●リプレイ本文
●それでは‥‥〜ギルドという名の堅牢な要塞〜
─冒険者ギルド
「では、どうしても無理なのですか?」
そう受付で話をしているのはジョセフ・ギールケ(ea2165)。
彼はこの冒険者ギルドに赴くと、非公開の依頼書の洗い直しをお願いしようと思っていた。
だが、とうのギルドマスターは様々な執務の為、代わりに書庫管理人がジョセフと話をしていたのであるが。
「はい。封印書庫に納められている記録は全て依頼人から公開しないで欲しいという事をつげられたものばかりです。それを洗いなおしたとしても、貴方にその結果を報告することは出来ないのですよ?」
確かに。
「では、大司教の素性調査も?」
「それこそ管轄が違います。情報屋やシーフギルドにでも頼んだら宜しいのでは?」
「ですが、今回のエムロードの一件、冒険者の大半が参加している署名だ。これが不名誉な結果をもたらしたら、信用はがた落ちとなるが‥‥」
そう粘るジョセフだが。
「不名誉? 署名が失敗することで、私達ギルドが損失を被ることはありませんが。まさか大司教殿が、その署名を悪用しようとしているとでも?」
そう問い返されるジョセフ。
可能性はあるが、それを口に出して告げるとこは出来ない。
「いえ、わかりました。それでは、今回の話、せめてギルドマスターの耳には入れて頂けるようお願いします」
「報告はしておきます」
それで話は終った。
●前略シスター様〜シスターの話〜
──サン・ドニ修道院
一連の事件、それらの解決の為、ヴァレス・デュノフガリオ(ea0186)とジィ・ジ(ea3484)の二人はサン・ドニ修道院を訪れていた。
そこで二人はなんとか修道院長に頼み込み、謁見室を使うことで他のシスター達の中でも協力してれる数名から話を聞くことが出来たのである。
・シスター・アスカ
「殺されたシスター達ですが、ある貴族の方のところから礼儀作法を学ぶ為にやってきたのですわ。ええ、エムロードに対しては冷たい態度をしていましたから‥‥」
・シスター・レイホゥ
「ええ、マリアンとジャネッサですわね。マリアンはどっちかというと皆に打ち解けずにしていましたし、ジャネッサは逆に積極的でしたわ。それに、二人とも知合いらしく、いつも二人でいることが多かったわね」
・シスター・チャーミィ
「マリアンは苛めっ子、ジャネッサは逆にお姉さんっぽかったわね‥‥アイちゃんはジャネッサに懐いていたし」
・シスター・アイ
「おねえちゃんたちはやさしくしてくれましたよ‥‥なのに‥‥うっうっ‥‥」
・シスター・シャルロット
「エムロードに対しては、二人とも冷たかったですわ‥‥それに‥‥なんともうしますか‥‥目が‥‥恐かったですね」
・シスター・ヴァイオレット
「エムロードとは以前の知合いらしいですわよ。最初にエムロードがここに来た時、二人とも『どうしてエムロードがここに‥‥』って小声で呟いていたのを聞きましたから。その日からかしら? 二人が皆の輪から離れて、エムロードに対して‥‥なんていうか‥‥警戒していたふうな感じが‥‥」
・シスター・マルゴー
「えっと‥‥たまーにですけれど、二人で何か話をしていたようですわね。まあ、仲が良いですわと思っていましたけれど、エムロードが来てからは、いつもエムロードに対して冷たい視線を送っていたのが二人ですから‥‥」
「エムロードに対してだけは冷たい態度を取っていた二人か‥‥奥は深いのう‥‥」
そう告げるジィ。
「二人は、エムロードの事を知っていた。そして‥‥。可能性はあるけれど、それを口に出すのはどうも‥‥」
そのヴァレスの言葉に、ジィはボソリと呟く。
「二人とも、元はアサシンガールということか?」
「ああ。そしてここに潜入していた。目的は判らない。そしてエムロードが来たことにより、都合が悪くなった‥‥と考えるのが妥当だな」
そう告げて、二人は修道院を後にすると、それぞれの目的の方向に移動開始。
●鷹の影〜情報部隊の真実〜
──パリ郊外、とある町
「この屋敷ね‥‥」
ノリア・カサンドラ(ea1558)は、リオン・ラーディナス(ea1458)、シャクティ・シッダールタ(ea5989)の二人と共に、この町にやって来ていた。
その目的は、サン・ドニ修道院にて『エムロード』によって殺された遺族のもとに赴き、謝罪と今回の寄付に付いての経緯説明を行なう事である。
ちなみに、大勢で押しかけてしまっては迷惑がかかる為、ノリアとリオンのみで行く予定であったが、何故かシャクティもご同行。
「まあ、いいかぁ‥‥」
そう告げつつも、ノリアはリオンに目配せをして置いた。
──1件目
「‥‥そうですか。そんな経緯があったのですか‥‥」
最初の一件目。
殺されたシスターの両親は、最初のうちは取り合ってくれなかったのだが、3日通ってようやく話を聞いてくれることとなった。
そして今回の件について、一通りの説明を行うノリア。
「実は、あの子は私達の本当の娘ではありません。私達夫婦は、長い間子供に恵まれていませんでした‥‥」
ゆっくりと話を始める貴族夫婦。
「この町には大勢の子供も住んでいます。そんな元気な子供達の姿を毎日うらやましく見てきました。そんなある日‥‥今から1年ほど前に、私達の元に一人の商人がやってきたのです」
静かに話を聞いている一行。
「なんでも、その商人は『非合法ではあるが、子供のいない人たちの元を訪れては、身寄りを失った子供を差し出している』のだそうです。それで私達も、行けないとは思いつつも人身売買の片棒を担いでしまいました‥‥」
「ちょっと失礼。その商人ですが、何処から来たかはなしていましたか?」
そう問い掛けるリオン。
「はい。セーヌ川下流の村とかで。そこには、私達の元にやってきた子供のように、身寄りのない子供達が大勢入るそうです。私は、いてもたってもいられなくなり、大金を支払って一人の少女を養女として身請けしたのです‥‥」
そう告げると、今度は夫の方が話を続けた。
「私どもも、それはその子を大切に扱っていました。ですが、ある日、其の子が礼儀作法を習いたいというのです。街の教会でシスターの礼儀作法を見て、それを学びたいと‥‥それで私達は、街の教会に務めているシスターと相談して、パリのサン・ドニ修道院に娘を預けることにしたのですが‥‥」
そこから先は、言葉がでない。
「申し訳ありません‥‥」
「貴方が誤る必要はありません。私どもの娘は、その天命を全うして神の御許に抱かれたのです。話によりますと、その『エムロード』という少女、洗脳されていたそうですね‥‥」
そう告げると、夫の方は、ノリアの手をガシッと掴む。
「確かに私どもの娘は其の子に殺されました。憎しみはあります。ですが、セーラ様はそれをお許しにはならないでしょう。その少女も又悩み傷ついているのであれば、どうか助けてあげて‥‥下さい‥‥」
最後のほうは、涙があふれている。
「人の子を持つ親の気持ち。私にも判ります。これも、御仏の思し召し‥‥ノリアさん、必ずあの子は助けましょう」
胸の前で手を合わせつつ、シャクティがそう告げた。
──2件目
今回はいとも簡単に面会を許された一行。
そのまま、まずは貴族に対して謝罪の言葉を伝える。
「まあ、頭を上げなさい。今回の件、私としても頭を抱えているのですから‥‥」
「真になんと申してよいのか、言葉も‥‥」
そう告げたとき、貴族はノリア達の前に一つのペンダントを差し出した。
「鷹のレリーフ‥‥これは?」
チェルシーから今までの経緯を全て聞いているノリアとリオン。
それゆえ、そのペンダントが『シルバーホークの幹部、若しくは関連貴族』の持ち物であることは理解している。
「あの子がここにやってきた時、持っていたものです‥‥実は、あの子は私の娘では有りません。見ていただくとわかるとおり、私は独身です。結婚は色々と考えたのですが、なにかと面倒くさいので、手っ取り早く跡継を決めるのに数人の養子、養女を屋敷に招きました‥‥」
お世辞にも良い男ではない貴族。
まあ、シャクティは心の中で肯きつつも、静かに話を聞いている。
「かけられるお金を掛けて、私は子供達に様々な勉強を教えてあげました。取り分け殺された子は優秀でして、様々な国の言葉を理解し、武芸についてもそこそこに輝くもがありまして‥‥」
そう告げたとき、貴族がボソリと告げた。
「あの子が恐くなったのです‥‥何もかも完璧に熟す少女。まるで、何処かで学んできたかの用に‥‥そして時折私に冷たい視線を送るようになったとき、私はあの子に礼儀作法を身につける為にということでサン・ドニ修道院に預けたのです‥‥そして独自に調査をさせて、それが秘密結社の紋章である事までは突き止めました」
そこから先は、皆の知っている通り。
「でずか、私は罪人(つみびと)です。自分の私利私欲の為に養子を取ったにも関らず、其の子の才能が恐くなり放逐‥‥殺されたと聞いたとき、不意に安堵感を覚えてしまったのですから‥‥こんな私をセーラ様はお許しにはならないでしょう‥‥」
そこで始めて、ノリア達は一連の経緯説明を行った。
そしてそれを聞いたとき、貴族はゆっくりと天を扇ぐ。
「どうしたらよいのでしょう。養子であった娘が殺された。だが、娘は秘密結社の一員。そして娘を殺した者もまた、秘密結社に洗脳されてしまっていた。其の娘を救いたい‥‥私は、なによりも自分が許せない‥‥」
そう告げると、貴族は暫く葛藤したのち、こう告げた。
「エムロードとかいうその少女。無事に罪を償えるように‥‥頑張ってください‥‥」
そして貴族もまた、近くの教会へと向かっていった。
●情報戦〜使えるコネは全て使うが乙女の心情と信条〜
──冒険者酒場マスカレード
「闇組司令って‥‥ミストルディンさん?」
「ええ。総指令はマスカレード。私はこっち。で、何かあったのかしら?」
そうチェルシー・カイウェル(ea3590)に
問い掛けるミストルディン。
「今回のエムロード関係での一連の事件の流れですが。署名が裏に流れる可能性と、エムロードに時限催眠が施されている場合の対処方法などについて教えてください」
そう告げるチェルシー。
「署名が裏に‥‥もし最終的にその署名を『レビン』とかいう騎士が持ち帰ってしまった場合、騎士団が何かに使用する可能性はあるわね。でも、大司教が預かった場合、レビン卿は教会に対してそれを返せとは言えないわよ。力の関係は一介の騎士よりも教会の大司教の方があきらかに上。つけ加えるなら、このジーザス圏の国では、教会の持つ司法権、裁判権は騎士団のそれを大きくうわまるわよ? この混乱しているノルマンでもね‥‥」
つまり、手渡す際には大司教へということで話はつく。
「後催眠については、どうすることはできないわよ。普通はそれを施術した者にしか解けないしね。ただ、解除する術は絶対にある筈。必要ならば、施術した人物を探さないとねぇ‥‥」
こっちはほぼ絶望的。
そしてミストルディンは、チェルシーに三通の書面を手渡した。
「これはマスカレードから。一通はニライ査察官の所への紹介状、一通はプロスト卿へ、そして最後の一通は大司教へのね。彼、実家が大聖堂の近くで、小さいときから大司教とは知りあいだって‥‥」
そりゃそうだ。
なにはともあれ、それらの紹介状を手に、チェルシーは走った!!
──ニライ査察官宅
「まあ、とりあえず駆けつけ一杯どうぞ‥‥」
ゼイゼイと息を切らせているチェルシーに、ニライ査察官はハーブティーをさしだす。
あののち査察官の元に向かったチェルシーだが、執務で出かけているとのことで、2日後に来て欲しいと執事に告げられた。
そして差し出されたハーブティーをゆっくりと咽に流し込むと、チェルシーは一通の紹介状をニライにさしだした。
「‥‥ふむ。あの方の紹介ですか。ならいいでしょう。ご用件はなんでしょうか?」
そう丁寧に告げるニライ。
「まず、先日の依頼放棄の件、ニライ査察官にはご迷惑をお書けしたことを謝罪します」
深々と頭を下げるチェルシー。
「ああ、あの件はもう良いですよ、済んでしまった事ですし‥‥」
あっさりとそう告げるニライ。
そして少しの雑談の後、チェルシーは早速本題にはいる。
「実は、今回のエムロードの助命嘆願署名に関して、国がどのような感情を持っているか、署名者に対して、何等かの対処を取る予定はあるのでしょうか?」
そう告げたとき、ニライ査察官の瞳が細くなる。
そして口許に笑みを浮かべつつ、こう切替えした。
「それを貴方に告げた場合の、私にとっての『益』は?」
「取引材料として、王国歌劇団光組の持つ情報では? それに私は今までの署名にはサインを入れていません。それは調べて頂くと判ることです」
真剣な眼差しでそう告げるチェルシー。
「いいでしょう。では簡潔に。今回の署名ですが、王国としてはとくに関心はありません。勝手にやってくれが本心です。ですが、騎士団としては良く思っているものはいません。これの結果が後に様々な弊害に繋がる可能性を考えています」
一息つくと、ニライ査察官は話を続ける。
「人を殺したものを、大勢の力でその罪を軽くする。いまは冒険者が一人の少女をというスタイルで終っています。ですが、これがもし、『犯罪を犯した貴族と、そのとりまき貴族の署名』という形に繋がった場合は? 我が国が封建君主制であることを踏まえて考えてください」
その言葉の瞬間、チェルシーの背筋か寒くなる。
「法は法としての機能を果たさなくなる‥‥ですか?」
「貴方は賢明です。教会の持つ司法権は絶対不変です。その判決には、私達騎士団でさえ逆らうことが出来ない場合が殆どです。それゆえ、法を取り締まる大司教などの考えしだいといっても過言ではないでしょう。そして、我がノルマン王国はジーザス教。それも『慈愛神セーラ』の教えに従っています‥‥。聖ヨハン大司教は、このノルマンの司教の中でも、特に慈悲深き方。それゆえ、判決には我々も従うしかないのですが、今回のケースが成功した場合、悪影響が出る可能性もねぇ‥‥」
そう告げると、ニライ査察官は静かに窓の外を見つめる。
「でも‥‥今、あの少女を殺してしまうことは、『益』ではありませんからねぇ‥‥」
「それは?」
「エムロード。元はアサシンガール。必要な情報は全て吐き出して貰いたいというのもあります‥‥。使えるものは使う。それが信条ですから」
それ以上の言葉はでない。
立場上、言えないというのもあることを、チェルシーは肌で感じた。
そして
「冒険者故の利点がある故に、冒険者故の弊害もある。けれど目に余るようならばその立場を守る為自浄作用が働く‥‥これは心の中に止めておいてください」
そう告げると、チェルシーは自分が提供する情報をニライに一つ一つ説明。
そして静かに挨拶をしてニライ宅を後にした。
「ふぅん。面白い冒険者もいるものですねぇ‥‥」
●ちょっと待て〜お前が話すとややこしくなる〜
──シャルトル・ノートルダム大聖堂
さて、聖ヨハン大司教に話を聞く為に、4名の冒険者が向かっている最中。
ノリアチームは先に貴族の元を回っている為、先に4名がこっちにやってきたのである。
「判って居るだろうが、もし大司教に対して無礼な口を聞いたら、教会から叩き出すからそのつもりでいろ‥‥」
そう巴渓(ea0167)に話しているのはバルディッシュ・ドゴール(ea5243)。
「判っているって。心配すんなよ!! お前も本当に心配症だな」
そう笑い飛ばす巴。その前方では、ジィ・ジ(ea3484)と五所川原雷光(ea2868)の二人が細部の打ち合わせの最中。
「ふむふむ。しかし、話を聞く限りでは、本当に慈悲深い方ですね‥‥」
「ああ。途中でこの街の人たちにどんな人か尋ねてみた。で、裏表のない、純粋な聖職者というのが俺の感じ取った印象だな‥‥」
そう告げつつも、一行はノートルダム大聖堂に到着。
「これはこれは、遠路はるばるご苦労様です。本日は如何なるご用件ですか?」
一人の祭司がそう告げる。
「私達はパリの冒険者ギルドに所属しているものです。大司教殿に謁見をお願いしたいのです」
そう告げるのはジィ。
「少々お待ちください」
そう告げて5分後。
奥から大司教が姿を表わす。
「これはこれは。本日はどのような御用でしょう? 立ち話もなんですからこちらに‥‥」
そう告げて、大司教は一行を応接間へと案内する。
そこで一行は丁寧に挨拶をすると、まず巴が話を切り出した。
「エムロードの件なんだが。実は、ジャパンでも救済署名と募金の運動が起こっちまった。だからわざわざ、俺が欧州くんだりまでやってきたんだ。有効性を聞くためにな」
その言葉に、ホゥ、と相づちを打つヨハン。
「ぶっちゃけどうなんだ? ジャパンでの救済署名と募金は有効なのか?」
そう問い掛ける巴。
「ジャパンとは、随分と遠くまでお話は広がっていますね‥‥」
そう告げて、大司教は一拍おいて話を続けた。
「もし、ジャパンの方たちが真にエムロードを助けたいということで署名をなされたのであれば、それは神の思し召し。全て受け入れましょう。寄付金も同じです。ですが、どうやってここまでとどけられるのですか?」
「それはなんとかする」
あっさりとまあ。
そして、その話については、横の3人もウンウンと肯く。
そしてここからが『巴の本音』。
「じゃあ本題に入る。ヨハンのジジイ‥‥なんで署名活動なんざノリアにけしかけた? 以前のギュンター騒ぎ、知らんとは言わせねェ。悪ィが、エム公の末路なんざ知ったこっちゃねェんだよ。この一件、坊主が一枚噛むにゃあ旨味が無さ過ぎる。腑に落ちんのさ。下らん奇麗事は言うなよ? さあ、答えてもらおうじゃねェか!!」
そう叫びつつまくしたてる巴。
──ドガッ
と、その横っ面をいきなり殴りつけるバルディッシュ。
「貴様口を謹め。ここに来る途中で私は忠告した筈だ!! 何故問題をややこしくするんだ、とっととこの場から出て行けっ!!」
口許を流れる血を拭う巴。
「大体なぁ。あんた達だっておかしいぜ!! 達公から色々と話は聞いているんだ。ジャパンと違って、ノルマンギルドはお上の管理がそこかしこに匂う。署名がお上の管轄になるんなら、間違いなく反社会思想者リストにされんだろうが!! 俺たちの様な与太者のヤクザはいい。だがな、冒険者にゃ年端もいかんガキだって多い。全くよ、どうしてノルマンの冒険者は誰も疑問に思わねェんだ? 上手くいこうが失敗しようが、テメェの首を絞める事になるんだぜ」
そう叫ぶと同時に、巴は意識が遠くなっていく。
「あれ‥‥なんだ‥‥このくそじじい‥‥なにしやがっ‥‥」
──バタッ
そのまま床で静かに眠る巴。
「まったく、大司教殿、無礼を申し訳ない‥‥」
ジィがそう告げつつヨハンに謝罪。
其の手には、広げられたスクロールが置いてある。
こんな所で使うとは思っていなかったジィ。
まあ、このままだと、話は決着が付かなくなるのは必至。それを纏める為の手段だったようである。
「ふぅ。まあ取り敢えず、一旦この方を別室に移してもらいましょう‥‥」
そう告げて、祭司に巴を別室で休ませるよう告げるヨハン。
そして一旦落ち着いてから、話を戻す。
「さて‥‥まず、先程の方のおっしゃった事から説明したほうがよさそうですね」
そう告げるヨハン。
「ノリアとスターリナ。あの二人に署名などを任せたのは、その瞳が真実を告げているからです‥‥」
「真実?」
そう問い返す五所川原。
「ええ。決意の現われとでも申しましょう。特にノリア殿はジーザス教徒であり聖職者でもあります。教えは違えど、あの方は立派な聖職者。そのような方が、私利私欲に走るとは思えません。そもそもの教義は私達セーラと彼のタロンとでは違います。ですが、根底原理は同じ‥‥人の命を救いたいと真剣に告げる聖職者を疑うものなど、あってはなりません‥‥」
そう告げて、一息入れるヨハン。
「ギュンター騒ぎという事では、署名がそのように悪質な使われ方をなされているのか疑問です。かりにそうあったとしても、今回の署名は私が受け取り私が管理します。教会奥の書庫に封じておきましょう。それはお約束します。人を助ける為の署名を、別の目的で悪用することなどあってはいけません‥‥」
一つ一つ、皆の杞憂をはらしていこうとするヨハン。
「それでは改めて。裁判で減罪となった際のエムロード嬢への対応でござるが、大司教殿はどのように?」
そう問い掛ける五所川原。
「そあうですね。この教会に籍をおき、神の御名において洗礼を受けて頂きます。その上で、この教会のある地より外に出ることなく、その罪を神が許すまで奉仕と祈を続けて頂きます」
『では、大司教殿』
そうジャパン語で問い掛ける五所川原。
それにはヨハンも静かに反応。
『政治的立場があるヨハン殿の事、サン・ドニの修道院長からの依頼とはいえそのままエムロード嬢を迎える事はできない故、署名と寄付金という演出が必要だったのではないかと考えているのでござるが』
そう問い掛ける五所川原。
『そうですね‥‥世間一般の視点からはそういう考えもあるでしょう。それもないとは否定しません。ですが、本質は別です』
そうジャパン語で告げると、再びゲルマン語で話を続ける大司教。
「今回のように、正当な理由のある不法行為に対しては、『被害者に対して贖罪金や人命金を支払う』という判決はあります。今回の場合もそれに繋がりますし、なによりエムロードは『秘密結社』という所で何等かの方法でコントロールされているというのを、私は彼女が訪れる前に聞きました‥‥」
そう告げると、ヨハンは司祭に頼んで二人の少女を呼んだ。
室内には、修道院服をきた少女が二人、司祭について入ってくる。
そして静かに一行に頭を下げる。
「この少女達は、この大聖堂に潜入するよう命令を受けていた子供達です」
そう告げるヨハン。
「じゃあ‥‥アサシンガール‥‥」
バルディッシュがそう告げて身構える。
「身構えなくとも大丈夫です。この少女達は、私達の遣える教会に潜入し、様々な情報を結社に送っていたそうです。裁判を行う私達の考え方、対悪魔用の儀礼法典などを‥‥ですが、この少女達は、ここで奉仕活動を続けているうちに心を動かされ、懺悔し、私に全てを明かしてくれました‥‥今は、結社の手の届かないよう、ここで静かに過ごしています‥‥」
そう告げると、少女は再び部屋から出ていった。
「では、私からも質問を。アサシンガール達は御名、『調整』を受けています。それを解除する方法はあるのでしょうか? もし宜しければ、その筋の専門家等にあてがありましたら紹介してほしいのですが‥‥」
そう問い掛けるジィ。
「あの子達から聞いた話では、調整というのを解除する術はないと告げていました。全て身体が覚えてしまっていること。しいて上げるならば、その身を戦いに置いた少女達、せめて戦いのない、静かな時を過ごせればと思っています‥‥」
そう告げるヨハン。
「ただ、私があの子達から聞いた話を考えるに、一つだけ暗殺者として確立してしまった自我を失わせ、元の少女の自我を取り戻す術に心当りはあります‥‥」
それだ!!
「それを教えて頂けぬか?」
「頼みます‥‥」
そう告げる五所川原とジィ。
「心に訴えるのです。本当に少女達を思い、彼女達の心の奥底に眠っている感情を取り戻すことが出来れば、あるいは‥‥」
その言葉を聞いたとき、五所川原には心当りが在った。
「そうか‥‥メロディか‥‥」
心を打ち震わせる魔法。
エムロードの心を打ち解けさせたのは、あの屋敷でのメロディがきっかけであった。
そして一行は、一旦プロスト領城下街へと戻っていく。
後日訪れるであろう、ノリア達との再開の為に。
●手掛りを探せ〜身辺調査〜
──とある町
ノリア達と分かれて。
リオンは今回の一件での裏を取る為に、被害者である貴族の住まう町の中を走りまわっていた。
貴族本人の素性、その人柄などを確認する為に走りまわっていた。
そしてリオンの導きだした答えは一つだった。
「貴族達には、まったく裏がない‥‥本当の意味で、あの人たちは『被害者の親』だった‥‥」
●真打登場〜私が責任者の一人です〜
──シャルトル・ノートルダム大聖堂
ようやく到着したノリア達一行。
そして町の中で五所川原達と合流した後、一行は再び大聖堂へと向かった。
ちなみに前回騒ぎを起こした巴に対しては同行を否定。巴は文句を言いつつも外で待機となった。
──応接間
「それでは‥‥」
静かに話を始めるノリア。
外国での署名の有効性、エムロードの処遇、そして署名の厳重封印。
それらについては、先に五所川達が聞いていたものと同じ為、確認の意味で問いなおす。
それについての見解は、大司教も変わっていない。
そして本題。
「エムロードに会って、質問をすることはできないでしょうか?」
その問いに対しては、大司教も少し考える。
そして。
「では、10分だけということで。お話だけで、魔法などは使用しないでください。レビン卿が文句を言ってくるかもしれませんが、それはまあ‥‥」
そう告げて、大司教は一行をエムロードの閉じ込められている別棟の『反省房』へと案内した。
そこは、古い時代に作られたという部屋。
今は使われていなかったのだが、今回、エムロードをここに保護する代わりにという条件で、レビン卿がここを使うようにと指示をだしたらしい。
ちいさな窓のある部屋。
入り口には、格子状の小さな窓が付けられており、そこから中を見ることができる。
エムロードは、ノリアが修道院で見たときと同じく、膝をかかえて座っていた。
「エムロード、あたしよ‥‥ノリアよ、判る?」
そう話し掛けるノリアに、エムロードは顔を上げる。
「ノリアさん‥‥」
「元気そうではないな、ちゃんと食べているか?」
そう問い掛ける五所川原に、エムロードは軽く微笑んでコクリと肯く。
「ちゃんと貴方を助けてあげるからね。だから教えて欲しいの。どうしてシスターを殺したの?」
そう問い掛けるノリア。
「二人のシスター。殺したのは‥‥」
──フッ
と、視線が暗くなる。
そして口許に笑みが浮ぶと、エムロードはゆっくりと話を始める。
「邪魔なそんざ」
「エムロード!! 真実を伝えてくれっ!!」
そう叫ぶのはヴァレス。
以前、エムロードの呪縛を開放したのはヴァレスの歌。
そして今回も、ヴァレスの言葉はエムロードに仕掛けられた暗示を解き放った。
──ハッ
我に帰り、エムロードの瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。
「皆を守りたかったから殺したの‥‥あの二人のシスターは、わたしのお姉さん達‥‥ハウスで調整を受けて、あの子達は諜報任務の為に、各地の貴族の元に送られるの‥‥二人の受けていた任務は『修道院に潜入し、次の指示を待て』。そして私があそこに保護されとき、二人は私にこう告げたの。『出来損ないのおばかさん。せいぜい次の任務の邪魔はしないでね』って‥‥」
必至に泣き声を押さえつつ、エムロードは話を続ける。
「そして任務が二人に届いたのが、ノリアさんたちが到着する二日前。任務は一つ、『贄となるシスターを3人、目的の場所に誘導しなさい』。あそこの修道院の人たちは、皆良い人たちだから‥‥贄になんてされたくなかった。スターリナお姉ちゃんが、私の中の『命令』に触れたから。私の中のアサシンガールが目覚めて、あの二人を殺したの‥‥でも、目覚めが不完全だったから、それ以上人を殺さないように、私は‥‥」
そこからが、本当の言葉。
「ヴァレスさんが、私を助けてくれて、うれしかったの‥‥もう、アサシンガールだった私はいない筈なのに‥‥」
そっと自分の胸に手を当てて静かに告げるエムロード。
「まだ、ここに‥‥別の任務を受けたアサシンガールがいるの‥‥」
そう告げるエムロード。
「エムロード、運命に戦うことはできるわ。そのアサシンの心に勝つのよ。絶対に、私達は貴方を助けるから‥‥」
「思い出せないの‥‥ゼファーの言葉。私の中に命令した言葉が思いだせないのよっ!!」
最後のほうは絶叫。
「それが判れば、エムロードは助かるんだね‥‥」
そうリオンが呟く。
もし、今までの『全ての証拠』があったなら、エムロードの罪は晴れる。
シルバーホークが全ての手引きをし、アサシンガールや諜報部隊を使って活動していた真実。
贄と呼ばれる存在を、シルバーホークが必要としていた。
それを呼び出す為に潜入していた諜報部隊。
エムロードはそれを止める為に、潜入していた諜報部隊を殺害した。
そして今、エムロードはもう一つの自分と戦っていた。
全ては関係者の証言でしかなく、証拠としての信憑性はない。
だが、絡み合った糸がほどけ、真実が見えた。
あとは、全ての情報を手に、今まで彼女に対しての署名に戸惑っていた人たちの心を動かすだけ。
〜To be continue 運命の日へ‥‥