●リプレイ本文
●まずは‥‥
──南ノルマン
小さな森の中にある、湖に面した小さな古城。
その地方領主の屋敷である古城周辺には、小さな城下町のようなたたずまいが広がっていた。
ここ数日の間は、領主の誕生会が催されるということで、村全体で派手な飾り付けも行われている。
──古城、メイドルーム
さて、無事に古城までたどり着いた冒険者達は、まずは執事長の元に挨拶に向かう。
「ギルドから連絡は受けています。まずはよろしく御願いしますわ」
ちょっとキツめの『ナイス・ミセス』。
その表現がよく似合いそうな執事長から、今回の依頼に付いての詳しい内容について、説明を受ける。
「では、みなさん着替えてからそれぞれ配置について仕事をして下さい」
その執事長のことばの後、一行はドレスルームへと案内された。
──ドレスルーム
『‥‥こ、これは‥‥コックコート?』
ユキネ・アムスティル(ea0119)が手にした制服をじっと見つめながら、静かにそう告げる。
だが、彼女の話している言葉はイギルス語。
周囲のメイド達は、一瞬だけユキネの方を見るが、また直ぐに自分達の着替えを始める。
『あー、ゲルマン語話せないんだね。僕で良ければ、通訳してあげるよ!!』
にっこりと微笑みながら、薬師のエル・サーディミスト(ea1743)がそう告げる。
ということで、ここから先は、エルの自動翻訳モードが起動しますのであしからず。
「確かに、これは良い感じですね。ゆったりとしてて、それでいて上品な感じですわ」
ナスターシャ・エミーリエヴィチ(ea2649)が着替えた制服をじっと見つめながらそう呟いた。
彼女達の着ている制服は、他のメイド達のものとは少し様子が違っていた。
領主付きメイド達の制服は、すごくシンプルなスタイル。
紺色のフレアスカートのワンピースにカチューシャ、そして純白のエプロンが付いている。
だが今回、冒険者達に支給されたメイドスーツは、ワインレッド色のセパレートタイプドレスである。
動きやすいようにスカートと肩がフワリとしているのが特徴らしいが、それでも他のメイドとははっきりと区別がつく。
さらにパーラーメイド達にはロングエプロンとカチューシャ、胸許には赤いリボンが付いている。
キッチンメイド達にはロングエプロンと、胸許には青いリボン。
そしてコックには当然ながらコックコートと呼ばれる純白のコートが支給されていた。
「ふぅ‥‥キッチンメイド用はちゃんと可愛いやつなんだね。良かった良かった」
エルは内心、制服支給はパーラーメイドだけかと思っていたため、自分達にも制服があるのを知って安心。
そして皆、着替えを終えると、それぞれの配置に移動していった。
●厨房〜そこはまさに戦場です〜
コック担当はユキネ・アムスティル(ea0119)とマイ・グリン(ea5380)の二人が担当。
厨房の一角が割り当てられ、そこにキッチンメイドのエルとナスターシャの二人も同席。
「さて、私達の仕事はメインディッシュ作成ですわ」
「これが、さっき料理長の所にいって、食糧庫にある食材と調味料について聞いてきました‥‥」
マイがそう告げると、一つ一つゆっくりと説明を開始。
様々な調味料と食糧が出てくるが、調味料を除く殆どが、他のセクションで使用されるらしく、メインディッシュ用の食材はなんと0。
「塩漬けの肉もないのですね?」
ユキネがそう呟く。
「ええ。私としても、大体の料理のイメージは作ってきたのですが、その中心になるお肉がないのです‥‥」
そう告げると、エルとナスターシャが静かに立上がる。
「では、私達はそのメインになるお肉の調達をしてきましょう」
「ハーブも大量に取ってくるから、安心して他の仕込みをしていてねー」
「では、私も食材の目利きを兼ねて同行しますわ。付け合わせようの野菜の仕込み、よろしく御願いします」
ナスターシャ、エル、そしてユキネがそう告げると、早速食材の調達に走った。
「さて。パプリカとタマネギ、ニンジンと。マッシュルーム、ソラマメ、インゲンマメ‥‥」
次々と食材を運びこむと、手慣れた様子で次々と下拵えを始めるマイ。
「…ここまで本格的なメインディッシュとなると、私には少し荷が重いですけど…やるしかないようですね‥‥」
そう自分に言い聞かせると、マイはメインとなる食材が届くまでに下拵えだけでも終らせようと、神経を集中させた。
●森に行きましょう娘さん!!
──湖畔の森
静かな湖畔。その森の中を散策しているのは、キッチンメイドのエルとナスターシャ、コックのユキネの3名。
──ドドドドドドドドッ
訂正します。
散策ではなく、逃げている模様です。
「‥‥あーーっ。なんとかしてよーーーっ」
先頭を走るエルが、同じく後ろを走っているナスターシャとユキネに向かって叫ぶ。
「魔法でいけると思っていましたのに、計算外だったわ」
「まあ、この戦力であのような敵に攻撃を行なったのが、そもそも‥‥」
ユキネの嘆きに突っ込むナスターシャ。
その後方では、一頭の雌鹿が怒りに我を忘れて3名を追いかけている。
森の中で鹿を発見したユキネが、アイスプリザードで仕留めようとしたらしい。
だが、それはうまくいかず、逆に怒らせる結果となってしまったようである。
「エルさん、貴方のその腰に付いているものは何ですか?」
そうエルの所持している鞭を指差すと、前方の樹に向かって指し示す。
「あ、なるほどー」
そのまま一旦立ち止まると、エルは鹿の攻撃をギリギリで避ける。
──シュルルッ
そしてその首に鞭を絡めると、全身に力を込めて引っ張る。
苦しくなり暴れる鹿。
さらに途中の樹が近付くと、エルはその樹にしがみつき、鞭の握りを引っ掛けた。
──ギュッ!!
自分の走っている速度で首を締め、鹿はその場で悶絶。
「‥‥まあ、良い感じね。あとはユキネさん、よろしく御願いしますわ」
「僕達は、このままハーブを取ってくるから、先にその鹿、解体しておいてねー」
その二人の言葉に、ユキネの額から汗が流れる。
(困ったわ。私、鹿なんて解体できない)
いや、それが普通。
それでも、二人を心配させまいと、ユキネはにっこりと笑い、鹿をズルズルと引きずって城まで戻っていく。
「さてと。それでは、ハーブ採取開始だぁぁぁぁ」
そのまま森の中を散策する二人であった。
●儀礼的なことはちょっと‥‥
──パーティ会場
そこには大勢のパーラーメイドが集まっていた。
会場を飾る色とりどりの花や、様々な調度品、それらの設置やバランスなどを考えるのもパーラーメイドの仕事である。
「‥‥この包みはなんですか?」
小さな包みが大量に入っているバスケットを手渡されたサーラ・カトレア(ea4078)が、同じく横でバスケットを受け取ったカミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)に問い掛ける。
「それは塩を包む為のものですわ。パーティの最初に行う儀礼の一つです」
そう告げると、カミーユはもう一方のバスケットから岩塩を取り出すと、それをハンマーで割りはじめる。
「これを包むのです。そしてパーティーが始まってから、入り口で一つ一つ来賓の方に配っていくのです」
流石はシェンバッハ卿未亡人。
このようなパーティーについては、お詳しいようで。
その説明を聞きながら、サーラも器用に岩塩を包みはじめる。
そして他のメイド達の動きを見ながら、自分達も行うべき給仕の方法を見て覚えようとしていた。
と、それらメイドの中に、男性の給仕も混ざっていることに、サーラは気が付いた。
「メイドって、男性もいらっしゃるのですね」
「クスクス‥‥あの方はメイドではありませんわ。騎士ですわよ」
カミーユがそう告げる。
「なんで騎士様がメイドに混ざって給仕を?」
そのサーラの問いに、カミーユかゆっくりと口を開いた。
「あの方たちは、何処かの貴族の息子さん達。将来、自分の領地を受け継ぐためには、騎士という階級を得て、さらに心身共に鍛えなくてはなりませんわ。このようなパーティは、人との接し方や、貴族としてのマナーを学ぶ格好の機会なのですよ」
その言葉が真実であったのを裏付けるように、一人の給仕がカミーユの元を訪れる。
が、このような場所でメイドをしていることが知られたら。と体面を気にして、カミーユは偽名を使って対応していた。
「さあ、早く終らせましょう。私はこのあとで給仕の準備、貴方は楽団の方たちの元へいってその踊りを披露していらっしゃい。アントルメとしての、貴方の大切な仕事ですわ」
アントルメ。
即ち『余興』。
パーティーでの食事の席で、必ずといってよいほど大切なものである。
「判りました」
そして包みを作りおえると、カミーユは給仕の準備に、サーラは楽団の元へと赴いていった。
●ハーブ畑〜そこはまさしくパラタイス〜
──湖畔の森
「‥‥もう幸せ‥‥」
エルは大量にハーブの入っている籠を見つめながら、静かにそう呟く。
「はいはい。貴方からのアドバイス通りのものですわ。これでよろしいのかしら?」
そう呟きながら、ナスターシャも籠を背中から降ろした。
中には、同じく大量のハーブ。
「そうだねー。これぐらいないと、ハーブはすぐなくなっちゃうからねー」
そう呟きながら、摘んできたハーブの仕分けを開始するエルとナスターシャ。
「これはパセリ‥‥こっちはペパーミント。ギャリンゲールさんはこっちのほうで、ヒソップはこちらにね‥‥」
そのエルの説明に、ナスターシャは一つ一つ丁寧に仕分けを続ける。
「‥‥で、エルさん。その子は何処に仕分けるですか?」
籠の中でモゾモゾと動いていてる物体を指差しながら、ナスターシャがそう告げる。
「うわぁぁぁ。何か入っている!!」
いや、気付いて御願い。
そんな顔をしながら、ナスターシャが籠の中に手を突っ込んでそれを引き上げる。
──モグモグ
パセリを口に加えた仔兎が一匹。
「‥‥私達の賄いですか? 」
確かに、仔兎のローストというのはいいかもしれない。
が、そのナスターシャの言葉の直後、エルは兎を抱しめて瞳をウルウル。
「冗談ですわ。さ、お帰りなさい」
そう告げてエルから兎を受け取ると、そのまま森に放してあげる。
そしてハーブの仕分けが終ったのち、二人はキッチンへと走り出した。
●厨房2〜血の海〜
──ブシュー
首筋から流れ出る鮮血が、床を血まみれにする。
ユキネが持ってきた鹿は、すぐさまマイの手により首筋をかき切られ血抜きが始まった。
『うわぁ‥‥』
あ、ちなみに此処にはエルがいないため、ユキネはイギリス語モードオンリィ。
「さてと、では解体しましょうね。ユキネさんは、私が肉を捌きますから皮をはいで下さい‥‥判ります?」
マイがそう説明を行なった後、1度手本を見せる。
その手本を見て、ユキネは恐る恐る手伝い開始。
『う‥‥まだピクピクしている‥‥うわぁぁ』
それはユキネにとっては初体験であろう。
「さて、そろそろ二人は戻ってくる頃かしら?」
そのマイの言葉から少し遅れること、二人はハーブを手に到着。
「おまたせーっ。ご注文のハーブ、お持ちしましたっ!!」
「あとは、私達は何をすればよいのですか?」
そうマイに問い掛けるナスターシャ。
「そうですね。ではユキネさんと代わってあげてください。ユキネさんは付け合わせの下拵えの続きを御願いします‥‥」
ここからは翻訳モード。
「付け合わせですね。さっき料理長から頂いた食材を使うのですか?」
エル達が戻ってくるちょっと前に、料理長がメインディッシュに使ってもいいよと置いていった一つの籠。
それを持ち上げると、中で暴れている生きの良い親兎をユキネは取り出した。
──ガバッ!!
と、その瞬間、エルが親兎を抱しめてプルプルと頭を左右に振る。
「駄目〜。この子はお母さんなの、絶対に駄目〜」
さっきの兎の母親かどうかは定かではない。
が、エルがその状態では作業が止まってしまうため、親兎は森に解放。
そして一同は最後の仕込みを開始した。
●パーティー開始〜来客歓迎〜
──そして夜
静かなパーティ会場に、来賓が入室する。
その入り口では、サーラとカミーユの二人が、来賓一人一人に丁寧に挨拶を行い、例の塩の入った包み紙を手渡していく。
──その頃の厨房
「はやく盛り付け準備〜」
マイが忙しそうに叫ぶ。
その横では、ユキネが大皿をデシャップ(配膳台)に並べていく。
すでに最初のメニューは運びだす準備が出来ているらしく、テーブルワゴンには『牛の骨髄のパテ』が綺麗に盛り付けられていた。
「‥‥私達のメインはいつですか?」
いつでも盛り付け準備よしという感じで、ナスターシャは待機していた。
「このあとは、順にブーダン(豚の血脂ソーセージ)、仔兎のシチュー、鴨のロースト・ヴィルネージュソース、えーっと‥‥その次の次かな?」
羊皮紙に書かれているメニューを順に説明するマイ。
ちなみにマイ達の作ったものは、雌鹿の塩包み焼き。
綺麗に捌かれた雌鹿の肉を部位別にソテー。
大きめのボウルに卵白と岩塩を砕いたものを混ぜあわせる。
そのボウルにハーブのみじん切りを加え、良く混ぜあわせる。
──以下、とてつもなく長いので略
最後にオーブンで焼いて完成。
オリーブオイルを表面に掛け、ハーブとフルーツジュース、肉汁を合わせたソースを添えて出来上がりというものである。
「ソースは温めたままですよね? それは給仕さんに渡してください‥‥」
マイはてきぱきと給仕にも指示を飛ばす。
その光景を端で見ていたユキネ、エル、ナスターシャは皆、同じことを考えていた。
(マイさん、冒険者辞めても十分生活できそうですね‥‥)
いや、全く。
●パーティーは盛大に〜アントルメの出番です〜
厳粛なまま始まったパーティ。
全員が席に付いた後、今回のホストである貴族が挨拶を行う。
その席の下座の方では、最近よく『冒険者酒場』で冒険者達に仕事の依頼をしている『貴族のボンボン』の姿もあった。
(‥‥あのボンボンさんは、ここの息子さんでしたか)
カミーユは壁際に並び、静かに時を待つ。
やがて貴族が礼を終えた後、料理が運びこまれる。
カミーユは料理ではなく飲み物を準備。
一人一人の嗜好を訪ね、それにあわせた飲み物を用意して運ぶ作業を開始。
やがて料理が一段落したとき、楽団が室内に入ってくる。
そして静かなメロディーの後、サーラが綺麗なドレスを身に纏い、静かに民族舞踊を舞う。
その美しさに、室内は静かになる。
食器の音も聞こえなくなり、皆、サーラの踊りに意識を集中していた。
──パチパチパチ
静かな拍手ののち、サーラは静かに退室する。
「ふう‥‥まだ胸がドキドキしている‥‥」
今になって考えてみると、顔中が真っ赤になる。
それ程、厳粛な空気の中での舞というのは緊張するようである。
「はいはい。そこでじっとしてないで、次の衣装に着替えて!!」
楽団員がサーラを見つけ、そう告げる。
次のアントルメでは、ちょっとコミカルな芝居をやるらしく、サーラもその中の一人に半ば強引に加えられていた。
「は、はい。すぐに行きます!!」
──一方、パーティ会場は
「お待たせしました」
いよいよメインディッシュの到着です。
給仕が次々とマイ達の作った料理を運びこむと、それの取り分けを始める。
カミーユもその取り分け作業を手伝い、マイ達の作った料理がどのような評判かをドキドキして聞いていた。
「うーむ。いい味だ」
「この肉のしっかりとしたところなぞ、じつにいい」
「ソースもまたよい。肉の臭みはハーブを使い、さらにソースの酸味で味を引き立たせている」
「うむ、これなら何処に出しても恥ずかしくない味だ‥‥これが、噂の冒険者達のつくったものかね?」
貴族達が次々とそう呟く。
「はい。素材の持ち味を生かし、それでいて野趣な感覚は残してあります。領主さまがいつまでも健康で居られるようにと、薬師が厳選したハーブを用いております」
カミーユがそう解説する。
「うむ、満足じゃ」
領主自らの言葉を聞いたとき、カミーユはこの仕事は成功であったと心から思った。
●宴の後〜お疲れさまでした〜
──キッチン
全てのパーティが終り、後片付けも終了。
残ったメイド達はそのまま食事を終えて次の仕事に移っていく。
ユキネ達は、厨房で残り物を美味しく頂いたのち、着替えて執事長の元へと向かった。
──執事長室
「ご苦労様です」
表情一つ変えずに執事長がそう告げる。
「こちらは今回の報酬です。受け取ってください」
そう告げながら、小さな袋を手渡す執事長。
「いえ、私達はギルドから正式な報酬が出ますので、こちらはいただけません」
ナスターシャがそう告げる。
「今回のパーティーですが、皆さんの働きは私にとって予想外でした。これはその予想外の部分の報酬です」
その言葉が出ることは、カミーユには予測はついていた。
そのため、静かにその報酬を受け取ると、カミーユはにっこりと笑顔を見せる。
「ありがとうございます。私達としても、働いた甲斐がありましたわ」
社交辞令ではあるものの、人と接するのにはそのような言葉も必要。
シェンバッハ夫人という二つ名に恥じない対応であった。
そしてそれに続くように、皆、報酬の入った小袋を受け取る。
「それでは、明日の朝一番でパリに馬車を走らせます。みなさんはそれでお帰りください」
また表情が元に戻ってそう呟いたかと思うと、執事長はニコッと微笑んだ。
「ここの主人はこのようなパーティーが大好きでして、また何かありましたらよろしく御願いしますわ。それにかなり好事家でもあるので、そちらで仕事の依頼があった場合はよろしく御願いします」
全てが終った。
宴の後、冒険者達は明日の帰路に付く前ニ、城の湖畔を散歩する。
──ガサッ
と、兎の親子が顔をだし、そのまま何処かへ跳んでいった。
「夢のような時間だったねぇ」
エルが誰にともなくそう告げる。
そして翌日。
一同は無事にパリへの帰路についた。
〜FIN〜