●リプレイ本文
●謎はどこからやってきて、何処につづくのだろう
──冒険者酒場マスカレード
其の日、クロムウェルは朝からマスカレードの一階の窓辺の席に座っていた。
いつものように軽い朝食を取ると、いつものように写本から一文を書き出し、それをテーブルの上に置く。
『私が誰か知りませんか?』
そうゲルマン語で書かれた羊皮紙をテーブルに置くと、クロムウェルはしばし別の写本をじっと読んでいた。
「『誰か私を知りませんか?』ですか‥‥不思議な事を書いてますね。記憶をどこかに忘れてきたのでしょうか?」
そうクロムウェルに話しかけているのはソーンツァ・ニエーバ(eb5626)。
「この文字が判るのですか?」
そうゲルマン語で話し掛けるクロムウェルに、ソーンツァはにこりと微笑んで一言。
「折角ですから、ご協力しましょう。相席よろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
と言うことで、荷物を置いて椅子に座ると、ソーンツァは改めて自己紹介を行った。
「ロシア王国のナイト、ソーンツァと申します」
「はじめまして、クロムウェルといいます‥‥多分」
そう呟いて、クロムウェルは鞄の中から写本を取り出すと、それをテーブルの上に開いてみせた。
「では、貴方の『自分探し』に協力しましょう。早速ですが質問です。この国に来る前はどこの国にいましたか?」
そう問い掛けられて、クロムウェルはフランクの方角を指差す。
「あっちの国ですね‥‥」
「フランク王国ですか。では、最初に記憶にある場所はどこでしょうか?」
その問いにも、しばし思考するクロムウェル。
「どこの国なのか、そして国であったのか覚えていません。砂漠を歩いていて、そして商隊に拾われて‥‥シルクロードを越えて、そして‥‥」
かなりの旅を、幼いときからしていたのであろう。
「了解しました。では、わが祖国ロシアには訪れた事がありますか?」
「いえ、まだです。寒い所は苦手でして‥‥」
そう告げるクロムウェル。
それらの言葉を手掛りに、ソーンツァも色々と考えてみる。
「では、何か覚えている風景はありますか? 誰かがあなたの側にいたとか覚えていませんか?」
「旅をしてきた各地に思い出はあり、その土地を見てきたので、それらは覚えています‥‥けれど、全て『見てきた』ものであって、『懐かしい』ものではないのです‥‥」
ということで、ソーンツァもしばし思考するがお手上げの模様。
「うーーん。色々とヒントはあったようですけれど‥‥」
腕を組んで唸るソーンツァ。
「あら‥‥何をしていらっしゃるのですか?」
そう二人に問い掛けているのはフォルテュネ・オレアリス(ec0501)。
「実は‥‥」
と、クロムウェルは自分の記憶が無いこと、そして自分が誰か判らない事を告げて、今、それを求めて旅をしている事を説明した。
「そうですか。では、私も何か協力してあげますわ‥‥」
と告げて、フォルテュネはテーブルの上に置いてある古い写本を手に取った。
──ゾクゾクッ
まず、その瞬間に全身に震えが走った。
悪い意味ではない、知的好奇心が、その本に何かの価値を見出したのであろう。
「‥‥書き記されているのは‥‥異国の文字‥‥どこかで見た事あるような‥‥」
しばし思考しているフォルテュネであった。
──その頃の外
「さて‥‥久しぶりのノルマンだな‥‥」
そう呟きつつ、旅の荷物を馬の鞍に乗せたまま、ルミリア・ザナックス(ea5298)は馬から降りる。
外に置いてある馬を繋ぐ杭に手綱を繋ぎ、仮面のズレを直しつつ、ルミリアは店内にはいっていった‥‥。
そして店内を見渡して、人が多く集っている場所を探し出すと、ルミリアはクロムウェルの近くの席に座る。
そして必死に思考しているフォルテュネの手にしている写本を見て一言。
「ヒンドゥー文字だねぇ‥‥いや、少し違うか‥‥」
そう呟く。
「そうですわ。これはサンスクリット。古代インドゥーラに伝えられし『古代魔法語』ですわ‥‥」
おっと、フォルテュネそこまで解読完了。
「あ、失礼。余計な事話したかな?」
「いえいえ。助かりましたわ。貴方の声で、謎の一部が解けたのですから。はじめまして、フォルテュネと申します」
「ああ、我はルミリア、インドゥーラ帰りのパラディンだ」
そう互いに挨拶をする二人。
そこの会話を聞いていた一人の女性が、ゆっくりとカウンターに近づいていく。
「マスター、一曲歌っていいかしら?」
そうカウンター越しにマスカレードを付けているマスターに話し掛けているのはレティシア・シャンテヒルト(ea6215)。
「ええ、どんな歌かは知りませんが、構いませんよ」
そう告げて、マスターも静かに歌に耳を傾ける。
「では‥‥そこの少女の為に‥‥ラーマーヤナより、『バーラ・カーンダ』の物語を‥‥」
そう告げて奏でたのは、インドゥーラに伝えられている叙事詩。
バードである彼女でも、それについてはあまり詳しくはない。
けれど、そのテーブルでの話を聞いていた以上、なにか力になってあげたかったらしい。
「‥‥いい歌ですね。それに、何処かできいたような‥‥」
そうレティシアの歌声に耳を傾けるクロムウェル。
「フォルテュネどの、今の所はそこまでしか判らぬか?」
そう問い掛けているのは、ガルシア・マグナス(ec0569)。
どうやらガルシアとフォルテュネは知りあいのようで。
「名前と、各地を旅していたという事しか‥‥」
「それでいい。ジーザス教の加護のある国のものならば、教会にいけば洗礼の時の記録があるだろう。ではいってくる」
そう告げて、ガルシアは外に飛び出した。
「こんにちわ。あたしは鳳・美夕。みゆでいいよ。貴女のお名前は?」
ガルシアと入れ代わりにやってきた鳳美夕(ec0583)が、クロムウェルにそう問い掛けた。
「私は‥‥クロムウェルと申します‥‥」
「そう。クロムウェルさんね‥‥で、それってヒンドゥー語の写本? ちょっと見せてもいいかな?」
そう告げると、フォルテュネはニコリと微笑んで写本を美夕に手渡す。
「ふぅん‥‥えっと‥‥」
一つ一つの単語を拾っていくが、ヒンドゥー語で記されている部分でも、かなり難しい方言が使われているようで、美夕にも判らない。
「まあ、それでもなんとか‥‥」
と呟いて、一瞬美夕の背筋が凍り付く。
読めた単語。
そこには、阿修羅に関する記述が少しだけ記されている‥‥。
つい最近まで、美夕はインドゥーラにてパラディンとなるべく修行をしてきた。
残念だが、今回はなれなかったものの、今でも美夕は候補生としてこの地で修行するのであろう。
そのインドゥーラのアジーナ大寺院で見た、巨大な結界。
その写しの部分が、そこには記されていた。
だが、それが判ったのも一瞬だけで、直に判別が不能となった。
「え‥‥あれれ? 今は判ったのに‥‥」
そう告げて再び見直す美夕。
だが、その部分をもう一度読むことは出来なかった。
●そして数日後
──冒険者酒場マスカレード
一行はこの二階に宿を取り、しばらくの間クロムウェルについて色々と考えていた。
「ねえ、クロムウェルちゃん。この写本で、何か判って居ることはないのかしら?」
「えっと、ここの部分の文字が深淵、すなわちアビスを記していて‥‥こっちのはそこの地図かな? 24の回廊から繋がる試練について‥‥こっちは巨大な魔法陣について‥‥大きさは‥‥10km程度かな? 漆黒の魔法陣で‥‥」
その言葉を聞いて、さらに一行は頭を捻る。
「随分と抽象的ですね‥‥」
「全てを理解しているわけではなく、ただ、漠然とそう読めるのです‥‥」
ソーンツァの問いに、クロムウェルはそう告げた。
──ドガドガドガドカッ
と、入り口からガルシアが入ってくる。
ここ数日は、このパリ全域の寺院教会を回っていたらしい。
「今戻った‥‥で、結果、収穫は0だ。少なくとも、クロムウェルがこのノルマンの人間ではないことはたしかなようだな」
ちなみにガルシアの調査方法はというと。
ジーザス圏なら生まれた時、洗礼を受けぬ者は無いということで、教会を巡ってそれらの心当りが無いか、まさにしらみつぶしに聞いてきたらしい。
教会はそんなガルシアに協力的であったが、残念なことに、情報はまったく得られていない。
それは逆に、クロムウェルがこのパリの人間では無い事を明らかにしていた。
「そうですか‥‥では、次の国に向かったほうがいいのでしょうね‥‥」
そう告げて荷物を纏めようとするクロムウェルを、美夕が止める。
「ちょっとまって。このノルマンには、他国からも大勢の冒険者さんが集っているよ。ひょっとしたら、クロちゃんを知っている人がいるんじゃないかな?」
「そうね。私も吟遊詩人として、色々と話を聞いて回ることにしますわ。各地の物語などは、私達のほうが調べやすい事もありますから」
美夕の言葉に繋がって、レティシアがそう告げる。
ちなみに先日は、レティシアの提案で『メロディ』を使ってクロムウェルの心の中の何かを捜していた。
だが、それもよい結果は得られなかったらしい。
「そうですね。では、皆さんのご厚意に甘えて、しばらくはここの酒場の宿に滞在させて貰いますね‥‥」
そう告げると、クロムウェルは荷物を部屋に運んでいった。
失われた記憶の断片。
ちょっとだけ見えたそれは、なにか危険な香りがする。
しばらくの間、クロムウェルはこの地に留まる事になった。
そして明日から、クロムウェルはいつものように、テーブルに羊皮紙をおいて、一日を過ごす。
彼女が本当の笑顔で故郷に戻れる日は、いつやってくるのでしょうか‥‥。
●今回判ったできごと
・写本は『古代サンスクリット語』で表記されている
・写本はクロムウェルには部分的に読めるが、いつも読めるとは限らない
・クロムウェルは『ノルマン王国パリ』の人間ではない
・クロムウェル以外には、写本はほとんど読めないが、ヒンドゥー語では、部分的に解読できるらしい
・写本には、ノルマンの有名な遺跡の詳細まで記されているらしい
以上。
──Fin