眠れる巨人
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:九ヶ谷志保
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月24日〜06月29日
リプレイ公開日:2006年07月01日
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●オープニング
「出て来い! 出て来ないなら、こっちから行くぞ!」
暗い森に、騎士の怒声が響き渡った。
パリ近郊の、とある子爵の領地。
周辺の民家の敷地と殆ど繋がっていると言えるような森の中で、オーガか何からしい巨躯の生き物が目撃されたのは、前日の夜半過ぎ。
ただちに領主お抱えの騎士団と、たまたま領主の館に立ち寄っていた冒険者数人からなる山(森?)狩り隊が、森の一角にその巨躯を追い詰めた。
「さぁさぁ! 来るのか来ねぇのか、来ないのなら‥」
冒険者の一人が声を張り上げ、巨大な薙刀を振り回しながら前進した。
が。
「‥や、めて、くれ‥」
弱々しい声が、分厚い枝葉の間から漏れた。
「!?」
その場にいた騎士と冒険者たちが驚いている間に、巨躯がずずっと前に進み出た。掲げられた松明の光の中に、ぼろぼろの全身を晒す。
「なっ!? オーガじゃない!?」
「‥ジャイアント!?」
そこにいたのは、確かに一般人が見ればオーガと間違いかねないボロを纏ったジャイアントの男性だった。
よく見ると、存外若いのが分かる。見ようによっては、まだ少年と言えるだろう。
そのジャイアントの若者は、よたよたと前に出、そのまま朽ちた大木のように、どさりと倒れ伏した。
冒険者ギルドに、変わった依頼が寄せられたのは、それから一週間程後の事だ。
<冒険者の皆様へ。
闘いに心身共に傷付き、闘う自信も生きる希望を失った若者に、もう一度自信と希望を与えてあげて下さい。
若者の名は、オルド・イガエス、17歳。種族はジャイアント。戦闘・警備に使われていた、元・奴隷です。
現在、身柄は当教会にて保護しております>
―――依頼主 神父 ドニ・セリデ
「‥奴隷? このノルマンに、まだ、そんなのがいるのか?」
その依頼書を覗き込んだ冒険者の一人が思わず尋ねた。
「そうらしいわね。そのジャイアントの子の場合、外敵やモンスターとの戦闘の他、一部貴族の娯楽‥面白半分に闘わせる為だけに飼われてたって話だわ」
うわぁ、と誰かが恐怖の呻きを漏らす。
「どこぞの奴隷商人に飼われていた『商品』だったそうよ。そういう存在がいるらしいとは聞いてたけど‥‥実例は初めて見たわ」
エキゾチックな浅黒い肌の受付係の女性は、そう言ってふうっと溜息を落とした。
「‥自信‥生きる、希望、か」
誰かが呟く。
改めてそう言われると‥‥何だか迷う。
そんなもの、意識せずとも冒険者なら多かれ少なかれ、持ち合わせている。
何の為に戦い。
何の為に生きているのか?
その理由を思い出させてやるには?
「そのジャイアントの子、本当に戦闘用の奴隷として戦う以外は、生きる為にギリギリ最低限の事しか許されなかったらしいわ。あたしたちが日常的にしてるような、ちょっとした楽しみすら、一つもした事が無いそうよ」
受付係が更に補足する。
「そんな状態で、少し前に唯一親友だった同い年のジャイアントと無理矢理戦わされてね。結局、その親友を殺してしまったんだって。それ以来、異様に血が怖くなって、武器が取れなくなったそうなの。飼い主の奴隷商人の下から逃げ出して、身を隠しつつパリの近くまで逃げてきたみたいなんだけどね」
どうしてやったら、良いのだろう? そんな人に?
恐らく根深く食い込んだ恐れを、冒険者が拭い去ってやれるのか。
「‥そうだな‥私だったら‥」
●リプレイ本文
「初めまして、ジュヌヴィエーヴと申します」
穏やかに微笑み、ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)はオルドに視線を合わせた。
「カンターさんの家で、家族みたいに過ごしましょうですよ♪」
とラテリカ・ラートベル(ea1641)が微笑む。
「そういう暮らしもいいぜ?」
ウー・グリソム(ea3184)は殊更さり気なく言う。
「さ、行こっ!」
ぱぁん、とカタリナ・ブルームハルト(ea5817)が手を打ち鳴らした。
四人はすぐ、オルドの様子がおかしいのに気付いた。
背を丸め首を折り、両手をだらりと下げている。
「‥君は、もう手枷を打たれた奴隷じゃない。堂々としな」
ウーの一言で、それがどういう姿勢か気付いた三人は、嫌悪と恐怖をこらえた。
促され、びくびくしながらも彼は歩き出した。
「今日は自信作さ」
そう言ってカンター・フスク(ea5283)が持って来たのは、パン粉の衣が香ばしい豚肉の香草添えだ。エチゴヤエプロンが眩しい。
「普通の生活ってヤツからまず‥てっ」
チーズに手を伸ばそうとしたラシュディア・バルトン(ea4107)の後頭部にカンターのハリセンが飛ぶ。
「よう兄弟! よろしくな!」
共感する部分があるのか、親しげに口にしたのはカエン・ヴィールス(ea1727)。
「‥思ったよりは元気そうじゃの」
鷹揚な雰囲気をで頷くのはマッカー・モーカリー(ea9481)。口調がやけに老成している。
自己紹介を済ませ、八人の冒険者とオルドが食卓を囲む。恐らく手の込んだ料理は見た記憶が無いのであろう、オルドは不思議そうな顔をしていた。
ジュヌヴィエーヴが食前の祈りを教え、ラテリカが「いただきます」を教える。
八人は代わる代わる食事のマナー、楽しみといったものを教えていった。悪戦苦闘していたオルドだが、実際料理を口にすると、その美味には驚いたようだ。
「‥おい、しい‥こういうの、初めて食べた‥」
教会でもまともな食事は出されたものの、比較的質素な内容だったため、この料理のような工夫を凝らしたものは生まれて初めて口にしたのだ。ぎこちないが、微かに微笑みらしき表情が浮かんだ。
「うん、いい食べっぷりじゃの」
これだけ食欲があれば大丈夫、とマッカーは踏んだ。
夕食の買出しに、オルドは駆り出された。
結局、オルドとカンター、ラシュディア、ジュヌヴィエーヴ、マッカーが市場へ向かう。
「‥やっぱり重いな‥持ってくれるか?」
「うん、分かった」
カンターの言葉にどこか嬉しげに頷き、オルドは荷物を持ち上げた。
大きな荷物を一人で持ち帰り、次いでオルドはラシュディアと並んでカンターの料理を手伝う事になった。
最初はぎこちなかったオルドだが、思いがけない器用さを見せて台所仕事をこなす。
「こいつが『普通の暮らし』ってヤツなんだ」
ふと、ラシュディアが呟く。
「‥結局、俺はこういうものを護りたいんだ。誰もが持っている、当たり前の毎日をさ」
「‥おいおい。大丈夫かぁ!?」
夕食の席も、昼食以上に楽しいものになった。
が、ウーが提供してくれた高級ワインを口にしたオルドは、一口飲んで真っ赤になる。
「ふふ、ちょっと飲み過ぎちゃいましたね」
与えられたベッドに横たわったオルドを見て、ラシュディアがくすくす笑う。
その口から紡ぎ出されるメロディは、子守唄。
オルドには、それが何かは分かるまい。が、確かに満足げな笑みが浮かんだ。
翌日、オルドに付いたのはラテリカとカンター、ラシュディア、カエン。赴いたのは、王宮にも近い風光明媚な一角だった。
遠くから壮麗なコンコルド城を望んだオルドは、綺麗だな、と呟いた。
「おい、オルド、紅いドレスの女、いい体つきしてると思わねーか?」
カエンがオルドのシャツを引いた。
上流階級に属するらしい、真紅と緑のドレスの若い女性が並んでセーヌ沿いの通りを歩いて来る。
「‥綺麗な、服だな‥」
オルドが見ているのは、カエンが見ているようなものではなく、彼女らのドレスのようだ。
「そう言えば、オルドもその内、ちゃんとした礼服が必要になるかも知れないな」
礼服って? という顔をオルドが見せた。
「お目出度い儀式に出る時なんかに必要な、特別な服だよ。今夜にでも、採寸してあげる」
オルドの顔が、ぎこちなく、だが確かに輝いた。
「‥僕は、仕立て屋として鋏を持ったりしてるけど、必要とあれば剣も持つんだ」
オルドを採寸してやりながら、カンターはそんな風に話しかけた。
「それは、大事な人を護るため。過去を悔やむより、未来を考える方がずっと良いと思うな」
オルドが首を振り、俯いた。
「‥でも、おれのせいで‥ゼロス‥」
ゼロスというのは、殺してしまった親友の名であろう。
「ゼロスさん、きっとオルドさんに幸せになってねって、言うと思うですよ?」
ラテリカの言葉に、オルドは大きな手で顔を覆った。嗚咽が指の間から零れた。
異変が訪れたのは、三日目の事。
冒険者街にも比較的近い、酒場での事だった。
「いやぁ、いいねぇ、こういう店は!」
若い美人のウェイトレスが多いのに気を良くしたカエンは、上機嫌で昼間からワインをあおっていた。
今日のメンバーは、オルド以外はカエンとウー、カタリナ、そしてジュヌヴィエーヴだ。
「カエンさん、そういう事は‥」
ジュヌヴィエーヴの苦言も空しく。
「きゃっ、何すんのよこの助平!」
カエンに尻を撫でられたウェイトレス嬢の、思いがけない見事な拳固が彼の鼻をめり込ませた。
「いっ‥てぇーーー!」
カエンの鼻からだらりと垂れた血を見た途端、オルドの顔色が変わった。ガタン! と立ち上がる。
「オルドさん? 大丈夫ですよ、ただの鼻血です」
そう言って、ジュヌヴィエーヴは彼を落ち着かせようとした。
「あれ、アンタ、あの時のジャイアントの兄ちゃんだろ?」
大きな薙刀を持った冒険者が、不意に話しかけて来た。側に仲間らしき者が数人。
「良かった。探してたんだよ。気を付けるように言おうと思って」
「‥あなた方は?」
ウーが素早く彼らに視線を走らせた。
「この兄ちゃんを、最初に見付けた者だ。どうも、追っ手が掛かってるみたいで、私らも襲われてね」
その言葉を聞いた途端、オルドが恐怖で目を見開いた。
「一人片付けたんだが、まだ二、三人残っているはず。気を付け‥うわっ!」
オルドが、恐怖の悲鳴を上げて店の外に走り出た。ジュヌヴィエーヴが慌てて後を追う。
オルドは、少し行った所で足をもつれさせ、派手に転倒した。
「ゼロスを殺したから‥あいつらに、おれが殺される、んだ‥」
涙を流すオルドを、ジュヌヴィエーヴは抱き締めた。
「そんな事は絶対にありません! あなたがその方と逆の立場なら、あなたは彼を恨みますか? 聖なる母は必ずやあなたをお許しくださいます!」
強い口調で言う。
仲間たちが駆け寄って来た。
「今、妙な奴が酒場の横から逃げてった。マズイかもな」
ウーの言葉に、ジュヌヴィエーヴは唇を噛んだ。
「‥やっぱり、こうなった以上、自分の身は最低限守れるようにしないと」
翌日、カタリナは開口一番そう主張した。
この状況では、流石にそれに反対する者は無い。だが。
「い、やだ、戦いたくない!」
オルドは、目の前に放り出されたジャイアントソードを、まるで悪魔のように恐れた。
「何言ってんのだ! 自分の力で戦うんだよ!」
カタリナがいくら焚き付けても、オルドは動かない。
オーラパワーを帯びた拳が、オルドの腹にめり込む。これで怒るかと思ったが、オルドは子供のように泣き出し、うずくまった。
「‥もう、いいよ」
幻滅の籠もった低い声で言い、カタリナは自分の太刀を持ってその場を立ち去った。
一同は頭を抱えた。
自分たちの依頼は、明日で終わるが‥
「いやぁあああっ!!」
ラテリカの悲鳴に、カンターは矢のように庭に走り出た。他のメンバーも後に続く。そこに見えたのは。
「動くな!」
明らかに怪しい風体の男たちに、背後から締め上げられているジュヌヴィエーヴ、そしてラテリカ。
鞭を持ったもう一人が、オルドの前にいる。彼は恐怖に震え、動けない。
「いやぁ、役に立たない剣奴を庇うたぁ、大したもんだ」
顔の半分を覆面で覆った男が、喉を鳴らす。
悲鳴に引き返して来たカタリナは、締め上げられる彼女たちを見て青褪めた。
「オルド! 二人を!」
カタリナが自らも太刀を取って叫ぶ。
「オルド、お願いだ‥!」
カンターは、オルドのために剣を置いてきたのだ。
ラテリカが微かに呻く。
ジュヌヴィエーヴが、オルドを見た。目が合う。
「君は、この先ずっとそうやって泣いてんのか!?」
カタリナの叫びが、終わるより早く。
血の雨が降った。
オルドの振るったジャイアントソードが、ジュヌヴィエーヴを捕らえた男の頭部を跳ね飛ばしたのだ。
ほぼ同時に、カタリナの太刀が、ラテリカを捕らえた男の脇腹を貫く。
獣のような咆哮と共に振り下ろされた巨大な剣が、最後の一人を鎧ごと両断した。
翌日。
オルドは、ジュヌヴィエーヴに教わった通りの作法で、跪いて祈りを捧げている。
穏やかな表情だが、それは昨日までの自分の意思を放棄した者の虚ろさとは程遠い。
結局、何があの時彼を突き動かしたのか。本人にも、はっきりとは分かるまい。
礼を言い、彼は自分の足で教会に戻った。
新しい剣と共に教会へ戻ったオルドから、誰かが書いた文字の上を懸命になぞった手紙が届いたのは、それから数日の事。
神聖騎士の見習いを目指して、勉強を始めた事が、記されていた。