我らが庭先の1000年
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■ショートシナリオ
担当:九ヶ谷志保
対応レベル:1〜4lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 60 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月01日〜09月04日
リプレイ公開日:2006年09月10日
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●オープニング
ごっ‥‥がらがらがらっ‥‥
‥‥ずっ‥‥どどどどぉん!!
重たい大音声と共に、五〜六歳の子供が、わんわん泣きながら、パリの下町、アルトーパン店に駆け込んで来た。
「ちょいと、ジャン!? 一体、何の音だい、今の音は?」
仰天して幼い息子に詰め寄ったのは、アルトーパン店のおかみさん。
「うぅえっ‥‥ひぐっ‥‥がぁちゃーん!」
可哀想なジャン君は、顔中を涙でぐしゃぐしゃにしている。
「泣いてちゃ分からないだろう? 何があったんだい、話してごらん」
おかみさんが、若い者に店番を任せて息子ジャンをなだめすかすと、ようやく彼は話しはじめた。
「おいら、裏の貯蔵庫で遊んでたんだよう‥‥」
「貯蔵庫だって!?」
アルトーパン店の裏庭には、一体いつからあるのか分からない、えらく古い、石でできた半地下式の穴倉のようなものがあった。
人工物には違いないが、別に遺跡という程に大層なものでもない。
アルトーパン店では、その先人の遺産(?)を、ありがたくパンの原料の小麦粉やライ麦粉、その他の貯蔵庫として、有効活用させてもらっていた‥‥のだが。
「遊んで‥‥疲れたから、ね‥‥。いちばん、奥の壁に、ね‥‥おいら、より掛かったんだ‥‥」
そうしたところ。
突然、壁がぐらっと揺れたのだという。
慌ててそこから離れたところ‥‥
突然、一枚板の岩壁が、向こう側に向けて倒れたのだ。
凍りつく幼い子供の目に見えたのは‥‥
真っ暗な、深い深い、洞窟のように大きな、穴。
果敢なるおかみさん、腕まくりしてランタンを引っ掴み、息子に待っているように言うと、その貯蔵庫の向こうに現れたという深い穴へ。
パン職人の亭主が、慌てて斧を引っ張り出して、女房の後を追う。
「ばかやろ! モンスターでも出たらどうする気だ!」
「モンスターだって? パリのパン屋にかい? ネズミがいいとこさね!」
が、しかし。
「‥‥何だァ? こりゃあ‥‥」
アルトーの亭主、貯蔵庫の奥に出現した、どうやら遺跡らしい大穴に、唖然。
「ねえ、あんた、見てみなよ‥‥壁に何か気味悪い絵が描いてあるよ‥‥」
おかみさんがランタンを掲げると、光の輪の中に、何やら妙な生き物を模した、絵だか模様だかが見えた。
「見た事ねぇ‥‥こんなのが、よりにもよって、おれっちの庭に‥‥うぅっわ!」
突如、足下を走り抜けた大きなネズミに、アルトーの亭主は悲鳴を上げた。
「ね、ねぇ、あんた、どうしよう‥‥」
鼻っ柱の強いおかみさんも、流石に腰が引けている。
何せ、ごく普通の(?)パリッ子のおかみさん、亭主ともども、今までこんな物を見た事などないのだ。
「おおーい! 大丈夫かぁ!?」
騒ぎを聞き付けた、近所の人間とパン屋の客数人が、貯蔵庫の扉から覗き込んでいる。
「‥‥すまねえ、誰か、冒険者ギルドへひとっ走り行ってくれねえか?」
アルトーの亭主が、背後に向けて叫んだ。
「冒険者ギルドだぁ!?」
「ああ、そうだ! こんなの、一般人にゃ、手に負えねえ! 何人か連れて来て、取り敢えず中身がどうなってるか、確かめて来てくれってな!」
しばし、人垣がざわめき。
「俺、ちょっと行ってくる!」
はす向かいの、靴屋の息子が走り出した。
<当家の貯蔵庫の奥から、突然発見された遺跡らしきものの内部を探索し、どういう構造になっているか報告してください。
遺跡の壁には変わった模様が描いてあるようですが、出来ればどういう模様かスケッチするなりして報告いただければありがたく存じます。
?遺跡の大まかな構造図
?壁の模様の模写(一部で可)
?何か変わったものがあれば、報告
をお願いいたします。
使い古しですが、羊皮紙はこちらで用意させていただきます。
お礼に、当店お勧めパン(保存食用)を進呈いたします>
―――依頼人 アルトーパン店店主 ジャック・アルトー
「あ〜、このパン屋知ってる! 名物のハーブ入りパン、美味しいんだよね〜!」
と、誰かが叫んだ。
「しっかし、パリの下町に、遺跡が埋まってたなんてなー」
別の冒険者が思わず呟く。
「まあ、街中だし‥‥そう厄介なモンスターがいる訳でもないだろうけど、大きなネズミくらいは覚悟した方がいいかもね‥‥」
受付係がそう言って周囲を見回す。
「どう? 一般人が困ってるの。ちょっと、行ってあげてくれないかしら?」
●リプレイ本文
小さな枯れ枝に、ぽうっと炎が灯された。
どこからか漏れる空気の流れに揺れる火を確認し、背後に向かって頷いたのは、スラッシュ・ザ・スレイヤー(eb5486)だ。
地底特有の「毒の空気」を懸念していた彼だが、どうやらどこかに隙間は空いていたらしい。
ランタンに火が灯り、パトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528)は、それを掲げて前進した。
ややカビ臭い匂いを含んだ遺跡内部が光に曝され、壁面を彩る模様が明らかになる。
彼女の口から、ああ、と嘆息が漏れた。
「おおぅ‥‥意外とと言うか、本格的な遺跡なんだな‥‥」
壁一面をビッシリ飾る紋様と、奥に向かって傾斜しながらも、ほぼ一直線の石の通路を見回し、思わず呟いたのはパネブ・センネフェル(ea8063)。
はるかに小規模ではあるものの、どことはなしに、彼の故郷の神殿遺跡にも似た雰囲気がある‥‥ような気がする。
「? どうしたの、ブリストル?」
遺跡に入るなり、低く唸り出した愛犬「ブリストル」を、シャーリーン・オゥコナー(eb5338)は落ち着かせようとした。
ふと、奥のランタンの光も届かない部分に目をやると、彼女の鋭い視覚に、黒っぽい毛皮と赤く輝く何かの目が横切るのが映った。
「気を付けて! 何かいる!」
その声にはっとしたシルヴィア・ベルルスコーニ(ea6480)が、即座にエックスレイビジョンを発動する。
壁の一部が剥落したらしい石の塊の影に、黒い塊。暗くて判断し辛いが、犬ほどもある大きさの、尖った鼻面と赤い目を持つ獣と分かる。
「‥‥地図を描く前に、しなくてはいけない事があるみたいですね」
あらまあ、とクリス・タリカーナ(eb5699)は呟いて、呪文詠唱の準備に入った。
前衛を巻き込まないよう、微妙に位置を調整する。
獣らしき影は、それぞれに隠れていた物陰から這い出て、ギシャアッ、と息を鳴らした。
「‥‥ジャイアントラットが二匹かよ、ったく‥‥」
つまらなそうに呟きつつも、スラッシュの攻撃は正確で情け容赦無い。連続で振るわれた小太刀が、飛び掛ろうとした巨大なネズミの鼻面を切り裂く。ぎぎゃううッ! と悲鳴が上がり、ネズミは床に転げてのたうった。
その後ろから這い出て来たもう一匹に向かって、ブリストルが牙を剥いて激しく吠え掛かる。巨大ネズミは、ナイフのような前歯を剥き出しにしたが、その一撃を掻い潜ったブリストルが、がぶりと一撃加えた。
動きが止まったネズミに、クリスのウィンドスラッシュがまともにぶち当たる。黒っぽい毛皮が切り裂かれ、犬ほどもある体が傾いだ。
シャーリーンの撃ち出したウォーターボムに弾き飛ばされ、大ネズミはずぶ濡れとなって動かなくなった。
「むう、これは‥‥もしや、太古の昔、神の使いと崇められていた伝説の大ネズミッ!?」
「「『『『‥‥違うと思う‥‥』』』」」
壁画を見上げながら言い出したパネブの、いー加減な一言に思わず有言無言のツッコミが入った。言うまでも無く、ノルマンにそのような「伝説」は存在しない。
「‥‥これは、狼‥‥?」
ランタンを掲げて、仲間たちが壁画を見やすい角度に調節しながら、パティが言った。
恐らく魔除けか何かの意味があるのだろう、牙と爪の強調された狼の絵が、壁に刻み込まれている。
顔料の類で描かれているのではなく、石壁に直接刻み付けられ、輪郭を彩った赤い塗料がまだ残っていた。
それと互い違いになる位置に描かれているのは、元々海の民であるノルマンに付き物と言っても良い、大きな船の図柄だった。武装した人物が乗船している。
「これって、ここにノルマン人のご先祖が来たくらいの時代のもの、でしょうか‥‥」
船と船員をしげしげ観察しながら、クリスは首を傾げる。
「‥‥多分そうだと思いますの。怪物みたいな絵は、自分たちを守らせるための魔除けかも知れませんね」
シャーリーンは、牙を剥いた狼と、船に乗る人物の角の付いた兜を眺めてそう言った。この種の怪物の図柄は珍しくない。
具体的にどのくらい前のものかは、本職の学者の調査を待たないといけないだろうが、パン屋の主人が学者に調査を頼むのかは微妙なところだ。
「この船、戦士っぽい人たちだけじゃなくて、普通の人も乗っているのね」
シルヴィアは、船上の小さな人影の前にふわりと浮かび上がって覗き込む。
乗船している戦士風の人物たちに混じって、武装していない人物も数人見える。
ただ、これが具体的に何を表現するのかは、全く見当が付かなかったが。
兎に角、依頼は大まかなマッピングと、壁画の模写、そして探索のみだ。
一同は手分けして任に当たる。
パティがランタンを掲げる中、クリスがマッピングを担当。パネブがロープを使って大まかに測量し、シルヴィアはエックスレイビジョンでマッピングのサポートに当たる。
一方、壁画の模写は、シャーリーンが担当する。
木の根などが割り込んで壁が崩れて来た部分をどかすのは、スラッシュの仕事だ。
「う〜ん‥‥ここって、お墓かと思ってたんですけど、どうも違う感じですね‥‥」
入ってまっすぐの通廊の両翼の部屋を書き記しながら、クリスが呟く。確信がある訳では無いが、どうも古い時代には、人が暮らしていたのではないかという印象を受ける。
無論、普通の家屋だった訳ではなかろうが、どちらかと言うと神官が詰めている神殿か何かではなかろうか。
「‥‥文字は書いてありませんわね。絵だけで表現してありますわ‥‥」
なるべく正確にと、その壁画を描写しながら、これが何を表現したものなのかが、ますます引っ掛かるシャーリーンであった。単にここに上陸した記念なら、このような手間暇かかるものを作るのか、という気がする。
「ねえ、やっぱり、この下にもう一層あるみたいよ」
シルヴィアが指したのは、通廊の突き当たりに当たる部分、四角い、壁と似たような絵が刻み込まれた石で塞がれた部分だ。
暗くてよく判断出来ないが、空洞があるのは明らかだった。うっすら見えるのは、階段かも知れないと彼女は告げる。
「また出番だな‥‥おい、手伝いな」
「ああ‥‥よっと」
スラッシュとパネブの二人がかりで、その岩を動かす。
ずずっと動かした岩の下にあったのは、案の定、幅広の階段だ。
冒険者たちは、足下と岩の崩れ、そして空気の淀みにも注意しながら、階段を下りた。
下層の壁面に描かれていたのは、上と同様に船の絵だが、より緻密だ。
戦士たちと混じって描かれているのが、長い髪の女性だというのも見分けられる。雰囲気からすると、祭儀に関わるような人物なのかも知れない。
どの道、する事はマッピングと壁画のスケッチだ。
兎にも角にも、一番奥まった部屋に足を踏み入れた、のだが。
「ここは‥‥?」
灯りを掲げて真っ先に入ったパティは、思わず息を呑む。
一際広い部屋の奥の壁一面に、先程の何倍も大きく、狼と船の絵が描かれている。
よく見ると、広間の床一面にも円形の紋様が描かれており、その中央に、何かの祭壇と思しきものが鎮座していた。
パティは、そっと近付き、そこに転がっていた石の欠片を手に取った。
「‥‥それは?」
シャーリーンは、彼女の手元を覗き込む。
手渡されたその平べったい、石版の一部であったような石には、奇妙な紋様のようなものが彫り込まれていた。
無論、今ここにいるメンバーにはそれが何を表したものかは分からない。
「何の絵ですかしら‥‥」
「こんな小さな破片じゃ、どっちが上か下かも分からんな‥‥」
と首を傾げるパネブ。
本来、本くらいの大きさの四角い石版なのだろうが、今は掌に乗るくらいの破片でしかない。
しばらく、全員であれこれひねり回してみたものの、結局、それ以上の情報は無い。
上階同様、マッピングと壁画のスケッチを行い、冒険者たちは引き上げる事にした。
持ち帰るのは、ただ一つ。
不思議な石版の欠片のみだ。
今はまだ、彼らにも、そして、他の誰にも‥‥その石版の破片の意義は分からない。
‥‥今は、まだ。