●リプレイ本文
「ああ、お待ちしておりました」
村長だというその初老の男性は、疲れた様子で冒険者たちを出迎えた。
「初めまして。私、パトゥーシャと申します。大変でしたね」
パトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528)が労わると、サイエンの村の村長は、はあっと深い溜息をついて礼を述べた。
「全く、お恥ずかしい事に‥‥我々では、悪魔相手に何も出来ません」
村長は、冒険者たちを、ささやかながらも整頓されて気持ちの良い客間兼居間に案内する。
きっと何事も無ければ、森の香りの漂う、小さいながらも気持ちの良い村‥‥なのだろう。だが、今は村全体がささくれ立ち、怯えていた。
「インプは、いつから現れ始めたのですか? 何故『天使の泉』を狙ったのか、心当たりは?」
レイム・アルヴェイン(ea3066)は、このささやかな田舎の村に、急にデビルが出現した事を訝しんでいた。たまたま泉の名前が「天使の泉」だから、などというのは、あまりに安易。
「半月ほど前に、何の前触れも無く、急に‥‥今まで、ゴブリンすら滅多に出ないような場所でしたのに」
見慣れない奇怪なモンスターに驚いた村人は、教会に駆け込んだ。
そこの神父の言葉で、それが「インプ」と呼ばれる、最下級ではあるが、紛れも無くデビルの一種だと知れたのである。
「ちょっと待って。出現するのは、インプだけなのかしら?」
カロ・ミアーノ(ea4984)は、ふと疑問を口にした。
「確かに、インプ自体は最下級だけど、より上のデビルの使い魔をしていたりするのよ」
それは、神に仕える身としては当然の知識。
が、一般人でしかない村長にはぎくりとするような事だったようだ。
「い、いえ‥‥今のところ、インプしか‥‥」
「それなら、罠にさえ気を付ければ、撃退出来ない事などありませんね」
静かに、だが自信に満ちた表情で言い切ったのは、神聖騎士たるセレスト・グラン・クリュ(eb3537)。この状況下では、村長始め、村人の縋るような視線の多くは彼女に向いている。
「そう言えば、泉を取り戻そうとして怪我なさった方々がいたのでは?」
「はい、怪我の方は、教会の神父様に治していただいたのですが‥‥」
流石に冒険者でもない一般人では、運が悪ければ命にも関わるかも知れない怪我の可能性があるような事に、再挑戦とはいかない。
冒険者たちは打ち合わせの末、教会でインプに関する情報を集める者、泉の奪還へ赴いた村の有志に話を聞く者、そして森の様子を伺う者に、一旦分かれて行動する事になった。
無論、森とは言っても中に入る訳でなく、外から大まかな様子を伺うに留める。
「それでは、私たちは森へ」
エルフであり、森と近しいエレイン・ラ・ファイエット(eb5299)は、そう言って踵を返す。
「行ってくるよー」
小さな手を振ったのは、万が一何かあった時に伝令に飛ぶ手筈のハーリー・エンジュ(ea8117)。
「パトゥーシャさんととカロさん、お願いね〜。じゃ、セレストさんとレイムさん、、行きましょうか」
上機嫌に手を振ったのは、天津風美沙樹(eb5363)だった。その手に携えられているのは、天使の加護を宿すという聖なる槍。
彼ら三人は、教会の神父にインプについて聞き込み、及び天使の泉そのものについての調査担当だ。
実際の奪還に赴いた有志には、パトゥーシャとカロで聞き込みに当たる。カロはインドゥーラの僧侶ではあるが、宗派の違いも考慮して、こちらの担当に回ったのだ。
「インプに限らず、デビルの類は、大体変身能力を持っているからね。普通の人は大変だったはずよ」
カロがぽつっと呟く。
「そっか‥‥村の誰かに化けて近付いて来るとか、あるかもね‥‥」
うーん、と唸るパトゥーシャ。
いずれにしろ、実際訊かねば詳しい事が分からない。彼女らは足を速めた。
やがて。
一通りの情報を収集し終えた彼らは、村に一軒だけある宿に集まった。
一応、天使の泉の噂を聞いて、遠くから足を運ぶ人々のためにある宿なのだが‥‥今や、客は冒険者たちだけだ。もっとも、宿泊費は村長持ちではあるが。
「ブレスセンサーで探知したところ、動き回っているのが最低でも三体はいるようだ。泉の周辺にもいる事を考えれば、もう少し増えるかも知れない」
エレインは森の外周部から伺った様子を伝える。
「神父様は、最近になって、外からデビルに関する噂が聞こえ始めたのと関係あるのだろうかと、心配しておられましたが‥‥」
今はまだ、実体の見えぬ噂。だが、だから不気味だと、レイムは思った。
「恐らく、これ自体は、嫌がらせのための嫌がらせ、という事でしょうけど」
一年前、ノルマン全域を巻き込んだと言うデビルに関する騒動の話を、どうしても思い起こすセレスト。
「実際にインプの罠に引っ掛かった人によると、インプたちは村の子供に化けて罠に誘い込んだりするみたい」
パトゥーシャは、落とし穴のせいで、足に大怪我を負った人物の話を反芻する。
「森に迷い込んだ村の子供を装って、助けを求めるフリして罠の方に誘き寄せるみたいだね」
色々打ち合わせた結果。
どうも、インプは本来の大きさ以上のものには変身出来ない――つまり、メンバーの中で変身される可能性があるのは、シフールであるカロとハーリーだけだ。
その辺り、及び、空中に木の枝を使った罠が存在する可能性も考慮し、基本は全員でまとまって行動する事とする。
そして、仲間かインプか判別しなければならない事態を考慮し、合言葉を「天使の泉」とする、で合意に達した。
翌日早朝。
冒険者たちは、準備を整え、今や干上がった水路沿いに森を進む。
実際に罠を警戒するのは、専ら戦場における工作技能を持つ美沙樹と、隠密行動技能を持つパトゥーシャの役割だ。
「あら、何だか懐かしい罠ね」
一見、どうにか気付く程度の落とし穴の脇に巧みに設置された、別の罠に美沙樹は気付いた。持っている槍の石突で、落とし穴を避けようとすると丁度踏み付ける部分を押す。
と。
がごぉん! と音と共に、棒に無数の金属の棘を植えたものが、丁度人間の顔の高さくらいに跳ね上がった。
うわっ、凶悪な‥‥という呻きを他所に、美沙樹はよいしょとばかりにそれを放り出す。
「‥‥待って、みんな」
エレインの「どうも近くにインプがいるようだ。三体分の呼吸を感じる」という警告の直後、パトゥーシャは仲間を制止した。
「何? どうし‥‥」
「駄目、それ以上浮いたら!」
パトゥーシャの鋭い声に、ハーリーがぎくりと止まる。
彼女は、愛用の弓にゆっくり矢をつがえると、木々の枝葉の間の一点に向けて放った。
仲間たちが「?」という顔をした直後。
びゅおっ! と風を切って、何かが空間を薙いだ。ハーリーの頭上を掠める。
よく見ると。
ぎりぎりまでしならせた幾つかの木の枝を利用して仕掛けておいた、それは一種の鳥を採る網のようなものだった。空中にいる者をがんじがらめに絡め取るためのもの。
一瞬の間を置いて、目と鼻の先にざあっと巨大な網が降った。人間を数人まとめて捕獲出来る大きさだ。
「ん‥‥なろッ!」
ハーリーは怒りを浮かべて網の罠の向こうを睨んだ。何たる底意地の悪いやり方か。悪魔だからだと、そりゃ分かってはいるが。
小柄な体躯の、奇怪な姿のものが、がさりと藪の向こうに浮かび上がった。
「姿を見せるなんて、間抜けが過ぎるわよ?」
淡々とした声と共に、カロの広げたスクロールから、淡く輝く矢が打ち出された。あらかじめ、セレストから借りておいたムーンアローだ。
一番手近のインプに、ざくりと突き刺さる。さほどの傷ではないものの、不意打ち効果は十分だ。
「出てらっしゃい!」
盾を放り投げ前進しながら、セレストが叫ぶ。
がさり、と側の藪から立ち上がったのは――
――にっこりと微笑む、仲間のハーリー。
だが。
「合言葉は?」
急に発せられた問いに、ニセハーリーの笑顔が強張る。
間髪置かず、全く迷いの無い一撃が振り下ろされた。
シフールに化けていたインプは、ほぼ真っ二つだ。見る間にその姿が消えていく。
「ハッ!」
短く鋭い気合と共に、美沙樹のイシューリエルの槍が地面すれすれから跳ね上がる。
下腹から胸まで斬り上げられて、そちらのインプは得意の変身能力を振るう間も無く血を撒き散らし、奇怪な悲鳴と共にもがいた。宿った天使の力が、傷をより深くするのだ。
突然、竪琴の音色と共に湧き上がった歌声が、生き残りのインプたちをぎくりとさせた。
レイムの歌声は、ただの歌ではない。メロディーと呼ばれる呪歌である。
かれは湧き上がるような戦慄で、天使が聖なる黄金の槍を振り上げて悪魔を滅ぼす様子を描写した歌を歌い上げた。
インプたちは、あたかも目の前に武器を構えた天使そのものがいるかのように怯え始め、明らかに動きが鈍った。
エレインのウィンドスラッシュが、槍に切り裂かれたインプを真横に切り裂いた。
まるで十字架を刻印するかのように血が噴出し、インプは地面に落下する前に消滅しはじめた。
最後のインプは、一瞬迷ったが、蝙蝠のそれにも似た翼を広げ、身を翻した。
「ああっ、この! 待てっての!」
ファイヤーバードを発動しようにも、木々の密集した場所でのこの魔法にはためらいが出る。ハーリーは歯噛みした。
が。
「待て悪魔! そこまでだ!」
突然、目の前から敵の声がし、インプはがくん! と停止した。エレインのヴェントリラキュイなのだが、インプには無論判断はつかない。
すかさず飛来したパトゥーシャの矢が、翼の付け根を貫いた。続けて二の矢が放たれる。
美沙樹が、そしてセレストが、デビルスレイヤーを持って追いついた。
抵抗の余地も無く、インプは切り裂かれ、消滅した。
「泉は、この先のようだな。‥‥しかし‥‥」
既にブレスセンサーの効力は切れていた。思案の末、エレインは最後のMPをブレスセンサーに注ぎ込んだ。これで戦いに役立ちそうな威力の術は振るえないが‥‥。
「いるな。泉の側に‥‥二体」
今までのインプと変わらないようだが、泉の側から動こうとしないようだ。番人役なのだろう。
「この先、開けているみたいだよね〜! よーし、次こそ最大火力のファイヤーバードだ!」
今から唱えてやろうか、と張り切っているハーリー。
そのすぐ側で、カロは訝しさを覚えていた。
そのインプどもにせよ、レイムのメロディーは聞こえていたはず。効果は及んだはずだし、状況は推測出来そうなものだ。かなりの確率で、逃げ出してもおかしくはないのだが。
「いるんなら、行って戦うしかないわね。単純に追っ払って済む相手でもないんだもの」
美沙樹は槍を構え直す。穂先が光る。相手は最下級とは言え、れっきとしたデビルなのだ。
「そうね。こういう時にキッチリ片付けないようでは、何のための神聖騎士やら」
セレストが、盾を構え直しつつ、そう口にする。
かくして。
それぞれがカロにグッドラック、レジストデビルをかけてもらい、泉へと向かう。
そこに見たものは。
「‥‥何してんの? あいつら?」
まさに自ら炎の鳥にならんとしていたハーリーが、思わず呟く。
先程から切れ目なく、天使を称える歌をメロディで歌い続けていたレイムも、一瞬眉を寄せる。が、それでも歌を途切れさせる事はなかった。
開けた一角、白っぽい岩の裂け目から、澄んだ泉が湧き出していた。
村へ続く泉の水路が引かれているが、幾つかの岩と泥で塞がれている。
その代わり、水路の側面の一部が崩され、適当に地面を抉った溝が掘られ、側にある岩の割れ目の中に流し捨てられている。
その脇、水路を塞いだ岩の上に、小柄で奇怪な影が、二つ。
まるで、教会の屋根に取り付けられたガーゴイル像そのもののように、その二匹のインプは、きっちりと左右対称の形で「天使の泉」のまん前に陣取っていた。
『オマエラ、ハ‥‥』
『ナゼ、コワガラヌ、ノダ‥‥』
突然、インプが奇怪な声音で語りかけてきた。一同がぎょっとする。
『ナゼダ。アノムラノニンゲンハ、ミナオソレタ‥‥』
『‥‥コレデハ、シメイガハタセヌ‥‥』
まるで、本当に石像が生命を得たもののように、ぐぎぎっと、インプが動いた。異様に光る目を冒険者たちに据える。
セレスト、そして美沙樹の両名が、それぞれのデビルスレイヤー武器を構えて襲撃に備える。
ハーリーが上空に浮き上がり、攻撃の体勢を取りつつ、ファイヤーバードの術の詠唱に入ろうとした、その時。
何かを引き裂くような絶叫と共に、術も使わず、インプは襲い掛かって来た。
咄嗟に迎え撃ったデビルスレイヤーの、それぞれの突端に。
インプは、自らの体を沈めた。
貧相な翼の間から、血に濡れたそれぞれの刃が突き出した。
『ド、ウダ?』
『オマエハ‥‥オソレタ、カ?』
美沙樹、セレストが愕然としている間に‥‥
インプ二匹の肉体は薄れ、消滅していった。
「んもぉ〜! 一体、何だったの!? 訳分からないじゃない!」
折角の奥の手が不発に終わり、腹立たしいのと訳が分からないのとで、ハーリーはぼやきっ放しだった。
「う〜ん‥‥。多分、勝てそうにない相手だったら、その場で自殺しろとか‥‥言われてたんじゃないかなぁ‥‥」
もう確かめられないけど、と言いながら、パトゥーシャは水路を塞いでいる石の一つを美沙樹から受け取り、それを脇に退けた。
「あの様子だと、何者かに命令されてああいう事をしていたのは確かね‥‥薄気味悪いこと」
セレストは拾った棒きれで横に掘られた溝を埋め戻しながら、さっきの異様な事態を思い返した。
どうあれ、最早、考えても真相は分からない。
一同は、体力のある者を中心に働き、手早く水路を開放した。
乾ききっていた水路に、最初は少々濁った、だが、すぐに澄んだ水が流れ込んだ。間も無く、水は村に到達し、村人が歓喜の声を上げるのだろう。
「‥‥どうする? 折角だし、飲んでみる?」
「そうだな。滅多に無い機会だし‥‥」
取り合えず、冒険者たちも泉が完全に澄み切るのを待って飲んでみた。
「うん。美味しい水だけど、聖水って訳じゃないわよね‥‥」
「まあでも、これで依頼は成功ですよ」
遠くから、微かに村人の歓声が聞こえてくるような気がした。
充足感と、そしてほんの小さな小さなしこりと共に、冒険者たちは、村への道を辿った。