求む! 厨房の達人!
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■ショートシナリオ
担当:九ヶ谷志保
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:7人
サポート参加人数:2人
冒険期間:07月02日〜07月07日
リプレイ公開日:2006年07月09日
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●オープニング
「むぅう、困った‥いかようにすべきか‥」
その高貴な女性、アスカ・カミシロ・ムートスペルは、やけに古臭い言い回しで呟いた。
ジャパン出身、もしくはジャパン人の血が混じっているのかも知れない。凛とした美貌に華やかな和装という出で立ちだった。
そんな彼女の悩みとは。
「‥毎年世話になってい料理人殿が急に引退してしまわれるとは‥‥迂闊。これでは、宴を開こうにも開けぬではないか‥」
所用と、ついでにちょっとした観光でパリの別邸を訪れたムートスペル伯爵ご一家は、思いがけない問題に直面していた。
毎年パリに滞在する間、食事の提供を頼んでいた馴染みの料理人が、高齢のため引退していたのだ。弟子は何人かいたが、師のレベルには遠く及ばない。
「選りにも選って、巴里(パリ)であれの誕生日を祝おう、という時に限って‥」
二階の窓から庭に目を落とし、乳母を引き連れて遊んでいる幼い娘を見やる。
間も無く九歳の幼い娘、シンマラはすっかり「パリでお誕生日ー!」と盛り上がっている。
折角のパリなのだ。パリやその近郊で、付き合いのある人物を招いた上で、美食を極めた饗宴を催そう、という計画は、早くも頓挫しそうだった。
自分たちが恥をかくのはまだしも、宴を開けず幼い娘までもがっかりさせるのは、親として忍びなかった。
「‥なぁ。冒険者ギルドに依頼してみりゃどうだ?」
そう言い出したのは、彼女の夫、ムートスペル伯爵ビューレイストその人だった。
「ぼ、冒険者ぎるど!? 勘違いしてはおらぬか、私が言ってるのは、あれの誕生日の馳走‥」
「だから、な。冒険者って連中の中には、料理が趣味だの、普段の仕事が料理人だのが結構いる。頼んでみりゃ、面白いのが出来るかも知れないぜ?」
やんごとなき立場のお方らしからぬ伯爵の荒い口調は、ヴァイキングの血ゆえか。若い頃――今でも三十前ぐらいだが――冒険者で鳴らした事もあったと言う。
「材料は揃ってるだろ。依頼出しゃ、何人かは集まると思うぜ? 冒険者が料理を提供する饗宴なんて、趣向としてもなかなかオツだと思うがね?」
なるほど、とアスカが頷く。
「基本的な材料はこっちで揃えて、だな。もし、どうしても特別な材料を揃えたかったら、自分で持って来てもらう、とこういう訳だ」
ふと、アスカが呟いた。
「‥まさかとは思うが、妙な怪物の丸焼き、などという事にはならんだろうな‥」
「へっ、生魚をバリバリ食いやがるジャパン女が何を気取ってやが‥ふげっ!」
一応、貴族である男の顎に、嫁のパンチが決まった。
●リプレイ本文
どっごおぉおおおん! という大音声と共に、水しぶきが上がった。
セーヌ川の岸辺に面したムートスペル伯爵家の別邸から、おぉ〜っとどよめきが上がる。
「こっちの下準備、終わったわよ」
シャーリーン・オゥコナー(eb5338)が、何とも豪快な方法で下準備を終えた小麦粉と豚肉を、別邸付きの下男に持たせて運び込んで来た。
「ありがと、お疲れさんー」
ユリア・ミフィーラル(ea6337)は、台所に揃えられた材料を一通り点検しながら、そう応じた。甘口の高級ワインと野菜類が大量に備えられているのを見て、うん、これならと頷く。
「‥‥凄いですね。砂糖もあるし、スパイスもこんなに」
それだけで彼女らの数年分の生活費に匹敵するであろう食材を眺め、シャルロッテ・ブルームハルト(ea5180)が思わず呟く。傍らには果物の山だ。
「一人娘の誕生日か。可愛いんだろうな、やっぱり」
エグゼ・クエーサー(ea7191)が、備えられた肉類の種類や、パスタ製造用の器具類を確認する。籠にトリュフがてんこ盛りなのを見て、ヒュウッと口笛を吹いた。今の時期だと「夏トリュフ」と呼ばれるものだろうか。
台所から渡り廊下で繋がった石造りの小屋の前で、アンジェット・デリカ(ea1763)はおもむろにフリーズフィールドのスクロールを広げた。
「肉や魚はこっちだよ。果物は冷やすと傷むものが多いから、入れる前にあたしに聞きな」
ひんやり冷えた冷蔵専門の食料小屋を作り出すと、生ものを担いだ使用人たちにテキパキと指示を飛ばす。冷蔵可能な保存庫を作る旨を伯爵に告げたところ、庭の小屋の使用権を得たのだ。
「わぁ‥‥凄い、流石ですねぇ」
ナロン・ライム(ea6690)は、広間程もありそうな厨房を、じっくり見て回っていた――正確には、備え付けられた道具類を、だ。
数も多く、用途に合わせて細かく揃えられ、きちんと並べられている。
「いいのが揃ってる‥‥特注品だったりするんだろうな。随分珍しいのもあるけど‥‥」
厨房の一角に、あまり見慣れない種類の道具を見付けた彼は首を捻った。底に細かい溝が走る深い鉢のようなもの、その他。
「それはジャパンから取り寄せた道具だ。私も時たまだが、料理をするのでな。使えそうなものがあったら、使ってくれて構わぬよ」
ふと背後を見ると、厨房の入口で和装の美人がこちらを見ている。ジャパン出身だと言う、伯爵家の奥方アスカだ。彼は慌てて礼を取った。
「いいか、野郎ども!」
彼女の前に進み出てそう吼えたのは、伯爵ビューレイスト本人。
「遠慮はいらねぇ。道具なんざ使い潰せ。さっきも言ったが、最高の料理を作ってくれりゃ、それでいいんだ」
貴族という概念からは程遠いノリに、思わず目が点の、一同であった。
だが、まあ‥‥気が楽と言えば、確かに楽、ではある。ある意味では。
本来のパーティの主役である令嬢シンマラは、冒険者たちが連れてきたペットと遊んでいる。特に、シャーリーンの連れてきた、ボーダーコリーの子犬はお気に入りのようだ。
「わぁ〜、凄い! 冷たぁ〜い!」
フリーズフィールドを使って作られた冷蔵用の保存庫が珍しいのか、てくてくと近付いて来たシンマラが、小さな手を突っ込んだりしている。
今回のパーティの主役であるその少女は、父親譲りの銀髪と鮮やかな菫色の瞳が印象的で、人形のように愛らしい。はっとするような端正さは、母親から受け継いだものか。ジャパン風に袖の長い、流水に花模様のドレスを着ている。
「シンマラさん。何か嫌いな食べ物はおありですか?」
ほんの子供が相手であってもごく丁寧な口調で、シャルロッテが尋ねる。少女は首を振った。
「んーん、何でも好き! お姉ちゃんは、何を作ってくれるの?」
ぴょん、とシャルロッテに飛びつくシンマラ。思わず、笑みがこぼれる。
「そうですね‥‥シンマラさんのお飲み物でも。ケーキもお造りしようかと。どういう果物が好きか、お聞かせ願えます?」
「ホント!? んっとね、私、苺が好きっ! あ、でも同じくらい、桃も好きなの! あと、それからねぇ‥‥」
次々に果物の名前を列挙し出したシンマラに、ニコニコしたり苦笑いしたりの冒険者たちであった。
普段と違って、冒険の場は厨房。
敵はオーガでもドラゴンでもなく、甘党で食いしん坊の貴族のお嬢様だ。
「任せといて。最高の料理を食べさせてあげるよ、お姫様?」
ユリアはニカッと笑って見せた。
「何つったて、この俺がいるんだから、さ」
エグゼがさり気なく前に出る。
一瞬、睨み合った両者の間に、ばちりと火花が散った。
シンマラの誕生パーティの料理と、その準備以外の事は、全くしなくとも良い、という条件の下、料理人たちの時間は過ぎる。
一応、貴族の饗宴、という体裁なので、ある程度の統一感を出しつつ、冒険者個々の個性も出さねば意味が無い。
最も相応しい食材、それを盛り付ける器も入念に選び、手順その他を打ち合わせる。
特に「デリ母さん」ことアンジェットのフリーズフィールドを駆使した冷蔵貯蔵庫の需要は高かった。単なる貯蔵庫としてばかりではなく、冷たい料理のための調理場としても重宝されたのだ。暑くなり始める今の時期、冷菓を始め、冷たい料理は外せない。
試作した料理に互いが批評を下したり、材料を追加したり盛り付けをアレンジしたりが、当日直前まで続く。
事件が起こったのは、パーティが翌日に迫った、その日の夕方近く。
「‥‥つ・ま・み・食・い・は・許・さ・ん、と言っただろがあーーー!」
熱血そのものの勢いで、振り向きざまにパンチを放ったエグゼだったが。
「ぐほぉッ!」
仰け反った銀髪の人物を見て、青褪める。
「「「「「は、伯爵ーーー!?」」」」」
その場の全員、思わず固まる。
エグゼのパンチがまともに捕らえたのは、選りにも選って、ムートスペル伯爵家当主、ご本人様。
「くっ、若いの。いいパンチしてるじゃねーか‥‥」
エグゼとそう変わらない歳に見えるくせに、伯爵は吹き出た鼻血を拭いながらそう言った。
『うわっ、俺、死んだ‥‥』と、遠い目になるエグゼを前にして、彼はニヤリと笑う。
「料理のために、そこまでやるたぁ、見上げた根性だ。気に入った。明日は期待してるぜ」
豪快な笑い声が、廊下を遠ざかる。
ちなみに。
しっかり、つまみ食い分の料理をくすねて行ったのには、誰一人気付いていなかった‥‥。
パリの北、セーヌ河が夕映えに輝く頃。
ムートスペル伯爵家別邸で、令嬢シンマラの九歳の誕生日パーティが開催された。
意外と言うか、伯爵のあの性格からすれば納得と言うか、貴族階級に属する者ばかりか、それ以外でも学者や文人、一目置かれる職人や画家、錬金術師、魔術師など、一癖ありそうな人物が多数招かれていた。
本日の主役、シンマラは、繊細で凝った造りの髪飾りを付け、目の色に合わせた菫色のドレスを纏い、伯爵夫妻の間の席に納まっている。胸元に飾ったコサージュ状の花束は、パーティが始まる直前、アンジェットが手渡したプレゼントだ。沢山食べて、大きくなっとくれ、の言葉と共に。
冒険者たちが、まず最初に伯爵家、及び来賓たちに振舞ったのは。
どっごぉおおおおおん! と吹き上がる水しぶき。
広間に面した庭に据え付けられたままの、古い時代の遺物である噴水付きの池が、まるで噴火のように水を飛び散らせた。
そこに近い席の来賓にも、水しぶきが届く。思いがけない趣向に大喜びの来賓たちとシンマラの前で、シャーリーン・オゥコナーの名が呼ばれ、彼女は優雅に一礼した。
伯爵の口から、この宴の趣向が説明される。
冒険者たちを招き、彼らの手による料理を振舞う、という斬新な趣向に、来賓たちがどよめいた。
一人一人の冒険者たちの名と称号が、料理が運ばれると共に呼ばれる
大人たちにワインが振舞われる中、幼いシンマラのために運ばれた彼女専用の飲み物は、シャルロッテ・ブルームハルトの自信作だ。
「美味しい!」
一口飲んで、シンマラが目を輝かせる。
一度温めたミルクを冷ます過程で酸味ととろみを付けた中に、砂糖を混ぜて凍らせた苺の果肉を丸く整形して浮かべたもの。時間と共に苺が溶け、飲み物はゆっくり薄紅色に染まり、味も変わっていくという趣向だ。
貴族らしい年配の夫婦が、シャルロッテを呼んで、後でレシピを教えてくれと頼み込んでいた。
コース料理の最初は、スープ。
アンジェット・デリカがこの上なく手間を掛けて造り上げた、ソラマメの冷製スープだ。
ソラマメが好物の伯爵夫人アスカが、作り方を教えてくれ、とコッソリ頼み込んだというエピソードがあるのは、一家と冒険者たちだけの秘密である。
丁寧に裏ごしされた、柔らかい緑のとろりとしたスープに浮かぶのは、カリカリのベーコンと、スライスしたアーモンド。シンマラは淡い甘みにすっかり虜だ。
次いで出されたのは、前菜。
エグゼ・クエーサーが用意したのは、トリュフを贅沢に使った冷製パスタ。みじん切りにし、オリーブオイル、バターとワインで炒めた皮が香ばしい。
シンマラは、感想を述べる事も忘れてむしゃぶりついている。彼女の両親、そして来賓たちも、一見シンプルながらも、その実絶妙な味わいを堪能している。
エグゼは、密かに勝利の笑みに近いものを浮かべた。
続いて運ばれて来たメインディッシュは、二品。
一方は、前菜も担当したエグゼの、ハーブ詰めローストチキン。
中身は潰したニンニクと、先程庭のハーブ園で摘み取ったばかりの香り高いローズマリーだ。素晴らしい焼き色とテリを、食欲をそそる香りがより一層引き立てている。
もう一方は、ユリア・ミフィーラルの豚肉のロースト、スモークサーモンと蕪のソテー添え。
甘口のワインをベースに、レモンと数種の香辛料で引き締めたソースが食欲をそそる。鮮やかな黄色の刻んだレモン皮、パセリの緑が美しい。
両親の、あんまり食べると、ケーキやデザートが食べられなくなるぞ、という忠告そっちのけで、シンマラは、二種類のメインディシュを両方腹に収めた。かく言う両親の方も、食べる手が止まらないのだが。
いよいよ、誕生日のメインとなるケーキだ。シンマラが目をキラキラさせる。
シャルロッテ・ブルームハルトは、クリームに甘みを付けたレモンソースを重ねた、爽やかな味わいのパイケーキ。
クリームチーズと鮮やかな黄桃をふんだんに使ったタルトケーキは、ユリア・ミフィーラルの作だ。
シンマラの興奮が最高潮となったのは、言うまでもない。
「んじゃ、そろそろ、と」
伯爵が執事に合図を送る。持って来られたのは、菫色と白のリボンを掛けた大きな籠だった。きゃん、と小さな声が中から聞こえ、シンマラが目をパチクリさせる。
中を開いたシンマラが見たのは。
「あー! ワンちゃん!」
小さな手が抱き上げた、白いむくむくした塊。
「森で拾った。正確には、狼だがな」
プレゼントに喜ぶ娘に、伯爵と奥方は目を細めている。
新しいペットを傍らに、シンマラは二種類のケーキを頬張った。
美味しいから、狼ちゃんにもあげていい? 私たちだけ食べるなんて、不公平だわ、と尋ねるその言葉に、ユリアもシャルロッテも小躍りする。
特に、メインディッシュとケーキの両方を手がけたユリアの得意、推して知るべし。
最後のデザートを残し、進行係がメンバーに庭へ出るようにと促した。
パーティの締めくくりは、照明に照らされた庭に広げられたテーブルを囲んでの立食形式へと移り変わった。
そこに運ばれて来たのは‥‥
アンジェット・デリカの、梨と葡萄のソルベ。シンマラは飛びつくように受け取った。
そして、ナロン・ライムが大量に用意した、冷たいケーキやタルレット、スコーンに添えられたジャム、ナッツにドライフルーツ、といった目移りしそうな多彩な菓子類だった。温かい紅茶も添えられている。年配の招待客の中には、体が冷えるのを心配している者もおり、この配慮は大層喜ばれた。
パーティ会場が庭に移ると、冒険者たちはあっという間に、料理に興味を持った招待客たちに取り囲まれた。
中には、大真面目に、我が家の専属シェフになってくれ、と頼み込む貴族の客もいた程だ。
エグゼは失礼の無いよういなしつつ、自分の店を宣伝し、ユリアはちょっと心引かれているようだ。引っ込み思案なシャルロッテは、やんわり断るのに四苦八苦している。
『おめでとう、シンマラちゃん。‥‥俺も、今日で十九歳かぁ‥‥』
偶然にも、シンマラと誕生日が同じナロンは、来客たちの猛攻から逃れ得る木陰を見付け、葉の間からパーティの喧騒を眩しげに眺めていた。当のシンマラは、今度はクッキーを頬張りつつ、狼の子供と共に駆け回っている。
「ほいよ、おめでとさん!」
急に声がし、ふっくらした手から花の束が手渡された。見上げた先にいたのは、アンジェット。
「ナロンも、今日が誕生日だろう? お祝いだよ」
まるで子供のようにわしわしと頭を撫でられ、少し恥ずかしい、ナロンであった。
「‥‥アンジェット殿から伺った。ナロン殿も、今日が誕生日とか?」
奥方のアスカが、何か包みを手に近付いて来た。
「急な事で、贈り物の持ち合わせが無くてな。こちらでいかがだろうか? 亭主の酒蔵からくすねたもので悪いのだが」
アスカが差し出したのは、最高級の貴腐ワイン。包み紙に、ジャパンの文字で、祝福を意味する言葉が記されているらしい。
酒が回った客と仲間たち、そしてはしゃぐシンマラの、弾けるような笑い声が聞こえる。
ビューレイストは、パーティを彩った料理人たちに、礼の証に、厨房に残った砂糖でもスパイスでも料理用具でも、好きなだけ持っていけ! 叫んでいる。
いい誕生日だと。
ナロンは、そう思った。