【ジューンブライド】結婚式にはケーキを
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■ショートシナリオ
担当:九ヶ谷志保
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや易
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月27日〜07月04日
リプレイ公開日:2006年07月06日
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●オープニング
<国王陛下の婚礼用ケーキの材料を調達に、『魔術師の果樹園』に参ります。
モンスター退治及び、食材の採集を手伝って下さる方を募集いたします>
―――王宮御用達商人 アンドレ・フレミー
「‥えええっ!? 国王陛下って、とうとう結婚すんのかぁ!?」
王宮の出入り商人(本人曰く、御用達商人)フレミーが持って来た依頼を見た冒険者たちが、一様にざわめき出した。
国王ウィリアム三世は生まれつき心臓を患い、長くないと言われているだけに、妃探しに力を入れているのは有名な話だが。
「あ、いやいや、まだ、噂ですよ噂」
ずどどどどっ、と詰め寄ってきた冒険者たちに、フレミーは慌てて手をパタパタ振って見せた。
「でも、それなりの筋からの情報でして‥‥商人としては無視できませんです、ハイ」
熱を帯びたざわめきが、一挙に盛り上がった。
「いや〜、とうとうかぁ〜!」
「相手は誰なんだろなぁ? 国王ってそれらしい素振りを見せないヒトだから、油断してたぜ‥」
「時期じゃない? ほら、ジューンブライドとかって言うし」
でも、と誰かが言った。
「正確な日取りって分かってんのかぁ? 食材だろ、早過ぎても腐らせちまうだけなんじゃ?」
確かに、と相槌を打つ声。
ワインなら兎も角、果物では。
その問いに、いやいや、と商人は指を振って見せる。
「失礼ながら、それはいささか素人考え、というモノでして」
こほん、と咳払いを一つ。
「良いですか? 国王陛下がご結婚されるとなると、当然、大規模な饗宴が催される訳です」
まぁ、そうだな、と誰かが言った。
欧州の王侯貴族社会では、何かと言うと饗宴を催すのが定例となっている。
結婚式は言うに及ばず、裕福であればあるほど、何かの理由で年に数回は各地から客人を招き、工夫を凝らし倒した料理を供するのが普通だ。
「しかしですねェ、そうした饗宴用の食材というのは、決まった翌日にホイ、と出せるようなモノではないのですよ。前もって供給ルートを確保しておかないと、とてもではありませんが、百人単位の食材を一気に納入するなんて不可能です」
なるほど、そりゃそうだ、という声が上がる。
もし、ノルマン国王の結婚式となれば、国内の貴族たちは元より、交流ある外国からも多数の来賓があるだろう。
「特に、婚礼の儀となれば、甘〜いケーキは欠かせません。ケーキの無い結婚式なんて! それに必要なのが‥」
「必要なのが?」
「‥大量の果物です! 結婚式のケーキたるもの、甘くて、いい匂いがして、美味しくなければね!」
欧州では、甘味食材と言えば、主に蜂蜜と果物だ。砂糖は、インドゥーラや中東などの遠い国からの輸入品であり、大変に高価である。
結婚式に相応しい、甘くて見た目も美しいケーキとなると、当然、蜂蜜や果物を大量に使ったもの、という事になろう。
よく知られているのは、ハーブや無花果のケーキだが、欧州屈指の洗練された宮廷料理文化を誇るノルマン王国としては、面子に掛けて平凡な代物は避けたいところだ。
「そういう訳で、ですね。皆さんに行っていただきたいのは、とあるウィザードが魔法を使って造り上げた『魔術師の果樹園』と言われる場所なんです」
フレミーは、南東の方角を指差した。
「パリから徒歩で一日半。季節に関係なく、様々な果実が溢れんばかりとの噂。しかし、そこの主のエルフのウィザードさんは気難しい人でしてね〜。今までなかなか商取引に応じてくれませんで‥」
きっと、その魔術師さんは、商売のためではなく研究のためにその果樹園を運営しているのでしょうなァ、とフレミーはと付け加える。
「ところが、です。最近、果樹園に入り込んで悪さするモンスターを退治して、ついでに果物の収穫作業を手伝ってくれたら、考えても良い、と言って下さいましてね」
つまり‥
「果樹園に出没するモンスターをやっつけて、ついでににそこの果物を収穫するのを手伝え、と?」
「ええ、そういう事なんです。お引き受け下さいますか? 果樹園にいる間は三食昼寝付き! きっと、デザートには果物が付きますよ〜?」
んふふ〜、とフレミーが笑う。
何だか、非常に美味しそうな依頼であるが‥
さて‥どうしようか。
●リプレイ本文
果樹園の主であるサミュエル・アバディは、むっつりしたまま、じろりと一同を睥睨した。
「果実の収穫とゴブリン退治を頼んだぞ。その辺のものをつまみ食いせんようにな。詳しい事は、これに聞け」
横にいた人間なら十三、四歳に見える少女を示すと、そのまま果樹園に隣接した自宅に戻ってしまう。
「なーに、あれ。感じ悪ぅ〜」
口を尖らせたのは、エファ・ブルームハルト(eb5292)だった。
「すみません。伯父は偏屈な人で‥‥悪気がある訳じゃないんです」
代わりに謝ったのは、ミネッティア・アバディなるエルフの少女だった。サミュエルの姪で一番弟子だという。
「話は聞けそうもないのぉ」
青柳 燕(eb1165)が呟く。
その横で、無言のまま首を振っているのはバデル・ザラーム(ea9933)だ。
「え〜、その方がつまみ食いしやすいよぉ〜」
と、無邪気にのたまったのは、カルル・ゲラー(eb3530)。
「そういう事はするなと言われたであろう!」
ウォルター・バイエルライン(ea9344)がジロリと睨む。
「まぁ皆さん。まずは、ミネッティアさんのお話が先です」
商人らしい柔らかさで、アンドレ・フレミーがその場をいなした。
「ねえ、ゴブリンが侵入して来る場所は分かってるの?」
早速尋ねたのは、アリーン・アグラム(ea8086)だ。シフールである彼女なら、広範囲を上空から見張れる。
「時間帯は? やっぱり夜?」
この予想が当たっていれば、ブレスセンサーの術を駆使するしかあるまい、とウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)は考える。
ミネッティアは、溜息と共に首を振った。
「最初は、夜間に決まった場所からでした。でも、段々時間帯も侵入する場所もバラバラに」
ふむ、と鼻を鳴らしたのは、ガンバートル・ノムホンモリ(eb3327)。
「では、昼夜交代で見張りと収穫をするしかあるまい。丁度八人いるから、四人ずつに分かれよう」
その一言で方針は決まった。
昼間は、アリーン、ウォルター、バデル、ノムホンモリ。
夜間は、燕、カルル、エファ、ウィルフレッド、という分担となる。
取り敢えず八人は、果樹園に案内された、のだが。
「‥‥こりゃ何じゃい」
「杏です」
思わず呻いた燕に、ミネッティアが答える。
話は聞いていたものの、そこに生っている果実は常識を無視した代物だった。
色や匂い、形は、確かに杏と呼ばれる果物だが、大きさは倍以上。それが枝一面に生っている。
次いで収穫対象として案内されたのは、梨、桃、そしてレモン。梨と桃の大きさは通常の二倍はあり、レモンはやや小さいものの、今にも幹を引き倒さんばかりの量だ。
幾つかあるゴブリンの侵入経路も確認する。
この果樹園は丘一つを占める広さがあり、棘のある低木に囲まれた周囲はかなりの距離だ。見張るだけでも大仕事である。
バデルは幾つかある侵入経路に罠を仕掛けて回った。果樹園にあるロープや侵入防止用の網を転用しての吊り上げ罠だ。
一通り果樹園の構造を把握すると、夜間組は宿舎に戻った。
体の小さなアリーンは、専ら上空からの見張りだ。ウォルターも地上からの見回り中心となり、収穫の主力は専らバデルとモリ。
いきなり、モリはバデルに手首を掴まれた。
「駄目です」
モリが手を伸ばしたのは、見るからに毒々しい色彩の、見た目はスモモに似た果実。
「分かったよ」
手を引っ込める。
が、彼が背を向けた途端ダガーが閃き、毒っぽいスモモがモリの胸元に消えた。
「ゴブリンよ! 二匹罠に掛かったけど、二匹は侵入!」
アリーンが上空で声を張り上げる。
ウォルターが疾走し、バデル、モリも駆け付ける。
いち早く追い付いたウォルターが小太刀の二刀流でゴブリンを切り裂く。
横をすり抜けたゴブリンの喉元、続いて眼窩を狙いすましたモリの矢が貫いた。
網に吊り上げられてもがくゴブリンの止めを刺したのは、バデルだ。
「いにゃあ、油断も隙も無い、にゃ?」
女性の声で発せられた奇怪な言葉に、バデル、ウォルターが振り向いた。モリが、口をパクパクさせている。
「モリ殿?」
「にゃんだ? 口が変にょっ!」
モリのような大人の女性の口から、猫言葉が発せられるのは何とも奇妙だ。
「つまみ食い?」
「まぁ、それぐらいなら‥‥」
「にょーっ!!」
バデル、ウォルターの無情な一言に、モリが抗議の声を上げた。
「御飯美味しかったね〜」
供された夕食と言うより、デザートの杏とクリームのパイの味を思い出し、カルルは上機嫌で夜間の収穫に取り掛かっていた。ウィルフレッドに借りたロバの背に乗り、取り付けた籠に杏を放り込んで行く。
ウィルフレッド本人は、燕と組んで見張りに立っている。果樹園のそこここにはランタンが掲げられ、何とか活動出来る程度の視覚は確保されているが、昼と同様にはやはり行かない。
「モリさん、まだにゃーにゃー言ってるのかなぁ?」
ふと、つまみ食いして猫喋りになってしまった仲間を思い出す、エファであった。
「どの実? おいらも食べてみるんだぁ〜」
「どれか聞いてくれば良かったねぇ〜」
つまみ食いする気満々の二人。周囲をきょろきょろしだした。
「東側から侵入者! 大きさからしてゴブリン、六匹!」
ウィルフレッドの声が響いた。
機動力を生かし、退路を断つべく移動し始めるカルル。
長弓を構え、エファも走り出す。
ウィルフレッドのライトニングサンダーボルトが、ゴブリンの一匹を黒焦げにした。
前に進み出た燕の抜刀術が、ゴブリンを袈裟懸けに斬る。
バデルの罠のお陰で、実際動けるゴブリンは四匹きりだ。
飛んで来た矢がゴブリンを捕らえる。一撃は腹、二撃目は左胸を貫いた。
最後の一匹が逃げ出そうとして向きを変えたが、待っていたのはカルルの狙いすましたスマッシュの一撃だ。よろめいたところに二撃目。ゴブリンはそのまま動かなくなった。
「あ〜、この果物いい匂い〜」
カルルが大きな苺を拾い上げ、匂いを嗅いだ。
「これ、美味しそ!」
屋内栽培の葡萄に似た果実から、エファが粒をもぎ取る。
「おお、見た事の無い色じゃ」
変な方向で芸術家魂を発揮する燕。
「皆さん、勝手に‥‥」
ウィルフレッドが止める間も無く、それぞれの果物は彼らの口の中へ。
「ひぃーっしゃくっ!?」
凄いしゃっくりが、カルルの口から飛び出す。
「あっひゃひゃ!」
突然笑い出したのは、エファだ。
「何ともないのぉ?」
燕だけが平然としている。
「ひくっ!」
しゃっくりし過ぎて、カルルが涙目になっている。
「あひゃ、ひゃ?」
どうしても笑いが止まらないエファ。
「燕さん口っ!」
燕の異変に気付いたのは、ウィルフレッドだった。
彼女の口は、まるで人間を食い殺したばかりの人狼よろしく赤黒く染まっていた。これでは人前で喋れない。
果樹園の夜は、こうして更けていった。
翌日に収穫したのは、赤子の頭程もある梨だ。
「‥‥モリさん。立派なお髭が泣いてるわよ」
「にょにゃ〜」
更に毒々しい果実を口にし、最早会話不能に陥っているモリ。
「サミュエルさん。もしや我々を実験台に?」
「何の事かね?」
ウィルフレッドの問いに、サミュエルはニヤニヤ答えた。
彼らの目の前にいるのは、しゃっくりが止まらず痙攣するカルルと、幻覚症状が出ていそうなエファ、歯が緑色に染まった燕。
その日侵入して来たゴブリンたちがどんな目に遭ったかは‥記すも恐ろしい。
三日目の収穫物は、桃。
「やたら大きいな」
桃にたかっていた、彼の掌より大きいくらいの蝶を追い払い、ウォルターは呟いた。
「わっ、何コレ!?」
その夜、ランタンの灯りに群がった巨大な蝶を見て、エファが悲鳴を上げる。無論他の三人もぎょっとした。
四日目。最後の収穫物は、レモンだ。
「これで最後ですね」
やれやれとバデルが呟く。
「大変な目に遭ったよ」
ようやく猫言葉から復帰したモリがこぼす。
「つまみ食いした御仁がな」
ウォルターが皮肉を投げかけた。
「何アレ!」
上空から、アリーンの悲鳴が上がった。
「どうした?」
「あ、あれ!」
アリーンが指した方向に、キラキラ輝く塊が蠢いていた。
「‥あの蝶だ!」
ウォルターが呻く。
人間の掌程もある蝶の群れは、即座に果樹園に覆い被さった。
実にしがみつき、果汁を吸い尽くす。
「しまった! 戻って来たか!」
自宅から飛び出して来た果樹園の主サミュエルが歯噛みした。
「戻って?」
「以前、実験用の果実を食べた蝶が巨大化した事があってな。全部駆除したつもりだったが、討ち漏らしがあったようだ。繁殖して戻って来おった」
夜間担当の者も叩き起こされた。
総出で蝶を追い払おうとするが、いつも戦っているモンスターとは勝手が違う。魔法を撃てば、当然周囲の果樹に被害が及ぶ。手段が無かった。
その時、バデルがはたと気付いた。
住居の周りや、果樹園の所々に咲いている、真っ白な花。
ピレスラムだ。
ただちに行動が起こされた。
ありったけのピレスラムを掻き集め、火にくべる。もうもうと煙が立ち昇った。手近の木の板で、風を起こして煙の塊を群れにぶつけた。
一時間余りの後、蝶は動きを止めていた。
「いやいや、被害が大きくなくて幸いでした。収穫物は無事でしたし」
別れ際、にこにこと、フレミーが言った。
ミネッティアがただ頭を下げる。
「礼を言う」
魔術師の言葉には、万感の思いが含まれている。
冒険者たちが、それぞれ馬や驢馬に積んで帰ってきた巨大な果物が、パリでどれ程の評判になったかは‥
記すまでも無い事である。