●リプレイ本文
「最初に会った時から気になっていたが‥‥頭の傷は、誰に?」
ガンバートル・ノムホンモリ(eb3327)が、帆の向きを微妙に調節するセレスト・オゥベリエにそう尋ねた。
「洞窟の下見に行った時に、上空からカラスに襲われたの」
セレストは、気にしてくれてありがとう、というように微笑んだ。
「頭部の傷は、浅くても厄介だ。面倒がらずに、包帯はマメに替えた方がいい」
そう忠告したのは、武装の確認をするシャルウィード・ハミルトン(eb5413)。
「そう言えば、さ。これから行く洞窟って、何か言い伝えとかあるのか?」
装備の弓と矢を確認しながら、クンネソヤ(eb5005)が尋ねる。遠くジャパンは蝦夷の地からやって来た彼には、こういう話は、なかなか探究心をそそるものであるようだ。
「どの程度知られたものなのかも重要だよね。それ如何で、保存状態は大きく左右されるものなのだしね」
マッピング用の羊皮紙束と筆記用具を揃え、ウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)が言った。
「その宝の洞窟の知名度は確認したいな。下手すると横取りしようとする不埒者が出ないとも限らん」
シャルウィードはちらりと背後の航路と岸辺に視線を走らせた。
「まだ、誰にも知られていないはず‥‥仲間以外にはね。その仲間も殆ど信じていなかったけど」
セレストは微かに自嘲した。
「名前はハッキリしないけど、ノルマン人の先祖で、一族を率いてこのセーヌ河を遡って来た人がいたらしいの。有力な部族の首領だったみたい」
「今のノルマンの王様と関係ある人? あ、少し先に渦があるから、ちょっと気を付けてね」
シルヴィア・ベルルスコーニ(ea6480)は、水や風の流れを的確に読んで指示を下していた。彼女のお陰で、船はいつもの数割増しの速度で流れを遡っている。
「直接王族と関係ある人では無いと思うけど、それなりの地位にはあったはず。でも、その人、この地で急病で倒れてそのまま亡くなったらしいの」
セレストは、記憶を辿りながら説明した。
「なるほど。宝の洞窟は、その首領の墓という訳なんだね? 宝は副葬品?」
パトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528)が問いかける。
セレストは頷き、
「長を失って、部族自体は引き返して行った。ただ、また戻って来る気だったみたいで、墓と副葬品はそのままなの」
結局は、戻って来なかったみたい、と付け足す。
「なるほどね。今のノルマン人の主流から外れた部族の首領だったからこそ、忘れられて盗掘を免れていた可能性は大いにあるよね」
ウィルフレッドは、セレストに頷いてみせた。陸路で行くのも難しいからこそ、ノルマン人たちがこの地に定住してからも放置されたままだったのだろう。
「任せておけ。我々は冒険者。必ず、君を遺跡の最深部まで連れて行く」
モリは豊かな髭を撫でつけながら、きっぱり断言した。
「セレストのお祖父さんの研究を証明出来る宝、あるといいな」
独り言のように呟いたクンネソヤに、セレストは小さく礼を言う。
「‥‥一緒に、お祖父さんの想いを叶えるお手伝い、させてくださいね」
パトゥーシャがそう言うと、セレストは微笑み、ふと俯いた。涙を拭ったのかも知れない。
『生涯掛けて謎を追った立派な学者さんとその後継者の名誉が、汚されっ放しでいい訳、ないんだよね』
幼さにあるまじき、セレストの必死の表情を見やりながら、ウィルフレッドは内心呟いた。
「‥‥ここ、どこかから湧水があるみたいね。地下の河と繋がっているのかも」
揺れる船から下りる時になって、シルヴィアがふと呟いた。
素人目には見逃しそうな微妙な水面の変化も、彼女の目は逃さなかったようだ。
「その洞窟内部、地底湖か地下河川でもあるのでは?」
ふとパトゥーシャがそう予測した。
「この辺りの地形や河の流れからすると、その可能性は高いって、お祖父ちゃんは言ってた」
ふん、とシャルウィードが鼻を鳴らす。
「もし、モンスターが出たら、相手は我らに任せて、くれぐれも前に出たりしないようにな」
「うん。ありがとう」
年齢の割には色々経験しているはずの依頼人も、流石に緊張している。
セレストを守るように陣形を組んで、一同は出発した。
彼女を中心に、前衛真正面にシャルウィード、左右にやや下がってモリ、クンネソヤ。そして、依頼人の少し前にパトゥーシャ、ウィルフレッドが入る。シルヴィアは、戦闘になれば依頼人と共に後方に下がる手はずだ。
セレストの言っていた「カラスの化け物」は、シャルウィードによって「ジャイアントクロウ」であろうと見当が付けられた。
「あれは、光モノを集める習性があるからな。かなりのものを溜め込んでいるだろう」
彼女の言葉に期待を膨らませた一同だったが。
遺跡のある森の手前まで来た、その時。
「‥‥なあ、何か妙な臭いがしないか?」
クンネソヤが、鼻をひくつかせた。
「何かいるぞ!」
モリが叫ぶ。
暗くなり始めた森の地面から、むくりと黒い影が起き上がった。臭気が冒険者たちを襲う。
セレストが、悲鳴を上げた。
「クロード‥‥ジェニク!?」
セレストの、元の仲間の変わり果てた姿。が、今は、ズゥンビだ。
「出し抜こうとした元お仲間の、なれの果て、という訳ですか」
冷淡に言って、パトゥーシャは弓を構えた。
と。
「あぁあぁああッ!?」
まるで凄まじい苦痛に耐えてでもいるかのような、恐るべき絶叫が上がった。
「シャルウィードさん!?」
「『狂化』ね!」
シルヴィアが上空で息を呑み、ウィルフレッドが叫ぶ。
目が血の色に染まり、金色の髪が逆立った。
「狂化」。
何故か、ハーフエルフという混血種族にだけ現れる特殊な現象だ。
そのきっかけは様々だが、シャルウィードの場合はアンデットの類との遭遇、であるらしい。
驚きつつ、シルヴィアはセレストを促し、共に後方に退避した。
「早く片付けないとマズイな」
モリは冷静にそう言うと、一度に三本の矢を放った。先頭ズゥンビの体の縦一列に、矢が突き刺さる。動きが鈍った。
絶叫しながら振るわれたシャルウィードの鞭がズゥンビの肉片を弾き飛ばす。
クンネソヤが素早く矢を放ち、先頭ズゥンビは更に動きが鈍った。
パトゥーシャは、依頼人の前で接近された場合に備え弓を引き絞る。
先頭のズゥンビを押し退けるように近付いて来た別のズゥンビを、ウィルフレッドがライトニングサンダーボルトで焼き焦がす。
再度のモリの矢で、先頭のズゥンビが地に伏した。
それを踏み付けるようにシャルウィードが進み出る。後列ズゥンビの腐肉が弾け跳び、衝撃で動きが鈍った。
クンネソヤの矢が突き刺さり、ズゥンビがバランスを崩す。
湧き上がるように呪文の詠唱を終えたウィルフレッドの稲妻が、ズゥンビを完全に停止させた。
「あれが『狂化』‥‥間近で見たのは初めてね」
まだ狂化の解けないシャルウィードを刺激せぬよう距離を置き、パトゥーシャは呟いた。
「しょうがないね‥‥今日はここで野宿にした方がいいよね?」
ウィルフレッドが同意を求めると、それぞれ肯定の返事が返って来た。
「すまん」
「気にすんな。それより、いよいよ大鴉だぜ」
翌日、ちょっと気にしているシャルウィードを、クンネソヤが軽く慰める。一行は昨日と同様の陣形で宝の洞窟――ジャイアントクロウの巣へと向かった。
くわぁああああっ、という耳障りな鳴き声と共に、大きな翼が上空を覆った。
襲撃を予想し、前もって注意を払っていた一同は、慌てる事なく対処。
モリ、クンネソヤの矢が、次々に突き刺さった。揺らいだ巨体に、ウィルフレッドのストームが襲い掛かり、巨大カラスはもんどり打って地面へと落下する。
再び浮かび上がろうとした矢先に、パトゥーシャの狙い定めた一撃が突き刺さった。翼の付け根が砕ける。
シャルウィードの鞭が胴体を打ち据え、カラスは動かなくなった。
洞窟の入り口近くにある、馬鹿でかい巣を探ると、装身具や古いコインなど、貴金属と宝石類が使われたものが大量に発見された。とりあえず、全員が目星を付けたものを報酬として受け取る事にする。
「さて。これからが、本番だね」
ウィルフレッドがマッピング用の羊皮紙と筆記用具を取り出す。
「セレストさん。照明をお願いしますね」
パトゥーシャが持って来た照明をセレストに手渡した。
クンネソヤとモリは、それぞれ磨き上げた勘と技能を駆使して、周囲の様子、そして敵の攻撃に備えた。
ウィルフレッドのブレスセンサーに引っ掛かったのは、小動物と言うには大きく、モンスターと言うには大きく感じない生き物が幾つか。無論、小さめだからと言って、油断出来るものでもないのだが。
シルヴィアはエックスレイビジョンで内部の構造を確認した。
「結構ひろいね。それに湿ってる。上の層はそうでもないけど、もう一つ下があるみたい。そこに何かいる‥‥何これ」
ごそごそ動く何かが目に留まって、彼女は気色悪そうな顔をした。
「よし、まずは下の層だ、行くぞ!」
オーラエリベイションで体を覆い、シャルウィードは足を踏み出した。
思いの他、洞窟は広かった。
奥に進むにつれ、水音が大きくなる。壁や床は白っぽく滑らかで、見た感じは所謂「鍾乳洞」に近い。
クンネソヤが慎重に周囲を探った結果、岩の窪みに紛れるようにして、不思議な紋様のようなものが刻まれている一角があるのに気付いた。その真下に、下層へ続く穴が口を開けている。
「多分‥‥これが、ここに埋葬されている古代の王の紋章だと思うの」
セレストが覗き込み、言った。
時間も遅いと判断した一同は、その竪穴の周辺で休息。
洞窟侵入から二日目、いよいよ一行は下層に降りた。
「あんまり大きくないけど、何かいるよね‥‥」
ブレスセンサーを使ったウィルフレッドが眉を顰めた。
「あちこちで白っぽいのが動いて‥‥あれ?」
ふと、何かに気付いたように、シルヴィアは床に目を落とした。
「何か、生臭い臭いがするぜ。何だろうな」
クンネソヤが再び鼻をひくつかせる。
「セーヌと繋がっているらしいんだったな。大型モンスターが入り込んでいたりしなければ良いのだが‥‥」
モリは最悪の場合を考える。
上層の事例を考えて、一行は壁や床に人為的に彫り付けられた目印に注意しながら進む。
が、何せ広大で入り組んでいる。おまけに、洞窟のほぼ中央には地下河川が姿を現していた。そしてその側に。
「き、気持ち悪い〜」
「ポイゾン・トードの変種だろうね。地底に閉じ込められて、こうなったのかな」
照明の光の中に浮かび上がった、ぬるりと白い大きな蛙を見て、シルヴィアは嫌がり、パトゥーシャは物珍しそうに見た。
地下で何世代も過ごしたであろうその毒蛙は、色素が抜けて真っ白になり、目は殆ど退化し、小さな黒い点に過ぎなくなっていた。
「いちいち相手にしてられないよね」
やれやれと呟き、ウィルフレッドがストームを唱える。蛙たちは、箒に払われた木の葉のように吹っ飛んだ。
そうしてうろつきまわる内に、ふとシルヴィアが動きを止めた。
「やっぱり、もう一階層、下にあるんじゃないかしら」
激しい水音に負けないように、彼女は声を張り上げた。
「確かに、川が滝になっているようだな」
モリがセレストに照明を掲げてもらい、地下の川を覗き込んだ。
「どこかに、入口があるはず‥‥だよな?」
クンネソヤが隠密技能を駆使し、再度周囲を探索し始める。
休息を挟み、入念な探索を行った一同は、滝の周囲でより巧妙に隠された紋章と、その下に隠された入口を見付けた。
再びクンネソヤのロープを伝って下層に下りる。
「これは‥‥石畳!?」
思わず、シャルウィードが叫ぶ。ランタンに照らされた床は、むき出しの岩肌ではなく、明らかに人為的に組まれた石で出来ていた。
「この様式、見た覚えあるな。観光地にもなっている、有名な場所だったけど」
一般にも知られた、古い遺跡をパトゥーシャは思い出していた。
「みんな。あそこの窪み、同じ紋様があるよね?」
ウィルフレッドが一見ただの窪みのように見える場所を指差す。セレストがランタンを持って駆け寄る。浮かび上がったのは、今までの道順を示すのと同様の紋章がびっしり周囲に書き込まれた穴だった。
「ここ! ここだわ!」
セレストが思わず叫ぶ。
そこにあったのは、床と壁が石畳で覆われた、人工的な部屋だった。
中央に、大きな四角い岩――例の紋章が刻まれた、棺だ。
「セレストさん、下がって!」
シルヴィアが鋭く叫ぶ。反射的に、彼女は飛び退いた。
入れ替わるように、シャルウィードが前に出、その少し前に何かがぼたりと落下。
「クレイジェル! まずい!」
パトゥーシャが弓をつがえてセレストを庇った。ウィルフレッドのブレスセンサーに引っ掛からずに接近したそれとの距離は、案外近い。部屋の隅から滲み出すように二体目が現れた。
兎に角、セレストに近付けてはいけない。
先にいるクレイジェルに、攻撃が集中した。モリ、続いてパトゥーシャ、クンネソヤの矢が次々に突き刺さり、まるで針山のように突起だらけにした。
シャルウィードの鞭が打ち下ろされ、それの動きが鈍る。
ウィルフレッドのサンダーボルトが炸裂したものの、どうも効きが悪い。
『マズイね。これ、土を纏っているから稲妻が効き難いんだよね』
ウィルフレッドは密かに歯噛みする。
次のモリの一撃で、先頭のクレイジェルが動かなくなる。
だが、背後の個体は全く速度を落とすことなく、するすると近付いて来た。泥流のように、攻撃が吹き上がる。シャルウィードはリュートベイルで振り払った。
再び、射手たちの矢が集中するが、二体目はまだ動く。
分かっていても、ウィルフレッドは再度サンダーボルトの詠唱を始めた。
その時。
上から、水がぶちまけられた。
クレイジェルがずぶ濡れになる。
「ウィルフレッドさん! 魔法を!」
上から叫んだのは、水筒らしきものを持ったままのシルヴィアだ。
王の墓所に、稲妻が走る。
水に濡れ、通電性を持ってしまったクレイジェルが、激しく輝いた。
むっとした臭いが立ち上り、それはどろどろと溶け、動かなくなった。
「皆さん。本当にありがとう」
最高速度でセーヌを下り、パリに帰り着いた一行は、セレストとの別れ際、彼女と握手を交わした。
セレストがあの棺の中から見出したのは、いかにも高い地位を示していそうな、黄金で出来た大きなメダルのような装飾品だった。歴史的な価値は疑うべくも無い。
「これで、お祖父ちゃんの名誉を回復できる‥‥お祖父ちゃんは嘘つきじゃないって、これで証明出来る!」
セレストの目に、喜びの涙が滲んだ。