彷徨える記憶
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■ショートシナリオ
担当:九ヶ谷志保
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月10日〜08月15日
リプレイ公開日:2006年08月18日
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●オープニング
どんなところで冒険したの?
遠い国の話を聞かせて。
わくわくするような、楽しい話を。
私は、一人では遠くに行けないから――
<我らが孫娘、ミシェル・ダルレの亡霊の凶行を止めさせ、セーラの御手に返してやって下さい。
孫娘ミシェルは、1ヶ月前、12歳でこの世を去りました。
外見は淡い茶色の髪に、とび色の目で、寝巻を着ており、裸足です。
出没する場所は、パリ中心部の住宅街の一角、次第に東の冒険者街に向け移動しているようです。
大きめの武器を携帯した女性の冒険者を見付けると、顔を覗き込み、「違う、この人じゃない!」と叫んで襲い掛かる、という振る舞いに及びます。
どうか、哀れな孫娘の魂に平穏を‥‥>
―――依頼人 アルバン・ダルレ ソフィー・ダルレ
「ねえ、どういう事なの、この依頼? 孫娘の亡霊って‥‥」
誰かが気味悪そうに言った。
「その依頼人ご夫妻の孫娘さんね、どうもレイスになってしまっているようなのよ」
気だるい受付係の女性が、溜息交じりに呟いた。
「そのミシェルってお嬢ちゃん、生まれつきの病気でね。物心付いた頃から、ほとんど寝たきりだったらしいわ」
気の毒だなあ、と誰かが呟く。
「でも、何ヶ月か前に、とある女性の冒険者と仲良くなってね。自分もいつか冒険に連れて行ってもらうって約束をしたらしいの」
それは、叶うはずのない夢。
生まれながらにベッドから離れられない程の病を得た少女が、冒険になど、旅立てる訳がない――。
しかし、それでも。
少女は、いつか冒険者になる事を目標に、病と闘ったのだ。
だが。
彼女の生命は、病魔に打ち勝つ事が出来なかった‥‥。
「依頼書にある通り、その冒険者が遠出している間に、彼女は死んでしまったの」
哀れなミシェルは、自分が死んだ事にすら、気付かずにいる。
ただ、その約束を果たしてもらおうと、その女性冒険者を探し求めているのだ。
‥‥彼女がいつも背中に括りつけていた、大きな武器を目印にして。
「その女性冒険者さん本人は、ミシェルちゃんが亡くなった事にガックリ来たらしくてね。ノルマンから去ってしまったの」
船で去った彼女の行く先は、海の向こうの隣国か、或いは極寒の森の国か。
いずれにせよ、今日明日に呼び戻せる場所ではない。
「もし、受ける気があるなら、依頼人のダルレ夫妻のところへ行って、詳しい話を聞くといいわ」
と受付係。
「12歳の子供が、この世に未練が有り過ぎてレイスになんぞ‥‥間違ってるよな、やっぱり」
ふと、誰かが呟いて立ち上がった。
●リプレイ本文
「お辛いでしょうが‥‥どうか、ミシェルちゃんの事を詳しく聞かせて下さい」
どんな事が、彼女の救いになるか分かりませんから。
丁寧な挨拶に続き、パトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528)は、老夫婦にこう切り出した。
比較的古い住宅が立ち並ぶ一角、ダルレ邸の客間では、何故か別行動を取っている一名を除いた七名の冒険者が事情の説明を待っている。
「私どもが悪かったのですわ」
目頭を押さえた老婦人、ソフィー・ダルレは声を詰まらせた。
「もっと、あの子の好きにさせてやれば良かったのです‥‥助からない病だと、分かっていたのに‥‥」
彼女の手を優しく叩いて落ち着かせたのは、彼女の夫アルバン・ダルレ。
曰く。
レイスとなっている彼らの孫娘、ミシェル・ダルレの病は、まず助からない死病であった。
それ故、彼女は生まれてこの方、同じ年頃の子供がするような遊びも振る舞いも一切禁じられていた。
彼女の憧れとなった冒険者たちと知り合ったのは、半年程前、家の地下室に住み着いてしまったモンスターを退治する依頼でたまたま立ち寄った彼女と意気投合し。
冒険の話を聞く内に、容態が一時的にせよ改善したかのように見えたため、夫妻が彼女に頼んで、ミシェルの話し相手を努めていてもらっていた‥‥という。
「その方のお名前は?」
問うたのは、タケシ・ダイワ(eb0607)だ。
もしかして、その名前を出せば、ミシェルは反応するのではないか――レイスに成り果てる程に、彼女の帰りを待ちわびているのなら。
「クローディーヌ‥‥クローディーヌ・カーバンティさんと。そういうお名前でした」
生粋のノルマン人でしたが、結構ジャパンかぶれでしてね、ジャパン風の武器をお持ちでした、とアルバンが補足する。
異国風の武装に身を固めた彼女は、ミシェルにとってますます遠い憧れだったらしい。月道を通って自由に遠い国に赴き、冒険したり買い物したり、異国の言葉で話し合ったり、手に入れた物を仲間内で交換したり。いずれも、ミシェルには夢のまた夢だったのか。
「きっとミシェルちゃんには‥‥彼女こそが、自分と世界を繋ぐ唯一の存在に思えたのでしょうね」
顔を上げ、時奈瑠兎(eb1617)は暖炉の上辺りに掲げられた、小さな肖像画を見やった。
恐らくミシェルであろう幼い少女と、戦いに向いた、だが華やかな色合いの衣服の女性、クローディーヌが並んでいる。見た目はまるで似ていないのだが、雰囲気が姉妹のようだ。
「お孫さんが、生前大事にしていたような物をお貸しいただけないだろうか?」
メグレズ・ファウンテン(eb5451)は、痛む胸を押さえ込み、老夫婦に頼み込んだ。もし何か思い入れがあるようなものがあれば、それで注意を引けるかも知れない。
ややあって彼女に手渡されたのは、小さな、だがしっかりした造りの靴。長旅に出る冒険者が履くような。
「ミシェルの励みになればと、特注の品として作ったものです。これを履いて冒険に行くのだと、最後まで枕元に‥‥」
メグレズは頷いて、そっと荷物にそれをしまった。
「‥‥彼女の本来眠っている場所は? それと、ミシェルさんにお伝えしたい事、何かありますか?」
もし、自分たちが彼女に会えたら。
どういう結果になるにせよ、その言葉は必ず伝えます、と約束したのはアニエス・グラン・クリュ(eb2949)だった。
彼女は十一歳、ミシェルとわずか一つ違いだ。到底、他人事には思えなかった。
問いの答えを得て。
彼女と仲間たちは、街へと戻った。
「‥‥分かってはいましたが‥‥たまりませんね、こういうお話は‥‥」
ケイ・ロードライト(ea2499)は、ぽつりと呟いた。
ダルレ邸からギルドに戻る途中、まだまだ日は高く、遠くにセーヌから渡る川風が残暑に火照った肌に心地良い。
もし、レイスが子供のものでもなく、単純に邪悪な死霊であったなら、躊躇なく滅ぼせただろう。
だが、仲間たち同様、彼もミシェルを責める気にはなれず、だからと言ってあの老夫婦やクローディーヌにも責任を負わせたくはない。
仲間の独り言のような呟きに、溜息混じりに応じたのは、タケシ。
僧侶たる彼にとって、今回の件は、どう仕様も無く胸が痛むものだった。
誰もが、何の悪意も持っておらず。
しかし。
それらが絡み合って生み出した事態は救いが無い、の一言。
「先に冒険者街の方に行ってみるわ。クローディーヌさんに間違われそうな人がいたら、今夜は外出しないように警告しなきゃ」
フェミナ・フェノメナ(eb3519)は青い翅を羽ばたかせ、高度を上げた。シフール仲間にも当たって、ミシェルやクローディーヌの目撃情報も集めなくちゃ、と内心で段取りする。
いつも陽気な楽師の彼女だが、流石に今回ばかりはしんみりしてしまう。
「私も手伝います。荷物、重いでしょう?」
空飛ぶ箒にまたがりながら、アニエスはフェミナの荷物を受け取った。
「ジュネイ殿?」
「あれ、今まで何してたの?」
レイス相手の基本戦術を調査しに、冒険者ギルドの記録を調べていたケイと瑠兎は、扉をくぐって姿を現した最後の仲間を見咎めた。フードを被った状態でも分かる、その端正な姿は目立つ。
「すまない。少し、する事があってね」
どうも、ジュネイ・ラングフォルド(ea9480)はこの依頼に思うところがあったようで、別行動を取っていた。歩いてきた方角からすると、冒険者酒場にでもいたらしい。
メグレズ、パトゥーシャの両名は、冒険者ギルドに残る記録を駆使して、クローディーヌに連絡を付けられないか試みていた。
しかし、ギルドと言えど、全ての冒険者の行動を管理している訳ではなく、その作業は難航を極める。協力してくれた係員の記憶を頼りでは、どうやら海路でドレスタッドからロシアに渡ったらしい、という事。
メグレズは、冒険者ギルドの職員と何やら話しこんでいる。
巧みな話術で、何かを聞き出そうとしているようだ。
一方、タケシはギルドに寄せられたレイスの目撃情報から、次に出現しそうなポイントを絞り込んでいる。
確かに日に日に東に向けて移動しており、このままならあと二、三日のうちに冒険者街に達しそうだ。
『フェミナさんとアニエスさんが上手くやってくれるとは思いますが‥‥冒険者街に入ると厄介ですからね』
事情を全く知らない冒険者に、単なるアンデット系モンスターとして、あっさり倒される可能性だってある。
もし‥‥どうしても倒さねばならないにせよ。
そんな風なやり方では、絶対倒させない、と彼は決意していた。
やがて。
日が落ちると同時に、冒険者たちは動き出す。
最初は、大薙刀を背負った瑠兎が東から、エウリュトスの弓を背負ったパトゥーシャが西から、出没予想区域に入る案もあった。
が、もし一人になった瞬間に出くわしたら危険、という事で、大薙刀を背負う瑠兎が囮役、それ以外の冒険者たちは気付かれないように周囲を警戒、というやり方に落ち着いた。
シフールのフェミナ、空飛ぶ箒を持つアニエスは空から警戒に当たる。
目を上げればセーヌの川面が夜の光にチラチラと輝くのが見え、渡る夜風が涼しい‥‥そんな場所で、瑠兎は悠然たる足取りで歩く。
ミシェルが捜し求めている冒険者、ジャパン風の武装を好んだクローディーヌも、薙刀を使う事があったという。
ジャパン人、尚且つ似た形態の武器を持っている彼女は、格好の標的だ。
ぺた、ぺた、ぺた‥‥
とでもいうような、妙にか細い音が聞こえ。
『 来 た ‥‥ ! 』
覚悟していても、相手に同情し過ぎる程に同情していても。
瑠兎の背中に、ぞくりとしたものが走った。
『お姉ちゃん‥‥?』
それは、小さいがはっきりした、子供の声だった。
足音がぺたぺたっと速まり、視界の端に白いものが過ぎった。
『違う‥‥』
瑠兎を覗き込んでいたのは、十二歳にしても小柄で、病にやせ細った子供。
屋外だというのに寝巻で裸足、ぼんやり光るその姿は。
『‥‥違うちがうチガウゥッ! お姉ちゃんじゃ‥‥なぁいィーーーー!』
絶叫と共に、レイス――ミシェルは、瑠兎に掴みかかった。
伸ばされた蒼白い手が、まるで水にでも突っ込まれるかのように、ずぶりと無造作に瑠兎の胴に沈んだ。
「ぐぅっ‥‥!」
痛みとも冷たさともつかぬ異様な感覚に、彼女は呻く。
が、同時に。
「害成す者に聖なる鉄鎖を、コアギュレイト!」
唱えられた神聖魔法が、瞬時にミシェルを縛り上げた。
「大丈夫!?」
走り寄って来たパトゥーシャが、リカバーポーションを差し出す。
一瞬遅れて上空から飛び降りたアニエスが、ミシェルの前に飛び出した。
続いてフェミナ。
「ミシェルちゃん。お願いだから、落ち着いて話を聞いて」
彼女は、ゆったりした調子の曲を奏で始める。一種の鎮魂歌なのだろう。いささかミシェルが落ち着いたように見えた。
「もう、あなたは自由なのです。あなたを苦しめた肉体はもう無いのですから」
アニエスが差し出した銅鏡の表面に、ミシェル自身が映っている。
今になって。
ようやく、ミシェルは自分が生きていない事に気付き始めたようだった。
「これを覚えていますか?」
穏やかな口調で、メグレズはダルレ夫妻から預かっていた、ミシェルの靴を取り出した。
ミシェルの目は、じっとそれに注がれている。
「裸足でいる必要はありません。これを履いてどこへでも行けるのですよ」
メグレズがコアギュレイトを解除した。
万が一に備えて、自らの刀にオーラパワーを施していたケイだが、ミシェルが襲い掛かってくる様子は無い。
少女のレイスは、地面に置かれた靴に足を突っ込んで、満足げな笑みを浮かべた。
『‥‥お姉ちゃんは?』
ミシェルは、順繰りに冒険者たちを見回す。
『約束したのに‥‥何故、来てくれないの? お姉ちゃん‥‥冒険に連れて行ってくれるって』
病気が治ったら、一緒に「いせき」に潜るって、決めていたの。
待ってるのに。
「‥‥冒険に。兎も角、冒険に行きたいのですね?」
タケシはミシェルの望みを理解した。
自力で冒険に出たいのだ、彼女は。
自分で冒険に出る事が出来るなら、その足で「お姉ちゃん」を探せるのだから。どこかの冒険者ギルドで、ばったり出くわす事だって‥‥出来るのだから。
「遺跡‥‥パリのすぐ側の小さな遺跡だったね」
ふと、ジュネイがすっと何かを差し出した。
何か石のようなものが下げられたペンダントが、きらっと光る。
ああ、と言ってミシェルがジュネイに近付いた。
ジュネイはそれを、彼女の首にかけてやる。
「それは?」
一体何時の間に? と誰かが漏らす。
「あらかじめ、ダルレ夫妻から借り受けておいたものだ。君たちとは別にね。クローディーヌさんが、パリ郊外の遺跡で拾ってきて、ペンダントにして彼女にプレゼントしたんだそうだ」
冒険者クローディーヌは、ミシェルに具体的な目標を与えていた。
パリ郊外、大した危険は無い小さな地下遺跡を、ミシェルの「最初の冒険」の地に。
彼女はそう言って、ミシェルを鼓舞していた。最初の冒険なんて、みんなそんなものだよ‥‥と。
「クローディーヌさんは今ここにはいませんが、私たちで良かったら、一緒に行きませんか?」
ミシェルと視線を合わせ、静かにメグレズが提案する。
「いつかは、セーラ様の御許に、あなたは帰らなくてはなりません。でも‥‥」
それまで、聖なる母に許された束の間の時間を、小さな冒険に。
アニエスの言葉に、少女の霊は頷いた。
何とも不思議な「冒険者御一行様」は、パリの外れにある、近隣住民にすら忘れられた遺跡に潜り込んだ。
ミシェルは何かに憑依する事すらなく、例の靴を履き、あのペンダントを下げたまま、自分の足で遺跡へと向かう。
ランタンを灯し、せいぜい大きなネズミくらいしかいない地下の遺跡を、冒険者たちは探索した。
探索と言っても、入ってすぐの部屋と、その奥に二部屋くらいしか無いので、行って帰って終わりだ。
が、それでも。
ミシェルにとって「最初にして最後の冒険」だった。
『お姉ちゃんが、いたら良かったのに』
遺跡から出ると、夜は明け始めていた。
東の空が白んでいる。
ミシェルは、じっと空を見上げていた。
瑠兎が、クローディーヌがミシェルの死を悲しみ、異国へ去った事を告げる。
「彼女にとってもミシェルちゃんは大切な存在だったのね」
お姉ちゃん、と小さくミシェルが呟いた。
『みんな、ありがとう。でも、私、もう死んでるんだ。これからどうしたらいいの‥‥?』
お姉ちゃんがいたら、どうしたらいいのか教えてくれた?
ミシェルは途方に暮れているようだ。
最早、地上にいるべきでないと、本能的に悟ってはいても、どこに行ってどうしたら良いのかが分からない。
「あなたは天国に行かねばなりません」
ケイがきっぱりそう告げた。
「あなたは、天国で大事な人たちを見守る役割が与えられているのです。これは、あなた以外には出来ない役割なのですよ」
こく、とミシェルは頷く。
「‥‥お前。ミシェルさんを、行くべき場所へ」
タケシは、愛馬ななの手綱を引いた。
無論、ただの馬ではない。
背中に翼持つ天馬‥‥ペガサスと呼ばれる生き物。単なる獣ではなく、天使に近い聖なる生き物だ。
『おうま? 羽根があるね。今なら、私も飛べるかしら?』
ミシェルが遠い空を見上げた。
『さよなら。ありがとうね』
ミシェルが小さな手を振る。
涙で声を詰まらせたまま、パトゥーシャがぶんぶん手を振った。
冒険者たちは、それぞれに彼女に別れを告げる。
そして。
「クローディーヌさんですね?」
依頼の最後になるはずだった、その日。
ミシェルの墓標の前に、大きな武器を持った女性の冒険者がたたずんでいるのを、ジュネイは見付けた。
「‥‥秘蔵の、転移護符を使ってしまいましたよ」
ジュネイを見る事もなく、彼女はそう呟いた。
ジュネイは、かつて彼女と親しかった冒険者に当たり、居場所の見当を付けて、彼女にシフール便を送っていた。依頼の初日に、既に。
彼女は事態を知って愕然とし――転送護符を使って、ノルマンに戻って来たのだ。
「知らなかった‥‥私を待ってただなんて」
呻くように、クローディーヌは言った。
手で覆った顔から嗚咽がこぼれる。
「ごめん‥‥ごめんな、ミシェル‥‥」