珍味を追え!

■ショートシナリオ


担当:九ヶ谷志保

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月30日〜08月03日

リプレイ公開日:2006年08月10日

●オープニング

「ぐぬぅおッ! またしてもッ!」

 薄闇の訪れ始めたセーヌの川岸で、釣り糸を切られた太い釣竿が跳ね上がった。
 今の今まで特大の「獲物」と格闘していた、ドワーフの漁師は、うおっと言ってとたたらを踏む。
 水面で蠢いていた、巨大な黒っぽい影は、悠然とセーヌの水底へと消えて行く。

「やっぱり、無理だぜ、フレミーの旦那。あのデカさを見ただろ? 俺らが使っているような釣りの道具じゃあ、釣り上げる事なんざ、とてもじゃねぇが無理だぁ」
 ドワーフの漁師、ギースラン・レクは、巨大な魚との引っ張り合いに疲れた太い腕を、大きく振り回した。

 その隣で大きく溜息をついたのは、丸っこい体つきと御伽噺のカエルみたいな愛嬌ある顔が印象的な商人、アンドレ・フレミー。

「困りましたねぇ。まさかセーヌの岸から岸まで、網を渡す訳にも行きませんしねぇ」
 そう言ったフレミーに、ギースランは怖気をふるったかのように赤銅色の首を竦めた。
「いけねえいけねえ! そんな事して、船の航行を邪魔しようモンなら、俺っちがしょっぴかれちまうぜ!」

 この辺りは漁場でもあるが、パリに各地の物資を運搬する船も、少なからず通る。
 故に、船の航行を邪魔するような網の張り方――岸から反対岸まで網を張る――は、厳重に禁じられているのだ。

「‥‥こうなれば、最後の手段です。冒険者の皆様にお願いしましょうか」

 フレミーの言葉に、ギースランは一も二もなく賛成した。
「おう、それがいいぜ。もう、普通のやり方じゃあ無理だ。漁場までは、俺が船で案内するし、使うものは貸すからよぅ」
 それに、と彼は付け足す。
「早いとこ、あのデカブツを釣り上げてもらわにゃあなぁ。デカ過ぎて、他の魚をバリバリ食って漁場を荒らすわ、網は破られるわ‥‥こっちの商売上がったりだぜ」
「分かりました。すぐに依頼書を出しましょう」
 フレミーは、ギースランに別れを告げ、依頼書の文面をひねりながら、自分の店へ戻って行った。


<『セーヌ河の主』と呼ばれる、巨大なチョウザメを釣り上げて下さる方を募集いたします。

 使用する道具類はこちらでお貸しいたします。
 目標となるチョウザメは、体長4メートルの大物で、雌です。
 卵を持っておりますので、釣り上げたら生きているうちに腹を割き、卵を取り出していただきます。
 また、すぐにふるいを使って、卵の選別・加工もしていただきます。
 美食のために骨を折って下さる皆様を、心よりお待ちしております>

―――依頼人 王宮御用達商人 アンドレ・フレミー


「なぁ。チョウザメの卵って、何でそんなモンを?」
 わざわざ「釣り上げたら生きている内に腹を割け」という依頼内容に、覗き込んだ冒険者が首を捻る。
 通常、チョウザメの食べる部分は身であって、卵は捨てるのではあるまいか?

「それがですね。実は、チョウザメの卵は美味しいのですよ。前々から、一部セーヌの漁師の皆様には知られた事だったのですが」
 と答えたのは、アンドレ・フレミー。
「釣り上げてすぐ塩漬け加工するのです。しかし、チョウザメの卵は、チョウザメが生きている内に取り出さないと、意味が無くなります。この場合、4メートルの大物ですから‥‥」

「なるほど。体力勝負だわな」
 と誰かが呟いた。
 チョウザメという魚は、力が強い事で知られるが、4メートルの化け物では、それこそ大きな牡牛一頭と素手で格闘する体力が必要になるだろう。

「釣り上げた後が大変です。目の細かい特別なふるいを使って、卵をばらし、余分なものを取り除くのです。これが、器用さと根気が必要とされる作業でしてねぇ」
 その後、ようやく塩漬けにするのだ、とフレミー。
「最近、美食に目覚めたとある貴族の方が、チョウザメの卵に目を付けましてね。4メートルのチョウザメがいる、という噂を聞かれ、金は出すから、是非卵を持って来てくれ! と」

 変わった事する奴がいるもんだな、というのが、大方の反応。
 しかし。

「うーん。貴族がわざわざ目を付けるって事は‥‥ひょっとして‥‥」
「すっげぇ、美味い‥‥のか? チョウザメの卵って?」

 魚の卵なんぞは、捨てるもの、という固定概念に反して、何やらもやーんとした期待が膨らんでいく。

「どう‥‥する? 釣って‥‥みる?」

●今回の参加者

 ea2816 オイフェミア・シルバーブルーメ(42歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0601 カヤ・ツヴァイナァーツ(29歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb5422 メイユ・ブリッド(35歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

 五人の冒険者たちと、商人アンドレ・フレミー、そしてドワーフの漁師ギースラン・レクを乗せた漁船が接岸したのは、パリからほんの少し遡った場所だった。

 川岸に民家は無く、やや入り組んだ川岸には潅木や丈の高い草、それに蔓草が張り出している。
 近くにある漁師小屋の手前の杭に、ドワーフの漁師は漁船を繋いだ。


「そーれ♪ お食べなさーい♪」
 用意された川エビや小型のナマズを豪快に撒き餌として使っているのは、メイユ・ブリッド(eb5422)だ。
 釣り糸や網を使う様子は無く、どうやら魔法で直接仕留める気であるらしい。最早、釣りではなく戦闘の構えである。

「チョウザメの卵かあ‥‥きっと美味し‥‥って、さ。キミ、さっきから何やってるのか訊いていい?」
 と首を傾げたのは、カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)。
 問われたオイフェミア・シルバーブルーメ(ea2816)は、何やら描かれた帆布をいそいそと広げていた。
「決まってるでしょ。セーヌ河のヌシと言えど女の子。イイ男に弱いハズよ!」
 自信たっぷりに断言する彼女が広げた帆布には、クッキリとチョウザメの絵。どうやら絶世の美男子チョウザメ(?)の絵であるらしい。
 ‥‥いや、確かに絵としては見事な出来栄えであるが。

 ちょっと待て、チョウザメの美の基準が分かるんかい、というツッコミをこらえながら、カヤ‥‥もといツヴァイはその布を沈める作業を手伝っていた‥‥が。

「あ、そこの‥‥カヤちゃーん、川エビもっと持って来てー」
「カヤって言うなー! ついでにちゃん付けもすなッ!」
 メイユに気にしている名前――本来ジャパンの女性名――で呼ばれ、思わずグラビティーキャノンをぶっ放ちそうになる、ツヴァイであった。


「え〜っと‥‥ここなら蔦草の量はバッチリかな? できればここに追い込みたいんだけど‥‥」
 三人の大騒ぎとは無縁に、黙々と蔦の繁り具合と岸の地形を確かめていたユリゼ・ファルアート(ea3502)は、森の木々が目前まで迫った流れのやや淀んだ一角に目星を付けた。
 人間の身長の二倍以上もあると言う、巨大なチョウザメを誘き寄せる場所としては、ある程度の深さが無いと無理だ。
 更に、彼女の作戦を生かすためには、丈夫な蔦が厚く繁茂している必要があるのだ。

「そこにすんの? あ、まだ餌残ってるかしらね」
 ギースランから借りていた釣竿を手に、近付いて来たのはラファエル・クアルト(ea8898)。
事前にユリゼと打ち合わせ、取り敢えずチョウザメを蔦の繁る岸辺に誘き寄せるため、釣りを敢行するようだ。

「ま、今回は女の子が多いし、力仕事は任せておいてよ」
「期待してまーす♪」
 板に付いた女言葉とは裏腹に、男気溢れるラファエルの台詞に、ユリゼがふるふるっと手を振った、その時。


 ばしゃっ‥‥
 ばしゃばしゃっ‥‥!


「ぬぉっ! 来やがったぞ、ヌシだ!」
 新しい餌の川エビを掬っていたギースランが叫ぶ。

 水面が泡立っている。
 巨大な黒い背中とヒレが見えた。

「うっそ!?」
 思わずラファエルが漏らしたのも道理。

 食い気に引かれたのか、それとも色気か。

 チョウザメは美形の絵に一直線。
 その進路上にある撒き餌を豪快に貪り始めた。

「はーい、コアギュレイト‥‥って、あれ?」
 メイユの素早い魔法詠唱は無駄に終わった。
 泡立つ水面のお陰で、チョウザメの姿がはっきり視認出来ないのだ。
 視認出来ない、という事は‥‥即ち、魔法も掛けられない。

 撒き餌を食べるだけ食べたチョウザメは、最後に尾で美形の絵をばしっと一撃し、そのままセーヌ水底に消えて行った‥‥。


「‥‥やっぱり、普通に釣るか、網に掛けるかしないと無理みたいだね‥‥」
 ツヴァイが「チョウザメのくせに生意気な!」と不平を述べるメイユとオイフェミアを慰めつつ、そうこぼした。
「別に『釣り上げ』なくてもいいのよ。ちょっとの間、引き寄せておけば」
 とラファエル。
「私、プラントコントロールのスクロールがあるから、あの蔦の生えた岸辺に引き寄せてくれれば、蔦で囲えると思うの」
 ユリゼは自らの作戦を開示し、一同に理解を求めた。
「あ、プラントコントロールなら自力で使えるよ。キミが蔦で囲うなら、僕はその外側を更に枝で囲んで出られなくしてみようかな」
 丁度、蔦の上に枝が突き出しているし、とツヴァイが岸辺を指差す。
「木の枝じゃへし折られるでしょ。ストーンでもかけて、枝を石にしてやるわ」
 石の杭に囲まれる事になるのだから、いくら大きな魚でも簡単に抜け出せないハズよ、とオイフェミアが付け加えた。
 メイユはと言うと、
「引っ掛かってお腹を裂いたら教えてね〜。卵の仕分けと仕込みするから」
 という体勢だ。


 結局、その日は準備に追われ、それ以上の漁は出来ず。
 そして翌日。

「さてと‥‥かかってくれるかしら〜?」
 ラファエルが通常のものより頑丈な竿を使い、小型のナマズを餌に釣りを始めた。
 チョウザメが活発に動くのは比較的遅い時間帯から‥‥らしい。
 なので、午前中は餌の確保と下準備に徹し、昼食後から糸を垂れ始める。

 しかし。
 昨日の事で警戒し始めたのか、なかなかチョウザメは餌に食い付かない。

「もしかしたら、場所を移動してしまったのかもしれませんねぇ。チョウザメは、流れに沿って回遊する性質があるそうですから」
 ギースランが採った新しい川エビを持って来たフレミーが、そんな事を呟く。
「‥‥もう少し待ってみるわよ」
 ラファエルが一瞬思案した後に呟く。
 彼は勿論だが、作戦上、その場を離れる訳にはいかないユリゼとツヴァイ、オイフェミアも流石に辛そうだ。
 メイユは新しい餌の確保や、手が空けば待機組に飲み物を運んでやったりしている。


 状況が変化したのは、やや日が傾き始めた時間帯。
 今日の分の最後の撒き餌を撒いた、その時だった。

 明らかに流れとは違う形に水面が盛り上がった。
 激しい水音と共に、巨大なヒレが跳ね上がった。

「掛かった! 二人とも、早くッ!」
 ラファエルの叫びと共に、ユリゼ、ツヴァイが岸に駆け寄った。
「蔦よ!」
 素早く広げられたユリゼのスクロールが効果を現す。
 まるで無数の緑色の蛇のように、うねる蔦が四方八方からチョウザメの巨体を取り囲み、次第に岸へと引き寄せようとする。

 しかし、流石ヌシとまで呼ばれた巨大魚は一筋縄では行かない。
 噴水のように激しく水を跳ね上げながら、絡み付く蔦の網を引き千切ろうとする。

「そら、逃げるなよっ!」
 ツヴァイの作り出した枝の落とし格子が、巨大な手のようにチョウザメの退路を塞ぐ。
 ぎくりとしたのか、チョウザメはますます暴れ狂った。

「逃がさないんだから!」
 枝の先端が川底に突き刺さったのを見計らい、オイフェミアのストーンが枝の落とし格子を石の杭へと変えて行く。巨大すぎるチョウザメは、もう逃げられない。

「はーい、そろそろ観念ね!」
 釣竿を魚を引っ掛けるための銛に持ち替えたラファエルが、情け容赦なくチョウザメのエラに先端を引っ掛け、引き摺り上げようとする。
 しかし、流石に一人では無理だ。

「えいやっ!」
 反対側のエラに自前の槍を突き刺したのは、ユリゼだった。思いがけない果敢さと闘志を見せ、直接攻撃して弱らせようとする。
「いいでしょ、どーせ食べちゃうんだから! お腹刺さなければ大丈夫よね!?」

 続いて口に銛を引っ掛けてのは、オイフェミア。
 レビテーションで体を浮き上がらせ、その力も利用してチョウザメを水から引き上げようとした。
 岸の斜面を一気に引き摺られ、チョウザメの頭が完全に水から出る。

「おらよッ!!」
 ギースランが冒険者たちを助け、更に強く引くと、チョウザメはとうとうその全身を水から引き離された。


「鮮度が命でしょ〜、ザックリ行くわよ、ザックリ!」
 ギースランが組み付くようにして押さえているチョウザメをの腹を、ラファエルがナイフで一気に引き裂こうとした。
「‥‥あれ? ツヴァイさーん? どこ行くのー?」
 唐突に物凄い速さで走り去った仲間の背中を見咎め、ユリゼが叫んだ。
「ご〜め〜ん! 僕、大量の血を見ると狂化するんだぁ〜〜! 血が出なくなったら呼んで〜〜!」
 川岸の茂みの向こうから、尾を引いた叫びが聞こえた。
 あ、そう言えばハーフエルフだったっけ、と一同が思い出す。それを言うならラファエルもそうなのだが、無論、それを問題にするような軟弱者はこの場にいない。

「ツヴァイさ〜ん。もう、大丈夫ですよ〜」
 フレミーが叫ぶと、ツヴァイが早足で戻って来た。
 既にラファエルによって卵は取り出され、チョウザメ自体も解体されていた。
 血の跡も川の水できれいに洗い流されている。

 流石に力を使い果たしたラファエルは休ませ、残り四人でチョウザメの卵のふるい分けをする。
 専用のふるいはかなり大きなものであり、二人一組となってふるいを取り囲む形だ。
 ユリゼとツヴァイ、そしてオイフェミアとメイユが組む。

「あっ、あんまり小さな粒は、他のと一緒にしないで下さいね? 貴族の方にお出しするものですので、粒が揃っていないと」
 というフレミーの言葉に従って、冒険者たちは均一な大きさの粒を選り分け、卵巣の欠片その他を取り除いて、次々に塩漬け用の樽に落として行った。
 軒並み器用な冒険者たちが揃った事もあって、チョウザメの卵はあっという間に個別の粒に選り分けられた。
 手馴れた様子でフレミーが塩をふり、漬け込む。
「塩加減が難しいのですよ。塩をかけ過ぎるとしょっぱくマズくなりますし、かと言って塩を控えめにし過ぎてしまいますと、保存は利かないし物足りないですしねぇ」

「ねえ、フレミーさん。身の方は? 売るの?」
 ユリゼが尋ねると、フレミーが困った表情を見せた。
「それがですねぇ、その貴族の方というのが『身は食べ飽きたから、いらん』と。かと言って捨てるのも勿体無いですし」
 大体、私は食材を扱う者として、食べ物を粗末にするのには抵抗が、とこぼす。
「もし、良かったら、皆さん、半分持って行って下さいませんか? 今回の冒険の記念です」

 おお、とどよめきが上がり、切り分けられたチョウザメの身が、希望する冒険者たちに手渡された。
 ちょっと規格落ちだった卵と共に、冒険者たちに珍味が配られる。
 何せ、四メートルの大物、五人で分けても結構な量だ。
 卵は流石にそれよりは少ないが、ちょっと粒の揃わないものだけでもかなりの分量だ。


「いやぁ、助かったぜ。これでようやく、まっとうに漁が出来る」
 やれやれ、と安堵の表情のギースラン。
「また、例の貴族の方がチョウザメ釣って来い、なんて仰ったら、お願いいたしますね?」
 カエルみたいにまん丸な目でウィンクするフレミー。


 心地良い疲れと妙な充足感と、そしてちょっとした高級食材と共に。
 冒険者たちは、家路に就いたのであった。