●リプレイ本文
●まずは〜準備の前のさらに準備〜
──ドーバー海峡
激しい高波が砂浜に打ち寄せられる。
ここは、今回の依頼であるドーバー海峡遠泳勝負の会場。
すでに依頼人であるマダム・シャローン・ギャブレッドとマダム・グレイス・カラスの両名は、折り返し地点に自分の商船を配置させていた。
そして今回の為に作られた休憩室に向かい、そこで最終打ち合わせを行なっている模様である。
──グレイス控え室
静かな一室。
そこには、正装して椅子に座っているグレイス・カラスの姿があった。
「おや、ジェイランじゃない。随分と久しぶりだねぇ〜。元気にしていたかい?」
グレイスは依頼を受けたメンバーの中にジェイランの姿を確認すると、大きい声で豪快にそう呟いた。
「当然じゃん。グレイスおばちゃんも元気そうでなによりじゃん」
そう元気に返答するジェイラン・マルフィー(ea3000)。
「それはそうと、今回の依頼で必要なものがあるので、用意してほしいじゃん」
ジェイランがグレイスにそう告げる。
「まあ、私で用意できるものなら、別にかまわないけど?」
そう告げるグレイス。
「泳ぎ終った人の為に、体を温めるための焚火と、温かいスープとかを用意してほしいじゃん」
「それぐらいなら、もう手配は終っているよ。この私に任せておきな!!」
ドンと胸を叩いてそう叫ぶグレイス。
「ここの海には、モンスターはでないのか?」
そう問いかけるのは響清十郎(ea4169)。
「ああ。そこらへんは確認済みさ。この勝負の為に、色々と手配していたからねぇ」
自分のプライドの為に、かなりの金を掛けたようである。
交易商人はこれだから判らない。
「それで、この契約書のサイン、本当に俺のサインなのか? もしそうなら、酔った勢いで書いたサインは無効にはならないか?」
そう契約書を手にしながらオレノウ・タオキケー(ea4251)が呟く。
どこをどうみても、オレノウはこの手の肉体系の依頼に向いているとは思えない。
当の本人も、酒場で困った貴婦人がいたから助けようとしてサインしたらしい。
はい、『酔っ払って叫んでいたおばさん』が、『困った貴婦人』に見えるぐらい酔っ払っていた時点でダウトである。
「当然さ。だって冒険者なんだろう? プロならば、1度受けた依頼は最後まで遂行しないと駄目だよねぇ?」
グレイスがニコリを笑いながらそう告げる。
「グレイスさん、私、泳ぐための服を持ってないので、よかったら貸してもらえないですか?」
それは李更紗(ea4957)。
今回の依頼をバカンス気分で受けたらしい。
「ああ、水泳向きの服ね。アンダーウェアを改造したものを用意してあるよ。ちゃんと全員の分あるから、安心してね」
そう呟きながらグレイスが取り出したのは、男性には『素晴らしい赤フンドシ』、女性には『シマシマワンピース』。
どちらも泳ぎやすいように余計な部分は総てカット。
「‥‥もう少し可愛いデザインですと、売れるかもしれませんね」
更紗がグレイスにそう告げる。
「ふむむ。成る程ねぇ。デザインまでは考えていなかったわ。まあ、今回はこれでよろしくね」
そのまま全員に水泳用アンダーウェアを手渡すグレイス。
「‥‥」
その会話のさ中、ギアリュート・レーゲン(ea5460)はちょくちょく窓の外に広がる海を見ては、椅子に座ってじっとしているという動作を繰り返す。
「まあ、ギアリュートは早く泳ぎたいようですからねぇ‥‥落ち着かないのも無理はないわね」
そう呟くのはエリー・エル(ea5970)。
そしてグレイスの方を向くと、にっこりと微笑みながら口を開いた。
「賞金、勝ったら倍、負けたらなしにしない?」
じつに大胆な提案である。
その意見には、他のメンバーも興味津々。
「うーん。ここにきて更にその交渉かぁ‥‥」
腕を組んで考えるグレイス。
「あら、駄目かしら? 私達は勝つ自信ありますわよ‥‥それにねぇ」
そこまで告げられると、グレイスも引き下がれない。
──ガシッ
エリーと腕を組み、声高らかに叫ぶ。
「いいだろう。報酬倍とまではいかないけれど、それなりに色付けさせてもらうわ!!」
無事に交渉成立。
そして一同は最後の打ち合わせを開始。
「海はいい‥‥」
あ、いつのまにかギアリュートは海岸に出ているようで‥‥。
●では、始めましょう〜過酷な耐久レース〜
──スタートライン
まずは両チーム、全員がアンダーウェアに着替えて準備体操。
色とりどりなアンダーウェア、中にはきわどいデザインまで揃っているシャローンチームに対して、全員が統一のデザイン、シンプルイズベストのグレイスチーム。
既にギャラリーの視線はシャローンチームに釘付けの模様。
芸術部門ではグレイスチームの負け。
「そーれい、いっちにーさんしっ、ごーろくしっちはっち」
グレイスの掛け声で全員が綺麗に動く。
「‥‥妙に視線を感じるのは気のせいかしら?」
ルナが、隣で体操をしているアフィマに問いかける。
「ん? ルナさんはスタイル良いから。見ている男性全員悩殺だね!!」
小悪魔の様な笑みを浮かべて、アフィマがそう呟く。
その横では、シアルフィが、顔を赤くしながら体操を続けている。
(私‥‥見られているのね‥‥)
ああ、どうやら見られる快感を得たようで。
そして一通りの体操を終えた後、各チームのオーダー発表となった。
ちなみに、各チームの泳ぐ順番は以下の通り。
〜チーム・グレイスのオーダー
1番手:エリー・エル
2番手:ギアリュート・レーゲン
3番手:響清十郎
4番手:ジェイラン・マルフィー
5番手:李更紗
6番手:オレノウ・タオキケー
〜チーム・シャローンのオーダー
1番手:ルナ・シーン
2番手:フェリクス・カルリスタ
3番手:シアルフィ・クレス
4番手:風 烈
5番手:ジィ・ジ
6番手:アフィマ・クレス
「さて、ルールはあらかじめ伝えたとおり。沖にある船にタッチ、ここまで戻ってくる。戻ってきたら次の選手と交替、時間までただひたすら泳ぎつづけること。どちらかのチームの選手が倒れた時点で勝負あり。妨害工作はなし、正々堂々と戦うこと!!」
グレイスが全員に告げた後、第一選手がスタートラインについた。
「それでは‥‥よーーい、すたーーーーとっ!!」
シャローンの掛け声で走り出す一番手であった。
──ルナvsエリー
いきなりダイナマイトボディの激突。
シャローンの用意したセクシーアンダーウェアを身につけているルナvsグレイスから貰ったものを自分なりにセクシーに改造、着こなしているエリーという『サービスショット』勝負であった。
両者同時に海に飛込むと、素早く泳ぎはじめる。
(焦ったら駄目だ‥‥最後まで泳ぎきるのが目標だ‥‥)
そう自分に言い聞かせながら、ルナがペースを崩さないように泳ぐ。
その後方では、エリーがゆっくりと泳いでいる模様‥‥と、突然のアクシデント発生!!
「あ‥‥ちょっとまってまってぇぇぇぇ」
エリーのアンダーウェアはグレイスから貰ったものを改造、自分なりにセクシーにしていたものである。
ワンピースをツーピーススタイルに改造しただけあって、耐久度は下がっていた。
そう、下がったのである。
下半身を覆っていた部分が。
後方にプカーッと浮かび上がるパンツ部分を、エリーは必死に追いかける。
「あっちゃぁぁぁぁぁぁ」
さすがのグレイスも、この光景に頭を抱えていた。
(アクシデント? まあ、私には関係ないわね‥‥)
そう脳裏で呟くと、ルナはしっかりと折り返し。
そしてかなりの差を付けてエリーも折り返すと、そのままスパート。
その速度は凄まじい。
エリーは、一気にルナの横にたどり着くと、一進一退の攻防を繰り返す。
──ギアリュートvsフェリクス
ルナとエリーは、ほぼ同時に浜に駆けあがると、次の選手にバトンタッチ!!
「いっちょ、やったるぜっ! おりゃぁ〜〜〜〜っっ!!」
そう叫びながら、ギアリュートが海に飛込む。
そしてその後方から、ただ黙々と走って海に飛込むフェリクスの姿があった。
この戦い、気合いvs黙々という不思議な勝負。
ちなみにギアリュート、気合いはあっても体力は温存モードとの事。
そしてその戦いは、あっさりと勝負がついた。
最初に折り返したのはフェリクス。
ただ黙々と、そう、黙々となのである。
黙々と泳ぎつづける。
ただそれだけ。
戦いではない為、じつに気が楽なのであろう。
ギアリュートの気合い泳法が折り返しにたどり着いたとき、すでにフェリクスは浜を走っていた。
「まだまだ‥‥体力温存温存‥‥」
そのままギアリュートもなんとか浜まで到達すると、急いで三番手にタッチ。
──響vsシアルフィ
フェリクスから先にタッチしてシアルフィ。
急いで海に駆け寄ると、そのまま体力温存モードで平泳ぎ。
(急ぐのではないのです。ペースを常に維持するのです‥‥)
そう自分に言い聞かせると、シアルフィはそのままマイペース泳法。
その後方では、ようやく響が海に飛込んだ。
「差が開いちゃったか‥‥まあいいや」
こっちもマイペース泳法。
だが、男と女の体力差が、はっきりとした形で見えはじめた。
シアルフィのマイペースと響のマイペース。
折り返しまでは確かにシアルフィの方が先を泳いでいたが、いつのまにか響も彼女の横にたどり着いた。
そして急いで浜に駆け上がると、二人同時に四番手にタッチ!!
──ジェイランvs烈
さて、ここでとんでもない対戦が始まった。
全力で海に飛込む烈と、海岸で魔法詠唱を始めるジェイラン。
そして魔法が完成すると、そのまま海の中に駆け込んだ。
本番の為、烈は鎧は外して古式泳法でゆっくりと泳ぐ。
(師匠‥‥見ていてください。貴方から受け継いだ、心と技で戦い抜いてみせます)
心の中で師匠に誓い、烈は全力で泳ぐ。
そしてその頃。
ジェイランは海底をのんびりと歩いていた。
(うーん。快適快適。じつにいい調子じゃん)
ちなみにジェイラン、実は泳げない。
ウォーターダイブで海底に潜ると、そのまま海底をひた走る。
時折海面に上がってきては、再び魔法詠唱を行い、また海底へと戻っていく。
これを繰り返しつつ折り返し地点まで向かう。
烈はその時点で折り返し、あとは5割を残すのみ。
じつに異色な対決となっていた。
──更紗vsジィ
烈は逸早くジィにタッチ。
「ここは任せてください」
ザバザハと海に付かると、ゆっくりとマイペース泳法で平泳ぎ。
スーイスーイとのんびりと泳ぐジィ。
そしてようやく到着したジェイランは、そのまま更紗にタッチしたあとで浜にある焚火に向かう。
そして手にした袋から、ドサドサと貝を取り出しはじめると、それを火にくべた。
「とれたてでおいしそうじゃん」
海底散歩のついでに漁までしてきたらしい。
まあ、急ぐレースでも無いので、楽しんだもの勝ちのようである。
「‥‥ずいぶんと差がついたみたいね」
そのまま最初は体を慣らすように泳ぎはじめる更紗。そしてある程度体が馴染んできたら折り返し地点までペースアップ。
そしてそこから怒涛の巻き上げに入る更紗。
「随分と早いペースですね。体力が持つのですか?」
そう横に並んだ更紗に話し掛けるジィ。
「まだまだ序の口だね。ここからもっと凄いよ」
更に更紗加速。
今までの遅れを一気に取り戻した。
いくら速度は関係無いとはいえ、相手より遅れているという時点で精神的には劣勢に陥ることもある。
そういう点では、相手より早いに越したことはないというところか。
──オレノウvsアフィマ
先に到着したのは更紗。
「あとは引き受けた」
そのまま海に飛込むと『体力重視泳法』で泳ぎはじめるオレノウ。
ペースは早すぎず遅すぎず。
実にいい感じである。
そして少し遅れたジィはアフィマと交替。
体に付けた浮きと木の板を手に、波打ち際まで移動、そこから恐る恐る泳ぎはじめる。
しばらくは泳いでいたが、途中からはクルクルと回りはじめるアフィマ。
「アフィマ、どうした!!」
その光景を見て叫ぶ烈。
「こ、ここから脚が届かない。恐い‥‥」
まあ、泳げない子にいきなり遠泳というのは無茶であろう。
「あらぁぁぁぁぁ‥‥」
シャローンの危惧していたことが発生した模様。
同じく泳げないジェイランとはタイプが違う。彼は水のウィザード、水に関してはエキスパートであり、ただ泳げないだけである。ウォーターダイブなどて海底を歩く程度は別に恐くもなんともない。
が、アフィマは本当に泳げない。水に対しての耐性も持ち合わせていないので、恐怖感が先にでたらアウトである。
「浮きがあるから絶対に溺れない、大丈夫だ!!」
烈の叫び。
だが、やはり『うーうー』と唸りつつ、その場をクルクルと回る。
「シャローンさん、メンバー交替は?」
そう叫ぶルナ。
だが、シャローンは諦め顔。
「最初にメンバー表を出しているから、途中交替は駄目。しかたないわ‥‥」
そう告げると、シャローンはグレイスに手を上げた。
「グレイス。申し訳ないけどギブアップね。あの子に無茶させて溺れられても困るわ」
勝負よりも人命優先。
そう考えたシャローンの潔い敗北宣言である。
「んーん。なら、この勝負は私の勝ちだね」
遠泳勝負初日にして勝負あり。
かくしてこの勝負、グレイスチームが勝利を納めた。
●残った期間はというと〜バカンスバカンスー〜
かくしてあっけない幕切れとなった遠泳勝負。
その夜は、各チームで盛大に盛り上がっていたようである。
「勝利の美酒!!」
『かんぱーーーーーーーーーーいっ』
無事に勝利を納めたグレイスチーム。
ジェイランの掛け声に、全員がワインの入った杯を、満面に輝く月に向かって掲げた。
そして一気に飲み干すと、そのまま愉しいパーティーの始まり。
今回はあらかじめグレイスの手配してくれた『冒険者街の料理人』が出張料理を振るってくれている。
ジャパン古来の調味料をベースにしたスープ。
それに豚肉やニンジン、タマネギなどが入った、体が心から暖まる具沢山スープ料理である。
「この白い物体は何だ?」
そう問いかけるのはギアリュート。
スープの中に浮かんでいる白くフワフワした物体をスプーンで掬うと、それをじっと見ている。
「それは、豆腐に決まっているだろ」
「豆腐よね‥‥」
響と更紗がほぼ同時に突っ込む。
「豆腐? それは何? 触感が面白いじゃん」
ジェイランも満足そうに次々とスープを口に流し込む。
「豆を絞った汁を固めたものだったかな。詳しい作り方まではちっょと判らないが」
響もまた、おかわり。
「私の故郷である華国の食材だね。それにしても随分と懐かしい味だね」
更紗も満足そうである。
「体を温めるにはこれが一番。もっと大量にあるからどんどん食べてくれ」
料理人がそう呟いたのも束の間。
──プゥゥゥーーン
と、シャローン陣営からはとてつもない良い香りが流れてくる。
見ると、あちらは大勢のギャラリーも混ざってのパーティー会場となっていた。
「‥‥あっちは楽しそうですね」
ボソリと呟く更紗。
「いや、このスープは最高に旨いぞ」
響はそれで満足の模様。
「‥‥すまない、グレイス‥‥」
オレノウが何を言いたいのか、グレイスは瞬時に理解した。
「判った。ちょっと話し付けてくるよ」
そう告げてグレイスはシャローンの元へと向かっていく。
そして何やら交渉を始めると、グレイスはチーム全員をシャローン陣営に呼び寄せた。
ちなみにシャローン陣営では、豪華な料理が待っていた。
シャローンが手配した大量の食材が、料理人の手によって目の前で次々と料理されていく。
もっとも、新鮮な材料を網に乗せて焼くという豪快なものであるが、メインディッシュは『豚一頭』そのままの丸焼き。
目の前で焼きあがったものを、その場で取り分けてくれるという実に豪快なものである。
ワインも上質のものを準備していたらしい。
樽に入れてあったそれは、皮の袋で船から海にぶら下げてあったらしく、程よく冷えていた。
「これが本当の勝利の美酒じゃん‥‥と、失礼」
ジェイラン思わず本音。
「別に構わないよ。こっちの料理が豪華なのは、シャローンが生鮮食糧専門だからさ。自分の専門を出してきただけだから、別に‥‥」
実はグレイスかなり悔しい。
そしてパーティーは深夜まで続き、一行は愉しい一時を過ごしていた。
そして翌日から、冒険者一行は愉しいバカンスを体験した。
勝負に勝ったため、グレイスチームは更に懸賞金をゲット!!
だが、昨晩のパーティーの華やかさでは、グレイスチームは完敗。
そんなこんなで、一行は懐もお腹もホクホクしながら、束の間の休息を味わっていた。
・対戦結果
芸術部門:シャローンチーム
遠泳部門:グレイスチーム
宴会部門:シャローンチーム
まあ、依頼は遠泳なのでグレイスチームの勝利ということで、あしからず。
〜FIN〜