●リプレイ本文
●鮮血の待つ砦
──パリ→シャルトル・ヨハネス領
パリを出て。
シャルトルに向かう街道を進む一行。
今回の依頼はかなりハード。
目的地である敵の砦に向かい、襲い来る敵を殲滅しなくてはならない。
それなりの準備は出来た。
覚悟も決めた。
細かい打ち合わせも終えた。
あとは現地にて、詳しい情況を聞いてからの判断。
だれしもがそう思い、ヨハネス領へと向かっていった。
──そしてヨハネス領郊外・未探査地域手前ベースキャンプ
大規模なベースキャンプが設置されている森の手前。
大勢の騎士や戦士、各地から集まってきたのであろう傭兵などが大勢、忙しそうに動いている。
そこに到着した一行は、まずは今回の依頼責任者であるコナタ・ラッキースター騎士団長の元へと向かった。
「・・・・これで全員ですね?」
じーっと集まっている冒険者の姿を見ているのは、セフィロト騎士団団長のコナタ・ラッキースター。
今回の依頼人でもあり、同行者でもある彼女は、無事に依頼が遂行できるのを祈っている。
「ええ、これで全員です」
そう告げるのはテッド・クラウス(ea8988)。
今回の依頼はかなりハード。
それゆえ、細心の注意を払う必要がある。
「今回の討伐依頼、メンバーはこれですべてなのか?」
そうコナタ騎士団長に問い掛けているのはメグレズ・ファウンテン(eb5451)。
「ええ。そうですよ。目的地である砦に向かうのは、貴方たち冒険者のみ。それに私が随行するだけですけれど・・・・」
「ということは、その話に出てきた砦とやらを、このメンバーでどうにかしろというのですか?」
今度はリディエール・アンティロープ(eb5977)が問い掛ける。
「ええ、そうですよ?」
「ちょっと待ってくれ。常識的に考えてみろ。こんな少数でどうにかできるものなのか? そうじゃないだろう? そこにいる奴等は同行しないのか?」
さらに雀尾嵐淡(ec0843)もそう問い掛けるが、コナタ騎士団長はどこか遠くを眺めつつ一言。
「あたし、今回の依頼で『護衛』とか頼んだ覚えありませんよ・・・・ほら、砦の破壊と、その背後関係を洗って欲しいって・・・・」
とコナタ騎士団長が告げると、依頼書の写しを手にとって嵐淡がさらに叫ぶ。
「ふ・ざ・け・る・なぁぁぁぁ。そっちの騎士団やらがフル戦力でダメだった敵に、援軍も増援なしでどうにかできるとでも思ったのかぁ?」
「だって、貴方たちは依頼を引き受けたのでしょう? まあ、冒険者さん達も色々と忙しいのは判ります。それで動ける冒険者さんとして皆さんがやってきたのも理解できます。けれど、依頼は依頼ですから・・・・」
その一言には、嵐淡も言葉を失う。
「まあ、確かにそうかもしれないって思ってきましたから、それなりの準備はしてありますけれど・・・・」
フゥ、と溜め息をついたのち、リディエールがそう呟く。
「そ、そうなのか?」
「てっきり、私は本隊の護衛のようなものと思っていたしな。それはそれで仕方有るまい。1度うけた以上、責任をもってこの依頼遂行させて頂く」
嵐淡の言葉に、神聖騎士であるメグレズは静かにそう告げて肯く。
「まあ、今からあまりカッカしないことです。これから先、どんな出来事が待っているか判りませんから・・・・」
テッドはそう告げると、過去の討伐隊のルートや敵の動き、タイプなどをコナタに聞いている。
「今までの討伐隊の襲われた地点はこの4ヶ所。ですので、今回はこっちの迂回路を使いたいと思います。こちらですと、獣道ですので若干歩きづらい部分はあるかもしれませんけれど、まあ、今までのルートよりはましかと」
と、地図を広げて説明するコナタ。
「敵の構成は?」
今度はメグレスが問い掛ける。
「オーガ、手練れのオーガ、弓を使うオーガ、戦闘技術の高いオーガ、それとオーグラ、ゴブリンコボルトなどの雑魚、そして覆面を付けた忍者集団と、それらを総べる『闇の女王』ですね」
と説明するコナタ騎士団長。
「闇の女王?」
「ええ。この奥に出る魔導師ですね。オーガ達を総べる砦の主。強大な魔力を持ち、こちらに攻めてきます・・・・その側近も又かなりの魔導師らしくて・・・・」
とその女王の外見について説明を続けるコナタだが。
(魔導師・・・・その外見なら、まさかバアル・・・・いやいや・・・・そんなはずが・・・・)
とテッドが一人葛藤している。
「コナタ隊長、今回の依頼ですがこのメンバー攻勢ではかなり手薄な為、ご要望通りの働きは少々難しそうですけれど・・・・せめて次の作戦に繋がるように力を尽くさせて頂きます」
そのリディエールの申し出は受理され、一行は、そのままベースキャンプにて今後の侵攻について色々と打ち合わせをはじめた。
●幸先が最悪ですが
──エルハンスト領南方・未探査地域
翌日。
一行は早速侵攻を開始。
目的地である砦までの移動経路、その途中での敵の襲撃ポイントなどを細かくチェックし、迂回路をゆっくりと移動。
隊列については前衛にテッド、中央にリディエール、左右はコナタ騎士団長とメグレスががっちりとガードというかたちになった。
全周囲からの襲撃も想定しての隊列である。
そしてこれがもっとも安全であると、だれもがその時まで思っていた。
──ヒュンヒュンヒュンヒュン
上空を次々と鏑矢が飛ぶ。
敵からの威嚇である。
そしてこの鏑矢が飛んできた場所からが、彼等のテリトリーらしい。
「ここから先が危険地帯。とにかく周囲に気を配ってね」
と告げつつ、コナタ騎士団長はカイトシールドを構える。
「それでは・・・・さらに周囲を警戒して・・・・」
テッドのその呟きに、全員の神経がさらに研ぎ澄まされる。
そしてしばし、神経を尖らせつつ先に進んだ。
静かな森。
動物の鳴き声、虫の声すら一つしない。
その場所が異質な所であると、嵐淡は直に理解すると、仲間たちにそっと告げる。
(そろそろ来ます・・・・)
その言葉にコクリと肯くと、メグレスはゆっくりとレジストマジックを発動。
──ガサササササッ!!
前方、そして左右から一斉にかけてくるオーガの軍勢。
まずは手合わせといわんばかりにゴブリンやコボルトの軍勢が襲いかかってくる。
もっとも、そんな雑魚程度に引けをとる筈のない実力者たちのパーティー。
ものの5分ほどで敵ゴブリン達は撤退を開始した。
ちなみにこの時点での負傷はみなかすり傷程度、ポーションに頼るほどではない。
「ふう。これは参りましたねぇ・・・・」
と溜め息をつきつつ、さらに周囲を警戒するリディエール。
そしてなにも無い事を確認すると、一行は再び侵攻を開始する。
やがて、周囲に霧が立ちこめはじめる。
「いやな感じだな・・・・」
嵐淡はそう告げると、より一層周囲を警戒する。
しかし、霧によって視界がかなり遮られてしまい、思うように見る事が出来ない。
相変わらず鳥や虫の声は聞こえてこない為、なにかが潜んでいるのは判る。
だが、今この状態での奇襲は、かなり不利である。
──ガサッ
と、何かの音が聞こえてきた!!
その瞬間に、前方霧の向うからオーグラが6体姿を現わした。
「むん!!」
高速詠唱でデティクトライフフォースを発動する嵐淡。
「敵は全部で20以上・・・・すでに取り囲まれているっ!!」
そう叫ぶ嵐淡。
そして全員が一斉に戦闘態勢を取る。
前方からやってくる敵は多数。
だが、一度に攻撃してこれるのは大体3体と見て、テッドは身構える。
同じ様に、左右からもオーグラが5体ずつ、霧の中から姿を表わす。
これはコナタ騎士団長とメグレスがしっかりとガードの構え。
そして後方からは、木の上から飛び降りてきた覆面の男達が3名。
黒塗りのナイフを逆手に構えて、素早く嵐淡に向かって襲いかかる。
──ガギィィィンガギィィィィン・・・・ドッゴォォォォォォッ
向かってくる2体のオーグラの攻撃はなんとか受け流すものの、残り一体の攻撃は直撃。
その一撃を受けて、テッドが横に吹き飛ばされる!!
「なんだっ・・・・て・・・・」
デッドオアライヴによってダメージは押さえられているものの、圧倒的な強さを持つ敵である事に代わりはない。
──ドクン・・・・
テッドの中で、何かが鳴動を始める。
「だ・・・・だめ・・・・だ・・・・目覚める・・・・な・・・・」
必死にそれにあらがうテッド。
だが、そのおかげで守りがかなり手薄になる!!
──ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
そのテッドの横手から、リディエールのアイスブリザードが発動。
その吹雪に巻き込まれて、オーグラ達も少しだけ後退。
「テッドさん、しっかりして下さい!!」
そう叫びつつ、テッドにポーションを飲ませるリディエール。
──ゴクゴクッ・・・・
なんとかそれを飲み干すが、テッドはまだ心の中の『もう一人の自我』との葛藤を続けている。
「その程度か・・・・不粋だな・・・・妙刃、水月!!」
──ドゴォッ!!
一方、隊列左サイドでは。
オーグラのスマッシュをあえて体で受止めると、メグレスはカウンターでスマッシュを叩き込んでいた!!
「グウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ」
絶叫を上げて後方に下がるオーグラだが、まだまだ殺る気十分の模様。
そして同じ様に右のコナタ騎士団長はシールドでオーグラの攻撃を受止めると、カウンターでスマッシュを叩き込んでいる。
──スパァァァァァァァァァァァァァァァァッ
「まーったく。相変わらず同じ手ばかりでつまらないわ・・・・わわわ・・・・」
そう呟きつつ慌てているのは、もう一つの光景がかなり深刻であったから。
それは後衛についていた嵐淡。
──シュンッ!!
突然駆けてきた覆面の男が、嵐淡の懐に飛込む。
スタッキングと呼ばれる高等技術である。
そのような技の使い手から察するに、相手はかなりの『暗殺技術』を持っているものと思われる。
「忍者か・・・・そうくると思っていた・・・・」
だが、敵をデティクトライフフースで確認していた嵐淡は、先程から高速詠唱を開始。ミミクリーを何度も発動させていた。
だが、嵐淡の思い描いた『クレイジェル』に変身しようとして・・・・全て失敗している。
「な、何故だっ!! どうして変身できないっ」
そう叫ぶ嵐淡。
慌てて回避行動をとろうとするが、敵の動きの方が一枚も二枚も上であった。
そして、嵐淡が最後に見た光景は、自分の首に向かって振りおろされた『漆黒の刃』であった。
──ブシューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ
大量の血が首から吹き出す。
そして少し離れた場所に嵐淡の生首が落ちた。
ミミクリーの効果で他の生物に変化する場合。
それを見た事がある、聞いた事が有るだけではダメである。それらしいものには変化できるかもしれないが、それそのものには変化できない。
正しい知識があって初めて、ミミクリーはその真価を発揮することができる。
だが、嵐淡はモンスターに関しての知識は皆無である。
それゆえ、魔法が正しく発動できなかったのであろう。
「さ、最悪・・・・」
「ち、ちょっと・・・・洒落じゃすまされないっ!!」
コナタとメグレスが叫ぶ中、近くに居たオーグラがその首に向かって歩き出す。
そして転がっている嵐淡の生首を手に取ると、オーグラはそれに齧りつき、貪り喰った・・・・。
そしてその瞬間・・・・。
──プツーーーーン
テッドの中の理性が切れた・・・・。
「ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
絶叫の中、テッドが狂化した。
そしてその瞬間、その場の全員の脳裏に『全滅』の文字が浮かび上がった・・・・。
「くっ・・・・止むを得まい。撤退するしかあるまい!!」
メグレスはそう叫びつつもオーグラとの戦いを続ける。
確かに、いま此処で戦いを続けるのは不可能である。
目の前にはオーグラの軍勢、後方からは忍者らしき敵。
この二つに挟まれたばかりか、テッドまで狂化し、ただひたすらにオーグラに向かって剣を叩きつけている。
「そ、それしかありませんけれど・・・・少し手勢が強すぎます!! なんとか数を減らさない事には・・・・」
リディエールはそう叫びつつも、自分に向かってナイフを振るおうとしている忍者らしき人物に向かってアイスコフィンを発動。
どうやらレジストに失敗したらしく、覆面の男は凍結させられてしまう。
が、それでもまた敵の数の方が多い。
──お手伝いしまょうか・・・・
そう言葉が聞こえてきた直後、空から何かが飛来する。
そしてリディエール達の近くに舞い降りると、背中に生えていた『黒い翼』を折り畳む。
「な、何者っ!!」
メグレスはそう叫ぶが、オーグラとの交戦中の為にどうしようもない。
「・・・・悪魔・・・・ですか・・・・」
リディエールの問い掛けに、目の前の人物はコクリと肯く。
「こいつらは、このエリアが私の管轄であるにも関らず好き勝手に暴れているのでね。粛正する必要がありましたが・・・・まあ、それは貴方たち人間に任せるとしましょう・・・・」
と告げると、目の前の悪魔は腰から剣を引き抜いた。
「下がれっ。悪魔ごときの力を借りる訳にはいかない!!」
「その通り。汝は我が主の名により粛正すべき対象。そのようなものに手を借りるなど言語道断!!」
騎士であるコナタと神聖騎士であるメグレスは悪魔からの救いの手を断ち切る。
だが、リディエールは、目の前の悪魔が『今は我々に害を成すものではない』と判断する。
「残念ですが手はかりません・・・・ですけれど、勝手にここで貴方が暴れる分には構いません・・・・」
という理屈を付けると、そのリディエールの言葉に悪魔も肯く。
「人間というのは固い頭なのだな・・・・まあいいだろう・・・・かってにやらせてもらう!!」
と呟くと同時に、悪魔は覆面の男達を次々と『兎』へと変身させる。
そして逃げ惑うそれの首を次々と刎ね飛ばすと、オーグラの軍勢の方を見る。
──ヒュンヒュンヒュンッ!!
と、突然右手から大量の矢が降り注ぐ。
そのタイミングでオーグラ達も一歩さがったが、テッドはそのままオーグラに向かって突撃!!
「ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
そのテッドに向かっても大量の矢が次々と降り注ぐが、『死に場所を求めている』狂化中のテッドには、そのような攻撃は蚊に刺されているようなもの。
気にする余地もない。
「よし、今のうちに・・・・」
とメグレスは近くに再び近くに向かってくるオーグラにたいしてコアギュレイトを発動。
さらにリディエールもアイスコフィンを発動すると、オーグラを凍結する。
「今のうちに!!」
と告げるコナタの言葉により、その場から撤退を開始する一行であった。
●切ない結末
──ヨハネス領・ベースキャンプ
最悪な事態からの生還。
それはかなり過酷であった。
狂化したテッドをあの場で沈める方法は皆無、そして見境無く攻撃を開始したテッドから逃れる方法は一つ。
テッドを囮として、その場から戦術的撤退をすること。
そして一行はなんとか森の外にまで逃げ延びる。
そしてその後一行がとった行動は、時間を置いてからテッドと嵐淡の死体の回収に向かう事。
そして1日後、森の奥で全身を血に染めて笑っているテッドを発見する。
「・・・・こんな姿になってまで戦うなんて・・・・」
そう呟くリディエール。
──シュンッ!!
と、その刹那、テッドの手にした剣がリディエールを襲う。
──ガギィィィィン
それを横にいたメグレスが剣で受止めると、そのまま防戦一体の情況を作りあげる。
「早くテッドを凍結しろ!!」
「は、はい!!」
すばやく詠唱を開始し、テッドに向かってアイスコフィンを発動。
──カシィィィィィィィィン
そのままテッドはその場で凍結状態となる。
「ふう・・・・これでしばらくは大丈夫ですけれど・・・・どうしましょう、これから」
「当面はアイスコフィンの氷が溶けるのを待つ。そしてテッドの頭が冷えている事を期待しよう・・・・」
とメグレスは告げる。
「まあ、このあたりのオーグラはほぼ全滅のしたようです・・・・とりあえず時間が来るまで待つとしましょうか!!」
コナタ騎士団長がそう告げたとき、一行はその気配を感じた。
全身に冷たい水を浴びせられたような感覚。
それが、その場にいた3名が感じた感覚であった。
「とりあえず、その方は死なない程度に回復しておきました・・・・愉しかったですよ」
と呟きつつ、フワリとテッドのアイスコフィンの上に立つ女性。
その身なりから察するに、かなり身分の高そうな女性である。
金髪のストレートヘアー。
そして金刺繍の施されたローブを纏い、手には『賢者の杖』と呼ばれる魔法使いの用いる杖。
様々な装飾品が、彼女の身分を物語っていた。
「貴様・・・・何者だ!!」
メグレスがそう叫ぶと同時に抜刀する。
だが、その攻撃を軽く躱わすと、令嬢は大地にスッと立つ。
「私はバアル・ベオル。この地の監視者・・・・その男の怪我は『死なない程度』に回復しておきましたので・・・・」
と呟く。
「バアル・ベオル・・・・以前、テッドが出会ったという・・・・」
リディエールがそう告げると、バアルはコクリと肯いた。
「これより先はオーガ達の住まう地。人間の領域に在らず・・・・警告します。これ以上、この地を脅かすならば、古き習わしに従い、かの地の者たちを滅ぼすと・・・・」
そう告げると、バアルは軽くジャンプ。
その瞬間、バアルの姿はスッと消えた。
「悪魔が忠告とは・・・・よほど、この先の砦に人を近づけさせたくないのですね」
「そのようだな・・・・まあ、今は助かったという所だろう。それよりもテッドだ。回復次第、ベースキャンプに帰還する・・・・」
メグレスの言葉に従うと、一行は嵐淡の死体を回収する。
嵐淡の死体はかなり無残な形で発見された。
内臓は獣か何かに食い散らかされ、四肢もあちこちが千切られて足りない。
肋骨と皮の残っている胴体部分を拾い上げると、テッドの意識が戻るのを待ってシャルトルのノートルダム大聖堂に向かった。
●甦生ですか・・・・寄付を御願いします
──シャルトル・ノートルダム大聖堂
シスター達が、急いで甦生の準備を開始する。
一行はヨハネス領から急いでこのノートルダム大聖堂にやってきた。
今現在のこのノルマンで、死体から完全な形での甦生を行う事の出来る数少ない聖ヨハン大司教がいるからである。
「おお・・・・これは・・・・」
だが、さすがの聖ヨハン大司教も言葉に詰まっている。
それほどまでに、嵐淡の死体の状態は悪かった。
「まずは失った四肢および頭部の再生を・・・・」
そう告げると、静かに詠唱を開始。
周囲ではシスター達が賛美歌を歌い、聖ヨハン大司教の魔法のサポートを行なっている。
やがて四肢と頭部の再生を終えると、失った臓器の再生。
そして、甦生の為に死体を死亡直後にまで鮮度を高める魔法を発動。
腐ったままでは甦生は出来ないのである。
そしてある程度嵐淡の体が戻った所で、魂を現世に呼び戻す魔法を発動・・・・。
厳粛なる聖堂にシスター達の歌が響く。
天に昇っていった嵐淡の魂を、今一度この現世へと迎え入れる為の歌。
そしてその歌が響く中、聖ヨハン大司教は魔法の発動に成功。
みるみるうちに嵐淡の全身に精気が蘇っていく。
──ウ、ウウ・・・・
静かに瞳をあける嵐淡。
「こ、ここは?」
「ノートルダム大聖堂です・・・・嵐淡さん、貴方は1度死んでしまったのですよ・・・・」
その言葉に、嵐淡は頭を左右に振りつつ起き上がろうとする。
だが、体が思うように動かない。
ふと傍らに立っている司教に、静かに問い掛ける。
「司教殿。俺のからだはどうなったんだ?」
「今の貴方の体は、魔法によって再構成された肉体です。そこに、天に召された貴方の魂を、この現世にて動けれよう甦生処置を施しました。ですが、その反動で最低でも2週間は安静にしていなくてはなりません・・・・」
「そんな馬鹿な。そんなに寝ていられるか!! まだ依頼は完了していないんだ・・・・」
そう叫ぶと嵐淡は起き上がろうとする。
が、やはり体が言うことを聞かない。
「それと甦生処置としてのお布施を御願いします・・・・」
そうシスターの一人が告げると、嵐淡は荷物の中からサイフを取り出すようにテッドに告げる。
そしてそれからお金を渡そうとするが、テッドが気を利かせて全額を手渡してくれた。
「こ、こら・・・・それを全部払ったら、俺は無一文に・・・・」
と嵐淡が告げたとき、テッドは嵐淡の耳元でこっそりと『普通に処置した場合の相場』を説明。
その瞬間、嵐淡の顔が真っ青に変化した。
「払っていいですね?」
そう問い掛けるテッドに、嵐淡ににこやかに肯いていた。
「それにしても・・・・俺もまだまだ修行が足りない・・・・」
そう呟くテッド。
仲間を殺された時。
その瞬間に爆発した感情の高まり。
それが今回の狂化の引き金。
狂化しないように細心の注意を払っていた。
その結果、手が甘くなったというのも事実。
決して勝てない戦闘ではない。
その証拠に、強化したのち、テッドはあれだけいたオーグラを一人で殲滅していた。
だが、狂化した為、さらに仲間を危険に追込んだのも事実。
狂化は『制御できるものではない』という事を、改めて思い知っていた。
「さて、コナタ騎士団長。今回の依頼だけれど、これ以上の続行は不可能。ということでいいな?」
メグレスがその場に立ち会っていたコナタ騎士団長にそう告げる。
「そうですね。これ以上は戦力も足りないでしょう、あ、大丈夫ですよ。『使えない冒険者』なんていう報告はしませんから。あれは不可抗力ですし、生還できたのも奇跡ですから」
何か刺があるように感じた一行ではあるが、コナタもこれ以上の続行は不可能と判断したのであろう。
「さて。残りの依頼期間はこの街に滞在して、嵐淡が動けるようになったらパリに戻るというのが無難だな」
メグレスのその言葉に一同が納得。
ということで、残った期間はそれぞれか特訓や調べ者などをして時間を潰していたそうで。
そして一行は、パリへと帰還する。
敗北という苦い味を噛み締めつつ。
──Fin