●リプレイ本文
エリア1〜パリ市内及び郊外〜
さて。
酒場で吟遊詩人の歌を聞いていた冒険者一行。
それぞれ心に残った何かを求めて、一つの卓に集っていた。
そして、ある程度の話がついたら、それぞれが目的の為に活動を開始した。
●10月5日
──ミハイル研究室
静かな研究室。
考古学者の卵達は熱心に石版や写本の解析を行なっている。
アリアン・アセト(ea4919)は、ミハイル・ジョーンズ教授とシャーリィ・テンプル女史の元を訪れていた。
「いやいや、御元気そうで何よりです。最近は冒険に出かけていらっしゃるのですか?」
「そうですね」
そしてアリアンは、話を本題へと戻していった。
「そういえば教授。確かシルバーホーク殿について御存知でしたわね? もし宜しければ彼の事を教えていただけないかしら?」
そのアリアンの言葉に、ミハイルは少し考える。
「シルバーホークとは、随分と懐かしいですな。アリアン殿はどちらからその名前を?」
そう問い掛けるミハイルに、アリアンは隠しもせずにっこりと笑みを浮かべて口を開いた。
「シルバーホーク殿が、ちょっと私の知合いの冒険者さんたちが探している人物と関係があるようですので。影で色々と悪事を働いているようですし、ひょっとしたら冒険者さん達に試練を与える為にとも思いまして」
そう告げると、アリアンはハーブティーを静かに呑む。
「『シルバーホーク』、『プロフェッサー』、『シスター・グロリア』、『シルバーアイ』、そして『星砕』。皆、ワシの昔の冒険者仲間じゃった。プロフェッサーは凄腕のウィザード、シルバーアイはコナンの戦士。シスターグロリアはタロンの神官、星砕は華国の武道家‥‥そしてシルバーホークは凄腕レンジャーだった。みな、いい仲間だったのじゃよ。とくにプロフェッサーとシルバーホークは良きライバルでな。南ノルマンの領地をどちらかが納めるという話にまで発展していたからのう。まあ、シルバーホークがプロフェッサーに道を譲ったということになるが。あの家の子供達はそれが原因で喧嘩ばかりじゃったが、今は懐かしい話じゃい」
そう告げると、ミハイルは一息置いてからゆっくりと話を続けた。
「ある日、とある遺跡で発掘した一振りの剣の処遇が原因で、シルバーホークと星砕の二人はパーティーから出ていってしまったのじゃ」
その話を静かに聞くアリアン。
「その剣は『幸運を招く剣』と呼ばれていたという。遺跡には『フォーチューンブレード』という名前の『運命を紡ぐ剣』という意味が記されていたが、二人はあの剣を見てから人が変わってしまった。発掘から戻った私達は剣を調査した後、元の遺跡に戻す事を提案したのだが、その夜、二人は剣を手にパーティーから離れていってしまったのじゃ‥‥」
「その剣ですが、本当に幸運を招くことができるのですか?」
そう問い掛けるアリアンに、ミハイルが表情を曇らせる。
「うむ。確かに幸運を招くことができる。但し、それなりの代価をあの剣に支払う必要がある‥‥」
コトッとカップをテーブルに置き、神妙な面持ちでアリアンは話を聞いている。
「人の命。それも、自分に近い人物の命をあの剣に吸わせる事で、剣の所有者は幸運を手に入れる。『運命を紡ぐ』というのは、そういう意味じゃ。儂達は必死に彼等の後を追いかけた。だが、シルバーホークは、仲間であり共であった星砕の命を奪い、まずは強大な力を手に入れた‥‥そのあとは‥‥」
ミハイルの瞳から涙が落ちる。
「ある遺跡で、私達と奴は再び再会した。過去の彼ではなく、悪魔に魂を売り飛ばした存在として。シスター・グロリアは、シルバーホークを止める為に、その命を以って剣の犠牲となった‥‥そのあと、私達は必死に遺跡から逃げ出した‥‥逃げる事しかできなかったのじゃ‥‥」
その話の後、アリアンは少しだけ笑みを浮かべてミハイルに話し掛けた。
「その償いとして、プロフェッサーは彼を狂気から開放するべく道を求めて研究生活に。貴方は、仲間たちの遺志を継ぐ為に、古代魔法王国を探しているのですね‥‥」
聖母の笑みを浮かべつつ、アリアンはそう告げる。
「うむ‥‥」
その二人の話を、シャーリィは静かに聞いている。
「シルバーアイもシルバーホークを止める為に戦った。だが、その戦いで、彼は冒険者としての命を失った‥‥精神が破壊されてしまったのだ‥‥」
そのまま沈黙するミハイル。
「それで話が判りました。プロフェッサーは残り少ない時間を、冒険者達を育成するためにあて、自分の所有する古城の封印を開放していたのですか‥‥」
「いや、あいつはあの古城の封印を守る為にあの場に留まっている。封印が開放されたのは別の理由じゃよ。もっとも、時間がないというのは、本当じゃ‥‥」
「では、シルバーホークは今何処で何をしているか御存知ですか?」
そのアリアンの問いに、ミハイルは何も語らない。
「あの人は、手に入れた力である結社を作りあげました‥‥自分の名を冠とする秘密結社を。そしてこの国全体を混乱の渦に陥れようとしているのです‥‥彼は手に入れた剣により、世界を手中に納めようとしているのです」
それはシャーリィ。
「そのために必要なものは武力で手に入れる。海をゆく者は彼の手下である『シーラット』と呼ばれる海賊によりその全てが奪われ。地を行く者は彼の手下によりその道を閉ざされ。秘宝を巡る者には死の翼を。強大な武具を手に入れた者は、それを闇の彼方に‥‥」
シャーリィの双眸からも涙が落ちる。
「シャーリィさん。まさか‥‥」
「うむ。彼女の両親も、奴の手によってな‥‥アリアン殿。昔話はここまでじゃ。残念な事に、これ以上の話はないのじゃよ。何か御役に立てたじゃろうか‥‥」
ミハイルがそう告げると、アリアンは静かに肯いた。
「ありがとうございます。少しでも情報が得られた事に感謝します‥‥それとこの話は‥‥」
「貴方の信じる者になら話しても構わんよ。騎士団など、所詮夢見がちな考古学者の戯言と信じなかったしのう。ふぉふぉ」
笑い飛ばすようにそう呟くミハイル。
そしてアリアンは、丁寧にお辞儀を返すと、そのまま研究室を後にした。
──騎士団詰め所
「ああ、ロイ教授なら地下の牢獄にいるぜ。たいした事はしていないから、あと数日の拘留で釈放だが‥‥」
アハメス・パミ(ea3641)は、騎士団詰め所に向かうと、そこに拘留されているロイ教授との面会を頼み込んだ。
まあ、教授が起こした事件はそれほどデカいものではなく、被害者であるミハイルが情状酌量を求めてきたらしく、長期間の拘留に留まったらしい。
そしてアハメスは御衛士に連れられた地下のロイ教授の元にやってくる。
「教授、面会だが‥‥」
そのまま牢越しにアハメスとロイは対面。
「ロイ・バルディッシュ教授、貴方に聞きたい事があります。貴方が手に入れた『剣の都』関連の石碑、あれは何処で手に入れましたか?」
裏オークションにてシャーリィ達が競り落とした石碑。
その角がなにかによって鋭く切断されている事が、今回の事件に繋がるとアハメスは読んでいた。
「ああ、あれは普通に遺跡を調査して手に入れたのじゃよ。わしが捕まってから色々と取り調べがあってな。一つ一つ聞かれたのじゃよ。まあ、あれは元々買い手がついていたしのう。確か、シルーホークとかいう貴族じゃったかな?」
話が少しずつ繋がりはじめる。
「そのシルバーホークという貴族は、何処に住んでいるのですか?」
「それなのじゃが。儂はシルバーホークという貴族に心当りはないのじゃよ。どちらからお越しですかと問い掛けたときも『竜の背骨』を越えてやってきましたとしか教えて貰えなかったしのう‥‥」
その『竜の背骨』という場所に、アハメスは聞き覚えが無い。
「石版はその人物に手渡したのでしょうか?」
「いやいや。儂はそれを手渡す前にここに来たからのう‥‥どうなっている事やら見当も付かん」
それ以上は何も聞き出す事が出来ない。
アハメスは静かに頭を下げると、そのままロイの元を立ち去った。
──自警団詰所にて
目の前には、うす汚れた衣服を身に纏っている吟遊詩人が一人。
明日には死刑が確定している、『アイテムスレイヤーを使った強盗』の一人である。
彼の相棒が、アイテムスレイヤーを手に逃走した為、この吟遊詩人から何かを得ることができるのではないかと思い、グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)はここにやってきているのである。
二人きりで話がしたいという吟遊詩人の言葉に従い、御衛士は距離を取って待機していた。
「押し入った時どういう顛末で何故鍛冶屋を殺されたのか、それをまず説明して欲しいのです」
グリュンヒルダは吟遊詩人にそう問い掛けた。
「ああ、あの島の鍛冶師の話か? 殺したのは俺。あいつは元々臆病な奴でな。まあ、鍛冶屋を見つけて、武器の打ち直しをして欲しいって話を持ち掛けてよ。そのまま隙を見てバッサリ。あいつの武器は高額で売れるし切れ味もいい、それにアンデットスレイヤーなんていう名剣もあるっていう話だったからな。そのまま武器を手にトンズラしたっていう訳よ」
そう告げる吟遊詩人。
いまさらながら、このような下衆なものと話をしているだけで、グリュンヒルダは不快となる。
自分の利益のみを追求する、人を思いやる事の出来ない存在。
法の元にその罪を償うので無ければ、今、ここで彼女が彼を処分していたかもしれない。
「それからどうしたのですか?」
「ああ。しばらくはアンデットの居る遺跡を探してうろうろしていたんだけれどよ。途中の遺跡であの剣が生き物を切れないナマクラだったのが判って、壁に向かって叩きつけたんだ。そしたら、壁が紙みたいに切れるじゃないか。そこで、あの剣で強盗でもって話になってよ。まあ、生き物じゃないのならということで、あいつに剣を渡して俺は魔法のサポート。しばらくはそこそこに稼げたんだけれど。ある日、仮面を付けた貴族が現われてよ。富と名声が欲しいかって‥‥」
核心に迫る。
「それで?」
「そのままあいつの話に乗ってよ。あいつは色々と教えてくれたし、あいつが俺達に求める見返りなんて、指定された屋敷から盗み出したものの一部だけ。あとは好きにしていいっていうから手を組んだって言う訳さ。で、あの仕事でそろそろ潮時かなと思った矢先に、このざまさ‥‥」
そのまま天井を見上げる吟遊詩人。
「知りたいか?」
ニィッと笑いながら、吟遊詩人はグリュンヒルダの方を向く。
「そうね。取引条件は何かしら?」
「ここから出して欲しい。それで、俺の知る限りの組織の全てを教えて‥‥」
──トスッ
突然、天井から光る矢が降り注ぐ。
そして吟遊詩人に突き刺さった。
「も、もう‥‥」
口から血を吐きながら呟く吟遊詩人。
「御衛士!! 早く来て下さい!!」
グリュンヒルダの叫びに、御衛士が牢の手前にやってくる。
「何が起こったのですか?」
そう叫びながら中の様子を確認すると、御衛士は急いで牢の鍵を開けはじめる。
だが、その光景をじっと見ながら、吟遊詩人はグリュンヒルダに呟いた。
「シーラット‥‥あいつはそこに居る‥‥いいか、『竜の背骨』を越えた小さな島だ‥‥そこに‥‥ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
──ドスドスドスドスッ
天井から、まるで雨のように幾条もの光の矢が降り注ぐ。
そして吟遊詩人は絶命した。
「‥‥光の矢‥‥ムーンアロー。それも、こんなに大勢の人間が‥‥」
ゴクッと息を呑み、グリュンヒルダが呟く。
確かにムーンアローという魔法は、『ターゲットが確定できれば魔法範囲内ならいかなる物質も通過する』という性質を持っている。
逆に言えば、秘密結社などの組織なら、裏切り者の処刑にはまさに適した術といえよう。
長期間牢に閉じ込められ衰弱した者になら、効果は少なくても回数を重ねていけば死にいたら絞める事も可能である。
ならば何処から?
いくら魔法とはいえ、術者は近くに居る筈。
グリュンヒルダは後の始末を御衛士に託すと、外に飛び出していった。
──裏街道
冒険者街をすりぬけた場所。
一般の人たちが訪れることない、薄暗い小道。
退廃した人々の集まりやすいその場所の一角で、グレタ・ギャブレイ(ea5644)は小さな酒場のカウンターに座っていた。
「済まないな。その話については、情報は『出せない』事になっているんでな‥‥」
酒場のカウンターで、初老のマスターが静かに呟く。
「ふぅん。よっぽどの事があるんだねぇ‥‥」
──ジャラッ
小さな小銭の詰まった袋をテーブルに奥グレタ。
「おいおい。確かに俺は、この店をやるときに多少金の工面をしてもらったさ。今じゃ裏筋の情報も集る店にもなった。確かにあんたには借りがあるが‥‥」
──ジャラッ
さらにもう一袋をテーブルに置く。
「で、探しているのは『アイテムスレイヤー』。その現在の主である盗賊も一緒にね‥‥」
「おいおい。勘弁してくれよ‥‥」
──ジャラッ
さらにもう一袋追加。
「ちっ‥‥あいつらの組織は面倒くさいんだよ。このパリ、いやノルマン全域で活動しているらしいが、表立った動きは見せていない。関った人物は全て、合法的に処理されているしなぁ‥‥」
「合法的? どういう事だい?」
やっと口を開いたかというふうに、グレタが問い返す。
「簡単さ。社会的身分のあるものは、その地位を揺るがす。そうでない者は、事故として処理。冒険者は‥‥冒険中にモンスターに殺されたということさ‥‥」
そのまま口を閉ざすマスター。
「で、剣は何処だい? そこまで知っているのなら、知らないはずないんだう?」
そのグレタの口調に、あきらめの表情を見せるマスター。
「あいつはシーラットに入った。あれよあれよという事で、いつのまにか小型の帆船を一隻任されているよ。会いたいのなら奴等に『襲われる』のが一番早いだろうけれど、今はあの海域には商船も含めて通行禁止令がでているらしいからな‥‥」
そう呟くとマスターは袋に手を伸ばした。
これ以上は小銭が足りないという意志表示だろう。
だが、それよりも早く、グレタは袋を自分の手元に引き寄せると、床に置いてあったバックバックに放り込んだ。
「いい情報ありがとうよ。報酬は、そうだなぁ‥‥次に金を借りるときは、利子を少しおまけしてやるよ」
そう告げると、グレタは店の外に出ていった。
「おいおい‥‥そりゃないぜ‥‥」
──パリ郊外・盗賊に襲われていた街
「参りましたわ。まったく収穫なしというのは‥‥」
それはフランシア・ド・フルール(ea3047)。
あの事件のあったのち、この街を例の『アイテムスレイヤー』を持った者らしき人物が戻ってきていないか聞き込みを行なっていた。
だが、それらしい噂を耳にする事もできず、日夜情報収集の為に時間を費やしていた。
同じく、フランシア達から話を聞きつけ、盗賊関係の調査を行なっていたリョウ・アスカ(ea6561)も無事に合流。
「俺の方も駄目ですね。もうこの街には、それらしい人物はいないのではないでしょうか?」
「そうですか。あとは、共に彼の為に頑張ってくれている皆さんの報告を期待し、神に祈りましょう‥‥」
そして二人は、他の仲間たちと合流する手筈になっている、この街の酒場へと移動していった。
●10月6日
──酒場にて
盗賊騒動のあった酒場の隅に、一行は卓を借りて座っていた。
パリでの調査を行なっていた他の人々が戻ってくると、さっそくお互いの情報交換を開始する。
それぞれの情報が一つの戦で結び付くが、いくつか解せない部分が無いわけでもない。
「あの剣、呪われてしまったのでしょうか?」
アリアンは静かに呟いた。
初めてあの剣を手にしたとき、アリアンは全身が震えるような感動を体験している。
輝く刀身は太陽神の加護の如く、その切れ味もまた然り。
命あるものを傷つけることない剣が、今や如何なる物質をも切り裂く魔剣と化しているのであろう。
「魂の呪縛が、あの剣に何等かの力を与えているのでしょう。彼の魂もまた、剣に囚われたまま‥‥」
「ディンセルフ。彼の打つ剣は、このパリでもそこそこに有名でしたから‥‥」
フランシアの言葉に、リョウが捕捉を入れる。
「ディンセルフ? それが鍛冶師の名前ですか?」
そのアハメスの問いに、リョウが静かに頭を縦に振る。
「ええ。実家はセーヌ川上流。良き鉱床のあったちいさな村です。彼はその家で生まれ、代々鍛冶師として継がれてきた技術を受け継いだそうです。星から降り注ぐ石など、さまざまな鉱石を使って武具を打つ。その技術は、門外不出とまでいわれているそうです‥‥」
リョウの調査結果。
それは、彼の素性や過去である。
妹は病気を癒す為に不便な山奥から郊外の小さな村に移り住んだらしい。
彼の母は父と共に死亡。
今、その技術を知るものは彼のたった一人の妹のみであるらしい。
「あとは、シーラット団についての調査か‥‥」
そう呟くと、グレタが静かに席を立つ。
「あたいは馬車を調達してくる。街道筋で走れは゛港町まで大体5日だ。もうゴールは見えてきているだろ?」
そのままグレタが馬車を調達してくるのを待つと、一行は馬車で港町までひた走った!!
●10月11日
──港町・港湾事務室
多くの人々が集る港町。
これから多くの積荷を運ぶ者たちや、長い旅から戻って来たものなど、多くの人々が集っている。
「竜の背骨には船は出せない? どういう事でしょうか?」
フランシアは事務室の責任者に静かに問い掛けた。
この港から出る船を使い、シーラットのアジトのあると思われる小島に行こうと考えた一行は、港湾事務室で出港手続きをしている船をかたっぱしから聞きまわっていた。
だが、『竜の背骨』と呼ばれる暗礁地帯に船を出す無謀な船は、今はいない。
「どうもこうもないさね。あの海域は騎士団からの通告で航路自体が使用禁止。あたいたち交易商人は商売あがったりさ」
一部で御存知、交易船『グレイス・ガリィ号』の女船長である『グレイス・カラス』が、一行に聞こえるように呟いた。
「騎士団通告? まさか今回のシーラット関係で騎士団が動くっていうのかい?」
グレタがグレイスに問い掛ける。
「さあ? そこまでは判りませんけれど、少なくともあの航路を使用しての商売は禁止されていますわ」
グレイスの横でそう告げるのは、同じく『ギャブレッド貿易』のマダム、シャローン・ギャブレッドである。
「どうしても、竜の背骨には行くことが出来ないのですか? 私達はどうしてもあそこに行きたいのです」
グリュンヒルダが二人の交易商人にそう問い掛ける。
「とはいってもねぇ。あたい達も困っているけれど、騎士団の通告を破ると、ちょっとねぇ‥‥」
「グレイスと同じくですわ。でも、使用禁止といいましても『しばらくの間』という事になっていますから、また使用許可がでるかもしれません。それまで待つしかないですわねぇ‥‥」
グレイスとシャローンはそう告げると、一行に挨拶をして事務室から立ち去ってしまった。
繋がった道。
強い想いが、ここで静かに止まる。
残りの道を模索する一行だが、竜の背骨に至るまでの陸路など、その道に強い商人でしか解らない。
残念なことに、見つけられたとしても時間がない。
一行は、断腸の思いで、剣探索の旅を止めることとなった‥‥。
●10月17日
──死者の眠る神殿近くの、小さな墓
一行は、小さな墓の前にやってきた。
そこには、一人の少年と一人の騎士が、静かに墓参りをしている。
「こんにちは、元気にしていたかい?」
グレタは静かに少年に問い掛ける。
「うん。父ちゃんがいないから寂しいけれど、いつまでもうじうじしていたら駄目だからね」
少年はそう呟くと、横に立って居る騎士を見る。
「初めまして。この少年の父とは旧知の中でして。この子が父のような騎士になりたいという事で、私がこの子を従者として教える事になりました」
丁寧にそう告げる神聖騎士。
「そうかい。なら神聖騎士である貴方に問いたい。名誉とは?」
グレタがずっと気に掛かっていた事。
それが『名誉』とは。
「名誉ですか。私には名誉とはという事についての答えはありません。ですが、敢えて答えと問われるならば、それは尊厳であり誇りです。あなたは名誉ある騎士ですかと問われとる、まだ修行の身としか答える事は出来ませんけれどね」
彼の告げる名誉。
それは幾つかの定義により存在しているらしい。
その中で、彼自身の名誉とは尊厳を守る事と誇りを持つという事であると、彼は笑顔で告げてくれた。
「あなたは名誉をどう御考えですか?」
その神聖騎士の問いに、グレタはにこやかな笑顔でこう告げた。
「『名誉』は死によって試される。後に続く者、志を継ぐ者によって、それは完成するのではないだろうか。『名誉』とはそういう類のものではないだろうか?」
そのグレタの答えに、騎士はにっこりと笑みを浮かべる。
「そうですね。名誉とはそういうものでもあるでしょう。では、これで失礼します‥‥」
少年は、父の遺志を次いで騎士を目指す。
彼もまた、いつか勇気と正義、忠誠、礼節、献身などを兼ね備えた騎士となるのであろうか。
そして一行はパリ郊外へと戻っていく。
道を断たれてしまった為、一行は暗く物哀しい気分となってしまったが、リョウの提案で気晴らしに近くの草原に出た。
手作りの弁当を手に、一行は風吹きぬける草原で、今しばらくの休息を得ていた。
〜To be continue